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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ 弱者の強さ(後編) ]


 それは一ヶ月前――
 一つの事件を幕切れに更なる事件が広がっていく。
 半径五十kmの範囲で異能力者連続通り魔事件発生。多数の軽傷者、四人の重症者を出した事件は、遂に月刊アトラス編集部社員桂をも巻き込む。
 その調査を月刊アトラス編集部編集長・碇麗香から任された草間興信所所長・草間武彦は、協力者と共に事件解決へと踏み出した。結果桂は無事救出、だが肝心の武彦は通り魔らしき者を追いかけ行方不明。
 しかし捜査の結果、犯人は漆黒のマントを身に纏い能力者の血を吸うことにより、その能力者の能力をコピー可能。同時、能力者に毒のような物を混入、重症を負わせることが判明。その話は後日瞬く間に各地へと広がった。
 しかし事件は未だ謎に満ちたまま未解決。グループは解散。
 それから数日後…‥広がる異能力者への被害。それは遂に全国区へと発展した。

「大変……だ」
 とある病院の一角。個室から相部屋へと移動され、退院も間近である桂がそんな新聞記事を見、そっと呟いた。
「やっぱりあいつが……ボクの時計を――」
 そっと新聞を握り締める手に力が篭る。
 前回の事件の後、軽傷で済んだものの怪我を負った彼はこうして病院に居る。しかしやはり見つからない。

 大切な時計が。


 ――同時刻
「ったく……厄介なことになったな」
 此処数日寝ずに先行く背を追い続ける草間武彦は、火の点いていない煙草を銜えながら流れる汗を拭うと、間も無く充電の切れる携帯電話を片手に舌打ちする。
「一体あいつはどう言う神経してんだ」
 悪態を吐きながらメールモードでアドレス帳にあるだけの連絡先を全てBCCで選択。時折画面から目を離しては、追っている者が姿を晦まさないかも確認する。今、さほどスピードは出していない。勿論走る速度だ。ただし時折飛びもする……。
 此処数日、武彦は犯人らしき背を追うものの犯行回数は何故だか減っている。否、それはまるで見定めしているようにも思えた。それとも武彦の尾行は気づかれており、犯人はしつこい武彦を撒くまでは犯行には及ばないとでもいうのか……?
「……んなの考えてられるか!! 届け、でもってお前らもどうにかしてくれ!」
 メール送信画面。少しの間を置き送信完了の文字。それと同時、ピーと高らかな音と共に電池切れのメッセージが辺りに響き渡る。

「あん?」
 そしてそれは今回の事件とは未だ関わりのなかった彼の元へと到着した。
 徐にメールを受信した携帯電話を開くと、そこには明らかに依頼という文書が並んでいた。

○月○日 11:25
From:草間武彦
Sub :応援頼む
本文:通り魔追ってる、応援頼む。奴は桂から時計奪ったらしい。俺が追いかけてるのは愛知、青森、秋田、石川、今茨城。電池切れ、買えたら買うから連絡はメール。集合は興信所で。宜しくな

「……少し気にはなってたが――」
 呟くとメール画面を閉じ、発信履歴から一人の名前を見つけ出す。
「今、大丈夫か? ――あぁ…あのな、悪いがちょっと出てきて欲しいんだ。場所は――」
 短く告げると彼は携帯電話をしまう。そして早々と待ち合わせに選んだ場所へ足を向けた。

    ■□■

 都心の片隅には先日降った雪がまだ解けず残り、日が出ない限り風が冷たく寒い昼だった。
「――お待たせ、しましたっ!」
 時刻は待ち合わせ五分前。息咳切らし現れた彼女は、前屈みになると両脚に両手をつき肩で大きく息をした。此処までずっと走ってきたのか、暫く吐き続けるその息は白く空へと昇っていく。
「まこと、走ってこなくても俺も今来たところだ」
 言いながらも彼がこの場所に到着したのは今から約二十分前。
「本当に……そうですか?」
 そうゆっくりと彼女、桐生・まこと(きりゅう・―)は顔を上げた。同時、唐突にまことは彼を見上げ首を傾げる。
「稔、顔が少し赤い……寒かったのでしょ?」
 そう、まことはくすくすと彼――新村・稔(にいむら・じん)を見て小さな声を漏らすと、そっと笑みを浮かべた。
「……俺は少しくらい寒くたって大丈夫だ。まぁ、それはもう置いといて、電話の件いいか?」
 稔はポケットに手を突っ込むと、まことを見て静かに言う。
「この件で動くことに異存は無いです。でもやはり、稔の考えだとその犯人を殺してしまうのでしょうか?」
 それに対しまことは、少しばかり語尾に不安を含んだ声を返してきた。そんな彼女に稔は「あぁ」と小さく頷き後を続ける。
「同類の仕業っぽいしな。それに力が制御出来て無いと見た。もしそうなら殺した方が本人のためでもある……わかるだろ?」
「稔一人で行くよりは、私に声を掛けてくれたのは嬉しいですよ。でも……本当に殺しておしまいで良いのでしょうか?」
 繰り返されるまことの疑問に自然と稔の片眉はピクリと上がり、しかし彼女の表情を見るとフッと目を逸らす。
 ただ沈黙の中、白い息だけが交互に立ち上っていく。だが不意に溜息を吐き、続いて稔は頭を振る。
「殺すと決まったわけでもない。俺の予想通りで最悪の場合そうするだけだ。ただ俺は手加減出来ないから……何かあったらまことが止めてくれ、それでいいだろ?」
 そう、半分宥めるような口調で言うと、俯き塞ぎ気味だったまことの顔が上がりその表情に笑みが戻った。
 優しいことが悪いこととは言わないだろう。固より手加減が出来てないであろう自分が判っている故、稔はまことを連れて行こうと思った。それが意味することは、最初から稔の内心で殺す選択肢は無いということだろう。本当に殺すのならば、恐らく彼女を同行させることはない。
「それで、これからどうするのですか?」
「ん、取り敢えず道を辿って犯人確保しかないよな」
 すんなりと稔が言えば今度はまことが嘆息を漏らす。
「愛知・青森・秋田・石川と来て今茨城と、全国各地を転々と回ってる方の後をそのまま辿るつもりで?」
「……う゛」
 そう言われると返す言葉が見つからない。しかしまことは構わず更に続けてきた。
「ホント、私は止める為だけに呼ばれたのですね。とは言え、私の力なら先回りや状況把握位は出来ますからそれで良いでしょうか?」
 最初は呆れ声混じりに、最後の方は至って真剣に。彼女も彼女なりに考えることは多々有るらしい。つまりのところ、優しいだけ……というわけではないのだ。勿論それは彼女の所持するものにも言えるだろう。柔剣道の段取り、そして常に所持する武器用リボン。
 稔はそんな方向へ思考を巡らせながらも話を続ける。
「あぁ、勿論だ。取り敢えず、最初の事件が起きた現場にでも行くのが手っ取り早いか?」
「そうですね。尤も、犯人がその近辺で何かに触れていれば良いのですが……何にしても行きましょうか」
 まことの声に顔を見合わせ、ようやくその場を移動する。
 時刻はまだ正午過ぎ。

    □■□

 愛車に乗りやってきた場所は、都心から少しばかり離れた町だった。
 その町で確かに最初の事件は起きたはずなのだが、一ヶ月も経った今……雑誌や新聞で現場の詳しい住所など書かれていない場所を探すのは骨折りでもある。
 とは言え、着いて早々まことはバイクから降り、稔の言葉を待たずして神経を集中させると、辺りの電柱一本一本に触れていく。まことは物に残された過去と声を聞き問い掛けることが出来、その能力発動故か、今彼女の長く黒い髪の毛は青く染まっている。
「――……ぁっ…!?」
 彼女の集中力を削がないようにと、その様子を後ろから見守っていた稔だが、不意に声を上げたまことに急いで駆け寄った。そしてゆっくりと、何か見つけたらしいまことの次の言葉を待った。
 やがてまことの髪の色は元へと戻っていき、ふぅと息を吐くと稔を振り返り言う。
「切羽詰った男の子が見えました。多分…あの子だと思います」
「何か特徴は? 右手――そこに俺と同じようにナンバーが有れば同類だと決定的なんだけどな……」
 そう『人によって造られた人の手ではどうにもならないモノ』と同類でありながらも、それを始末する立場の稔は、自分との共通点でもある特徴――ナンバーの刻まれている右手の甲――をひらひらと見せまことに問う。しかしそれにまことはゆっくり頭を振った。
「ごめんなさい、有るとも無いとも。時間が経っているせいか他に原因があるのか、姿が鮮明には残ってなくて……ただ、此処を通して彼の行き先は見えましたよ」
 言いながら、まことは先ほどまで触れていた電柱にそっと手を添える。能力を使っているわけではない。ただ触れているだけだが、その表情はあまり優れなかった。
 「どうした?」…と稔が問うと、まことは目を伏せ小さく口を開く。
「やっぱり私は、どうしてこんなことになってしまったのか、相手の方に聞きたいです。彼はまだ我を忘れたわけではありませんから」
 そう口にするまことの内心が稔には良く判らない。はっきりと、何を感じ何を思ったのか伝えてくれれば良いものの、まことは敢えてそうしないのか、後に言葉は続かない。
「わかった。とにかく行き先や何となくの状態でいい、教えてくれ。そして…先へ進もう」
 稔が言うその言葉に、まことは伏せていた目を開き頷くと同時、北の方角を指差し言った。
「……犯人は先ずこの辺りを基点とし飛び回っていましたよね? その目的は単に移動手段を探していたようですが、北の方角に私が今触れずとも、彼の強い残留思念を発する物体があります……それほど遠くは無いので、一旦そこに行くのが良いかと」
 まことの言葉に稔は「よし!」と頷くと、彼女の誘導でバイクを走らせる。そして確かに、辿り着いたその先は先ほどの場所から二十分ほどの近場だった。長閑な住宅街や団地、商店街や大きな公園のあるごくありふれた街である。
 しかしその反面、町は開発途中の部分も見られ、その真ん中には作りかけのマンションが聳え建ち一際目立っていた。
「この辺りで――あぁ、やっぱりあの建物です」
 稔が黒くて大きな、やたらと目立つ愛車を適当な場所に止めている間、先行くまことが足を止め再び指し示したその先は、建設途中のマンションだ。しかし今日は休日なのか、作業人の姿は見えず、一歩間違えればこれから建つであろうそれも廃墟に見えかねない。
「要するにあの中ってことだな。あそこに行けば、何か手がかりが……」
 言いながら、この町にはあまり相応しく見えない高層マンションを見上げ、稔はサングラスを押し上げた。
 しかしまことはそれに返答することなく足を進めたため、一歩遅れ後を追う。
 周囲を囲む壁が殆ど出来上がっている為薄暗い建物内。所々置き忘れられた工事機材やヘルメットが転がり、時折それに足を取られてしまう。そのため、先行くまことが転び掛ければ稔が慌てて手を引く、と言うことが数度有った。
「……どうだ、まだ見つかりそうにないか?」
 エレベーターなどまだ設置されてないため、作業用の階段をカンカンと音を立て上って行くが、一向にまことの目標は定まらない。
「――もう一階上みたいです。そこに強い何かが残っています」
 言いながらまことは見上げた先に何かを見つけたのか立ち止まる。そしてどうしてか、たじろいだ瞬間トンと稔の胸にその背がぶつかった。勿論衝撃など全く無く、ただ何を見つけたのかと後ろから覗き込むよう、稔はまことの視線の先を追う。そこで息を呑み、無意識の内、彼女の一歩前へと出た。
「なんだ? アレは……」
 そこに見つけたのは、ぽっかりと……真っ白であるはずの壁に開いた小さな円。階段を上り終えると稔はその穴の前に立ち、その向こう側を見る。と言ってもその先は真っ暗闇で何も見えやしない。
 最初はただの黒くて丸い何かに見えたそれを穴だと確信したのは、今確かにそこから空気が吹いていると言うことだった。生暖かく、微かに湿っぽさを含んだ空気が頬を撫ぜる。天井のないこの場所で今、二つの空気が混ざり合う。
「まこと、これか?」
 稔の言葉にまことはゆっくりと此方へと歩み、そっとその穴に掌を向けた。ふわりと風で揺れ、再び青みを帯びたまことの髪の毛は能力使用中のサイン。
「……桂さんの時計を手に入れた彼は――都道府県を順番に回ろうと考えているようです。誰かと争ったような感じもしますが無傷ですね」
「五十音順か……と言うことは、そのうち東京に来る可能性もあると」
 呟く稔にまことは髪の色を元へと戻し振り向いた。
「でしょうね。彼はよほど急いでるようですから、状況から考えて今日明日で東京まで来てしまうのではないでしょうか?」
「どこら辺に来るかなんて予測は無理か?」
 何気なく稔が呟いた言葉にまことは顔を伏せた。その様子に稔は「待て」と言いかけるが、躊躇いながらも声にしたのはまことの方が先である。
「この穴が多分彼のルートの全てでもあります。此処をずっと監視し続ければ彼の降り立つ場所も――」
「……悪い、リスクがでかいな。それは無しだ」
 まことの言葉にすぐさまそれを却下した。彼女がその能力を使い続けることは決して好ましくない。何よりそんなことをさせ続けることなんて、稔の予定には無かった。
「此処まで判ったならもう十分だ。今少し…此処で休むか?」
 そう言うがまことは頭を振る。しかし、それは休むことに対してではない。
「いえ、此処で監視しようと思います。私なら大丈夫ですから」
 にっこり微笑むとまことは踵返し穴に向かう。こうなってしまうと――最早言い聞かせることも出来ない気がした。
「…………ったく、まだ暫くこっちには来ないんだろ? 無理、すんなよ」
 言いながら稔は目を伏せ、そして開く。そこには自分を振り返り微笑むまことの姿があった。
「――…‥」
 そしてまことが顔を前へ向けると、嘆息と言うものではないが溜息を一つ吐き、稔は壁際へと歩み寄る。
 彼女の不思議そうな表情がサングラス越し、目に映った。否、映り続けている。
 壁に背を預け腰を下ろすと、真横に開いている穴から吹き出る風で短い髪が微かに揺れ少しばかり鬱陶しい。
 しかし今ばかりは、こうしてまことの様子を見守りながらその時を待つことにした。

    ■□■

「っ、来ます――…‥!!」
「――っ!?」
 そうまことが声にしたのは、既に陽は落ち切り、空には星の輝く頃。
 稔は何時から腕を組みただ真っ直ぐ前を見つめぼうっとしていたのか、まことの声で我に変えると同時、視界の隅に肩で息をする彼女が目に映る。同時、横の穴が大きく開き始めた。彼女の様子も気になるが、今はそれよりも危険なものが近づいている気配がし、気をそちらへと向ける。
「まさか此処から出てくるつもりか!?」
「稔っ、さっきのことの含め後は頼みますよっ!」
 まるで二人を別つように穴から出てきた白い手は、穴を押し広げるようにぐるぐると大きく円を描くよう宙を描く。その動きに二人は反射的にその身を遠ざけた。
 まことは、先ほどから離れた場所に座り込み息を整えている。単純に考え夕方から夜まで使い続けていた能力は、とうに限界を超えているはずだった。
「ちっ、まことの言いたいことはわかるが……とっとと片付けるからな!!」
 舌打ちと同時、稔は胸の前で右掌を上へと向けた。そこに自らの精神エネルギー――言わばスタミナ――を集め始める。それはやがて手の中で物質を構成し、煌々と赤みを帯びたそれは確かに具現化されていく。やがてグリップ部分から構成され始め、トリガー部分が現れると、左手の指で宙をなぞるその後を追う様バレル部分が出来上がる。出来上がったのは勿論リボルバーである。
 稔は笑みと同時、下がるサングラスを左手で押し上げ相手を見た。その奥で光る眼は、能力使用故ピンク色に変化している。
「……どうして――どうして?」
「どうして、だと?」
 そして穴から出てきた相手と向き合った。しかし上から下までをすっぽり覆う黒いマントを羽織る相手、その真の姿……中身は判らない。しかし見た目の身長は低く声は少し高く、男の子――要するに少年なのだろう。
 繰り返される言葉は同じトーン。それは明らかに今の行動――武器を構成した事、或は武器をその手に持った事――に疑問を持っているように思えた。故に稔は問い返すが、少年はフルフルと頭を振る。
「判らない、わからない……ワカラナイよ」
「お前が連続通り魔の犯人には間違いないだろ? だから俺はお前を止める」
「……哀しいね」
 稔の言葉を聞いているのかいないのか、即答すると相手はゆらゆらと体を左右に振り始めた。その様子に稔は顔を顰める。
「分かり合えないのは哀しいよ……散々利用され最後は用無しの俺、やがて誰からも見放されてこの有様」
「利用……に、用無し?」
 やがて体の動きを止めたかと思うと、相手は真っ直ぐと立ち稔を見た。動きが読めないうえに言っている意味も判らない。
「そして最後は同じ者に殺されるのか? 哀しい……哀しいね、とっても哀しいよ!!」
 刹那巻き起こる突風は、この地にしっかりと足を着く稔すら後退る程の物。工事中故多かった砂埃がこの瞬間一気に舞い上がり、小石すらも宙を踊る。そんな中、遠くに見えるまことは両手を前に翳し必死で風を防いでいるようだった。
「っ、やっぱり同類か!?」
 稔もその風を片手で遮り言いながら相手から目は離さない。やがて風が止み、辺りに静寂が訪れた。彼はゆっくり口を開く。
「……さぁ、どうだか?」
 冷たく呟く彼からマントが剥がれ落ちる。否、自らそれを脱いだ。
 現れるその姿はやはり少年。それもまこと以上に小柄だ。彼は金髪を持ち、にやりと笑みを浮かべた口には発達した犬歯が見える。そして、うっすらと開けた瞳は強いピンク色を放っていた。
 風が止んだ今、相手は何の能力を使用していると言うのか……瞳の色は本来のものへ戻ることはないようだった。固よりその色だとでも言うのか? しかしその選択肢はどうしてもない。
「予想通り過ぎて涙が出そうだな」
 引き攣らせたままの表情にようやく笑みを取り戻すと、稔は手中のリボルバーを今一度握り締め目標を定めた。
 構えるや否や放たれたバレットは、相手の右足へと確実に命中する。そして同時、相手の右足から吹き出る鮮血は赤ではなく銀色のもの。少年はそんな自分の様子を見てただ笑みを浮かべた。
「あーあ……俺の血が流れていっちゃうよ」
 そして稔の狙いは左足へ。しかし、その両方を受けても尚相手はそこに立ったままでいた。流石に二発を受けたところで顰めた顔は痛みを感じてきている証拠か。それでもやがて止まる出血は彼の異常さを示している。
「足りなくなったこの血の分は……人も良いけど同類の血も一緒に貰おうかな?」
 そう、少年はまるで稔に問うかのように言った。そして右手の人差し指で自らの唇をなぞる。その手の甲には……ナンバーが刻まれていた。
 これで人並みはずれた能力・ピンク色の眼・銀色の血液、そして右手のナンバー。決定的要因は全て揃い、全力で行かなければ危険な相手と稔は判断する。固より、最初から仕事は真面目に取り組む姿勢の稔故、手抜きや油断など思考には欠片もないが。
「――それにしてもその能力は制御しきれていないのか、それとも何か目的があるのか?」
 しかしその問いかけに少年はフッと笑い明後日の方向を見た。その視線先輝くは白い満月。いつの間にか空から雲は無くなり、多くの星も輝いている。
 タンッと、地を蹴ったのは果たしてどちらが先だったか。

「――えっ!?」

 ただ短く発せられるその声が、脳裏に酷く響いていた。
 繰り返し、くりかえし。何故か消えることなく響き続ける。
 自分自身も何か声を発した筈なのに、それが何かも判らずに。
 必死で伸ばす左手は彼女に届く訳も無く。
 迂闊だったと自分を悔やんでも遅い。今はそれ以上にすることがあると、体は勝手に動き出す。
 それに脳が後から必死で追いついた。
 僅かに遅れた最初の一歩。それを地に足を着けるごとに詰めてゆく。
 手に握られたリボルバー。コレは何のために編み出されたのか……今一度考え。
 ただひたすらに、遠く離れたまこと――そしてそこへ向かう少年の背を追った。


 銃声はただ一度だけ この地に鳴り響く――…‥



  あの時の自分は ただ大切な人を守りたい一心だった――そう、思う。


    □■□

 まだ朝日は昇らないものの、空はゆっくりと明るさを増していく。しかし、再び広がる雲はそんな空をゆっくりと覆い隠そうとしていた。雪こそ降るような天気ではないものの、やはり明け方の冷え方は尋常ではない。
 思い切り息を吸い込めば、冷たい空気で噎せ返りそうにもなる。
 なのにこの場所に響き続ける荒い呼吸。他に響くは鳥の歌。
 それでも、とても静かな朝だった。
「――じ   …ん、……稔?」
 ようやく稔は目を開く。自分の名を呼ぶその優しい声に気づき。そしてうっすらと開けた目の前で、ギュッと唇を噛み締めていた彼女の表情を見つけ、はにかんで見せようとした。
「悪い……危険な目に遭わせるつもりは無かったんだ」
 しかし、その表情はただの苦笑いにしかならない。ついでに言いながらも冷たいコンクリートに手を突くと、稔はゆっくりと体を起こす。
 そんな言葉、動作にまことはただ必死に頭を振った。その仕草だけで、言葉に出さずとも彼女の言いたいことは何となく判る。
 しかし一体どれほどが経ったのか。何であれ、この明るくなった空を見ればとうに数時間は経過していることは確かであった。
「稔……彼はどうするべきでしょう。まだ、お話が出来るならば――」
 ポツリと呟き、まことは稔から更に離れた場所で倒れる一人の少年へと目を向ける。
 そこに広がるはまるで銀世界とでも言うべきか。
「……ありったけのエネルギーをぶつけてやった。今息出来ようと、もうすぐ絶えるだろうな」
 起き上がったものの立ち上がるまでは至れない稔は、顔だけを少年の方へと向けた。
 仰向けで倒れている少年は、ただずっと荒い息を吐いたままそこに存在する。
 うっすらと白い息は絶えず空へと昇っていた。流れ続ける銀色の血液は白いコンクリートの床にゆっくりと広がっている。その有様が、何となく雪が降った後の晴天を思い浮かばせた。キラキラと、雪が輝いて見えるあの光景だ。とは言え、決して白い訳ではないこの景色。それはとても綺麗とは言えず……ただとても不思議な感じがした。
 そしてよほどのダメージを一気に与えられたせいなのか、或は稔の攻撃が相手にとっては不都合なものだったのか。既に再生能力は働きもしないようで、少年は指一本すら動かない。ただ、息をする度に胸が小さく上下していた。
「――えっと、稔はそこで待っていてくださいね!」
 その様子をジッと見ていたまことは思い立ったかのように立ち上がり、稔を振り返り言うとあっという間に少年の方へと向かっていく。
「はっ!? おい、まことっ!!」
 驚きと静止にも似た声を聞かぬまま、まことは少年の方へと駆け寄っていく。
 もう危険ではない…とは言えない状況だと思った。相手は確かに瀕死ではあるが、先ほどまではまことに襲い掛かろうとしていただけに、考えれば考えるほどただ心配だけが募っていく。
 しかし――
「ぁん?」
 少年の前にしゃがみ込んだまことは、時折薄い笑みを浮かばせながら少年と会話しているように見えた。
 彼はもう何の危害も与えないのだろうか? それとも、与えられない故ただ今は死を待ち、その束の間に彼女と話しているだけなのか?
 考えれば考えるほど疑問は増えるが、今の稔は立ち上がれもしない。這って行っても良いのだが、それはまことが拒む可能性がある。ここで待っていてと――そう言われてしまったのだから。
 そして暫しすると、まことがゆっくりと立ち上がる。そしてゆっくりと…稔を見た。
 それが……その表情が、全ての終わりを告げていた。

    ■□■

「あ゛、なんでもう全部が終わってんだ!?」
「……なんで今更」
「少し、いえ…結構遅いですよ」
 既に朝日は昇りきり、下では通勤通学の人が行き交う頃。
 閉じかけた穴から数時間も遅れ出てきた武彦は、その現場の有様に開いた口が塞がらない。加えて二人のツッコミを喰らい縮こまったように見えた。
「と、ともかく事件は終わったんだな? ならコレを報告してこないとな……」
 言いながら武彦は腕時計で今の日時を確かめ二人に背を向ける。しかし何か思い出したのか思い立ったのか、体半分振り返り二人に問う。
「ところで此処は何処で……興信所か白王社、此処から行ったらどっちが近いか判るか?」
 その台詞に、二人はただ南方面を指差すのだった……。


 武彦の居なくなったこの現場、正午過ぎ。今日も工事は休みなのか、人の姿は現れない。尤も、この状況が有るのだ……その方が都合が良い。
 何時しか少年の姿も消えてなくなった。本当に、いつの間にか――ただ、そこに残る銀色の液体だけが、彼が確かに存在していたことを示している。
「これで……よかったのか?」
 稔はすっかり回復し、今はまことの隣に立っていた。目の前の光景、それは天井が無い為陽の光が反射し一層輝く銀色の水溜り。稔はそれを見ながらポツリとまことに対し呟いた。
 結局まことから聞いた一部始終では、少年は自らがやがて掃除屋により殺されるよう派手に動いていたと……そういうことだった。
 しかしまことへ向かって行った彼の真意、そして最期は満足そうな笑みを浮かべていたこと。その一つ一つが、稔には未だ納得できない。
「私はよかったと思いますよ? やっぱり人を知ることは大切で……私はそれをホンの少しですが知れた気がしましたしね」
 そう言うと隣の稔は「ふぅん…」と、曖昧な相槌を打った。実際、これ以上の言葉は浮かばない。
「後、彼言ってましたよ。稔に感謝してるって。そして……『バイバイ』って」
 そうまことが告げると稔は何となく納得出来たのか、他にはもう何も言うことも無くただ空を仰いだ。ゆっくりと雲の流れていく青空を。そしてふと俯いた瞬間、まことがゆっくりと声に出した。
「……さ、そろそろ帰りましょう?」
「あぁ……そうだな」
 そして二人踵を返す。
 僅かな距離をとり歩く道。
 それでも、バイクに乗る時まことの手はしっかりと稔を掴んでいる。
「――……」
 そのギュッと掴まれた手に……稔は何かを思い愛車の速度を上げた。
 上がるスピードと比例して、まことの手に力が入る。
 しかしどんなに速度を上げても、あの瞬間。稔に対し背を向けていた筈の少年。彼がまことに見せたその表情。全てが終わった後のまことの表情。何故かそれらが次々と浮かび……更にスピードを上げていく。



  ――今はただ あの瞬間が脳裏に焼きつき 離れない。


 [終幕]

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [3842/ 新村・稔 /男性/518歳/掃除屋]
 [3854/桐生・まこと/女性/17歳/学生(副業 掃除屋)]

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■         ライター通信          ■
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 という事でお疲れ様でした! そして初めまして、ライターの李月です。
 この度は弱者の強さ・後編のご参加有難うございました。何かありましたらどうかご連絡、若しくは遠慮なくリテイクくださいませ。
 此方としましては書きすぎてしまった感があり、今回会話重視で進行しておりましたので、特に桐生さんの口調・内面は正反対ではないかやら、彼女が彼を呼ぶ際は呼び捨てで良いのか『くん』付けか。そして新村さんの愛車移動は果たして有りか、能力に関して、そして二人の微妙な関係及び二人のときの口調、この結末で感じることは曖昧気味にしてあるものの、全く違うなんてことはないか……今思いつくだけでかなり不安要素が残っております。
 また、前部隊・後部隊とは完全に展開が違うものの、犯人である少年の外見、そして思うところは全て共通部分となっています。結果的彼を救った…という部分も同じではありますが、最終的に行き着いた先はこんな結末となりました。少々後味が悪い気も致しますが、それを望んでいた相手に相応しい結末とでも言うのでしょうか……こういう解放のされ方も有りか、思いました。
 しかし此方では明らかというべきでしょうか、強い能力を持ちながらも中身が弱い…そんな彼でした。
 なかなかにまとまりがなくなってしまいましたが、何処かしらお楽しみいただけていれば幸いです。

【新村・稔さま】
 という事で、個別ご依頼有難うございます。上からの話題となりますが能力使用に関しては、一応バストアップを参考に書かせて頂きました。上手く表現し切れていないのが痛いところな上、全く違っていたら申し訳ない限りです。又、愛車はSh◎dow400イメージでしたが、果たして後ろに彼女を乗せてしまって良かったのかやら。彼女への接し方も色々考えた末、あのように落ち着いてしまいました……が、色々ダメな部分はどうぞご指摘くださいませ! お二人分揃ってどうぞです。
 ともあれ、好きなタイプの男性で大変楽しく書かせて頂きました。どうも有難うございます(ぺこり)

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼