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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【 タライくん 】


「草間さん、こういう得体のしれないモノを放し飼いにされちゃ困るよ」
 怒声と共にやってきた大家に差し出されたのは金ダライ。彼に指摘されると困る事柄には多々覚えのある草間武彦だったが、受け取った金ダライには全く覚えがなく首を傾げた。
「このタライがどうか……なっ!」
 武彦が驚き、タライを取り落としたのも無理はない。タライについていた紐が動物の尾であるかのように、ぱたりぱたりと動きだしたのだ。
「とにかく、今後はこういうことがないように気をつけて下さいよ。こっちはアンタに出てってもらっても構わないんだからね」
 忌々しげに言い捨て、大家は乱暴にドアを閉めた。

【謎タライとの遭遇】

 遠ざかる足音を聞いて、がくりと俯けば足元には動き回る謎のタライ。
 心の底から怪奇探偵という己の二つ名を呪った武彦だったが、今この部屋にいる新座・クレイボーンが持つ能力を思い出すと通信販売番組のプレゼンターに負けない笑みを浮かべて振り返った。
「新座、作った生き物は最後まで責任を持って飼いなさい。捨てたりなんかしたらタライくんが可哀想じゃないか」
「違う、おれじゃない! こんなの生き物にした覚えないぞ」
 ぶんぶんと首を振って否定をする新座の足下では、メカ恐竜のぎゃおも彼を真似て首を振っている。
「その言葉が正しいとしたら、このタライはどこから来たのかしら?」
「人に慣れているってことは野生のタライさんじゃないですよね。飼い主さんとはぐれて迷子になったのかな?」
 呟いて首を傾げたシュライン・エマの隣では、中藤美猫が武彦にじゃれつくタライを不思議そうに眺めている。
「…………」
 そして、煙管を吹かしながら人々を静観していたイワトビペンギン……ではなく『ぺんぎん型もののけ』ぺんぎん文太はゆっくりとタライに近づき、タライに羽をぺたりと乗せた。するとタライはくるりと回転し、武彦の足下に摺り寄せていた頭だと思しき紐のない曲面を文太の方へ向けた。そのまま彼が羽を左右に動かしタライを撫でると、タライは軽く左右に揺れながらも大人しくしている。
「撫でられて喜んでいるみたい。タライさん、迷子になって心細かったの?」
 美猫が文太の横にしゃがんでタライを撫でると、タライは紐をぱたりぱたりと振る。
「人懐っこいみたいだし、もし飼い主が見つからないなら事務所で飼ってあげたらいいんじゃないかしら」
 金ダライと戯れる少女と中年ペンギン。微笑ましくも、テレビのコントを思い出してしまうような微妙な光景を眺めながらシュラインが問うと、武彦は信じられないという顔で彼女の顔を見つめた。
「シュライン。こんなモノ飼って、どうするつもりだ」
「ほら、形がタライだけに物を運んだりするのを手伝ってくれそうじゃない」
「いろんなのいるから、今更タライの一匹や二匹増えてもいいだろ?」
 シュラインの返事で頭を抱えた武彦を笑いながら同意した新座だったが「それが動機だったんだな。ちゃんと連れて帰れよ」と肩を叩かれると顔を引きつらせた。
「ちょい待て、コレは違うってば。違う違う、おれがやったのは……待て待て、ぎゃお。そのタライに懐くな、おれが誤解されるだろ!」
 だがメカ恐竜が新座の制止を聞くわけがない。
「ぎゃおぎゃお」
「ぎゃおさんも、タライさんとお友達になりたいの?」
「…………」
 タライに興味を示して鳴くメカ恐竜に気づいて、ぺちぺちとタライを叩いていた文太が場所を譲る。しばし金属がぶつかる小さな音が事務所の中に響き渡る。二匹、あるいは一つと一体の相性は特に悪い様子ではなかった。タライはメカ恐竜が中に入っても機嫌を損ねることはなかった。シュラインが言った通り、タライの飼い主は荷物運びを手伝ってもらえることだろう。だがメカ恐竜がタライに齧りついた瞬間、金ダライを地面に叩きつけたような大きな音が事務所の中に響き渡った。

 ぐわわわん、ごわわわん。

 当然ながら、怪音の発生源はメカ恐竜を振り落として事務所を走り回っている金ダライ。文太は音に驚いて固まり、慌てて自分の耳を押さえたのはシュラインと美猫と新座。そして武彦は「出てってもらっても構わない」という大家の言葉を思い出して慌ててタライを拾い上げた。
「まずいなぁ、ぎゃおの歯形ついてるよ。飼い主が見つかったら怒られそうだ」
 武彦に抱かれて大人しくなったタライ残った噛み跡を見て新座がため息をつき、またシュラインも人懐っこいタライの大きな欠点を知ってため息をついた。
「こんなに耳に痛い声で鳴くんじゃ事務所で飼うのは無理ね。騒音の苦情が届いてしまうわ」
 音に驚いて硬直していた文太はぷるぷると頭を振ってから、騒音を止めた武彦の足を労うように軽く叩いた。
「草間さんがいない時に鳴きだしたら困りそうですからね」
 美猫の呟きを聞いて、シュラインが気づく。
「そういえば、武彦さんが抱いたらすぐに鳴きやんだのよね。飼い主に似ているのかしら」
「てか、最初からあんたのタライじゃないのか?」
 犯人呼ばわりされた仕返しも兼ねて新座が追及すると、武彦が慌てて首を振る。
「なっ! どうして、俺がタライなんかを……」
 が、背中に降りてきた気配を感じて黙り込む。どこから現れたのかタライを抱いた彼の背中に、大人の人間ほどの背丈がある白い猫が乗っていた。
「むふふ〜、金儲けの臭いがするんだな。ここは我輩に任せてくれないかな〜」
「うわ〜、でっけえ化け猫」
 突如現れたことではなく大きさに新座が感心すると、化け猫と呼ばれた豪徳寺嵐が自分の素性について訂正を入れる。
「我輩は豪徳寺嵐。化け猫じゃなくて招き猫の付喪神ね。付喪神は物が百年経って妖怪変化したものなのね〜」
「じゃあ、タライさんは嵐さんの仲間なんですか?」
「このタライはまだ新しいから付喪神だとは思えないわ」
「…………く」
 皆の視線が自分の背後に向いているという状況を変えるべく、武彦はなるべく冷静を保ちながら嵐に告げる。
「どうでもいいが、まず俺の背中から降りろ。それから、このタライがお前の扱ってる商品なら今すぐ持って帰れ」
 前半の要求である武彦の背中から降りることには素直に従った嵐だが、後半の要求には首を振った。
「これから増やして商品にするつもりだけど、まだ商品じゃないのね。習性を知りたいからモニターとして、しばらくタライを飼って欲しいんだな」
「ちょっと待て、このタライは明らかに人間に慣れてる。捨てタライだったならともかく、飼い主のいる迷いタライだった場合は勝手に商品にしたら問題になるぞ」
「ふむむ、確かに後から法外な使用料を請求されたら困るのね。飼い主がいるなら、まず契約をしておかないと」
 しばらく考え込んだ後、嵐はぽんと手を叩いて言った。
「それじゃあ飼い主探しは草間さんにお願いして、モニターはこっちのペンギンさんに頼むのね」


【タライくんのいる風景】


 手拭いを肩にかけ、檜の湯桶を小脇に抱えて商店街を歩くペンギン。それだけでも十分すぎるほど目立つ光景であるが、文太の後ろを金ダライがついてくる。人々の視線が集まったり、写真や動画が撮れる携帯電話を向けられても仕方ないことであろう。だが文太にとって、そんなことは些細なことである。熱すぎる視線には気づかぬ振りをしたり、気の良い人間に出会えば湯桶を差し出して目的の場所へ向かう道を尋ねた。やがて銭湯へ到着した彼らは男湯の暖簾をくぐった。
「…………」
 文太は小銭を番台に座る中年の女性に手渡した。料金は二人分、ペットを連れて入れる銭湯はないので当然のことである。女性は彼らを止めはしなかった。ありえない光景に言葉を失ったか、彼らを白昼夢だと思ったのかもしれない。
 咎められず中に入ることができた文太は、まず洗い場のイスにタライくんを乗せ、石鹸をこすり付けた手ぬぐいでタライを洗ってやった。次にタライを湯船の側まで連れて行き、湯船から愛用の湯桶ですくった湯をタライに流し入れた。
 そして、文太はタライの中に入った。
 が、結果は彼の想像とは異なっていた。タライに入れた湯はあふれ出てしまったし、座り心地は随分と窮屈である。どうやら文太がタライ風呂を堪能する為にはタライくんでは少々小さすぎたようだ。
「…………く」
 文太はがくりとうな垂れ、目の前にある湯船の湯につかった。もちろん、タライくんを湯に入れてやることを忘れはしなかった。風呂上りには、売店でフルーツ牛乳を二本買った。一本は自分の湯桶に入れ、もう一本は餞別として金ダライの中に瓶を入れてやった。タライくんにフルーツ牛乳が飲めるかは疑問であるが、心意気にケチをつけるのは野暮のすることである。
 銭湯を出たペンギンと金ダライは、夕日を背景に別々の方向へ歩き出した。
 金ダライ風呂に失敗したことに黄昏る文太は、自分がタライくんのモニターを引き受けたことを完全に忘れていた。だが忘れずにいたとしても、タライ風呂には向かないという結論が下されるだけなので問題はなかったかもしれない。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 4378 / 豪徳寺・嵐 / 男性 / 144 / 何でも卸問屋 】
【 3060 / 新座・クレイボーン / 男性 / 14 / ユニサス(神馬)/競馬予想師/艦隊軍属 】
【 2769 / ぺんぎん・文太 / 男性 / 333 / 温泉ぺんぎん(放浪中) 】
【 2449 / 中藤・美猫 / 女性 / 7 / 小学生・半妖 】

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■         ライター通信          ■
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 金ダライライターの猫遊備です。ご依頼ありがとう御座いました。
 ですのに納品が遅れまして、本当に申し訳ございませんでした。