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<東京怪談ノベル(シングル)>


生きて帰ることが出来るかッ!?


 いつの時代、どこの世界に置いても女学生の営みとはそう変わるものではない。
 彼女たちはおしゃべりをし、おしゃれを気取って、笑いさざめきあう。試験にのぞんでは机に突っ伏し、甘いものに至福を感じ、恋文を書いて机の奥にしまいこんで、あこがれの先輩の話に盛り上がる。
 繰り返して言うが、これはどこの世界においても変わりはない。たとえば神々の世界、世界創造の法を学ぶ学校でも、女学生たちの事情はそこいらの女子高生と大して変わりはないのだ。
 クリスティアラもそんな女学生たちの一人である。
 彼女は恋文を書きも、先輩に憧れもしていなかったが、ちょうど机に突っ伏しているところだった。もう少し正確に言うなら突っ伏してはいない。しかし、がくんと肩を落としてめそめそしている様子は突っ伏しているのとあまり変わりないだろう。
 定期考査十日目の三限目、運命形成科目試験終了直後の教室だった。
「ハアイ、クリスティアラ。どしたの、元気ないじゃん?」
 元気に名前を呼ばれて、クリスティアラはうなだれていた顔を上げる。
 声をかけてきたのはクラスメイトの少女だった。耳元から生えた青いヒレをぴんとはり、空中を自在に飛びまわる。
 彼女ら星人魚の一族は重力の枷にとらわれず、エーテルの海を泳ぐ。人魚はクリスティアラの周囲をくるりとターンしてにっこりと微笑んだ。
「もしかしてー、テストの結果に自信がないのかなー?」
 クリスティアラの肩がぴくんとはねる。
 実に図星である。反応もわかりやすい。
 一度は上げた顔をもう一度しゅんと下に向けて、クリスティアラはぼそぼそと、ため息交じりに答えた。
「いえ、あの……はい、九〇点とれるかどうか。いえ、八〇点くらいしかとれないかもしれないです」
「もしかして、テストの結果に自信があるのかなー?」
 人魚の少女はそんなクリスティアラの言葉に、なにかを堪えるようにこめかみをひくひくと引きつらせ、同じようにもう一度聞きなおしてくる。
「え、そんな」
 往々にして優等生という人種はそれ以外の人々の平均点数に疎いもので、ここに至ってようやくクリスティアラは思い出した。
 どういうわけか彼女は、というか彼女も含めるクラスメイトの生徒ほとんどは、いつも筆記試験においてクリスティアラの平均点に比べると著しく低い点数をたたき出している。
 そんな彼女たちが今落ち込んでいるクリスティアラを見ればどのように映るか。ずいぶん嫌味なことだろう。
「“しか”? 八〇点“しか”!? するってえとなんですか、いつも七〇点とか六〇点とか、挙句の果てには四〇点“なんか”とってるわたしはゴミムシみたいなもんですか! あ〜、これだから頭いい奴はヤだよね〜、傷ついちゃったなあ」
 案の定、人魚の少女は額に青筋を立てんばかりにクリスティアラを睨みつけてくる。
「ご、ごめんなさい」
「痛い、胸が痛い! これは慰謝料としてクレープの一つでも奢ってもらわない収まらないっていうもんよね」
「ええッ。それじゃあ、あの、今日の帰り駅前の店でいいですか」
「え、奢ってくれんの? ラッキー。やー、悪いなあ」
 冷静に考えれば言いがかり以上のナニモノでもないのだが、そこは気のやさしいクリスティアラのこと。どうしてもノーと言えないのだった。
 にこにこと微笑む人魚の少女を見ながら、クリスティアラは財布の重さを思ってため息をつく。ああ無情なるかな女の友情!
 だがしかし、捨てる神あれば拾う神あり。そんな風に落ち込む彼女を救ったのもやはり女の友情だった。電子音のように無駄にピコピコとした合成音声が、笑いながら二者の間に割って入る。
『イケナインダー、イジメッコ。先生ニイッテヤロー』
「人聞きの悪いこといわないでくれる?」
 声に振り返ったクリスティアラは、そこに宙に浮かぶ銀色の円盤を見た。葉巻型でも球形でもなく、円盤だ。ジョージ・アダムスキーさんもびっくりのシルエットである。
 彼女もまた、クリスティアラのクラスメイトである、情報生命体の少女だ。
 いや、電気信号から生まれた情報生命体に性別の概念が存在するのかどうかは定かではないが。
「あれ、視覚デバイス変えたの? こないだまで色黒かったじゃん」
『イイデショ、前ノ週末ニ買ッタノ。今ノ流行ハ銀色懐古系ヨ、暗黒球体系ナンテ古イ古イ』
 電気信号から生まれた情報生命体である彼女は、外見を自在に交換することができる。
 先日までの自分の姿をいとも簡単にこき下ろす流行に敏感なその姿は、確かにお年頃の少女と言っていいものなのかもしれない。
『マッタク、くりすてぃあらモくりすてぃあらヨ。ハッキリ嫌ッテ言ワナイカラ、コイツガ付ケ上ガルノ』
「でも、私のせいで傷ついたんですから、お詫びをするのは当然のことじゃ……」
『嘘ニ決マッテルデショ。コイツハ、ドウセ上手イコト言ッテアンタニタカロウトシテルダケヨ』
「そ、そうなんですか!?」
「いやははは」
『大体、成績ガ悪イノナンテコイツノ自業自得ナンダカラ、くりすてぃあらガ罪悪感ヲ感ジル必要ナンテコレッポッチモ無インダカラネ』
「ふん、なによ筆記試験の点数なんか。あたしは理論より実践派なの。実技じゃちゃんと点取れるんだから!」
『ドウカシラネエ』
 ふくれて尾をぴしぴしと揺らす人魚に、円盤がなかば同上の色すら混じった様子でため息をついてみせる。すると人魚はさらに肩を怒らせて、歯軋りをする。
『ネエ、くりすてぃあら。コナイダノ恒星運営実験ノ時コノコガナニシタカ憶エテル?』
「へッ!? 私ですか!!」
 突然に話を降られて、クリスティアラはおどおどと人魚の方にも目をやる。どういう意図か知れないが、彼女は目が合ったその瞬間ににこりと優しく微笑んだ。
「クリスティアラ、ちゃんと本当のことを言ってくれていいのよ」
「ほ、本当のことですか?」
 本人からも言われては、まさかもう嘘をいうわけには行かない。
「超新星爆発で実験が中止になって、おまけにブラックホールまで発生。後始末が大変でした」
「あの時は残念だったよね、もうあと少しで二十等級の大台に乗るとこだったのに」
 むしろ自慢げなその様子に、円盤は呆れた様子で続けて言う。
『炭素生命創造科目試験ノ時ハ?』
「間違って星系規模の不定形珪素生命体を創って白鳥座星雲が壊滅しかけました」
「先生も驚いてたわよ、あんな宇宙怪獣作れるのあたしくらいだって。天才の所業だよね」
『ソレ、皮肉ヨ』
 やはり反省の様子がこれっぽっちもみられないクラスメイトの言動に、円盤はブブーと不機嫌そうな電子音を鳴らす。
『他ニモ、あかしっくれこーど解凍しゅみれーしょんノ時ダッテ、世界律構成みすデ危ウクびっくばんヲ起コシカケタジャナイ。アンタホントニ進級出来ルノ?』
「だーいじょうぶだって、単位なんて八兆惑星周期出席してればもらえるんだから、余裕余裕。午後はサボって、これから三人でクレープでも食べに行かない?」
「じゅ、授業はちゃんと受けないといけないと思います!」
「クリスティアラは真面目ねえ」
『アンタガ不真面目過ギンノヨ』
 円盤が指摘しても、人魚の少女は「かもねー」と気楽に言うだけで大して気にした様子もない。クリスティアラは円盤と視線をかわし、そろってため息をつく。
『大体試験モマダ終ワッテナイノニ、ソンナ余裕デイイノカシラ』
「そうですよ、午後は個人実習試験の課題発表が残ってるんですから」
「個人実習試験ってアレでしょ、どうせ惑星環境調節とか恒星風管理とかそんなんでしょ? 楽勝だって」
『ドウカシラ。未開惑星ッテ結構怖イノヨ?』
 意味ありげに言って円盤はその目から、一つのホロ映像を投射してみせる。

 ――原始惑星に住む未開の野蛮民族! 記者は生きて帰る事が出来るかッ!?

 それは今週刊行の立体週刊誌(ホロウィークリーマガジン)だった。
 投射されたホロ映像には煽情的な見出しと、青く輝く有酸素惑星が浮かんでいる。クリスティアラは一瞬息を飲み込んで、柔らかな吐息を吐きだした。
「きれい……本当にこれが未開の星なんですか?」
『未開モ未開。チ・キュウハマダ文明れべるEニモ達シテナイ超乱暴ナ原始人ノ住ム星ヨ!』
「チ・キュー?」
『チ・キュウ。現地語デ『丸い大地』ッテ意味ノ言葉ラシイワネ』
「素敵な名前ですね」
『ソリャ名前ハ素敵カモ知レナイケド……ホラ、チャント記事ノ内容モ読ミナサイ』
 言われてようやくクリスティアラはそこに書かれた文字に目を通していく。
 『丸い大地』なんて素敵な名前を作る民族だ。きっと平和で純朴な有機生命種に違いない。クリスティアラはそう思って読み始めた。
 しかし、現実とは酷なものである。読み進めていくにつれ、傍目から見ても瞭然なほどにクリスティアラの顔色は青くなっていく。
 ――自らを養う森を無闇に切り、地を汚す。地球人思慮浅し。
 ――食すために馬、牛、羊、鳥などの家畜を作り囲う。残虐なることこの上無きなり。
 ――不老不死の妙薬として人魚の肉を喰らい、万能の霊薬として一角獣の角を折り煎ず。彼ら獰猛にして野蛮なり。記者、三度命落としかけるも屈せず。
 ――同種族間にても合い争い、地表ごと己らを滅ぼしうる戦略兵器を多く所有す。地球人、幼き種族ゆえ大変に危険。
 特に目を引いたのは『一角獣の角を折り煎ず』の行である。クリスティアラはその半身が一角獣である幻獣だ。もし地球という星に降り立つ事となればどのような運命をたどるか、想像するだけで背筋がゾッとする。
「つ、角を煎じるって……」
『折ルンデショ。ぽきっテ』
 あっさりと突きつけられた言葉に、クリスティアラの喉元から「ひぃぃ」と悲鳴のような息が漏れる。
 その様子がおかしかったのか、人魚の少女はにんまりと笑ってクリスティアラの顔を覗き込んだ。
「痛いんだろうなあ、角。ちゃんと神経繋がってるんでしょ、そこ。折れたらどうなるの?」
「お、折れたらって」
 言われて想像してみる。
 考えた事もなかった。クリスティアラにとって角とは大切な体の一部だ。ユニコーンとしての生命の力は全て底に宿っているといっても大げさではない。生命の力、つまり生きる力の源だ。
 もしそれがぽっきりと折れて、あまつさえ食べられてしまったならばどうなるだろうか。
 生命の力がなくなったのだから折れた角がこれ以上治るはずもない。傷が治らないということは、つまり……クリスティアラは思い至った。
「死んじゃいますよッ!」
「ああ〜、それは大変。そうよねえ、角の折れたところから赤黒いぐちょぐちょの肉がはみ出して、血はいつまでたっても止まらない。どろりどろりと流れて医者に行くことも出来ず、クリスティアラの意識は段々と薄く……」
「ひ、ひいぃぃぃッ!」
 悲鳴を上げて角を押さえるクリスティアラを見て、人魚の少女はケラケラと笑う。取りなすように円盤が割って入った。
『マアタ苛メルンダカラ。大体アナタモ人魚デショ。食ベラレチャウワヨ』
「あたしはヨワッチイ原始人なんかに捕まるほどおまぬーじゃないよ。その点クリスティアラはホラ、ドンくさいじゃん? ホラーとかだと真っ先に死ぬんじゃないかな」
「いやあぁぁぁッ!!」
 クリスティアラは再び悲鳴を上げて、今度はうずくまってしまう。
 ペプピプと、苦笑するような電子音を鳴らして、円盤はやさしくクリスティアラをなぐさめた。
『ホラ、大丈夫ヨくりすてぃあら。環境調節実習ダッテ決マッタワケデモナインダシ。仮ニソウダトシテモ知的生命体ノ住ム惑星ナンテ結構珍シインダカラ。危ナイコトナンテチットモ無イワヨ』
「そ、そうですよね。もしチ・キューに行くんだとしても私だって一人前の力法術士なんですから、原住民族に捕まったりなんかしませんよね?」
 びくびくと震えながらも言うクリスティアラに、円盤は考え込んでしまう。
 クリスティアラは極度の引っ込み思案である、その上とても臆病で、なにかあればすぐに泣いてしまう。そんな彼女が恐ろしい原住民族に囲まれたとき、きちんと冷静に戦ったり、最悪でも逃げたり、できるものだろうか。
『――――』
 考える。考える。考えた挙句、円盤はツィィとその視線をあらぬ方向へと外すことにする。
「なんで黙るんですかあッ!?」
 半泣きになるクラスメイトに対して、円盤は上手いフォローを入れることが出来なかった。人魚の少女は大笑いしている。
 この時点では、まさか、まさかである。
 クリスティアラに当てられる個人課題が本当に惑星環境調節実習だなんて。さらにその惑星が有機知的生命種のすむ有酸素惑星であり、よりにもよってその名をズバリ『地球』というのだなんて知りようもなかった。
 実習期間は現地時間で一億年。永い時を生きるクリスティアラにとってはほんの一瞬の時ではあるが。
 午後になってそのことを告げられたクリスティアラは恐怖のあまり泣き出し、円盤はひたすら苦笑し、人魚の少女は大爆笑のあまり酸欠で死にかけることになる。
 そんなことを知らない彼女たちはひたすらのんびり、クレープのように甘くやわらかい女の子の時間を噛み締めるのだった。