|
□■□■ 君死にたもう数え歌<前編> ■□■□
「ね、ちょっと」
いつも通りに雫が手を上げて人を集める仕種に気付いた客達は、彼女の珍しく真剣な面持ちに首を傾げながら歩み寄る。
覗き込んだパソコンの画面は、いつものように掲示板だ。画面の中央に据えられた記事と、そこに付けられたレス。それに、客は更に首を傾げる。
--------------------------------------------------
この歌判りませんか? by イズミ
えーと、ちょっと質問なんですけれど
一つ 彼岸に咲いた花
で、始まる数え歌の歌詞を探してます。
誰か聞いたことある人、アップしてくれませんか?
なんか不気味な歌詞だった気がするんですけど
どーしても思い出せないんです。
よろしくお願いします。
---------------------------------------------------
Re:この歌判りませんか? by ?????Α
@ΗρΘ±ΖΕO‘Ο|Δ?cη”≫’f・ιA?ΝΑA‰ΝΗ?κΜ“A?°‘π±±ΙΔΡoμB¶β‘θ?Ι?ζι’†¶ΜcEu[ΜA“―?¶N?±ιΜπ‘j~・ιA3κ‰Rγ\?\ΙA‘±-?K’iBσ?CΝ?ΠρβθΖS’nζ-?AΜΙ3-ΘΑ“―D‰ο?Μ’£θ†βΓχΟγ?°ηκxθκB?°ΙΝ-Α?Δι≫ΜσΤΝA’iΑ-l’ΚθB
---------------------------------------------------
「この文字化けね、どーやっても直らないんだ。で、掲示板の管理者権限でIPとプロバイダを辿って、あと色々のコネ使って辿ってみたんだけど――これを書き込んだ人の家で、この日、死人が出てるの」
雫は真剣な顔で、一同を見渡す。
「偶然かもしれないんだけど、やっぱり気になるでしょ? これを書き込んだ人なのかは判んないんだけど、もしかしたらこの――失われた歌詞に何かあるのかもしんない。一応、最初に書き込みした人の住所も取ってあるからさ。調べてみてくんないかな?」
■□■□■
「数え歌なら他にも歌詞があるはず、だよね――文字化け部分にそれが書いてたのかな? うー、引っ掛かるなぁ……」
ぶつぶつ、口唇の中で呟きながら、神崎こずえは掲示板を睨んだ。右クリックでエンコードの選択をして様々な言語を試してみるが、全体がわけの判らない文章に変形していくばかりである。面倒臭くなったのと無意味を悟って、彼女はキリル語の時点でそれを止めた。
数え歌と言うと、鞠付きなどを思い出すか。小学生ぐらいの頃、バスケットボールをぽんぽんと弾ませながら何か歌っていた覚えがあるような、無いような。そういえば転校生の子が歌っていたのは自分達が知っているのと違う数え歌で、妙に新鮮だったっけな――こずえは椅子の背もたれをギシギシ鳴らしながら後ろに身体をそらせる。もう少しで限界を超えて倒れてしまう、という寸前で、勢い良く身体を戻した。眼に痛い液晶が瞳孔をぎゅっと絞らせる感覚、検索サイトを開いてこずえは文字列を追ってみる。
郷土史に関するサイトもあるだろうから、もしかしたらそういう場所でなら断片を捕まえられるかもしれない。数え歌というのは地域性も若干はあるだろうし。まあ、遊び歌なのだからある程度広範囲にはなるだろうが、日本全国をターゲットにしているよりは余程良いだろう。
『一つ彼岸に咲いた花』での検索結果は、皆無。
『彼岸に咲いた花』では、花屋が引っ掛かった。
「うーうーうー……」
まあ、ネットなんて昨今進出してきた技術だし。郷土史研究をやっているオジサマたちがサイトの運営をしていないだけかもしれないのだから、と、こずえは携帯電話を取り出した。
部屋のブラインドを突き抜けて差し込んでいる陽光は、まだ朝を幾分纏っている。夜に一つ入っていた仕事を片付けてそのままパソコンに向かったから、少し眼の疲れはあった。折角の休日なのだからショッピングぐらいには洒落込みたかったが、雫からの依頼も貴重な収入源である。逃がすには勿体無い。
数度のコールの後、相手が出る。まだ眠気を引きずっているということは、週末の惰眠を貪っている真っ最中だったのかもしれない。羨ましい、良い気味だ、起こされて。もっとも言葉には出さず、ただニコニコと笑みを浮かべながらこずえは言葉を繋ぐ。
「ごめん、まだ寝てたかな? ちょっと依頼の事で聞きたいことがあったから」
『んにぃ、平気平気……昨日ちょっと眠れなかっただけだからさ』
やはり気にしているのかな、自分のサイトの所為で死人が出たようなものだし。
少し笑顔を引っ込めて、こずえは簡潔に用件を伝えることにする。
「確か投稿者の住所は割れてるって言ってた筈だよね、良かったらそれ、送ってくれないかな。二人分あるの?」
『ううん、元記事の投稿者は判ってない。串刺してるのか、全然判らなくてさ……でもレス記事の人のは判ってるから、そっちだけでも送るね』
「ん、ありがと。送ったら存分に惰眠に戻ってちょーだいな?」
ごくごく普通の会社員の家庭、子供が二人の四人家族、亡くなったのは――次男、幼稚園児。
流石にそれが投稿者であるとは考えにくい。文字化けに挟まれる形になっているレス記事の投稿時間から判断すれば、それを投稿したのは中学生の長男であると考えられるか――こずえは指先で軽く口唇を撫でながら、思考する。
子供はどこから歌を知ったのか。友人というのはジャンルがジャンルだけに考え難い。怪談として普及しているわけでもなさそうなのはネットでの検索結果からも知れることだし、女の子ならまだしも、男の子はそうそう数え歌のような――遊び歌には、縁が薄そうだ。
とすれば、情報が入る先はやはり親だろうか。裏のネットワークで洗ってもらったところ、両親にもこれといって暗いところは無いように見える。心霊現象と関わった記録もないようだし、ごくごく一般的な家庭としか思えない――パソコンデスクの椅子をくるくると回しながら、こずえは溜息を吐いた。
天井からぶら下げたイルカのオブジェを見上げる。銀色の流線型が陽光を弾くのに目を眇めて、もう一度深く息を吐いた。
プリントアウトした資料を光に透かしながら、斜め読みで情報を何となく頭に叩き込む。それほど手掛かりになりそうなものは含まれて居ないが、三顧の礼という故事成語もあるのだし。意味は忘れてしまったけれど、繰り返す事は良いことだ、とかいうような感じだった気がする。かもしれない。ような?
「あー……ふーん、両親は二人とも同じ村の出身かぁ……じゃ、その辺から攻めれば、少しは何か掴めるかな? うん、結構近いし。うー、休日だけど図書館とか開いてるかなぁ……?」
■□■□■
「数え歌かね? さて、もう遊び歌なんて殆ど覚えてなくてねぇ……」
縁側で光合成、もとい日向ぼっこをしていた老婆の言葉は、もう何度目になるだろうか。
地図の上ではそう離れていないながらも交通の便があまり良くない郊外の村で聞き込みをしていたこずえは、記憶の限りでは四度目になるそんな台詞に苦笑を浮かべてみせる。
村の図書館への道すがら、目に付いた老人達に片っ端から数え歌の事を聞いているのだが、その成果はどういうわけかどうも芳しくない。いっそ故意ではないかと思えるほどの空振り率だ。地域は関係なかったのだろうか、ぼんやりと辺りを見回した彼女は、なんとなく目に止まった山の中の鳥居を指差した。
「あの、山の中に鳥居が見えますけれど、あれってなんなんです?」
「ああ、あれはねぇ……昔話があってねぇ」
「昔話?」
「村の大人が次々に死んでいく、なんだか流行り病のようなものがあったんだよ。そんな折に六人部がやって来てねぇ」
「六人部――異人、ですね。違う村からの来訪者」
「呪いが村に蔓延しているから、それをここで食い止めるんだってねぇ。それで建てられたのがあの神社になんだよ。それほど土地に困ってるわけでもないから、以来、ずぅっとあのまんまなのさ」
異人、六人部、大人だけが死んでいく病、蔓延した呪い。
どことなくキーワードに溢れた昔話を思い返しながら、こずえは村の図書館で文献を漁る。
やはり週末なので閉館していたのだが、別に構わないとのんびりした顔の館長が鍵を開けてくれた。田舎の良い所だ、と彼女はつくづく思う。インターネットに接続されたパソコンもあるし、中々に居心地は良い。ただし、陽光は眩しいが。本が傷まないのか、それとも太陽光線による殺菌消毒を狙っているのか。黄ばむぞ、むしろ。
「あぁ――これかな?」
村の古い伝承による歴史を集めた一冊の古書から、その御伽噺のルーツと思しき記述を見付け、彼女はふぅんと小さく息を吐いた。
大人だけが死ぬ病。子供は無事。
だけど今回の場合、死んだのは子供だ。
だが、書き込んだのも子供。
もう少しで何かが繋がりそうな気配に、彼女は黄ばんだ本のページを指でいじる。
子供が無事。子供が死んだ、だけど子供は無事。大人。それはつまり、子供以外。原因が子供だったら? 子供。子供は何をするか。遊び。鞠付き。数え歌。蔓延する。歌が響く。
不意に携帯電話が振動する。見れば、数え歌に関する事件に過去が無いか頼んでいた退魔師ネットワークからの検索結果のようだった。が、その量は膨大すぎる――歌と言うのは古来より神事に使われたもので、呪力が強いものも溢れているのだ。音楽とは元々神聖なものなのだから、穢れたそれを祓うことも多かったのだろう。
めぼしそうなものを当たってみても、数え歌の記録は見当たらない。仕方なくスライド式のそれを閉じて、うー、とこずえは軽く唸った。
「歌として感染していく、そして――本人ではなく周りの人間を殺す。無差別に。だとしたら、一体何の目的があるのか――それとも目的も無いのか――」
何の目的もなく、人を殺す機能だけを持つ。
まだ確定したわけではないが、それは。
身の毛もよだつほどに、気持ちの悪い感覚だ。
誰でも良いから殺したいなんて。
とにかく、殺してやりたいなんて。
ざわりと、身体の内側で何かが吸い込まれる気配がある。
手の中の携帯電話が再びの振動で着信を伝えるのは、同時だった。
「っ、もしもし?」
『あ、こずえさん? えーと、ヒミコです、影沼ヒミコっ』
「ああ――どうしたの? 何かあった?」
『いえ、あの……実は、雫ちゃんに変な数え歌の噂集めてって言われたんですけど』
「……あの娘は」
『あの、それってやっぱり、なんか怪しかったりします?』
「大ヒットの怪しさよ。絶対集めちゃ駄目、って言うか瀬名さんに教えちゃ駄目」
『…………』
「……まさか」
『ど、どどど、どうしよう、雫ちゃんに資料渡しちゃった! 今ゴーストネットの掲示板でなんかそれっぽい数え歌見て、もしかしたらって、確かこずえさんに頼んでるって言ってたと思って、雫ちゃん死んじゃうよ!!』
「ッちょ、ちょっと待て、歌詞全部集められたの!?」
『ううん、九つ目だけ判らなかったんだけど、それが掲示板に――』
こずえは通話を切り、webに接続する。ブックマークしてある一つを選択すれば、そこにはこんな文章が新規で投稿されていた。
--------------------------------------------------
この歌判りませんか? by イズミ
えーと、ちょっと質問なんですけれど
九つ今生別れませ
ってのが入ってる数え歌の歌詞を探してます。
誰か聞いたことある人、アップしてくれませんか?
なんか不気味な歌詞だった気がするんですけど
どーしても思い出せないんです。
よろしくお願いします。
--------------------------------------------------
■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■
3206 / 神崎こずえ / 十六歳 / 女性 / 退魔師
■□■□■ ライター戯言 ■□■□■
こんにちは初めまして、この度はご以来頂きありがとうございました、ライターの哉色です。元気なお嬢さんという設定だったので大変書きやすく出来ました。一応前編はこんな感じに思わせぶりな所で止まっておりますが、宜しければ後編もお付き合い下さいませ。それでは失礼致しますっ。
|
|
|