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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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『 猿の手 』
「やれやれ。わりかし我が店にはすごい物が来るけど、今回の商品はさらにすごい物ね」
アンティークショップ・レンの店長 碧摩蓮は件の商品を手に取って「ほおぅ」と、溜息を一つ吐いた。
何故なら彼女の手にあるモノは、とてつもなく誰もが心の奥底から欲しがり、そしてそれを手に入れた者は誰もが例外なく不幸な運命を辿るのモノだからだ。
そう、それとは………
「さてと、あなたがこの店に来たからには、あなたは必ず力在る者に引き取られる。その人はあなたを使って何をするのかしらね?」
蓮はそれを商品棚に置いた。
そしてまるでそれを待っていたかのようなタイミングで客が入ってくるのだ。しかもその客はそうする事がさも当たり前かのように蓮の隣に立ち、そうしてそれを手に持った。
そう、持ち主の願いを5つだけ叶えるという【猿の手】を。
しかしあなたは知っているであろうか?
その【猿の手】によって5つの願いを叶えた者は、最後には誰もが不幸になっている事を?
蓮は【猿の手】を手に取った客にそれを告げ、そしてその客はそれでも【猿の手】を買っていたが、数日後にはその【猿の手】はアンティークショップ・レンに戻ってきた。
――――新聞の三面記事にはその先代の持ち主が命を落とした記事が載っていた。
そしてあなたもこのアンティークショップ・レンを訪れて、やはりその【猿の手】を手に取ったのだった。
――――――――――――――――――
【Begin Story】
ジュジュ・ミュージーはまるで導かれるようにその日、アンティークショップ・レンへと足を踏み入れた。
から〜んと扉に付けられたアンティークな鐘が古めかしい音色を奏でる。
「こんにちは、ジュジュ。今日はどうしたのかしら? お買い物? それともお茶のお誘いかしら?」
妖艶な笑みを浮かべる蓮にジュジュは肩を竦めた。
自分でもどうしてここにやって来たのか理解できていないのだから説明のしようが無い。
「チョッと、お店の中、見せてもらうヨ」
「ええ。どうぞ、ごゆっくりとね」
そしてジュジュはぼんやりと陳列された品々を見ていくのだが、その彼女の視界にそれは飛び込んできた。
店の一番奥の薄暗い場所に置かれた棚の一番下。小さな黒塗りの長方形の箱。
それをジュジュは手に取る。
紫のタンクトップの下で彼女の左胸の心臓は大きく脈打っていた。
いつの間にか喉はカラカラに渇ききっている。
間違い無い。これにミーは呼ばれたのだ。そうジュジュは確信した。
ならばこれは何だろうか?
そう疑問を持ち、その箱の蓋に手をかける。
――本能が開けるな、と警告を発していた。
しかし、どうしても手は止まらない。
無意識に、
そして何かに操られているかのように、
ジュジュの手は、長方形の箱の蓋を開けた。
「手?」
そう、その箱の中に収められていたのは手であった。カラカラに乾燥しきった小さな手で、ものすごく嫌な臭いがした。
軽い嘔吐感のような物を催して、ジュジュは蓋を閉じる。しかし零れた臭いはまだ周りの空気に飽和しきれぬほどに濃密に孕まれていた。
「見つけてしまったのね、ジュジュ」
「蓮。コレハ何?」
「それは猿の手よ」
「Why? 猿の手。ドウシテそんな物を持ってるんデスカ?」
「その猿の手が、この店を、選んだから、かしらね?」
ジュジュは言葉を失った。
そして猿の手を見据える。
「コレハ人を不幸するネ」
ジュジュも猿の手の噂は知っていた。
その不幸の法則も、負の連鎖も。
「蓮」
「ん?」
「ミーはユーから、この猿の手を買うヨ」
物騒な呪いの物品が人を不幸にするのをジュジュは無視できない。
だから彼女は猿の手をこの世から抹消するために蓮からそれを買った。
+++
アンティークショップ・レンから程近い公園でジュジュは手の中の箱を眺めていた。
『さあ、早く願いを言え。俺がその願いを叶えてやる』
脳みそに棒を突っ込んでかき回すようなどろりとした声は、間違いなく聞こえていた。しかしそれは空気を震わせてジュジュの耳朶に届いている訳ではない。
直接に脳に響くようなこの感じは彼女のデーモン【テレフォン・セックス】と似たような物なのかもしれない。
故に自分には耐性のような物があって、その猿の手の誘惑には乗らないのかもしれない。
「No。ミーはユーに願いは言わないヨ」
『どうしてだ? 俺様に願いを言えば、それは何だって叶うぜ? いひひひひひ』
「ミーの幸福を代価としてね。ミーが願いを言えば、その願いが叶う代わりにミーは不幸になる。そうでしょう?」
『ほほう。よく知ってるじゃねーか、俺様の事をよ。そうだ。その通りだ。さあ、使いなよ、俺様をよ。上手く使えば、死なないかもしれないぜ?』
「YAa−。冗談。ミーは絶対にユーを使わない」
『何? だったらどうして俺様を買った?』
「ユーを滅ぼすため」
ざわりと公園の空気がざわめいた。
そしてその公園のベンチ……ジュジュが座るベンチの向かい側のベンチで寝ていたサラリーマンがおもむろに立ち上がった、と想ったら――
ジュジュに襲い掛かってくる。
「何? 操られて、イル?」
そう、そのサラリーマンが発する気配はジュジュの【テレフォン・セックス】影響下にいる人物と同様の物だ。やはり猿の手は人を操る。
案外、猿の手とは本当に願いを叶えるのではなく、幻惑のような物で叶えたふりをしているのかもしれない、とジュジュは想った。
「くぅ」
咄嗟の事に反応が遅れたジュジュの細い首をサラリーマンの両手が締め上げる。
そのままベンチの後ろに押し倒されて、体重が乗せられる。ジュジュの両足はベンチに乗っている状態であるから、ジュジュの体に完全に乗っているサラリーマンを蹴り上げる事も不可能だ。
最初に感じていた苦しさももはや感じなくなってきている。酸欠で脳が麻痺してきたのだ。
しかしジュジュは諦めなかった。公園の土を握り締めて、それをサラリーマンの顔に叩きつけてやった。
「ぎゃぁー」
目に土が入ったサラリーマンは悲鳴をあげてジュジュの上から転がり落ちる。
素早く立ったジュジュは自分の手から落ちたサルの手を探した。
しかし……
「無いヨ、猿の手。どこに?」
悔しそうに爪を噛みながらジュジュは周りを見回す。しかし、視界には猿の手は無い。
足下ではまだサラリーマンがうめき声をあげている。
そのサラリーマンの声を聞きながらジュジュは閃いた。
「そうだヨ。また猿の手が誰かを操って」
気配を感じるのだ。操られている人間特有の気配を。
「ビンゴ」
感じた、操られている人間が出す特有の気配を。
それをジュジュは追いかけた。
「あの猿の手、絶対にぶっ殺す」
+++
猿の手は人の願いを叶えるのが楽しいのではない。
人の不幸を見るのが楽しいのだ。
だから冗談ではなかった。あの女が言ってる事は。
それで猿の手は人を操ったのだ。
操れるのは一度に二人まで。
片一方の男にはジュジュを襲わせて、偶然通りすがった女に自分を持っていかせた。
逃げ場所は……
もはやアンティークショップ・レンには逃げない方がいいだろう。あそこはいい狩場であったのだがしょうがない。
とにかく遠くへ。
しかしそう想いながらも猿の手は焦った。なぜなら自分を追いかけてくる気配があったからだ。
それは間違いなくジュジュであった。
えーい、何なんだ、あの女は!!!
猿の手も必死だ。ここは逃げるのと撹乱するのとを同時にしなければならない。
とにかくジュジュをまくのだ。
操れる人間は二人。その能力を有効に使う。本来ならばもっとすごい力…人の願いを幸福を代価に叶えるほどの力を持っているのだが、それは願いを唱えてくれる相手がいなければ、使えない。
だから使えるのは操作術。
ラグビーのように擦れ違う人間、擦れ違う人間に自分をパスさせる。
操る人間をほんの一瞬一瞬で変えていくのだ。
ただ操る人間、と……
自分を運ばせる人間。
そうやって、逃げる。
やがて猿の手が辿りついた場所は海であった。港だ。
そしてその港にただならぬ気配を放つ人間たちを見つけた。法に反する生き方をしている人間たちだ。
猿の手はほくそ笑む。
あーいう人間ならば殺しあってでも自分を欲し、願いを言うはずだ。
ここまで来るのに猿の手はものすごく苦労させられたが、それがようやく報われた。
だがそれはまだだ。
とにかく逃げるのが先決。あの女はまだしつこく自分を追いかけてきているが、しかし海に逃げさえすれば。
猿の手は何やら船に乗り込んでいるそのヤクザたちの中のリーダーを見つけると、そいつを操るための念を飛ばした。
+++
「Oh、イエス」
ヤクザたちが乗った船が港を出発する。しかしそれを見たジュジュは笑みを浮かべた。ヒステリックな笑いをあげる。
そう、計算通りだからだ。ジュジュの。
きっと猿の手は自分で選択してここに逃げ込んできたと想っているに違いないだろうが、しかしそうではない。
ジュジュが、猿の手をここに追い込んだのだ。
右に行かせたければ左に猿の手を追い込み、
左に行かせたければ右に猿の手を追い込んでやればいい。
この街の地図は頭に入っているから、即座にそれをジュジュはやれた。
それが裏の世界を見ているジュジュの培った能力であった。
そして猿の手の最大の間違いは海へと出た事だ。つまり……
「これ、借りルヨ」
ジュジュは前もって待機させていた船に乗り込んで、船長の了解を得て、スピーカーのスイッチを入れた。
そしてマイクを手に持って、ただ告げるのだ。
前を走る船に乗っているヤクザたちに。それぞれの名前を呼び、そして、
「猿の手に操られている奴をぶん殴りナ」
と。
そう、ジュジュのデーモン【テレフォン・セックス】は電気信号に乗って相手の耳から入り込めばいいので、電話に限らず拡声器や館内放送等からでも音が届く範囲にいる指定した人物を乗っ取る事が出来る。
そしてこれはこの操作系能力の基本なのだが、操る対象は早い者勝ちで、既に誰かに操られている対象はその操作系の能力の強弱に関係無く操る事はできない。即ち、もはや猿の手はジュジュが【テレフォン・セックス】を使うまでに操っていた人間以外は操れず……
行く場所を失ったのだった。
「ユーの負けよ、猿の手」
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【ラスト】
ジュジュがアンティークショップ・レンで猿の手を買ってから数日が経った頃、中華街の裏通りにある中華料理店で楽しそうに食事をするジュジュと蓮の姿があった。
「本当に美味しいわ、ジュジュ」
「デショウ? ここのお店はホントに美味しいのよ。ヨカッタ、ユーに喜んでモラエテ」
笑いあう二人の前に最後の薬膳スープが運ばれてくる。
「さあ、最後のお料理よ」
「これも美味しそうね」
嬉しそうにその薬膳スープを口に運ぶ蓮にジュジュはにこにこと笑いながら言う。
「ユーにはミーのデーモンは使わないと前に言ったのはユーを尊敬しているカラ。でも今ユーのやってる猿の手の商法はダメね。商品は必ずユーの手元に帰って来てネバーエンディングでユーは儲けるし不幸になる人は増える」
蓮は口までスプーンを運ぼうとしていた手を止めてジュジュを見た。
ジュジュはにこりと顔に浮かぶ笑みを深くする。
「蓮、前にねユーのお店から猿の手を買ったのはここの料理店のマスターね」
嬉しそうに指を振りながら言うジュジュに蓮は表情を何とも言い難い表情にする。
「それでジュジュ。その猿の手はどうなったのかしら?」
震える声でそう言う蓮に、
「猿の手は薬膳スープの出汁としていいんだヨ。ホラ、おいしいでしょ?」
と、振っていた指で蓮が美味しそうに飲んでいたスープを指差した。
固まる蓮にジュジュは意地悪く笑いながら肩を竦める。
本当は嘘だ。これは蓮への罰。猿の手はあの後にジュジュがコンクリートに詰めて海に沈めてしまった。
「うーん、やっぱり猿の手のスープは格別ネ、蓮」
固まっている蓮の前でスープを美味しそうに一口すすって、ジュジュはウインクした。
― Fin ―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0585 / ジュジュ・ミュージー / 21歳 / デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、ジュジュ・ミュージーさま。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
今回はご依頼ありがとうございました。
プレイングは本当に楽しくって、特にオチであるジュジュさんが蓮に罰で嘘を言うのが本当に楽しくって面白くって、
読んだ瞬間にすごく喜びました。^^
こちらでご用意させていただいた中半のお話はどうでしたか?
デーモン『テレフォン・セックス』の能力は本当に魅力的ですね。
今回は操作系能力の基本ルールみたいなのをこちらで作らせていただいたのですが、
PLさまの考えている能力のルールに反していなければいいなーと想います。
本当にご依頼ありがとうございました。^^
このような『猿の手』のお話もあるのかと、すごく新鮮な気持ちで楽しく書けました。^^
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当にご依頼ありがとうございました。
失礼します。
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