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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


秋篠神社奇譚 〜緋色の玉 後編〜

●情報公開
 事件のあった翌日の晩、朝からどこかへ出かけていた冬月司(ふゆつき・つかさ)は文月堂に戻ってきていた。
「今日一日僕は僕なりに今回の事を調べなおしてみたんですが……。」
 司が皆の前に出してきた一束の書類。
 それは司が、移動中に集めた情報をまとめて打ち出したものだった。
 そこに書いてあったのは件の謎の人物が盗み出した、腕輪についての事であった。
 その場にいた面々は一通りその資料に目を通し、昨日までの事を情報交換しあう。
「とりあえず、紗霧ちゃんがこのままだと目を覚まさない、というのは確かだと僕は思う。その資料にもある通り、あのクリスタルは人の魂を吸い取るみたいだからね、なんで紅く染まったのかは……。」
 そこまで言って司は言い難そうに言葉を濁す。
 司は言いかけた『それは彼女の生まれの問題だろう』という言葉を飲み込んだ。
「それじゃ、この人物は腕輪に封じられた『封じられしモノ』の開放する為に力の根源である魂の力を集めてる、ということで間違いなさそうですね。」
 読んでいた資料をテーブルに置いて、衣蒼未刀(いそう・みたち)が結論をつける。
「……それなんだがな、なんでそいつがそんな事をしているのか僕にはまだわからなくてね。」
「あくまで僕の予想なんですが、その腕輪に操られてるんじゃないかと思います。」
「なるほど、確かにそれだったら辻褄があうか、とするとそいつを、ではなく腕輪を何とかしないとダメそうですね。」
「それは僕もそう思います、倒すのではなく再封印することが必要だと。」
 司と未刀は自分達の今までの知識や経験から、これからの方針を固める。
「どっちにしても、囚われた人の心を何とかしてあげないと……。」
「そうだな、っとまずは紗霧ちゃんの様子でも見に行って来ようか?隆美もずっとつきっきりで心配だしね。」
 司はそう言うと立ち上がり、紗霧を寝かせてある奥の部屋へ行く為に文月堂の店から奥へと下がっていった。
 その様子を見送りながら未刀は一人何かを考えていた。

●決意
「どうだ?紗霧ちゃんの様子は?」
 そう言ってこんこんと眠り続ける佐伯紗霧(さえき・さぎり)のことを横で見守る女性に声を掛ける。
 その声を今にも存在が消えてしまうのではないかといった様子で紗霧の隣に座っている女性、佐伯隆美(さえき・たかみ)は司の言葉にびくっと反応する。
 ゆっくりと声のした方に振り返る隆美のどこか焦点のあってない視線の先には司がゆっくりと歩いてきていた。
「……あ、司さん来てたんだ……。」
「大丈夫?隆美の方こそ大丈夫?今にも倒れそうだよ?」
 司の言う通り、隆美にいつもの元気さはなく、かなり落ち込んでいる様子が見て取れた。
「まぁとにかく現状どうなってるのか判ってる事を説明するよ、こっちに来てくれるか?」
「え……?でも……。」
 横になっている紗霧の事が気になるのか隆美は一瞬躊躇する。
「大丈夫だって、何か異常があれば気配で判るだろうし、心配しないでも平気だって。」
 司がやさしく隆美に微笑み掛け、隆美の手を取って立ち上がらせる。
 隆美は小さい頃から見慣れているその微笑にほっとしたものを感じてその手を取りゆっくりと立ち上がる。
 隆美の手を掴んだまま司は隆美と一緒に店のほうに戻る。
 そしてそこで今まで判った事を隆美に説明をする。
「つまり、紗霧はクリスタルに魂を囚われてしまっている、そういう事?」
「まぁ、そういう事です、とりあえずその腕輪を持ってる人間を見つけないことには進展しないのだけど……。」
 困った様に司がそう言うと今まで黙っていた未刀が横から口を挟む。
「一つ手が無い訳ではないです。」
 未刀は言い難そうにそう切り出すと隆美を見つめる。
「誰かが……誰かがおびき出す為の囮になってくれれば……。」
 未刀のその言葉にその場は静まり返る。
 しばらくして隆美が決意をしたような声で、ゆっくりと答える。
「その囮……、私がやるわ。紗霧を助けられるのなら何だって……。」
 隆美の言葉に司が小さく吐息をもらす。
「やっぱりな隆美の事だからそう言うと思ったよ。予想通りと言うかなんというか……。」
「でも……私……。」
「判ってるって、多分そういう手段しか今の所取れる手段はないだろうしね。」
 そこまで言うと司は未刀の方を見ながら真剣な声で問う。
「君に隆美のことを任せてもかまわないかな?僕は少し保険をかけてこようと思ってる、その為に直接はその場にいられないと思う……、頼めるかな『衣蒼』未刀君?」
 司は今まで呼んでいなかったフルネームで未刀の名前を呼ぶ。
 その司の言葉に未刀は頷いて答える。
「僕でできる事なら、できる限りの事はしたいと思う。」
 未刀のその言葉に司は満足そうに頷くとゆっくりと立ち上がる。
「それじゃ僕はこれからちょっとまた出かけてくる。何かあったら携帯の方に連絡をくれるとうれしい。それから君がいてくれて本当に助かったよ未刀君、隆美と紗霧ちゃんのことよろしく頼むね。」
 そう言って司はゆっくり文月堂を出て行った。

●励まし
 文月堂に残された二人は決行する日を決める。
 それはその日の晩、すぐであった。
「とりあえず、その腕輪の人物を捕まえるかして腕輪を封印ないし何なりをしてしまわないとね。大丈夫きっと上手くいくよ。」
 未刀がそう隆美の事を励ます。
「うん……私も頑張らないとね、あの子の為にも。」
 紗霧が寝ている部屋の方を向いて、隆美が自分に言い聞かせるように未刀に答える。
「それじゃ今晩に備えて隆美さんも少し寝てきた方が良いですよ。今のままじゃ何かをする前にあなたの方が倒れてしまう。」
「でも……。」
「大丈夫、俺を信じてください、あなたが寝ている間くらい俺一人でも大丈夫ですから。」
 その未刀の言葉にすっと肩の力が抜けたのか隆美はゆっくりと立ち上がる。
「ごめんなさい、そうさせてもらうわね…。」
 隆美はそう言うとゆっくりと店の奥へと下がっていく。
 その途中で、隆美は一旦止まり未刀に問いかける。
「ねぇ?未刀君は成功すると思う?紗霧は無事に戻ってこれると思う?」
 隆美のどこか不安そうなその質問に未刀は一呼吸おいてから答える。
「大丈夫、きっと成功しますよ。その為にも隆美さんには頑張って貰わないと、ここが正念場ですから。
「ええ、そうよね……。私が頑張らないと。」
 隆美はどこかまだおぼつかない足取りで奥に消えていく、その様子を見て未刀は思わず呟く。
「今晩が正念場、か……。その通りだな」



●情報
 やや日も翳りはじめ、夕暮れ時になった頃、モーリス・ラジアルは文月堂の前に来ていた。
 そして何気なく店の入り口をくぐったモーリスだったが、見た目は普段と変わらぬが、なぜかどこか依然来たときとは違うどこか重苦しい雰囲気に少しモーリスは戸惑う。
「あの、隆美さん……いらっしゃいますか?」
 どこか遠慮がちにモーリスが声をかけると店の奥から綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)が顔を出す。
「あら、モーリスじゃないどうしたの?」
「汐耶さんこそどうしたんですか?私は近くを通りかかったので隆美さん達に会いに来たんですけど……。」
 店のしんと静まり返った空気同様、いつもと違う雰囲気を持った汐耶の態度にモーリスは再び戸惑う。
「どうしたって言われても、ちょっと一口には説明できないわね……。」
 汐耶はそう言って顎に手を当ててそっと考え込む。
 しばらく考えた後、何かを決めたようにモーリスに話しかける。
「あなたなら信用できるわよね。ちょっと来てもらえる?」
「……あ……は、はい。」
 思わずその場の空気に推される様に普段のモーリスからはあまり考えられない様な、戸惑ったような返事で汐耶の言葉に頷くと、汐耶に続いて店の奥に入っていった。
 モーリスにとって初めて入る文月堂の店の奥であったが、そんな事を考える前に寝かされて深い眠りについている様に見える紗霧と、その横で青ざめた顔でその紗霧を見ている隆美の姿に言葉を失う。
「あの……一体何があったのですか?」
 モーリスがその場にいる人間に問うと隠岐智恵美(おき・ちえみ)が口を開く。
「モーリスさんもいらっしゃったのですね。実は……。」
 そう言って智恵美がゆっくりとモーリスに事情を話し始める。
 そして一通り事情を聞き終わると、部屋の隅に座っていた衣蒼未刀(いそう・みたち)の方にモーリスはゆっくりと歩き出す。
「未刀君というのは君の事だよね?汐耶さん経由で君の事は話には聞いたことがある……。その場にいたのなら何でもっと早く紗霧ちゃんがこうなる前に何とかしてやれなかったんだ?君には力があるんだろ?」
「俺だって最善の事はしたよ。だがこうなってしまったんだ、仕方ないじゃないか。その場にいなかったあなたに何がわかるんだ?それよりもこれからどうするかの方が問題じゃないのか?」
 普段は柔和なモーリスからはあまり考えられないような様子で、思わず飛び掛ろうかとでも言うような様子で未刀をモーリスは問い詰める。
 その様子を見てあわてて結城二三矢(ゆうき・ふみや)と宮小路皇騎(みやこうじ・こうき)が二人の間に割って入る。
「二人とも、ここで問題を起こしてどうしますか。モーリスさんも気持ちはわからないでもないですが、未刀君の言うことの方が今は正しいと思いますよ。」
 仲裁に入った皇騎がそう言ってモーリスを落ち着かせようとする。
「そうね、皇騎君のいうとおりよ。あなたがこの二人を心配案尾はよく判るわ。それは私たち皆一緒の気持ちなんだから、いつもの貴方らしく落ち着きなさい。」
 らしくないモーリスに汐耶がそっと背中をたたく。
「確かに私らしくありませんでしたね……。二人がこんな目にあってるのに知りもせずにいた自分につい腹をたててそれを貴方達にぶつけてしまったようです……、申し訳ない事をしました。」
 モーリスはそう言うと一通大きく深呼吸をすると台所の方から、お盆にお茶を載せて戻って来た鹿沼デルフェス(かぬま・−)が戻って来た。
「あら、何かすごい声がしたと思ったらモーリスさんが来ていたのですか……。」
 デルフェスはこんな時でもどこか自分のペースを崩さずに落ち着いているように見えた。
「ええ、デルフェスさんもお久しぶりです。私の知らない間に大変な事になっていたので驚きましたよ。」
 モーリスが戻ってきたデルフェスにそう挨拶をする。
「それじゃデルフェスさんも戻ってきた所でこれからどうするか、どう人を配置するかなどを考えましょうか。」
 そう汐耶が皆を促した。

●囮作戦
 皆で相談した結果、二三矢、皇騎、モーリス、デルフェスの四人が囮となる隆美の護衛をする事に決まった。
 最初女性だから危険だと言う事でモーリスが反対をしたが、彼女が自らの使える『操石の術』の事を話しいざという時の切り札になるかもしれないという事を話し皆を納得させた。
 そして護衛をする四人と隆美は、その時の作戦について話し合うことになった、と言ってもほとんど隆美は自分から意見を話す事はなくその事が普段を知っているモーリスらからは余計に心配にさせていた。
 そして決まった事は先に力の強い皇騎と未刀と操石の術の使えるデルフェスがその公園に隠れ、モーリスと二三矢が隆美の事を少し離れたところから追いかけて犯人が現れるのを待つ事となった。
「それでは私達は先に行ってますね。」
 先に出かける準備を終えた皇騎が未刀を促す。
「そうだな、それじゃ隆美さん達も気をつけて。」
「大丈夫です。私達がついていますからきっとうまくいきますよ。」
 そう言って皇騎と未刀はゆっくりと文月堂を出て行った。
「うまく行くと良いのですね……。」
 ポツリと少し不安げな声で二三矢がつぶやく。
 その声をモーリスは耳ざとく聞きのがさなかった。
「うまく行くといいじゃなく行かせるんです、隆美さん達をこのままにしておける訳ないですから。だからその為に私達も頑張らないと。」
 そう自らにも言い聞かせるようにも聞こえるようにモーリスは二三矢に話す。
 その言葉に二三矢も頷く。
「あんたの言う通りだね。何とかなるじゃなくてしないとね。……あ、そろそろ時間だ、隆美さん準備はいいですか?」
 二三矢は二人の後ろにある椅子に座りどこか心ここにあらずといった様子の隆美に声をかける。
 二三矢の言葉にはっと我に帰ったような感じの隆美は慌てた様に頷く。
「え、ええ、私の方は大丈夫よ。もう時間だと言うなら行きましょう。二人が忍んでいられるのにも限界があるでしょうし。」
 隆美は椅子から立ち上がり、いつも紗霧が髪につけているリボンを自らの髪に結ぶ。
「それじゃ行きましょうか、大丈夫隆美さんの事は私が全力をもって護りますから。」
 モーリスは隆美をエスコートでもするかのように自ら先に文月堂を出て行く。
 二三矢とデルフェスと隆美はそのモーリスに続いて文月堂を後にするのだった。

●公園にて
 事件の起こっている公園に隆美達よりも先についた皇騎と未刀は公園の入り口で黙って頷き、ゆっくりと公園の中に入って行く。
 途中操石の術の魔方陣を相手が出てきそうな場所の幾つかに書く為に先に来ていたデルフェスと二人は合流する。
 公園をゆっくりと怪しまれないように一回りし、怪しい所がないか二人は確かめ合いデルフェスからも怪しい人物は特にいなかった事を確認する。
「特に今の所は怪しい所は無い様ですね、そちらはどうでした?」
「わたくしも特には見つけられませんでしたけど……。」
「俺の方も特には、本当に今日も来ると思うか?」
「それは私にはわかりませんよ、ただ来る事を祈りましょう。事件が起こる事を待つ、と言うのは我ながら不謹慎だ、と思いますけど。」
 皇騎はそう言って肩をすくめて苦笑する。
「確かに俺達には向こうの出方を待つしか方法はないからな、仕方ないか。」
 その皇騎達の様子を見てデルフェスが声をかける。
「大丈夫きっとうまくいきますよ。その為に私達がいるんですから。」
「ええ。そうですね。」
 三人はそこまで話すと黙って頷きあう。
 そして隆美達と打ち合わせた、隆美が通ると決めたルートがよく見える茂みへと二人は身を隠す。
 デルフェスは少し離れた所でいつでも術が使えるように待機する。
 物音を立てずに待つ、と言う事は精神をかなりすり減らす。
 それは、退魔業などに慣れた皇騎と未刀でも同じ事であった。
 じりじりと計画した通り、隆美達がやってくるのを二人は身を潜めて待っていた。
『ふぅ……、この辺りに怪しい気配はない……。今晩は現れないのか?』
 小さく囁きとも云える声で皇騎が思わず呟く。
『いや、紗霧さんの時も同じ様だった、あいつは急に現れて急に去っていった、まるで影を追いかけるかのように……。』
 皇騎と同じ様に囁く様に未刀も囁くようにして皇騎に答える。
『まぁ、確かに私達が追いかけている物もある意味影みたいな物だからね……。いいえて妙か。』
 腕輪に取り付いている物を影と揶揄して、どこか自嘲気味に皇騎が納得するかのように呟く。
 そんな皇騎を横目にしながら腕時計に未刀は目を移す。
『そろそろだと思う、計画通りなら隆美さんがやってくる頃だ。』
 未刀はそう言って、公園の文月堂側の入り口に目をやる。
 未刀に習うように視線を移した皇騎の視線の先に、ゆっくりと髪に紗霧の黒いリボンを巻いた隆美が歩いてくるのが視界に入ってきた。
『時間通り、ですね。』
 皇騎がそう言って周囲を伺いながら未刀に話しかける。
『そうだね。今のところ変わった所はないみたいだけど……。』
 隆美の方を見ながら未刀も答える。
 その当の隆美はといえばゆっくりと足元は別におかしい所はなくしっかりとした足取りであったが、やはり表情は心ここにあらずといった様子であった。
 隆美の後をつかず離れず尾行してきた二三矢とモーリスも隆美に少し遅れて公園にやってくる。
「今の所、問題はないみたいですね。」
 二三矢がモーリスに確認するように話かける。
「そうですね、でも油断は禁物ですよ。いきなり状況が変わる、という事もありますからね。」
 モーリスが隆美から注意を離さぬ様にしながら二三矢に答える。
 そして隆美も、二三矢もモーリスも公園の中に入り二三矢とモーリスの二人はつかず離れず、隆美の後を追いかけていった。
 そして公園の少し開けた場所に来たその時であった。
 周囲を伺っていた二三矢の視界に少し離れた木陰で黒いもやのようなものが浮かび上がりそれが徐々に人の姿に変わって行くのが見えた。
 人の姿に変わったその黒いもやはうずくまって、どこかが痛いような仕草でうめき声を上げる。
 未刀からその話を聞いていた隆美は、警戒しながらも不自然にならないよう周囲の目を気にするかのような仕草をしながら時間をかけてその黒い影に近づいていった。
 未刀と皇騎はその人影から死角になるようにゆっくりと近づいていった。
 そして隆美はその二人の準備が出来た頃に人影に声をかける。
「あの……、どこか痛むのですか?」
 隆美がそうその人影に声をかけると、その人影はうめき声のような声で隆美に答える。
 「ここ……、ここが痛いの……。」
 そう言ってコートをはだけさせながら自分の胸の辺りを指し示す。
 隆美は自分が予想していたよりも少し声が若い事に若干の驚きを覚えながら、警戒しながらその人物に答える。
「ここ……ですか?」
 隆美がそう言って見た先には紗霧の近くに落ちていたクリスタルと同じものがついたネックレスがついていた。
 隆美はそのネックレスを確認すると極力見ない様に注意しながら、そっと手を上げて隠れてる未刀、皇騎、二三矢、モーリスに手で決めておいた合図をする。
 それを見た人影はクリスタルを掲げて隆美の魂を吸い取ろうとする。
「隆美様、危ない!!」
 普段は物静かなデルフェスもこの時ばかりは少し慌しく印をきり術を発動させ隆美を石化させて、それを抑えようとする。
 そして双方の魔力がぶつかり合い、クリスタルは『キーーンッ!!』と甲高い音を立てて砕け散り、石化の術もまた無効化される。
 そして、その人物の死角に隠れていた皇騎がその人影に向かって動きを封じる為の呪を唱え、未刀がその人影を確保しようと飛び出す。
 一瞬その人影は皇騎の呪によって動きを封じられた様子であったがその右手にはめている腕輪からうっすらと黒い光がはせえられると皇騎の呪を無理やりに弾き飛ばし、隆美の事を跳ね飛ばす。
 隆美はその跳ね飛ばされた反動で倒れこみそのまま気を失う。
「隆美さん!!」
 皇騎はその中を跳ね飛ばされた反動で後ろに跳ね飛ばされる。
 そして、自らを捕まえようとして来る未刀を認めた人影はすっと空間に割れ目を作りそこに逃げ込もうとする。
「そうはさせるか!!今日は逃がさない!!」
 その様子を見た二三矢はあわてて自らも力を使い、捻じ曲げられた空間を無理やり元の状態に戻す。
 そしてそのねじ曲げられた空間が元に戻った反動で、その人影も後ろに弾き飛ばされる。
「隆美さん大丈夫ですか?」
 モーリスは倒れた隆美を介抱しようと抱き上げ近くのベンチまでそのまま姫抱きをして連れて行気デルフェスもその現場に遅れてやってくる。
 人影が倒れこんだ所をあわてて未刀が押さえ込み、念を込めながらその腕輪をその人影から奪い取る。
 その腕輪を外した途端その人影はカクリと糸が途切れたようにその場に力なく倒れこむ。
 腕輪が外れた瞬間どこからともなく悲鳴のようなものと『まだ足りぬが……しかし……』という言葉をその場にいた皆が聞いた様な気がした。

●腕輪
 フードが取れたその顔に皆が驚きの声を上げる。
「まさかこんな女の子が……。」
 皇騎のその言葉が全てを物語っていた。
 高校生くらいだろうか?顔色のかなり悪い少女がそのフードの中には隠れていた。
 隆美を寝かせたモーリスが戻ってきてその少女を見るとかなりその少女自身もかなり衰弱した状態だというのがわかる。
「この子もかなり危ないみたいですね、ここは早くどこかの病院で見てもらった方がいいでしょう。」
 いつもだったらモーリス自身が動くところであったが紗霧の件などもあり、あまり今ここで力を消耗しない方がいいとの判断から手早くモーリスが懐に入れた携帯で、自らの知っている事情を隠す事のできる病院に連絡をしてその少女を運ばせるように手配をする。
 救急車が来るまで少女を隆美が寝ているベンチとは別のベンチに寝かせると、腕輪について相談を始める。
「今は動かないでいますが、早く封印とかをした方が良いんじゃないのか?」
 二三矢が焦ったようにそう話すと皇騎が二三矢をとめるように答える。
「いや、この腕輪の能力とかがわからない以上封印してしまって吸われた魂が元に戻らなくなってしまうかもしれない。それだけは避けたいからうかつに封印はできないよ。」
「だからってこのままにはしておけないじゃないか。」
「それはそうなんだけどね……。」
 二人がそう話していると医者を呼ぶ準備を終わらせてやって来たモーリスが横から口をはさむ。
「だったら簡易封印とかできないんですか?軽く封印してそれを何かの時には戻してそれからもう一度しっかり封印するというのは……。」
「なるほど、それなら良いかもしれない……。」
「それじゃそれは未刀君、君にお願いできますか?先ほど私の術はこの腕輪にかけてしまっているのですでに術に対する体性ができてしまってるかもしれないからね。」
 そう皇騎には未刀に促す。
「判った、そういう事もありそうだから俺がやります。」
 未刀は腕輪に念を込めて、力を抑えるだけの封印をする。
 先ほどとは違いつけているものがいないからか、すっと抵抗がなく封印された。
 少女を運ぶ為の救急車が来た頃、隆美もそっと目を覚ます。
「隆美さん大丈夫ですか?」
 隆美が目を覚ました時、最初に話しかけたのはモーリスであった。
「え、ええ……私は大丈夫。それよりどうなったの?」
 まだどこか事情を飲み込めていないといった様子で周囲を見渡す隆美を見て思わず、小さく笑いをこぼしてしまうモーリスであった。
「何がどうしたの?それにあの救急車、誰か怪我でもしたの?」
「いえ違いますよ。あれは腕輪が取り付いていた少女を運ぶために私が呼んだんですよ。」
 モーリスのその言葉に違和感を感じその部分を隆美は思わず聞き返す。
「腕輪に取り付かれていた……少女?」
「ええ、隆美様、わたくし達皆男だと思っていたのですが、腕輪がとり付いていたのは高校生くらいの少女でしたの。彼女もただ取り付かれていただけの様でかなり衰弱しきっていたのでモーリス様が気を回して、病院に運ぶ事にしたのです。」
 デルフェスがそう隆美に事情を説明する。
「そうだったの……。で、その腕輪はどうなったの?」
「腕輪ならここにある、ただこれから魂を介抱する作業があるから軽く封印してあるだけだが。」
 未刀の示した先にある腕輪を憎い物を見るような目つきで隆美は睨み付ける。
 そしてゆっくりとベンチから立ち上がり、その腕輪の方に歩いて行く。
 腕輪が足元に来るとその腕輪を無造作に掴もうとする。
 近くにいた皇騎が慌てて、その隆美を止めようとする。
「何する気ですか、隆美さん!!」
「何ってこの腕輪を地面にたたきつけて壊すのよ!!」
「やめなさい、さっきの話を聞いていなかったんですか?どうなるかわからないから今はこうしてあるんですよ。魂を開放する方法を文月堂に残った人達に調べてもらってますからそれまでは……。」
 隆美の腕を押さえつけている皇騎を、隆美は皇騎を睨み付ける。
 その隆美の瞳にほんの一瞬だけ普段の隆美からでは想像できないような狂気が宿っているように皇騎には感じられた。
 隆美もしばらくして落ち着くと、腕輪の事はあきらめ、皆と一緒に文月堂へ戻る事を承諾する。
「これでようやく紗霧さんも元に戻せますね。」
 嬉しそうに二三矢が隆美にそう話しかけ、皆は一路文月堂への帰路へと着いた。

●精霊
 隆美は汐耶が戻っていた後も奥の部屋の事が気になるように何回も何回もそちらを見ていた。
 そしてしばらくして智恵美と一緒に汐耶が戻ってきた。
 汐耶が先ほど調べてきた事をノートに書き写したものを見せながら皆に説明する。
 そしてそして一通り説明すると、汐耶は隆美の方を見る。
「ですよね?隆美さん?いえ、精霊さんと言うべきかしら?」
 汐耶のその言葉に驚いたように隆美がびくっとなる。
「な、何の事?私は……。」
 その言葉を聞いて汐耶は皆に目配せをする。
 皆が頷くのを確認すると汐耶はそっとポケットから先ほど持ってきたクリスタルを取り出す。
 そのクリスタルを見ると隆美の目が大きく見開かれる。
「それだ、それをよこせ、その力があれば私は……。」
 そう悲鳴のような声をあげて立ち上がり汐耶からクリスタルを奪おうとする隆美の瞳には先ほど皇騎が見た狂気が宿っていた。
「いいえ、これは渡す事はできないわ。その理由は貴方が一番よく判っているはずでしょう?」
 汐耶に向かって向かおうとする隆美との間に皇騎と未刀が間に割って入る。
「やっぱりそうでしたか……。公園であなたの目を見た時まさかと思ってこうしてみた訳ですが……。」
 皇騎がそう話すと精霊に取り付かれた隆美は悔しそうな顔になる。
『汝ら、先ほどの汐耶とやらの話を聞いたのであろう?なのにまだ我の邪魔をするのか?』
「ええ、先ほどの話を聞いたからこそ私達はあなたの邪魔を……いえ、あなたの事を助けたいと思いましたね。」
 モーリスのその言葉に隆美に取り付いた精霊は驚いたような声を上げる。
『汝らが我を助ける?だと?』
「俺もそう思うよ、あんたを助ける事は隆美さんを助ける事になる。それは紗霧さんを助ける事でもあるんだから!」
 二三矢は何処か恥ずかしそうにそう精霊に話す。
「お前は、力の獲方を長い間これに封じられていた所為で忘れてしまったのだろう?だったらそれを俺達が何とかしてやるだけだ。」
「そうね、食事はとても大事ですものね。あなたにはあなたにあった食事があるのよ。」
 未刀と智恵美が精霊にそう話しかける。
『うるさい黙れ!汝らに何がわかる!』


……
っパシッ!!
……

 皆の言葉に半狂乱になった精霊に対し今までずっと黙っていたデルフェスが近寄りその取り付いている隆美の頬に激しい平手打ちを打つ。
『な、何をする!』
「いえ、隆美様が少し冷静に慣れればと思い、失礼かと思いましたがこうさせていただきました。」
 しかしその平手打ちが聞いたのか、精霊はおとなしくなる。
「あなたはこの腕輪に封じられている間、あまりに自然と隔絶させられてしまった為に本来の自分の力の獲方を忘れてしまったんですよ。その方法なら私が思い出させてあげることができます、そしたらあなたが吸収した力を解放してあげてくれませんか?」
 モーリスが精霊にそう持ちかける。
『我が我の力の獲方を間違えたと汝は言うのか?』
「モーリスだけじゃないここにいる皆がそう思ってるよ。」
 二三矢も精霊に対しモーリスの言葉をフォローする。
『汝らなら本当に我をあるべき姿へと変えることができると言うのか?』
「ええ。もしどうしても信じられないと言うなら、貴方が封じられているその腕輪から開放してあげましょうか?」
 汐耶はそう言うとデルフェスに目配せをする。
『汝の言葉が本当であれば汝らのその申し出我は受けようぞ。』
 その言葉を聞いたデルフェスは腕輪に向かって『操石の術」をかける。
 そして力を受けた腕輪は”カーーーン!”と言う甲高い音を立てて砕けて地面に落ちる。
 腕輪が砕けた瞬間腕輪から何か力の力場のようなものが辺りを包む。
『汝らの言葉……、真であった、我をその腕輪から開放してくれた……。汝らの言う我の過ちを治せると言うのなら試して見るが良い。』
 そう言って隆美に取り付いた精霊は汐耶に向かうのをやめておとなしくなる。
「では、失礼します。」
 モーリスがそう言って隆美の胸の辺りにそっと手を当てて自らの『リライト』の力を解放させる。
 しばらくそうしていたモーリスだったが、そっと隆美の胸から手を離し安心したように精霊に話し掛ける。
「これであなたの人間で言う所の感覚は直ったはずです。世界に向かって意識を向けて見てください。」
『本当か?』
 何処かまだ疑問を含んだ精霊の言葉であったが、モーリスの言葉が真実であった事が隆美の表情を通じて伝わってくる。
『これだ……、この感覚だ、我の求めていたものは……。』
 精霊はしばらく歓喜の声を上げていたが、その場にいる人間に向かって話しはじめる。
『汝らのお陰で我は本来の力を取り戻すことができた、感謝する……。我は我の取り込みし魂を解放するとしようぞ。』
 精霊がそう言った瞬間、隆美を中心に光が輝いたかと思うと汐耶の持つクリスタルが音もなく崩れ去り、隆美の体から光が行く筋も空に向かって放たれていった。
『汝らには感謝する、我はこれにて我のいるべき所に帰るとしようぞ。』
 精霊がそう言うと急に隆美の瞳から力が失われ、そのままくず落ちそうになり、慌ててモーリスがその隆美を抱きとめる。
 その隆美の様子を見て慌てて智恵美が近寄るがすぐに安心の笑みを浮かべる。
「大丈夫です、ただちょっと意識を失ってるだけですね。今まで精霊が隆美さんの体を動かしていたのでしょう。」
 その智恵美の言葉に皆ほっと安堵の声をあげた。

●エピローグ
 精霊が去った後、奥の部屋にいる紗霧の様子を見に行った一行は精霊の言った言葉が真実であった事を知った。
 そして、紗霧と隆美の二人が意識を取り戻すと二三矢がそそくさと帰り支度を始める。
「俺、そろそろ帰りますよ。」
 二三矢のその言葉に汐耶がストップをかける。
「紗霧さんもずっと眠りっぱなしでお腹もすいてるだろうし、隆美さんだって大変でほとんど何も食べてなかったんだからこれからみんなで、何か一緒に食べに行くのよ。当然二三矢君もね。」
「そうですね、皆で食べる食事が一番美味しいといいますからね。」
 智恵美もそれに賛成をする。
「当然私も賛成ですよ、隆美さんや紗霧さんと食事するのは嬉しいですから。あ、二三矢君、紗霧さんの隣は君に譲りますよ。私は隆美さんの隣にいかせて貰いますので。」
 飄々とそう話すモーリスの言葉に皆が笑みをこぼす。
 それはここのところ文月堂からは聞くことのできなかった心からの笑いであった。


……
………
…………
「それで君は何も覚えていないんだね?」
「ええ、なんでここにいるのかも全然……。」
「そうですか、だったらいいんです。それじゃ早く体調が戻られる事を祈っていますよ。」
「ありがとうございます。」
 数日後、司が腕輪に取り付かれていた少女に、話を聞きに行ったが少女は名にも覚えていなかった。
 少女は衰弱していただけで、それ以外の異常は体にはなかった、との事であった。
 そして他の紗霧と同じ様に意識を失っていた女性達も皆、意識を取り戻し普段の生活に戻っていった。
「さてと、どうやってこれをまとめるかな?」
 病院を後にした司は頭を掻きながらそんな事をつぶやき町の雑踏に消えて行った。


Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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≪PC≫
■ 鹿沼・デルフェス
整理番号:2181 性別:女 年齢:463
職業:アンティークショップ・レンの店員

■ 宮小路・皇騎
整理番号:0461 性別:男 年齢:20
職業:大学生(財閥御曹司・陰陽師)

■ 結城・二三矢
整理番号:1247 性別:男 年齢:15
職業:神聖都学園高等部学生

■ 隠岐・智恵美
整理番号:2390 性別:女 年齢:46
職業:教会のシスター

■ 綾和泉・汐耶
整理番号:1449 性別:女 年齢:23
職業:都立図書館司書

■ モーリス・ラジアル
整理番号:2318 性別:男 年齢:527
職業:ガードナー・医師・調和者

≪NPC≫
■ 佐伯・紗霧
職業:高校生兼古本屋

■ 佐伯・隆美
職業:大学生兼古本屋

■ 冬月・司
職業:フリーライター

■ 衣蒼・未刀(闇風草紙NPC)
職業:妖怪退治屋(家業より逃亡中)

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■         ライター通信          ■
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 あけましておめでとうございます、ライターの藤杜錬です。
 この度は『緋色の玉 後編』に御参加いただきありがとうございます。
 初めての前後編と云う事でかなり緊張しましたが、何とか皆さんのプレイングのお陰で終わらせる事ができました。
 後編は前編と違い二本の共通文章が出ています。
 物語のキャラクターのいる場所によって分けましたので、良ければそちらの方も読んでいただければより判りやすいかと思います。
 今後も機会があれば前後編や連続シナリオなどもやってみたいと思いますが、もし良ければお付き合いください。
 それではかなり納品が遅くなってしまいましたが、ありがとうございました。

●鹿沼デルフェス様
 前編に引き続きの御参加ありがとうございます。
 今回は術を使うことでターニングポイント的な感じになり、ずいぶん助かりました。
 デルフェスさんらしさが今回も出せてれば良いのですが。
 それでは御参加ありがとうございました。

●宮小路皇騎様
 前編に引き続きの御参加ありがとうございます。
 今回は囮作戦の実行リーダーのような形になりました。
 いかがだったでしょうか?
 それでは御参加ありがとうございました。

●結城二三矢様
 前編に引き続きの御参加ありがとうございます。
 今回は少し出番は控えめになってしまいましたがいかがだったでしょうか?
 精神的に助けたいと言う気持ちは出せたと思うのですが、それが伝えることができれば、と思います。
 それでは御参加ありがとうございました。

●モーリス・ラジアル様
 後編からの御参加ありがとうございます。
 今回はモーリスさんの『治し』の力がずいぶん活躍する事になりました。
 モーリスさんがいなければ別の形でのエンディングになっていたかもしれません。
 それでは御参加ありがとうございました

皆様に何か残すことができれば幸いです。
それでは皆様、本当にご参加ありがとうございました。

2005.01.06.
Written by Ren Fujimori