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<東京怪談・PCゲームノベル>


 気がつけば、異世界

 <1>
 陽は傾き、空は茜色。
「今日は何にしようかー?」
 家事担当(自称)だから、安い、美味い、手がかからないといった夕食のおかずを考えながら、くーちゃんを肩に、ランドセルを背に商店街を歩くこともある。
「うーん、この匂いは……」
 三軒先の精肉店の密かな目玉商品、さくさくコロッケに違いない。なかはほくほく、まわりはさくさく、素朴な味にお店自慢の特製ソースをかけると、これがもう……! 
 決めた。今夜はコロッケ。もう、誰がなんと言おうと決定。
 鎮はうんと頷き、精肉店へと歩き出す。
 あともう少しで精肉店だというそのとき、小さな何かが目の端で揺れた。
「……蛍?」
 鎮は足を止め、手を伸ばして小さな淡い光を掴んだ。確かに、その手に掴んだはずだが、何も感じない。どうやら、蛍ではないようだ。
「?」
 最初はひとつだったそれは次第に数を増して行く。ぽわりと浮かぶそれは綺麗ではあるものの、やはり得体は知れない。足を止め、見つめていると淡い光は強い光へと変わり、その眩しさに一瞬、瞼を閉じる。
「……」
 光が消えたあと、ゆっくりと瞼を開く。暮れなずむ商店街はどこへやら、そこは見知らぬ建物のなか。冷厳な空気が漂うそこには、自分を取り囲むように十数人の人間がいる。その顔はどこか知っているような、知らないような……しかし、確実に知っている顔もあった。
 それは、いいとして。
 自分は商店街にいて、今夜はコロッケに決定、精肉店へと向かっていたところだった。それなのに、一瞬にして中世時代を思わせるファンタジーなゲームや映画、物語にありそうな神殿のような広いホールにいて、見知らぬ男を前にしている。
「えーと……あの、なに?」
 あんた誰、ここ何処? 戸惑う鎮の前へ、男が進み出る。どこか清廉な印象を与える礼服を身に着けているから、神聖な職についているものなのかもしれない。その男は鎮の視線を受けとめ、小さく息をついた。
 そして。
「ようこそ、伝説の勇者さま。今度こそ、滅びに瀕したこの世界を救ってくださいませ」
 恭しく、しかし、はっきりとした口調でそう言った。
  ◇  ◇  ◇
「伝説の……勇者……?」
 鎮は目をぱちくりさせながら、男が口にしたなかで最も気になる言葉を繰り返す。
「はい。我々はこの世界を救うことができる勇者を異世界より召喚する儀式を行いました。大成功です」
 いや、よかった、本当に……と男はにこやかに答え、続けた。
「そして、あなたがその勇者さまというわけなのです」
「マヂ? 勇者? 俺、勇者ぁっ?」
 鎮は自分を指差し、男を見あげる。
「はい!」
 男は自信たっぷりに深く、力強く頷いた。
「うわぁ、攻略本なし? おっけーおっけー、俺、攻略本なしの方が燃えるし。勇者にまかせなさいっ!」
 伝説の勇者として世界を救ったことはあるが、それはゲームのなかのおはなし。まさか、こんなかたちで『勇者』と呼ばれることになろうとは誰が予測しただろう。鎮は小さな胸を大きく張り、どんっと自らの胸を叩く。
「なんて頼もしい……! さすがは、勇者さま、器が大きいですね。もっと戸惑われるかと思いましたが……いや、よかったです。では、詳しいおはなしは召喚の間ではなく、円卓の間でさせていただきますので」
 ついて来てくださいと男は部屋をあとにする。鎮はいきなりの出来事に胸をどきどきさせながら、素直に男のあとに続く。肩の上のくーちゃんに俺が勇者だってと言いながら荘厳な印象を与える回廊を歩き、やがてある扉の前までやってきた。
「こちらです、どうぞ」
 通された部屋には円卓があり、そこには見覚えのある顔ぶれも着席していた。アンティークショップの女主人である蓮をはじめとして、草間興信所の草間、そして、零、アトラスの碇や三下、雫の姿もある。ただ、その服装は鎮が知っている彼らのものではなく、ファンタジーなゲームにありそうなそれだった。草間や三下、碇は鎧を身に着けているし、雫や蓮は魔法使いを思わせるようなローブを羽織っている。
「おや、まあ、本当に……なるほど、儀式は成功したようだ。とりあえず、自己紹介はしておくとしようかね。あたしらはあんたを知っていても、あんたはあたしらを知らないだろうから。占い師のレンだよ」
 というレンの挨拶をかわきりに次々と挨拶をされてわかったことは、どうやら服装や職業は違うものの、雰囲気的には自分がもとにいた世界の彼らと同じであるということだった。
「さて、それじゃあ、あたしから説明させてもらおうかね。この神殿の奥には強大な力を秘めた水晶が安置されていてね、その強大な魔力と聖なる輝きで魔物の活動を抑制していたのさ。ところが、それをある魔道士に奪われちまってね……」
 そう言ってレンはちらりとサンシタに視線をやる。白銀の胸鎧を装備したサンシタは見習い騎士であり、自己紹介によるとミノシタであるらしいが、この世界でもやはりサンシタと呼ばれ、それが定着してしまっているらしい。レンの口ぶり、態度からすると奪われた原因はサンシタにあるようだ。
「ぼ、僕だって、その……」
 頑張りました……という言葉はもごもごと小さくなっていき、最後には消えた。
「襲撃にあったとき、さっさと気絶したのはどこの誰だったかしら。まったく、不甲斐ないわ……」
 そう言ったのはレイカだった。この世界での碇は、やはり三下の上司であるらしい。自己紹介によれば、女性ながらアトラス聖騎士団の団長を務めているということだ。
「ここにいる僕です……」
 しゅん。サンシタは俯き、それ以上の反論はしなかった。なんだかある意味見なれた光景のような気がしながら、鎮は勇者の役割を訊ねてみる。
「で、俺はどうすればいいわけ? その魔道士をやっつけるんだ?」
 王道とも定番ともいえるストーリーならば、やはり大切なものを奪い去った悪の権化を勇者がバシっとやっつけて、奪われたものを取り戻し、大団円……という流れだろう。
「魔道士に奪われました水晶を取り戻し、神殿の台座に戻していただきたいのです。そうすることで、魔物の力は弱められ、勇者さまをもとにいた世界に戻すことも……ああ、大切なことを伝え忘れていましたね。実は、勇者さまをお呼びするために力を使い果たしてしまいまして……再び、異世界と異世界を繋ぐ扉を開くには、水晶の力が必要不可欠であり、平たく申し上げますと、水晶なくして勇者さまをもとの世界に送り返すことはできないというわけでして……」
「そうなんだ。クリアするまで帰れないってわけか……そうだよな」
 世界を救わねば勇者はもとの世界へ戻れない。まあ、そういうものだろうと鎮はうんうんと頷いた。
「それで、奪われた水晶がどこにあるのかはわかっているんだ? それともそれの情報を集めるところからスタート?」
 それを問うと、タケヒコが軽く手をあげた。この世界での草間はクサマ戦士団と名乗る冒険者一行のリーダーであるということだ。
「それは俺から言おうか。魔道士はとある場所に水晶を隠し、配下の魔物に守らせているという情報を手に入れた。石像がやたらと多い滅ぼされた学院都市、もしくは迷宮のように入りくんだもののけが住まう城、さもなくば眠りを妨げられた死者がさまよう王家墳墓……すまないな、どうにか三つまでは絞り込んだが、それ以上は無理だった」
 その言葉どおり、すまなそうな顔でタケヒコは言った。
「滅ぼされた学院都市、迷宮のように入りくんだもののけが住まう城、死者がさまよう王家墳墓……うう〜、どれもそれっぽい! おっけー、その三つを順番に探索して、どこかにある水晶を取り返してくればいいんだな」
 どこから攻略してもいいわけだ。では、どこから……ここはやはり、上から順番に行くか……鎮がどこから攻めてみるかを考えていると、何かが足元をつついた。
「あれ? くーちゃん?」
 そこにはくーちゃんがいる。だが、確か、くーちゃんは肩の上に……鎮が変だなと肩の上を見てみると、そこには不思議そうに小首を傾げるくーちゃんの姿があった。
「くーちゃん、分裂?!」
 鎮は肩の上のくーちゃん、足もとのくーちゃんを交互に見やり、混乱しているとそれに気づいた男はああと声をあげた。
「ああ、紹介が遅れておりました。その生き物は勇者さまにつき従い、導くと伝えられている守護聖獣と呼ばれるものです。首につけている環がその証でございます。そういえば、勇者さまはすでに守護聖獣をお連れなのですね。どうぞ、こちらの守護聖獣もお連れください」
 言われてみれば足もとのくーちゃんの首には装飾品がある。
「へぇ、俺は勇者で、くーちゃんは守護聖獣なんだ。両手にくーちゃんか……。でも、呼ぶときに混乱するよなぁ。じゃあ、くーちゃん1号で、くーちゃん2号な」
 鎮はなんとも不思議な気分で肩にいるくーちゃんを1号、足元にいるくーちゃんを2号と仮に命名した。この調子で三匹、四匹と複数出現したら、番号が増やしていく予定である。
「勇者さま、その姿ではなんですから……こちらに武器と防具をご用意させていただきました。どれでもお好きなものをお持ちください」
 男が示す場所にはとにかくいろいろ集めるだけ集めてみましたという具合に武器や防具が山積みになっていた。
「うわー、ホンモノだ。やっぱり、勇者の初期装備といえば……」
 鎮はたくさんの武器と防具のなかからそれぞれ一点ずつ選び出した。武器は、初心者から達人まで幅広く愛されている(?)ミドルレンジが魅力的なロングソード。そして、防具は、防御力の低さは否めないがそのお値段の手軽さと身軽さ、行動による制約を受けないことが魅力的な皮の胸当て。とはいえ、今回は無償でくれるらしいから、あまり値段は関係ないのだが。それでも小柄な鎮にはめちゃくちゃ防御力が高くなりそうな全身板金鎧はちと重すぎる。装備したはいいが動けなくなりそうだし、川に落ちたら間違いなくそのまま沈む。
「それから、こちらから一名ほどお選びください。勇者さまの旅に同行し、補佐をさせていただきますので」
 本当ならば、一名などとケチなことは言わずに全員どうぞと言いたいのですが、町を魔物から守らなければならないので……と心苦しそうな顔で男は付け足した。
「勇者さまにはいろいろと苦労をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします」
 
 <2>
 神殿のある町から北へ進んだ場所にあるという、やたら石像が多いという滅ぼされた学院都市へと向かう。
 可能性のある三つの場所のなかからそこを選んだ理由は、どこに行こうか迷っているときに、くーちゃん2号が学院都市という言葉に反応したからだ。鎮としてはどこから攻めてみてもよかったので、くーちゃん2号の意志を尊重して、学院都市から攻略することに決めた。
 どこまでも続く草原のなかに通ったレンガの街道は、普段はそれなりに行き交う人も多いのだろう。敷き詰められたレンガは擦り減っている。だが、今はすれ違う者もいない。
「なんであたしを選んだんだい?」
 町を離れ、しばらく歩いたところでレンは不意にそう切り出した。
「え?」
 鎮が旅の同行者に選んだのは占い師だというレンだった。この世界での蓮は王宮付きの占い師だそうで、その言葉は何かと重用されるという。だが、単なる占い師であって、よくあるファンタジーゲームのように、カードで戦ったり、魔法を使ったりということは基本的にしないらしい。戦闘は手伝えないよと最初に明言されてしまっている。
「勇者が道に迷ったときに助言を与え、未来を指し示す謎の占い師……って、お約束だし」
 鎮はうんうんと頷いた。ゲームに詰まったときは占い師に助言を仰ぎに行く。これはお約束である。いちいち町に戻るのは面倒なので、ついて来てくれるというなら、ついて来てもらった方がありがたい。
「あたしは何が出ようが戦うつもりはないよ?」
「戦うのは勇者の仕事だから、問題なし!」
 鎮が元気よく答えるとレンはほんの少し目を細めた。そして、不意に立ち止まり、懐から数枚のカードを取り出す。それを慣れた手つきで扇形に広げる。
「じゃあ、占い師らしく助言のひとつでもしてみようかね。一枚、選びな」
「じゃあ……うーん、これ」
 鎮は広げられたカードのなかから一枚を選び、抜き取る。それを表へと返した。そこには鎖で繋がれた今にも炎を吐き出しそうな獰猛な犬の姿が描かれている。注目すべきは犬の頭が三つあることだろうか。
「ケルベロス?」
 三つの頭を持つ犬とくれば、ケルベロス。鎮はカードの絵柄を眺め、小首を傾げる。
「中吉。障害は決して大きいわけではないが、それほど小さいわけでもない……ってとこかね」
「へぇ。他にどんなカードがあるわけ?」
 鎮には占いの結果よりも他のカードにはどんなカードがあるのかが気になって仕方がない。見せて欲しそうな顔でレンを見あげると、レンは素直にカードを表に返してくれた。広げられたカードにはゲームによく登場するような魔物ばかりが描かれていた。
「ゴブリン、コボルト、ハーピー……定番の雑魚モンスターばっかりかな? あ、でも、ミノタウロスとか、キマイラとか強そうなのもいるんだ……」
 数えてみると十二枚ほどあった。名前を答えてみろといわれたら、すべて答えられそうな気がした。
「そうだねぇ、雑魚が多いかねぇ……けど、今回は期待しているんだよ。久しぶりに新たなカードが増えるかもしれない。それも、かなり強いヤツがね」
「え? ……うわっ」
 手にしていたカードが少し熱くなった。なんだろうと視線をやると、カードに描かれているケルベロスの目がギラリと光った。びっくりして思わず、カードを放り投げるも、慌てて落とさぬように掴みなおす。
「???」
 鎮はどきどきしながらカードをあらゆる方向から眺める。しかし、だからといって光の加減で目が光ったように見えることはなかった。では、今のは?
「ふふふ。隙あらば逃れようとするからね……さて、先を急ぐとするかい」
 何事もなかったかのようにカードを懐にしまいこみ、レンは歩き出す。
「う、うん……」
 隙あらば逃れようとする……もし、それが本当ならば、あのカードにはホンモノが封じられて……いやいや、まさか。……でも、ここはファンタジーな世界だし、相手はレンだし、それもあり得るかも……鎮はまだ少しどきどきする胸を撫でながらもレンと共に歩きはじめた。
  ◇  ◇  ◇
 ひたすら北へと歩き、やがて見えてきたものは双子の塔を両側に従えた城のような館とそれを中心にして広がる町並みだった。
「あれが学院都市……。石像がやたらたくさんあるんだっけ……」
 やや緊張した面持ちで鎮は呟く。石像がたくさんあるということは、石像をたくさん造った存在がいるということだ。この場合、たくさん造った存在とは、もちろん、芸術家や職人のことではなく、モンスターのことだ。人を石化させる能力を持った……そう、メデューサやバシリスクといった。
「少し前までは普通の学院都市だったんだよ。今では都市全体が美術館みたいになっちまっているけどね」
「美術館?」
「石像しか飾っていないところが難点かね」
 そんな会話をかわしながら学院都市へと足を踏み入れる。静寂に包まれた都市には話に聞いていたとおり、石像があちこちに見られた。姿勢は様々で一定ではないが、概ね逃げようとしているようにうかがえる。その顔に浮かぶものは驚愕や恐怖の表情であり、当時の混乱の様子をそのままに今に伝えている。
「やっぱり、これって石化モンスターの仕業だよな……」
 そう思ったからこそ、対策として小さな鏡を用意してきている。すぐにでも鏡が取り出せるような状態にしておく。
「らしいね。具体的にはどういったものかはわかってないよ。ここへ向かって戻った者はいないからね」
 レンの言葉を聞き、鎮は苦笑いを浮かべた。そういうところまでお約束だなんて……しかし! だからこそ、闘志もわきあがるというものだ。絶対に生還してやるぞ、と。鎮がそんな決意を固めていると、今までおとなしくしていたくーちゃん2号が急に騒ぎ出した。くーちゃん1号は今までと変わらずにおとなしくしていて、騒ぎ出したくーちゃん2号をじっと見つめている。
「なに? どーしたの? え? こっち?」
 行きたい場所があるらしい。そういえば、守護聖獣は勇者を導く役割も担っていたとかなんとか……それを思い出した鎮は素直にくーちゃん2号が訴える方向へと歩き出す。石像といえば、ガーゴイル、もしかしたら石像のふりをした魔物がひそんでいるかもしれないから、慎重に、注意深く、いつでも剣が抜き放つことができる状態で。
 レンはそんな鎮の後ろを数歩離れた状態で続く。こちらは慎重でもなんでもなく、緊張感すら漂っていない。物見遊山で大通りを歩いているという感じだった。
 くーちゃん2号が訴えるままに大通りを進むと、双子の塔を両側に従えた建物の前へと辿り着いた。建物は見たところかなり大きく、敷地も広そうだった。重厚な造りの門と蔦が絡まるレンガと鉄柵の塀がそれを物語っているような気がする。
「この建物が魔法学院だよ。目の前に見ているのが、本館。東塔、西塔。本館の裏には別館があったかねぇ」
「このなか?」
 くーちゃん2号はこくこくと頷いた。鎮はこくりと頷き、重厚な造りの門に手をかけた。そして、押し開け……ようとしたが、びくともしない。
「あれ? うーん、うーん、うーん……開かない……。門の鍵なんてアイテムはなかったし……街のなかを探せば見つかるのかなぁ?」
 そういえば、大抵のゲームにおいて、門や扉は鍵がかかっているものであり、その鍵を手に入れるイベントというものがあるものである。
「開かないのかい?」
 鎮は困ったなという顔でこくりと頷いた。すると、レンは懐から鎮を占ったあのカードを取り出し、そのなかから一枚を抜き取る。そして、それを門に向けた。
「出て来な!」
 カードが光り輝き、一瞬にして雄たけびをあげるミノタウロスが現れた。巨大な斧を手にしたミノタウロスは、鎮が驚き、唖然とすると目の前で、どかんばきんと扉を叩き壊し、そして、もういいよというレンの掛け声で再び、カードが光り輝いたかと思うとふいっと消えた。
「あの……」
 そういうやり方でいいんですか……? 鎮は扉が消えた門を指差しながら、レンを見あげる。
「扉はなくなったよ。さあ、先に進もうか」
「……って、そういう乱暴な開け方していいのぉ?! こういうのって壊しちゃいけないんじゃないのっ?!」
「大事の前の小事、勇者がカタイこと言ってんじゃないよ」
「ううう〜。そういうやり方をしてよかったんなら開けられたのにー」
 風を起こし、その力で扉を吹っ飛ばすということは可能だったのだが、それをしなかったのは、壊さないため。なのに、レンは。
「型どおりに進む必要なんてないのさ。あんたはあんたのやり方であんたの思うとおりにやりな」
「……暴れちゃうよ?」
 ちらりとレンを見あげ、言ってみる。レンはそれでいいよと笑うだけ。鎮はそれを見て小さなため息をついた。そして、気を取りなおして顔をあげる。自分は自分らしく、正統派勇者で行こうではないか。もちろん、勇者は器物損壊は極力避ける。避けるだけであって、しないわけではないが。
「でもさー、鍵というアイテムがないなら、鍵開けの魔法とかさー……」
「あたしはそういう地味な魔法は使えないのさ」
 レンは鎮の反応を楽しむようにそう言った。鎮は小さく息をつき、壊された門の扉を越えて、学院へと踏み入る。長い歴史を感じさせる建物の前には前庭があり、館の入口まで続く石畳の両側には悪魔をかたどった像が四体ずつ設置されている。
「……」
 あれは、所謂ところのガーゴイルなのでは?
 鎮は足を止め、しげしげと石像を眺める。ここは魔法学院ということだから、警備のためにそんなものも置いてあったりするのでは……と思っているそばから、悪魔の石像のその瞳は赤い光を宿した。そして、その質感を石から黒光るものへと変える。
「やっぱり! ……。行くぞ!」
 鎮は剣を鞘から抜き放つ。振り返り、レンに危ないから下がっているように言おうとしたが、言うまでもなく、レンは下がっている……というよりも、まだ敷地内に入っていない。門のそばに佇み、様子を見ている。安心して(?)視線をガーゴイルへと戻し、戦闘態勢へと入る。
 が。
「あ、あれあれあれ〜?」
 石像はすべてガーゴイルだった。両側に四体ずつ、計八体が鎮ひとりを標的に襲いかかってくる。素早さには自信がある鎮だから、攻撃を避けることだけに専念していれば、その鋭い爪の一撃を受けずには済むものの、それではこちらの体力が減っていくだけ。相手の数は減りはしない。なんとか隙を見つけて剣でなぎ払おうとしても、ふいっと宙へと浮かび、手の届かないところへと飛び立ってしまう。かわるがわる急降下してきては、一撃を与えて去って行く、所謂、ヒットアンドウェイ攻撃をやりたい放題のガーゴイルにだんだん腹が立ってきた。それは自分がやりたいものであって、敵にやられたいものではない。それに、敵にやられると何故か無性にいつもの数倍腹が立つ。
「ぬわ〜っ!」
 鎮がいきり立ち、剣をぶんぶんと振りまわすと、ガーゴイルはさーっと逃げて行った。鎮の手が届かない高さでばさりばさりと背中の翼を動かしながら様子を見ている。それが、なんだか余計に腹が立つ。
「くっそー、もう、怒った、容赦はしないぜーっ!」
 とは言いつつも、実は最初から容赦などしていない鎮は剣を天に向けるとぐるりと切っ先を大きくまわす。すると、それに呼応するように周囲の風が動いた。
「いっけぇーっ!」
 ガーゴイルに向けて剣を振り下ろす。かまいたちを伴う風が嵐となってガーゴイルを巻きこみ、吹き荒れる。それは、一瞬のことであれど、威力は凄まじく、風にもまれたことで全身を、特に翼を傷めつけられたガーゴイルは地面へと落下する。
「やったぜ!」
 思わず、拳をぐっと握る。が、そうもしてはいられない。落下したガーゴイルは飛ぶことはできなくなったものの、その動きを完全に止めたわけではなく、鎮に対しての敵意を消してはいない。鎮は改めて剣を構え、ガーゴイルと向かい合う。
「ちょうどいい具合に体力を削ってくれたみたいだね」
「?」
 背後からそんなレンの声が響いたかと思うと、ガーゴイルの姿が光り輝き、ふいっと消え失せる。それはどこかミノタウロスが現れ、消えたときのそれに似ていた。
「いいねぇ。珍しいカードになったよ。ありがとよ」
 ガーゴイルは消え、レンの手には一枚のカード。鎮はレンへと駆けより、その手にあるカードを覗きこむ。そこにはガーゴイルの一団が描かれていた。道を挟み、両側に四体ずつ石像というかたちで並んでいる。
「ガーゴイル軍団。レアだね、これは」
「……」
 鎮はなんともいえない笑みを浮かべ、レンを見あげる。
「それに、風の魔法が使えるとは驚きだ。ウインドストームを使いこなせる人間はなかなかいないよ」
「へっへー、俺、勇者だもん!」
 感心されて悪い気はしない。鎮はにこりと笑って小さな胸を張ってみる。
「でも、このガーゴイルは学院の不審な侵入者に対してしか攻撃をしかけないと聞いているんだけどねぇ……」
 どうして襲いかかってきたんだろうねぇとレンはしきりに小首を傾げる。が、鎮にはレンが門の扉を破壊したからだとしか思えなかった。素直に開けていたら襲いかかってこなかったに違いない。鎮がうんうんと頷いていると、くーちゃん2号が先を促してきた。
「あ、行くよ。こっちに行けばいいんだ? 建物のなかには入らないんだ?」
 くーちゃん2号に導かれるままに学院の敷地内を歩く。相変わらず、石像がところどころに見えるなか、本館へは入らずにぐるりと迂回してちょっとした公園のようになっている中庭へとやってくる。そこにも石像があった。
「本当に石像ばっかり。……あ、くーちゃん2号」
 不意にくーちゃん2号は鎮の肩の上から離れ、とある石像へと駆け寄る。たくさんある石像のなかで、その石像はやや小柄だった。そう、自分とさほど変わらない。
「あ……」
 それもそのはず。その石像は自分と同じ顔をしていた。
 
 <3>
 もう一度、よく確認する。
 やはり間違いなく自分と同じ顔立ちをしている。自分と違うところは、その装備だろうか。石像は自分が現在、身につけている所謂、初期基本装備ではなく、もはや物語も佳境に差し掛かったというような、最終装備のように立派なものを身につけている。
「俺……だよな?」
 鎮は石像を見つめ、その身体に触れた。石像の自分は危機にでも遭遇したようなやや厳しい表情のまま動きを止めている。
「なんで俺が……ああ、でも、俺がいてもおかしくないのかな? くーちゃんがいるんだもんな、むしろ俺がいないとおかしい……ということは!」
 鎮ははっとした。不意に自分がこの世界へと呼ばれた理由を悟る。この世界の自分は勇者なのだろう。それはこの最終装備と思われる立派な剣や鎧を見ればわかる。だが、最終装備を集めながら、敵にやられてしまったらしい。そこで違う世界の自分が呼ばれた……とこういうことではないだろうか?
「……やっぱり、ここにいたんだね」
 鎮の背後に立ち、石像を見つめていたレンはぽつりと呟く。鎮は振り向き、レンを見あげた。
「勇者はね、魔道士を倒したんだよ。でも、魔道士は水晶を自分のところには置いておかなかった。水晶を探して旅に出た。そして、そのまま帰らなかった。付き従っていた守護聖獣だけが戻り、皆は絶望した」
 レンは小さく息をつく。そして、じっと鎮を見つめた。
「だから、違う世界の勇者をこの世界に呼び寄せることにしたのさ……」
「それが、俺なんだ……」
 こくりとレンは頷く。
「勇者を違う世界から呼び出したことを知っているのは、一部の人間だけ。町の奴らは知らないよ。世界を救うはずの勇者が戻って来なかったなんて知ったら大変なことになるからねぇ……驚いてやる気をなくしたかい?」
「驚いたけど……べつにやる気をなくしたりしないよ。だけど、この世界の俺は……だらしないなー。でも、おかげで俺が勇者って呼ばれたわけだけど」
 鎮はつんと石像の自分の鼻先をつつく。
「いいよ、俺がちゃんと世界を救ってやるって。けど、勇者の装備はこの世界の俺が装備したままで、石化しているみたいだから……俺の装備は初期装備のままなのか」
 ちょっぴり、残念。初期装備から最終装備までの段階を楽しみたかったような気もする。そんなことを考えているとくーちゃんたちが何かに反応した。
「! きた?!」
 何かが草の上を駆けてくる。全長五メートルはあるだろうかというそれは、トカゲのような姿をしているが、足は両側に四本ずつあり、頭部にはトサカを思わせるような突起がある。
「あれは……バシリスクだね。バジリスクとも蛇の王とも呼ばれているよ。その視線を受けたものや攻撃を受けたものは石化しちまうらしい……」
「確か……」
 鎮は鏡を取り出す。視線に石化能力があり、その視線を受けたものは石化するといわれているが、バシリスク自らがその姿を見た場合、自らが石化する……はずだ。鎮が聞いている話ではそういうことになっている。
「ん? 強い魔力を感じるね……どうやら、そいつの腹のなかに水晶があ……」
 レンの言葉が途切れる。はっとして見やれば、レンは石と化していた。
「ああ〜っ?! どどどどどうしよう? や、やるしかないか!」
 目の前で石化されるというのは、思ったよりも驚かされる。鎮は動揺しつつも心を落ち着けるように心がけ、物陰へと隠れる。そして、大きく息をつき、覚悟を決める。頭のなかで攻撃を何回もシミュレートしたあと、うんと頷いた。
「行くぞ!」
 カマイタチつき突風を起こし、バシリスクのその巨体を宙に打ち上げる。そして、落下してきたところを剣で一刀両断……!
 鎮は渾身の力を込め、バシリスクの身体を剣で叩き斬る。確かな手応えとともにその身体は真っ二つに切り裂かれたかと思うと、ガラスが砕けるように粉々となり、風に舞いながら消える。
 そのあとには、ぽつんと水晶が残された。鎮は地面に転がっている球体の水晶を拾いあげる。すると、ぱきんという音がして、水晶がふたつに割れた。
「……あ」
 見ていると、さらに、割れた。
「えーと……えーと、えーと……」
 水晶の破片を前にして呆然とする鎮の背後では、バシリスクが倒されたことで石化から解放された人々が動きを取り戻している。
「……どうしよう」
  ◇  ◇  ◇
「ありがとうございます、勇者さま。これでこの世界は平和を取り戻しました」
 砕けた水晶を手に神殿へと戻ると感謝の言葉で出迎えられた。
「えーと……砕けちゃったんだけど……」
「気になさらないでください。砕けたところで力を失うことはありません。かけらの大小により力が分散されるかもしれませんが……同じ場所にかけらごと置いておけば問題はありません。今までどおり、神殿の聖なる力を高め、魔物を抑制してくれることでしょう」
 男はにこやかにそう答えた。鎮はほっと胸を撫でおろす。そして、石化から解放されたこの世界の自分とくーちゃん2号と向き合う。
「さすが、俺!」
 この世界の自分は照れを隠すような表情でそう言った。なんだか不思議な気分だった。
「まあ、俺だし……って、なんか変な感じ」
 こういうときは何を口にすればいいのだろう。思い浮かばない。
「では、名残は惜しいですが、勇者さまを本来在るべき世界へとお送りしましょう。勇者さまの手を必要としている人々がいるでしょうし」
 男の言葉に反応し、背後に控えいた者たちが頷き、小さく言葉を呟きはじめる。その言葉が進むに連れ、鎮の周囲にはあの淡く小さな光がぽわりぽわりと浮かびだす。
「おつかれさん。また遊びにおいでよ」
 レンが右手を差し出す。握手かと鎮も素直に右手を差し出し、その手を握った。何か硬いものが手のひらに触れる。
「今度はあたしのカード集めを手伝っておくれ。あんたはなかなか見所があるからね」
 その言葉が終わり、鎮が答える前に、周囲の光景が一転し、商店街の町並みが戻ってきた。……いや、戻って来たのは町並みではなく、自分になるのか……鎮は空を見あげる。
 黄昏時の空。
「……」
 落ちついて周囲を見まわしてみると、自分はまったく同じ場所、同じ時間に戻ったらしく、何事もなかったかのように人々は自分を避けて通りすぎて行く。
 本当に何事もなかったかのようだから、そのとおり、何もなかったかのように、それこそ夢だったようにも思えてくる。
「今のは、夢かな……?」
 ふとそんな思いも過りかけるなか、鎮は握った右手に違和感を覚え、その手を開く。そして、驚いたあと、くーちゃんと視線をあわせた。くーちゃんはこくりと頷く。
「さて、と……コロッケ、コロッケ」
 鎮は水晶のかけらを握り締め、歩き出した。

 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2320/鈴森・鎮(すずもり・しず)/男/497歳/鎌鼬参番手】


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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございます。
お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、鈴森さま。
本当はだぶるくーちゃんすぺしゃるとかやりたかったんですが……(おい)
ちょっぴりレンに振りまわされている感じがしますが、楽しんでいただけたら是幸いです^^

願わくば、この事件が思い出の1ページとなりますように。