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<東京怪談・PCゲームノベル>


『千紫万紅 縁 ― 銀杏が見守る想い ―』


「危ないわよ、幸子さん」
「ううん、大丈夫よ、怜子ちゃん。このぐらいの高さの樹なんてへっちゃらよ。へっちゃら」
 幸子さんはとても肺を患っているとは思えないほどに元気な人でした。
 彼女はとても美人さんで面倒見が良くって、あたしたち同じ病でこの療養所に入れられている子どもたちのお姉さんでありお母さんで、あたしたちは彼女が大好きでした。
 でも時折、幸子さんは子どもになってしまいます。
 いつも近くのお寺の17時の鐘が鳴る頃に決まって療養所の壁の向こうからハーモニカの音色が聞こえてくるのです。
 それはとても優しくって、澄んだ綺麗な音色で、だけど本当にどこか物悲しい…聞いていると母を思い出すような音色……
「ねえ、怜子ちゃん。このハーモニカ。誰が吹いているか気にならない?」
「え、ええ、幸子さん。だけど、どうやって?」
「この樹に登ればいいのよ」
 幸子さんは事も無げに笑いながらそう言ったのです。
 そして彼女は寝巻きの裾を捲し上げると、樹によじ登り始めたんです。あたしは幸子さんがその樹から落ちてしまわないかとものすごくハラハラしながら見てました。でも幸子さんはそんな事はお構いなしで登っていくんです。
 そして彼女はその樹の一番高い枝に腰を下ろしました。
 太陽は傾き、刻は黄昏時。
 近くのお寺から聴こえてくる鐘の音。
 療養所の壁の向こうから聴こえてくるハーモニカの音色。
 あたしはどんな人がこんな綺麗なハーモニカの音色を奏でているんだろう、って幸子さんを見ました。
 だけどあたしはすぐにそんな疑問は忘れてしまいました。綺麗さっぱりと。
 あたしの頭はぽぉーっとなって、物が考えられなくなったんです。
 だって柔らかな夕暮れ時の橙色の空をバックにして療養所の壁の向こうを見ている幸子さんの顔はものすごく綺麗だったんですから。
 そう、お子様なあたしにもわかりました。幸子さんは恋をしたのだ、と。



 ――――――――――――――――――
【Begin Story】


「街路樹さん、こんにちわなの」
 藤井蘭は街の街路樹の皆さんに挨拶をしていました。
 何でも持ち主さんの話では、もう直に街路樹の皆さんは夜にはぴかぴかと輝くようになるんだそうです。イルミネーション、と言うらしいです、それは。
 だけど蘭はそのイルミネーションのための作業を見に来た、という訳ではないようです。
 いえいえ、持ち主さんが今日は家に居るから、お散歩、という訳でもなさそう。お買い物、でもないようです。
 蘭は何だか心配そうな顔をしながら寒い中、ひとりで歩いているのですから。蘭は寒い所が苦手なのに。
 では、蘭は一体どうしたのでしょうか?
「ふに」
 やっぱり元気なさそう。
 そんな蘭を心配したのでしょう。たくさんの街路樹の中の一本が蘭に喋りかけてきました。
「蘭、先ほど妖精を見たわ」
「妖精なの?」
 妖精、という言葉に蘭は銀色の瞳を輝かせました。
 持ち主さんはよく蘭に図書館で借りてきた本を読んでくれて、それでその本の数々には妖精が出てきて、蘭は一度本物の妖精を見たい、と想っていましたから。
 さてさて、ですから今だけは蘭は抱え込んでいた心配事は忘れて、一生懸命に緑色の髪を揺らしながら街路樹たちのこっちだよ、蘭。妖精はこっちに行ったよ、という声を頼りに妖精を追いかけたのです。
 そうして蘭はその二人に追いつきました。
「妖精さんなのー」
 かわいらしい嬉しそうな声に前の二人は振り返りました。
「おや、これはかわいらしいオリヅルランさんですね」
 背の高い優しそうな青年が言った言葉に蘭は驚きました。
 だって蘭はその人が言った通りにオリヅルランの化身なのですから。
「わ、そうなの。僕、オリヅルランの化身なの。どうしてわかったのなの?」
 これには青年の周りをふわふわと飛んでいる妖精が答えてくれました。
「白さんは樹木のお医者様なんでしよ。でしから色んな植物に強いんでし。ちなみにわたしはスノードロップの花の妖精なんでしよ♪」
 えへんと偉そうに腰に両手を置いて胸をそらしたスノードロップに蘭はぱちぱちと手を叩きました。
「僕はオリヅルランの化身で、藤井蘭なの」
「これはこれはご丁寧に。僕は白です」
「わたしはスノードロップでし。虫じゃないでしよ♪」
 ぺこりと皆でお辞儀をしあいます。
 そして顔をあげた蘭は白の服の裾を引っ張りました。
「あの、白さん、お願いがあるのなの」
「お願い、ですか?」
「うん、そうなの。僕の友達の銀杏の樹さんを見て欲しいのなの」
「銀杏の樹ですか?」
 柔らかに目を細める白に蘭はこくこくと頷きました。
「そうなの。銀杏の樹さん、病気なの。だから僕、毎日お見舞いに行ってるのなの」
「そうなんでしか。心配でしね」
「そうですね。では、蘭さん。その銀杏の樹の所へ案内してくれますか?」
「はいなの」
 そうして蘭は、白とスノードロップを銀杏の樹の所へと連れて行きました。



 +++


 その日から幸子さんは夕暮れ時になるとその樹に登って、ハーモニカの人を眺めるようになりました。
 あたしはそんな幸子さんをとても微笑ましく、そして羨ましく見ていました。
 その時の幸子さんはとても嬉しそうで、楽しそうで、そしてとても綺麗に見えました。
 だけど幸子さんはその人をただ見てるだけでした。
 話しかけないの? と、あたしが言っても普段は快活な幸子さんはちょっといつもとは感じの違う寂しそうな笑みを浮かべながらただ顔を横に振るだけでした。
 あたしはそんな幸子さんが嫌いでした。
 子ども、だったんです。
 いつも幸子さんはあたしたちを慰めてくれて、がんばれ、って応援してくれるのに、だけどその幸子さんはとても弱虫に思えましたから。
 幸子さんは気にしてるんです。自分の病気を。
 あたしたちが患ってる胸の病気は人にうつりますから。
 元気になれるなんて……あたしだって………
 ―――想ってませんから。
 でも……
 でも……
 でも、
「幸子さんには幸せになってもらいたいの」
 あたしはそう自分の気持ちを言葉にしました。そしたらがんばろう、やろうっていう気持ちになったんです。
 だって幸子さんはこの療養所に入れられたばかりの頃、お母さんやお父さん、妹を想って泣いてばかりのあたしを優しく抱きしめてくれて、あたしのお母さんをやってくれたんですから。
 だからあたしはそんな幸子さんの幸せそうな顔を見たい、って。
 あたしは、それで、すごく怖かったけど、次の日、幸子さんが来る前に寝巻きの裾を捲し上げて、樹によじ登ったんです。
「怜子ちゃん、何をやってるの? 危ないわよ。降りなさい」
 下で心配そうに叫ぶ幸子さんにあたしは顔を横に振りました。
「嫌よ。幸子さん、あたし、幸子さんの事、大好きだからね」
 そして夕方のお寺の鐘が鳴って、
 療養所の壁の向こうにはとても優しそうな顔をした男の人が立ったんです。16、7…幸子さんと同い年ぐらいの男の人が。その人の手にはハーモニカがありました。
 その人は何故か泣きそうな顔をしてあたしを見てました。
 あたしはその人の顔の表情の意味を良く考えずに、言いました。
「あの、いつもここからあなたの事を見ている女の子、幸子さん。幸子さんはあなたが好きなんです」
 樹の下で幸子さんがやめて、って言いましたが、あたしはもう言ってしまいました。
 そしたらその人は、とても優しい微笑を浮かべて言ったんです。
「知ってるよ。幸子さんの名前。僕も彼女が好きだから」
 あたしは驚いて、嬉しくって、それで幸子さんを見ました。幸子さんは顔を両手で覆いながら泣いていました。



 +++


「どうなの、白さん? 銀杏の樹さんの容態は?」
 銀杏の樹に聴診器をあてていた白は心配そうな顔で白の服の裾をぎゅっと握り締めている蘭に優しく微笑みました。
「そうですね。とても弱っておられますが、でも大丈夫。元気になられますように僕もがんばりますから」
「はいなの。僕もがんばるのなの。あれ、でも何をがんばればいいのなの? ふに」
 小首を傾げる蘭に白はくすりと笑い、そしてスノードロップは蘭の肩に乗ってにこにこと笑いながら言いました。
「わたしと一緒に白さんのお手伝いをがんばりましょうでし♪」
「はいなのー」
 えいえいおー、と拳をあげる蘭とスノードロップに白はくすりと笑い、メモ帳に何かをさらさらと書いていきます。
 それは銀杏の樹の治療の計画でした。
 それを白はしゃがみこんで蘭にも見えるようにして、ひとつひとつペンで書いた治療法を指しながら優しく説明していきます。
「まずは土壌の検査。もしも土が悪いのなら、栄養のある土を運んできて銀杏の樹の根元にかけてあげます。そしてですね」
 と、説明していく白。
 ふむふむと頷く蘭。
 にへらーとただ笑っているだけのスノードロップ。
 その三人に、銀杏の樹が話し掛けてきました。
「こんにちは、蘭。いつもありがとう」
「うんなのー」
「そしてお医者様と看護士さんもありがとう」
「いえ、かまいませんよ。すぐにあなたを良くしてあげますね」
「そうでし。白さんに任せておけば大丈夫でし」
 なぜか偉いきばって言うスノードロップに白はこくりと頷き、
 蘭も両手をあげて、
「蘭もがんばるのなのー。だから銀杏の樹さんもがんばってなのー」
 と、応援しました。
 ひらひらと落ちてくる銀杏の葉が蘭を優しく包み込んでくれるのは樹の感謝の印でしょうか。
「ごめんね、蘭。頼むよ。私を元気にしておくれ。私はここでずっとこの場所を見続けていたいと望むから」
「うんなの」
 蘭は大きく頷きました。
 またがさぁ、と枝がざわめいて、ひらひらと黄金色の葉が落ちてきて、蘭を包み込みます。
「私はここでずっとこの場所を見続けていたい。それが私の役目なのだから」
「ふに?」
 小首を傾げる蘭に銀杏の樹は穏やかに微笑みました。
「そうだね。そう言えばまだ蘭にも教えてはいなかったね。私がここに植えられた訳を。彼と彼女の話を」
「ふに?」
 蘭は小さな手で銀杏の樹に触れました。そして一生懸命に治癒能力を発動させます。お気に入りのクマリュックの中に入っていたお水も銀杏の樹にあげました。
 それは銀杏の樹の声がとても辛そうに思えたからです。
 そうしてる蘭の顔は本当に泣きそうな表情でした。
 白はぽんとそんな蘭の頭を撫でます。スノードロップも。
「大丈夫。蘭さんの優しさはちゃんと銀杏の樹さんに届いています。だからだいぶ元気になられましたよ。でも、今日は少し話しすぎてお疲れになられたようですから、また明日。また明日にしましょうね。僕も明日、銀杏の樹さんが元気なれる土と水、お薬を持ってきますから」
「うんなの」
 蘭はごし、と涙を拳で拭いながら頷きました。



 +++


 その人の名前は筒井和人さん、と言いました。
 和人さんが幸子さんの名前を知っていたのは、和人さんの妹さんもここに入院していたからだそうで、それで妹さんは幸子さんの名前を和人さんに手紙で教えていたそうなんです。あたしや他の子がそうなように優しい幸子さんが大好き、って書いていたそうなんです。
 だけど妹さんは亡くなられて、和人さんはだから妹さんと同じ病気で苦しむあたしたちを元気付けようとして、ハーモニカを吹いていたそうなんです。
 あたしは和人さんの妹さんの名前を知っていました。そして幸子さんはたぶん和人さんを一目見た時から、気付いていたと想います。
 とにかく幸子さんは和人さんと夕暮れ時にお喋りするようになりました。
 幸子さんは樹の枝に腰を下ろして、
 和人さんはハーモニカを吹いた後に壁の向こうから、
 楽しそうにお喋りをして。
 それは本当に幸せそうで、とても優しい時間にあたしには思えました。
 だけど時代は、後の世に第二次世界大戦、と呼ばれる戦争をしていた時代でした。
 そして時代の悲劇は幸子さんと和人さんをも襲うのです。
「赤紙が来た」
 壁の向こうから聞こえてきた和人さんの言葉が持つ重みも惨さもあたしは理解していました。
 そしてあたしは幸子さんを見ました。
 かつて自分が大好きだった隣の家のお兄さんに言った言葉を思い出しながら。


 憎き鬼畜米兵をご自分の命を賭けてでも倒してください。お国のために――


 そんな事はこれぽっちだって想っていなかったのに。
 幸子さんは、幸子さんはどうするんだろう?
「帰ってきてください。絶対に生きて帰ってきてください。国なんかどうでもいいから。だからどうかご自分の命を大事にして、生きて帰ってきてください。私は、私も和人さんが帰ってくるその日までにはそちら側に…この療養所から元気になって出ていますから」
「はい。あの、幸子さん。この銀杏の樹を植えさせてください」



 +++



「それじゃあ、持ち主さん、行ってきますなのー」
 蘭は朝ごはんを食べると今日はクマリュックに三人分の水のボトルを入れて、家を出ました。
 そして白たちと待ち合わせをしている場所まで一生懸命走っていくのです。
「あ、蘭さんでし♪」
「おはようございますなの」
「はい、おはよう、蘭さん」
 白はくすりと笑いながら蘭の頭を撫でた。
「それでは行きましょうか」
 言いながら一輪車の持ち手を持つ白。それを見た蘭は片一方の持ち手を両手で持って、むむ、と力を入れました。
 微笑ましげに両目を細めながら白も両手に力を入れて一輪車を押します。
 前に動いた一輪車に蘭はとても嬉しそうな顔をしました。
 そんな蘭の肩ではスノードロップが気楽そうにがんばれーでし♪、などと言っています。
 そして銀杏の樹のもとに到着すると、白が用意した栄養万点の土を蘭は白に説明された通りに銀杏の樹の根元にかけていきました。それから白が用意した清らかな水も銀杏の樹の根元にまんべんなくかけました。
「蘭さん。これからはこの井戸のお水をこの1・5リットルのペットボトルに入れて銀杏の樹さんにあげてくれますか?」
「はいなの。これからはそれでいいのなの?」
「はい」
 優しく頷いた白に蘭は満面の笑みを浮かべました。
「ありがとう。蘭。白さん、それにスノードロップ」
「えへへへ。うん。いいのなの。それよりも早く良くなってなの。僕、毎日、お水をかけに来るからなの」
「ああ、ありがとうね」
 そして銀杏の樹は昨日、途中になった話を三人にしました。
「それで幸子さんと和人さんはどうなったのなの?」
 銀杏の樹はただ哀しそうに銀杏の葉をひらひらと落としました。
 蘭の瞳からぶわぁっと涙が溢れ出し、そしてスノードロップも蘭の頭の上でえぐえぐと泣きました。
 白はぽつりと言います。
「まるで日本武尊と砧姫のお話のようですね。日本武尊も銀杏の幼木を二人の愛の印に植えて……そして生きて帰ってはこれませんでしたから」
 ひらひらと、ひらひらと、銀杏の樹は、泣いているように、幸子と和人の運命を哀しむ三人を慰めるように葉を空間に舞わせました。



 そうしてその日から蘭は白に教えてもらった神社の井戸まで行って、そこの水をペットボトルに詰めると、
 また銀杏の樹までその水をかけに行くのです。
「早く早く良くなってくださいなの」
 そう樹に話しかける蘭に、
「本当に早く良くなるといいね、ボク。この銀杏の樹」
 と、しなやかな少女の声が後ろからかけられました。
「ふに?」
 蘭が後ろを振り返ると、そこには女子高生がいました。
 彼女はにこりと笑うと、蘭の頭をそっと撫でました。
「ふに?」
 不思議そうに頭を傾げる蘭に、彼女は何故か涙を零して、
「あれ、どうしたんだろうね、お姉さん? ごめんね。なんでかボクがこの銀杏の樹をすごく大切にしてくれてるのが嬉しくって。あれ、どうしたんだろう、あたし?」
 彼女は制服のポケットからハンカチを出して、次から次へと溢れてくる涙をふくのですが、風が吹いてそのハンカチを飛ばすのです。
 飛んだハンカチは樹の枝に引っかかって、女子高生は涙を流しながら困ったように笑います。
「困ったな。あのハンカチ、大切な物なのに」
「あ、待っててなの。僕が取ってきてあげるのなの」
「わ、いいよ。危ないから」
「大丈夫なの」
 そんな事を言い合っていると、
「いいよ。俺が取ってきてやる」
 ぶっきらぼうな(だけどなんだかそれはとても微笑ましい雰囲気の)声がしました。
 やっぱり高校生の男の子がいて、そして彼はするすると銀杏の樹に登ってハンカチを手に取るのですが、
 彼は樹の枝から心配そうに見上げる女子高生を見下ろして固まるのです。
 ――まるで前にもそんな事があったような。
「あー、えっとさ、前にもこんな事無かった?」
「何よ、それは? ナンパのつもり? やめてよ」と、女子高生は言って、だけど頭をぽりぽりと掻きました。「でもまあ、実はあたしも想ってたところ。前にも無かった?」
 蘭は小首を傾げます。その会話に。
「って、うわぁ」
 男の子は樹の枝からバランスを崩して落ちてしまいました。いえ、バランスを崩したというよりも、まるで銀杏の樹が、落としたような――。
「きゃぁー」
 女子高生の悲鳴。
「蘭」
 銀杏の樹が蘭を呼びます。
「うん、わかってるなの」
 蘭はパパさんから貰った霊力が篭った枝を振るいました。その鞭状にしなった枝は見事に男子学生を受け止めたのでした。
「ちょっと、あんた、大丈夫?」
「お、おお。あー、焦った」そして彼は蘭の頭を撫でます。「ありがとうな、助かった」
「うん、いいのなの」
「あー、それとさ」
「ん? なの」
「この銀杏の樹を助けてくれてありがとうな」
 彼は照れくさそうに言いました。
 女子高生はその彼の言葉にとても嬉しそうに微笑んで、そして彼の左手の切り傷(樹から落ちそうになった時に切ったのだろう)を見つけると、ハンカチをその彼の左手に巻いて、彼にウインクをしたのでした。
「これ、あたしのお気に入りなんだからちゃんと返してよね。洗って」
「ん、おう」
 そして彼と彼女はまた会う約束をして、別れたのでした。
「ふに?」
 ひとり残った蘭は小首を傾げて銀杏の樹を見上げます。
 するとその銀杏の樹から、ひとりの半透明な少女が現れました。その娘は蘭の前に舞い降りると、そぉっと蘭のほっぺたにキスをしたのでした。
「ありがとう、蘭。あなたのおかげで、二人を見られた。本当にありがとう。ずっとずっとずっとこの場所を銀杏の樹の中で見続けてこられて良かった。本当にありがとう、蘭。あたしもこの銀杏の樹も本当に蘭には感謝してるんだよ」
 そして少女はもう一度、蘭の頬にキスをすると、銀杏の樹へと戻っていきました。
 蘭はほっぺたを手で押さえながらしばらくぽぉーとしてましたが、白とスノードロップがやってくると、手を振って二人の方へと走っていきました。
 話したい事はたくさんありますから。



 ― お終い ―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2163 / 藤井・蘭 / 男性 / 1歳 / 藤井家の居候】


【NPC / 白】


【NPC / スノードロップ】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、藤井蘭さま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回は初の『千紫万紅 縁』のお客様であり、そして東京怪談200番目という記念すべきお客様となっていただき本当にありがとうございました。
これからもまたよろしければお願いいたしますね。^^


蘭さんはオリヅルランの化身さんで、白さんとスノードロップとはお仲間になりますので、
そういう意味でも今回のお話で共演できたのは本当に嬉しいなー、と。^^
本当に一度やってみたかったのです、こういうメンバーのお話は。^^


このお話はPLさまのお持ちのシチュシングルのネタを『千紫万紅』を舞台にしてノベルにしようという商品で、
花物語や花言葉を、お寄せくださったプレイングに絡み合わせて書くのですが、
予想以上にその作業が本当に楽しくって、書くスピードも本当にいつも以上に速かったです。

PLさまが指定してくださった銀杏の樹、それと蘭さんの物語。
銀杏の樹の物語と言葉、どちらをメインにして書こうかな? と考えたのですが、プレイングに書かれていた銀杏の樹の想い、
それに焦点を合わせた時に今回の物語にしようと想いました。
銀杏の樹は、怜子の魂と共に願いを込めて、土地を見続けるのだと。その動機は二人がまた出会えるのを見たいから。
それが蘭さんの優しさのおかげで叶えられたと。^^

このお話の元となったのは日本武尊と砧姫の物語です。
お話の内容はノベルに出てきた通りです。
日本武尊は蝦夷討伐に出発する前に砧姫に「この1本の銀杏の幼木を二人の愛の記念に植えるので大切にしてください」と、
言い残して出発したのです。
でもその帰途に病気にかかり、彼は亡くなったのです。
日本武尊の死を哀しんだ砧姫は彼が住んでいた場所に社殿を建てて、それが八劔神社となりました。

銀杏の樹の花言葉は長寿・しとやか・鎮魂 となります。


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼本当にありがとうございました。
失礼します。