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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


□■□■ 君死にたもう数え歌<後編> ■□■□



「数え歌の噂って言うんで、色々集めてみたんです。ネットで検索したら、すぐに出て来たんですよ? 本当です――」

 影沼ヒミコの言葉を思い出しながら、彼らは走っていた。雫の家にはもう連絡を入れたが、在宅しては居ないとのこと。ならば、いつものようにゴーストネットにいるのか。だがそこでも今日は来ていないとの返事を出された。

 どこだ、何処に居る。
 もしも彼女があの歌を歌ってしまったとすれば、また無差別に、周囲の人間が死ぬ。
 彼女もまた、呪いの犠牲者になってしまう。

 どこだ、何処に居る。
 探し回る。学校は休日だから締まっていた。
 どこだ、何処に――

 メールが入る。衛星通信で辿らせた雫の携帯電話の位置から、場所が特定されたらしい。近くの公園、なんでこんな時に限ってそんな微妙な場所にいるんだ、自殺志願かお前は。

「わ、私の所為で雫ちゃんが――そ、そんなの嫌ですッ助けて、助けて下さいっ!!」

■□■□■

「ッたく! ヒミコ、急ぐぞ!」
「は、はいッ」

 影沼ヒミコと連れ立って町中を走り回っていた七枷誠は、息を大きく吸い込んで加速した。言霊の力を使えばもう少し早く移動もできるが、現在はヒミコと一緒なのでそうもいかない。それに、力は温存しておきたい――何かが起こった時のためにも。
 自分でない周囲の他人を殺す歌。もしも雫がそれを言葉に出してしまっていたとすれば、その災厄は自分やヒミコにも降り掛かるかもしれない。それに、ヒミコも書き込みに拠って歌詞のすべてを知ってしまったのだ。一緒に行動しておかなければ、何かあったときの対処が出来ない――チッと軽く舌を打つ。こんな時に限って信号が赤い。

 自分が検索した時には、数え歌の噂もあの歌詞も一件だって見付からなかった。だがヒミコには見付けられたのだと言う。プリントアウトした資料からも、それは見えた――主に掲示板の書き込み。全て文面は同じ。作為性を感じずにはいられない、あの、『イズミ』と名乗る相手。……いかにも適当な名前だが。
 雫のネットワークの巨大さは、誠も知っていた。認知度も高い心霊サイトだけに、そっち側に働く情報網には圧倒的なものがある。それでも探り当てられなかった歌詞、そして、相手。すぐに探し当てられたヒミコ。両者の違いは、無知と知――信号が変わる、二人は駆け出す。

 それが怪しいものだと知っているからこそ、目に止まらない。それが何だか判らないからこそ、姿を現す。悪意――悪意ばかりだ。人を殺す歌。無差別に死を求める言霊。公園の入り口が見える、ただ荒い呼吸を繰り返しながら誠はそこに足を踏み込んだ。幸い小さな公園で人気も無く、雫の姿はすぐに見付かる。ベンチの上で資料を眺めていた彼女はキョトンとした顔を上げた。誠は無言で駆け寄り、その資料をひったくる――そして、ゼェゼェと息を整えた。
 背後ではすでにへたり込んでいるヒミコが、切れ切れの息で雫を呼んでいる。

「し、ずく、ちゃ……」
「って……な、なに、どしたの二人とも? なんか急ぎの用事だった?」
「急ぎ、どころじゃ……ないッこの馬鹿!」
「うひゃあぁッ!」

 ぱこんッと丸められた紙資料で小さな頭を叩けば、彼女は声を上げて誠をジッと睨み上げてくる。それを見下ろして、彼はシャツの首元を開けた。空気が肌を撫でる気持ちの良い感覚に、はあぁッと大きな息を吐く。

「調査依頼をしたんなら、こっちに――任せろ、ってんだ」
「そ、そーだけどッ……こっちだってボーッとしてるわけにはいかないじゃないっ。だって、あたしのサイトが殺人に利用されたんだもん。何か情報集めようと思ったのっ」
「何でこんなトコでそんなのする必要があるッ」
「人に知れたら不味いと思って誰も居ないトコ探したんだもん!」

 本人の努力は認めるが、裏目に出ては仕方が無い。否、裏目に『出されて』か――取り敢えずもう一度巨大な溜息で息を整え、誠は資料に目を落とした。
 ヒミコに見せられたものと同一、足りないものはない。どこかに断片を隠し持っている気配も無いのだから、これで安心ではあるだろう。

「雫。歌の内容を憶えてるか」
「え? えっと、一つ彼岸に咲いた花、二つ不治なる血の病――」
「もう良い。全部唱えてはいない、んだな――記憶にあるってことは。ギリギリセーフか」
「な、なん……なの? もしかして、何か判ったの?」

 ふっと雫の眼が真剣なものになる。誠はそれを見止め、後ろのヒミコの様子を伺った。息はもう静まっていて、きちんと立っている。いざと言う時にも対応が出来るだろう。高峰からのお守りを外せば、すぐにでも――出来ればそれは、避けておきたいところだが。
 雫をベンチから立たせ、誠は二人から少し距離を置く。携帯電話を手に握りながら、資料に目を通した。そろった断片はパズルのように一つの歌を完成させている。全ての歌詞が、そこに、そろっている。

「判っただろうが――この数え歌は、全部死を連想させる歌詞になってる。ご丁寧に音律も合わせられて、実にテンポが良い。わらべ歌に目を着けたのは良いところだ、こういうものはすぐに普及する。子供は特に群れるからな、どこかで口にしたものが誰かに伝わることも、少なくは無い――」

 そして広がる、感染していく。
 まるで病のように。
 呪いのように。

「この歌は、『歌った本人』には何の災厄も齎さない。だが、その『周囲の人間』の生命をランダムに奪う。何の目的も無く、ただ――奪う。人の潜在的な霊力を勝手に応用して発動する種類のものだ。そして、仕業を気付かせないために、終わった後には歌の記憶が消えるようになっている。実に、悪趣味な、言霊だ――」

 人を無意識にでも死の領域に誘い込む言霊。そんなものは、あってはならない言葉だ。祝詞に始まり祭詞に終わる、言葉とは、音律とは、人の精神に語り掛ける。祝いの言葉を紡ぎ神を愛する手段。人を惑わす魔性。二つの側面を同時に持つ、ヌエ的な概念。
 普通の人間は、言葉に乗せられるものなど感情程度でしかない。だが、言霊使いは違う。自分の喉から漏れる意味を、現実に干渉させることが出来る――だからこそ、死に近い言霊を禁じ、忌む。それは言霊使いとそうでないものの壁になるからだ。
 力を持っていても、少数派はいつでも譲歩しなければならない。
 駆逐されるのは――御免だ。

「――電子の海に潜む魚影、忌みの音律に悪意を託す者、その接続をここに――『命じる』」

 浮かび上がった光を吸い込んだ携帯電話が振動する。
 ヒミコと雫がその身を強張らせる。
 誠は、ゆったりと、通話ボタンを押した。
 ――そして。





『一つ彼岸に咲いた花』

「Malchut<王国>より来たりて」

『二つ不治なる血の病』

「Iesod<基盤>に還り」

『三つ身投げの崖の上』

「Hod<栄光>を掴み」

『四つ夜闇の如き屍衣』

「Netzach<勝利>を誇り」

『五つ逝く時呼ばれませ』

「Tiphereth<美>を愛し」

『六つ骸が唄う碑を』

「Geburah<神の力>の裁きを信じ」

『七つ亡くなる時の果て』

「Chesed<慈悲>を持って」

『八つ厄災引き連れて』

「Binah<理解>し」

『九つ今生別れませ』

「Cochma<知恵>を求め」

『十でとうとう御臨終』

「Kether<王冠>に至れ」





 唐突に唱えられるのは数え歌、全てが死を匂わせる忌むべき音律。被せるように合わせながら誠は言霊を紡ぐ。光が音を具現化し、長い帯になって携帯電話をぐるぐると包んだ。数え歌は十で一区切りになる、そして同じく十で纏められているものはいくらでもある。言霊の補強には、昔からそういった――ある種洒落にも良く似た、似通わせることが使われてきた。その威力は、素人術者が度々使用するということからも、伺える。丑の刻参りで松脂と金輪を頭に付けるのもルーツは同じだ。『待つやに叶わぬ』――込められるのは、切ない願い。
 もっとも今回は随分と醜悪な願いだが。

「『命じる』、巡る生命の樹<セフィロト>よ。死を喰らいて汝を示せ、依存を螺旋と紡ぐ相反せし片割れの命題として」

 十の音律、十のセフィラ。物質から精神に逆行させることで、その存在を持たない音を殺す――誠は携帯電話を放り投げた。先日新しく機種変更したばかりだが、仕方が無いと諦める。雫から心配料として徴収でもしよう。
 空中でそれは止まる。通話口から何か音が漏れてはいるが、聞き取れない――否、それを聞き取るべく精神を集中することはしない。忌まれるべき言葉を認識などすれば、こちらが、呪いを被る。そんなものは御免だ――特に、こんなに死のニオイのするものには。

 視界の端では、ヒミコが雫を庇うようにその背中に隠している。雫は目を瞠って、こちらを凝視している。誠は、空中に浮かんだままの携帯電話を見ている。睨むように鋭いその視線が、言霊にぐるぐると巻かれた小さな機械を包み込んでいた。

「――さあ、姿を現せ。長い間人の生命を食らったなら出来るはずだ」

 通話口から黒い何かが吐き出される、それは誠が紡いだ言霊の帯を擦り抜けて空間に飛び出した。顔のような形になり、窪んだ目と口が見える。CGのように顔を絶えず様々の形に歪ませたそれは、文字で出来ている――否――細かい、数字の粒子で出来ている。Oと1の配列。ふん、と誠は軽く息を吐く。

「成る程な。ネットワーク自体に寄生したのか――この時代では、それが何よりも情報伝達が早い。制御も出来る。与えたい人間と、与えたくない人間に、情報拾捨選択の逆を行ったわけか」
「ま、誠さんッ!」
「心配は無い。――もう、滅ぶ」

 携帯電話を包んでいた彼の言霊が、歌の具現を包み込む。光る文字の一つ一つが地味に、だが確実に呪いの断片を喰らっていった。やはり、内包される死の容量が膨大すぎるのか――誠は一つ息を吐き、軽くこめかみに指先を当てる。
 言葉を生み出せ。死を凌駕する言葉を。ここにある矛盾を突き付けろ。
 そして、囚われ続けている死を、解放しろ。

「音律の規律に反し電子に寄生する、そこでもはや音は失われている、ここに残るのは言葉のみ、形骸だけの文字の羅列、ただ無限に溜め込んだ死だけを抱えた虚空」

 歌の塊がうねる、噛み付くように口を大きく開ける。だがその姿もゆっくりと崩れていく。誠は臆することも無く、ただ言葉を続けた。それは彼にとって唯一、最大の武器。音を繋ぎ言葉に意味を持たせ、同時に、忌みを持たせる。
 浄化とは真逆の性質。
 だからこそ、飲み込める。

「食い破られた殻の中に留まる必要は無い――『命じる』、死よ、あるべきへ戻り解放されろ」

 それは風船が弾けるような光景だった。
 飛び出していく無数の黒い影、それは視覚化された『死』。歌によって殺され、囚われ続けていた数多の概念。記憶。それが溜まるほどに歪みは力を強め、その感染力をより強大なものにした。現世までにどれだけの命を喰らったのかは判らない、だが、それによって繋がれ続けたのだろう。歌自体は、それを包み込む――殻でしかなかった。

 少しでも破ってしまえば、弾け飛ぶ。それが摂理であり、矛盾の無い現象。
 一気に収束したそれを、誠の言霊が喰らい尽くして――消える。
 携帯電話が音を立てて地面に落ちた。

「……雫」
「ッ、はぇ!?」
「報酬には新しい携帯もつけてもらうからな」

 後日、ゴーストネットにて。
 非常に厳かな携帯電話引渡し儀式が行われたとか、なんとか。



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

3590 / 七枷誠 / 十七歳 / 男性 / 高校二年生・ワードマスター

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは、ライターの哉色です。『君死にたもう数え歌』、後編までお付き合い頂きありがとうございました。やっと納品です、お待たせ致しました……(汗) 言霊や数え歌の細かい表記いただきありがとうございました、活用させて頂きました。言霊の方は少々改変してしまいましたが、気に入らん! という場合はどうぞリテイクかましてやって下さいませ。ともあれ、少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。それでは失礼をば。