|
クリスマスは楽しい日!
クリスマスだからなのか、土曜日だからなのか、待ち合わせの場所は酷く混雑していた。
「しっしょーぉ!ここでーすっ!」
青いランプが点滅する巨大なクリスマスツリーの下で、ブンブンと音が聞こえそうなほど勢いよく手を振っている弟子・夕乃瀬慧那を見付けて、真名神慶悟は軽く手を挙げて合図を返した。
白いコートに白い手袋の慧那は何だか寒そうな色合いで、慶悟は思わず自分のジャケットの前を併せて小さく身震いした。
思えば慧那とは5歳しか違わないのだが、一緒にいるとどうも自分の方がやたら年寄り臭く感じてしまうのは何故だろう……、やはり、慧那の
元気の良さだろうか。今も、真っ赤なコートを着た若いカップルの隣に立つ慧那はやたら元気が良く、周囲をキャーキャーと歓声を上げて走り回っている子供達よりも目立っている。
クリスマスと言えば腐れ縁仲間と飲み明かすと言うのが毎年の恒例行事なのだが、今年は慧那からデートのお誘いを受けた。……と言う訳ではなく、少しで良いから時間を作って欲しいと言われ、バーの集合時間までを提供することにした。集合時間まで暇だと言うのもあるが、今日未明にプレゼント配布を手伝った代償にサンタクロースから貰った、目には見えない弟子宛のプレゼントを渡したいと言うこともあり、自分もいそいそとプレゼントを用意して時間通り、やって来た。
「さっむいですねー!」
と、慧那は白い息を吐いて自分の頬に両手をあてた。
青春真っ直中の慧那は、昨年に引き続き彼氏が出来なかったとかで、慶悟と時間を過ごした後は友人達と一緒に女だけのクリスマスを楽しむのだそうだ。夕食は友人達と摂ると言うので、2人は昼食を一緒にすることにしてある。
「確かに、待ち合わせには目立って良い場所だが……、もう少し人の少ないところの方が良かったな……」
行き交う人々に肩を押されつつ、溜息を付いて慶悟は呟く。
慧那は単にツリーが可愛いくて目立つからと言う理由でこの場所を選んだらしいが、見渡せばあっちもこっちもそっちもどっちもカップルだらけで、デートスポットなのだと分かる。
「もしかしたら、師匠と私もカップルに見えるかも知れませんね!」
と、何の悪気もなく慧那は言ってすれ違う手を繋いだカップルを少し羨ましそうに見た。来年こそは自分も、と決意を新たにしたのかも知れない。2人の年齢差と身長差と外見を比べて、怪しいカップルに見えなければ良いが、と慶悟が心配した事には気付いていない。
「ああ、そうだ。忘れない内に渡しておこう」
大きな紙包みを抱えた男が歩いているのを見て、慶悟は持参した紙袋を慧那に渡した。可愛らしくラッピングされた中身は、白いマフラー。何色にしようかと迷った結果だが、今日の慧那の出で立ちには丁度良かったと安心する。
「ありがとうございます〜っ!」
顔を輝かせて受け取った慧那が気付いたかどうか分からないが、慶悟は袋と一緒に小さな煌めきが慧那の手に渡るのを見た。
「それじゃ、私からもこれ、師匠にプレゼントです。手作りですよ〜!」
と、慧那が差し出した赤いリボンの付いたプレゼントを受け取ろうとした時。
「わっ!」
「きゃっ!」
背後から走ってきた男が2人の間を派手にぶつかりながら通りすぎて行った。
その途端に、慧那が叫んだ。
「あーっ!!!」
「どうしたっ!?」
驚く慶悟に、慧那は自分の手と慶悟の手を確認する。
渡そうとした筈のプレゼントも、受け取ろうとした筈のプレゼントも、ない。
「ひったくり!ひったくりです!さっきの人っ!」
一瞬2人は呆然と、人混みの中をあちこちぶつかりながら走り去っていく男の後ろ姿を見た。
「バッグなら分かるが、何でプレゼントなんだ……?」
思わず呟く慶悟の腕を引っ張って、慧那は遠くなっていく男を指差す。
「そんなこと言ってる場合じゃありません師匠っ!私のプレゼントぉ〜!!」
「あ、ああ、そうだった。追い掛けよう」
かなりの間をおいてから追い掛け始めたものの、この人混み、あちこち鬱陶しいほどい飾り立てたツリー。ぶつかった人に謝罪している間に姿が見えなくなってしまう。
慶悟は急いで式神を打ち、ああそうか、と慧那も続いて自分の式神に男を追い掛けさせる。行き交う人の頭より上を慶悟の笠を被った式神と、慧那の蝶の形をした式神が飛んで行く。
「人混みじゃ難儀だな。なるべく通りの少ない方に追い詰めよう」
「はいぃ〜っ!」
慧那はひったくりと自分の式神の姿を逃さないよう走るので精一杯なのだが、それでもちゃんと返事をして式神にも伝える。
「あっ。右に行きました右!」
「あの道は確か、行き止まりじゃなかったか?教会の裏になってるだろう?」
「知りません〜!」
慶悟の記憶が正しければ、何軒か続いた店舗と休日にのみ開店する雑貨店の隣に民家があり、突き当たりが教会の裏手になっている筈だ。大通りと比べると人が少ないので好都合だ。
男の後を追って角を曲がった式神に、男を確保して決して離さないように言って、慶悟と慧那は少し遅れて角を曲がった。
幸い、通りに人はなく、民家にも庭に出ている人の姿は見えない。凶暴そうな犬が3人の不審者に激しく吠えたが、家人が出てくる気配もない。
「待ちなさ〜いっ!」
人型と蝶の式神に集られた男は教会の塀をよじ登って逃げようとしたが、悉く式神達に邪魔をされ、ついでに追ってきた慧那と慶悟の姿に驚き、塀の半ばから地面に墜落した。
そこで諦めれば良いのだが、クソッと悪態を吐いた男は腕を高く振り上げ、事もあろうに慧那の用意したプレゼントを犬に向かって投げた。
「キャーッ!駄目っ!!」
宙を飛ぶプレゼント。赤いリボンがはたはたと風に舞い、慧那は届かないと分かっていながらジャンプして必死で手を伸ばす。
鎖を件名に引っ張って吠える犬の目の前に、プレゼントが着地する……その寸前、慶悟の式神が犬の前を掠め飛んでプレゼントをキャッチした。
「どうしてこう言う時こそ式神を使わないんだ」
ひょっと飛んで戻った式神からプレゼントを受け取りながらも、慶悟はホッと安堵の息を付く。
「良かったぁ〜、流石師匠……」
こう言う場面に直面した時、自分はまだまだ気が回らないのだと反省しつつ、慧那も安堵の息を付き、へにゃっと力の抜けかけた体に鞭打って男に向き直る。
地面で式神達に取り押さえられた男は不遜な様子で慶悟と慧那を睨み上げた。
「人が折角師匠の為に夜なべして作ったプレゼントなのに!何てことしてくれるのよ!無事だったから良いけど!」
「プレゼントをひったくって何になるんだ?愛弟子の手作りだ。心はこもっているだろうが、金にはならんぞ?」
え、と2人の言葉に男が首を傾げる。師匠と弟子、と言う言葉に引っかかったらしい。
「……もしかして、俺達を恋人同士とでも思ったのか?」
式神達から解放された男は座り込み、頷いた。
「もしかして、カップルならプレゼントを取って困らせてやろうと思ったとか?」
情けなさ気な顔で深々と溜息を付く男。
聞くところによれば、男は彼女いない歴30年。ルックスが悪い訳ではなく、性格もそれほど酷くないと自分では思っているにも関わらず、どう言う訳か彼女が出来ない。
毎年毎年嬉し気に、クリスマスと言うだけで浮かれて騒ぎ立てる恋人達を指をくわえて見てきたのだが、今年もやはり1人きりのクリスマス。昼食を食べるつもりで家を出れば、どこもかしこもカップルだらけ。楽しそうに腕を組んで歩いたり、プレゼントを交換する様子がたまらなく羨ましく、妬ましく、ちょっとした悪意が芽生えてしまったのだと言う。
ふと見れば、目の前に可愛い女の子を連れた若い男が1人。嬉しそうな顔で女の子のプレゼントを受け取ろうとしたその男を困らせてやろう。女の子をがっかりさせてやろうと言うつもりで、生まれて初めて、ひったくりに挑戦してしまった。
「……ばっかみたい……」
慧那は深々と溜息を付いてびしっと男を指差した。
「彼女がいないとか彼氏がいないとか、そんなのあんただけじゃないんだから!師匠だってルックス良いのに彼女いないし、私だってフツー程度に可愛いと思うけど彼氏いないし!大体、クリスマスはカップルで過ごすなんて誰が決めたの?そりゃ勿論、好きな人と一緒にいられたら最高だし、楽しいけど、でも、友達と過ごすクリスマスだってすっごく楽しいんだから!クリスマスはね、カップルで過ごさなくちゃいけない日じゃないんだよ?キリスト教徒の人達はどうか知らないけど、一般には楽しく過ごす日なんだから!1人でも友達とでも家族とでも、楽しく過ごすことに意義があるの!」
1人で食事をしても、ビデオを見ても、家でぼんやり過ごしても、クリスマスを楽しもうとさえ思ったら楽しく過ごせるものなのだと言う慧那に、慶悟はパチパチと手を叩いてみせる。
男は反省したのか、自分よりも遙かに若い少女に説教されたことが堪えたのか、素直に頭を下げて2人に謝罪した。
「なかなか立派な演説だった」
昼食を摂りに入ったレストランで注文を終えた慶悟は慧那からのプレゼントを取り出しながら言った。
「だって、そう思ったんです。彼氏いなくて寂しいけど、つまらないクリスマスなんていやだし」
堪える慧那も慶悟からのプレゼントを取り出す。
「わ〜、暖かそう」
白いマフラーを、慧那は喜んで頬に宛てて見せた。コートと手袋に合った色合いと、肌触りが良いと喜ぶ。
「……こらこら、おまえのじゃないだろう」
解いたリボンや包み紙の片付けをしていた式神が、慧那の手編みのマフラーを見て嬉しげに近寄ってきた。と言うのも、両サイドに小さく式神の模様が編み込んであった。それが大層気に入ったらしい。
しっしと式神を追い払い、慧那に礼を言ってから慶悟はマフラーをたたみ、脇に置いた。
「それにしても、式神のバリエーションも増えたし、実践でしか教えていない割には良く付いて来ている。臨機応変と言うには及ばないが、以前のような暴発も減ったし、頑張ってるな」
慶悟の言葉に一瞬目を丸くして、慧那は首を傾げ、訊ねた。
「もしかして師匠、今、私のことを褒めました?」
「ああ」
「本当に?空耳じゃないですよね?」
「ああ」
「褒めた代わりにここを奢れとか、言いません?」
「言わん言わん。俺が奢る」
途端に、慧那は歓声を上げた。
「わーっ!師匠が褒めてくれたー!!」
どうやらプレゼントよりも嬉しかったらしい。慶悟の式神を相手にはしゃぐ様子が面白い。
「陰陽師にクリスマスとは奇妙な話だが……陰陽道そのものが道教、神道、密教、民間信仰……諸々の習合だからな。耶蘇教も加わったから最強だな」
窓辺に飾られた幼子イエスと聖母マリアの置物を見て、苦笑する慶悟。
「楽しければ、良いんです」
と、聖歌を鼻歌で歌い始める慧那。
「ま、来年も宜しくな。頑張ってくれ、弟子」
「はーいっ!」
にこやかに手を挙げる慧那。
サンタクロースから慧那へのプレゼントは『元気』だろうか、と慶悟は内心検討を付けた。
end
|
|
|