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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


〜血の潤い〜


□オープニング


 『ヴァンパイア』 投稿者 美久野

 東京の下町に、ヴァンパイアが出たって知ってる!?
 なんでも、すっごい美女とすっごい美男子らしくって夜中にバーに誘ってお酒飲ませて酔わせた後に血を吸うんだって!
 だから被害者の首には二つの歯の跡があるらしいよ!
 で、女の人も男の人も被害が出てるんだけど・・・その被害者たちがまた綺麗な人ばっかりなの!
 でもまだ誰も死んでいはいないらしいよ〜。意識不明の重態の人は何人かいるけど、他の人は別にドーデもないみたい。ちょっと貧血気味?みたいな。
 あたしのリサーチによると、夜中の11時から3時までの間が多いらしいよ!
 被害者はこれと言って接点はないんだけど、みんな綺麗な人ばっかり!下は10代からいるって聞いた!
 なんか、段々被害者の数が多くなってきてるんだって〜。
 誰かこれ見てる人で被害にあった人とかいない〜?

 レス1 『友達が・・』

 私の友達が被害にあったよ。女の子だったんだけど、すっごく綺麗な人に誘われてバーに入って、そっから先のことは覚えてないんだって。
 なんか、そのバーの名前も思い出せないみたい。

 レス2 『バーの名前』

 そうそう、被害者の人達ってみんなバーの名前思い出せないんだよな〜。なんか、すっごい派手なバーだったってだけで場所も思い出せないらしいぜ?

 レス3 『速報!』

 被害者で、昨日の夜に被害にあったと思われる女の子が今朝搬送先の病院で亡くなったんだって!
 新聞で見たんだけど、すっごい可愛い女の子だった〜。高校生だったみたいだよ。
 なんかさ、一昨日に被害にあった男の子も意識不明の重態で危ないって言ってたし・・・なんか怖いよね〜。


 掲示板に、そんな話題が上っている時・・。
 風間 悠姫は頭を抱えて依頼書を見つめていた。
 依頼書・・と言うのは、悠姫が探偵だからだ。
 あの、颯爽と事件現場に駆けつけ華麗な語り口と推理で真犯人を暴き出す、あの探偵・・・ではない。
 日本国内にもし、そのような華麗で颯爽としたまさに“名探偵様”がいるのであれば会ってみたい。
 警察の科学捜査をものともせず、指紋やDNA鑑定うんぬんに頼らずに己の灰色の脳細胞のみで事件を解決する・・。
 悠姫は大きなため息をつくと、依頼書を机の上に放り投げた。
 明日の朝一番で片付けなければならない依頼・・猫探しだ。
 日本の探偵が一番活躍する場所・・それは、ペット探し、浮気調査だ。
 「・・はぁぁぁ〜・・。」
 先ほどにも増して大きなため息を吐き出す。
 別にペット探しが嫌だからと言う訳ではない・・もちろん、好きと言うわけではないが・・。
 問題は探す相手だ。
 猫が嫌と言うわけではない。“この猫”が嫌なのだ。
 依頼書の右隅に貼り付けられた写真・・茶色い色の猫。
 写真だけ見れば何処にでもいそうな普通の猫だが・・コイツは1枚も2枚も普通の猫とは違っている。
 「はぁぁぁぁぁぁっぁ〜〜〜〜っ・・。」
 そう言えば前に、ため息を一つつくと幸せが逃げると聞いたことがあった。
 それならば一体どのくらい幸せが逃げてしまったのだろうか・・?
 悠姫はため息をつきたいのをグッと堪えると、心の中で盛大にため息をついた。
 ・・せめて心の中で位許してもらいたい・・。

 翌日、依頼主から捜索願の出ていた猫・・マリアンヌちゃんを捕獲した悠姫は、そのまま風間探偵事務所の扉を開けた。
 名誉の負傷・・そう言えば聞こえは良いが、そんな大層なものではなかった。
 手に持ったダンボールの中からは凄まじい鳴き声と共にガタガタと言う振動が伝わってくる。
 “マリアンヌちゃん”はここ、風間探偵事務所ではお得意様中のお得意様だ。
 毎度毎度飼い主さんの元から逃げ出して、捜索願が出される。
 ただの家出ならば可愛らしい・・しかしマリアンヌちゃんの場合、喧嘩目的なのだから手におえない。
 見つけるたびにそこらのいたいけな野良猫とバトルを繰り返している。
 いっそマリアンヌちゃんなんて可愛らしい名前をやめて、ボスとか親分とか、そんなような名前にしたら良いのではないか・・?
 悠姫はぐったりとしながらダンボールを床に下ろした・・瞬間、中から鉄砲玉のごとき速さでマリアンヌちゃんが飛び出してきた。
 咄嗟に避ける・・。
 するとマリアンヌちゃんは何を思ったか、デスクの上に飛び乗り、その上に置かれていた大量の書類を床に落とし始めた。
 デスクに乗ったから偶然落ちてしまったのではない・・これは絶対に悪意がある!そうとしか言い切れないような落ち方だった。
 「ちょっ・・。」
 悠姫が捕まえようとすると、その手の中をするりと抜けて別の机に飛び移り・・上に乗っていたコップを床に落とした。
 硝子が大きな音を立てて床に散らばり、その上に再び書類が積み重なる・・。
 「〜〜〜〜ちょっ〜〜っ!!!」
 いい加減本気になって捕まえよとしたその時・・風間探偵事務所の扉が開かれた。
 「お邪魔し・・。」
 「あ〜っ!!!!」
 開いた扉から、飛び出そうとするマリアンヌちゃんを、入ってきた少女が抱きとめる。
 「あぁっ!ちょっとそのまま抱いてて!!」
 少女がをぎゅっと抱いた。
 ・・随分大人しいではないか。
 マリアンヌちゃんは少女の手の中で心地よさそうに眠っている。
 悠姫は少女を見つめた。長い黒髪、細身の身体・・。
 「・・って、操じゃない。あ〜、なんだ良かった・・。」
 彼女の名前は水上 操。
 神社の巫女さんをしている。
 「悠姫さん。」
 悠姫は操の手の中にいる猫を手早くつかむと、赤いゲージの中に入れた。
 猫が抗議の声を上げ、ガジガジとゲージを噛みまくる。
 「あ〜良かった。あの猫、なかなか大人しくならなくって・・おかげで事務所がめちゃめちゃ。」
 悠姫はため息混じりにそう言うと、部屋の中を指差した。
 机の上のものは床に落ち、棚の中のものは雪崩のようになりながら何とか床に落ちないギリギリのバランスを取っている。
 植木鉢はひっくり返り、グラスは割れているものもある。
 「・・もしかして・・もしかしなくても、忙しい・・?」
 「いや、今ので一応来てた依頼は終わったけど・・なにかあるの?」
 ピンと、悠姫のセンサーが動いた。
 操がこう持ちかけてくる時は・・“なにかがある時”
 操はそれを確認すると、持っていたバッグから一枚の紙を差し出した。
 それは掲示板のコピーだった。その下には刑部 志保と言う少女の新聞記事が記載されている。
 「ヴァンパイアね・・。いいわ、あそこに・・・。」
 悠姫の動きが止まる。
 “あそこに座って話しましょう”と続くはずの言葉は飲み込まれた。
 なにせこの現状だ。
 “あそこに”と言われた所で、一体“どこに”座って話したら良いのか分からない。
 「・・外に行って話しましょうか・・。」
 悠姫が苦笑いをしながら操にそうきいた。
 「・・そうね・・。」
 操がそれに頷く。
 2人はそっと風間探偵事務所から姿を消した。
 そう・・次にここに入る時は綺麗になっている事を祈って・・。


■情報収集は感情を含む

 操と悠姫は近くのファミレスで腰を落ち着かせた。
 少々声の高いウェイトレスが持ってきた紅茶を飲む。
 「ヴァンパイアね・・。私も新聞読んでたから知ってたけど、犠牲者が出てるのまでは知らなかったわ・・。」
 「今朝の新聞と・・昨日の夕刊にも小さく載ってたわよ?」
 「・・あの猫のせいで忙しかったのよ。色々と・・。」
 悠姫の顔が苦々しく歪む。
 思い出しただけでも・・苦々しい・・。
 「そうね・・まずは被害者の所に行って聞き込み・・情報収集をしましょうか。」
 「刑部志保さんの所に・・?」
 「そうね、それが良いでしょうね。確か新聞に搬送された病院の名前が載ってたわよね。」
 「えぇ。」
 「それじゃ、まずは病院から行きましょう。」
 悠姫はそう言うと、紅茶をくっと飲み干した。
 操も慌てて紅茶を飲み干す・・。


 操と悠姫は、少女が搬送されたと言う病院まで来ていた。
 不思議と報道陣などは来ていない。・・きっと、病院側から追い払われたのだろう。
 2人はツカツカと病院内を歩くと、ナースステーションの前で足を止めた。
 「すみません、昨夜亡くなった刑部志保さんについて調べているのですが・・。」
 「・・貴方達、なんですか?」
 「私、こう言う者です。」
 悠姫が、すっと名刺を取り出した。
 そこには“OO保険会社調査員”と書かれている。
 この間、諸事情で作ったものだ。
 「あぁ、保険会社の人ね。さ、こちらへどうぞ。」
 看護婦はそう言うと、すっと奥の部屋に案内した。
 胸元で光っているネームプレートには“郷田”と書かれていた。
 奥の部屋には革張りのソファーが置いてあり、壁には数点の絵がかけられている。
 30代半ばかそのくらいの看護婦は、2人の前に湯気の立ったティーカップを置くと目の前のソファーにドサリと腰を下ろした。
 ソファーが軋み、軽い抗議の声を上げる・・・。
 「それで、志保ちゃんの何を聞きたいんです?」
 「失礼ですが・・刑部さんとの面識がおありなのですか?」
 「志保ちゃんは、小さい頃からうちの病院に入院してたのよ。」
 「刑部さんは、なにか持病を持っていたのですか?」
 「志保ちゃんはねぇ、心臓が悪かったのよ。産まれた時から20までは持たないって言われてたのよね。頻繁に発作を繰り返して何度もうちの病院に急患で搬送されてきたわ。」
 郷田の視線がどこか遠くを見つめる。
 それほど昔ではない過去を思い出しているのだ・・。
 「凄く可愛い子でね、いつもニコニコ笑ってて。看護婦達からも先生達からも好かれていたわ。明るくって・・。それがこんな事になるなんて・・。」
 自嘲気味な笑い声を漏らす。
 2人はそっと目をあわすと小さく頷いた。
 「志保ちゃんね、やっと心臓移植の受け入れ先が決まったのよ。アメリカで・・移植手術をしてくれる所が見つかって、型が合う心臓が見つかって・・。」
 手術をすれば、命のリミットを延ばせるかもしれなかった。
 拒否反応さえ出なければ・・20と言われた寿命がその倍以上になるかも知れなかった。
 けれど現実は残酷だった。
 20までと言わず・・たった17の若さでこの世から連れて行かれた・・。
 他人の手によって・・。
 「そうだ・・今日、志保ちゃんのご両親がここに来るの。良かったら会って行きません?」
 郷田の誘いに、2人はは少しだけ躊躇した後にその首を縦に振った。
 「えぇ、ぜひ・・。」

 2人が連れてこられたのは小さな小部屋だった。
 中では一人の女性が俯き加減に座っている・・。
 「刑部志保さんの・・親族の方ですか?」
 悠姫は優しい声で、なるべく問いかけるように聞いた。
 「志保の・・母です。」
 俯きながら名乗った女性は、新聞で見た少女の顔と似ていた。
 目がはれている・・。
 悠姫は先ほどの看護婦が出て行ったのを確認した後で、そっと胸元から名刺を取り出した。
 「私、こう言う者です。」
 そこには“風間探偵事務所 所長”の文字・・。
 先ほどの看護婦が案内しただけで何も言わなかったのが幸いした。
 もし志保が保険に入っていなかったとしたら・・。
 「探偵の方ですか・・。志保の母の、静香と申します。それで、どうして探偵の方が・・?」
 「警察に頼まれたのです。こう言う特殊な捜査は我々の方が得意ですから。」
 悠姫がニコッと穏やかな笑みを浮かべる。
 操もソレに続いて少しだけ微笑む。
 「そうなんですか・・。どうか志保を襲った犯人を捕まえてください。あの子、やっと心臓が・・。」
 静香の瞳から、ポロリと涙が零れ落ちた。
 やっと長年娘の体を蝕み続けていた病魔から・・娘を解放できると思った矢先の残酷なヴァンパイア。
 どれほどまでに彼女はヴァンパイアを憎むのだろう。
 搾り出すような、小さな嗚咽が漏れ聞こえる。
 操が何かを言いかけようとした時、開いたままだったドアから一人の少女が走ってくると、2人の前に立ちふさがった。
 「ママをいじめないで!メっ!!」
 通せんぼをするように、両手を広げて母親を守るように立つ。
 6歳か7歳か・・そのくらいだろう。
 頭の高い位置で髪を2つに縛っている。
 「汐(しお)ちゃん・・違うのよ、お姉さん達はね・・お姉ちゃんを連れて行っちゃった悪い人を捕まえてくれる人よ。」
 静香の言葉に、汐の顔が輝いた。
 今までの攻撃的な表情とは違い、晴れやかな・・キラキラと輝く瞳で2人を見上げる。
 「お姉ちゃん達、お姉ちゃんのカタキを取ってくれるの?」
 その言葉に、2人は困惑したような笑顔を浮かべてしゃがんだ。
 汐と視線を合わせる。
 「お姉ちゃんね、遠い所に連れて行かれちゃったんだって言うの。それでね、正義の見方がお姉ちゃんを助け出してくれるんだって!だから・・お姉ちゃん達は正義の味方なの?」
 この子は・・お姉ちゃんの死を理解していないのだ・・。
 お姉ちゃんは悪い人にどこかに連れて行かれてしまい・・正義の味方がお姉ちゃんを助け出してくれるのを待っている・・。
 少女の“夢”を壊さないためにも頷こうかと思った。
 正義の味方と言ってしまえば、少女は2人を賛美し、慕い、きっと帰ってくるであろうお姉ちゃんを待って過ごすのだろう。
 “死”を理解するその時まで・・。
 けれど、ソレを理解した時・・少女には一体何が残るのだ・・?
 「私達は・・正義の味方じゃないわ。でも、お姉ちゃんを連れて行った人は必ず見つけるから・・。」
 操が優しい声で汐に言った。
 汐は少しだけ首をひねって考え込んでいたが、直ぐに明るい笑顔を取り戻すと言った。
 「それでも、お姉ちゃん達は良い人なんでしょう!?だからね、汐・・コレあげる!」
 肩から斜めに提げた赤いポシェットを開くと、中から小さな飴玉を取り出した。
 小さな手に2つだけ掴むと、2人の手に握らせた。
 淡いブルーをした丸い飴玉・・ソーダ味のものだろうか・・?
 「いつもね、汐が良い子にしてるとお姉ちゃんがソレくれるの!これはね、お姉ちゃんが帰ってこなくても汐、泣かなかったからって、ママがくれたの。」
 「そう・・。」
 手に握った飴玉を見つめた。
 蛍光灯の光を反射して、キラキラと七色に光る・・。
 「だからね、お姉ちゃん達は良い人だから、汐があげるの!絶対、お姉ちゃんを連れて帰ってきてね!」
 汐が邪気のない表情で笑う。
 純粋すぎる子供は綺麗で、可愛らしく・・そして残酷だ。
 悠姫は汐の頭を撫ぜると、立ち上がった。
 「汐、パパの所に行ってなさい。ママ、少しお姉さん達と話があるから。」
 「は〜い!お姉ちゃん達、頑張ってね!」
 大きく手を振りながら、汐は病院の奥に駆け出して行った・・。
 その後姿を見送った後、静香がゆっくりと2人と向かい合った。
 「志保は、亡くなった時薄いブルーのワンピースにコートと言ういでたちでした。心臓の発作が段々と和らいできていた時で・・。」
 静香がひとりでに話し出す。
 それは、幾度となく警察の取り調べて聞かれた事なのだろう。
 まるで暗唱するかのように声は抑揚に欠き、視線は宙を行ったり来たりしている。
 「志保は昔から友達の家でお泊り会をしたいと言っていたんです。友達と一日中一緒にいて、わいわい騒ぐ・・けれど志保の身体では無理で・・。最近は調子も良かったし、移植手術をする前にここで思い出を作らせてあげたいと思い・・。」
 友達とのパジャマパーティーを承諾した。
 渡米してしまえば、いつ帰ってこられるか分らない。
 新しい心臓が拒否反応を起こさないとも限らない・・だから・・。
 「夜中、友達と一緒にお菓子を買いに外に出たんです。11時少し過ぎ・・コンビニで買い物をして、志保が外で待ってると言った後・・外に出てみると誰もいなく・・。」
 翌朝、志保は極度の貧血状態で見つかり・・手術途中に発作を起こして帰らぬ人となった。
 ・・いくらでも止める要素はあった。
 静香は友達の家に行く志保を止められた。
 夜中にお菓子を買いに行くのを止めれば、事件は起きなかった。
 先に志保一人で外に出ていなければ・・。
 全てが、遅い事。
 こうなってしまわなければ気がつかない、過去の些細な出来事の一端に過ぎないのだ。
 少しだけ唇を噛むと、真っ直ぐに静香を見た。
 「ありがとうございました。」
 そう言って、深々と頭を下げた。
 踵を返して去って行こうとする2人の背中に、静香が声をかけた。
 「探偵さん、これを・・。」
 持っていた小さい黒のバッグから手帳を取り出すと何かを書き付けて破った。
 それを悠姫に手渡す。
 そこには電話番号と住所が書かれていた。
 “新北 有紀(あらきた ゆき)”
 「あの日、志保と一緒にいた子のうちの一人です。その子の家で・・パジャマパーティーを・・。」
 「そうですか・・ご協力感謝します。」
 それを受け取ると、病院から出た。
 「次はこの子の所・・かな・・?」
 「そうね、そこで場所を聞いてみましょう。」
 2人は静香から受け取ったメモを頼りに、新北 有紀のもとを訪れた。


 「・・それで、あたしに話って何ですか・・?」
 茶髪で、右の耳にだけ小さなピアスをしている。今時の女子高生らしい女の子。
 その瞳は警戒心を含んでいた。
 「私達、こう言う者ですけれども・・。」
 悠姫がニッコリと微笑みながら有紀に名刺を差し出す。
 「探偵さん・・??それが志保の事件とどう関係があるんですか?」
 「少しね、その時の場所とか様子とかを教えて欲しいな・・と思って。」
 「・・別に、良いですけど。」
 有紀はそう言うと、立ち上がり机の上から大きな地図を持って来た。
 東京都の地図だ・・。
 「あたしの家がココです。コンビにはココです・・それで・・ココが志保が見つかった場所。」
 次々と指す場所は、それほど遠くない。
 本当にこの近辺で起こった事なのだ・・。
 「あの、他の事件が何処で起こったとかって、分ります?」
 「・・全部は覚えてないけど・・確か、ココとココと・・。」
 点々と指差す場所は、小さな円内で起こっている。
 その円の真ん中にあるものは・・小さな空き地だ。
 「ココの空き地って、何かあるんですか?」
 「何もないですよ。あたしが産まれる前から空き地でしたし。」
 「そうですか・・。」
 でも、もっと昔に何かあった場所なのかもしれない・・。
 「ありがとう。それで、事件の時の事なんだけど・・。」
 「警察にも言いましたけど、あたし達は見てないんです。コンビニの外に出たら志保の姿もなくって・・。」
 2人は視線を合わせた。
 この子は、なにか知っている・・。
 「そう、ゴメンナサイね、事件の事を穿り返しているようで・・。」
 悠姫はニッコリと微笑むと、有紀の瞳をじっと見つめた。
 次第に有紀の瞳がボンヤリと色を滲ます・・。
 催眠術の一種だ。こんな事は造作もない・・。
 悠姫は操と視線を合わせると、小さく頷いた。
 彼女は“志保の姿も”と言った。
 『も』と言う事は、他にも誰かの姿があったと言う事になる・・。
 「有紀さん、話してもらえるかな?」
 悠姫の柔らかに響く声に、有紀は頷くとゆっくりとした口調で話し始めた。
 「あの日、外で待ってた志保の隣に、男の人がいたんです・・。硝子越しに見るその人はカッコ良くって、志保の友達かと思って声をかけようと外に出たら・・いなかったんです。」
 それがヴァンパイアなのだろうか・・??
 もう、このくらいで良いか・・。
 悠姫はそう思うと、パチリと指を鳴らした。
 有紀の瞳に色が宿り、さも不思議そうに2人を見つめた。
 「あれ・・あたし・・。」
 「どうも、ご協力ありがとう御座いました。」
 操と悠姫は丁寧にお辞儀をすると、その場を後にして有紀と志保が向かったと言うコンビニに足を運んだ。

 
 コンビニが近づいて来た時、操がピタリと止まった。
 眉根を寄せてじっくりとその場を観察する。
 「ここ・・ね・・。」
 「何か感じるの?」
 「えぇ。」
 操はそれっきり口を閉ざした。
 夕方近くになった町並みが、オレンジに染まる。
 町の雑踏も、夜になれば和らいでくるのだろうか・・?
 「今日、ココに・・。」
 操がポツリと漏らす。
 それが思わず零れた言葉なのか、わざと小さく言った言葉なのかは分らなかった。
 「分ったわ・・。」
 悠姫は頷くと、すっと視線を上げた・・・。


□渇きと永遠
  
 夜の10時過ぎ・・。
 2人はコンビに近くの路地に立っていた。
 辺りは漆黒の闇に落ち、人影もまばらだ。
 風が鋭い刃のように身体を通り抜ける。
 「それじゃぁ、私が囮になるから。」
 悠姫はそう言うと、ニッコリと微笑んだ。
 「気をつけて・・。」
 操の言葉に頷くと、悠姫はその場から離れた。
 人影のまばらなこの場所は、昼間来た時とは表情を変えていた。
 孤独な町並み。
 冷たい空気が町を凛と孤立させる。
 ・・寒い。
 悠姫は一つだけ息を吐いた。その息が白い。
 身体を切り裂くように冷たい風を受け、目を瞑った時・・悠姫の脳裏に赤い瞳が輝いた。
 ヴァンパイアの瞳だ。
 人々を魅了する、赤の瞳・・。
 しかし悠姫にそんなものは通じなかった。普通の人間とは違う魔力の高さ・・。
 瞳を跳ね返す・・そして、視界の端に路地を曲がるヴァンパイアの姿が映った。
 「・・やっとご対面ね・。」
 悠姫はそう呟くと、ヴァンパイアの後を追った。
 いくつもの路地を曲がり、走る・・途中で悠姫は空気が変わった事を感じた。
 ヴァンパイアの気配が濃くなる・・。
 いくつめかの路地を曲がった時、ソレは悠姫の前に姿を現した。
 「あ・・。」
 小さく驚きの声が漏れる。
 突如目の前に現れたのは七色に輝くネオン・・。
 “Bar Heaven”の文字。
 ここが、被害者達が連れてこられたと言うバー・・?
 悠姫はすっと持って来た銃に手をかけた。
 ヴァンパイアは2人だ・・引き金に指をかけ、少しでも動いたのならば撃てる体制を作る。
 ・・ピクリと、右のヴァンパイアが動いた。
 来る・・!
 悠姫は指に力を入れると、引き金を引いた。
 乾いた音が響き渡り、手に僅かな振動を感じる。
 駆け出してくるヴァンパイアに銀の銃弾を浴びせる悠姫の視界に、前鬼後鬼を構えた操の姿が映る。
 スピードを落とさずに、ヴァンパイアに突っ込んで行く。
 斜めに前鬼を引き、すかさず後鬼を突き刺す。
 「悠姫さん、大丈夫・・?」
 「全然平気よ。それよりも・・。」
 悠姫がもう1人のヴァンパイアに向かって引き金を引く。
 乾いた音と共に、ヴァンパイアが後方に吹き飛ばされる・・。
 悠姫は感じていた・・“ある事”に・・。
 「大変な事になったわ・・。」
 操がピクリと反応する。
 操と悠姫の背中がぶつかり合う。
 バーの中からはもちろんの事、四方八方の路地からゆっくりとヴァンパイアが姿を現す・・。
 「でも、逆を言えばココを抑えておけば当分ヴァンパイアの話は出ないかもよ・・?」
 操が小さく呟く・・。
 「悠姫さん。」
 「・・行くわよ。」
 悠姫の合図で、2人は反対方向に飛び出した。
 銃を構え、走り寄ってくるヴァンパイアを後方に飛ばす。
 右から走ってきたヴァンパイアを縮め爪で真横に切り裂き、反対から走ってくるヴァンパイアに銃を構える。
 乾いた音と、水分を含んだ音。
 真正面から迫るヴァンパイアを上に避け、着地ざまに銃を撃つ。
 左右から来るヴァンパイアには縮め爪で応戦する・・。
 こんなのは何の事はない。
 踊るように縮め爪を左右に振り、遠くで起き上がろうとするヴァンパイアを銃で撃つ。
 こんな事よりも大変な事はいくらでもあった。
 そう・・例えば“マリアンヌちゃん”とか・・。
 悠姫はふっと微笑むと、左手でヴァンパイアを切り裂き、右手で銃を撃った。
 乾いた音を最後に、ヴァンパイア達は地に伏せた。
 ・・それでも・・生きているヴァンパイア達・・。
 「・・これをどうするかが問題ね・・。」
 「私に任せて。」
 操の呟きに、悠姫が微笑む。
 悠姫が目を閉じ、思い描く・・。
 心の奥底にある長い回廊を、そこから繰り出される無限の鎖の刃・・。
 固有結界“鎖刃回廊”・・。
 悠姫はゆっくりと目を開けた。
 見えない刃達が地に横たわるヴァンパイアに襲い掛かる・・。
 長く尾を引く断末魔の声・・それがやがて塵へと変わり・・風に吹かれ去った。
 そしてあの七色に輝いていたバーも崩れ、風と共に舞い去った。
 「ゴクロー様★」
 明るい声と共に、路地から一人のヴァンパイアが姿を現した。
 その顔は晴れやかだ。
 悠姫は感じた。彼女の“血”を・・。
 「あなた・・。」
 「アイツラさ、元は人だったんだよ。ヴァンパイアにされて・・血の味を覚えて・・。もう、ああなっちゃうと手遅れなんだよね。」
 「あなたも・・ヴァンパイアなんでしょう?」
 「そう。だげど、アタシはハーフだし。それに・・もう血の潤いはいらないから。渇きはないから。」
 言い切った彼女の表情はどこか晴れやかだった。
 冷たい風が吹きすさぶ。
 彼女の髪を揺らし、通り過ぎていく。
 「アタシは気が遠くなるくらい昔に、同族の血を飲んで・・殺した。以来アタシに渇きはないの。あるのは、罪と言う名の永遠の命。」
 「それは・・。」
 言いかけた言葉を押しとどめるかの用に、目の前で彼女は切なそうに微笑むと、小さく手を振った。
 一瞬の、突風・・目を開けた。
 そこはあの路地だった。
 バーもヴァンパイアもいない・・人影のまばらな路地・・。
 「これで・・終わったのかな・・?」
 「そうね・・。」
 悠姫の呟きに、操が頷く。
 多分・・明日からはヴァンパイアの噂は流れない。
 この辺りのヴァンパイアは全て塵に返したから・・。
 「さぁて、明日も仕事があるのよね〜。」
 「あの事務所、綺麗になってると良いですね。」
 「そーね。誰か綺麗にしてくれてれば良いけど。」
 「もし綺麗じゃなかったら・・。」
 「帰って直ぐに掃除ね。依頼人が明日は来るし。」
 悠姫が深いため息をつく。
 人影のまばらな路地をじっと見つめる・・。
 そこにもうヴァンパイアの気配はなかった。
  
 
■エピローグ

 操と別れて事務所に帰る・・その扉を祈るように開いた。
 綺麗に片付けられた室内。誰かが片付けてくれたのだ。
 悠姫はほっと微笑むと、椅子に座り込んだ。なんだかとても疲れた・・でも、明日も依頼人は来る・・。
 ふっとデスクに向けた視線が一枚の紙の上で止まる。
 メモ・・だろうか・・?
 悠姫は何気なくそれを取ると、繊細な文字で書かれた文字に目を通した。

 『部屋は綺麗に片付けましたので、所長はマリアンヌちゃんを明日“一人で”よろしくお願いします。』

 マリアンヌちゃん・・?今日捕獲したばかりではないか・・。

 『追伸:また逃げました。』

 「・・・えぇぇぇ〜〜〜!!!!??」
 



 あれ以来、巷で噂のヴァンパイアは姿を消した。
 あれで終わったのだろうか・・?
 悠姫の脳裏にふと、汐の顔が浮かんだ。
 あの子はまだ、姉の帰宅を心待ちにしているのだろうか・・?
 考えても・・分かりはしない事・・。
 悠姫はふっと息を吐き出すと、ブニャブヤと叫び声を上げるダンボール箱を見つめた。
 今度はキッチリと飛び出さないようにしているから大丈夫だ。
 悠姫は勝ち誇った顔を段ボール箱に向けると、ソファーに身体を預けた。
 その時、ゆっくりと風間探偵事務所の扉が開いた。
 そこから現れる・・黒髪で細身の少女・・。
 「操・・??」
 「悠姫さん、今忙しい・・?」
 「・・さ、こっちへどうぞ。」
 悠姫の導きに従って、操が前のソファーに腰を下ろす。
 操が持っていたバッグから白い紙を一枚取り出した。
 ・・どうやらメールのコピーのようだった。
 文面に目を滑らす・・。

 件名『フランケンシュタイン』

 東京の下町にフランケンシュタインが出たんだって。
 なんでも、すっごい大男らしくって、夜中に人を追い掛け回すって噂。
 目撃者はみんな凄い青ざめてるらしいよ。
 女の人も男の人も目撃証言が出てるんだけど・・・その目撃者たちがまた大きい人達ばかりなんだって。
 被害らしい被害はないらしいんだけど・・。みんなちょっと息が切れて夜中外を出歩くのが怖くなるくらいみたい。
 あたしのリサーチによると、夜中の9時から1時までの間が多いらしいよ。
 目撃者はこれと言って接点はないんだけど、みんな大きい人ばっかりで185〜192の人までいるって話。
 段々目撃者の数が多くなってきてるんだって。
 大きな事件にならないうちに調査して欲しいんだけど・・。


 「・・・今度はフランケンシュタインか・・。」
 悠姫はそう呟くと、小さく微笑んだ。
 「害はあまりなさそうだけど・・少し調べてみようかと思って・・。」
 「そうね・・でも、あの時のヴァンパイアみたいになるのだけは嫌ね。」
 悠姫はあの日の事を思い出していた。路地から現れる、大量のヴァンパイア・・。
 それをフランケンシュタインに置き換えてみる・・。
 フランケンシュタインがウヨウヨ・・。
 悠姫は少しだけ顔をしかめた。
 あの時はヴァンパイアだったから何とか平気だったが・・フランケンシュタインがいっぱい・・考えたくもない。
 「悪夢ね。」
 「そうね・・。」
 悠姫はふっと笑った。
 「それじゃぁ、行きましょうか。」
 悠姫の言葉に、操が頷いた・・。
 2人で風間探偵事務所を後にする・・。

     〈END〉




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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  3461/水上 操/女性/18歳/神社の巫女さん兼退魔師

  3243/風間 悠姫/女性/25歳/ヴァンパイアハーフの私立探偵

 *受注順になっております。

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 ■         ライター通信          ■
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 この度は“血の潤い”にご参加いただきありがとう御座いました。
 ライターの宮瀬です。
 この作品自体は全部で6名様がご参加なさっていますが・・その全てがちょこちょこ違っております。
 流れは皆様同じ、オープニング→情報収集は感情を含む→渇きと永遠→エピローグです。
 大まかに分けて病院に行くグループと行かないグループがあり、そのため全て文章の長さが変わっております。
 ご了承くださいませ。


 風間 悠姫様

 初めまして、この度はご参加ありがとう御座います。
 操様とペア・・と言うことでしたので、プレイングも含め、このような内容にさせていただきましたが如何でしょうか?
 風間探偵事務所でのマリアンヌちゃん騒動を楽しく書かせていただきました。
 お気に召されれば嬉しく思います。

 それでは、またどこかでお逢いした時はよろしくお願いいたします。