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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


秋篠神社奇譚 〜緋色の玉 後編〜

●情報公開
 事件のあった翌日の晩、朝からどこかへ出かけていた冬月司(ふゆつき・つかさ)は文月堂に戻ってきていた。
「今日一日僕は僕なりに今回の事を調べなおしてみたんですが……。」
 司が皆の前に出してきた一束の書類。
 それは司が、移動中に集めた情報をまとめて打ち出したものだった。
 そこに書いてあったのは件の謎の人物が盗み出した、腕輪についての事であった。
 その場にいた面々は一通りその資料に目を通し、昨日までの事を情報交換しあう。
「とりあえず、紗霧ちゃんがこのままだと目を覚まさない、というのは確かだと僕は思う。その資料にもある通り、あのクリスタルは人の魂を吸い取るみたいだからね、なんで紅く染まったのかは……。」
 そこまで言って司は言い難そうに言葉を濁す。
 司は言いかけた『それは彼女の生まれの問題だろう』という言葉を飲み込んだ。
「それじゃ、この人物は腕輪に封じられた『封じられしモノ』の開放する為に力の根源である魂の力を集めてる、ということで間違いなさそうですね。」
 読んでいた資料をテーブルに置いて、衣蒼未刀(いそう・みたち)が結論をつける。
「……それなんだがな、なんでそいつがそんな事をしているのか僕にはまだわからなくてね。」
「あくまで僕の予想なんですが、その腕輪に操られてるんじゃないかと思います。」
「なるほど、確かにそれだったら辻褄があうか、とするとそいつを、ではなく腕輪を何とかしないとダメそうですね。」
「それは僕もそう思います、倒すのではなく再封印することが必要だと。」
 司と未刀は自分達の今までの知識や経験から、これからの方針を固める。
「どっちにしても、囚われた人の心を何とかしてあげないと……。」
「そうだな、っとまずは紗霧ちゃんの様子でも見に行って来ようか?隆美もずっとつきっきりで心配だしね。」
 司はそう言うと立ち上がり、紗霧を寝かせてある奥の部屋へ行く為に文月堂の店から奥へと下がっていった。
 その様子を見送りながら未刀は一人何かを考えていた。

●決意
「どうだ?紗霧ちゃんの様子は?」
 そう言ってこんこんと眠り続ける佐伯紗霧(さえき・さぎり)のことを横で見守る女性に声を掛ける。
 その声を今にも存在が消えてしまうのではないかといった様子で紗霧の隣に座っている女性、佐伯隆美(さえき・たかみ)は司の言葉にびくっと反応する。
 ゆっくりと声のした方に振り返る隆美のどこか焦点のあってない視線の先には司がゆっくりと歩いてきていた。
「……あ、司さん来てたんだ……。」
「大丈夫?隆美の方こそ大丈夫?今にも倒れそうだよ?」
 司の言う通り、隆美にいつもの元気さはなく、かなり落ち込んでいる様子が見て取れた。
「まぁとにかく現状どうなってるのか判ってる事を説明するよ、こっちに来てくれるか?」
「え……?でも……。」
 横になっている紗霧の事が気になるのか隆美は一瞬躊躇する。
「大丈夫だって、何か異常があれば気配で判るだろうし、心配しないでも平気だって。」
 司がやさしく隆美に微笑み掛け、隆美の手を取って立ち上がらせる。
 隆美は小さい頃から見慣れているその微笑にほっとしたものを感じてその手を取りゆっくりと立ち上がる。
 隆美の手を掴んだまま司は隆美と一緒に店のほうに戻る。
 そしてそこで今まで判った事を隆美に説明をする。
「つまり、紗霧はクリスタルに魂を囚われてしまっている、そういう事?」
「まぁ、そういう事です、とりあえずその腕輪を持ってる人間を見つけないことには進展しないのだけど……。」
 困った様に司がそう言うと今まで黙っていた未刀が横から口を挟む。
「一つ手が無い訳ではないです。」
 未刀は言い難そうにそう切り出すと隆美を見つめる。
「誰かが……誰かがおびき出す為の囮になってくれれば……。」
 未刀のその言葉にその場は静まり返る。
 しばらくして隆美が決意をしたような声で、ゆっくりと答える。
「その囮……、私がやるわ。紗霧を助けられるのなら何だって……。」
 隆美の言葉に司が小さく吐息をもらす。
「やっぱりな隆美の事だからそう言うと思ったよ。予想通りと言うかなんというか……。」
「でも……私……。」
「判ってるって、多分そういう手段しか今の所取れる手段はないだろうしね。」
 そこまで言うと司は未刀の方を見ながら真剣な声で問う。
「君に隆美のことを任せてもかまわないかな?僕は少し保険をかけてこようと思ってる、その為に直接はその場にいられないと思う……、頼めるかな『衣蒼』未刀君?」
 司は今まで呼んでいなかったフルネームで未刀の名前を呼ぶ。
 その司の言葉に未刀は頷いて答える。
「僕でできる事なら、できる限りの事はしたいと思う。」
 未刀のその言葉に司は満足そうに頷くとゆっくりと立ち上がる。
「それじゃ僕はこれからちょっとまた出かけてくる。何かあったら携帯の方に連絡をくれるとうれしい。それから君がいてくれて本当に助かったよ未刀君、隆美と紗霧ちゃんのことよろしく頼むね。」
 そう言って司はゆっくり文月堂を出て行った。

●励まし
 文月堂に残された二人は決行する日を決める。
 それはその日の晩、すぐであった。
「とりあえず、その腕輪の人物を捕まえるかして腕輪を封印ないし何なりをしてしまわないとね。大丈夫きっと上手くいくよ。」
 未刀がそう隆美の事を励ます。
「うん……私も頑張らないとね、あの子の為にも。」
 紗霧が寝ている部屋の方を向いて、隆美が自分に言い聞かせるように未刀に答える。
「それじゃ今晩に備えて隆美さんも少し寝てきた方が良いですよ。今のままじゃ何かをする前にあなたの方が倒れてしまう。」
「でも……。」
「大丈夫、俺を信じてください、あなたが寝ている間くらい俺一人でも大丈夫ですから。」
 その未刀の言葉にすっと肩の力が抜けたのか隆美はゆっくりと立ち上がる。
「ごめんなさい、そうさせてもらうわね…。」
 隆美はそう言うとゆっくりと店の奥へと下がっていく。
 その途中で、隆美は一旦止まり未刀に問いかける。
「ねぇ?未刀君は成功すると思う?紗霧は無事に戻ってこれると思う?」
 隆美のどこか不安そうなその質問に未刀は一呼吸おいてから答える。
「大丈夫、きっと成功しますよ。その為にも隆美さんには頑張って貰わないと、ここが正念場ですから。
「ええ、そうよね……。私が頑張らないと。」
 隆美はどこかまだおぼつかない足取りで奥に消えていく、その様子を見て未刀は思わず呟く。
「今晩が正念場、か……。その通りだな」



●情報
 やや日も翳りはじめ、夕暮れ時になった頃、モーリス・ラジアルは文月堂の前に来ていた。
 そして何気なく店の入り口をくぐったモーリスだったが、見た目は普段と変わらぬが、なぜかどこか依然来たときとは違うどこか重苦しい雰囲気に少しモーリスは戸惑う。
「あの、隆美さん……いらっしゃいますか?」
 どこか遠慮がちにモーリスが声をかけると店の奥から綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)が顔を出す。
「あら、モーリスじゃないどうしたの?」
「汐耶さんこそどうしたんですか?私は近くを通りかかったので隆美さん達に会いに来たんですけど……。」
 店のしんと静まり返った空気同様、いつもと違う雰囲気を持った汐耶の態度にモーリスは再び戸惑う。
「どうしたって言われても、ちょっと一口には説明できないわね……。」
 汐耶はそう言って顎に手を当ててそっと考え込む。
 しばらく考えた後、何かを決めたようにモーリスに話しかける。
「あなたなら信用できるわよね。ちょっと来てもらえる?」
「……あ……は、はい。」
 思わずその場の空気に推される様に普段のモーリスからはあまり考えられない様な、戸惑ったような返事で汐耶の言葉に頷くと、汐耶に続いて店の奥に入っていった。
 モーリスにとって初めて入る文月堂の店の奥であったが、そんな事を考える前に寝かされて深い眠りについている様に見える紗霧と、その横で青ざめた顔でその紗霧を見ている隆美の姿に言葉を失う。
「あの……一体何があったのですか?」
 モーリスがその場にいる人間に問うと隠岐智恵美(おき・ちえみ)が口を開く。
「モーリスさんもいらっしゃったのですね。実は……。」
 そう言って智恵美がゆっくりとモーリスに事情を話し始める。
 そして一通り事情を聞き終わると、部屋の隅に座っていた衣蒼未刀(いそう・みたち)の方にモーリスはゆっくりと歩き出す。
「未刀君というのは君の事だよね?汐耶さん経由で君の事は話には聞いたことがある……。その場にいたのなら何でもっと早く紗霧ちゃんがこうなる前に何とかしてやれなかったんだ?君には力があるんだろ?」
「俺だって最善の事はしたよ。だがこうなってしまったんだ、仕方ないじゃないか。その場にいなかったあなたに何がわかるんだ?それよりもこれからどうするかの方が問題じゃないのか?」
 普段は柔和なモーリスからはあまり考えられないような様子で、思わず飛び掛ろうかとでも言うような様子で未刀をモーリスは問い詰める。
 その様子を見てあわてて結城二三矢(ゆうき・ふみや)と宮小路皇騎(みやこうじ・こうき)が二人の間に割って入る。
「二人とも、ここで問題を起こしてどうしますか。モーリスさんも気持ちはわからないでもないですが、未刀君の言うことの方が今は正しいと思いますよ。」
 仲裁に入った皇騎がそう言ってモーリスを落ち着かせようとする。
「そうね、皇騎君のいうとおりよ。あなたがこの二人を心配案尾はよく判るわ。それは私たち皆一緒の気持ちなんだから、いつもの貴方らしく落ち着きなさい。」
 らしくないモーリスに汐耶がそっと背中をたたく。
「確かに私らしくありませんでしたね……。二人がこんな目にあってるのに知りもせずにいた自分につい腹をたててそれを貴方達にぶつけてしまったようです……、申し訳ない事をしました。」
 モーリスはそう言うと一通大きく深呼吸をすると台所の方から、お盆にお茶を載せて戻って来た鹿沼デルフェス(かぬま・−)が戻って来た。
「あら、何かすごい声がしたと思ったらモーリスさんが来ていたのですか……。」
 デルフェスはこんな時でもどこか自分のペースを崩さずに落ち着いているように見えた。
「ええ、デルフェスさんもお久しぶりです。私の知らない間に大変な事になっていたので驚きましたよ。」
 モーリスが戻ってきたデルフェスにそう挨拶をする。
「それじゃデルフェスさんも戻ってきた所でこれからどうするか、どう人を配置するかなどを考えましょうか。」
 そう汐耶が皆を促した。

●勇気
 皆が作戦を考えている頃、智恵美は隆美の傍らにいてずっと力づけていた。
 安心させるように隆美の手をやさしく握り締めながらずっとその傍らにいてあげる。
「みんながこんなに協力してくれるんだもの、大丈夫よ。貴方まで倒れてしまったら大変でしょう?紗霧ちゃんもそれは望んでないと思うわよ。」
 智恵美はゆっくりと隆美が落ち着くように母親が娘を宥めるかのようにそう話す。
「ええ、判っています。だから……私がしっかりしないと……。」
 そう言ってぎゅっと手を握り締める隆美に気がつくと智恵美はもう片方の手で隆美の肩を抱く。
「私は紗霧さんのことも心配ですからここに残ろうと思いますわ。」
「智恵美さんが残ってくださるのなら、私はもう一度腕輪について調べてみようと思います。」
 隆美には同行しない汐耶と智恵美が自分達がどうするかを皆に話す。
「それじゃ俺達はどうする?」
 未刀が他の面々に問うと皇騎がそれに答える。
「私に少し考えがある、未刀君と私が先に隆美さんが着く前に公園に行き奴を捕まえる為の準備をしておいて、モーリスさんと二三矢君は隆美さんの後からついて行き相手を挟み撃ちにするというものなんだが……。」
 そこまで皇騎がいうとデルフェスがそれに異を唱える。
「でしたら私も隆美さんの護衛として公園に行きます。」
「ちょっと待ってください、女性のあなたには危険だと思います……。」
「そうですよ、俺達だってかなり勇気が要るって言うのに……。」
 皇騎と二三矢が口々に反対をする。
「私はこう見えても操石の術を扱うことができます、隆美さんの魂までとられそうになった時助けることができますが……。」
 デルフェスのその様子はどう見ても梃子でも動きそうな感じはなかった
「デルフェスさんがああいうからにはきっと自信があるのでしょう、いざとなれば私達が彼女を守ってあげれば良いのですし……。一緒に行っても私は構わないと思うのですが……。」
 モーリスはデルフェスが一緒に行く事に賛成する、女性の考えを優先するいかにも彼らしい答えだった。
「それじゃこれで決まり、ですね。後は時が来るのを待つだけです。」
 少しばかり日の傾きかけた窓を見やりながらそう皇騎が締めくくった。
 そしてしばらくたって日もずいぶん落ち始めた頃、二三矢は二人の後ろにある椅子に座りどこか心ここにあらずといった様子の隆美に声をかける。
 二三矢の言葉にはっと我に帰ったような感じの隆美は慌てた様に頷く。
「え、ええ、私の方は大丈夫よ。もう時間だと言うなら行きましょう。二人が忍んでいられるのにも限界があるでしょうし。」
 隆美は椅子から立ち上がりいつも紗霧が髪につけているリボンを自らの髪に結ぶ。
「それじゃ行きましょうか、大丈夫隆美さんの事は私が全力をもって護りますから。」
 モーリスは隆美をエスコートでもするかのように自ら先に文月堂を出て行く。
 二三矢とデルフェスと隆美はそのモーリスに続いて文月堂を後にするのだった。

●クリスタル
 隆美達が文月堂を出て行った後、汐耶は仕事場に一旦戻り件の腕輪について調べていた。
 どこかにきっと似たような事の書かれた資料があるはず、とそう思い汐耶は本の山を掻き分けて探す。
 そして関係ありそうな本を一冊一冊時間を掛けて、と行きたがったがそういう訳にもいかないので関係のありそうな部分だけをかいつまんで探して行く。
「あら?これは……。」
 そうやって探して行く内に汐耶はふと気になったページに目を留める。
 それは『神』と呼ばれるモノを術具に封じ込める儀式の事であった。
 ただこれは厳密な意味での『神』ではなく太古の自然崇拝の中で、精霊や自然の力など、恐れの対象だった者を術具に封じ込める儀式の事であった。
 当然術具に封じられた『モノ』は力があるという一点のみでその質についての区別はされなかったらしいということであった。
「力のあるもの封印……、確かにこれに似ているわね。その性質が善や悪という事にこだわっていないのならばその封印されている間に性質が変わる事も増長する事もありえる訳ね……。」
 読み進めて行くと一部部族ではその神を他の部族から奪うことがその力を示すことだったらしい。
「なるほど、封じられし精霊ってわけね。もしそういう事なら対処の使用もあるわ……。」
 汐耶はそう言って本に書かれていた事を持ってきていたノートにあらかた書き写す。
「それじゃ、文月堂に戻った方がいいわね。あの腕輪その物に対するよりもそれを開放して、精霊を人の力ではなく自然の力に目を向けさせるかを考えないと……。」
 汐耶は立ち上がり手早く出した本を元の場所にかたずけると静かに部屋を出て文月堂への帰路へとついた。
 ちょうど汐耶が文月堂へ戻ってきた所で公園から隆美達が戻ってきた。
「汐耶さん、そちらはどうでした?」
 モーリスが文月堂の入り口で汐耶が調べに行った事の成果を問う。
「それなり、ね。詳しくは中に入ってから話すわ。」
 そう言って汐耶が文月堂の扉を開けようとする。
 そこへ皇騎がふっと呪を飛ばし汐耶の足元をすくわせる。
 皇騎はあわてた様に汐耶を抱き留め、そっと小声で汐耶に囁く。
『隆美さんに気をつけてください。少しまずい事になってるかもしれません。他の皆にはもう伝えてあります。』
 小声で汐耶に伝えると皇騎はゆっくりと汐耶をたたせる。
「足元には十分注意してくださいね?暗いんですから。」
「そうね、ありがとう。」
 汐耶は今度こそ普通に扉を開けて中に入って行った。
 文月堂の中へ入っていった一向は文月堂の店の方で椅子に座る。
 隆美だけはどこか浮ついた様子で奥をしきりに気にしていたが、堪えられなくなった様に立ち上がり奥に下がろうとする。
「私、紗霧の様子を見てきます。」
「隆美さんあなたも疲れてるみたいだしここで休んでた方がいいですよよ、バタバタして紗霧ちゃんの近くに行くのも良くないですからね。汐耶さん、あなたががいって見てきてもらえませんか?」
「え?私が?」
「ええ、お願いします。」
 モーリスは汐耶にそう話しそっと目配せをする。
「そうね、こういう時は私が適任かもしれないわね、ちょっと行ってくるわ。」
 その合図に気がついた汐耶は小さくうなずき奥へと下がっていった。
 奥へ下がっていった汐耶は、紗霧の事を看病している智恵美に様子を聞く。
「大丈夫よ。今の所は変わった処はないから……。」
 その智恵美の言葉に汐耶はほっとした様に紗霧の顔を見つめる。
 そしてそっと紗霧の手を握ると小さくつぶやく。
「絶対に貴方の事は私達が目覚めさせてあげるから、だからもう少しだけ待っててね。」
 汐耶はそう言うとゆっくりと立ち上がると汐耶はゆっくり窓の方に歩いていく。
 そして智恵美の横を通る時に小声で智恵美に問う。
「そういえば例のクリスタル、どこにあります?」
 汐耶の問いに智恵美も同じ様に小声で答える。
「あのクリスタルならそこの戸棚の中に隠してありますけど……、どうしたのですか?」
 智恵美のその言葉に汐耶はあえて答えず、わざと少し大きめの声で違う事を智恵美に聞く。
「ちょっと冷えるわね、雨戸を閉めた方が良いんじゃないかしら?紗霧ちゃんが風邪でも引いたら大変だし。」
 汐耶がいうほどその日は冷え込んではいなかったが、智恵美は汐耶の言わんとする事がわかりそれに相槌を打つ。
「そうね、汐耶さん閉めて貰えるかしら?」
「判ったわ、それじゃ閉めてくるわね。」
 汐耶は窓の傍まで来ると窓をあけて周囲をうかがい、特に他の気配がない事を確かめると雨戸を閉める。
 雨戸閉め何気ない素振りでクリスタルのあると言われた戸棚をあけてクリスタルを手に取ると、そっとそれをポケットに入れる。
 その様子を智恵美は見てみぬ振りをしていたが、汐耶が戻ってくると小声で事情を聞く。
「あの腕輪について何か判ったのですか?」
「ええ、少しはね……。あの腕輪は精霊か何かを封じたものらしいの……。」
 汐耶はそう切り出して同じ様に小声で今までの状況を智恵美に説明する。
「と、言う訳だったみたいなの……。それからね……。」
 より一層声を小さくして智恵美に話しかける。
「隆美さんがその精霊に何かされたみたいなの……。見た目には判らないのだけどね、注意するに越した事がないと思って、多分これを見せれば何かしら動きがあると思うの。」
 そう言って汐耶は立ち上がる。
「私も一緒に行きますよ、何か手伝えることがあるかもしれないですし。」
 智恵美もそう言って立ち上がる。
 汐耶は眠ったように横になっている紗霧を一目見ると決意したように店の方へと向かっていき、それに智恵美も続いて部屋をあとにした。

●精霊
 隆美は汐耶が戻っていた後も奥の部屋の事が気になるように何回も何回もそちらを見ていた。
 そしてしばらくして智恵美と一緒に汐耶が戻ってきた。
 汐耶が先ほど調べてきた事をノートに書き写したものを見せながら皆に説明する。
 そしてそして一通り説明すると、汐耶は隆美の方を見る。
「ですよね?隆美さん?いえ、精霊さんと言うべきかしら?」
 汐耶のその言葉に驚いたように隆美がびくっとなる。
「な、何の事?私は……。」
 その言葉を聞いて汐耶は皆に目配せをする。
 皆が頷くのを確認すると汐耶はそっとポケットから先ほど持ってきたクリスタルを取り出す。
 そのクリスタルを見ると隆美の目が大きく見開かれる。
「それだ、それをよこせ、その力があれば私は……。」
 そう悲鳴のような声をあげて立ち上がり汐耶からクリスタルを奪おうとする隆美の瞳には先ほど皇騎が見た狂気が宿っていた。
「いいえ、これは渡す事はできないわ。その理由は貴方が一番よく判っているはずでしょう?」
 汐耶に向かって向かおうとする隆美との間に皇騎と未刀が間に割って入る。
「やっぱりそうでしたか……。公園であなたの目を見た時まさかと思ってこうしてみた訳ですが……。」
 皇騎がそう話すと精霊に取り付かれた隆美は悔しそうな顔になる。
『汝ら、先ほどの汐耶とやらの話を聞いたのであろう?なのにまだ我の邪魔をするのか?』
「ええ、先ほどの話を聞いたからこそ私達はあなたの邪魔を……いえ、あなたの事を助けたいと思いましたね。」
 モーリスのその言葉に隆美に取り付いた精霊は驚いたような声を上げる。
『汝らが我を助ける?だと?』
「俺もそう思うよ、あんたを助ける事は隆美さんを助ける事になる。それは紗霧さんを助ける事でもあるんだから!」
 二三矢は何処か恥ずかしそうにそう精霊に話す。
「お前は、力の獲方を長い間これに封じられていた所為で忘れてしまったのだろう?だったらそれを俺達が何とかしてやるだけだ。」
「そうね、食事はとても大事ですものね。あなたにはあなたにあった食事があるのよ。」
 未刀と智恵美が精霊にそう話しかける。
『うるさい黙れ!汝らに何がわかる!』


……
っパシッ!!
……

 皆の言葉に半狂乱になった精霊に対し今までずっと黙っていたデルフェスが近寄りその取り付いている隆美の頬に激しい平手打ちを打つ。
『な、何をする!』
「いえ、隆美様が少し冷静に慣れればと思い、失礼かと思いましたがこうさせていただきました。」
 しかしその平手打ちが聞いたのか、精霊はおとなしくなる。
「あなたはこの腕輪に封じられている間、あまりに自然と隔絶させられてしまった為に本来の自分の力の獲方を忘れてしまったんですよ。その方法なら私が思い出させてあげることができます、そしたらあなたが吸収した力を解放してあげてくれませんか?」
 モーリスが精霊にそう持ちかける。
『我が我の力の獲方を間違えたと汝は言うのか?』
「モーリスだけじゃないここにいる皆がそう思ってるよ。」
 二三矢も精霊に対しモーリスの言葉をフォローする。
『汝らなら本当に我をあるべき姿へと変えることができると言うのか?』
「ええ。もしどうしても信じられないと言うなら、貴方が封じられているその腕輪から開放してあげましょうか?」
 汐耶はそう言うとデルフェスに目配せをする。
『汝の言葉が本当であれば汝らのその申し出我は受けようぞ。』
 その言葉を聞いたデルフェスは腕輪に向かって『操石の術」をかける。
 そして力を受けた腕輪は”カーーーン!”と言う甲高い音を立てて砕けて地面に落ちる。
 腕輪が砕けた瞬間腕輪から何か力の力場のようなものが辺りを包む。
『汝らの言葉……、真であった、我をその腕輪から開放してくれた……。汝らの言う我の過ちを治せると言うのなら試して見るが良い。』
 そう言って隆美に取り付いた精霊は汐耶に向かうのをやめておとなしくなる。
「では、失礼します。」
 モーリスがそう言って隆美の胸の辺りにそっと手を当てて自らの『リライト』の力を解放させる。
 しばらくそうしていたモーリスだったが、そっと隆美の胸から手を離し安心したように精霊に話し掛ける。
「これであなたの人間で言う所の感覚は直ったはずです。世界に向かって意識を向けて見てください。」
『本当か?』
 何処かまだ疑問を含んだ精霊の言葉であったが、モーリスの言葉が真実であった事が隆美の表情を通じて伝わってくる。
『これだ……、この感覚だ、我の求めていたものは……。』
 精霊はしばらく歓喜の声を上げていたが、その場にいる人間に向かって話しはじめる。
『汝らのお陰で我は本来の力を取り戻すことができた、感謝する……。我は我の取り込みし魂を解放するとしようぞ。』
 精霊がそう言った瞬間、隆美を中心に光が輝いたかと思うと汐耶の持つクリスタルが音もなく崩れ去り、隆美の体から光が行く筋も空に向かって放たれていった。
『汝らには感謝する、我はこれにて我のいるべき所に帰るとしようぞ。』
 精霊がそう言うと急に隆美の瞳から力が失われ、そのままくず落ちそうになり、慌ててモーリスがその隆美を抱きとめる。
 その隆美の様子を見て慌てて智恵美が近寄るがすぐに安心の笑みを浮かべる。
「大丈夫です、ただちょっと意識を失ってるだけですね。今まで精霊が隆美さんの体を動かしていたのでしょう。」
 その智恵美の言葉に皆ほっと安堵の声をあげた。

●エピローグ
 精霊が去った後、奥の部屋にいる紗霧の様子を見に行った一行は精霊の言った言葉が真実であった事を知った。
 そして、紗霧と隆美の二人が意識を取り戻すと二三矢がそそくさと帰り支度を始める。
「俺、そろそろ帰りますよ。」
 二三矢のその言葉に汐耶がストップをかける。
「紗霧さんもずっと眠りっぱなしでお腹もすいてるだろうし、隆美さんだって大変でほとんど何も食べてなかったんだからこれからみんなで、何か一緒に食べに行くのよ。当然二三矢君もね。」
「そうですね、皆で食べる食事が一番美味しいといいますからね。」
 智恵美もそれに賛成をする。
「当然私も賛成ですよ、隆美さんや紗霧さんと食事するのは嬉しいですから。あ、二三矢君、紗霧さんの隣は君に譲りますよ。私は隆美さんの隣にいかせて貰いますので。」
 飄々とそう話すモーリスの言葉に皆が笑みをこぼす。
 それはここのところ文月堂からは聞くことのできなかった心からの笑いであった。


……
………
…………
「それで君は何も覚えていないんだね?」
「ええ、なんでここにいるのかも全然……。」
「そうですか、だったらいいんです。それじゃ早く体調が戻られる事を祈っていますよ。」
「ありがとうございます。」
 数日後、司が腕輪に取り付かれていた少女に、話を聞きに行ったが少女は名にも覚えていなかった。
 少女は衰弱していただけで、それ以外の異常は体にはなかった、との事であった。
 そして他の紗霧と同じ様に意識を失っていた女性達も皆、意識を取り戻し普段の生活に戻っていった。
「さてと、どうやってこれをまとめるかな?」
 病院を後にした司は頭を掻きながらそんな事をつぶやき町の雑踏に消えて行った。


Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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≪PC≫
■ 鹿沼・デルフェス
整理番号:2181 性別:女 年齢:463
職業:アンティークショップ・レンの店員

■ 宮小路・皇騎
整理番号:0461 性別:男 年齢:20
職業:大学生(財閥御曹司・陰陽師)

■ 結城・二三矢
整理番号:1247 性別:男 年齢:15
職業:神聖都学園高等部学生

■ 隠岐・智恵美
整理番号:2390 性別:女 年齢:46
職業:教会のシスター

■ 綾和泉・汐耶
整理番号:1449 性別:女 年齢:23
職業:都立図書館司書

■ モーリス・ラジアル
整理番号:2318 性別:男 年齢:527
職業:ガードナー・医師・調和者

≪NPC≫
■ 佐伯・紗霧
職業:高校生兼古本屋

■ 佐伯・隆美
職業:大学生兼古本屋

■ 冬月・司
職業:フリーライター

■ 衣蒼・未刀(闇風草紙NPC)
職業:妖怪退治屋(家業より逃亡中)

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■         ライター通信          ■
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 あけましておめでとうございます、ライターの藤杜錬です
 この度は『緋色の玉 後編』に御参加いただきありがとうございます。
 初めての前後編と云う事でかなり緊張しましたが、何とか皆さんのプレイングのお陰で終わらせる事ができました。
 後編は前編と違い二本の共通文章が出ています。
 物語のキャラクターのいる場所によって分けましたので、良ければそちらの方も読んでいただければより判りやすいかと思います。
 今後も機会があれば前後編や連続シナリオなどもやってみたいと思いますが、もし良ければお付き合いください。
 それではかなり納品が遅くなってしまいましたが、ありがとうございました。

●隠岐智恵美様
 前編に引き続きの御参加ありがとうございます
 今回は隆美の精神的補助という事で紗霧につきっきりという形になってしまいました。
 活躍というかで出番が控えめの分、らしさが出せてればと思います。
 それでは御参加ありがとうございました。

●綾和泉汐耶様
 前編に引き続きの御参加ありがとうございます
 今回は情報引き出し役としてお疲れ様でした。
 汐耶さんがいなければまた違った結末を迎えていたかもしれません。
 それでは御参加ありがとうございました。

皆様に何か残すことができれば幸いです。
それでは皆様、本当にご参加ありがとうございました。

2005.01.06.
Written by Ren Fujimori