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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

「駄目ね。これ以上は読めないわ」
シュライン・エマはそう呟くと紫色の本を閉じた。それは古い言葉を解読するための辞書だった。そして、シュラインの前には半分に割れた石版が置かれていた。
 この石版には宝島へのヒントが書かれているはずだ。きっぱり断言した船長を信じたくもあったが、石版に書かれている文章はどうにも要領を得なかった。肝心なことは全て、失われた残り半分に記されていたからである。前方の、壁一面を覆う巨大な本棚を見やりため息を吐く。
 宝を探し求める荒くれ者揃いの海賊船で、シュラインは言語学者兼料理人として働いている。昨日、船は水や食料を補充するため大きな町へ入港していた。
「・・・・・・ここで石版とにらめっこしてたってこれ以上なにがわかるでもなし、気分転換でもしてこようかしら」
シュラインは、船が町の輪郭を発見する以前から石版にかかりきりだったので、まだ船から下りてなかった。
 船室から階段を上って甲板へ出て、橋げたを渡って港に立つと水を積み込んでいた船員の一人がシュラインに声をかけた。
「先生、やっと部屋から出てきたか。せっかく陸に着いたんだから歩かなくちゃいけないよ」
顎に刀傷のある、まだ若い船員は日焼けした顔に皺を作って笑った。その愛嬌ある顔にシュラインも笑顔を返す。言語学者と料理人、二つの職業を兼ねるシュラインではあったが船ではコックより先生と呼ばれるほうが多かった。
「そうするわ。船の番はお願いね」
「任せときな」
船に積み込まれている消耗品の量をチェックしてから、シュラインは町の中心部へ向かって歩いていった。

 町の中心には商売がある。道端には木箱に果物を詰め込んで売りさばく出店が並び、二階建ての白く四角い建物の入口には少年が立って呼び込みをしている。さして広くもない道には人が溢れていた。その中でシュラインは町で一番大きな食料品店の場所を通行人に尋ね、向かった。
赤い看板が目印だよ、と教えられたその店は他の店より倍は広かった。食料品のほかにも骨董品、衣類、薬に武器。売れるものならなんでも商う店らしく、繁盛していた。
「いらっしゃい」
シュラインが扉を開けると、入口すぐ脇のカウンターにいる男が頭を下げた。どうやら店主らしい。
「保存のきく食料を売ってほしいのだけど」
「それなら左手の棚に置いてありますよ」
「ありがとう」
言われたところに並んでいたのは堅パンに干し肉、酢漬けの野菜など。数種類を見積もったあと、シュラインはさらに奥の棚に香辛料が充実しているのを見つけた。
 海の旅に香辛料は必需品である。食べるものが限られているから味付けに工夫するしかないのだ。この店は、普通の店にはない珍しい香辛料も揃っており、シュラインは干し肉よりこっちを多く買うことにした。
「ブラックペッパーと、パプリカは多めにちょうだい。あとナツメグにスターアニス、ホースラディッシュと・・・・・・」
シュラインが指さすのとほぼ変わらない速度で若い店員が品物を取り、カウンターの前に運んでいく。コマネズミのちょこまかした動きを見ているようだった。
「とりあえず、今言った分で足りるかしらね。さて、幾らかしら」
「まとめて金貨十枚ってところですね」
本当は十一枚をおまけしときますよと店主はつけ加えたが、シュラインには十枚でも多すぎるように思えた。港町というのはどこであれ、初めて来る客にはふっかけるものだ。
「五枚で充分じゃないかしら」
笑いの張りついていた店主の唇が、すっと真一文字に結ばれた。

「冗談を言っちゃ困ります。金貨五枚じゃ元も取れませんよ」
「でも、十枚だって多すぎるわ」
「それじゃ金貨八枚に銀貨二枚じゃどうですか」
この世界では銀貨四枚で金貨一枚分に相当する。シュラインは目だけで笑った。
「いきなりそれだけ安くするってことは、もうちょっと負けてくれてもいいわよね」
「お客さん」
店主が反撃に出ようと口を開いた瞬間、店全体が大きく揺れた。振動は東のほうから西へ抜けていった、東といえば港のほうである。一瞬、店主は気を取られたがすぐシュラインに目を据える。
「ブラックペッパー一袋で銀貨ニ枚はするんですよ。それをいくつ買ったと思ってるんですか。全部の仕入れ値を教えたっていい、それだってあんたの言い値より高いんだから」
「じゃあ、仕入れ値で売ってくれる?」
「言葉のあやというものです」
店主はシュラインの誘いをぴしゃりとはねつける。
「どんなに頑張っても金貨八枚。これ以上は負けられません」
さらに店主が値段を下げたので、シュラインもやや譲歩してみる。
「金貨六枚では?」
「・・・・・・」
店主はやや考え込む顔つきをした。もう少し負かるだろう、とシュラインは踏んだ。銀貨一枚安くしてちょうだいと言おうとしたとき、また店が大きく歪んだ。

 そういえば、さっきから港のほうが騒がしい。開け放してある入口の横を大勢の男が港へ向かい、また同じ数だけの女子供が逃げ出しているようだった。さすがに二度目ともなると店主は気がそっちへ向いてしまう。
「港でなにか、あったんでしょうか」
「どうかしら。私にとって大切なのは、もう少し安くならないかどうかってことだけ」
「だから、それは」
できないという店主の声をかき消す低く鈍い唸り声と、数十人の叫び声が聞こえた。
「・・・・・・ちょっと、見てきたいんですが」
港でアクシデントが発生したことは間違いない。海から品物を仕入れ、売りさばく店主にしてみれば店の入口に火を放たれたようなものである。心配になって見に行きたいという心境はシュラインにも充分理解できた。しかし。
「駄目」
簡単に許したりはしない。
「どうしても行きたいっていうのなら、金貨もう一枚負けてちょうだい」
これ以上は聞かないとばかりに布の財布から金貨七枚を取り出し、カウンターの上に並べる。店主の視線はシュラインの顔と店の外と、そして商品と金貨をぐるぐると巡り、とうとう観念して金貨をつかんだ。即ち、商談成立という意味である。
「ありがとう」
シュラインの声を憎々しく耳に残し、店主は店を飛び出していった。残された店員に、商品を船まで運んでくれるよう約束を取りつけてから、シュラインはゆっくりと店を後にした。

 なにが起きたか気にならないわけではなかったが、心配するほどでもないだろうとシュラインは考えていた。結局港には戻るのだし、帰ってから事態を知れば済むことだ。なにがあろうと自分の乗っている船に被害はないはず、漠然とそう信じていた。
 しかし、そんなシュラインでもさすがに驚く出来事が待っていた。
「先生、遅いっすよ」
血まみれのサーベルを握りしめたままの、顎に傷のある船員が、青ざめた顔色でシュラインを迎えた。
「騒がしかったみたいだけど、なにが起きたの?」
「妙な怪物がいきなり海から上がってきたんですよ。今の今まで、みんなでかかって退治してたところなんです」
船員が指さしたところは、シュラインたちの船と別の海賊の船の間。船着き場全体は海水に濡れており、ところどころ血の跡も残っていた。よく見れば隣の船体に、ハンマーで殴られたような穴も空いている。
「死ぬかと思ったっすよ」
「うちの船員は、ちょっとやそっとじゃ死なないでしょ」
そんな情けない船に乗った覚えはないわと言うと、船員は敵わないなあと肩をすくめる。
「で、その妙な怪物はどうしたの?」
怪物退治に参加する気はなかったが、それがどんな姿をしていたかには興味があった。船員は答える。
「ああ、先生の調理場に運んでおきました」
「・・・・・・え?」
「船長が、食えるものはなんでも食えって言ってましたから」
確かに、食料の調達方法がない船の上ではその通りだろう。しかし、わざわざ港に入ってまで実行するとは思わなかった。

 調理場の大きなテーブルいっぱいに載せられていたのは、二つの頭を持つ巨大なウミガメだった。甲羅だけでも、シュラインが手を広げた幅より大きかった。
「これをどうやって、さばけって言うのよ」
ここまで巨大だと、切り分けるのに必要なのは料理人としての技術よりただ純粋な腕力のみである。どこに包丁を入れればいいものかと、シュラインは甲羅の隙間をあちらこちらと覗き込む。
「あら?」
ウミガメの、右側の首の付け根になにか挟まっている。引っ張ってみても、なかなか抜けない。恐らく、海を泳いでいる最中に挟まったものだろう。これがあるせいで右の首を引っ込められず、もどかしさで港へ出て暴れたに違いない。
思い切り力を入れて引っ張ると、やっと取れた。
「これは・・・・・・!」
なんと、ウミガメの首に挟まっていたのはシュラインが解読していた石版の残り半分だった。石版の大きさ、文字の種類からして間違いなかった。
 さっそく解読しなければ、と包丁を片手に調理場を出ようとしたシュライン。その頭の上に突然、桂の声が降ってきた。
「シュラインさん、そろそろ本が終わりますよ」
「そうなの?もうちょっと待ってもらうわけにはいかない?」
せめて、石版を解読するまで。
「駄目です。本も体験版なんですから」
しかし桂は相変わらずきっぱりしている。
 こうしてシュラインの物語は終わった。

■ 体験レポート シュライン・エマ ■
 リアルすぎるくらいリアルな世界だったわ。私は港にいたから心配なかったけど、もし航海中だったら船酔いする人は注意ね。あと、いつ始まっていつ終わるかもわからないからやりたいことが途中までしかできなかったり、お風呂なんかも入るに入れないのが難点かしら。
 とりあえず、本の中で怪我をしたときの保障問題をクリアすれば、楽しめる内容なんじゃないかしら?少なくとも、私は楽しめたわ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
どんな場所でもシュラインさまを困らせることができる
人間はいなくて、代わりにアクシンデントに困らされて
いるような気がしました。
いつか雑誌が本格的に発売されたあかつきには、今回の
旅を完結させていただければなあなんて思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。