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<東京怪談・PCゲームノベル>


温泉へ行こう!



「大変、大変だぁーーーーっ!!!!」
 バターン、と勢いよく開け放たれた扉。中にいた槻哉たちは当然それに驚き、斎月などは煙草を床に落としていた。
 扉を開けたのは、外から戻ってきた早畝だったのだ。
「……早畝、小さい子供じゃないんだから、もう少し落ち着きを…」
「それどころじゃないんだって!! 当たっちゃったの!!」
 槻哉が溜息を吐きながら、早畝の行動を窘めようと口を開けば、それを彼が遮って詰め寄ってくる。
「…なにが当たったんだい?」
 多少、引き気味になりながら。
 槻哉のデスクの上に右ひざを乗り上げている早畝を降ろして、話を促す。
「じゃーん! 温泉チケット!! そこの福引きやったら当たった!!」
「……………」
 びら、と槻哉の目の前に突きつけられたもの。
 そこには『一泊二日湯けむりの旅』と書かれた一枚のチケットがあった。
「な、なっ、俺凄いだろーー? だからさー、皆で温泉いこうぜ!」
「……まぁ、いいんじゃねーの? 休暇の話の途中だったんだしさ…」
 一人、自慢げに話す早畝に苦笑しながら、斎月が槻哉にそう言ってくる。
 実は早畝が此処にたどり着く前に、槻哉と斎月で休暇の打ち合わせをしていたのだ。早い話が忘年会のようなものだ。
「何の話?」
 斎月の話の内容がよく飲み込めていない早畝は、槻哉に小首をかしげながら問いかける。
「…斎月の言ったとおりだよ。休暇をとって温泉でも行こうかと話をしていたところだったんだ……」
 槻哉はそう応えて、早畝からチケットを受け取った。そして何か思いついたのか、顔を上げて早畝たちを見る。
「?」
「…僕らはもともと温泉へ行くという予定はあったんだ。このチケットは普段からお世話になっている協力者の人たちへのプレゼントとして、誘ってみる…と言うのはどうだろうか?」
 槻哉の提案にしては、珍しいとも取れる内容ではあるが。
 それでもこの場にいるもの達からは反対の声はあがらないようだ。
「俺も賛成だな」
 暖房の前で丸くなっていたナガレも、しっかり会話は聞いていたようでぴょん、と地を蹴って早畝の肩へと飛び移り、そう言った。
「じゃあ決まりだな。どうせ大人数で移動ってことになるだろうし、俺と槻哉で車出そうぜ」
 意外と乗り気なのは、斎月だった。実は温泉行きの話を最初に持ちかけたのは、彼だったのである。
 このメンバーの中で車を自由に動かせるのは、斎月と槻哉だけ。
 斎月の言葉に槻哉は黙って頷き、立ち上がる。
「楽しい旅行にしたいね。皆が予定が合えばいいのだが」
「…やっりぃ! 久しぶりの温泉だーー!!」
 槻哉の話を聞いているのかいないのか。早畝はもう早旅行気分になり、その場でぴょん、と跳ねている。
 斎月もナガレもそれを呆れ顔で見てはいるが、その胸のうちは休暇の嬉しさでいっぱいなのか、何も言わずにいる。
 今月は立て込んだ仕事も無い。
 一泊であるが、楽しい旅行が出来そうだ。



「―――と言うわけで、だ。お前らを誘いに来たんだが、都合はどうだ?」
 いつでも態度だけは大きい斎月が、季流家の玄関先でそんなことを言う。手には早畝が当てた温泉チケットを持って
 彼の視線の先には、白銀がいる。そしてその後ろには、複雑な心境でいるであろう、時比古も控えていた。
「ありがとうございます。でも…本当に頂いてしまって良いんですか?」
「おう、いつもお前らには助けてもらってるしな。だから感謝の意味を込めて…ってヤツだ。…ほら」
 白銀が遠慮がちに答えていると、斎月がふぅ、とため息を吐きながら彼の手をとり、チケットを握らせる。すると白銀の背後の空気が一気に冷たいものへと変わって行ったのだが、それに気が付いたのはもちろん斎月のみだ。
「そんじゃ、当日迎えに…と、お前らは河譚の車で俺たちについてくるか?」
「…どうする? 河譚」
 斎月の言葉に、白銀が後ろを振り返り、押し黙ったまま控えている時比古へと視線を移した。
「……斎月さんの車に同車させて頂きましょう」
「そうか? んじゃ、朝一で迎えに来るしな」
 時比古は静かに、返事をする。感情を抑えているように見えるのは、おそらく気のせいではないのだろう。だがそれに気が付いているのもやはり、斎月のみで白銀には気づかれてはいない。
 斎月は時比古の返事を受け取り、軽く受け流すかのような口調でそういった。
「じゃ、そういうことで、俺は帰るな。また後日って事で…あ、そうだ。何かわかんねー事あったら、ここに電話してくれ。俺の携帯だ」
 ポケットから徐に取り出したのは、特捜部の名詞。表向きにはIT企業の会社を名乗っているので、斎月もそこの社員、と言う肩書きで名前が記されていた。その名前の下に、携帯番号がある。
 それを受け取った白銀が『わかりました。ありがとうございます』と言いながら名詞を見つめている。それを快く思っていないのは時比古だ。
 その態度を見ながら、斎月は笑いを含んで季流家を後にして行った。
 会うたびに、白銀への態度が、馴れ馴れしいものになっていく斎月。もちろんそれは、時比古に対する嫌がらせを含んでいるのだが、悪意を込めているわけではない。ほんの少しでも良いから、歩み寄って欲しいと思っての行動なのだ。
「…ふむ、温泉か…」
 斎月を見送った後、チケットと名詞を片手に白銀が独り言を漏らした。微笑みながら。
「……楽しそうですね、白銀さま」
「まぁ…うん、実際楽しいよ、人と接するのは。……はい、河譚」
 時比古が静かにそういうと、笑みを崩さずに白銀は答えてくる。そして言葉の最後に時比古の名を呼び、手にしていた温泉チケットを彼に手渡した。
「………あの、白銀さま…?」
「これはお前に。…どうせ自費で俺に付き合おうとしてたんだろ? だからこれはお前に譲るよ」
 自分が自費で、と言うことなのだろうか。だがそれを黙って受け取る時比古ではない。
「では、白銀さまの分を私が持ちましょう」
 にこりと笑いながらそう言うと、白銀が『お前、それじゃ意味が無いじゃないか…』と苦笑するがそれ以上は何も言ってはこなかった。時比古と言い合っても勝ち目がないことを、知っているからだ。
 それから二人は各自旅行の準備をするために、行動を起こした。


 斎月の車は多人数でも対応出来る、RV車だった。この日のためにレンタルをしてきたらしい。彼の普段の車はスポーツーかで、旅行には不向きだからだ。
 広々とした後部座席で、白銀は『温泉作法』と言う本を真剣に読んでいる。その様子を、助手席から早畝が物珍しそうに眺めていた。
「……何か?」
 白銀の隣に座っている時比古が視線を気にしてか、早畝に静かに問いかける。
「あ、ごめんごめん。いや、ソレ面白いのかなぁーって思って」
 時比古の言葉に多少ビクつきながら、早畝は白銀の手にしている本を指差して、そう返事をした。早畝はまだ、この二人に緊張しているようだ。
「…おい早畝。読書中の人間に話しかけるのはマナー違反だぞ。それに危ないから前向いてろ」
「へぇーい」
 斎月が白銀たちに気を利かせて、早畝に声をかけると、素直に彼は助手席に座りなおした。
 それをちらり、と見ていたのは白銀だった。斎月の『恋人』と言う肩書きの早畝に会うのはこれが初めてではないが、完全に親しくなったわけでもない。だから少しだけの興味があるようだ。
 時比古は時比古で、心中穏やかでは無いはずなのだが、早畝がいる分まだマシだと思えているのか、表情を崩すことなく、白銀を見守るようにしていた。
 この状況を楽しんでいるのは、運転手の斎月だ。これから先、後ろの二人をどうしてやろうかと模索しながらも、それを表に出すことはせずに、今は運転に徹している。それでも先頭を走るのは槻哉たちの車なので、余裕たっぷりと行ったところだ。
 それから、白銀はずっと読書に耽り、時比古はその主を見守りながら時には外の景色を眺め、助手席の早畝は暇潰しにと持ってきた小さなオルゴールのようなものを改造している。目的地に辿り着くまでの間、それぞれにそうやって時間を過ごしているのだった。


 車を3時間ほど走らせ温泉宿へと辿り着くと、その場は一面の雪化粧で飾られていた。車から降りた白銀も時比古も、目の前に広がる銀世界に驚嘆し、見とれている。早畝とナガレなどは、見慣れない雪に喜び、必死に足跡を付ける為に駆け回っていた。
「お前らの部屋、隣同士だけど続き部屋になってるからな。荷物置いて一息ついたら温泉入りに行こうぜ」
 宿泊手続きを終わらせた槻哉から鍵を受け取った斎月が、白銀と時比古に彼らの部屋の鍵を手渡しながら、そんなことを言う。続き部屋という事は、入り口が二つあるが中では襖か何かで仕切られているのみで、それを取り外せば一部屋になるつくりのもの。おそらく槻哉が気を使って特別に手配させたのだろう。
「いやぁ、浴衣姿の白銀もまた可愛いんだろうなぁ…」
 黙って鍵を受け取った時比古に、斎月がわざとらしく大きめな声で彼をからかうかのように言葉を発すると、急激にその場が寒くなる。それに、ナガレがビクっと反応して、きょろきょろと辺りを見回していた。白銀はと言うと、早畝と二人で雪の結晶を眺めては楽しそうに笑っている。
「……斎月さん…」
「うん? ほらほら、仲居さんを待たせちゃ悪いだろ。…早畝、白銀! 部屋行くぞ」
 厳しい視線を送ってくる時比古を上手く交わして、彼の後ろにいる白銀と早畝に声をかけた。すると彼らは『はい』と返事をしてこちらへとかけてくる。
 斎月に何かを言おうとしていた時比古は、それ以上を繋げることは出来ずに、渋い顔をしていた。
 その時比古をよそに、斎月は早畝と白銀を引き連れて、仲居が案内をする廊下を進んでいく。それを見て、時比古も慌てて後を付いて行った。
「白銀さま」
「何だ?」
 部屋の前へと辿り着いた時比古は、白銀を呼び止めて真剣な顔をした。白銀本人は不思議そうな表情で彼を見上げている。
「浴衣を私がお見立て致しますので、それまではお着替えにはならないでください」
「……う、うん…? じゃあ、よろしく頼むよ」
 部屋に置かれている男物の浴衣など、危なくて着せられない。
 そう思った時比古は、それこそいつも以上に真剣な眼差しで、白銀にそう言い聞かせる。白銀もそんな彼に多少驚き、押され気味になりながら返事をしていた。
 そして主が部屋に入った事を確認した後、時比古はフロントへと足早に戻り女性用の浴衣を頼み、数点あるものから濃紺に白百合柄のものを手にした。きっと似合うであろう、と言う自分の中の煩悩を抑えつつ浴衣を片手に自分の部屋の前に辿り着くと、入り口に手紙が落ちていることに気が付いた。
「…………?」
 それにゆっくりと手を伸ばし、注意深く開けると中から一枚の紙が出てきた。真ん中にメッセージがある。

 ―――お前の大切な人を、白銀の中に埋めてやる。

「…!?」
 殺人を匂わせるような、そんな言葉。
 『白銀』、とは主の名前ではなく、雪の事を指しているのだろう。
 時比古は一瞬殺気立つが、すぐに落ち着きを取り戻した。斎月の悪戯である可能性が高いと思ったからだ。それでも完全にその可能性に疑いをかけたわけではなく、小さな動揺が心の中を支配していく。
「……河譚? どうした?」
 その場で立ち尽くしている時比古に横手から白銀の声がし、そこで彼は弾ける様に我に返った。視線をやると自分の部屋から顔だけを覗かせている主の姿が。着替えのことを気にして、時比古の様子を見に行こうとでも思ったのであろう。
「…お待たせしてしまい申し訳ありません白銀さま。こちらが浴衣になります。お着替えになってください」
 完璧な、笑顔で。
 時比古はメッセージの書かれた紙を手のひらの中に隠し、白銀へと浴衣を手渡した。
 白銀は時比古の笑顔を見て安心したのか、ほっとした面持ちで浴衣を受け取り、再び部屋の中へと戻っていった。
「……………」
 時比古は一瞬たりとも気を抜けない、と白銀の周辺を警戒に当たる決意を新たにし、自分も与えられた部屋へと着替えの為に入っていった。


「やはり最初は露天風呂だな」
 タオル片手に、脱衣所でそう意気込んでいるのは、言うまでも無く白銀だった。車の中で読んでいた『温泉作法』に何が書いてあったんだろうと思いつつ、斎月がその姿に苦笑する。
 お子様気質が抜けない早畝などは、既に浴衣を脱ぎ捨て、温泉の中へと飛び込んでいた。その頭の上にはコッソリ連れてきたナガレが乗っている。
「なんだ、河譚。気分でも悪いのか?」
「…いえ」
 護衛の為にと、普段は一緒の入浴など遠慮する時比古は、厳しい表情で当たりを気にするようにしていた。
 すると目ざとい斎月がそれに気がつき、声をかけてくる。
 遅れて返事をすると『そうかぁ?』と言いながら斎月は楽しそうに笑っていた。
「さて、俺たちも入ろう、河譚」
「…は…、…!!」
 始終心の休まらない状態の時比古をよそに、守るべき存在の白銀は斎月や槻哉の目の前だということも気にせずに、浴衣をするりと脱ぎだした。
 ぱさ、と音を立てて帯が地へと落ちる。そしてその次に現れたのは、白銀の白い肌。意識しているわけではないのだが、仕草にどこと無く色気がある。
 斎月はその姿を見つつ、隣で固まっている時比古に視線を送り、必死に笑いをこらえる。
「………………」
 そして言葉も発することすら出来なくなっている時比古の肩を叩き、『早く脱げよ』と言い残して先へ脱衣所を後にした。
 声をかけられ、時比古も慌てて浴衣を脱ぎ始める。そこにはもう、白銀の姿も無かった。
「何、猿がいない!?」
 カラカラ、と引き戸を開けた瞬間に聞こえた、白銀の声。
 時比古が慌てて露天風呂のほうへと足を運ぶと、風呂の入り口でショックを受けている主の姿があった。
「なに?どしたの?」
 その声に、早畝と斎月も顔を見せる。
 すると白銀がゆら…と早畝のほうへと視線を送り、彼の頭の上に乗ったままのナガレと目があった。何かを訴えかけるかのように、じーっと見つめている。
「………おい…」
 ナガレには粗方の状況が読めたのか、白銀の視線に呆れたように言葉を発した。
 『山の中の露天風呂には、猿がいる。』とでも本の中に書いてあったのだろう。斎月もそこでようやく状況を理解したのか、今度こそ堪えることなく笑っていた。
「白銀、お前…可愛いなぁ…」
「?」
 当の本人は至って真面目だ。冗談の類で行動を起こしているわけではない。斎月に頭を撫でられながら笑われても、何が何だか解らなく小首をかしげていた。
「ほらほら、お前ら二人ともとりあえず風呂に入れ。風邪引くぞ」
「…はい」
 斎月が仕切る形で、その場に立ったままであった白銀と時比古を、湯へと浸からせる。その後、斎月と早畝も身体が冷えたのか続けて入ってきた。そして彼ら達以外に客がいない事を確認し、ナガレが白銀のために、頭に手ぬぐいを乗せて温泉に浸かって見せてやる。
 すると白銀は素直に感動して、満面の笑顔でその姿を見つめていた。
 時比古は時比古で、距離は取っているものの、白銀の白い素肌に当てられたのか、大きな岩に寄りかかり、天を仰いだりしている。斎月がからかうように『お前も忙しいな…』と声をかけてきたが、それにすら反論も出来ずにいた。
 それから彼らは小一時間ほど、色んな湯に浸かり温泉を満喫するのだった。

 身体がすっかり温まり、浴場の傍にあるリラックスルームで各々で休んでいると、一人元気な白銀が、『風呂上りにはコーヒー牛乳ですよね』と言いながら何処からとも無くコーヒー牛乳を取り出し、各自へと配って歩いた。
「正しい姿勢は、腰に手を当て…だったよな、河譚?」
「……はい?」
 皆が白銀を見ている中で、彼は牛乳瓶を握り締めて、腰に手を当ててそれを飲み始めた。馬鹿正直な早畝などは白銀の横に並んで、同じ姿でコーヒー牛乳を飲んでみせる。
 時比古もどう答えていいか解らずにその場で固まっているしで、残りのメンバーは含み笑いを隠せずにいた。
 そしてその後も、白銀のペースに皆が巻き込まれ『卓球大会』を繰り広げることになってしまう。
「浴衣が多少肌蹴ても気にするな!」
 と嬉々として言うのは白銀本人。ダブルスでペアに斎月を指名し、瞳を輝かせてラケットを手にしていた。
 ネットの向こうには同じくやる気満々の早畝と、苦笑しながら付き合っている槻哉がいる。時比古は隅で渋い顔をしながら、その光景を眺めていた。部屋での手紙の件を、頭の片隅に置きながら。
 その後も、本気モードになってしまった早畝と白銀を中心に、夕食の時間が来るまで熱いバトルは繰り広げられていた。



「…お客様!」
 一瞬、その場が騒然となった。
 時比古の手には彼の武器である刀、『天破/月蝕』が握られている。殺気立った彼のオーラ。
 そして目の前には古い柱時計が、外傷は無いがその動きを止めていた。
 良いだけ遊んだ彼らは、渡り廊下をゆっくりと進み、夕食が用意されている槻哉の部屋へと向かっている所であった。その中で、白銀がふと足を止め何も無いところを見上げて『今晩は』と声をかけた。その瞬間、時比古が刀振るってしまい、柱時計を止めてしまったのだ。
「申し訳ありませんお客様…ちょっとしたこちらの趣向での企画だったのですが…」
「……?」
 宿の主人である女将が、時比古に向かい頭を下げた。何のことか解らない彼は、複雑な表情をしている。
「福引チケットを当てられた方には、温泉旅館にありがちなミステリーのような物を体験して頂こうと、あのような手紙を仕込んでいたのです」
「……手紙…」
 そこでようやく、時比古は部屋の前におかれていた手紙の事と、女将の言っていることを理解した。ようするに、あの手紙は斎月の悪戯では無く、宿側で用意されたイベントであり、彼はそのドッキリのようなものにひっかけられてしまっていたのだ。
「…そう、だったのですか…。こちらこそ、申し訳ありません。物騒なものを振るってしまい…」
「いいえ、悪ふざけが過ぎてしまったのはこちらのほうです。申し訳ありませんでした」
 時比古が声のトーンを落としながら女将に頭を下げると、女将は慌ててその彼の頭を上げさせる。そして『時計のことは気になさらないでください』といい、その場を治めてくれていた。
「…何?」
 何のことかサッパリ解らないでいるのが、早畝やナガレ、そして斎月だった。もちろん、白銀も小首をかしげている。槻哉だけは事前に女将からイベントを聞いていたらしく、苦笑している。
「後でゆっくり説明するよ。…河譚さん、すみませんでした」
「いえ…先走った私に非がありますから」
 白銀が何も無いところに声を掛けた事で、時比古は何者かが現れたのかと思い、攻撃を仕掛けてしまった。主を守るためだけに。だが結果、何も心配もいらないことだったのだと解り、少しだけその心根を落ち着かせる。反省点がある事には変わりは無いのだが…。
「ね、白銀は何に話しかけたの?」
 状況があまりよく把握出来なかった早畝は、その件を深く考えることより、白銀が声を掛けた事へのほうを気に掛けて、本人に問いかける。
 すると白銀がニッコリと笑い、
「…温泉場、と言えば…幽霊…ですよね…?」
 ゆっくりと、そう答える。すると彼の背後から何か、白いモノが浮かび上がってきた。
「…わぁっ!!」
 早畝が真っ青になり、大きな声を出して斎月の後ろへと逃げ込んだ。
 白銀はその姿に、くすくすと楽しそうに笑みをこぼしている。
「……あれ…?」
「…良かった、誰も引っかかってくれなかったら寂しいですし」
 すっ、と右手を上げながら、白銀は『白い何か』をその手のひらへと呼び寄せる。早畝はそこで、強張った表情を崩して斎月の影から顔を出した。
「早畝、アレは幽霊じゃなくて、白銀の精霊の汀だ。紅葉狩りのときに、見せてもらっただろ?」
「…ほんとだ…」
 斎月が笑いながら、そんな事を言う。早畝が幽霊だと思っていたその『何か』は汀による演出だったのだ。
「あービックリした…本当にオバケが出たのかと思った」
「すみません、驚かせてしまって」
 胸を撫で下ろしている早畝に、白銀は楽しそうに笑いながら謝ってくる。
 そうこうしていると、槻哉がその場へとやってきて、部屋に戻ろうと促してくる。その後に続いてきていた時比古が白銀に軽く頭を下げていた。ちょっとした騒ぎになってしまったことを、謝罪しているのだろう。
 白銀は時比古の頭を上げさせて、首を振っている。自分は早畝を驚かすことが出来てご満悦だったので、何も気にしてないし謝ることもない、と彼に言い微笑んで見せていた。
 そして一向はそのまま槻哉の部屋へと足を運び、宴会のように騒ぎながら、楽しい夕食の時間を過ごすのだった。


 白銀たちが部屋に戻ると、中にはすでに布団が敷かれてあった。その布団の上にすとん、と座ると襖の向こうにいるはずの時比古へと、白銀は静かに声を掛けた。
「河譚」
「…はい」
 控えめな返事。
 ふぅ、と小さなため息を漏らしながら、白銀は再び口を開いた。
「これは命令。ここに来い」
 少しだけ、強気な口調で。
 白銀は返事のみで姿を表そうとしない時比古へと、そんな事を言ってみた。
 すると遅れてではあるが、『失礼します』と言い、時比古が静かに襖の戸を開ける。
「……傍に、いてくれないか。眠るまででも、いいから」
 布団の傍へと腰を下ろした時比古に、白銀はゆっくりと言葉をつなげた。そして、そっと彼の手のひらの上に、自分の手を重ねてみる。
「……白銀さま?」
 時比古は内心酷く驚きつつもそれを表に出すことはせずに、主の顔を見た。
「…うん、何でだろう。急にこうしたくなったんだ。…変、だろうか」
「………いいえ」
 大きな手のひらの上に重ねられた、細い白銀の手。そこから暖かいぬくもりが広がって、二人の身体を満たしていく。
「お疲れになったのでしょう。…もう、おやすみください」
 時比古は、その白い手を取り、主を布団の中へと導いた。白銀は素直に従い、その場で横になる。
 感情が意思を無視して、行動を起こしてしまう前に。崩してしまう前に。…すべてを、飲み込んでしまえ。そう、心の中で何度も呟きながら。
 時比古は白銀にしか見せない笑顔で、目の前で横になっている主の頭を、そっと撫でた。
「……楽しかったな、また来よう」
 時比古の手のひらの温かさで睡魔がやってきたのか、白銀はそれだけを彼に伝えるとゆっくりと瞳を閉じた。
「おやすみなさいませ、白銀さま…」
 白銀の言葉には敢えて答えずに。
 時比古は何度も主の頭を撫でてやり、彼を眠りの世界へと誘ってやった。すると白銀は数分も立たずに、寝息を立て始める。
「………………」
 そこで時比古は、ゆっくりと立ち上がって部屋の明かりを消した。
 そして再び白銀の傍へと座り、暫くその場を動こうとはしなかった。

 静まり返った部屋の外では、ちらちらと真っ白な雪が、空から舞い降りて来ていた。





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            登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【2699 : 河譚・時比古 : 男性 : 23歳 : 獣眼―人心】
【2680 : 季流・白銀 : 男性 : 17歳 : 高校生】

【NPC : 早畝】
【NPC : 斎月】
【NPC : 槻哉】
【NPC :ナガレ】

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           ライター通信           
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 ライターの桐岬です。今回は『温泉へ行こう!』へのご参加、ありがとうございました。

 河譚・時比古さま
 いつもご参加有難うございます。
 同じ事を繰り返してしまいますが、今回は大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
 もはや言い訳も致しません。もっと計画性の持った行動を心がけます。

 ギャクテイストとサスペンス仕立てという事だったのですが…上手く表現できているのか非常に心配です。
 もしも見当違いでしたら、申し訳ありません(涙)。
 時比古さんにも安らぎを、と思いまして…。ラスト部分とかは、勝手に脚色させていただきました。
 如何でしたでしょうか…少しでも楽しんでいただければ、うれしいです。

 ご感想など、聞かせていただけると幸いです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 桐岬 美沖。