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<東京怪談・PCゲームノベル>


 気がつけば、異世界

 <1>
 陽は傾き、空は茜色。
 いつのまにか昼と夜とが束の間の逢瀬を楽しむ時間となっていた。黄昏時とも逢魔が時とも呼ばれるこの時間帯は、昼と夜とが交差するように、人と魔の時間が交差する。だから、不思議なことが起こってもなんら不思議はない。だが、昔に比べると夜の闇はいささか人が作り出す光に押され気味。そう、陽が落ちれば街灯が路面を照らし出す。
 このように。
 水晶は茜色の空から、何度か点滅したあとに光を宿した街灯へと視線を移した。こうした街灯があるから街は闇に包まれることはない。街灯から降り注ぐ淡い小さな光。それらが周囲を舞うように飛ぶから……水晶はそこで僅かに眉間に皺を寄せた。
 それらが周囲を舞うように飛ぶから?
「なんだ?」
 水晶は足を止め、改めて街灯、そして自分の周囲を確認する。蛍のような淡い光が自分を包み込むように舞っている。それは街灯から降り注いでるわけではなかった。少なかったそれは次第に数を増して行く。ふんわりと浮かび、風に流れるように舞う小さな光は美しくはあれど、どこか得体が知れない。そっと指先を伸ばし、その光に触れてみる。衝撃を発することもなければ、熱くも冷たくもない。そもそも質感というものを感じない。しかし、確かに強い力を感じる。自分のものとは明らかに違う異質な力。それが周囲に満ちて行く。いよいよ怪訝に思っていると淡い光は強い光へと変わり、その眩しさに一瞬、瞼を閉じる。
「……」
 光が消えたあと、ゆっくりと瞼を開く。そこは家路へと続く往来ではなく、見知らぬ建物のなか。冷厳な空気が漂うそこには、自分を取り囲むように十数人の人間がいる。その顔はどこか知っているような、知らないような……。
 それは、いいとして(本当はよくないが)。
 自分はひとつの仕事を終えて帰宅をする途中であったはず。そう、家まではあともう少しだった。それなのに、一瞬にして見知らぬ建物のなかにいる。
「あんたたち、誰? ……っつーか、ここドコよ?」
 怪訝な顔でそう呟いた水晶の前へ、集団のなかからひとりの男が進み出た。どこか清廉な印象を与える礼服を身に着けているから、神聖な職についているものなのかもしれない。その男はどこか怪訝そうな鰍の視線を受けとめ、小さく息をついた。
 そして。
「ようこそ、伝説の勇者さま。今度こそ、滅びに瀕したこの世界を救ってくださいませ」
 恭しく、しかし、はっきりとした口調でそう言った。
  ◇  ◇  ◇
「伝説の……勇者……?」
 水晶は怪訝な表情のまま男を見つめる。そして、男が口にしたなかで、最も気になる言葉を呟いた。
「はい。我々はこの世界を救うことができる勇者を異世界より召喚する儀式を行いました。大成功です」
 いや、よかった、本当に……と男はにこやかに答え、続けた。
「そして、あなたがその勇者さまというわけなのです」
「……俺が?」
 水晶は相変わらずの怪訝な表情で男を見つめるが、男は動じた様子もなく頷いた。
「では、詳しいおはなしは召喚の間ではなく、円卓の間でさせていただきますのでついてきていただけますか?」
 と言葉は丁寧であるものの男は水晶の返答も待たずに歩き出し、部屋をあとにする。
「有無を言わせないカンジ。まあ、いいケド」
 水晶は小首を軽く傾げたあと男のあとに続いた。こうなってはなるようにしかならないし、状況把握のためにも素直に話を聞いた方がいいだろうと水晶は素直に男のあとに続く。荘厳な印象を与える回廊を歩き、やがてある扉の前までやってきた。
「こちらです、どうぞ」
 通された部屋には円卓があり、そこには見覚えのある顔ぶれも着席していた。アンティークショップの女主人である蓮をはじめとして、草間興信所の草間、そして、零、アトラスの碇や三下、雫の姿もある。ただ、その服装は現代でならば演劇か仮装を名目にしていなければ身に着けないような中世時代を思わせるものだった。草間や三下、碇は鎧を身に着けているし、雫や蓮は魔法使いを思わせるようなローブを羽織っている。総じて洋風であり、和風ではない。
「おや、まあ、本当に……なるほど、儀式は成功したようだ。とりあえず、自己紹介はしておくとしようかね。あたしらはあんたを知っていても、あんたはあたしらを知らないだろうから。占い師のレンだよ」
 というレンの挨拶をかわきりに次々と挨拶をされてわかったことは、どうやら服装や職業は違うものの、雰囲気的には自分がもとにいた世界の彼らと同じであるということだった。召喚された世界に自分の知っている顔があるというのは、なんとも奇妙な気分で、実はみんなして自分を騙しているのではないだろうかなどと疑ってしまう。しかし、べつに今日は四月一日ということもないし、周囲に大きな力が働いてからここへ移動していたことを考えると、やはり……召喚されたと考えるべきなのかもしれない。
「さて、それじゃあ、あたしから説明させてもらおうかね。この神殿の奥には強大な力を秘めた水晶球が安置されていてね、その強大な魔力と聖なる輝きで魔物の活動を抑制していたのさ。ところが、それをある魔道士に奪われちまってね……」
 そう言ってレンはちらりとサンシタに視線をやる。白銀の胸鎧を装備したサンシタは見習い騎士であり、自己紹介によるとミノシタであるらしいが、この世界でもやはりサンシタと呼ばれ、それが定着してしまっているらしい。レンの口ぶり、態度からすると奪われた原因はサンシタにあるようだ。
「ぼ、僕だって、その……」
 頑張りました……という言葉はもごもごと小さくなっていき、最後には消えた。
「襲撃にあったとき、さっさと気絶したのはどこの誰だったかしら。まったく、不甲斐ないわ……」
 そう言ったのはレイカだった。この世界での碇は、やはり三下の上司であるらしい。自己紹介によれば、女性ながらアトラス聖騎士団の団長を務めているということだ。
「ここにいる僕です……」
 しゅん。サンシタは俯き、それ以上の反論はしなかった。まあ、口にしたところでさらにへこまされるのがオチだろうからそれが正解かもなと思いながら水晶は言った。
「それで、魔道士に奪われた水晶球を取り戻さないと世界が滅びてしまうわけ?」
 とはいえ、それならそれもひとつの運命というものだし、『形』のあるものはいつか必ず壊れるものだ。恒久的なものなど存在しない。もし、存在するとすれば、それは『形』のないものだろうか。とりあえず、滅びるなら滅びるでべつに構わないし、どうでもいいやと水晶が口に出さずに態度に出していたところ、男は言った。
「そうなのです。ですから、魔道士に奪われました水晶球を取り戻し、神殿の台座に戻していただきたいのです。そうすることで、魔物の力は弱められ、勇者さまをもとにいた世界に戻すことも……ああ、大切なことを伝え忘れていましたね。実は、勇者さまをお呼びするために力を使い果たしてしまいまして……再び、異世界と異世界を繋ぐ扉を開くには、水晶球の力が必要不可欠であり、平たく申し上げますと、水晶球なくして勇者さまをもとの世界に送り返すことはできないというわけでして……」
「……ん?」
 水晶はその言葉を聞き、難しい顔をした。今、なんと言っただろうか、この男は。
「なんか、今さ、さり気なく微妙なコト言ってなかった? 水晶球がないともとの世界に戻れないとかなんとか……」
「はい、そのとおりです」
「そのとおりって……俺、帰れないんじゃん!」
 水晶ははっとして声をあげる。自分がもとの世界へ戻る手段とこの世界の平和はイコールで結ばれて、どうにも切り離せないものらしい。
「なんだよー、もう。そういうコトなのね、ハイ、わかりましたっ。……そうだよな、呼ぶだけ呼んどいて何もせずに帰してくれるわけないよなぁ」
 水晶は小さなため息をつき、ぼやく。それからこくこくと頷いた。
「おっけー、おっけー。こうなったらちょっと本気でやっちゃうよん?」
 さらっと世界を救って帰っちゃうよと不敵な笑みを浮かべてみせる。それから、やや表情を引き締め、本題に入ることにした。問題は水晶球がどこにあるのかということだ。
「それで、奪われた水晶球というのはどこにあるワケ? そこからしてわかってナイの?」
「それに関しては俺が」
 タケヒコが軽く手をあげた。この世界での草間はクサマ戦士団と名乗る冒険者一行のリーダーであるということだ。傭兵でもあり、それなりに名の知れた戦士であるらしい。
「魔道士はとある場所に水晶球を隠し、配下の魔物に守らせているという情報を手に入れた。石像がやたらと多い滅ぼされた学院都市、もしくは迷宮のように入りくんだもののけが住まう城、さもなくば眠りを妨げられた死者がさまよう王家墳墓……すまないな、どうにか三つまでは絞り込んだが、それ以上は無理だった」
 その言葉どおり、すまなそうな顔でタケヒコは言った。
「そうだなー……悪いヤツってのは己の権力を誇示したがるものだよな……」
 水晶は唯一やったことのあるロールプレイングゲームの記憶を辿る。ドラゴンなんとか3とかいうそのゲームには勇者が登場していた。そう、確か、最後の敵、大ボスは城にいたような気がする。
「三つのなかに……うん、城があるじゃん」
 城に決定。それに、もののけは住んでいるらしいし、迷宮のように入りくんでいるらしいし、まさに最後の敵がいる場所としてあまりにも相応しいではないか。水晶は明るい笑顔でうんと頷いた。
「勇者さま、目的地が決まったところで、その姿ではなんですから……こちらに武器と防具、それと旅に役立ちそうな道具をご用意させていただきました。どれでもお好きなものをお持ちください」
 男が示す場所にはとにかくいろいろ集めるだけ集めてみましたという具合に武器や防具が山積みになっている。そのとなりには薬瓶や古びた本といった道具がある。
「へぇ〜、たくさんあるなぁ」
 現代においては骨董品であり、飾られることが主な目的となっている剣や楯、甲冑といった防具を一通り眺める。しかし、自分には武器は必要ない。そう、武器ならば既に在る。この身のなかに。
「じゃあ、コレとコレ」
 水晶は拳から肘の長さ程度の刃を持ったダガーと篭手を手に取った。動きやすさに重点を置いたため、防御力は高そうではあるものの、その分敏捷性が極端に下がりそうな甲冑は選ばずにおく。そう、要は当たらなければいいのだ。
「勇者さま、それだけで良いのですか?」
「うん、これで十分! ……ん、いいカンジ」
 篭手を早速装備し、軽く腕を振ったあと拳を打ち鳴らす。そうしていると、どこからかばさばさという音が聞こえてきた。音のする方向を見やると灰色梟が自分めがけて羽ばたいている。すっと腕を前に出すと灰色梟は素直に腕に舞い降りる。が、どこかその動作は頼りない。
「ホーホー」
 灰色梟は水晶を見つめ、ばさばさと翼を広げたかと思うとそう鳴いた。
「なに、コレ?」
「ああ、紹介が遅れておりました。その梟は勇者さまにつき従う守護聖獣と呼ばれるものです。足につけている環がその証でございます。数日前より、突如、この神殿に姿を現しまして」
 男が言うとおり、梟はその足に小さな腕輪のようなものをつけている。
「勇者を導くといわれていますので、是非、お連れください」
「そーなんだ。よろしくな……って、名前は?」
 訊ねると男は曖昧な笑顔で小首を傾げた。
「あ、どう……なんでしょうか……ちょっとわかりません」
「我輩は梟である、名前はまだないってコト? じゃあ……ホーちゃん!」
 水晶は灰色梟にホーちゃんと命名した。理由は……敢えて語るまでもない。
「それから、こちらから一名ほどお選びください。勇者さまの旅に同行し、補佐をさせていただきますので」
 本当ならば、一名などとケチなことは言わずに全員どうぞと言いたいのですが、町を魔物から守らなければならないので……と心苦しそうな顔で男は付け足した。
「勇者さまにはいろいろと苦労をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします」
 
 <2>
「では、行きましょう。勇者さまは私がお守りします……!」
 呼び出された神殿をあとにする。見送りはなく、そこにはこの世界での草間零、レイがいる。水晶が旅の同行者として選んだためである。各自の自己紹介を聞いたところ、レイは神官であり、防御と回復の魔法を得意としているというからだ。自身が防御や回復の手段を持たないわけではないが、できれば攻撃に専念したい。連れていけるひとりのなかに防御や回復の魔法を修得しているというのであれば、迷わずそれを選ぶというものだ。
「気合入ってるじゃん?」
 妙に気合が入っているレイに水晶はからかうような笑顔を向ける。
「はい。兄さんから勇者さまをしっかりお守りするようにと言われました」
 そういえば旅立つ前にタケヒコからそんなことを言われている光景を見たような気がする。レイは真剣かつやる気な表情で頷いていたっけ……。
「そっか。そういえば、そう言われてたっけ」
「でも、兄さんに言われなくても……」
 レイは手にしたメイスと呼ばれる打撃武器をぐっと握り締めた。そして、俯き、呟くような小さな声で続ける。
「私と兄さんは本当の兄妹というわけではありません。私はずっとひとりでした。兄さんと出会い、私は私の『場所』を見つけました。私はその『場所』を失いたくはありません」
「……なるほど。うん、それは入っちゃうね、気合」
 レイにとって勇者を守るということは、世界を、自分の『場所』を守るものなのだろう。居心地の良い自分だけの『場所』、それを失いたくはない気持ちはわかる。水晶はレイの気合の本当の意味を理解し、頷いた。
「ホーホー」
「ホーちゃんもそう思うんだ? よし、じゃあ、ひとつ気合を入れて出発するとしようか」
 街の外には草原が広がっていた。遥か遠くまで続く草原のなかに通ったレンガの街道は、普段はそれなりに行き交う人も多いのだろう。敷き詰められたレンガは擦り減っている。だが、今はすれ違う者もいない。そんな街道を水晶とレイ、そしてホーちゃんが行く。……とはいえ、ホーちゃんは自らの翼で羽ばたいているわけではなく、水晶の肩の上でじっとしているだけなのだが。
 目的地の城までの道のりはレイが知っているということなので、全面的にそれに関しては任せ、自分は各地で暴れまくっているという魔物との遭遇に警戒をする。
「勇者さま、あれが目的地です」
 西へと向かううちに、やがて城が見えてきた。西洋風の城は美しくはあったが、どこかかたちがいびつに思える。景観のバランスが悪いとでもいおうか。どこかが、何かがおかしい。少なくとも、城の外壁に扉がいきなりあるのはおかしいと思う。窓ならわかるが。さり気なく建築途中の場所がいくつかあるように思えた。
「本当に、ココ? なーんかイメージと違うような……まあ、得てして世の中そんなもんか」
 断崖絶壁に位置し、曇り空と雷鳴を背にしたようなおどろおどろしい城を想像していたが、まるで違う。予想と違うなと思いつつも城の城門付近へと足を運ぶ。すると、そこにはホウキを手に掃除をしているメイド服の娘の姿があった。その顔はよくよく見るとあやかし荘の因幡恵美と同じである。この世界の恵美なのだろうと見た途端に納得をする。
「こんにちは、いらっしゃいませ。お泊りですか? ……あ、あなたは……」
 水晶とレイが近づいて来ることに気がつくと、恵美はその手を止め、にこやかに挨拶をしてきた。が、レイ、いや、自分を見た途端に顔色を変える。どちらを見て顔色を変えたのかは正直、わからない。
「俺のこと知ってんの? ……で、ここって、もののけが住まう迷宮のようにいりくんだ城なわけ?」
「はい。もののけが住まうあやかしの城……あやかし城と人は呼びます。あ、申し遅れましたが、私はこの城の管理人、メグミです」
「管理人はメグミのあやかし城ねぇ。まあ、いいや。じゃあ、ちょっと失礼して城内を探索っと」
「あ、はい。二名様ご案内ということでいいですか? では、金貨二枚をいただきます」
「二百円……じゃあ、ダメ?」
 財布を開け、なかを覗いた水晶はそう告げる。
「ダメです」
 こくりとメグミは頷いた。
「じゃあ、奮発して二千円……」
「なんですか、この紙? あ、綺麗な絵ですね。透かすと顔が浮かび上がるなんて変わってる……。わかりました、これでいいですよ」
 紙幣を眺めたメグミはにこやかに頷いた。
「では、二名様、ご案内です。お部屋はお好きな場所をどうぞ。お食事はお部屋へ運びませんから、食堂へ食べに来てくださいね。それから、何故かはわからないんですが、最近、もののけが妙に増えてしまって……行方不明になるお客様も以前より増えました。あまり奥の方へは行かない方がいいですよ」
「なに、ここ、ホテルなの? ……まあ、いいか」
 城へ入れればそれでいい。水晶はあやかしの城へと足を踏み入れる。木製の扉をくぐり、広がるホールは城にしてはやや質素な印象を受けるが、それでも綺麗に掃除はしてある。
「うーん、普通に城ってカンジ?」
「ホー」
 ホーちゃんはホールを見まわしたあと、一声、鳴いた。そして、とある方向へと勝手に飛び立つ。
「あ、ホーちゃん」
「勇者さま、守護聖獣は勇者を導くと伝えられています」
「なんだ、導いてくれているのか、ホーちゃんは」
 水晶はホーちゃんのあとを追う。ホールをあとにし、いくつもの扉が並ぶ廊下を進むが、やはり、そこも普通の城といった雰囲気で怪しい気配を感じることはない。
「ホーホー」
 ホーちゃんはとある扉の前で止まった。廊下の奥にあるその扉には張り紙がしてある。張り紙には『ここから先、もののけ注意』と書いてあった。
 水晶は扉に手を添え、そっと押し開ける。軋んだ音とともに扉は開き、その奥には更なる回廊が広がっていた。頬に触れる空気は妙に冷たい。奇妙な叫び声が聞こえ、ざわついた気配を感じる。何かがいることは間違いない。
「邪悪なるものの脈動を感じます……」
「ここからが本番ってコトか」
 水晶は深く息をつき、ほんの少し目を細めた。
  ◇  ◇  ◇
 建築というものの基礎を無視していきなり現れる扉、回廊、階段に翻弄されなるところではあるものの、ホーちゃんが周囲を見まわし進むべき方向を示してくれるので、とりあえずはそれに従う。もちろん、それが正しいのか、それとも間違っているのかはわからない。
 ホーちゃんの案内で進みながらわかったことは、この城は『住む』ということを前提に造られてはいないということだ。意味のない袋小路、開けるといきなり足場がない扉、何故か足を踏み入れると床が回転して方向を狂わせられる小部屋がいくつ存在しただろうか。
「やっぱり最後の敵の城ってカンジ」
 かつてやったゲームを思い出しながら水晶はうんうんと頷いた。あのゲームもこんな感じだった……ような気がする。
 メグミが言うところの『もののけ』の種類は豊富で実体のあるものから、実体のないものまで実に様々だった。しかし、元退魔士であり、そういったものと対峙することを専門としていた水晶だから、臆することなどなく、むしろ斬って祓い、浄化……という流れは自然でさえある。
「ただ、ちょっとコレって気になるよな……」
 水晶は回廊の床に落ちている二枚の紙を拾いあげる。鮮やかに真っ二つされたもののけは紙となりひらひらと舞い落ちた。実体のない霊体であるものは、おそらく城内で迷って亡くなったものなのだろう。出会うと問答無用で無念の思いをぶつけてはくるが、斬ったあとに浄化し、本来あるべき場所へと送ることができる。しかし、実体のあるもののけは、真っ直ぐに向かってくるものと来ないものがいる。真っ直ぐに向かってくるものを倒すとこのように紙へと変化する。紙には何か呪言めいたものが書かれていることから、何者かの術法によって存在していると予測がたてられるのだが……。
「そういえばさ、水晶球を取り返して来いって言ってたじゃん? それはいいとして、奪った魔道士はどうしているわけ? 水晶球は配下の魔物に守らせているって話だったケド」
 肝心の奪った本人はどこにいるのだろう。それに関しては誰も何も言わない。単に場所が掴めないだけかもしれないが、少し、気になった。
「わかりません。少し前までは魔物を引き連れ、街を襲っていたという噂を耳にしていたのですが、あるときを境にして……。今は、まったく聞きません」
「ふぅーん」
 もしかしたら、ここにいるのかもしれないな……水晶は漠然とそんなことを思いながら手にしていた紙をくしゃりと手で潰し、捨てる。
「ホーホー……」
 ホーちゃんは不意にきょろきょろと辺りを見まわしたかと思うと、勝手に飛び立つ。危険な区域に足を踏み入れてからはおとなしく水晶の肩の上で道案内をしていたというのに。
「あ、ホーちゃん! ここは危ないって」
 しかし、ホーちゃんは止まらない。ばさりばさりと翼を広げ、回廊を曲がり、その奥に現れた大きな扉の前で止まる。そして、やたらと騒ぎ立てた。
「ホーホー!」
「お。今までになく騒いでんじゃん。もしかして、このなかじゃナイの?」
 ホーちゃんの騒ぎ具合を見ていると、そんな気がしてならない。水晶はレイに顔を向ける。レイは真剣な表情でこくりと頷いた。水晶はそれを確認し、扉をさっと開き、とりあえず壁際へと避ける。それから、改めて部屋のなかを覗きみた。かなり広い部屋で、野球まではできないが、バスケットボールくらいならば余裕で行えそうに思える。
「何かある……」
 何か大きくて透き通ったものがある。水晶の背丈よりも大きいそれは長方体で、近づき、紫水晶でできていることに気がついた。そのなかには人の姿がある。
「ホーホー……」
 ホーちゃんは寂しげに鳴くと水晶柱の周囲を旋回するように飛び、そして水晶の肩へと戻った。
「ホーちゃん? ……あ、これ……」
 水晶のなかに閉じ込められている人物は自分と同じ顔をしていた。
 
 <3>
 もう一度、よく確認する。
 やはり間違いなく自分と同じ顔立ちをしている。自分と違うところは、その装備だろうか。
「俺じゃん」
 水晶は水晶柱を見つめ、触れた。冷たく硬い。そのなかにいる自分はかなり追い詰められた状態のようなやや厳しい表情のまま動きを止めている。
「まあ、みんながいるんだし、俺がいたっておかしくないケドさ……でも、この扱いはちょっとなぁ」
 水晶柱を撫でながら水晶はなんとも言えない表情で呟いた。自分の知っている面々がいるわけだから、自分がいてもおかしくはない。だが、こういうかたちでこの世界の自分と出会うとは。いや、こういうかたちでの出会いだからこそ、自分はここにいるのかもしれない。水晶は不意に自分がここにいる理由を悟った。
「勇者さま……」
 水晶の背後に立ち、水晶柱を見つめていたレンはぽつりと呟く。
「知ってたんだ?」
 振り向かず、水晶は問うた。
「いえ、勇者さまがここでこうしていることは知りませんでした」
 静かな、しかしどこか沈んだ声でレイは答えた。
「勇者さまは魔道士を倒しました。でも、魔道士は水晶球を持ってはいませんでした。勇者さまは改めて水晶球を探す旅にでました。そして、そのまま帰りませんでした。付き従っていた守護聖獣だけが戻り、皆は絶望しました……」
 レイはそこで一息つき、ややあってから言葉を続けた。
「だから、違う世界の勇者をこの世界に呼び寄せることにしたのです……」
「それが、俺ってワケか」
 こくりとレイは頷く。
「勇者を違う世界から呼び出したことを知っているのは、一部の人間だけ……そう、あの神殿にいた人達だけです。町の人達は知りません。世界を救うはずの勇者が戻って来なかったと知ったら絶望してしまうから。すみません、勇者さま……」
「理由は教えておいて欲しかったような気もするけど、まあいいや。過ぎたことだし」
 水晶は振り向き、レイを見つめた。そして、にこりと笑みを浮かべてみせる。
「ホーちゃんに主人を返してやりたいじゃん?」
「ホー……」
「そんな寂しそうに鳴くなって。……来たか」
 不意に重く、禍禍しい気配が周囲を包み込む。水晶はホーちゃんから部屋の奥へと視線を移した。
「……」
 そこにはぼろぼろのローブをまとい、フードをかぶっているような影が揺れている。フードの奥に顔は見えないが、目にあたるだろう部分には赤い光がある。ローブから突き出している腕の先には水晶球がある。それを手にしている指は妙に節ばっていて枯れ木のように見えた。
 おそらく、あれは。
 魔道士の成れの果て。
「死して尚も迷うか……」
 呟いた水晶の瞳は黒から灰色へと変化する。胸の前に出した左手に右手を重ね、そして、ゆっくりと離す。それとともにその身を鞘としておさめている神刀が姿を現していく。
「勇者さま……!」
「そなたは下がっているがよい。あれはすでに死したもの。世の理から外れし、外道。穢れた気はそなたによからぬ影をもたらそう……」
「勇者さま……? わかりました。では、せめて……《楯》の魔法を使います」
 レイは気配を変えた水晶に驚きつつも、両手をあわせ、祈りを捧げるような仕草で言葉を呟く。だが、レイがそうしているように、水晶球を手にしたそれもまた同じように何かを呟いている。
「よい、下がれ!」
 あれはよからぬもの。水晶は警告するが、レイは祈りをやめなかった。その場で祈りを捧げ続け、最後の言葉を呟くと同時に水晶の身体が一瞬、淡い光に包まれた。それに遅れること一秒、魔道士は言葉を呟き終える。すると、手にしていた水晶球が妖しい光を宿し、それを放った。
 部屋全体に雷のような光がほとばしり、水晶はそれを紙一重で避ける。
 しかし。
「きゃっ……勇者さま、どうか、」
 背後から小さな悲鳴が響き、言葉は不意に途絶えた。はっとして振り返るとレイはこの世界での自分がそうであるように、水晶柱に閉じ込められていた。
「そなたの思い、受け取った……!」
 水晶は呟き、魔道士を見据える。その一方で神刀に添えた手をその刃を撫でるように動かした。神刀はその身に清廉な気を宿していく。そして、その気が満ちたところで静かに刀を構えた。
「貴様には引導を渡してくれよう。二度と迷いいずることのないように」
 魔道士は手にしている水晶球から妖しい光を放つ。それを右へ左へと交わしながら少しずつ間合いを詰める。魔道士は簡単に間合いを許し、水晶は的確に捉えられる間合いへと踏みこんだ。
 刀を振り上げ、気合と共にその身体を袈裟斬りにする。確かな手応えを感じ、もはや肉体を持たない影のような魔道士の身体はふたつに斬り裂かれる。が、それも一瞬のこと。その身体は何事もなかったかのように瞬時にしてもとへと戻る。
「なに……?」
 確かな手応えを感じ、その身体が斬り裂かれる光景を目撃した。油断をしたわけではなかったが、結果的にはそうなってしまうのかもしれない。一瞬の隙をつかれ、水晶球が放つ光を浴びてしまう。
 不思議と痛みや熱といったものを感じない。眩しさだけを感じているなか、ぱりんと何かが砕け散る音を聞く。光線を遮るように水晶の前に突如現れた輝ける楯が粉々に砕けた音だった。
 レイの魔法が魔道士の攻撃を防いだものの、その魔法は砕けた。次はない。水晶は魔道士を見やり、それから水晶球を見やった。
「その身は影か……」
 水晶は水晶球に狙いを定める。
 気合一閃。
 水晶球が再び光を放つ前に研ぎ澄ました一撃を与える。
 強烈な光と衝撃を放ちながら、水晶球は砕け散り、魔道士の影のような身体は断末魔の叫びを残して霧散する。
「……」
 水晶は神刀を戻し、砕けた水晶球を見つめる。
 砕いた。
 見事に、砕いた。
 これほどはないというほどに。
「ホーホー!」
 ホーちゃんが嬉しそうな声をあげる。振り向くと水晶柱が砕け、閉じ込められていたこの世界の自分とレイが動き出すところだった。
「しょうがないじゃん。これしかなかったんだから。うん、しょうがない、しょうがない。……大丈夫か?」
 水晶は何度かしょうがないと繰り返したあと、ふたりへと駆け寄った。
  ◇  ◇  ◇
「ありがとうございます、勇者さま。これでこの世界は平和を取り戻しました」
 砕けた水晶球を手に神殿へと戻ると感謝の言葉で出迎えられた。
「取り戻す過程で、どーしてもこうなっちゃんだケド」
「気になさらないでください。砕けたところで力を失うことはありません。かけらの大小により力が分散されるかもしれませんが……同じ場所にかけらごと置いておけば問題はありません。今までどおり、神殿の聖なる力を高め、魔物を抑制してくれることでしょう」
 男はにこやかにそう答えた。水晶はほっと胸を撫でおろす。仕方がなかったとはいえ、少しは気にしていたのだ。取り戻したものの、これでは使い物にならないと言われ、さらにはこれではもとの世界へは戻せませんと言われたらどうしようか、と。
「では、名残は惜しいですが、勇者さまを本来在るべき世界へとお送りしましょう。勇者さまの手を必要としている人々がいるでしょうし」
 男の言葉に反応し、背後に控えいた者たちが頷き、小さく言葉を呟きはじめる。その言葉が進むに連れ、水晶の周囲に淡く小さな光がぽわりぽわりと浮かびだす。
「なんだか、その……なんと言ったらいいのか……」
 この世界での自分は戸惑う表情で自分を見つめる。その戸惑いはわからなくはないが、そう緊張しなくてもいいだろうにと水晶は思う。
「……『水晶』なのか?」
「え?」
 どこか照れたような戸惑う表情でこめかみに指をやる自分の手首に疵はない。
「いや、なんでもない。ホーちゃんと仲良くな」
「ホーホー」
 水晶はこの世界の自分の肩にいるホーちゃんの頭をぽんぽんと軽く撫でるように叩く。
「勇者さま、お元気で」
 いよいよ光が強まってきたというとき、男は水晶の右手を掴み、何かを握らせた。なんだろうと水晶が手のひらを覗くとそこにはあの水晶球のかけらがあった。
「コレ、アレじゃん。なに、くれるの? いいわけ?」
「よいのです。勇者さまに幸多からんことを。勇者さま、またいつかこちらの世界へおいでください。そのときは」
 男の言葉が終わらないうちに周囲の光景は一転し、東京の町並みが戻ってきた。……いや、戻って来たのは町並みではなく、自分になるのか……水晶は空を見あげる。
 黄昏時の空。
「……」
 落ちついて周囲を見まわしてみると、自分はまったく同じ場所、同じ時間に戻ったらしく、何事もなかったかのように人々は自分を避けて通りすぎて行く。
 本当に何事もなかったかのようだから、そのとおり、何もなかったかのように、それこそ夢だったようにも思えてくる。
 だが、夢ではない証拠は手のひらのなか、そして心のなかにある。
「信じてくれるかな……」
 帰宅し、大切な人にこのことを話したら、信じてくれるだろうか。
 帰り道、ちょっと召喚されちゃってさ、異世界で勇者をやってきたよ……なんて。かけらという証拠はあるけれど、それでも。小道具まで用意してと笑われるだろうか。
 ……まあ、それでもいいか。
 水晶はかけらを指ではじき、それを掴み、握りしめる。そして、歩き出した。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3620/神納・水晶(かのう・みなあき)/男/24歳/フリーター】


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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございます。
そして、お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、神納さま。
納品が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
口調を書いていただき、ありがとうございます。大変助かります。イメージを壊していないことを祈るばかりです。今回、水晶を奪還ということで、やたらと水晶という言葉が出てきてしまい……いっそクリスタルと表現した方がよかったのでしょうか……。
短い旅ではありますが楽しんでいただけたら是幸いです。

願わくば、この事件が思い出の1ページとなりますように。