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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


〜血の潤い〜


□オープニング


  『ヴァンパイア』 投稿者 美久野

 東京の下町に、ヴァンパイアが出たって知ってる!?
 なんでも、すっごい美女とすっごい美男子らしくって夜中にバーに誘ってお酒飲ませて酔わせた後に血を吸うんだって!
 だから被害者の首には二つの歯の跡があるらしいよ!
 で、女の人も男の人も被害が出てるんだけど・・・その被害者たちがまた綺麗な人ばっかりなの!
 でもまだ誰も死んでいはいないらしいよ〜。意識不明の重態の人は何人かいるけど、他の人は別にドーデもないみたい。ちょっと貧血気味?みたいな。
 あたしのリサーチによると、夜中の11時から3時までの間が多いらしいよ!
 被害者はこれと言って接点はないんだけど、みんな綺麗な人ばっかり!下は10代からいるって聞いた!
 なんか、段々被害者の数が多くなってきてるんだって〜。
 誰かこれ見てる人で被害にあった人とかいない〜?

 レス1 『友達が・・』

 私の友達が被害にあったよ。女の子だったんだけど、すっごく綺麗な人に誘われてバーに入って、そっから先のことは覚えてないんだって。
 なんか、そのバーの名前も思い出せないみたい。

 レス2 『バーの名前』

 そうそう、被害者の人達ってみんなバーの名前思い出せないんだよな〜。なんか、すっごい派手なバーだったってだけで場所も思い出せないらしいぜ?

 レス3 『速報!』

 被害者で、昨日の夜に被害にあったと思われる女の子が今朝搬送先の病院で亡くなったんだって!
 新聞で見たんだけど、すっごい可愛い女の子だった〜。高校生だったみたいだよ。
 なんかさ、一昨日に被害にあった男の子も意識不明の重態で危ないって言ってたし・・・なんか怖いよね〜。

 
 柳崎 琢磨はそっと掲示板から顔を上げた。
 時刻は夜中の12時過ぎ・・。
 真っ暗な室内の、パソコン画面だけが白い光を放っている。
 “ヴァンパイア”・・なんだかそのような事件を聞いた気がした。
 不鮮明な記憶の糸を手繰り寄せ、見えるところまで引っ張る・・・。
 確かあれは署内で・・そうだ、対策本部が立てられたのだ・・・。
 被害者が出てしまってから対策本部を立てたところで、もう遅いのに。
 何故もっと早く行動を起こさない、被害者が出て直ぐに対策を立てればこうはならなかったかもしれないのに・・!
 かっとなりそうになる思考を急激に冷やす・・・。
 今ココで、警察を悪く言った所でどうにもならない。
 琢磨はぐっと目を瞑ると、目頭を押した。
 そう言えば今日の新聞を読んでいなかったように思う・・もしかしたら載っているかも知れない。
 琢磨は立ち上がると、テーブルの上に無造作に置かれた新聞を開いた。
 載っている。
 “ヴァンパイアの被害者がついに出る!”
 その下には白黒で顔写真が載っている。17歳・・高校2年生だ。
 刑部 志保(おさかべ しほ)という名前の少女だ。確かに可愛らしい顔をしている。
 まだ幼さを含んだあどけない表情・・もう2度と見る事の出来ない笑顔。
 「やれやれ、吸血鬼とは…浮世離れしてきたな、この町も。」
 琢磨は新聞をそっとたたむと、パソコンに向かい合った・・。
 時刻は1時少し前・・。
 今この瞬間にも、誰かがヴァンパイアの喉を潤しているのかも知れない・・。


■情報収集は感情を含む

 琢磨は次の日ある病院の前に来ていた。
 昨夜亡くなったと言う少女が搬送された病院だ。
 ナースステーションに足を運び、キチっとした黒のスーツの胸元から警察手帳を見せると言った。
 「昨夜亡くなった刑部志保さんについて調べているのですが・・。」
 「あぁ・・志保ちゃん・・?」
 奥から一人の看護婦が琢磨の元に近づいてきた。チラリと警察手帳を確かめると、奥に案内した。
 ナースステーションの少し入った所にある部屋は革張りのソファーが置いてあり、壁には数点の絵がかけられている。
 30代半ばかそのくらいの看護婦は、琢磨の前に湯気の立ったティーカップを置くと目の前のソファーにドサリと腰を下ろした。
 ソファーが軋み、軽い抗議の声を上げる・・・。
 「それで、志保ちゃんの何を聞きたいんです?」
 「失礼ですが・・刑部さんとの面識がおありなのですか?」
 「志保ちゃんは、小さい頃からうちの病院に入院してたのよ。・・あぁ、名乗り忘れたわ。私の名前は郷田と言います。」
 郷田はそう言って、胸元に付けられたネームプレートをぐいと指で引っ張った。
 琢磨は胸元から小さな銀の名刺入れを取り出すと、そこから一枚抜いて郷田に差し出した。
 「ふ〜ん。柳崎琢磨さんねぇ。」
 郷田はあまり興味なさげにそう言うと、ポケットに名刺を差し込んだ。
 「刑部さんは、なにか持病を持っていたのですか?」
 「志保ちゃんはねぇ、心臓が悪かったのよ。産まれた時から20までは持たないって言われてたのよね。頻繁に発作を繰り返して何度もうちの病院に急患で搬送されてきたわ。」
 郷田の視線がどこか遠くを見つめる。
 それほど昔ではない過去を思い出しているのだ・・。
 「凄く可愛い子でね、いつもニコニコ笑ってて。看護婦達からも先生達からも好かれていたわ。明るくって・・。それがこんな事になるなんて・・。」
 自嘲気味な笑い声を出す。
 なにか事件が起こった時、たびたび聞かれる台詞・・“こんな事になるなんて”。
 この中にどれほど複雑な感情が混ぜられているのか、柳崎は想像し得なかった。
 ただ・・この郷田と言う看護婦は刑部志保が亡くなった事に相当感情移入しているのだけは分った。
 「志保ちゃんね、やっと心臓移植の受け入れ先が決まったのよ。アメリカで・・移植手術をしてくれる所が見つかって、型が合う心臓が見つかって・・。」
 手術をすれば、命のリミットを延ばせるかもしれなかった。
 拒否反応さえ出なければ・・20と言われた寿命がその倍以上になるかも知れなかった。
 けれど現実は残酷だった。
 20までと言わず・・たった17の若さでこの世から連れて行かれた・・。
 他人の手によって・・。
 「そうだ・・今日、志保ちゃんのご両親がここに来るの。良かったら会って行きません?」
 郷田の誘いに、琢磨は少しだけ躊躇した後にその首を縦に振った。


 遺族と会う時、琢磨は細心の注意を払うようにしていた。
 その言葉の端々にも、行動の隅々にも・・遺族の感情を考えない行動はしてはいけない。
 常に被害者の立場に立って考える、琢磨ならではの考え方だった。
 「刑部志保さんの・・親族の方ですか?」
 琢磨は優しい声で、なるべく問いかけるように聞いた。
 警察という権力を振りかざして“話させる”と言うやり方を琢磨は好まなかった。
 あくまで、問いかける。“話してくれるように努力する”それが琢磨なりのポリシーでもあった。
 「志保の・・母です。」
 俯きながら名乗った女性は、新聞で見た少女の顔と似ていた。
 目がはれており、琢磨の心が痛んだ。
 琢磨はポケットから警察手帳を出すと、そっと女性の前に広げた。
 「警察の方ですか・・。志保の母の、静香と申します。」
 丁寧に頭を下げる静香に、琢磨も丁寧に頭を下げる。
 「刑事さん。どうか志保を襲った犯人を捕まえてください。あの子、やっと心臓が・・。」
 静香の瞳から、ポロリと涙が零れ落ちた。
 やっと長年娘の体を蝕み続けていた病魔から・・娘を解放できると思った矢先の残酷なヴァンパイア。
 どれほどまでに彼女はヴァンパイアを憎むのだろう。
 搾り出すような、小さな嗚咽が漏れ聞こえる。
 突然静香の影から小さいな少女が出てくると、琢磨の前に立ちふさがった。
 「ママをいじめないで!メっ!!」
 通せんぼをするように、両手を広げて母親を守るように立つ。
 6歳か7歳か・・そのくらいだろう。
 頭の高い位置で髪を2つに縛っている。
 「汐(しお)ちゃん・・違うのよ、お兄さんはね・・お姉ちゃんを連れて行っちゃった悪い人を捕まえてくれる人よ。」
 静香の言葉に、汐の顔が輝いた。
 今までの攻撃的な表情とは違い、晴れやかな・・キラキラと輝く瞳で琢磨を見上げる。
 「お兄ちゃん、お姉ちゃんのカタキを取ってくれるの?」
 クイクイとズボンを引っ張られ、琢磨はしゃがんだ。
 汐と視線を合わせ、その頭を優しく撫ぜる。
 「お姉ちゃんね、遠い所に連れて行かれちゃったんだって言うの。それでね、正義の見方がお姉ちゃんを助け出してくれるんだって!だから・・お兄ちゃんは正義の味方なの?」
 この子は・・お姉ちゃんの死を理解していないのだ・・。
 お姉ちゃんは悪い人にどこかに連れて行かれてしまい・・正義の味方がお姉ちゃんを助け出してくれるのを待っている・・。
 琢磨は少女の“夢”を壊さないためにも頷こうかと思った。
 正義の味方と言ってしまえば、少女は琢磨を賛美し、慕い、きっと帰ってくるであろうお姉ちゃんを待って過ごすのだろう。
 “死”を理解するその時まで・・。
 けれど、ソレを理解した時・・少女には一体何が残るのだ・・?
 「俺は・・正義の味方じゃない。でも、お姉ちゃんを連れて行った人は必ず見つけるから・・。」
 その言葉以外に、かけられるモノが見つからずに・・琢磨は言った。
 汐は少しだけ首をひねって考え込んでいたが、直ぐに明るい笑顔を取り戻すと言った。
 「それでも、お兄ちゃんは良い人なんでしょう!?だからね、汐・・コレあげる!」
 肩から斜めに提げた赤いポシェットを開くと、中から小さな飴玉を取り出した。
 小さな手に1つだけ掴むと、琢磨の手に握らせた。
 淡いブルーをした丸い飴玉・・ソーダ味のものだろうか・・?
 「いつもね、汐が良い子にしてるとお姉ちゃんがソレくれるの!これはね、お姉ちゃんが帰ってこなくても汐、泣かなかったからって、ママがくれたの。」
 「そうか・・。」
 琢磨は手に握った飴玉を見つめた。
 蛍光灯の光を反射して、キラキラと七色に光る・・。
 「だからね、お兄ちゃんは良い人だから、汐があげるの!絶対、お姉ちゃんを連れて帰ってきてね!」
 汐が邪気のない表情で笑う。
 純粋すぎる子供は綺麗で、可愛らしく・・そして残酷だ。
 琢磨は汐の頭を撫ぜると、立ち上がった。
 「汐、パパの所に行ってなさい。ママ、少しお兄さんと話があるから。」
 「は〜い!お兄ちゃん、頑張ってね!」
 大きく手を振りながら、汐は病院の奥に駆け出して行った・・。
 その後姿を見送った後、静香がゆっくりと琢磨と向かい合った。
 「志保は、亡くなった時薄いブルーのワンピースにコートと言ういでたちでした。心臓の発作が段々と和らいできていた時で・・。」
 静香がひとりでに話し出す。
 それは、幾度となく警察の取り調べて聞かれた事なのだろう。
 まるで暗唱するかのように声は抑揚に欠き、視線は宙を行ったり来たりしている。
 「志保は昔から友達の家でお泊り会をしたいと言っていたんです。友達と一日中一緒にいて、わいわい騒ぐ・・けれど志保の身体では無理で・・。最近は調子も良かったし、移植手術をする前にここで思い出を作らせてあげたいと思い・・。」
 友達とのパジャマパーティーを承諾した。
 渡米してしまえば、いつ帰ってこられるか分らない。
 新しい心臓が拒否反応を起こさないとも限らない・・だから・・。
 「夜中、友達と一緒にお菓子を買いに外に出たんです。11時少し過ぎ・・コンビニで買い物をして、志保が外で待ってると言った後・・外に出てみると誰もいなく・・。」
 翌朝、志保は極度の貧血状態で見つかり・・手術途中に発作を起こして帰らぬ人となった。
 ・・いくらでも止める要素はあった。
 静香は友達の家に行く志保を止められた。
 夜中にお菓子を買いに行くのを止めれば、事件は起きなかった。
 先に志保一人で外に出ていなければ・・。
 全てが、遅い事。
 こうなってしまわなければ気がつかない、過去の些細な出来事の一端に過ぎないのだ。
 琢磨は少しだけ唇を噛むと、真っ直ぐに静香を見た。
 「ありがとうございました。」
 そう言って、深々と頭を下げた。
 ここから先は署に出向いて行って聞いたほうが早い。
 踵を返して去って行こうとする琢磨の背中に、静香が声をかけた。
 「刑事さん、これを・・。」
 持っていた小さい黒のバッグから手帳を取り出すと何かを書き付けて破った。
 それを琢磨に手渡す。
 そこには電話番号と住所が書かれていた。
 “新北 有紀(あらきた ゆき)”
 「あの日、志保と一緒にいた子のうちの一人です。その子の家で・・パジャマパーティーを・・。」
 「そうですか・・ご協力感謝します。」
 琢磨はそれを受け取ると、病院から出た。
 病院の前の駐車場で・・ある場所に電話する。
 「もしもし・・柳崎だ。ヴァンパイアの事件に関しての報告書を用意しておいて欲しい。直ぐにだ・・。」


□渇きと永遠

 夜の10時過ぎ・・。
 琢磨は警察署から持ってきた報告書のコピーを持ってとある路地に立っていた。
 静香から教えてもらった有紀からの情報だ・・。
 有紀もかなり参っているらしく、話らしいものは聞けなかったもののなんとかこの場所だけは教えてもらう事が出来た。
 鞄から、報告書を取り出して薄明かりの街灯の下に立つ。
 辺りは漆黒の闇に落ち、人影もまばらだ。
 風が鋭い刃のように琢磨の身体を通り抜ける。
 報告書に目を通す。
 被害者達に接点はない。完全な無差別・・。
 一番最初の被害者から今日まで25人もの人間がヴァンパイアに血を吸われている。
 真実か偽りかは分らないが、警察に寄せられたヴァンパイア目撃情報も1000を越えていると言う。
 ・・被害に合った人の中で死者は1人。重態は3人。
 その3人も、命に別状はない。ただ意識が戻らない・・。
 ふっと、琢磨の目に赤い瞳が飛び込んできた。
 目ではない・・頭にだ。
 赤い瞳はカっと見開き、琢磨を直視している。
 ・・目では路地の風景が見えてる。しかし今琢磨の目の前には赤い瞳がある。
 ヴァンパイアだ・・。
 琢磨は直感でそう思った。その瞳は次第に輝き始め、琢磨の意識を闇に引きずり込もうとする。
 必死に意識をこちらに引き戻そうとするが、ヴァンパイアの力には敵わずズルズルと闇が近づいてくる・・。
 そう言えば、ヴァンパイアは人を魅了する力があると聞いたことがある。
 チャームだかなんだかと言う・・力・・。
 琢磨の意識が、闇の中に落ち込む・・・。
 と、その瞬間肩にポンと柔らかな手の感触を感じた。
 急に視界が開け、瞳が消える・・目の前には何か悪いものに取り憑かれているとしか思えないほどに妖艶な美女・・。
 「はぁい、オニーさん。」
 そう言って片手を上げて挨拶をする。
 昔からの知り合いのように・・・。
 「・・ヴァ・・ン・・パイア・・。」
 思うように言葉が出ず、途切れ途切れになる。
 何故だか呼吸が苦しい。肩で息をしつつ、それでも警戒だけは怠らなかった。
 「そ。アタシには一応ヴァンパイアの血も混じってる。・・でも・・アンタが思ってるようなヴァンパイアでは残念ながらないのよね〜。」
 「どう言う事だ・・?」
 「アタシは血なんて飲まないって事!大体、考えてもみなさいよ!生暖かいものが口の中にバーって入ってくるのよ!?しかも鉄臭い!最低!最悪!」
 「・・そうなのか・・・?」
 「当たり前でしょ!アンタ、血、飲んだ事ないの!?」
 ・・・飲んだ事はない。しかし逆に問いたい。
 飲んだ事があるのかと・・。
 「あ〜・・アタシは、何百年も前に諸事情でね・・。あー、そうだ、アタシの名前はティアラ。ティアラ・S・スペクター・・なんて、今では誰も呼ばないけど・・。」
 「俺は柳崎琢磨・・。」
 そう言って名刺を出そうとした琢磨の手をティアラが止めた。
 その瞳は真剣そのものだった。今さっきまでのどこか冗談半分の瞳とは違っていた。
 「ねぇ、琢磨。アンタ、ヴァンパイアを追っているのよね・・?今、巷で噂のヴァンパイア。」
 「そうだが・・。」
 「なら話は早いわ。アンタにはコレをあげる。」
 ティアラはそう言うと、服のポケットから小さな十字架のついたネックレスを差し出した。
 これを・・しろと言うのだろうか・・?
 「吸血鬼は人を魅了する力を持ってるわ。瞳を見たら最後、さっきのアンタみたいになる。だから、これを首から提げて。力を無効にするから。」
 ・・・なんだか分らないが、さっきみたいにならないようにするお守りのようなものだろうか・・?
 琢磨は少し躊躇した後に、それを受け取った。
 首から提げ、ワイシャツの中に滑り込ませる。
 「アタシは同族を殺しちゃいけないから、少し手助けをするくらいしか出来ないけど・・。」
 「いや・・大丈夫だ。」
 「いい、よく聞いて。ヴァンパイアは2人組よ。女と男。さっきアンタに念を送ってきたのは男の方。・・・どっちも、手遅れよ。」
 ティアラの小さな呟きを聞く事なく、琢磨は路地から駆け出していた。
 視界の端にあの瞳が映る・・。
 挑戦的に、こちらに微笑みかける男女の姿・・。
 あれが巷で噂のヴァンパイア・・確かにティアラと同様に美しい。
 しかし、人間的妖艶さを持ち合わせているティアラとは違いヴァンパイアは異質の雰囲気を放っていた。
 人間らしさが微塵もない。ただ美しいだけの容姿・・。
 いつの間にか通りから人影が消えていた。
 琢磨は走った。それなのに、歩いているヴァンパイアに追いつけない。
 いくつもの角を曲がり、通りを越えた。
 信号はいつも青だ。
 見えるのはヴァンパイアの影と暗い町並み。
 人の姿も、車の姿もない。
 けれど・・何故かソレが不思議だとは思わない・・。
 ヴァンパイアが角を曲がり、琢磨もソレに続いた。
 「なっ・・。」
 琢磨は小さく驚きの声を漏らした。
 突如目の前に現れたのは七色に輝くネオン・・。
 “Bar Heaven”の文字。
 ここが、被害者達が連れてこられたと言うバー・・?
 「ねぇ〜、アンタだぁれぇ〜?」
 妙に甘ったるい、鼻にかかる声。
 バーの前で仁王立ちになって琢磨を待ち構えていたヴァンパイアのうちの女の方が言う。
 腰まで伸びたウエーブの髪を柔らかく払い、フワリとなびかせる。
 「貴様らが、ヴァンパイアか・・?」
 「そうだ、それで・・お前は誰だ?なんだか妙な力を持っているようだからこっちまで引き込んだのだが・・。」
 「ねぇ〜、そんな事、どーでも良いじゃなぁ〜い。あたしぃ、丁度喉が乾いてきちゃったしぃ〜。」
 瞳が赤く光る。
 あの時と同じ光だ・・けれども琢磨には何も感じなかった。
 ティアラからもらった十字架のおかげなのだろうか・・?
 「あらぁ〜。チャームがきかなぁ〜い。なんか、変な力でも持ってるのぉ〜?」
 「アイツではない。胸元にあるモノが力の源だ。」
 どうやら、女の方はそうでないにしても男の方はなかなかできるようだ。
 琢磨は一歩だけ退いた。
 妙な緊張感が場を支配する・・。
 「お腹空いたぁ〜。ねぇ〜、もうさぁ・・。」
 ヴァンパイアが俯く・・その肩からサラサラと髪が流れ落ちる。
 触ったら柔らかそうな繊細な髪・・ここまで甘い香りが漂ってきそうだった。
 顔を上げた・・瞳は真っ赤に染まっている。
 狂気をたたえた瞳に、先ほどまでとは違う凄まじい殺気を感じる。
 「もうさ、殺っちゃっても良いよね。」
 琢磨は唇に力を入れると、叫んだ。
 「被害者を死に至らしめた時点で貴様らは万死に値する!」
 「そんなの、知らないよ・・。」
 2人の足が地面を蹴り上げるのが見えた。
 言葉は通じない。
 法律で裁けないヤツラを裁く手段は・・排除のみ・・。

 カッと、琢磨の中で何かが燃え広がった。
 赤い炎・・怒りを伴う・・赤い・・。
 ソレは次第に形作っていく。小さな火種から、わずかばかり大きくなり・・子犬のような姿になる・・。
 子犬は成長し、紅蓮の狼へと変化する・・。
 狼が一声空に向かって鳴いた。
 尾を引く咆哮・・。
 琢磨は目を見開いた。
 直ぐ近くまで迫ってきているヴァンパイア・・それを、真横から紅蓮の狼が食いちぎる。
 闇夜を切り裂く断末魔。
 目の前で2人のヴァンパイアが燃え上がり、踊り狂う。
 狼の姿はない。
 大きな炎としてヴァンパイアを飲み込んでいるだけだ・・。
 巨大な火柱・・赤い・・紅蓮の・・。
 ザワリと、音を立てて琢磨の視界が揺れた。

 真っ暗な中、上にも下にも石の階段が伸びている。
 石の階段は時には分れ、別の階段と結びつき、崩れ落ちているものもある。
 琢磨は下に続く階段を見た。
 一段・・二段・・ずっと先まで続く階段を見るたびに琢磨の脳裏に過去の映像がちらつく。
 小学校の時・・中学・・高校・・。
 『おい。』
 階段の上の方から聞きなれた声が琢磨を呼ぶ。
 反射的にそちらを向く・・そこには琢磨がいた。
 正確に言えば違う。
 琢磨の姿を模した何者かがそこには立っていた。
 ピシっとした黒のスーツ、漆黒の髪、そして・・赤く煌く瞳。
 「誰だ・・!?」
 『おいおい、冗談は止めてくれ。俺は琢磨だ。柳崎琢磨。俺はあんただ。』
 ・・冗談を言っているのはそっちじゃないのか・・?
 琢磨は言葉をぐっと飲み込んだ。
 それは、カレの手に赤い炎が握られていたからだ。
 琢磨が扱っている炎よりも強く、威圧的な・・。
 『あんたはコレが欲しいんだよな?力、権力・・この先に行けばいくらでも手に入る。』
 カレはそう言うと、続く石の階段を指差した。
 確かに遥か頂上で力強く光り輝く赤い炎が見える。
 あそこまで行けば・・手に入る・・!!
 琢磨は石の階段を一つだけ上がった・・。
 その時、脳裏に何かが浮かんだ気がした。
 幼い頃のほんの些細な一場面・・しかし思い出せなかった。
 覚えていたはずの記憶が抜け落ちているのだ・・。
 琢磨はすぐに後を振り向いた。
 下に続く石の階段・・その、一番下の段が崩れている・・。
 「・・なっ・・!!」
 グラリと揺れる視界。
 消え行く石の階段と共に、確かに幼い時の1つの光景が琢磨の脳裏から姿を消した・・。
 カレが不敵に微笑む。・・その意味を、理解する事ができないまま・・意識は闇に飲まれた・・。


 「・・よ・・きてよ・・!起きて!琢磨!!」
 琢磨は段々と近づいてきた声で目を覚ました。
 視界いっぱいに広がるのは、ティアラの顔・・。
 その顔がどこか疲れているように見える。そして、鼻を突く何かがこげた匂い。
 琢磨は瞬時に起き上がろうとしたが、それは頭の痛みと共に押し込められた。
 頭が痛い。まるで金槌で殴られているかのような痛みだ。
 吐き気すら伴う激しい痛みに、琢磨は顔をゆがめた。
 「あ・・大丈夫・・?」
 心配そうに覗き込むティアラの瞳の奥が不思議な感情をたたえて琢磨を見下ろしている。
 「ビックリしちゃったよ。琢磨が消えたと思って急いで来て見れば、ヴァンパイア達は焼け焦げてるし・・それに・・。」
 ティアラの視界が戸惑いがちに揺れた。
 その視界の先を、追う。
 ・・七色に輝いていたバーが焼け焦げている・・。
 あの煌びやかな照明は黒く煤け、バチバチと火花を放っている所もある。
 バーはほぼ全焼だった。
 琢磨は痛む頭を押さえながら上半身だけを起こした。
 一体誰がこんな事を・・。中にはヴァンパイアによって連れさらわれた人がいたかもしれないのに・・。
 琢磨があの不思議な空間に行っている間の事なのだろう。
 一体誰が?とティアラに問おうと思い口を開きかけた時、ティアラの視線をぶつかった。
 瞳のが物語る、真実・・。
 「俺・・か・・?」
 紅蓮の炎。
 それが撫ぜるのは、ヴァンパイアだけではなかったのか・・!?
 「アタシが来た時、バーが燃えてて・・。あ、でも中にいた人は助け出したし。」
 無理に笑顔を作ってみせるティアラ。
 中には人がいたのだ。罪もない一般人・・それを・・!!
 琢磨は必死にあの時の石の階段を思い出そうとした。
 長く続く階段、カレ・・その先には赤い炎。
 ・・・何かを忘れている気がした。
 何か大事なものを失ってしまったような・・。
 ・・思い出せない。
 何をあそこで失ってしまったのか・・?一体何を・・。
 「結局さ、ヴァンパイアは倒せたし、みんな無事だったし・・結果オーライでしょ!」
 ティアラはそう言うと、琢磨の手を引っ張って立たせた。
 地面に黒焦げになったヴァンパイアの姿が映る。
 「アイツラさ、元は人だったんだよ。ヴァンパイアにされて・・血の味を覚えて・・。もう、ああなっちゃうと手遅れなんだよね。」
 「あなたは・・ヴァンパイアなんですよね?」
 「そう。だげど、アタシはハーフだし。それに・・もう血の潤いはいらないから。渇きはないから。」
 言い切ったティアラの表情はどこか晴れやかだった。
 冷たい風が吹きすさぶ。
 ティアラの髪を揺らし、通り過ぎていく。
 「アタシは気が遠くなるくらい昔に、同族の血を飲んで・・殺した。以来アタシに渇きはないの。あるのは、罪と言う名の永遠の命。」
 「それは・・。」
 言いかけた琢磨の目の前で、ティアラは切なそうに微笑むと、小さく手を振った。
 一瞬の、突風・・目を開けた。
 そこはあの路地だった。
 バーもヴァンパイアもいない・・人影のまばらな路地・・。
 琢磨はふっと息を吐き出すと、まだ痛む頭を押さえてその場を後にした・・。


■エピローグ

 あれ以来、巷で噂のヴァンパイアは姿を消した。
 あれで終わったのか・・?
 それでも残る遺族の無念さ。被害者たちの心の傷。
 琢磨の脳裏に汐の顔が浮かんだ。
 あの子はまだ、姉の帰宅を心待ちにしているのだろうか・・?
 考えても・・分かりはしない事・・。
 琢磨はふっと息を吐き出すとパソコンを立ち上げた。
 あの日と同じ掲示板に足を運ぶ。

 『フランケンシュタイン』 投稿者 美久野

 東京の下町にフランケンシュタインが出たって知ってる!?
 なんでも、すっごい大男らしくって、夜中に人を追い掛け回すらしいよ!
 だから目撃者はみんな凄い青ざめちゃって!
 で、女の人も男の人も目撃証言が出てるんだけど・・・その目撃者たちがまた大きい人達ばかりなの!
 被害らしい被害はないらしいんだけど・・。みんなちょっと息が切れて夜中外を出歩くのが怖くなるくらいみたい。
 あたしのリサーチによると、夜中の9時から1時までの間が多いらしいよ!
 目撃者はこれと言って接点はないんだけど、みんな大きい人ばっかり!185〜192の人までいるって聞いた!
 なんか、段々目撃者の数が多くなってきてるんだって〜。
 誰かこれ見てる人で目撃した人とかいない〜?


 「・・・今度はフランケンシュタインか・・。」
 琢磨はそう呟くと、小さく微笑んだ。
 「害はあまりなさそうだが・・少し調べてみるか・・。」
 パソコンの電源を落とすと、テーブルの上に置かれたままの新聞に手を伸ばした・・・。

     〈END〉
  

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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  2914/柳崎 琢磨/男性/29歳/警視庁特殊犯罪捜査一課の係長


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 ■         ライター通信          ■
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 この度は“血の潤い”にご参加いただきありがとう御座いました。
 ライターの宮瀬です。
 この作品自体は全部で6名様がご参加なさっていますが・・その全てがちょこちょこ違っております。
 流れは皆様同じ、オープニング→情報収集は感情を含む→渇きと永遠→エピローグです。
 大まかに分けて病院に行くグループと行かないグループがあり、そのため全て文章の長さが変わっております。
 ご了承くださいませ。


 柳崎 琢磨様

 初めまして、この度はご参加ありがとう御座います。
 プレイングに、自我の崩壊の事を書いておられたが・・如何でしょうか?
 自我の崩壊を自分なりに考えた結果、過去も未来も含めて自我なのではないかと思い、過去の崩壊を中心に書かせていただきました。
 もしなにか不都合がありましたらご連絡ください。


 それでは、またどこかでお逢いした時はよろしくお願いいたします。