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<東京怪談・PCゲームノベル>


日常の非日常

 室内に足を踏み入れた北条瑞穂は、周囲を見渡した。
 舞い散る小雪、ぐうぐうといびきをかいている黒電話、どれだけ肯定的に解釈しても仕事中には見えない所員達。それらを除けば一応、ごく普通の事務所に見えないこともない。
「暇そうだな」
 声をかけると、上座を占有している少女が顔をあげた。それが合図であったかのように、幾つもの視線が瑞穂に集まる。
「少しばかり、付き合わないか? 」
「ご依頼ですね」
 唐突な申し出に困惑するでもなく、小袖姿の少女は満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
「当事務所の所長、氷狭女と申します。本日はどのようなご用件でしょうか」


 数分後、依頼争奪ジャンケン合戦に勝利した賢木濫と連れだって、瑞穂は事務所を後にした。


 枯れかけた蔦が這う校門は、それだけで恐怖を誘う……はずだった。
 しかし、その前にたどり着いた面々は誰一人として怖がってなどいない。
「それにしても、廃校の七不思議調査とは変わった依頼だな」
 くわえ煙草で呟いた男の名を深咲暁良という。IO2の捜査官である彼は、委員会の監視役だ。原則は隠密行動らしいのだが、事務所をでてきた瑞穂達に発見されて尾行を断念したようだ。
「そういえば、七不思議の内容、まだ聞いていませんでしたね」
 濫が問うと、瑞穂は思い出したように口を開く。
「首を吊って自殺した女生徒の霊に引かれる。……それゆえ、この木の下を通る時は決して上を見てはいけない」
 古びた校門に覆いかぶさるようにして、桜が葉のない枝を張っている。風もないのに、さわさわと囁くような音がした。
 瑞穂と濫はためらうことなく歩き始める。暁良が面倒くさそうに二人の後に続いた。
 ぽたり、と肩に何かが滴って、瑞穂は大木を振り仰ぐ。
 案の定、目が合った。横目で確認したところ、学生服の肩に赤黒い染みができているのがわかる。
 校門の真上に張り出した枝からぶらさがった少女は、とろんとした瞳をしていた。何かに酔ったようなその顔が、首吊りという状況にあまりにも不似合いで気味が悪い。すると、制服姿の少女はロープの輪から首を抜いて、瑞穂の目の前までふわりと降りてきた。
 口の端をつり上げ、にいと笑う。
「罰ゲーム」
 絡みつくような声音で告げた。小さな影はそのまま崩れるようにして、闇に飲まれていく。
「本物らしいな、この噂」
 しばらくの沈黙の後、口を開いたのは暁良だ。
「ああ」 
 瑞穂がどこか上の空、といった風情で相槌をうつ。
「何の臭いだ?」
 遥か昔に、嗅いだことがある気がするのだが思い出せない。それが、首吊り幽霊が浮かんでいた辺りにかすかに漂っているのだ。
 
 
 校庭を横切って校舎に入る。
 二階へと続く階段の踊り場、その壁一面に新聞紙が貼り付けられていた。
「で、その姿見を覗くと、鏡に映った自分に攻撃されるというわけですか」
 そう言いながら、濫は壁に貼られた新聞紙を楽しそうに剥がしていく。瑞穂の仕入れてきた情報が正確なら、この下に問題の姿見があるはずなのだ。
「こちらは三人だ。一人が鏡に映って、全員で取り押さえれば問題なかろう」
 それで噂の真偽も確かめられる。
 厄介な術をつかってこない、ということで暁良が鏡に映ることになった。
 姿見の死角に入り、瑞穂が合図を出す。暁良が手を伸ばし、最後の新聞紙を剥ぎ取った。
「げっ」
 廃校になったのがもう二十年も前の事だというから、当然と言えば当然の事なのかもしれない。
 鏡は無残なまでにひび割れていた。
 その無数の欠片全てに、暁良の姿が映し出されている。
「逃げた方が賢明のようだ」
 瑞穂の言葉に、三人が顔を見合わせた。
 体力馬鹿の集団に襲撃されるのはごめんである。
 そのまま、弾かれたように駆け出した。
 木製の階段は傾斜が急で段差も大きい。暁良の大群に追いつかれるのは、時間の問題だと思われた。
「こういう場合、一人が残って囮になるという方法が一般的だが」
「依頼人を見捨てて逃げたとあっては、所長に殺されます」
「俺はおまえらを見張るのが仕事だ」
 ならば逃げ切るしかない。
 三人が速度を上げようとした途端、背後の殺気が遠のく。
 不審に思った瑞穂が走りながら振り返ると、無数の暁良は千鳥足でふらついていた。
 思わず立ち止まると、濫と本物の暁良も足を止める。
「これは……酒か? 」
 千鳥足集団の周囲に漂う香りは、桜の下で嗅いだものと同じ。それは昔、瑞穂が人間達によって祀られていたころによく備えられていた神酒の匂いだった。
「酔っ払ってますね」
 呆れたように濫が呟いた。

 
「言い忘れていた」
 屋上に出ると、思い出したように瑞穂が三つ目の噂を告げた。
 階段の十三段目を踏んではいけない。
「俺踏んだけど、何も起きなかったな」
「いや、そうでもないみたいですよ」
 楽観的な暁良の台詞を、濫が否定する。
 そのとき、音楽室の肖像画から抜け出てきたような風貌の男が、屋上と階段を繋ぐ扉を勢いよく開け放った。
「十三段目を踏んだらいけない理由、まだ聞いてねえな 」
 口端を引きつらせながら暁良が尋ねる。三人は男から目をそらさないように、少しずつ後退していく。
「十三段目は、階段ではなく死体なのだそうだ。誤って足をかけると…」
 怒って追いかけてくるのである。
「昔、ここに勤めていた音楽教師だ。弁当なんとか、という名前の音楽家に憧れていたという……」
「それであんな格好なんですか」
 会話の間にも、怒れる元音楽教師はじりじりと迫ってくる。
 屋上のフェンスが背に触れて、軋んだ。
 間近に見る男の顔は妙に赤い。
 酒臭さに気を取られていた瑞穂の耳に、ぴん、という軽い音が届く。音の聞こえた方に視線を転じると、とんでもない物が宙を舞っていた。
 フェンスを留めていたボルトだ。
 次の瞬間、錆びついた金網がかしいだ。
「これは落ちますね」
 状況にそぐわない、妙に落ち着いた声がする。
「心配はないだろうが」
 手は打っておくべきだろう。金色の瞳が地上を見渡す。視界の隅に、壁を這う蔦が映った。



 三人が落下したのは巨大な蔦の葉の上。
「おまえの仕業か、これ」
「そう、これでも稲荷の眷属なのでな。植物の成長促進は役目のようなものだ」 
「これは少しばかり育ちすぎですがね」
 笑いあっていると、突然地響きが始まった。
「四つ目だ。夜な夜な校庭を走る金次郎像……」
 すると、校庭の端に砂嵐が出現した。舞い上がる砂塵の向こうに人影が見え隠れする。
「待て、一人じゃねえぞあれは」
「集団暴走か」
 金次郎像は一校に一体が普通だ。だからこそ、夜間に校庭をランニングしていても黙認されるのだ。あれだけの人数になると、もはや走る凶器である。
 しかも。
「連中、蛇行してやがる」
 疾走する彼らは石像であるにもかかわらず、顔が赤い。酔っ払い走行である。
「とりあえず…」
 逃げろ、という言葉は轟音に掻き消された。
 急いで校舎に駆け寄ると、手近な窓を蹴破って室内に転がり込む。しかし、窓から床までの距離は予想よりも大きく、三人とも勢いよく床に叩きつけられた。
 瑞穂は、めまいを堪えて辺りを見回す。残りの二人もとりあえず無事だったようだ。
 飛散したガラスの破片を避けながら、廊下に続く扉へ向かう。
 背後で瓶の割れる音がして、消毒液の刺激臭が漂った。
 振り返ろうとした瞬間、扉につけられたガラス窓をピンク色の影がかすめる。
 慌てて扉を開け放つと、ちょうど廊下の角を曲がろうとする人影が見えた。手に何か持っているようだが、薄明かりの中では判別しがたい。
 はっきりしているのは。
「……走る人体模型」
 五つ目の噂とも合致するので間違いないだろう。
「追います? 」
「そうだな」
 瑞穂の言葉が終わらないうちに、三人は人影の消えた方向に駆け出した。


「ここ、さっきも通らなかったか」
 走り始めて数分後、道に迷った人間の定番の台詞を吐いたのは暁良だ。残りの二人は既に息があがって座りこんでいる。
「呑まれたな……六つ目だ」 
 肩で息をしながら瑞穂が口を開いた。
 その言葉を待っていたかのように、前方の闇が歪み、じわじわと人型を成してゆく。
 現れたのは、先ほどの首吊り幽霊だ。
「こんな所まで来ちゃったの? 」
 少女は口端を吊り上げて、艶然と笑った。
「お帰りいただけるかしら」
「それは無理な相談だ。七つ目の不思議がまだ分かっていないからな」
「あら、やだ。もう噂になっちゃったのね? 」
 少女は楽しげにくすくすと笑い始めた。呼気が少々酒臭い。
「人間じゃないわね、あなた達。それなら、追い返す必要もなさそう」
 彼女の中ではIO2職員は人間に分類されないらしい。少女は眉をひそめて暁良を睨みつける。
「気にすんな、取り締まりじゃねえよ」
 その言葉を確認すると、少女は踵をかえした。
「案内してあげる…だけど……見たらすぐには帰れないわよ」
「『すぐ』でなければ帰れるということか? 」
「たぶんね」 
 瑞穂の問いに、振り返りもせず答えると、少女は音もなく歩き始める。
  

 闇を背に負ったその建物は、異様な雰囲気に包まれていた。
「体育館か」
 瑞穂が呟く。
「そう。私達が人間から隠しているのはこれだけだから、たぶんあなたの言う『七つ目』だと思うわ」
 見た目は確かに普通の体育館だ。
 しかし。
「やけに賑やかですね」
 木製の扉の隙間から漏れてくる光は青白く、ゆらゆらと揺れている。それだけならばかなり気味が悪いのだが、建物の中から酒臭い空気を伴って漂ってくるのは、調子のはずれた流行歌だ
「これは…」
 言いかけた瑞穂の言葉を遮って、どが、という重い音が響いた。
 直後、見るからに建てつけの悪そうな扉が吹っ飛んだ。見事な放物線を描いて落下していく。
 運悪く扉の落下地点にいた暁良の足元に影が落ちた。彼が飛び退るよりも、扉が地面につく方が先だった。蛙の潰れたような声が聞こえ、周囲に砂埃が舞う。
 暁良を下敷きにした扉に、幽霊の少女がふわりと飛び乗る。唖然としている瑞穂と濫を手招きした。
「なんでぇ、もう罰ゲーム終わりかよ、嬢ちゃん」
 体育館の中からひょっこりと顔を出したのは、筋肉質の男。
「仕事よ、今夜は私の当番だから」
 男に背を向けたまま、少女は毅然と告げた。それから少し声をひそめた。
「……こいつなら大丈夫よ。中に入って袋叩きにあうよりここで潰れていたほうが幸せでしょう」
 自分の足元を指差しながらにっこり笑う。
「こっちよ」
 踵を返して、少女はさっさと体育館の中へ消えてしまった。
 瑞穂と濫が慌てて後を追う。


 青白い人魂を灯にして、体育館の中で繰り広げられていたのは宴会だった。
「それで、ことごとく酒臭い連中ばかりだったと」 
 嘆息した瑞穂の隣に少女の幽霊が並んだ。
「もともと私達はいろいろな学校に棲んでいたの」
「酒好きが祟ってここに追いやられたのか? 」
「そう、子供達の教育上良くないとかでね」
 言いながら、先ほど吹っ飛んだ扉を睨みつける。確かに潰れていた方が幸せかもしれない。
「金次郎が大勢なのもそういうことよ。もっとも彼らは昼間は自分の学校にいるけどね」
 大量の金次郎像が行方不明になったら大騒ぎだ。
「私が校門の桜にぶら下がってたのはただの罰ゲームよ。飲み比べに負けたの」
 少女は恨めしそうに筋肉質男をねめつけた。
「人体模型は酒の買出しに行ってただけ」
 何か持っているように見えたのは酒瓶だったらしい。
「音楽教師と鏡は酒癖が悪くて、すぐ他人に絡むの」
「見ていたように言うのだな」
 確かに、三人が遭遇した謎は網羅されている。
「尾けてたからね。言ったでしょう、今夜は私が侵入者対策係なの。廊下の迷路もそのためよ」
 それだけ言うと、少女はさっさと宴に戻ってしまった。 
「今までにも、かなり数の学校を巡ったが……このような結末は……」
 すると、入り口付近で立ちどまった二人の背を、誰かが押した。
「にめいさまぁ、ごあんないぃ」
 やけに陽気な声が響く。慌てて振り返ると、そこには座敷童子が浮いていた。
「誰も参加するとは…」
 すぐには帰れない、と言った幽霊の台詞が耳の中でこだまする。



 ふらふらになった瑞穂と濫が、事務所に辿り着いたのは翌日の朝だった。
「やっぱり酔ったあとには甘いものが嬉しいですね」
 瑞穂にもらった和菓子をつまみながら、濫が息をつく。
「そういえば、あの捜査官の方は無事なのだろうか」
 帰り際に扉を持ち上げてみたのだが、そこに暁良はいなかった。
「大丈夫でしょう。昔、一冬氷漬けになっても生きてましたからね」
 濫がさらりと言う。
「そう……なのか」
「そうです。…それにしても美味しいですねえ、これ。なんという菓子ですか? 」
「ああ、これは……」
 言いかけた瑞穂の背後で鋼鉄の扉が開いた。室内に冷気が吹き込む。
 濫が慌てて席を立つと、部屋の隅の書架に走っていった。
 不思議に思って振り返った瑞穂は、一個しか残っていない和菓子を恨めしそうに睨んでいる雪女と、まともに目があってしまった。


END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3331 / 北条・瑞穂 (ほうじょう・みずほ) / 男性 / 392歳 / 学生】



NPC
【賢木・濫 (さかき・らん) / 男性 / ???歳 / 副所長兼法律顧問】
【深咲・暁良 (みさき・あきら) / 男性 / 32歳 / IO2捜査官】
【氷狭女 (ひさめ) / 女性 / 526歳 / 所長】


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■         ライター通信          ■
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北条瑞穂さま、この度はご参加ありがとうございました。
ライターの水葵と申します。

今回が初仕事だったのでどきどきしながらの執筆でした。
七不思議調査、ということでしたがお楽しみいただければ幸いです。こんな七不思議物語もありかな、と思いついて書きはじめたところ、かなりどたばた騒ぎになってしまいました(笑)

『植物の成長促進…』という設定を見て、巨大蔦を登場させたのですが。設定の解釈が間違っていないことを願っております。


それでは、またいつかどこかでお目にかかれますよう。