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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 08 featuring 渡辺綱

 …都内某私立女子高の寮棟。そこの一角――何故か人気があまり無い一角でもある静かな廊下で、目を閉じ、人待ち風に佇んでいるひとりの少女が居た。何を思っているのか、何処か物憂げな表情がまた愛らしい。
 正直、素直に美少女と言える女子高生だった。今日は休日に当たる。が――彼女はその女子高の制服を着ていた。キャメルブラウンのブレザーに、赤系チェック柄のスカート。休日にも関らず私服で無いのは、部活動か何かの為だろうか。事実、これから寮の外に出るようで首許にマフラーも巻いているし、竹刀袋らしきものも持っている。
 階段を下りて来る複数の声がする。声の主である彼女らもまた寮に住まう学生なのだろう。制服の少女のすぐ脇を通り、外出するところらしい。彼女らは見るとも無く制服を着た少女の姿を視界に入れると、少し驚いたような顔をして見惚れていた。暫し見ていたところで、制服の少女が漸く視線に気付いたようにゆっくりと目を開き彼女らを見返すと――階段を下りてきた少女たちは、かあっ、と頬を赤らめ、慌てたようにぺこりと頭を下げて去っていく。
 頭を下げられた制服の少女の方は何事かとぱちぱち目を瞬かせていた。別に頭を下げられるような事は何もやっていない。…と言うか頭を下げられるどころかむしろ不審がられて当然のような気がする。そもそも自分は部外者だ。否、それ以上に不審がられて当然の理由がある。

 何故なら自分は『男』であるのだから。

 佇んでいた制服の少女――ことその正体は渡辺綱――はそんな風に思いつつ、再び目を閉じる。感覚を研ぎ澄ます。場所はこの廊下からここに面した空き部屋の中。この空間の何処かに、『鬼』が出る。『髭切』を使いその『鬼』を退治するのが自分の役目。その為にわざわざこんな格好――女装までして女子寮に潜入している訳で。精神統一し、集中しているのは――動く時には最大限の力で動けるようにする為。『鬼』が出たらすぐ反応できるようにしておく為。外からの頼れるバックアップもあるが、今回のこれは自分と『髭切』が無ければ始まらない作戦でもある。油断するな。自分こそが確りしていなければならない。他の協力者に頼り切ってはいけない。
 の、だが…精神統一の最中、今のコたち可愛かったな…などと雑念が入りかける。慌てて振り払いながらまた集中。『鬼』はまだ現れない。長い待機中…ずっと緊張していろと言うのも生身の十六歳男子高校生にはやや無茶と言うもの。ついでに言えば女子寮と言う場所が場所。健全な男子高校生にとっては誘惑も多い。ここの寮綺麗なコ多いな仕事無い時また会えるかな…等々、ちょっと気を抜けばまたそちらの思考が戻って来る。そこで――御主、雑念が多くなっておるぞ、と脇から声が掛かり、綱はびくりと反応。…指摘した相手は村雲一族の神霊『スサノオ』。今回の仕事で綱のバックアップに入っている人物の使役するもので、実体の無い心霊兵器――即ち、霊力が無いと見えない類の存在でもある。つまりこの場では、今のところは綱にしかその存在が把握出来ない。
 そんな相手に指摘され、綱は顔を紅潮させて恐縮。
「…す、すみません」
 とは言え相手は人外。
 …恐縮されても神霊『スサノオ』の方にしてみれば意味不明。
『何ぞようわからんが…『鬼払い』のつとめ、しかと頼むぞ』
「はい」
 改めて、綱は力強く頷いて見せ、集中に入る。



 事の起こりは数日前に遡る。
 毎度の如く『鬼払い』――の為に宮内庁から呼び出された訳なのだが、その時は珍しく同席している者がふたり居た。曰く、村雲家と繭神家――どちらも退魔の世界ではそれなりに知られた――それは渡辺家程、表の世界にまで知られた名ではないが、裏に回れば聞いた事が無い訳でもない家の、それぞれの代表らしい人間が姿を見せている。
 綱よりも先にその場に到着し、話もある程度先に聞いていたらしいそのふたりは、綱の顔を見るなり、何故か納得したような――安心したような奇妙な顔になっていた。
 何がどうと具体的に言える訳ではないが、妙に引っ掛かる表情である。
「…何すか」
「お前があの源頼光四天王の一、渡辺綱の名を継いでるって奴か?」
 がっしりした体格の、大学生程度に見える男の方――村雲翔馬が綱に不躾に聞いて来る。
 もうひとり、綱と同様、高校生らしい風体の背が高い方――繭神陽一郎はただ、黙って綱の様子を窺っていた。何処か品定めするような視線に感じたのは気のせいだったろうか。ややきょとんとしつつも綱は村雲の問いに答える。確かに、自分がその渡辺綱。
「は、はい」
「そーか。だったら間違いねぇんだな。よし。…よかったな、繭神よ」
「…わたしに話を振るより、渡辺の御当主に御挨拶しておくのが先でしょう、村雲さん」
 今回、共同でお仕事をする事になるんですから。
 こほん、とわざとらしく咳払いをし、繭神は改めて綱を見る。繭神一族の陰陽師で、繭神陽一郎と言いますと名乗り、どうぞ宜しくと丁寧に挨拶。綱もやや慌てつつそれを受け挨拶を返す。その後に続き、俺は村雲一族の神霊継承者で村雲翔馬ってんだ、宜しくなと村雲からも挨拶された。綱はそちらにも慌てて挨拶。
 と。
 はぁ、と繭神が重々しく溜息を吐いていた。何事かと思う勢い。…その様子を見、今回の仕事はそれ程大変な事なのだろうかと綱の頭が切り換わる。が――繭神は、ああ、気にしないでくれ給え、大した事では無いから、と…綱にすれば逆に物凄く気になる様子で告げている。
 そして、改めて綱の姿を興味深げに見――始祖の名は伊達では無いと言う事、か――と、何をどう思っているのか判別付け難い表情で繭神はそう呟き、また小さく息を吐く。

 …後から来た綱はやっぱり何が何だかわからない。



 で、改めて話を聞いてみて。
 仕事の内容はいつもの如く『鬼払い』…である事は確かなのだが。
 何やら場所が都内にある良家の子女御用達の私立女子高…更に細かく言うなら、敷地内にある男子禁制の女子寮の中であると言う。そして、寮に住まう寮生たちには気付かれないように――この『鬼払い』をしてやって欲しいと言う依頼でもあった。
 綱が来る前、宮内庁の担当者からそう話された時点で、ならば女性の退魔師を連れて来ればいいでは無いかと村雲がさくっと言い返しているのだが…どうやら、今この時出て来られる、適した能力者が見付からなかったとの事。そして、事件の状況からしてできれば使いたい、特に有効だろうと思われる能力は『髭切』だろう、と言う話に収まってもいたらしい。…そうなると渡辺の当主が男性である以上、初めから女性の退魔師を連れて来る気は無かったのでは無いかとも思えるが。
 …宮内庁の担当者はその辺りは濁したが、言ってしまえばそう言う事になるだろうね、と後になり繭神が言っている上、村雲も同意している。…そこまで言っても綱はいまいちわかっていない。その様子を見、気の毒になったのか…だからね、と繭神が御丁寧に説明を始めた。…今回の仕事では、能力と場所や解決条件からして自分も村雲も後援・サポート役を求められ呼ばれた訳で、直接『鬼払い』をする主力は『髭切』を持つ綱になる。そして現場は男子禁制の女子寮、それも『寮生に気付かれないように』やってくれ…となれば、寮には男性は入れない訳で…。
「…つまり、依頼の言い方では遠回しも良いところだが、きみの女装が前提になっている訳だ。今回の『鬼払い』は」
「はぁっ!?」
「だからこそ、実際にきみが現れるまではわたしたちは色々と心配していた訳なんだよ。幾ら渡辺の始祖が同様の事をして『鬼払い』を成し遂げた事がある…と言えども、もしきみが村雲さんのような見た目の人間だったら…少なくとも今の世の女子寮では…どう取り繕おうと疑われるのは目に見えている。だからと言って…誰も内部で直接様子を窺う事をせず、村雲さんの神霊『スサノオ』やきみの御霊『髭切』を外部から遠隔操作で使役するだけでは…渡された情報からして、少々心許無い」
 霊体やそれに類する状態の鬼ならばそれでもどうにかなるかもしれないが、半実体化している存在なら、神霊『スサノオ』単独では手が出せないし、きみの『髭切』の力は、きみがその柄を握り振るってこそ一番の効果を齎すものじゃないのかな? だったらそれを求められていない訳も無い。
「って…」
 綱は言葉に詰まる。よりにもよって女装か。それも仕事で。『髭切』が必要な、渡辺家当主としてのこの仕事で。繭神に説明され綱も理解する。…少々考える時間が足りなかったようだ。言われてみれば確かにそれが求められている気がする。確かに始祖もした事。始祖がそれで鬼を退治した実績もある。それは女装は気は引けるけど、御先祖様だってきっと嫌だった筈だ、けれどやってのけたんだ、と綱は自分に言い聞かせる…事にした。



 …そんな訳で。
 その女子高の制服に、長い髪のウィッグやルーズソックスにローファー、念の為喉仏を隠す為にマフラー、そして自然な程度のアクセサリを付け、薄くだけ化粧をし――宝刀『髭切』を中に隠した竹刀袋を携えた綱は、件の女子寮、鬼が出没すると言う一角で村雲の使役する神霊『スサノオ』と共に、数日に渡って場の様子を窺っている事になる。ちなみに繭神の方は外から、鬼を外に逃がさぬようその用途の為だけに織り上げた結界を張り、維持しているらしい。曰く彼の家は宿業的に封印術に長けているとかで、結果――織る事に緻密さと正確さが要される静的な術に限るならば、並の陰陽師の一族よりも強力、と言う事だ。その事実を知り、完全に後方支援であってこそ活かされる能力だと綱も納得。直接女子寮に足を運ぶ面子としては彼が自分を棚に上げていた理由もわかった。
 …ところで、今更ながら綱の着ている女子高の制服やらウィッグの一揃いは何処で手に入れたのだと言われそうだが――実は、宮内庁の方で手に入りませんか、と恐る恐る掛け合ったら…当然の如くあっさり出てきた。…その手際の良さからして、やはり事前に想定されていた事だったらしい。更には綱に化粧を施す為にそちらの伝手から女性まで現れたと言う念の入りよう。その女性がまた美人で綱もくらりと来たが…そこで自分が彼女の手によって女に化けさせられてしまうのだから、嬉しいのか情けないのか複雑な気持ちにもなる。
 ともあれ、そんな風に化けさせられた後に件の女子寮で張り込みを続ける事になったのだが――案の定と言うか何と言うか、見事に誰にも怪しまれない。綱当人としては何故だろうと思うが、綱を化けさせた女性や、村雲に繭神にしてみれば当然とも思えた。…事情がわかっている面子から見ても、これで女で無い方が詐欺であると思えるくらいの出来上がりっぷりだったのだから。実際に寮生の目から見ても、むしろ軽々しく声を掛けてはいけないような、憧れのおねえさまタイプ――そんな扱いになりつつある気配が感じられる。
 つまりは綱の姿が目撃されても、目撃した方は簡単な挨拶だけをして何も詮索せずにそそくさと去って行くので都合が良い事は良いのだが、それをそのまま綱に伝えたら色々と覇気を損ない兼ねない気がする。…神霊『スサノオ』経由で村雲がそんな感想を漏らしているのは綱には秘密だ。女性に女性として慕われても嬉しくなかろう。…たぶん。

 綱と『スサノオ』が女子寮のその場を窺うようになって数日。そろそろ『鬼』の気配が感じられてきた。邪魔者だと思ったか、それとも綱の扮した「制服の少女」をお誂え向きの獲物と思ったか。前者と後者のどちらの理由で鬼が動き出したのかで相手の力量は随分と変わって来るが…どちらの場合でも綱のやる事は同じ。
 それは自らの始祖やその仲間の話を持ち出すまでも無く、古来から鬼退治と言えば騙し討ちが常套手段だが…向こうが初めっからバリバリ戦闘体勢だったとしても負けるつもりは更々無い。と言うより正面対決望むところ。この情けない格好は単にこの場に居るのに不自然を感じさせないだけの為なのだから。
 油断召されるなと『スサノオ』から声が掛かる。当然! 返しながら綱は『鬼』の気配と思しきところを注視する。来る。思うのと綱の瞳が煌くのが同時。ウィッグの長い髪が翻り、いつの間に竹刀袋から出されていたのか、引き抜かれた『髭切』がその手に握られていた。気配、それだけだったところから予測通りに『鬼』が出た。が――その『鬼』は綱の握る『髭切』を見るなり目に見えて驚愕していた。『髭切』。その源家の宝刀は『こちらの業界』では鳴り響いている。
 …『鬼』の『天敵』として。



 寮を後にして。
 村雲の運転するワゴン車へとぱたぱたと駆けて行く綱の姿。寮からほんの少し離れた場所、そこに停めたワゴン車の中で村雲と繭神は綱のサポートをしていた訳で。今回の仕事――『鬼払い』の決着が付いた事はワゴン車のふたりにもわかっている。綱がワゴン車のすぐ側まで来た時、運転席から村雲が声を掛けた。
「大丈夫だったか?」
「あ、はい、『スサノオ』も助けてくれましたし」
「…結局あんまり役に立って無かった気がするけどよ」
「いえそんな事無いですって。…ひとりだったらどれだけ気が散ってた事か」
「そこかよ」
 苦笑する村雲に、あはは、と綱は照れ笑い。だがその顔を見て、村雲はぷいと顔を背けた。背けられた顔が何やら赤くなっていたのは気のせいだったか。綱は不思議がる――と言うか何か悪い事でも言ってしまったかと少々焦る。が、その時そのタイミングでワゴン車の後部ドアが繭神の手で開けられていた。
「どうぞ」
「あ、ども」
 ぺこりと頭を下げつつ、綱はワゴン車に乗り込み、最後部の座席に落ち着く。はー、と息を吐き、よっしゃ今日のお仕事終了、とばかりに喜んでいた。
「お疲れ様」
 そんな綱に労いの声を掛けつつ、繭神はひょい、と弁当箱らしきものを綱へと手渡す。
「?」
「宮内庁の方にきみの好物だと言う物を伺いましてね」
 今回一番の功労者であるきみに、唐揚げと鮭のおにぎりを。
「うわ、マジで? さんきゅっ!」
 と、ふわりと微笑む太陽のような笑顔。
 …当然、女子高生の扮装をした艶姿のまま――の事である。
 不覚ながら、事情と『彼女』の正体を知っている筈の村雲と繭神のふたりまでもが――くらりと来てしまっているようだったのは気のせいか。

【了】

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■1761/渡辺・綱(わたなべ・つな)
 男/16歳/高校二年生(渡辺家当主)

■NPC
 □村雲・翔馬/村雲一族の神霊『スサノオ』継承者
 □繭神・陽一郎/繭神一族の陰陽師で鬼神『月詠』封印御役目

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          ライター通信
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 このたびは初の発注有難う御座いました。
 漸くのお渡しです。
 なかなかに頑張ってらっしゃるPC様のようなので、こちらもライターとして見習いたい次第です…若干の無理を感じもしますが(マテ)

 と、それはともかく。
 上手く女装できる話、できればシリアス寄りで…と言う事なのでお仕事絡みにしてみました。
 言わば、御先祖様とお揃いな役割です。

 そして、さりげなくPC様に女装を押し付ける役(?)&女装引き立て役(…?)として日本系退魔の血族さんらしい公式NPCふたりを、PC様と御同業っぽい方として出してみました。
 いえ、人選誤ると確実にコメディかギャグ直行便になるなと思いまして…色々考えた結果です(汗)
 …ひっそり悩殺されてますが(え)

 如何だったでしょうか?
 結果はこんな風になりましたが、少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※…もしこの「Extra Track」以外の当方の依頼系(調査依頼・ゲームノベル等)に御参加下さる事があったなら、この「Extra Track」内での人間関係や設定は引き摺らないでやって下さい。
 これは結構切実な事なので(汗)どうぞ宜しくお願い致します。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。08とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝