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夜にも奇妙な悪夢 〜黒のクリスマス〜
●オープニング
――――『イヴの願い』って知ってる?
草間興信所に遊びに来ていた夢渡りの姫、夢琴香奈天が思い出したように訊ねかけた。
「イヴの願い‥‥おまじないですか?」
「おまじないというよりも噂かしら。ちょっと変わった、不思議な噂」
不思議な言葉に零が聞き返すと、香奈天は意味深に声をひそめた。
「とある公園にひっそりと植えられた一本のモミの樹。その側に立ってイヴの夜に好きな人を思い浮かべながら星空に祈ると、ずっと一緒にいられるんだそうよ?」
「へえ、まさに怪談だな」
言葉とは裏腹に、武彦は興味なさそうにミカンをむいた。
○
某所。
‥‥ここ、どこだよ‥‥。
草壁鞍馬はようやく目を覚ます。
辺り一面が黒。
暗黒の黒。
狭いなにかに入れられて身動きとれない。
――――閉じ込められている。
これは一夜限りの悪夢。
深遠の淵――。
●黒のクリスマス
どこか真っ暗なところにいる。
目を覚ました俺は、まさか、と頭を壁に押しつけた。曲げた頭の後頭部にあたる感触はびくともしない。慌てて手足を反射的にのばそうとしたら、今度は手とヒザとつま先がつっかえた。
閉じ込められてる?
動けない、なんて。思考が一瞬硬直する。
どこか真っ暗なところにいる。
もう一度、俺は、グイと頭を壁に押しつけてみた。やはり曲げた頭の後頭部にあたる感触はびくともしない。だから天井方向に手をのばそうとした。
「痛ッ!」
手の甲がすぐ固い壁にぶつかった。折り曲げられた状態で壁にはばまれた体はどこものばすことが許されず、息苦しい体勢から動けない。閉じ込められてる‥‥まさか、本当に‥‥ともう一度つぶやき俺はまた壁を押しのけようと試みたが、結果はやはり同じだった。動けない、なんて。そんな、本当にこんなせまい暗闇の箱に閉じ込められてる? 血が冷えた気がした。こんなのいやだ……わけもわからず、こんな体勢で身動きひとつも許されないなんて、少しだって、一秒だって耐えられやしない。息苦しい密室。狂ったように体を伸ばすがこの得体の知れない柩は冷たい硬さで俺の抵抗をあざけり笑う。これじゃ古代史の教科書にのっている石棺のミイラみたいだ。ミイラと俺の姿が重なり、悲鳴をもらした。悲鳴が唸りに変わって、うめきがこぼれる。もう空が落ちてくるように絶望的な気分だ――。
これから何時間も、何日も、何ヶ月も何年も何十年も何百年も何千年も何万年も……永遠に閉じ込められ続ける自分の姿を想像して吐きそうになった。
永遠の暗黒に永遠の孤独。それはきっと地獄だ。‥‥。
出せよ!
ここからだしやがれよ!
喉が張り裂けるくらい必死に叫ぶ。
「何を叫んでいらっしゃるのですか? せっかく願いが叶ったというのに――」
手がとまった。壁のむこう側からきこえてくるしわがれた声に俺は必死で呼びかけた。
「おまえ誰だ! 事情を知ってるのか!?」
「知っているも何も、『イヴの願い』を叶える代理人です。あなたが星に願われた願いを叶えにまいりました」
イヴの、ねがい――?
ふと街のクリスマス・イルミネーションに溢れた情景を思い出した。
星々をちりばめた街並みは輝いてみえた。
この都市に伝わる伝説の一つ。
都会の片隅で忘れられたように立っている公園の樹、そこからみえる星空に願う事で、ひとつだけ願いが叶えられる‥‥。
昨日、俺は夕刻を迎えたイヴの日、ひとつの願いをした。
そうだ。たしかにした。あいつと――彬と一緒にいたい‥‥恋心についてのささやかだけど最高な、そんな願い。同性だからどうだとかで誤魔化し続ける、ずっとそんな関係はいやだったから。
「これからも一緒に、ずっと同じ時間(とき)を過ごせるように」
って‥‥。
そこまで思い出して俺は周囲を見回した。彬がいるかもしれない! そんな状況ではないけれど、あいつがいてくれるなら少しは気持ちが落ち着くように思ったから‥‥。でもそんな気配はなかった。背中にあるものは壁の冷たい感触で、期待は反動によって絶望をさらに大きくする。
「だったら、なんでこんな真似するんだ!? ここから出せよ!」
「これはおかしな質問をなさいますね。これ程までに完璧に叶えられた願いはございませんのに」
「叶えられてないじゃないか! あいつも‥‥彬もいない! こんな真似早くやめろ!」
気が狂いそうだ。ああもうこんな場所、一刻も早く出ないとどうかなってしまう。肌がすりきれて血が滲むのもかまわずに激しく壁を叩いた。
「願われた人ならばこの場にいらっしゃいます」
「どこだ! どこにいるっていうんだ!? だったら早く! 早くあいつに会わせてみろよ!」
いるなら出せよ! 彬を! ――そう、そしてココから俺を助け出しやがれ!
代理人はしずかに答える。
「あなたをやさしく包んでいてくださいます」
代理人の答えはよくわからないものだった。
でも、静かに、やさしさすら込められたようなその声に、俺は不吉な予感を覚えた。
「そのあなたを包んでいらっしゃる石櫃こそが、あなたの望まれた人でございます。箱に身をかえて、永遠にあなたを包んでございます」
壁を叩いていた拳がとまる。石櫃の感触がする。
かすかな 鼓動
ああ。
刹那。
俺は、代理人の言葉を理解してしまった‥‥。
都市に伝わる伝説の一つ。
聖夜の星々がその日は輝いてみえた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1717/草壁・鞍馬(くさかべ・くらま)/男性/20歳/インディーズバンドのボーカルギタリスト】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、雛川 遊です。
シナリオにご参加いただきありがとうございました。
イヴの黒き夢にて大切な人との永遠を手に入れました。夢から覚めるも永遠に沈むも、すべてはあなたが望まれるままに――。
なーんて。本編は一夜の夢でして、描写はされていませんが「いやな夢を見たなあ‥‥」と汗かきつつ朝日の光を浴びながら起きてるはずにございます。‥‥多分。(えっ)
それでは、夜にも奇妙な悪夢(ナイトメア)から無事目覚めることを祈りつつ‥‥。
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