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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


アキハバラ年末小戦


 クラブスペース「OJYAMAJYO NIGHT」……電魔街唯一のクラブスポット。
 朝まで続くアキバ系クラブミュージックの洪水の中、DJブースで盤を回している男がいる。
 オレンジ色のジャージを着ている。細眼鏡の奥に光る瞳は真剣そのものだ。
 専属DJにしてC&COの一人、宮杜地城である。
「ちしろく〜ん。頼むよう……」
「ダメったらダメ」
 スキンヘッドに黒のサングラスをかけた強面の男が、熱心に曲を繋げている彼に肉薄していた。風貌に違う、頼りの無い声だった。
「こんどの年末小戦、勝ったらオーディオ館のCDJを導入できるのよぅ?」
「CDなんか回さなくていいよ。アナログだけで充分」
「でも、叩きとか入れたいじゃない? 流行りよ? 流行り」
「よそはよそ、うちはうち」
「支配人、あたしなんだけど……」
 腰砕けに物を言うスキンヘッドに、先程から地城は生返事しか返していないようだった。

 アキハバラ年末小戦。
 参加各店舗には一枚のチェッカーフラッグが貸与され、店舗のスタッフはそれを奪い、または守る。店舗は賭ける商品をひとつ用意し、フラッグ争奪の頂点に立った店舗が、その商品を総取り出来る――というシステムである。
 店舗からのフラッグの移動は任意だが、奪取された時点で、その店舗は継続資格を失う。フラッグの形状を少しでも変化させたり、何らかの人為的処置で視認出来なくするのもルール違反である。
 戦闘行為ももちろん自由であるが、その際の破壊は全て自己負担となるため、一種の頭脳戦を要求される。あくまでフラッグを獲得するのが目的――
 ……誰が言い出したとも知れない、地域振興企画だ。一説では、萬世橋警察署が少ない資材を確保するために企画したとも言われている。ほとんどの場合、彼らが商品を獲得しているからだ。

 C&CO.の二人さえ何とかすれば、商品はなんとかなるのではないか……勝算は彼の手の中にあった。
 大量の名刺と、アドレス、携帯その他連絡先諸々が書かれた紙。
 彼ら彼女らであれば、他店舗はもちろんのこと、C&CO.の二人と対等に渡り合えるだろう……

「みてらっしゃいよ!」

 「OJHAMAJYO NIGHT」支配人こと、桜カオルは燃えていた。



「萬世橋警察ってのは、ここかい?」
「どのようなご用件でしょうか?」
 口元だけの不自然な笑みを浮かべる署員。
 トラブル時に状況を把握出来るように、放射線状に構築された外観。
 その中央部に、萬世橋警察の受付は存在している。
 周囲では署員が慌しく足音を響かせ、日毎に訪れる人と書類と犯罪とに紛糾していた。
「フラッグをもらいにきたんだがなあ」
「フラッグ?」
 そいつの物言いは、それはそれは悠長なものであった。
 身体もでかいし、態度もどことなくでかい――しかし、不思議と厭味は感じない。
 それどころか、小動物にも似た人懐っこさすらも、随所に感じられる。
「お客様も、フラッグをお持ちですか?」
「おう、ここにあるよ」
 男は僧服の懐から、布きれを取り出した。
 えんじ色をしている。電子タグを噛まされており、小さなダイオードが明滅している。
 すぐに仕舞われると同時に、受付嬢の顔色が変わった。
 棚からぼた餅が落ちてきたような……そんな瞳の見開き方だった。
「確保ォーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
 凛とした声が、受付を中心にした署内一階に響き渡る。
 せせこましく動いていた他の署員が、一斉に受付へと視線を集中し――
「……これはなんとも、うかつだったかもしれないね」
 男は両手を肩から挙げた。
 総計44丁の銃口が、僧服姿をポイントしていた。なんとも罰当たりな光景だった。
「悪いけど、色々モノ入りなのよ」
 扇情的に胸と腰とを奮わせながら、受付嬢が男の僧服に手をかけた。
 懐に手を伸ばす。
 半電子的な布切れが、胸元から飛び出してきた……十枚ほど。
「あれ?」
 首を傾げる受付嬢。
 さらに腕を突っ込む。引き抜くと、さらに出てきた。
 さっきの分と数えると、二六枚にもなった。どれも同じえんじ色だ。
「あなた、持ち過ぎだわ」
「そりゃあ、すまないねえ」
 ホールドアップしながらも、男の澄ました表情はいささかも崩れておらぬ。
 その余裕は、多少ではあるが、受付嬢の勘に触った。
「ひんむいちまいな!」
「……本気?」
 男が問う間も無く――署員達が彼の着ている僧服を、凄まじい勢いで脱がしにかかった。すごい街だなあ、と男は思った。
 褌一枚まで剥かれ……署員の数人から、黄色い声が上がる。
 その肉付きは、無駄なく砥がれた一本の檜を思わせた。ただ太いだけではない。内に向かった、凝縮を伴った太さだ。
 四肢、そして厚い胸板に、波状的な存在感がある。
「……で、本物は?」
「おお、すまんすまん」
 顎髭を弄りつつ、
「それ、全部、にせもんなんだよね」
 男は当たり前のように言い、受付嬢の目尻の皺は数センチ歪んだ。
 そこで、ピタリと動きが止まる――他の署員も同様だ。
 突き付けた萬世橋警察特製、ハンドガン四四丁の撃鉄もトリガーも、全く以ってぴくりともしない。時が止まってしまったかのようだった。
「美人に服を脱がされるというのは、悪いもんじゃなかったんだけどね」
 微笑を浮かべながら、僧服を着付け直す……抜剣白鬼。
 神田寺において執り行った密にて、偽製の旗にまじないを焼き付けた直後であった。
 「まあ、動けん間は、息もしなくて構わんし、腹が減ることもない。厠が近くなることもないから、気にしなさんな――もっとも」
 マス・ゲームのように固着した署員達を尻目に、
「ちょっぴり退屈かもしれないけどね」



 神田寺。
 神田キリスト教会に隣接しているだけあって、霊験不安定なことこの上無しのお寺である。もちろん先方にとってもだ。お釈迦様もキリストも迷惑している。
 ……ただでさえ神格が非常に不安定なそんな場所に、さらなる秘神が座している。
 紅蘇蘭。
 仏の座に腰を下ろすは、海の向こうからやってきた神仙である。
 スリットの激しいチャイナドレスに白い肌を包む、紅蓮の美女だ。
 結跏趺坐。郷に入りては郷に従えというやつか――だが、そのようなことで、己の神性は微塵もごまかされるものではない。
 住職と思しき初老の人物が、堂の隅でそのなりをじっと見つめている。
 彼の視線は、蘇蘭の背後にも向けられている。
 使い古された神具が、一定の法則によって並べられたその前で、うず高く炎が燃え盛っている。
 護摩壇であった。
 その中央で、炎に巻かれながら護摩木がちろりちろりと火の粉を散らしている。
 寺の堂内は暗い。
 光源が炎のそれだけであるものだから、壇の奥に鎮座する仏像も、鬼神の咆哮を放って居るかのように思える――
「下がっていらして――」
 蘇蘭が、住職に離席を促した。うむ、と頷き、その場を去る。
 護摩木の粒子が熱に弾ける音だけが、堂内に静かに響く。

  ばちり……

 枝を折るような音にも似ていた。
「……面白いことになりそうね」
 言って、蘇蘭は立ち上がった。
 僅かに光差し込む背後に、身を翻す。
 白いケープに身を包んだ、小さな人影がそこにいた。
「護摩による呪縛……今頃萬世橋警察は無力化されているのか――」
「その通りね……で、あなたはどうしてここに?」
「無力化が続いてしまうと、街の犯罪に対応出来ないわ……それは、この街的にも困るのよ」
「それ、本音?」
「まさか」
 微かな笑みを浮かべる、ササキビ・クミノ。
「うちの独自LANシステムをひいきにしてもらっているから、悪いけど萬世橋警察が不利になるような位置には立てないの」
「オトナの事情、ってやつ?」
 大人が子供に聞くと、子供は笑って、
「そういうことね」
 大人にそう呟いた。
「萬世橋警察じゃなくて、はっきり言って、あの鋼で出来た彼ではなくて?」
「それ以上答える必要は無いわ――」
 無表情で返すクミノ。
 羽織っていたケープの裾から、鋭い爪が三本飛び出した。
 この街でのみ具現化出来る、音速をも越える速度で放たれる怪猫の爪だ。
 それが一対。側頭部から、第三、第四の耳も生えている。
「好奇心は猫を殺すわよ?」
「今のあなたに、わたしは殺せないわ」
 瞳孔を細ませながら、クミノは八重歯を軋ませた。
 蘇蘭は、その問いには応えない。
 クミノの言う通りだった。
 今ここで、天地を揺るがす力を顕すのはたやすい。
 だが、それは、焚いている護摩の験力にも干渉してしまう。
 抜剣の苦笑する顔をなんとなく思い浮かべてみた。ちょっと面白かった。
 が、段取りを崩すのは本意ではない。
「生身でどれだけ闘えるかしら?」
 さらなるクミノの挑発に、しかし蘇蘭は一向に動じない。
 ただ、静かに――
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」
 掌を泳がせ、ゆっくりと構えを取った。肉弾戦――!



「なーんか、ダメそうな気がするんだよねえ……」
「何がさ?」
 OJYAMAJYO NIGHTメインホール。
 普段はきらびやかなネオンボールも、今は鳴りを潜めて久しい。
 それでも、居残りのDJがユーロ・ビートの名ナンバーをかけ続けている。
 シオン・レ・ハイのリクエストだった。
 イタリアのドン・ファンを思わせるような退廃的な容貌は、思いの他美しい。
 だが、どうにも雰囲気も口調もネジが抜けている。竜頭蛇尾、とはこのことだろうか……隣の青年はそんなことを思った。
「他にも色々考えたんだよね。こっちが完全勝利する方法とかさ。雛ちゃんも、考えたろう?」
「……まあね」
 憮然とした顔で、煙草に火を点けたのは、雪森雛太だ。
 うんざりするような音の洪水に顔をしかめながら、携帯用灰皿に安煙草の灰をトントンとこぼしている。
「でもなあー。この街、おかしいんだよ。例えばさ――」
 ブンブン、と大きく手を振り回し、シオンが指差し確認のようなポーズを取る。
 ある意味華麗で、ある意味可笑しかった。
「あ! UFOだ!」
「…………」
「って宙を指差すと、本当にいるんだもん。いまから攻めてくるんじゃないかってくらい、いっぱい」
「……うーん」
「しかもだよしかもだよ。そこから可愛い美少女が出てきて、うんたらかんたら。とてもここじゃいえないようなあんなことやこんなこと、鯖じゃなくて、鰯じゃなくて」
「まさか、味なこと?」
「そう、それそれ! もうね、びっくりだよ! だからさ、実力行使しかないと思うんだよね。うん、間違い無い」
「そうだな……」
 雛太は大きく煙を吸った。
 別の事件をでっち上げて、C&CO.の気を削ごうとも考えたが、萬世橋警察は非番のものも駆り出しての総力戦を、この年末小戦において展開していた。
 パーティーの客から有志を募り、彼女等の足止めを担わせているが……
「……だめだったみたいだね」
「……やってやるさ」
 足早でもなく、まるでいつものようにホールへと入ってきたオレンジ色の男――宮杜地城。
「思ったより早かったじゃんか」
「コスプレダンパの主に、コスプレイヤーの誘惑は通用しないぜ――」
 雛太の精一杯のアイロニーに、苦笑する地城。
「どのくらい集めたよ」
「ざっと二〇軒分」
「参加店舗が二五だから、ほぼ全部か……残りはササキビが回収したのかな?」
「クミノちゃん、ちゃんとお菓子と交換してくれるかなあ?」
 拍子の抜けるようなシオンの言葉に、雛太と地城の視線が刺さる。
 そんな地城の目つきが、意地悪く弧状にしなった。
「ちなみに、クミノはうちらの側だかんね」
「は!?」
「大人のジジョー、ってやつだねえ」
「でたらめは無しだろ、地城――」
 目を点にする雛太。反して、うんうんと頷くシオン。
「まあ、自分と、あと、鋼ちゃんが得するような選択肢といったら、まあ、それしかないじゃないのかな?」
「あのネコパンチやろうめ……」
 クールなポニーテール少女の残像に、雛太は心中で唾した。
「地城くん。どんな商品と交換出来る?」
 気を取り直すように、シオンが地城に訊ねた。
「超小型PCとか」
「どんくらい小さい?」
「キーが爪楊枝でしか押せねえ。妖精さん専用だな」
「妖精さん? そんなのいるの?」
 流れるBGMに合わせて、腰と腕を振りながら、目を輝かせるシオン。
「そりゃいるよ。ねこみみうさみみえるふみみ、宇宙人とかだって普通に居るんだからな。ここは妄想の街なんだぜ」



「……一人で来たのか……?」
「まあ、ね」
 一面の板敷き、畳敷き――
 そこは、萬世橋警察内に併設された道場だった。
 二十畳を越えるその空間の中心に、一人の青年が正座している。
 背後には小さな神棚が併設されており、そこに、お目当てのものはあった――
「ここは凄い街だ。ほんとの秋葉原もかなり凄いが、こっちはもう、異界だね」
「異界だからな……」
「おっ。自分でそうと分かっているのか?」
 白鬼は意外とでも言わんばかりに、自らの顎鬚を軽く引っ張った――彼が物事に驚く時の癖だ。
「地城が教えてくれた……この街は偽りで出来ている。偽りがいのちを得て、かりそめの生を得て呼吸している……それがこの街、電魔街なんだって」
「他のやつらは、それを知っているのか?」
 黒尽くめの青年は、首をかく、かく、と横に振り、
「たぶん、殆どの人たちが知らない。地城もおれも、もともと余所者なもんだから、この街に組み込まれていないから、理解出来ているんだと思う……なあ、あんた」
「なんだい?」
「ほんとうの秋葉原というのは、もっと、優しくて平和なところか?」
 機械の身体を持った生命――鉄鋼の問いに、白鬼は頭を掻き、
「正直、わからん」
 と応えた。
「住めば都、なのかもしれないし、飲み込む唾はいつでも苦い、のかもしれない」
「そうか……」
 少しだけ残念そうな顔をする鋼。
 こいつは、いいやつだな。
 なんとなく、白鬼はそう思った。
「さて、このくらいにしておこうか」
「そうだな」
 掌に拳をはたき打つ音が、道場の天井に反響した。
 立ち上がる鋼。
 握り拳を胸の高さまで上げる。
 型など無い。
 その動きは極めて単純で、しかも最短距離のラインだった。
「おおっ!」
 文字通りにがつん! と打ちつける大きな衝撃を、しかし白鬼は半分笑みながら受け止めていた。
 いにしえの大和体術に伝わる、硬気呼吸の賜物である。
「急ごしらえでも、なかなか上手くいくもんだね」
 拳を掴み、力で押し返す。
 単純な力は、圧倒的に鋼の方に分があった。
 無尽蔵にエナジーを生み出すブラックボックス……しかし、一撃目の接触から、白鬼を全く押し込むことが出来ていない。
「不思議かい?」
 まるで察するかのように、白鬼は鋼に言った。うんうん、と鋼は頷く。
「呼吸さ……機械と違って、人間は血肉と共に呼吸するいきものだ」
「こころがあったとしても、どうにもならないか……?」
「ううむ……ならんかもなあ」
「妖術か、何かの種類でもないのか……?」
「そんなことは、全然していないよ」
 微笑する白鬼。
 正直、受付での一件のように、使うつもりはあった。
 僧服の裾には、磁力を操る、紅蘇蘭特製の呪符を忍ばせている。
 けれども、どうもそんな気になれなかった。
 目の前の鋼の魂に、そうした変化球を投げるような気が全く失せてしまっていたのが、正直な感想だ。
 それは、鋼にしても、同じことだったのかもしれない。
 気付けば力比べになっている。
 拳が打ち抜くか、掌が押し退けるか……それだけの勝負だ。
 でも、それが、なにか心地よかった。
 理由などない。ただ、全力でシンプルな空間――それが心地よかった。鋼の心のビビッドな感性だった。

  みしり……

 床の畳が抜けそうになっていることに、二人とも気付いていない。



 クミノの怪爪を、蘇蘭は避けることなく、至近距離で受け止めていく。
 その度に、火花が闇の帳に跳ねる……ひとつ、ふたつ、みっつ。
 それは、護摩木の燃え朽ちる残滓ではない。
 硬質めいたもの同士の相克が織り成す、極めて危険な匂いを漂わす鬼の火だ。
「あやかしなど使わずとも、それなりにやれるものよ――」
「年を取ろうとも、もうろくはしないのね」
「あら、失礼な子ね」
 言いながら、へそ先三寸に迫った爪先を、右手に持った質量で勢い良く弾いた。
 それは、小さからず大きからずの鉄扇であった。
 朱色の紐飾りがついており、振り回す毎に、竜の髭の如く扇に追従して行く。
 その軌跡は、蘇蘭の髪が揺れる動きも合い余って、どことなく一つの舞を連想させた。
 このままでは叶わぬと見たか……クミノの瞳孔がさらに見開かれる。
 ケープの内から、二又に伸びた獣の尾っぽが飛び出していた。
 即座に動く。かつてないほどに迅く!
 蘇蘭も動く。鉄扇を優美に構えた。
「避けられはしない!」
 爪による横凪ぎの斬撃は、音速による、カマイタチにも近い一撃だ。
 鉄扇による物理的な遮断は、通用しない……蘇蘭は身を逸らしながらに、護摩壇に立ち上る炎のたてがみが、ものの見事に分断されたのを見た。
「ぞくぞくするものよ」
 頬に僅かながら、ほんの僅かながら走った血線に指をなぞらせる。久方ぶりの味。
「……まったく、これから面白くなろうというに、抜剣のやつめ」
 楽しい時間=時間稼ぎは終わったのが、ちょっとだけ悲しかった。



「ちょっとした手品を見せようか……」
 言いながら、普段は決して外さぬ手袋に、シオンは手をかける。
 同時に、ホール内の照明が落ちていく……
「ろくでもないんじゃなかろうな」
「……正直、そうかもしれないね」
 シオンの表情は、全く笑っていない。真剣そのものだ。
 禁じられし、炎の魔手……刻まれた鮫の刺青が、まるで生き物のように、きき、と唸る。ホール全体が赤みがかったのは、その刹那だ。
「あちい……」
 そう言う先から、地城の額から脂汗が吹き出ている。
「脱げばいいんじゃないのかな?」
「それが狙いか……そうもいかんぜ」
 汗だくの苦笑を見せつつ、しかし地城は何の手も打てずにいた。
 正確には、この熱さをねじ伏せる、効果的なロジックが思い浮かばずにいる。
 たった一つを除いては――このまま沸騰死するわけにもいかないのだ!
「ぬおおおおおお!」
「うわわあああああ!」
 まさか、一直線に向かってくるとは思わなかったから、シオンは腰を抜かした。
 そのまま……飛び上がり……両足を揃えて……たまらんと向けた背に!
「ギニャーーーーーー!」
 等身大の、オレンジ色の矢が突き刺さった。
 なんてことのない飛び蹴りだったが、なんてことないだけに、刺青持ちも予測出来なかった。
 同時に地面に落ちた。地城はすぐに立ち上がるも、シオンは震える背中を抑えたまま、中腰の状態から立ち上がれなかった。見事に深く決まっていた。
「降参しろおっさん! もう一発かますぞ!」
「いやいや――」
 しかし、シオンの表情は、ひどく明るい。
「こっちが勝ったのに、ギブアップは無いでしょう」
「は?」
「雛ちゃーん」
 すっかりその存在を忘れていた名前に、地城ははっとした。
 ホールの隅で、煙をゆっくりと吐いた人影。
 手に持っているのは――
「ちょっとした盗賊技能、ってやつさ」
 雛太は異世界の同居人に感謝した。めったにないことだが。
「おっとりしてるだけに、おとり。なんちゃって〜」
 そこまで言って、シオンはがはははは、と大声で笑う。
 上がっていた体温が、一気に冷え込むのを地城は感じた。かけていた眼鏡が、かくん、とズレた……



「ぬうん!」
 白鬼の気合い一閃と共に、鋼の身体が大きく跳ねた。
 正確には、腕一本を支柱にして、振り飛ばされたといった方が正しい。
 空いている方の手で受身を取る。轟音を伴いながら、腕一本が畳に埋まった。
 もの凄い衝撃であった。鉄の重さゆえであるが、その硬さがなければ、叩きつけられた際の衝撃を全身で抑えきれず、粉砕に至っていただろう――
「あんたは……強い」
「うーん、ちょっと違うね」
 涼しい表情と共に、白鬼は鋼に、諭すように言った。
「強くなければいけない。けれども、強いだけでもいけない」
「……なんだ、それ……」
「次に会う時までの、宿題にしておこう」
 にこり、と笑って、神棚のフラッグを手に取る白鬼。
 もちろん、手を合わせることは忘れなかった。
「あんた……」
「なんだい?」
「それは、うちのフラッグじゃない……」
 鋼の言葉に、白鬼は苦笑混じりに肩を鳴らした。
 電子タグの光は、小戦の終了を告げる蒼のダイオード――






ー戦果報告ー

●シオン・レ・ハイ
妖精さんのPCに超ゴキゲン。
お菓子は深夜までやっている量販店からしこたませしめた。

●雪森雛太
自動雀卓をゲットするも、はきゅんな声優のボイスに閉口。
音声OFFでの使用を余儀なくされる。

●抜剣白鬼
燃調を制御出来るバイク用ECUを頂くも、
道交法違反になってしまう設定だったので、しょんぼり。
神田寺の住職からちょっぴり秘儀を教わって、帰宅。

●ササキビ・クミノ
白鬼から譲り受けたECUをカスタマイズ&複製。
萬世橋警察に卸して一儲け。ついでに鋼のチューニングもしてやった。

●宮杜地城
とても汗をかいたので、
メイドさんと泡風呂で八十分ほどたわむれた。

●鉄鋼
最適化してもらっても、なぞなぞは解けないままである。

●紅蘇蘭
所用で来れなかった知り合いのために、バイク用ECUを持ち帰った。
それが道交法違反になるとは、一言も告げなかった。

●桜カオル
めでたくCDJ導入。
だが、シオンの炎の熱により、店も少し燃えていた。


 Mission Completed.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0065/抜剣・百鬼/男性/30/僧侶(退魔僧)
 0908/紅・蘇蘭/女性/999/骨董店主・闇ブローカー
 1166/ササキビ・クミノ/女性/13/殺し屋じゃない
 2254/雪森・雛太/男性/23/大学生
 3356/シオン・レ・ハイ/男性/42/びんぼーにん+α


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■         ライター通信          ■
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 どうも、Kiss→C(きっしー)です。
 【界境現象・異界】こと「C&CO.」、いかがだったでしょうか。

 とにかくその場その場のスピード感を重視しました。
 重視しつつ=新しいことを行いつつも、
 満足して頂けるような自己水準、そして納品水準を越えなければなりません。
 今回はいかがでしたでしょうか。震えながら感想待ってます。

 なんというか、オチ方が固着されつつあるので、ひとつ崩しにかかりたい気もあります。そういうわけでもないのですが、次はシリアスに決めてみたいところです。
 文章のスピード感よりも、原稿のスピード感を上げたいのも本音です。

 ともあれ、お選び頂き、誠にありがとうございました。
 次のC&CO.の捜査も、よろしければ手伝ってやって下さいませ。