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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

 船はあまり大きくなかった。マストは一本だけで、細く、身軽な船乗りさえ登るのには注意が必要だった。甲板から五、六メートル登ったところに小さな見張り台が作られ、そこからマストと垂直に交わっているヤード、帆を吊るための帆桁が伸びている。
「なにか見えるか」
下から声がかかる。
「海ばっかりだよ」
見張り台に立っている鈴森鎮大きな声で返事をする。
 本当に、右を見ても左を見ても海ばかりだった。凪いでいないのが不思議なくらい、いい天気である。船は滑るように、静かに進んでいた。果たして、目指す小島は本当にこの先にあるのかどうか。
 この間立ち寄った港で偶然、別の船に乗っている父に出会った。父は酒場でべろべろに酔っ払い、カードのいかさまにひっかかって身包み剥がされようとしていた。船の上では頼もしい海賊なのに、どうしてああ陸ではだらしないのか。
「仕方のない親父だな」
父の古い友人である、鎮の船の船長が苦笑いで助けてくれなければ、父はどうなっていたことか。それはともかく、船長が勝負に勝って手に入れたのが一枚の古い地図だった。小さな島に、赤い印がついている。
「そういえば昔、この辺りを縄張りにしていた海賊がいたな」
彼らの船はすでに沈んでしまったのだが、残した宝が見つかったという話は聞かない。
「ひょっとしたらここが宝の隠し場所かもしれないよ、船長」
「行ってみるか」
船は小さいので船員の数も少ない。その中で二人が、しかもそのうち一人が船長である、賛成したとなると、それはもう決定だった。

 地図が本当に正しければ、そろそろ島が見えてきてもいいはずである。鎮は額に手をかざし、じっと船の先端が向く先を睨みつけていた。
「あ!」
「見えたか?」
「違う。あれは・・・・・・」
太陽が海面に反射した錯覚と思ったのだが、違う。静は叫んだ。
「竜巻だ!」
海面から柱が立つように、一本の竜巻が海を荒らしている。こんなにいい天気なのに、海面が揺れているのはあの竜巻のせいだった。
 すぐさま方向転換に舵を回そうとしたが、
「待て」
船長が竜巻の影がちっとも動かないのに気づき、船は止まった。
「羅針盤で方角を調べて、地図を確かめるんだ」
二人の船員が、すぐ指示に従う。鎮はまだ羅針盤が読めないので、見張り台に残って甲板の騒ぎを見下ろしていた。
 地図を調べていた船員から報告があった。
「島は、あの竜巻の向こうです」
向こうというより正確には竜巻の中心にありそうです、ともう一人がつけくわえる。彼らが地図を読み違えるということはほとんどない。
 船長は決断を下した。
「竜巻を抜けるぞ」
多少の危険は覚悟した上で宝を目指す、それが正統な海賊の信条だった。宝を諦めようとは決して言わないのである。

 竜巻に近づくと、雨が降り出した。速度を上げるために張りっぱなしにしていた帆が風を孕んでばたばたと激しく波打っている。あんまり強い風を受けると、帆が膨らみすぎて危険だった。
「鎮、帆を外せ!」
甲板の船員が、手をメガホンのようにして叫んでいた。そうでもしなければ声が伝わらないくらい、海は荒れ始めている。帆も、本来はもっと早く人力で巻き上げるべきだったのだが、もう、帆を結んでいるロープを切り落とし、帆を甲板に落とすしかなかった。
 濡れて目の中に入ってくる前髪をかきあげながら、鎮はヤードの上を裸足で渡る。雨のせいで、普段より滑りやすくなっていた。右舷の端へたどり着くと、腰にさした小さなナイフを使って帆を吊っているロープを順番に切断していく。硬く綯われたロープなので、力いっぱいナイフを押しつけなければ、切れなかった。
 それでもロープを全体の三分の二ばかり切り落とすと、あとは自重で残りのロープが千切れ、帆は落下した。ただでさえ大きく、そして全体に水を吸った帆は重い。甲板にぶつかった瞬間、船は全体が大きく揺れた。ヤードの上に立っていた鎮は、その衝撃にバランスを崩し、斜めに足を滑らせる。
「あ!」
咄嗟に、ヤードにひっかかっているロープをつかんでいなければ、鎮は海の藻屑と化していただろう。九死に一生を得た鎮は、ヤードにぶら下がったまま数秒息を整えると、甲板の上で風に煽られ暴れている白い帆の上へ飛び降りた。

 船は竜巻の奥へ侵入したらしく、風はますます激しさを増していた。余裕があるのは船長くらいである。船長は舳先に取りつけられた船の舵をとりつつ、時折後方を振り返って船員たちに指示を飛ばしていた。
「鎮!お前は船室へ入ってろ!」
特に体重の軽い鎮は、少しでも気を許せば風に体を持っていかれそうだった。船の中で、風を受けないのは小さな船室くらいしか残されていない。
「嫌だ!」
しかし鎮は反射的に、船長の命令に背いてしまう。他の船員が働いているのに、自分だけが守られてたまるかと言わんばかりだった。相変わらず船が揺れるたびに足元はふらつき、船の前から後ろまで転がっていくのだが、負けん気だけは挫けていなかった。
「俺も、竜巻を抜ける瞬間を見るんだ!」
船長は鎮のその表情に、若い頃の彼の父親を重ねた。特に、真剣になると瞳の色が濃くなるところが同じだった。
「・・・・・・仕方ない、絶対飛ばされるんじゃねえぞ!」
自分の足元に転がってきた鎮の襟首を掴み上げ、手の空いている船員に向かって放る。
「鎮をその辺に括りつけておけ!」
という命令は、まるで物扱いだった。

 細い鎮の腰に、ぐるぐるとロープが巻かれる。一方の端を、船が停泊するときに沈ませる大きな錨に結びつける。錨の重量は鎮の体重の倍近くあり、持ち上げるには船員二人がかりでないとびくともしなかった。ここなら安心だろうと、船員は金槌片手に自分の持ち場へ戻った。
 鎮の脇、錨のすぐ隣にあるのは木材置き場である。船に穴が空いたときすぐ補修できるよう、甲板の上に積まれていた。錨につながれた鎮の今の仕事は、甲板の上で修理の腕を振るう船員たちに、必要な木材を運ぶことだった。
「鎮、こっちに一枚頼む!」
「こっちにもだ!」
ロープの長さが届かないところへは、甲板の上を滑らせるように板を放った。たまに投げた板が強風で舞い戻ってきて、鎮の顔面を掠っていくようなこともあった。
 激しい風が一体いつまで続くのか、船が傾くたび鎮は考える。竜巻には「目」と呼ばれる無風地帯があるらしいけれど、目にぶつかるためにはこの激しい風を抜けなければならなかった。
 船が、また左舷へ大きく揺れた。ほとんど垂直な傾きで、三枚の板を抱えた鎮は甲板の上を斜めに滑り、左側面にぶつかってなんとか止まる。他の船員たちも右舷の縁にしがみついたり、マストに抱きついたりして堪えた。
 幸い海に落ちた者は誰もいなかったが、ほっと息を吐いた瞬間鈍い音とともに鎮の腰ががくんと後ろに引っ張られた。
「なんだ?」
一体なにに引っ張られたかと、振り返ってみる。すると、なんとあの重いはずの錨がさっきの大揺れで転がったらしく、今にも落ちんばかりに、船縁にひっかかってぐらぐら揺れている。
「嘘だろ」
全身から血の気の引く音が聞こえたような気がした。

 自分一人ならまだ、海に落ちても泳げばなんとかなる。だが錨に繋がったままでは、助かるものも助からない。錨の重みで沈んでゆくばかりだ。一瞬でそれだけの考えが頭を過ぎり、鎮は自分と錨を繋いでいるロープを切るしかないと腰に手を伸ばした。
 ところが、いつも腰にさしているはずのナイフがなかった。さっき、帆を結んでいたロープを切断したときには確かにあったはずなのだが。
「ヤードから落ちたときだ」
足を滑らせたとき、ナイフを海へ落としたのだろう。代わりになるものを見回すが、金槌と釘しか落ちていない。
「・・・・・・これって、やばいよな?」
ナイフの次は自分なのかと心の中で呟き、慌てて首を振る。
「俺が、死ぬわけないだろう!」
誰かナイフを、と鎮の口が動いた。風雨の激しさで、声はほとんど通らない。貸してくれ、という声をかき消す雷と同時に船がまた、左へ傾いた。
 錨が落ちる。
「鎮!」
ようやく鎮の危機に気づいた船員の一人が、鎮に向かって手を伸ばした。けれど紙一重で遅く、鎮の体は錨と一緒に消えた。
「鎮!」
「抜けるぞ!」
船員が再び鎮を呼んだのと、船長が合図を送ったのはほとんど同時だった。

 真っ黒い幕を突き破った先には、異世界のような快晴があった。ずぶ濡れの船と船員たちだけが天気に場違いで、しかし太陽の眩しさに湿ったシャツもすぐ乾きそうである。
「見ろ、あれが地図の指している小島だ」
船長の指さす先にはまさしく、緑の木々が生い茂る無人島が浮かんでいた。
 竜巻を乗り越えた船員たちは歓喜の声を上げかけたが、海の中へ消えた鎮のことを思い出し再び表情に影を落とす。最後に鎮の手をつかめなかった船員がぎゅっと拳を作り、鎮の消えた船縁を思い切り殴りつける。あまりに悔しさを込めすぎたせいか、船全体がかすかに揺れた。
「あぶねえ!」
船員のすぐ近く、足元から鎮の声がした。
「鎮!?」
聞き間違いではないかと船員は船から体を乗り出し、辺りを見回す。するとなんと、錨から突き出している鉤が船の側面を深く削り、食い込んでいるではないか。そしてその錨につながった鎮は、足先を海に浸しながらもなんとかぶら下がったままだった。
「鎮!生きてるのか!」
「生きてるから、早く助けてくれ!このままじゃ本当に落ちるぞ!」
切羽つまった悲鳴を上げながらも、鎮の目は真っ直ぐに小島を捉えていた。船長はよかったなともなんとも言わずただ
「見えているな」
と鎮の視線を確かめただけだった。
 こうして鎮の物語は終わった。

■体験レポート 鈴森鎮

 海は冷たいし雷はすごいし、ひどい目にあったなあ。死ぬかもしれないって、何度も思ったけど、でもすっげえ楽しかったよ。
 ・・・・・・ただ、これからしばらくジェットコースターはつまんなくなりそうだな。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
鎮さまは少年海賊ということで、身の軽さを生かした活躍を
しつつもときにはその身の軽さが裏目に・・・・・・という
物語になりました。
帆桁の上を渡ったり、甲板の上を転がったりというシーンが
とても楽しかったです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。