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『墓前にて‥‥ 雪の下に咲く思い』
年の暮れ。
暖冬の冬には珍しく厳しい寒さの中。
彼は、その地に立っていた。
他に立つ者もいない静かな墓地で‥‥彼は向かい合う。
目の前にあるのは、一つの石碑 『雪ノ下家之墓』
話しかける。その下にいて、今はいない存在へと‥‥思いを込めて。
「‥‥親父‥‥」
吹きさらしの下に立っていた石碑はどうしても汚れが目立つ。
軽く汚れを払うと、彼は手に持ってきた液体の蓋を開けて、その雫を静かに石碑にかけた。
水のではない、匂いがかすかに鼻をつく。
手に持った花束と。コップに入れた液体を彼は静かに手を合わせた。
「親父‥‥あんたが喜ぶような作法じゃなかったら、許してくれよ。こういうのは、あんまり得意じゃ無いんでね。まあ差し向かいってのも悪くは無いだろう?」
前に捧げたコップと同じコップを手に持ち、同じ液体を注ぎいれると、彼はくいっ、と飲み干した。
深く吐き出す息は、ため息だけではない。
石碑を見て、周囲を見て‥‥思い返す。
ここに来ることそのものがとても久しぶりだった。
「あんたが死んで‥‥もう大分経つんだよな。‥‥いろんな事があったよ。本当に‥‥」
いろいろと言いたい事はあるような気がするが、なかなか言葉に出てこない。
「最初は‥‥やっぱり小説家になったことから、か? 俺は‥‥今、文章で仕事をしているんだぜ。あ、嘘だと思ってるだろう。絶対に肉体派だ、とか笑ってるな!」
でも、本当なんだ。彼は笑いながら報告する。元を辿れば、最初は大学で出会った怪奇現象を文章にしたことから話は始まった。
「まあ、爺さんとお袋、どっちからの血を引いても俺が、怪奇現象と関わらずにいるのは無理だったんだろうけどよ」
身体を持つ人間、身体を持たない幽霊。
いくつかの出会いの後、彼は思うようになっていた。
(「俺達とあいつら‥その本質は‥‥変わりはしないんだ」)
と。
その思いが惹きつけるのか、それとも体質が呼ぶのか彼の周囲と怪奇現象の縁が切れることはなかった。
恋人と、出会い、その恋人を‥‥失い、そして今、彼女は自分の側にいる。
「あんたには見えるか? ‥‥なかなかの美人だろう?」
返事は返らない。だが、後ろの娘が照れたように笑った気がして、彼は頭を掻いた。
きっと、もし話ができるなら二人はさぞかし自分の悪口を楽しそうに言い合う事だろう。
恋人を紹介するような、居心地の悪い思いを、彼は感じていた。
耳を閉じると聞こえる気がする。
クスクスクス‥‥そんな笑い声が‥‥
「ああ、そうだ、最近。俺は子供と縁が深いようなんだ。黄金龍の子と契約した。あと弟子も出来たんだぜ」
思い出すように彼は目を閉じた。
やっかいな試練の後、託された黄金の守護龍。まだ子供で大きな力を持つのに何も知らない。
丁寧に導いてやる必要がある。
そう思っていた頃‥‥あの子と会った。
孤独を瞳に湛え、それでも何かを求めていたあの少年と。
「あの子はさ‥‥パソコンだけが友達。他の誰とも心を許せない。親にも見放されたも同然。そんなガキだったんだ。今時、珍しくも無いけどな‥‥でも‥‥」
でも、そう言いかけて思い出す。
出会ったときのあの子の瞳を。
「自分の運命や、やらなければならないことから逃げ出そうとする奴は多い。そうするのも簡単だ。でも‥‥あの子はそうじゃなかったんだぜ。戦おうとしていた。助けを求めるという形で‥‥立ち向かっていた」
いじめられていた昔の自分を思い出しての、最初は同情だったような気がする。だが‥‥
『俺の技を教えてやる。いいか、自分の運命は自分で切り開け! 』
『はい!』
あの真っ直ぐに答えた少年の瞳に惹かれた。放っておくことができなくなった。
そして‥‥。
彼との出会いは、自分自身も変わったような気がする。
人に教えることで、気づくこともあるし‥‥何より‥‥
「あんたやお袋、爺さんの気持ちが‥‥解ったような気がするんだ。自分の技や思いを伝えたい。自分の後に付いてくるものを‥‥守りたい。そんな気持ちが‥‥さ」
爺さん、お袋‥‥そして親父‥‥。
彼らも同じ気持ちだったのだろうか、と思う。
きっと、そうだったのだ、と確信する。
心の中に生まれる、熱い情熱とは違う、暖かい思い。
それを自分が貰ったから、今生きている。そう思えるからだ。
命は受け継がれる、魂も‥‥想いも‥‥受け継ぐものがいる限り、決して消えることは無いと‥‥
雪がちらちらと降り始めた。
ブルル‥‥。
身震いすると、彼はコートの襟を立てた。雪足は早い。この分だと本降りになるのも早そうだ。
「なあ、親父。あいつは日々成長している。俺も、あいつも怪奇現象から‥‥縁は切れそうに無いけどな」
花束の上に積もった雪を軽く払ってもう一度置きなおすと。彼はしっかりと向かい合った。
強い目線で前を見て、ニッコリと‥‥笑う。
「そんなこんなであんたの敵討ちは時間がかかりそうだ。今度は、あいつも連れてくるよ。親父、またな」
元気でいろよ、と言いかけて止めた彼はくるりと後ろを向いた。
雪を踏んで歩き始めようとした時
『‥‥正風』
呼び止められたような気がして、彼は振り返った。
そこには誰の姿も見えはしない。気のせいかと、普通の者なら思うだろう。
だが、彼は、正風は嬉しそうにサインを切った。
そのサインに答えるように風が、暖かい風が頬をすり抜けていく。
もう一度歩き出した彼を呼ぶ声はしない。彼も振り返らない。
降り積もる雪の下に咲く花だけが、長いこと、静かに美しく咲き誇っていた。
それぞれの思いを伝えるように‥‥。
ライターより
夢村まどかです。
シュチエーションノベル お届けします。
今回は少し短めとなりました。
いろいろな正風さんの思いを膨らましきれず‥‥またイメージ違いなどもありそうで申し訳なく思っています。
口調や、その他微妙な所がありましたらお許しください。
勇太は元気です。
いずれまたお目にかかることがあると思います。
その時はまたどうぞよろしくお願いいたします。
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