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<東京怪談・PCゲームノベル>


恋する君へ 〜Eternal lovers〜

 肌を刺すチクチクとした冷たい空気。
 大気は十二分すぎるほどの水気を抱き、世界を白く閉じ込めていた。
 冬の寒い朝、立ち込める深い霧。太陽の光は、周囲の情景をかろうじて浮かび上がらせる程度でしかない。
「あら、噂の総帥さん?」
 ゆらゆらと中空を漂っていた微細な水滴が、清水の色にも似た銀の髪を彩る。不意にそこに現れた彼が、まるで美しき水の化身であるように。
 噂の総帥こと、セレスティ・カーニンガム。
 彼が今朝、この辺りを通りかかったのはほんの偶然。
 様々な人々との交流を持つセレスティ。昨夜も知人のパーティに招かれ、空が白み始める頃になってようやく暇の挨拶を交わし――そんな自宅への帰路途中、まるで水中にいるように錯覚させる濃い霧に誘われ車を止めさせ、気紛れに歩き出したその先の出来事。
「キミは?」
 閑静な住宅街、まだ子供達のざわめきからは程遠い児童公園。
 鉄の骨組みからぶら下がった二つのブランコの片方に、こんな時間にこんな場所にいるには不似合いな真紅のビジネススーツの女性が一人。
 年の頃は二十代半ば、と言ったところか。
 火月(かつき)と名乗った女性を、そう判断したセレスティ。怖気づくことなく『人助けになるから恋の話をしてくれ』と手招きをする彼女に興味を惹かれ、誘いに応じることにする。
 冷たく濡れた鎖はひんやりとセレスティの手に馴染む。
 しかし木製の座部は、ほんの少し前まで誰かがそこに座っていたかのように、ほんのりとした温もりを湛えていた。
「こんな所でキミは何を? それになぜ私が私と分かったのですか?」
「だから、色々な人の恋の話を聞く為にここにいるんです。総帥さんを総帥さんと分かったのは――そうね、仕事柄と言ったところかしら」
 あ、でも。
 総帥さんって有名人だし、それにとっても美人さんだから結構誰でも知ってたりするのかしら。
 クスクスと手で口元を覆いながら笑う火月の発する気は、人の穢れを浄化していくような清涼さに満ちていた。彼女が決して自分に害をなす存在ではない、とセレスティは判断を下す。
 昔は世界中にこんな人間がたくさんいた、というのに。
 ふっと自分の過ごしてきた長い永い時間を振り返り、セレスティの水底のように澄んだ青い瞳がここではない何処かに想いを馳せる。
「総帥さん?」
 ちらちらとセレスティの視界を火月の赤い袖が過ぎった。
「あぁ――そう、恋の話でしたね」
 地面に着いた足をゆっくりと伸ばす。
 自然と後ろにスライドする体は、ほんの気紛れ的に足を地から離すことで、ゆらりゆらりと揺れ始めた。
 いつもとほんの少し違う視点と視界。
 優しく揺れるその向こう、同じように揺れ始めた隣のブランコの赤いスーツが、セレスティにとってとても大切な人の瞳の色を彷彿させた。

  ***  ***

「セレ様、セレ様!」
 遠目に彼を見つけただけで、家から飛び出し軽やかに駆け寄ってくる。
 腰まである銀のよく風になびく髪を躍らせ、僅かに紅潮した頬が白磁の肌を染めていた。
「聞いてくださいますぅ? 今日お世話した赤ちゃんのことなんですけれどぉ……」
 そっと彼の腕を取り、室内まで案内する。
 その間も彼女の口が留まる事は一瞬たりとてない。
 くるくると感情豊かに変化する表情、それはどれほど長い時間見ていても飽きるものではなかった。そして、それと同じく次から次へと繰り出される彼女の言葉も、決して耳に五月蝿いものではない――いや、寧ろ逆のような。
 最初の出会いは友人の通う大学だったか。
 そこに留学生として在籍していた彼女が、実はセレスティと同郷であると知った事が興味と――そして好意を持つ切欠となった。
「セレ様は今度のお休みはどうされるんですかぁ?」
 『マシンガントーク』という形容は彼女の為にあるようだ、と内心こそりと微笑んだ事も少なくはない。
 まるでお人形のように可愛らしく整えられた造作に、人の温かみを加えるそばかすがチャームポイントの彼女は、そこに存在するだけで充分な花となった。
 さらにそれに加え、好む衣装はゴシックロリータ。
 フリルで飾られたヘッドドレスやワンピースを甘やかに着こなし、時には髪の色まで自在に変化させては、出会う人々を目から楽しませてくれる。
「そうですね……週末は今の所予定はなかったように思いますし。良かったらヴィヴィ、一緒に過ごしませんか?」
「本当ですかぁ!? あのですね、あたしセレ様に是非見て頂きたいところがあるんですぅ!」
 セレスティの思わぬ――いや、期待通りだったのかもしれないが――言葉に、見た目は二十歳の少女の笑顔が湯煎されたチョコレートのように蕩けた。
 そう、彼女も常人ではない。
 笑い上戸で泣くのが苦手な人ではない存在。
 セレスティと同じく、永い時間を生きてきた少女。
 けれど「だから」彼女に惹かれたのではない、と思う。魅せられたのは、彼女自身の持つ鮮やかな気配と、子供や老人に好かれるその本質。
「おや、楽しみですね。ヴィヴィが私に見せたい所とは」
「はい! このあいだですねぇ、子供たちと遊んでいるときに見つけたんですよぉ! ちょっと日本じゃないくらいに――」
「ヴィヴィ、それ以上言ってしまっては当日の楽しみが半減ですよ?」
 しぃっと人差し指を唇に当てたセレスティに、「しまった!」と少女がぺろりと可愛らしく舌を出して、えへへと笑う。
「まぁ、私はヴィヴィと一緒なら楽しいからそれでもいいんですけどね」
「――もう! セレ様ったら!! そんなこと仰られたらぁ、ヴィヴィ幸せで卒倒しちゃいますぅ!」

  ***  ***

「普通はここから恋愛から結婚へ……と発展するのがセオリーなんでしょうけれど」
 キィっと少しだけ軋みを立てながら、ブランコが揺れ続ける。
 先ほどまで周囲を覆い尽くしていた霧は、時間が経つにつれ徐々に薄くなり、そしてまだ見えぬ空で輝く陽光の力が増してきていた。
 朝露を宿らせたように幾粒もの水滴に濡れたセレスティの髪が、細かな光を乱反射させ不可思議な色合いに彩られながら、ふわりふわりと宙を舞う。
「私は出来れば彼女とはずっと『恋人』でいたいと思っているんです」
 音をたてることなく、セレスティは静かに地へ足を下ろした。
 ほんの少しの余韻の後、ブランコはゆっくりと動きを止める。
「それは何故、と聞いてもいいのかしら?」
 同じようにブランコを止めた火月が、鎖にもたれかかるようにしながらセレスティを興味深げに眺めた。
 僅かに天を仰ぐように上向けられた顔。長い銀糸の睫毛に縁取られた青い瞳は、今は瞼の奥に隠されている。
 彼の脳裏に今、思い描かれているのはたった一人の姿。
 ふっくらと艶のある愛らしい唇を忙しなく動かし、様々なことをセレスティへ向けて語り続ける彼女。赤い瞳が誰よりも似合う、大切な大切な。
 彼女と共にある時の自分は、普段と違う感情に満たされているのが分かる。
 男女間の恋愛に不審を抱いていたセレスティの心を、まるで春の雪解けのように柔らかくその腕に抱き――
「私は束縛される事が嫌いなのです。つまり、私が嫌いだと思うことならば、おそらく彼女もそれを厭うのではないか、と」
 穏やかな微笑を頬に刻み、セレスティが火月を見遣る。
 押し上げられた瞼の奥の瞳、ことさら時間をかけて火月に焦点を合わせてきたそれは、彼の言葉に嘘がないことを証明するように透明に澄んでいた。
 自分が束縛されるのが嫌だから結婚へと踏み切らないのではない。
 自由に羽ばたく姿が美しい彼女を、『結婚』という形で束縛してしまうのが嫌なのだ。
「……結婚も、そんなに悪いものじゃないとは思うんだけど」
「おや、既婚者でしたか?」
 意外、と目を丸くしたセレスティに、火月がもう一度強く大地を蹴った。
 力強く天を目指すように舞い上がるブランコ。
「確かに不便は色々あるけれど――かけられなくていい迷惑を被ることだってあるし。でも私は今の私に満足してるの。勿論、総帥さんみたいな考え方も大好きよ、だってずっとドキドキが続くみたいじゃない?」
「ドキドキ、ですか? そうですね……言うなれば、永遠の恋人――」
 とでも言うのでしょう。
 そう続く筈だった言葉は、唐突に遮られた。
『おにーさん、かっこいいね。でも女なんて所詮結婚を求めるだけのイキモノだと思うケド?』
 穏やかだった空間に混ざりこんだ異物。それは仕立ての良いスーツを着こなした今風な青年の姿をしていた。
 ただ外見とは裏腹に、口調が彼の軽薄さを露呈している。
「――これは何、ですか?」
 青年の登場にも全く動じた風もなく、より勢いをつけてブランコを漕ぐ火月に、セレスティは秀麗な眉根を寄せて抗議の声を上げた。
 確かに人の姿はしているけれど、目の前に現れたソレが生きた人間でないことはセレスティにとっては一目瞭然の事。
 人であれば必ずあるはずの水の流れが青年の中には感じられない。まるで凝った邪気が何かの切欠で形を与えられたような、偽りの器。
「さしずめ結婚詐欺男ってトコかしら? ほら、私最初に言ったでしょ。人助けだと思ってって」
 風を切るように揺れる火月の言葉が、ドップラー効果のように遠のいたり近付いたりしながらそう告げる。
「永遠の恋人に反して……って所かしら。で、総帥さんはどうするの?」
 なるほど、と瞬時に事態を理解したセレスティは『参りましたね』と少々呆れも混じった微笑を浮かべ、小さく肩を竦めた。
 こんな早い時間、こんな場違いな場所に火月がいたのは――ただ、理由もなくぼんやりしていたわけではないだろうから。
「どうするって……そうですね、こうしましょう」
 ゆらりと湖面に波紋が広がるようにセレスティがブランコから立ち上がる。
 火月はコレを自分にどうにかさせたかったのだ――最初から。
『何、ナニ? オレをどうする――』
 優雅な笑みを刻み付けたまま、セレスティの細い指が宙に輪を描く。と、それと同時にパシャンと弾む音がして、青年の姿は形を失い消え去った。
 セレスティの操る清い水が全てを浄化したのだ――ほんの僅かな所作で。
「さすが、総帥さん。見事な手際ね」
 勢いがついたままのブランコから、軽やかに飛び降りた火月が、青年の立っていた場所に手を翳す。
「行き場を失くした心の残骸といったところですか?」
「そうね――多分、そんなもの」
 静かに自分に歩み寄るセレスティに向けて、火月は少しも悪びれた様子もなく明るく微笑んだ。
 一度ゆるりと握り込まれた火月の掌は、セレスティが見守る中、そろそろと開かれる。その上に乗っていたのは小さな赤いビー玉。まるでセレスティの大事な人の瞳のような。
「おかげさまでちょっぴり人助け完了。ステキな恋の話、聞かせて下さってありがとうございました」
 興味を惹かれ、セレスティの指が火月の手の中の玉に触れた瞬間、それはパンっと粉々になって砕け散った。
 そしてそのまま、大気の中へと溶けて行く。
「いえいえ、私も朝から良い退屈しのぎになりましたよ」
 散り散りになって消える赤い輝きを、美しいと思いながらセレスティは最後の一粒が火月の手の中から零れ落ちるまで見守った。


「いる?」
 声をかけられたのは、火月と別れ公園を出て暫く歩いた後。
 すっかりクリアーになってしまった視界、その分強さを増した陽光にセレスティの視界がくらりと揺らいだ瞬間だった。
「ようやく出てきましたね」
「あ、バレバレでやんの」
 遮る物のない日差しからセレスティを守るように差し出されたのは黒い蝙蝠傘。その持ち主は、これまた全身黒尽くめの少年。
「キミも特有の気配をしているからね、気付かないはずがない」
 この少年が何者なのかは分からなかったが、火月と話をしている途中から、二人を遠目に眺めるように公園の外の木陰に立っていたことには気付いていた。
 恐らく、それは火月も気付いていたはず。
 けれど彼女が何らかの反応を返す様子が見られなかったので、ずっとそれに倣っていたのだ。
「ま、そーゆーことになるだろうとは思ったけど。ところで、これ受け取ってよ」
 ずいっと強引に手渡されたのは、彼の手に握られたままだった蝙蝠傘。受け取った瞬間、何故か全身をゾクリとした寒気が襲う。
 しかし、それも一瞬の出来事。
「俺、結婚反対派でさ。おにーさんのお話に共感しちゃったのでそいつをプレゼント♪」
 言いたいだけ言うと、少年はくるりと踵を返した。
 ゴシック様式の黒いロングコートが、はらりと広がりセレスティの足元を擽る。
「――キミ、名前は?」
 傘を返そう、という気持ちがあったわけではない。
 ただ、どうしてだか聞いてみたくなったのだ。彼と同様、只人ではありえぬ気配を持つ少年の名を。
「俺? んー……ユカリ、かな。大概の人はゲートキーパーって呼ぶけどな」
 蝙蝠傘の影からすらりと伸びた指先を、ちりりと熱を持ち始めた日差しが焼く。それに僅かに怯んだ時には、少年は既にセレスティの手の届かない位置に走り去っていた。
「ほんじゃ、また機会があったら」
 聞こえる声は既に遠く。
「全く。朝から忙しい一日ですね」
 そもそも自分は『結婚反対派』なのではなく、単に彼女を縛りたくないというだけのつもりなのだが。
 ユカリ――ゲートキーパーと名乗った少年の小さくなる背中を見送りながら、セレスティは喉の奥を震わせ声に出そうな笑いを堪える。
 本当に思いも寄らない出来事が目白押しの朝になったものだ。
 セレスティの戻りを待つ車に向けて、ゆっくりと歩き出す。今頃、運転手が戻りの遅い主を心配しているに違いない。
「今度の休みは、この話をヴィヴィにしてあげることにしましょう」
 彼女がどんな反応を示すのか、頬を弛ませながら思いを馳せる。
 きっと楽しい時間になるのでしょう――それだけは確信して。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名】
  ≫≫性別 / 年齢 / 職業
   ≫≫≫【関係者相関度 / 構成レベル】

【1883 / セレスティ・カーニンガム】
  ≫≫男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い
   ≫≫≫【GK+1 / NON】

 ※GK……ゲートキーパー略

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ライターの観空ハツキです。
 この度は『恋する君へ。』にご参加下さいましてありがとうございました。そして……年明け早々には納品を! と目論んでいたのですが――結果、お届けがギリギリになってしまい申し訳ございませんでした(謝)

 というわけで、このような形では『初めまして』。噂の総帥さま(笑)にご参加頂けまして、とても嬉しく思います。
 発注時にご指定のなかった『対極の恋の形への対処方法』に関しては、此方で判断させて頂いたのですが……総帥さまの雰囲気を壊していないか、どきどきしております。
 見当違いなようでしたら申し訳ございません。
 これからも機会がございましたら(今年はゲーノベを増やして行く予定ですので←宣伝?)宜しくお願い致します。

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたらクリエーターズルームやテラコンからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回は本当にありがとうございました。