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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


願いを叶えましょう


 ふわりと飛ぶのは雲の上から、見晴らしの良さそうな場所に在る高台に腰を落ち着けたのは少し前。
 良い風が吹く場所だったし、空もよく晴れていたからすっかり大丈夫だと思っていたのだ。
 山の天気は変わりやすいとはよく聞く話。
 あれほど晴れていたのに、突然振りだした雨に眉を寄せる。
「しかたないのう」
 小さく溜息を付き、焔樹は他に行って雨をしのげる場所を探そうと飛び立ち書け、僅かに懸念したのは厚い雲に覆われた空模様。
 雷の一つでも落ちそうな……まさか、そんな事と思い直し空へと飛び上がる。
 そうそう運の悪い事もあるまいと甘い事を考えていたのだが……。
 もう少し気を付けるべきだったのだと思ったのは本当に雷の直撃を受けてからだった。
 どこかへと落ち居てきながら、意識が遠のいていくのだけは自覚する。
 力を振り絞り僅かに方向を調節するも、ほぼ自由落下といっても良い程だった。
 本来高台に落ちるはずだった落雷が、飛び上がったタイミングが悪かった所為で焔樹に落ちたのだと知ったのは後の事。
 もっと気を付けていればあんな事にならなかったのだと幾ら反省しても、すべては後の祭りである。



 意識を取り戻し、無事であった事にホッとしつつあたりを見渡す。
 室内である事はすぐに解った。
 誰かがどこかへ落ちた焔樹を見つけて助けて切れたのだと言うのも、傷の手当てと焔樹の体を包む上等な毛布からも解る。
 解らないのは………。
 どうして自分が大きなゲージに入れられているかである。
 獣の姿をしているからこういう事になったのだろうかと考え……それでも色々と疑問には思う。
 例えば尻尾の数も、毛並みも普通の狐には見えない事は確かだ。
「……よく用意した物だのう」
 半分呆れ返りつつ、檻に触れてみる。
 ひんやりとした鉄の手触りは確かにそこにあって、外から隔離されているのだとはっきりと解った。
「ずいぶんと用意の良い事だ事だのう」
 もしや珍しいからどこかに売り飛ばそうとでも言うのか?
 怖い云々よりも、逆に笑えてくるような状況としか思えない。
「褒めていただき光栄です」
「……やはりお主だったか、モーリス」
「元気そうで何よりです」
 聞き慣れた声に、疑問の大半が一瞬にして氷解した。
「……外で騒がれていたからこうしたのか?」
「いいえ、私以外には見られていませんよ。落ちている最中は解りませんが」
 無意識にだが多少の方向調節は成功していたらしい、恐らくは……幸か不幸かモーリスの管理する庭にでも落ちて助けられたのだろう。
 怪我を直して、毛布に包んで……ケージに入れて。
 最後は間違っている。
 モーリスは普段の焔樹が人型をとっているのを知っているのだから。
「悪戯なら早くここから出してくれぬか? 狭くて人型に戻れ……っ!?」
 ギョッとして言葉に詰まる。
 何故か力が出ないと思っていたら、力の源である如意宝珠はモーリスの手にあるのだ。
「何故それを……」
「庭で見つけた時に、側に落ちていたんですよ」
 微笑みながらサラリと告げられ頭が痛くなる。
「悪戯なら、他を当たると良い」
 洋子なら誰もが持つ、力の源を取られたままでは強くは出られないのだが……それを隠したまま何事もなかった風を装ってはい手も、内心ではドキドキしていた。
 微笑むモーリスが宝珠をあっさりと手の届く範囲に差しだし。
「ええ、お返ししますよ」
「うむ……拾ってくれて助かった」
 ホッとしつつ手を伸ばした焔樹が如意宝珠を受け取る直前、さっと手を引っ込められる。
「………お願いを聞いてくれたら、ですけどね」
「お主……」
 こんな下らない手に引っかかってしまった事に腹が立つ。
「大事な物なんでしょう」
「一体何を……」
 警戒する焔樹にモーリスはひらりとメイド服を取り出しながら、当たり前のようにとんでもない事を言ってのけた。
「今日一日いう事を聞いてくれたら返して差し上げますよ」
「それを着ろと?」
「はい」
 誰の趣味なのか?
 むしろ誰の影響なのか?
 楽しんでいる気配をヒシヒシと感じさせるモーリスに何を言っても無駄なのは明白で……この状況、言うことを聞かなければどうにもならないのは確実である。
「……一日だけと言う約束だからの」
 渋々焔樹は頷いた。



 人の姿になってから、渡された服へと着替える。
 アダルトな雰囲気のメイド服で、動きかたによってはガーターが見えてしまいそうな作りのおかげで動くに動けない。
 足下がスースーしてとても心許なかったのを何とか意識の外に押し出し、赤面しそうになる頬をひと撫でしてから歩き出す。
 極めて平静を装う様にしている物の、着慣れない格好でメイドをさせられるなんてという羞恥心や力を取られたままだという不安から、僅かに隠し切れては居なかったりする。
 アンティークのお盆の上に繊細な細工の施されたティーセットを乗せて、モーリスの傍らまで静かな足取りで歩いて行く。
「お、おまたせしました」
「ありがとうございます、とてもよくお似合いですよ」
 棒読み口調の焔樹に対して、滑らかな口調で褒めるモーリス。
 もし誰かにこんな場面を他の誰かに見られたら、モーリスは一体どう説明するつもりなのだろうか?
 既にこの格好でお茶を入れに行く際に、屋敷の人間と出会い何事かと尋ねられた崔にはモーリスの所為だとキッチリ答えて置いた。
 返されたのが苦笑である辺り、こういった系統の遊びは少ない事ではないらしい。
 ふとそんな事を考えてしまうも、モーリスならどうあっても上手くやり過ごすに違いないと思い直し溜息を付く。
「どうそ、ごゆっくり」
 かちゃんと音を立ててティーカップを置いた焔樹にニコリとモーリスが微笑む。
「………」
「………」
 手の中で弄ばれている如意宝珠をみて引きつるような笑顔を返しつつ、今度は丁寧にティーポットを扱いお茶を注いでそっとテーブルの上に置く。
「どうぞ」
「美味しそうですね、いただきます」
「当然であろう、私が入れたのだからの」
「だから特別美味しいんですね」
「………」
 言ってからしまったと思った。
 これでは腕によりをかけたようではないか?
 単純に出来る事から手を抜く事がいやだっただけで、どうせなら美味しく入れなかったら良かったと今気付く。
「……なにか?」
「いいえ」
 お茶の時間続行。
 この服に着替えてからほんの少ししか時間が立っていないと言うのに、一日中これかと思うだけでどっと疲れた。
「疲れましたか?」
「誰かさんの御陰でのう」
「それはご苦労様です、一緒にお茶にしましょう」
 軽口をたたき合いながら、どうぞと引かれた椅子に腰掛けお茶を飲む。
 おかわりを注いだり、お茶菓子を勧められ口へと運びとても良い出来に感嘆する。
「相変わらず彼の作るデザートは美味だのう」
「私もそう思います、きっと直接言ってあげたら喜びますよ」
「そうだのう、ぜひ礼を言わなければ」
「厨房に戻る時にでもぜひ」
「それは遠慮しておこう」
 この姿はあまり多くの人に見られるのは恥ずかしい物がある。
 会話の最中、迂闊にも楽しいと思ってしまったのは……心の中だけにしまっておこう。



 片づけを終えてから部屋に戻り、くつろいでいるモーリスを見かけて声をかける。
「次は?」
「お帰りなさい、では……次はマッサージと部屋の掃除、どっちがやりたいですか?」
「……勝手に決めれば良かろう。そもそも部屋も汚れてるようには見えぬし、疲れてる様にも見えぬのだが」
「ですから困ってるんですよ。朝掃除していただいたばかりですし、肩がこるような体質じゃありませんから」
「………」
 笑顔で言われ唖然とする。
 からかわれているのだ。
 先に怒った方が負けだと焔樹が敢えて我慢しているのを解って言っているだけに、実に質が悪い。
 こうなればとフッと口の端をあげて笑みを浮かべる。
「どれ、肩を揉んでやろう」
「……ありがとうございます」
 嫌な予感がしたというのなら、モーリスの感や思考は正常に動いていると言う事だろう。
「といいたい所ですが、残念ながら何処もこっていなくて」
「遠慮せずとも、楽にしているといい」
「いいえ、そんな」
 がしっと肩を掴み、骨が砕けそうな程に力を込め揉み始める。
「いた、いたたた」
「逃げるでない、折角揉んでやってるというのに」
「これは、ちょっと」
 何とか苦笑している物の、居たがっている事は明白なのでほんの少し気が晴れたがこの直ぐ後に倍疲れる事になった。
 ノックの音に焔樹が驚いて振り返る。
 用事があってきたらしいのだが……。
「すいませ……あっ、ご、ごめんなさい」
 一度は開かれたドアが直ぐに閉められた。
 何かを勘違いされた事は明白で………。
「…………」
「…………」
 目を合わせ、くすくすと笑いだしたモーリスはあてにならないと判断して深々と溜息を付く。
 今から追いかけて説明した所で、余計に苦しくなるだけだ。



 そうして深夜零時。
 長かった一日ももう数分で終わりを迎える。
「……疲れた」
 きれいに整えたベッドの上に座り、深々と溜息を付く。
 本当に色々あった。
 掃除に本の整理。
 庭の設計の資料の手伝い。
 他にも多種多様に……メイドの仕事ではないのではという事までしていた気がする。
「そろそろよかろう、早う如意宝珠を返せ」
 なれない事や気恥ずかしさも多々あって本当に疲れた。
「まだですよ、焔樹さん」
 椅子に腰掛け、本を読んでいたモーリスがサラリと告げる。
「……? なにを……もう日付は変わったはずであろう」
「ああ……」
 腕を組み、見る人が見ればさわやかであるだろう部類の微笑みを浮かべるモーリス。
 だが焔樹にとっては不吉な事この上ない。
「一日って言いましたよ」
「……! まさかお主!!!」
 嫌な予感に、ベッドから立ち上がりモーリスへと詰め寄る。
「24時間で、一日という意味ですから」
「………何時から」
「目が覚めた時からですね」
 時計を見て言葉を失う。
 まだ先の事で在ると解り、ベッドへと座り込む。
 一度終わったと思っただけにショックの大きい事と言ったら……。
「……覚悟しておれっ」
「残念ですが遠慮しておきます」
 まだまだメイド生活は終わらないという事だ。