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地下ニ潜ム(前編)―a creature―
●暗闇ノ中
地下。
どれだけ地上で光を当てようがこの地に届く事は無い。
灯りの差すことの無い場所には陰が産まれ――闇が巣食う。
そう、人にあらざる何かが…
「キミもこのまま消えたくは無いだろう? 少し、協力してもらえるかな?」
闇の中で、ひどく場違いな少年の声が響いた。
「こんにちは」
「………あんたは……」
昼下がりに興信所を訪れた女性は、草間へ一礼をすると口を開いた。
「この間はお手数をおかけいたしました。何でも、こちらの興信所の方たちだったそうで……」
「…仕事だからな。礼を言われる必要は無い」
「それで、今日は少しお願いしたいことがありまして――」
「頼むから帰ってくれ」
怪異記録師と名乗る目の前の女性に、間髪いれずに草間は言葉を返した。
「では、後のことはこちらにまとめておきましたので、よろしくお願いいたします」
「帰ってくれと言ったのだが……」
女性は説明を終えると、渋い顔の草間に構わず一冊の書類を突き出す。
「こちらの興信所の仕事の履歴ならこちらに……」
「……結構だ」
窓の外からは傾き始めた赤い陽の光が差し込んできていた。
●水道管理局ニテ
「…ストライキ?」
「はい……中に入らせるぐらいなら、などと言い出しまして……」
作業員に中を案内させて欲しい―。修善寺・美童が言うと、水道局の担当者の男は申し訳無さそうな顔で答えた。
「……お金ならば払いますが?」
「言ったのですが……」
「それでもですか? 一体何があったのやら…聞いていますか?」
「何でも……………………田舎の母親が出てきたとか」
「……今、なんと?」
「いえ、ですから…」
覗き込むような視線に怯えながら、自分も信じられないと前置きをして男は答える。
作業員たちは、修善寺財閥がお金を出す、と言ってもまるで受けようと言う者がいなかった。中には、別の部署に移るか辞職を許可するかどちらかにしてくれ、とまで言う作業員まで出ている。作業場で何があったのか、と作業員たちを何度も問い詰め、出てきた答えの一つがそれだったと言う。
「他には、何と?」
「他には……もっと馬鹿馬鹿しいのですが、大きな蟲が出ただとか……自分がいた、だとか……」
「自分? 作業員達自身ですか?」
「そのように言っていました。にやりと笑った、だとか……あの、こんな話でもお役にたてますか?」
「キミはボクの言葉に答えていればいい」
「…!! 申し訳ありません……」
修善寺の気に障る事を言ってしまった、と思ったのか、小さくなる男。
「で? その他には?」
「ええと……」
必死になって思い出そうとする男の顔を見ながら、修善寺は水道にいるであろう『霊』に思いをめぐらせた。
●草間興信所ニテ
女性が立ち去った後。草間興信所は自らの主が起こす行動を静かに待ち受けていた。
「依頼人、この間の女性ね。武彦さん」
「そうだな……俺は初めてだったわけだが……」
シュライン・エマの言葉に草間・武彦は嘆息で答えると、くわえていた煙草を灰皿に押し付けた。
「武彦さんもいくの?」
「水道の方は任せる。俺は別行動だ」
「別行動?」
「特別な事じゃない。少し、裏を取るだけだ」
草間はソファーから腰を上げながら、先ほど依頼人から受け取った書類を指差す。
「その書類から、何が分かる?」
「これから……?」
書類に書かれているのは次の事柄。
>> 影や幻といった厳格じみた物を見た。
死んだ者の声を聞いた。
気がついたら目の前に鏡があった。
何処からか子供の声が聞こえた。
目の前に自分と同じ姿をした人がいた。
やけに大きな虫がいた。 ………etc >>
以上のような、最近になって水道の作業員達の間に流れ始めた噂――そして。
「作業員達のプロフィール……?」
どのようにして調べたのかと疑いたくなるような、履歴書と言うよりも探偵所か興信所の依頼人への報告書のような作業員達のプロフィール。
「まず、これはありえない代物だ」
草間は真剣な眼で、断じるようにして言う。
「『怪異記録師』などと名乗っているが、今までそんな職業は聞いた事が無い……つまり、ただの個人が勝手に名乗っている者達の事か、機密が異常なほどに守られた組織なのか、だ……個人がやっている場合はよほど腕利きと言う事になるだろうな」
「相手が組織にしても個人にしても何故私たちに依頼するのか分らない、と言うことね…」
「あぁ、どちらにしても何か裏があるのは確実だ」
「だからこその裏、というわけね。武彦さん」
「仲介役なら、このぐらいはしないとな…」
草間は言いながらドアまで歩いていく。
「いってらっしゃい、武彦さん」
「戸締りは任せた……」
何かを思い出したように、草間はエマに向き直り、そっけなく言う。
「気をつけろよ、エマ」
ドアが、音を立てて閉まる。
●深キ暗イ道ニテ
暗い道に足音が響いた。
―異常なし―
マシンドール・セヴンは、情報収集を他の依頼を受けた者に完全に任せ、水道の現地調査を行っていた。
―異常なし―
セヴンの持つ、視界10m以内にある対象物から詳しい情報を得るスキャンサイトの力が、前に進むごとに新しい対象の解析結果を伝える。
水道に下りてから2時間。これまでの所、スキャンサイトが伝えてきたのは、幾つかの照明が点滅を繰り返していた事、やや大きめのネズミが走っていた事、それに、作業員が残したしみ―問題の怪異に遭遇した者が恐怖して作った物らしい―だけ。怪異現象や、その前兆は全く現れる事は無かった。
もっとも、毎日怪異現象が発生しているわけでは無い事を考えれば、今日怪異と会えない事も不思議では無い訳だが。
―異常なし―
辺りを、通路の壁に設置された管の中を通る水の音が占める。
何の感情も無くただ流れ続ける水の音は、催眠術に使う時計の音を思い出させる。
報告書曰く。
深夜に起こると言うわけでは無く、意表をついて昼に発生する、ということでもない。
人が息を吐いた時。
ふと集中力が切れ、別のことに思考が移った時。
今にも切れそうに点滅を繰り返していた電燈から視界を戻した瞬間。
意識の隙を突くようにして『それ』は現れる。
被害者の恐怖する物。意識と無意識の狭間にて恐れられる物。
―前方に女性
前触れは皆無。
水音と足音も変わる事無く響いているのにも関わらず。
空気が揺れる事も気温が下がる事もなく。
機器に何の反応も起こさせず。
神出にして鬼没という言葉を体現するように。
移動方法不明の為再スキャン―
天井の照明が点滅を始める。
●闇ヨリ響ク物
「―!?」
水道に下りた瞬間、修善寺・美童は遠くから響く大きな音を耳にした。
空気が爆発しているかのようなそれは、一度ではおさまらず、連続して通路の奥から伝わってくる。
「戦闘…? こんなところで?!」
地震が来たときの事も考え、ある程度の強度を持たされていると言う下水道だが、中で戦闘が起こる事など想像されているはずが無い。このまま戦闘が続けば最悪の事態も考えられる――。
「霊を捕まえに来て自分が霊になるなんて冗談にもならない……」
ラップトップパソコンに入れた地下水路のデータ――局員の派遣を頼む事には失敗したものの、こちらを手にする事は出来た――を修善寺は開きながら、一人ごちる。
自分が今まで捕まえてきた霊達。彼らは、見るたびに違う甘美な叫びを自分に聞かせてくれる。捕らえた事への怨嗟の叫びなのか、生きる者へと叫ばれる嫉妬の声なのか、それは分らない。もし、今この水道が崩れれば、自分も同じような目にあうこととなるのかも知れない。
捕まえられ、動く事も出来ず、ただ自分をこのような状態にした者へ叫びを続ける日々……。
「それは――」
「…あら? 修善寺さん?」
想像にとらわれ、動きを止めた修善寺の背後から声がかかった。
「こんな所で立ち止まって…どうしたの?」
「どう、って…音が…」
いつの間にか、音は消え去っている
「静まった??」
「音? 気になるような大きな音は私は聞いていないけれど…何かあった?」
考えてもみれば、地下が壊れてしまうかのような戦闘音が響いていれば、今の自分のような事にはなるわけが無い。そう、『地下に入った瞬間に大きな音が聞こえてきた』など、ありえるはずがないのだ。新宿の地下水道がいくら地下深くに作られたとはいえ、この深さまで降りてくる間にでも聞いていてしかるべきだろう。
つまり、今のは――
「やられた。幻聴ですか…」
「幻聴?」
今来た為か、それとも修善寺一人にだけかけられた物だったからなのか、エマは首をかしげ―すぐになにかに思い当たったように、修善寺にむけ深く頷いて見せた。
「あぁ、そういうこと…聞いていた通りみたいね」
「聞いていた?」
対象は幻を使う、と言う事しか読み取ることはできなかった筈。エマは追加情報をどこかからか手にしているのだろうか?
水道の地図が入ったファイルを呼び出しながら、修善時はエマにそんな疑問を投げかける。
「えぇ。幻聴を聞いた人がいる、という話だったから、地下水道以外で聞いた人がいないか調べてみたの。そうしたら――」
地下水道は、上水道と下水道の両方を含む。なら、地下水道で音が響けば家庭まで音が響く筈。しかし、作業員達が幻聴を聞いたと言っていた所でも、そのような音を聞いた家庭は一世帯も存在していなかった。そして。
「驚いたことに、二人組みの作業員が幻聴らしき音を聞いた時、片方の作業員は恐慌状態に陥るほどの音を聞いたらしいのだけれど、もう一人は何の音も聞かなかったらしいの」
「つまり、相手の力は一人だけに作用する、という事ですね」
呼び出された地図で、自分達の現在地から前方に何があるのかを調べながら、修善時はエマに相槌を打つ。
「そういうこと。問題は幻聴だと相手の本体がどこにあるか分からないことね…。ソナー系機材があれば惑わされずに確認できるかと思うけど…」
歩き始めた修善時と並びながら、エマは思い出したように口を開く。
「セブン、見なかった? マシンドールの。彼女がいれば本体も確認できると思うんだけど」
「いえ、見ていません。来ているのですか?」
「それなら、一人で先に行ったのかしら………」
エマの言葉が響き、二人の足音でかききえそうになった瞬間。前方から、膨れ上がった空気が破裂するような音が二人の耳に入った。
「今の―!」
「貴方も聞こえましたか…今度は本物、ですね……」
●Who are you? What is this?
「解析終了 ……材質不明…生命反応無し……対象の表面温度―気温に同じ…」
マシンドール・セヴンの思考において、最悪の状況が想定される。
外見は、良く知っている相手に酷似している事。相手が生命反応が無いにもかかわらず動いている事、などが裏打ちをするこの仮定を否定する為にさらにスキャンをする。
この、良く似た相手が自分に向かい手を振りかざしている、と言う事実を否定する為に――。
―対象の外見がエヴァ・ペルマネントに一致 80%の確率で対象は虚無の境界製・最新型霊鬼兵エヴァ・ペルマネントと同一機体―
「……スタンユニット 開放」
打ち込まれる手刀を開放したスタンユニットで受けながら、セヴンは対象から距離をとる為に後ろへと飛ぶ。
「再スキャンを要請」
無意味と知りつつ、スキャンサイトに再度の調査命令を送る。ここにいるはずがない。無目的に自分をエヴァが襲う事などありえない。考えながらも、終わらせるならばすぐにでも―と身構えるセヴン。それをあざ笑うかのようにエヴァが怨霊機を動かし始め――
「―!?」
―対象 消失―
どこにでもいるという霊達を呼び、悪霊とすると言う怨霊機を動かしておきながら、途端に消え去ったエヴァ・ペルマネント。つまり、あれは――。
「あぁ、いましたね」
「セヴン―大丈夫?」
回答へと思い当たった瞬間。セヴンの後ろから声がかかった。
視線を向けたそこに立つ二人。彼らが襲ってこない事に訳もなく安堵を抱きながら、セヴンは全身を向けなおす。
「エマ様。幻覚と戦闘を行いました」
二人の顔を見据えながら、たった今起こった事を淡々と告げるセヴン。
怨霊機は、確実に動いていた事。運動能力が自分の覚えているエヴァ・ペルマネントと『完全に』同一であった事。
「…………」
「報告しましょう。対処は、それからに……」
呟きが、地下水路に響いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0635/修善時・美童/男性/16歳/魂収集家のデーモン使い(高校生)
4410/マシンドール・セヴン/28歳/スタンダート機構体(マスターグレード)
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせをいたしました。地下ニ潜ム(前編)―a creature― ただいまの納品となります。
体調不良から、しばらく書くことができない生活を送っていたりしましたが……連絡もなく、このように遅れた事をここにお詫びいたします。
地下ニ潜ム(後編)に関しましては、近いうちに出させていただく予定です。
今回は、本当に申し訳ありませんでした。
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