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<東京怪談・PCゲームノベル>


Black Out

 ササキビ・クミノは、自身が経営するネットカフェ「モナス」の上階に居住している。
 珍しく風邪でもひいたのか、奇妙に体がだるかったので、今日は早めに眠ることにしていた。時計の針は午後九時をまわったところで、モナスは既に閉店しておりクミノの安眠を妨げるものは何も無いはずだったのだ。
 しかし、突然鳴り響いた警報音に彼女は目を覚ましてしまった。すると、階下にいるメイドアンドロイド、プラゼノモナリス―――モナの合成音が緊急事態を告げた。


『東京都全域の画面が暗転。原因は不明。但しハッキングではない模様』
  

「被害は? 」
 問いながら身を起こす。ベッドから降りようとした途端、頭を激痛が駆け抜けた。思わずうずくまったクミノに、モナの気配が逡巡する。
「大丈夫だ、それより・・・」
 顔を上げると、電源を落としていたはずのクミノのパソコンに、白く発光する文字が現れ、たどたどしく文を綴り始めた。


 よるがおわるとき いつもの ばしょ きて くれる よね ? おねえちゃん


 尋常ではない。そう思うのと同時に、背筋を悪寒が走った。
『私達に問題はありません』
 プテラノモリナス―――リナの声だ。モナスの自動機械たちは、画面を認識して動いているのではない。それは、一般家庭にある家電製品であっても同様だ。
「慌てているのは人間だけか」
『はい。ただ、明朝までに解決しなければモナスの営業が・・・』
 なるほど、ディスプレイが死んでいるパソコンを並べたネットカフェなど、笑い種でしかない。
 クミノは頭痛をこらえ、窓辺に歩み寄ってカーテンを開け放つ。次の瞬間、視界に入った景色に目を瞠った。
 建物の灯りが、街並みの遠くの方から順に、次々と消えていくのだ。それはまるで忍び寄る闇の波に浸食される水際のよう。
 あっという間に全ての灯りが消え、残るは煌々と輝く細い月だけ。
 歪められた笑みのごとき形状の月が、無力な人間を嘲笑う。
『慌てた人間達が一度に電話をかけたのでしょう』
 それで恐慌が伝播し、ついでに電話回線がパンク。
「電話を受けた連中が、画面のある電化製品の電源を入れる」
 何とか直そうとして。
 その努力が新たな混乱を招くとも知らずに。
 それが一度におきたので、ブレーカーが落ちる前に変電所あたりがいかれてしまったのだろう。
「まったく厄介な・・・」
 頭痛がひどくなっているのは、気のせいではないだろう。
「『よるがおわるとき』か」
 額面どおりに受け取るなら、それは夜明け。
「だが、『いつもの場所』とは・・・? 」
 あまりにも抽象的すぎる。この文字の向こうにいる不届き者にとっては、相手に伝わればそれで良いのだろうが、クミノのような人間にとっては不十分な情報だ。
『検索条件にヒット、結果を送信』
 無機質な声が脳裏にこだまする。視界の一部が左右に揺れた。歪んだそこに、長方形の闇が出現する。すぐにそれはテレビ画面に変わった。これは、クミノの網膜に直接送られてくる映像だ。
 画面の隅の時計は8:57を表示しながら点滅している。暗転直前のニュース番組だろう。
 報道内容はある殺人事件だった。


「資産家として有名な佐倉家の次男徹くん(13歳)が今日未明、自宅近くの公園で遺体となって発見されました。腹部損傷による出血多量死と見られ、凶器は未だ発見されていません。警察の発表では、死亡推定時刻は前日の深夜9時ごろとされています。家族は事件発覚まで、徹くんの不在に気づかなかったということです。また、実業家である佐倉家には以前より、呪われているとの噂があり、警察では、狂信的なオカルトマニアが犯行に関与しているのではないかと調べを進めています。事件後から行方がわからなくなっている長女の涼子さん(17歳)の安否も気遣われています・・・・・・」


「十三歳の息子が一晩中行方不明で気づかない親がいるのか」 
 ひとりごちたクミノとて同じ十三歳なのだが、境遇が境遇なので判断基準にするのは微妙なところであった。
「とりあえずは殺人現場の公園か」
 おそらくメッセージの主は死んだ佐倉徹。呼び出しているのは姉の涼子だろう。
 この手の被害者が殺害現場に戻って来るのは、決して珍しいことではない。事件が未解決のうちは特に。
 彼の目的を突き止めねばならない。場合によっては、どんな手を使ってでも止める。
 窓を開け、光学迷彩を発動させる。一瞬でクミノの姿は空気に溶けて消えた。
 アルミサッシを蹴る音がして、気配が夜空に踊り出る。


眼下の街に光が戻る気配は無い。クミノは軽く舌打ちすると、頭に装着したトランシーバーにむかって怒鳴った。
「草間っ」
 返事は無い。
「おい、聞こえてるんだろ? 草間!」
 電話回線を使っていないので通じるはずだ。ややあって、不機嫌そうな声がかえってくる。
「何だ、おまえか・・・」
「画面とニュースを見た。今公園に向かっているところだ。何か情報はないか」
 クミノ自身は、幽霊だとかに関する情報に詳しいわけではない。利用できるも人間は最大限に活用するべきだ。
 レシーバーの向こうで草間が笑った気配がした。
「あいかわらず行動が早いな」
 ちょうど良い、と草間が続ける。
「一つ頼まれろ。公園にいるガキを止めてくれ。俺らもすぐに行くが、おまえの方が近いだろう」
「おい、どういうことだ? 」
「佐倉涼子がうちに来ている」
「は? 」
 思わず間の抜けた声になる。
「例の『おねえちゃん』だ。興信所の前で、血まみれになって倒れていた。停電の直後だな。零が外の様子を見に行って発見したらしい」
「それで? 」
「興信所のパソコンのメッセージ見たら蒼白になっちまって・・・・・・・・・弟を止めてくれって言ってる」


あの家は呪われてるんじゃない、呪ってるんだ、と。
 重々しい言葉を最後に、通信は途絶えた。


 目的の公園までは十分とかからなかった。公園とはいっても、小さな円形の広場が人工林に囲まれている程度の代物だ。
 広場は、中央に時計台があるばかり。その周囲に配されていたであろうベンチやオブジェは、隅の方に雑然と積まれている。その横に倒れているのは二人の警官。
 死体の位置を示す白墨のかわりに、広場一面を、交錯する白線が埋めつくしていた。
 よく見ると、それは時計台を中心に不可思議な模様を描いている。
「魔方陣か・・・」
 いよいよきな臭くなってきた。
 月明かりに照らし出された時計台の上に人影がある。幸い、クミノには気づいていないようだ。
 二十メートル。
 半ば無意識に距離をとり、手近な木陰に降り立った。
 木の幹から顔だけのぞかせて、時計の上をうかがう。
 そこには何の影もなかった。
「嘘・・・」
「なにしてるの? 」
 高めの声が唐突に、頭上から降ってくる。顔をあげると、木の枝に佐倉徹がぶらさがっていた。ニュースで流れていた写真と同じ顔をしているので間違いないだろう。すると、小柄な影が勢いをつけて、地面に飛び降りた。
 彼はクミノの目の前に着地すると、見えないはずのその瞳をまっすぐにのぞきこむ。少年の背はクミノよりわずかに低い程度だったが、顔の造作は十三歳というには幼すぎた。
 その中で、栗色の双眸に宿る光だけが異質だった。
 しかし、それよりも気になるのは。
「なぜ平気なんだ? 」
 霊体は、障壁の中では力を削がれ、クミノへの接近は困難になるはずなのだ。にもかかわらず、徹は何事もなかったかのようにクミノの目の前に立っている。
「効かないよ」
「え? 」
「跳ね返せばいいんだから」
 徹は造作もなく言う。
「ちょうどいいや、手伝ってくれる?」 
 ちょうどいい。
 今夜この台詞を聞くのは二度目だ。しかも依頼内容は正反対とくる。
「手伝う? 」
「うん、佐倉の一族を滅ぼすから」
 まるで、犬の散歩に行ってくれ、というような軽さでとんでもない事を言った。
「どういうことだ? 」
 クミノとて、あまり正確な情報をつかんでいるわけではない。
「知らないんだ、佐倉っていったら有名なのに」
「『呪ってる』という話か」
「そう、つまりは暗殺屋さんってこと。あなたとは違う方法だけどね、元同業者さん」
 そこまで聞いて、クミノは諦めたように嘆息し、口元で笑う徹を睨みつけた。
「それでうちは世襲なわけ。今はお父さんで、その後はおねえちゃんが継ぐことになってたんだ。おねえちゃんはずっと、病弱だっていって学校にも行かせてもらえなくてさ。その間ずっと呪殺の勉強ばっかりさせられてたんだよ。だから襲名の儀式を邪魔したの。おねえちゃんに人殺しなんかしてほしくなかったから」
 気づかないうちに、月が傾き始めていた。いつの間にそんな時間がたったのだろう。
「そしたら殺されちゃったわけ、邪魔するなってさ」 
 それで両親は「気づかなかった」と証言したのだ。 
「だから一族を滅ぼすというのか」
「そうすればおねえちゃんが人殺しにならなくてすむでしょ」
 徹は得意気に笑った。
「僕が死ぬ前に、佐倉の血に呪詛をかけたんだ。発動させれば全滅だよ」
「そのための魔方陣なのか?」
 確認すると、徹は呆れたように首を振った。
「ちがうって。これはおねえちゃんを守るため。いっしょに死んじゃったら困るじゃない。この魔方陣の上にいれば、呪詛を跳ね返せる。もちろん障壁もね」
「なるほど」
 林の向こうに見える山の稜線が、ほのかに明るい。夜明けが近づいているのだ。
「とめないの? そのために来たんでしょ」
「やめておく」
 しばらく会っていない上司と同僚の顔が脳裏に浮かんだ。
「事がすんだら、おまえどうするんだ?」
「成仏するよ」
「そうか」
 それきり、二人は黙りこんでしまった。
 朝日の一片が、山の向こうから顔を出した。



「なんで夜明けを指定したんだ? 」
 しばらくして、クミノが疑問を口にすると、徹は心底嬉しそうに笑った。
「どんな長い夜もかならず終わるんだって、おねえちゃんがいつも言ってたから」



 魔方陣が朝焼けに染まるころ、林の中から草間と零に支えられながら佐倉涼子が現れた。
 涼子は懸命に、何か言おうと口を動かしている。しかし、それは声にならない。
 彼女の足が陣の中に踏み入れられた瞬間、徹が口を開いた。
「おねえちゃんを・・・・・・」
 その後は、聞いたこともない呪言の詠唱だった。
 魔方陣から蒼く輝く光がほとばしる。稲妻のごときそれは、あっという間に天へと駆け上った。
 木の葉が舞い上がり、草間が眩しそうに空を仰ぐ。
 涼子は顔を覆って、しゃがみこんだ。零が心配そうにその肩を抱き寄せる。



 ややあって蒼い稲妻は収束した。
 完全に姿を現した太陽の、暖かい光があたりを包む。
 クミノは静かに、泣きじゃくる涼子のもとへと歩み寄った。



 これが終焉。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1166 /ササキビ・クミノ(ささきび・くみの) / 女性 / 13歳 / 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】


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■         ライター通信          ■
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ササキビ・クミノ様、ご参加ありがとうございました。
おひとりの参加でしたので、草間と零が助っ人に。

書いているうちにとんでもない結末になってしまいまして、ドキドキしながら納品です。
新年早々、暗めの話になってしまいました。
楽しんで・・・というのも微妙ですが、お気に召しましたら幸いです。


それでは、またの機会にお目にかかれますよう・・・。