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<東京怪談・PCゲームノベル>


祈りの向う先

 ――確かにそれは愛であったはずなのに。

 その喫茶店の中はいつもその時間に満ちている。朝訪れようと昼訪れようと夜訪れようと、その時間の中に。それに気付けるものは極少数だが、その時間に、その喫茶店は満ちている。
 ――黄昏時に。
 何処となくその時間を肌で感じる者にも、そして感じない者にも、まるで気にしない者にも、その時間の中にある喫茶店は不思議と居心地がいい。
 のが常ではあるのだが。それは店主が向える気であるからに限っての事らしい。どう考えても呆れたようなとしか言いようのない視線を受けて、高台寺・孔志(こうだいじ・たかし)は身を竦めた。
「それで意気込みは買うけど、あなたなにをどうしたいわけなの?」
 花屋Nouvelle Vague店長の高台寺孔志だ! 好きな言葉は「一直線!」今は季節的に赤い花がよく売れるんだが……赤い花が似あう奴の頭に投げて生け花! って言うのをやってみたいんだよねえ。踊る花屋って言うの? そんな感じ♪
 とまあ大変浮かれた調子で店に入ってきたのだから、サチコの視線の呆れ具合も強くなる。出入りの業者なら間に合っているし、そうでなくともうちはそういう店じゃないと追い出されかけたのはここだけの話である。そういうとは、芸を見せる、という意味であろう。
「……や、まあ……なんてーかだから! 神社が怪しいに決まってると思うんだよ!」
「当たり前でしょう。だからそれで何をどうするの?」
「いやだからこー行ってみて草花に話聞くとか……ですね」
 段々と小さくなる声に、サチコは益々深い溜息を落とし、孔志は益々小さくなる。
「ですが、私は許せません」
 塩をかけられたナメクジ宜しく段々と小さくなっていく孔志を眺め、新久・孝博(しんきゅう・たかひろ)が切なげに吐息を吐く。
「――それはそれでも愛であるはずでしょう?」
 溜息のようなその言葉にサチコは孔志を苛める口を緩めて、頷いた。
「そうね。――それで?」
 同じ問いかけをサチコは幾度かしていた。
 その問いかけに、孔志と孝博は顔を見合わせた。
「それでって?」
「なんでしょう?」
「――神社が怪しくて許せなくて。それであなたたちはこれからどうするのかと聞いているのよ」
「……や、まあ……なんてーかだから!」
 かくして会話は冒頭へとまた戻るのである。

 なんでもいいからいくならさっさと行ってらっしゃいとママに追い立てられた二人が向ったのはとりあえずは図書館だった。大抵の図書館にはその地元の伝承などに関する地区発行の小冊子のようなものは置いてある。神社が怪しいと思うなら神社から調べるべきだと、孝博は主張したし、それに孔志も逆らわなかった。
 いくらなんでも予備知識なく特攻をかけるのは無謀だということくらいは分かる。
「ってーか俺こういうとこホント体質にあわねーんだけど」
「ならでたら?」
 冷ややかに。本当に冷ややかに告げたのは綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)である。同じく郷土資料を漁っていてばったり出くわしたのだ。
「いやそういうわけにもいかんでしょ?」
「とりあえず資料は私と彼でも十分に調べられるわよ?」
「ほんとに?」
 顔を覗き込まれて汐耶は思わず視線を逸らした。その彼、孝博はと言えば、よくあるタイプの郷土の悲恋話の冊子を握り締めて涙していたりする。
「……うっ……こんな悲しいお話が……本当に……」
 どうやら信じて居るらしい。町おこしや村おこし、要するにハク付けのために、ぼんやりとした伝承に無理矢理肉付けするのは割かしよくある話なのだが、そういう方向にはあまり頭が回らないようだ。
「――で?」
「なにかしら?」
「本当にこれとあんたとで大丈夫なのか?」
「…………」
 汐耶は黙った。
 大丈夫だと言えば大丈夫である。寧ろ一人でも調査事態は十分に大丈夫だが。ここで孔志が出て行ってしまったら、感動に咽び泣く男性と二人きりというあまり歓迎できない状況に陥ってしまう。
「――そうね。前言は撤回するわ」
「どんな風に?」
「邪魔はしないで――それから、させないで」
「了解」
 孔志は頷いて孝博をあやしにかかった。

 持ち帰った情報を確認しあう拠点となるのはやはり黄昏の店である。ここの店主は客を邪険にはしない。客でなくともあまり邪険にはしない。そしてコルクボードの依頼を受けた相手もまた邪険にしない。サービスもしないが。
 窓際のテーブルを二つくっつけて、一同はそれぞれの情報を交換した。
 似たような年頃の子供を持つ母親になりきってお母様方の会議に入り込んでいたシュラインはげっそりと疲労した様子を隠そうともせずに肩を落とした。
「実際、噂にはなり始めているみたいね。ただ新入りの母親にはやっぱりガードが固いのよ。聞き出そうとはしたんだけど、はっきりとした言質は取れなかったわ」
「その間に近所も少し聞いて周ってみたんだけど、こっちは全く収穫ナシね。お受験専用神社なんてものは、あの近所には存在しないわ。少なくともそんなもの専用の神社があるなんてことは、誰も思ってないの」
 鮎もそれに倣うように肩を落とす。だがそれは情報が得られなかったと言うことを意味しない。
「つまり母親が隠したがるようなご利益は存在していて、それに対して周囲の人は無自覚だってことね」
 シュラインがそう纏める。
「それならもう少し補強できると思います。私――達は図書館と、それから一応神社も見てきましたが――」
「なんか小さい神社だったけどねー」
 汐耶の発言の微妙な間に気付かないままに孔志が答える。孝博も頷いた。
「本当に小さなものでした。即席の宝くじ売り場のようなものがあるばかりで。神社自体がそれほど妙なものには……」
「……それって、もしかしてお守りとか売ってるみたいな?」
 紫が横から口を出す。それに孝博は頷いた。
「ふうん、つまり売ってるわけね」
 シュラインより更に疲れている風情の紫が傍らの結に同意を求める。結もまた頷きを返した。
「私達はその子供さんの家へ直接行ってきたんですけど……」
「どうもね、神社だけが問題じゃないみたいなのよ」
「つまりお守りですか?」
 孝博の問いかけに、結と紫が同時に頷く。母親はお守りにこそご利益があるといって子供に買い与えているという。
「一応……こっそり、そのお守りは子供さんの鞄から掠めてきたんですけど……」
 申し訳なさそうに言う結の肩を、紫がぽんと叩く。そしてテーブルにそのお守り袋をぽんと置く。何の変哲も無い、ただのお守りに見える。それは結や孔志のような多少の感応を持つものの目にも同じことだった。
「それで何か変化はあったの?」
 孔志に尋ねられ、紫は首を振った。
「取って逃げてきたのよ。まだわかんないわよそんなことは」
 なるほど真面目そうな結が申し訳なさそうにするわけである。そこで汐耶が会話に割って入った。
「神社なんだけど、資料によれば祭られてるのは昔雷に打たれた古木らしいわ。由来は省くけど、少なくとも受験に関わりがあるようには――」
 とても思えない。そういうように汐耶は首を横に振る。
 黙って報告を聞いていたシュラインがここでポンと手を叩いた。
「そうね、神社が問題だとして。もう少し詰めてみましょう」
「具体的には?」
 鮎が尋ねるとシュラインは軽く頷き、紫が投げ出したお守りを指差した。
「子供の変化とこのお守りに因果関係があるなら子供の様子を探る必要があるわ。それから神社ね。神社なら宮司さんが居るはずでしょう?」
 汐耶が頷いた。
「複数の神社の掛け持ちのようですけど、宮司さんはいらっしゃいます。一応、住所も控えてあります」
「ならその線ね。お守りが関係しているなら、宮司さんが知らないはずが、ないのよ」
 ふと己の発言に自身なさげに、シュラインは口を閉じた。だが次の瞬間にはもう顔を上げている。その含みに気付いたのは紫のみだった。正確にはその含みの意味するところに、だが。
「じゃあ宮司さんとこと、子供の張り込み――それに直で神社を見てくると。三手に分かれればいいわけね?」
「そうですね。えと、私や紫さんは子供さんの様子を探るのは避けたほうがいいと思います。お母さんにもう顔が知れてるし……」
「同じ理由で神社方面も行った人はやめたほうがいいかもね。同じ人間が調べて出てくるのはきっと同じものな気がするから」
 結の言葉を鮎が引き継ぐ。
 結局、神社へは紫とシュライン、宮司の元へは汐耶と孝博、結、そして子供の見張りに鮎と孔志がそれぞれ出向くこととなった。

「何か分かる?」
「とりあえずおかーさんが半狂乱なのは分かるけど」
 鮎に問われ、双眼鏡を覗き込んだ孔志はそう答えた。生身の人間である二人は子供を張るとなるとこうするしかない。
 つまりこそこそ電柱の影である。
「おーヒステリックに子供引っ張ってんなぁ。あれじゃ可愛そうだろ。ここは一発お兄さんが――ってえ!」
 いそいそと出て行こうとした孔志の足元に数本のダーツが小気味いい音を立てて突き刺さった。
「なななな、なにすんの結構美人のおねーさん!」
「反省するならいっそすごく美人って言いなさいよ。そうじゃなくて出てってどうするの?」
「どうするって悪の母親成敗して、正義のおにいさんになるに決まってんじゃん?」
「今度は頭に食らいたい?」
「……うそですすいませんもうゆいません。ってかなんで止めるの止めるのよ?」
 あのね、と鮎は額を押さえた。
「私達は様子を伺うのが仕事。忘れたの、お守り盗んできたのよ私達じゃないけど、まあ私たちの仲間が」
「……そりゃまあ」
 流石に事態を飲み込んだのか、孔志も言葉を濁す。
「ただまあ、もう少し観察してみて外に聞こえるほどの声が響いてくるなら偶然を装って止めましょう、それなら不自然じゃないわ」
「だな。……なあ、あの子供、母親にとっていいこに、なってたんだよな?」
「そうね」
「ならあの母親が怒鳴ってる理由って……」
「いい子じゃなくなったんでしょう」
 お守りがなくなったから。
 言葉にしない鮎の声を、孔志は何とか聞くことが出来た。事実他に理由は考えられなかった。

 件の宮はガイドブックにも載っていない小さなものだった。それどころか普段は無人の、宮司も他所との兼任の正月と祭りの季節だけ扉が開くような、そんなところだったのだ。地元の人間でも殆どは何が奉られているのか知らない。最近になって漸く、常時アルバイトを置いてお守りやおみくじの類を売り出したという。
 問題はそのお守りだった。どの母親も一律にそれを購入して、子供の持ち物につけていたのである。試しにそれを取り上げると、亡羊としていた子供には少しだけ生気が戻った。完全に戻ったわけではない。まるで夢から覚めた後のような、ぼんやりとした様子を示したのだ。
 バイトは何も知らなかった。それどころか兼任宮司さえも、何も知らなかった。宮司に至ってはそこでお守りの販売が始まったことさえ知らなかったのだ。
 そして、神社の扉は固く閉ざされていた。宮司から借り受けた鍵を使おうと、決して開きはしなかった。

 彼らはその結果を、神社へと攻撃を仕掛けるもの達に託した。そこまでが、今彼らに与えられていた仕事だった。

 そしてその店の黄昏は薄くなる。濃すぎる黄昏の戦慄とは無縁となったその店のカウンターで、一同はサチコから事の顛末を聞いていた。
「――ご神体が二つ?」
 問い返した汐耶に、サチコが深く頷く。
「祭壇が二つ、あの神社にはあったそうよ。その内の一つからこんなものが出てきたらしいの」
 サチコがエプロンのポケットから出してカウンターに乗せたのは中国人形だった。古びてはいるが服装からそれであることが分かる。
「なにこれ?」
 サービスのパンの耳をかじっていた紫が不思議そうにそれを指で突付いた。
「小脚娘娘(しょうきゃくにゃんにゃん)の人形、だってよ」
 襲撃にも参加していた孔志が頭の後ろで手を組んで言った。どこかふてくされて居るようにも見える。同じく孝博もまた沈痛な面持ちでその人形を指し示した。
「――中国で奉られていた神の一種で、纏足の神様だそうです」
「てんそく?」
 汐耶の眉が顰められる。然るに汐耶にはその知識があるのだろう。
 纏足は、足の指を足の裏側に押し曲げて小さな足を保つというもので、理想は大人の男の掌にすっぽり納まる程度だったという。三歳〜五歳くらいの時に施術を始め、小さな足を作る。人工的に足を破壊してしまう。今でなら立派な幼児虐待だ。
「それって……」
 結が言い辛そうに眉を顰めた。
 当時の母親達は子供の足を愛ゆえに破壊した。泣き叫ぶ子供の声に耳を塞ぎ、小さな足こそこの子供の幸せの為だと思いその足を破壊したのだ。
 鮎がきっぱりという。
「随分と、もって周った揶揄ね」
 泣いて嫌がる子供を受験へと向わせる。それもまた多分、愛故なのだ。子供らしさを破壊しても、それでも愛故に。
「全くね」
「ほんっとに嫌な話だわね」
 シュラインと紫が顔を見合わせた。
 サチコが流石に困ったように微笑んだが、彼女はそれ以上の言質を、誰にも与えなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23 / 都立図書館司書 】
【2529 / 新久・孝博 / 男 / 20 / 富豪の有閑大学生(法学部)】
【2936 / 高台寺・孔志 / 男 / 27 / 花屋:独立営業は21歳から】
【3580 / 大和・鮎 / 女 / 21 / OL】
【3941 / 四方神・結 / 女 / 17 / 学生兼退魔師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、里子です。今回は参加ありがとうございます。遠大に遅れてしまいまして申し訳ありません

。<平伏

 コラボ作品文章パート。戦闘での解決編はカゲローさんのゲームコミックの方でどうぞお確かめ下さい。
 頻度は激しくありませんが、以降時折一つの事件を二局面から追うタイプのコラボはやっていければと思

います。今回は初めてのことで色々と不手際がありましたことをお詫びいたします。

 今回はありがとうございました。また機会がありましたら、宜しくお願いいたします。