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<クリスマス・聖なる夜の物語2004>


■Your my only shinin' ster■

「またまた、冗談がうまいなあ、相変わらず、婆ちゃんは」
 草間武彦は、遠縁の、もう80は軽くこえているだろうと思われる老女───草間・光音(くさま・みつね)の「いつもの予言」を聞いて、笑っていた。
 武彦は小さい頃よく、この老女に可愛がられていたので、今でも「婆ちゃん」と呼んでいる。昔から、この婆さんは変な予言ばかりしていて親戚からも遠ざけられていたなあ、などと懐かしく思い出す。
「わしの予言、今まで外れたことあったか」
「ないけどさ、婆ちゃん何年もその『予言』降りてきてなかったんだろ? アテに出来ないって」
 光音は、すっと立ち上がると、ため息をついた。
「本気にしようがしまいが好きにするがええ。武彦、お前なら信用してくれると思ってわしの予言を言ったのに、もうわしゃしらん」
 パタンと扉を閉じて、出て行く。武彦は、零の入れたお茶を飲みながら、彼女に尋ねてみる。
「……お前は本気にしてないよな? 一週間後のイヴに、この地球が───雪に呑み込まれる、なんて」
 零は光音が置いていった、一枚の紙切れをじっと見ている。
「……光音さんの唯一の助かる方法、かもしれないこと……書いてあります……」
 零はカンが鋭い。特に、「こういうこと」に関しては。武彦の唇から、煙草が落ちる。
「……嘘だろ……だって」
 言葉が、続かない。
 世界中の、予知能力を持った何人かも、同じ未来を見ているのかもしれない。

 地球は、あと一週間の命───そんなそぶりも見せず、武彦は、降り始めた雪を、じっと見つめるのだった。



■最初の三日間■

 事の次第を聞いた人間の一人、シュライン・エマは、まず武彦の背中をぽんぽんと叩いた。
「武彦さん、そう力を落とさないで。後で光音さんに謝りにいきましょ、ね?」
 それに対し、武彦の返事は「ああ」と、まるっきり気が抜けている。
 光音の予言が当たるところを幼い頃から見ていたためだろう、彼のショックは他の誰よりも強い。
 シュラインは残りの一週間、基本的には今までどおりの生活をしようと思っていた。
 出来るだけ長く武彦の傍にもいたかったし、零のことも心配だったし、いっそのこと───。
「武彦さん、私、今日から事務所に泊まっても構わないかしら?」
 すると、初めて武彦がシュラインをまともに見つめた。何も言わず、ぎゅっと抱きしめてくる。───こんな時、実際に強いのは、シュラインのほうなのかもしれない。
 背中を優しく撫でながら、彼女は言った。
「光音さんが書いてくれたメモにあるティタニア・圭雫真(てぃたにあ・こだま)という『生き物』のことも……空いた時間に探してみようかと思っているの。武彦さんも、散歩がてらでいいから、一緒に探してみない……?」
「そうだな」
 武彦は、ふうっとため息をつき、ようやく笑顔を見せて身体を起こした。
「婆ちゃんに、電話入れてみる」
「出来れば、その『生き物』がどんな形を取っているか等も聞いてみてくれる?」
「ああ。こうなったら、出来るだけのことはしてみるか」
 そして武彦は立ち上がり、手帳をめくって光音の電話番号を探し当て、「ティタニア・圭雫真」についてもう少し詳しく分からないかどうか等、聞きこみを始めた。


 セレスティ・カーニンガムは、降り始めた雪を見ながら、のんびりと酒を飲んでいた。
 もちろん、「予言」を聞いてはいる。だが実際、外には雪が降っているだけで普段の生活は「終わり」まで変わりはないと思っている。
「慌てなくても、変わらないのであれば、いっそのこと残り一週間、その時間を変わりなく過ごすのが一番贅沢な使い方ではないでしょうか」
 武彦に知らされた時、彼はそう言ったものだ。
 未来の運命は不確定だ。セレスティはそう思っている。
 それ故、「一週間後」と言われても、実はあまり危機感というものは、彼にはなかった。
(決まった未来へと必ず進むとは、思えませんしね)
 こく、とまた一口、酒を飲む。
 少し気にかかるのが、その「メモ」に書かれていた「生き物」、ティタニア・圭雫真についてだった。
「この雪の降る世界で……」
 しんしんと、静かに雪は少しずつ、だが着実に地上を覆うべく降り続ける。
「迷子にでもなっているのでしたら、さぞかし寒くて淋しい思いをしておられるかもしれませんね」
 そう思うと、早く見つけて保護してあげたいと思う。セレスティにとっては寧ろ一週間後の地球がどうこうというよりも、その「生き物」と一緒に暖かな時間を過ごしてみるのもいい、と考える割合のほうが強かった。


 雪の中、緋井路・桜(ひいろ・さくら)は、外に出ていた。
 地面には、桜の膝近くまで雪が積もっている。
(雪で埋もれるなら……皆に……警告をしなきゃ、いけない……)
 桜の場合、皆というのは主に植物をさすのだが、そうすることが皆にいつも色々なものを貰っている桜の義務だと思うのだ。
 誰もあまり来ることのない、広場まで来ると、すうっと桜は神経を集中させた。
 ふわりとした何か凡人の目に見えない「もの」が桜を包み込み、四散していく。地球が間もなく雪で埋もれてしまうことを伝え、植物達が少しでも子孫を残せる可能性を、と思ったすえのことだった。数箇所の植物へ、そうして、植物同士で情報をやり取りするように連絡をとり、逆に問いかけてもみた。
(最近……おかしなこと、なかった……? よかったら……情報……桜に、教えて……)
 長い間、彼女は、そうしていた。
 やがて、はあっと白い息を吐く。
「…………?」
 「何か」がおかしい。
 いつもならば、植物から与えられる情報は、こんなに曖昧な「返事」として来ることはない。
 植物達が声を揃えて桜に囁くように、
『サムイ───……サムガッテル───……』
 と、ゆったりと言っていた。
(ティタニア・圭雫真、は……どこか、分かる……?)
 もう一度、試みてみる。
 すると暫くの沈黙の後、
『───地下カラ……アソコ───桜……案内スルヨ───……』
 そう答えた。現実の視界を目に留めた桜は、遥か遥か遠くのほうに、かすかに───ぼうっと薄く金色に光る場所を、見た。


 だが、世の中には色々な人物がいるものだ。
 ここにただ一人、「この状況」を望んでいる者がいた。
「主よ」
 とある教会で、アーサー・ガブリエルは「主」に祈りを捧げていた。無論、一週間祈り続けるつもりである。これ以上願ってもいない「出来事」が、ついにやってきたのだ。他に、何をすることがあろう。
(人類と言う名の縛鎖よりこの大地が解放されることを。私は、祈る。祈り続ける。人類が科学と呼ぶ禁断の実を享受する限り、約束の地が現れることは無い)
 人類を「地球に巣食う寄生虫」と論じてやまない彼が、最も望む事態であった。
「主よ、我等が父にて万物の創造主よ、貴方の被創造物でしかない愚かな人類がこの大地の支配者面をしていられるのもあと僅かでありましょう……」
 それが彼の本心であるから、尚更に恐怖である。
 無論彼は、この事態の解決など考えてはいない。
 寧ろ、人類が滅びるのを最期の瞬間まで「見守る」つもりだった。
「主よ───」
 もう一度祈りの言葉を呟こうとした彼の言葉が、突然止まった。
 ふと立ち上がり、教会から出て雪の遥か向こうを目を細めて見やる。
(これは───この気配は……?)
 彼の能力による相乗効果なのだろう、アーサーは今、ティタニア・圭雫真の「鼓動」を確かに感じ取っていた。
(私と非常に近しい存在)
 それが、アーサーの圭雫真に対する、一番初めの感覚だった。
 そして、彼もまた、他の者とは意図は違えど、圭雫真の方向へと接触を試みるため、歩き出したのだった。


 今日も一日のアルバイトが終わった。
 そう、予言を聞いてから三日後の、今日も。
 シオン・レ・ハイは、心なしか重い足取りで、いつもの公園へと向かった。
 雪で全てが埋もれてしまい、変えられないことというのならば、それはそれで、彼はどうしようとも思わない。
 ただ心残りなのは、大切な人達に会えなくなるという、そのことだった。
 彼はイヴまで、変わらず、公園のベンチで編み物をしたり子供達を眺めたりするつもりだった。
 今日のようにバイトを続け、兎を眺めて幸せな気持ちになったり───そんな日々を、最期まで過ごそうと、そう思う。
 公園の子供達は、雪が例年より遥かに積もっていても、変わらずに明るくボール遊びやブランコで遊んでいる。
 何も、知らないからだ。
 雪の降る中、編み物をしていたシオンの手が、ふと止まる。
 いつも一緒にいるはずの、可愛い可愛い兎がいない。
「あれっ……どこに行っちゃったんでしょう」
 雪が深すぎて殆ど見えなくなっていたが、兎の足跡らしきものを見つけ、急いでシオンは公園を離れた。



■ティタニア・圭雫真という生命体■

 シュラインがやってきたのは、とある山の、誰にも見つけられないような場所にある一角、その洞窟だった。ここまで武彦と共にホームレスや情報屋等に聞き込みをして、ようやく見つけた場所である。
 雪が降り始めて───正確には武彦が予言を受けてから今日まで4日間、この辺りが人によって光るのが見えたりしていたというのだ。
 光って見えなかった人間は多分、何の能力も持たない人間なのだろう。
 武彦は、零があまりに不安がるので、興信所に残った。零のことを思うと、そのほうがいい、とシュラインは思う。
「ずいぶん入り口にも雪が積もっていますね」
 急に背後から声がして、シュラインは彼女らしからぬ悲鳴を上げた。
 振り向くと、セレスティが暖かい格好をして立っている。
「セレスティさん」
「すみません、そんなに驚くとは思わなかったものですから」
 聞くと、この状況よりもティタニア・圭雫真という「生き物」に興味を示していた彼も、あちこちの伝手でこの場所へ車で向かってきたのだが、雪が多すぎて進めなくなったため、歩いていると前方に見覚えのある女性の姿───つまりシュラインの姿が見えた、というわけなのである。
「なにぶん、足が遅いものですから、今やっと追いついたんですよ」
 それは、ウソではないようだ。普段人をからかうのが好きなことを知っているシュラインだが、そこまでは疑わなかった。
 さく、と、また新しい足音が聞こえて、二人は振り返る。桜がそこに立っていた。
「桜さん、あなたもここに?」
 以前、とある依頼で一緒になったことのあるシュラインが、少しかがんで桜と目線を合わせながら尋ねる。
「……植物たちが、……変、だったから……ここ、光ってたから……きっと、ここに……圭雫真、いる……」
「植物から情報を得たのですか」
 桜のその発言で、彼女の能力と行動に納得がいった、というふうに、セレスティは改めて自己紹介をする。桜は、ぽつりと雫を落とすように自分の名前だけを言った。
 そして、ビクッとしたように振り返る。
「間違いない、ここから光が見えた」
 年配の───司教の服を着た男が、そこにいた。人の気にも敏感な桜が、小さく震えている。明らかな警戒の雰囲気を感じ取り、セレスティは一歩前に出て、彼女を後ろにかばうようにした。シュラインが、桜の肩をそっと抱いてやる。
「『貴方も』ですか? ティタニア・圭雫真と会いに?」
 セレスティの問いに、今までそこに人がいたのかといった態度で、アーサーは視線を向けた。
「私はアーサー・ガブリエル。言っておくが、私はこの地球の状況に感謝している。私がここに来たのは救いを求めるためではない。彼の存在自体が我が能力にて感じるところがあると思ったからだ」
 どこかで見たことがあるような、とシュラインは見つめていたが、そうだ情報屋の一人からテロリストの話を聞いた、と思い出した。
「日本にはテロリスト『信者』を増やすため? 人類を『地球に巣食う寄生虫』と定義し排除しようとしているテロ組織、『Pillr of Salt』のリーダー……アーサー・ガブリエルさん?」
 シュラインの半眼に、そのアーサーの背後から、こちらは見慣れた実に人畜無害で純真無垢な美中年、シオン・レ・ハイがやってくるのが映った。
 ちょうどシオンの耳にも、今のシュラインの言葉が入ったらしい。「兎さーん」と呼んでいた彼の声が、途中で止まった。
「まさか……『この事態』は、あなたが仕組んだこと?」
 シュラインは、尋ね続ける。
「どういうことですか?」
 セレスティの問いに、シュラインは、情報屋からついでに聞いていたアーサーの能力のことを話して聞かせた。
 地球操作能力。地球上のあらゆる自然現象を再現・操作する事が出来る───そう、天候までも、と。
 だが、アーサーは「私ではない」と、落ち着いた声で言った。
「地球そのものを消してしまう単位の能力ではない。それが出来るのならば、私はとうに、人類をこの世から消し去ることが出来ている」
「と、とにかく」
 シオンが、剣呑な雰囲気になっていくのを感じて、桜がますます震え出したのも気になり、声を出した。
「洞窟に入ってみましょう。私の兎さんの足跡がありますから、探さなければなりませんし」
「そうね」
 と、桜を支えるように歩き出す、シュライン。
「何故あなたの兎が、ここに?」
 とのセレスティの素朴な疑問に、
「私の兎さん、時々遠出をしては迷子になるんです。特に洞窟が大好きで───」
 と、シオンが、てんで緊張感のない、いつもの調子で答えた。アーサーは黙ったまま、最後尾に洞窟へ入る。
 もうだいぶ進んだという時、深い穴に突き当たった。兎はそこで、うろうろしていた。
「兎さん!」
 と、シオンが感極まって抱きしめる。
「ずいぶん深い穴ね」
 シュラインが覗き込み、桜は何か感じ取ったように、きょろきょろとした。
 セレスティが石ころを拾い上げ、穴に落とす。
 ───落ちる音が、いつまでも聞こえてこない。
「深いどころじゃすまないみたいですよ」
 ちょっと肩をすくめて、セレスティ。
「穴といえば、上のほうもずいぶん高い───」
 何気なく穴の上を見上げたシオンが、口を開けたまま動きを止めたので、自然他の4人の視線もそちらへ向けられた。

 ───頭上に、仰向けに、美しい人間が浮いていた。

 服は纏っているものの、両性体とハッキリ何故か分かるのは、恐らく、その内面から滲み出る美しさからだろう。うつろに純真な青い瞳を開け、じっと微動だにしない。
 たった今起きたばかり、という感じに、ぼうっとしているようだった。
「───ティタニア・圭雫真……さん?」
 シュラインが、一度唾を喉の奥に送り込んでから呼んでみると、ゆっくりと、圭雫真は「空中で起き上がった」。
 すうっと、音もなく、穴をよけて地面に降り立つ。
 そして、ぶるぶると、両肩を掴んで震えだした。
「その格好じゃ、寒いでしょう」
 シュラインが、持ってきていた上着を、怯えさせないように近くに置いて戻ってくる。確かに今の圭雫真の格好は、秋物の服といってもよかった。
「この、ひと……コワく、ない……」
 桜が、ぽつりと呟く。
 圭雫真は、人の形はしているものの、「人間」の雰囲気からおよそかけ離れていた。どちらかといえば植物や土、もっと言えば地球そのものの雰囲気を纏っている。それが、桜には分かったのだ。
 それでもまだ震えていたので、シオンも、編んできていたマフラーと、自分が着ていたコートをかけてやった。
 近付いても、思ったより怯えてはいないようだ。
「ありが、とう」
 美しい、世界中のどの楽器にも出せないような音色で、彼(彼女)はたどたどしくお礼を言った。相変わらず、無表情ではあったけれど。
 様子を見ていたシュラインは、早速本題に入ってみた。
「この事態───分かるわよね? 光音さんのメモによると、あなたは地球の生命体だそうだから……私、イヴの災事から大切な人達を助けたいの。なんとか手助けしてもらえないかしら」
 優しく、穏やかな口調だ。
 圭雫真はまっすぐにシュラインを見つめ、
「───あなた、の 大切な……ひと ───たけ、ひこ?」
 と、言った。
 ドキリとしたのは、図星をさされたからだけではない。
 何か圭雫真にとてつもなく「大きなもの」を感じ、本能が反応したのだ。妙に懐かしく思えて、シュラインは喉がつまり、こくりと頷くのがやっとだった。
 わずかに、圭雫真が微笑んだように、全員には見えた。だが、錯覚かもしれないと思うほど、本当にわずかだった。
「あなた にも……大切な ひと───いる」
 次にセレスティを見て、圭雫真は再び、わずかに微笑む。セレスティは微笑を返し、
「否定はしません」
 とだけ、言った。
 次に、シオンに視線が向けられた。
「あなた にも───いる……」
「はい。このまま雪に地球が埋もれてしまうのなら、本当に変えられないのなら仕方がないのかもしれません。けれど、心残りになる大切な人達は、確かに───います」
 その答えに、また微笑む圭雫真に、桜はおずおずといった感じで口を開いた。
「皆……植物も……弱ってしまう、から……。桜には、何も出来ない……けど……いつも、いろんなもの、貰ってる……。だから……桜に、出来ること……皆を、助けるには……どうしたら、いい?」
「あなた も───」
 小さく微笑んで、圭雫真は少しだけ、目を閉じた。
「私 とても───寒い。いつからか ずっと 寒かった───この 雪は……地球の 無意識……地球の 精神 そのもの───」
 ゆっくりと形のよい唇から紡がれる言葉を、皆しんとして聞いている。
「つまり、地球の精神面が具現化された、と考えてもいいのでしょうか」
 セレスティが尋ねると、こくりと圭雫真は頷く。喋るのは苦手らしいが、言葉を理解する能力は充分にあるようだった。
「できる ことは───大切な ものを ひとを……最期の しゅんかん まで 強く……おもいつづける、こと」
 ただ、それだけ、
 圭雫真は言った。
「あなたは、何か能力を持ってはいないのですか?」
 素朴な質問としてシオンは聞いたが、圭雫真は曖昧に微笑んだ。
「私 地球にいきる いきもの 全部の───能力、もってる……地球そのもの、の───能力も」
 でも、それを自分は使いたくない、と続けた。
 自分が使えば、それは無理に地球の「心」を抑え込んでしまい、また同じことを繰り返すから、と。
「わかったわ、ありがとう、圭雫真さん。私達は私達で、出来る限り、最期まで大切な人のところにいって、祈るわ」
 シュラインが握手を求めるように右手を出すと、それが何を示すのか分からないように、圭雫真は小首を傾げた。
「握手ですよ。挨拶です、人間の」
 セレスティが、微笑ましげに言う。
「圭雫真さんは、これからどうするのですか?」
 シオンが、大事な兎を抱き上げながら、尋ねる。
 そう、こうして出てきてしまったのはいいとして、どうやって生活していくのだろう。まさかずっと、こんな洞窟の中にいさせるわけにはいくまい。
「とりあえず、私と一緒に暖かいところで過ごしませんか?」
 セレスティが誘うと、圭雫真は少し嬉しそうに、微笑んだ。
 皆で「自分達の居場所に帰ろう」と振り向いた、その時。
 今まで黙っていたアーサーが、両手を広げて洞窟の道を立ち塞いだ。



■あなたは私の輝ける星■

「何を考え、どのような思考を持つのか興味があった。圭雫真、お前が私に近しい存在と感じたからだ。だが」
 すっ、と右手を上に挙げる。深い穴の底から、かすかな地響きが聞こえてきた気がして、セレスティはアーサーを睨みつけた。
「どいてください」
「だが───、だ。圭雫真、お前は地球の欠片のクセに人類に味方をしようというのか。せっかくの粛清の機会をみすみす逃すというのか。だから寄生虫は愚かなことを繰り返し、耐え止まないのだ!」
 怒鳴られて、圭雫真は再び、震え始める。今度は寒さのためばかりではなく、完全に怯えていた。
 雪が、洞窟の中にまで「降って」くる。圭雫真の能力によるものだろう。
「落ち着いてください、圭雫真さん」
 シオンが肩を掴もうとすると、ビリッと手が痺れた。
「だめ……、……寒がってる……この男の人の、心、感じすぎて……圭雫真、怯えてる……」
 こちらも青褪める桜を、シュラインがしっかりと抱きしめる。
「圭雫真から『救われる道』を聞いたお前達が実行できなければ、地球は自らの思うとおりに雪に包まれることが出来るのだ。人類が死滅することが出来るのだ」
 アーサーの瞳は、決して狂気に満ちてはいない。真面目だからこそ、真の恐怖なのだった。
「だから───どうするのです? 最期の瞬間まで、私達をここに閉じ込めておくとでも?」
 セレスティの推測は、当たっていたようだ。アーサーが黙ったままでいることで、それが証明された。
「水だわ!」
 物凄い勢いで深い穴の底から沸きあがってきた水を認め、シュラインは叫ぶ。
 次の瞬間、ザアッと大蛇の鎌首のような格好をした水が、全員を襲った。
 パチン、と指を弾く音がして、思わず身を伏せた全員は、閉じていた目を開いた。
 セレスティだけが立っていて、背後には今まさに食いつかんとしていた滝のような水が完全に凍り付いていた。
「この程度ですか? あなたの粛清というのは」
 冷たい微笑を浮かべる、セレスティ。アーサーも、初めてわずかに口の端を上げた。
「圭雫真が『元凶』なのだ。出てきてはいけない生き物だった。地球が人類に加担するなど、私は認めない」
 圭雫真が、悲鳴を上げた。シオンにより身を伏せられていた、その身体を起こした途端、後ろの土壁から突出した尖った岩に貫かれたのだ。
「ウ、ウ…… 痛い、痛い ───……」
 言ってみれば、圭雫真は生まれたばかりの赤ん坊である。
 能力を持ってはいても、恐らく使い方など殆ど分からないに違いない。だから、感知することも防御することも出来なかったのだ。
「大切なものを大切に思うことが、どうして悪いんですか」
 シオンが、自分の服の袖を噛み千切って包帯にし、赤い血のかわりとばかりに透明の水が溢れてくる傷口に巻いていく。
 シュラインに抱かれていた桜が震え、
「コワい、……ひと……」
 と呟いた。
「───いい、え」
 ふと、圭雫真が憂うような瞳で、ふらっと立ち上がった。
 そのまま数歩、歩き、ふわりと浮き上がる。アーサーを、まっすぐに見下ろしていた。
「……とても、とても───かわいそうな ひと……私は、地球は───」
 こんな心を持ってしまった人間すら、いとおしい。
 その呟きと共に圭雫真は、アーサーの頭を空中から抱きしめた。
「う……」
 ぐるぐると、脳の中がかき混ぜられる錯覚を覚え、アーサーは振りほどこうとする。洞窟から岩がどんどん突出するのを、シオンが左にいつもしていた特性の黒手袋を今このときとばかりに外してそこに彫られた鮫のタトゥーで触れて溶かし、それをセレスティが氷状に固めていく。
「や、やめろ。頭が───頭が───!」
 アーサーは暴れ、やがて急に静かになり、ふわりと鳥の羽のように地面に崩れ落ちた。
「……このひと、……眠った」
 桜が、「生え始めた洞窟内の植物からの情報」により言葉を出すと、気付いたように、黒手袋をはめなおしながら、シオンが洞窟内を見渡した。
「すごいですね。春でもないのに、こんなにたくさん芽吹き始めています」
 四季折々の花や木の芽が、そこここに芽吹き始めていた。
 次第に雪もとけ、心なしか、暖かくなってきた。
 圭雫真も音もなく地に降り立ち、コートを脱いでシオンに返す。
「ごめ、んなさい───コート、穴 あいた……」
 岩で貫かれたときのもののことと分かり、シオンは受け取りながら笑った。
「いいんですよ、こんなの。それより、この人は本当にどうなったんですか?」
「地球は? 無事なのかしら、この状況を見ると」
 続けて、洞窟内の花々を見ながら、シュライン。
「この ひと───しばらく、心……うまく、使えない───迷いの夢 みてる───」
 圭雫真が眠らせたのだと分かり、セレスティは、汗までかいてきたのでマフラーを首から取った。
「地球は、どんな生物でも、どんな人間でも愛しているのですね」
 だから結局、自分に住み着いている愛しい生き物を殺すことになる「精神」を、克服したのだ。
「でも」
 と、たどたどしく圭雫真は、言う。
「きっかけを 作ったのは あなた たち」
 ゆっくりと、微笑む。
「あなたたち が 動かなければ───私も 地球も 『こう』ならなかっ た───」



 洞窟を出ると、雪がどんどん溶けて、家の中にまで浸透して街中大騒ぎになっていた。
 帰り道、塀の向こうから聞こえてくるテレビやラジオでは、冬が始まったばかりなのに春がきた、四季折々の草花が各地で咲いている、と興奮したようにアナウンサー達が伝えていた。
「私は しばらく あの場所に います」
 アーサーを背負ったシオンと、陽射しを気にしている暑さに弱いセレスティと、いつになく楽しそうな雰囲気の桜と手を繋いだシュラインが、圭雫真を振り返る。
「まだ 眠いから───」
 そう言って笑うと、つられて4人も笑った。
 そして、
「イヴの夜 ほたるゆき が ふる───……」
 と、謎の言葉を残して、圭雫真は自分が目覚めた洞窟へと戻って行った。



 そして、イヴの夜に。
 桜が、「圭雫真の言葉を聴いた植物達からの情報」を皆に伝えたとおり、5人の元にだけ、「蛍雪(ほたるゆき)」というものが降った。
 それは、小さな白い、虹色がかった花の形をした溶けない雪。
 地球の「核」の更にその中にある「心」が涙する時にだけ降る、溶けない雪。地球の涙なのだと、圭雫真は植物達に言ったのだという。既に死んだ人間を一度だけ、2週間だけ「呼ぶ」ことが出来、「呼んだ後」、蛍の光のようになり、蛍雪は使用した人間の身体の中に入り込むらしい───のだが、今のところ、誰も使う気配はない。
 いつか、何かの機会に使うこともあるのかもしれないが、何よりも、今は。
 それぞれの「大切なもの」の場所に行き、今生きていることを心の底から、幸せに思っていた。



 ───Your my only shinin' ster……
 ───忘れないで
       あなた達が愛してくれるように、
               私もあなた達を「地上の輝ける星」と、愛していることを───






《完》
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 
★  登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
1233/緋井路・桜 (ひいろ・さくら)/女性/11歳/学生&気まぐれ情報屋&たまに探偵かも
3296/アーサー・ガブリエル (あーさー・がぶりえる)/男性/44歳/テロリスト 魔術師 主教
3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、東京怪談でもこれで何度目だと自分でも突っ込みたくなるイヴネタノベルになりました。クリスマス企画ではあったのですけれども(笑)。
一週間後、地球が死んでしまう。または、人類が滅亡してしまう。これは、一度はやってみたかったネタでした、色々な意味で。本当はもっと違う形の筋書きを考えていたのですが、意外とラストは最初に考えていたものと同じ終わり方になり、ホッと一息ついております。
「蛍雪(ほたるゆき)」に関しては、実はこのクリスマス企画はアイテム対応となっていのてことを知らずにアイテムとして作ってしまい、ラストに書いた通りの効果のあるものとして納品と共に皆様に差し上げるつもりだったのですが、せっかく作ったのでまた何かの機会にでも受け取ってくださいませ(笑)。
「一度死んだ人間にもう一度だけ逢いたい」というネタも実はかなりやってみたいのですが、OPを考えるのが難しくなりそうです。
他のノベルよりも先に仕上げてしまいましたが、やはりクリスマス企画のノベルということで、少しでもクリスマス気分が抜けていない年内のうちに納品しようと思いまして、今回はいつも以上に頑張った気がします。───どなたか、圭雫真を居候させてくださるお心の広い方はいらっしゃいませんでしょうか(笑)。
それはさておきまして、今回は、全PC様、統一ノベルとさせて頂きました。書き手としてはとても満足のいく物語(ストーリー)となったのですが、皆様もご満足頂けましたでしょうか。

■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv この後、草間氏と共に、光音さんのところへお詫びに行ったのでしょうが、なんとなくそのシーンを連想してしまい、今、勝手にほのぼのとしています(笑)。情報屋を使うということでしたので、色々な説明がスムーズに出来まして、とても感謝しております。今回は先導役として動いて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv 今回一番のんびりとしたプレイングでしたのが、セレスティさんでした(笑)。少しでも圭雫真に興味を抱いて頂けて、ホッとしております。そしてやはり、どんな時にでも冷静だなと洞窟のシーンを思い返すたびに思いました。案外、本当にテロリストの場面にあたっても、あの調子は崩れないのではないかと思います。
■緋井路・桜様:いつもご参加、有り難うございますv 今回は無事に(?)そんなに桜さんに大影響を与えた感じには進まず、書き手が一番安心したりしております(笑)。多分、一番圭雫真と「似ていた」のは、この面子の中では桜さんかと思われますが、書いていて、やはりどこか桜さんのほうがしっかりしているなという感じを受けました。圭雫真が起き立てというのもあると思いますが───圭雫真との接触は、今回如何でしたでしょうか。
■アーサー・ガブリエル様:初のご参加、有り難うございますv そして、PL様ではいつも有り難うございます。アーサーさんのようなPC様がいるのは本当に予想外でしたので、ラストはバトル的にならざるを得ませんでした。いわば「悪役的存在」として今回動いて頂いたのですが、アーサーさんの性格でしたら、絶対に「人類滅亡の阻止」を阻止するだろうな、と思ったのですが、如何でしたでしょうか。
■シオン・レ・ハイ様:いつもご参加、有り難うございますv 今回二度目でしょうか、黒手袋を外して頂きました。岩は次々に溶岩(?)に変えないと、液体状になりませんもので───結果、セレスティさんとの連携プレーとなったわけですが、あの場面なら、滅多に外さないという黒手袋でもシオンさんなら外して能力を使うと思ったのですが、如何でしたでしょうか。兎ちゃんと圭雫真との接触を少し書いてみたかったのですが(笑)、それはまた次の機会にでも。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。サイコマのほうのクリスマス企画にも書きましたが、「人は何のために生きているか」「運命はどんな理由で偶然ではなく働き、人と人とを出逢わせているのか」「自分が幸せだと認める勇気」を考えながら、こちらのノベルも書いていました。皆様は、どうお考えなのか、このノベルを読んで何か感じるものがあったかどうか、少なからず興味があります。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは、これが今年最後の納品になると思いますので、皆様。よいお年を!☆
2004/12/29 Makito Touko