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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


サンタが街に出る4 ラストクリスマス

 楽しげな音楽が街に溢れるクリスマスシーズン‥‥誰もがその時を待って浮かれ出す頃合い。 しかし、柚葉だけはその日が近づくに連れて表情を暗くさせていっていた。
 そして、クリスマスイブ‥‥
 あやかし荘。何故か自室“柊木の間”に閉じこもって出てこない柚葉を心配して、天王寺綾は柊木の間の前に立ち、ノックをしながら言った。
「柚葉〜、パーティの準備出来たで〜。みんな、パーティ始まるの待っとるで?」
 クリスマスだと言う事で、別室ではパーティが準備されている。お客も揃いつつあり、もう少しで始まろうというところだ。
 もちろん、柚葉も参加者の勘定に入っている。
 最近何故だか元気のない柚葉を元気づけようとの意図もあっての事だ。
 だから、柚葉が出てこないのでは、パーティを始められない。
「何やっとるんや? ケーキも、鳥も用意してあるんやで? クリスマスやんかーっ」
「‥‥クリスマスいらない」
 ポツリとドアの向こうから返る答え。声が近くな事を考えると、どうも柚葉はドアのすぐ向こうに居るらしい。
「? そんな事、言うとると、サンタさん来てくれへんで?」
 柚葉の言ってる事を良く理解できないで、首を傾げながら言い返した天王寺に、ドアの向こうの柚葉から悲鳴のような声が帰った。
「‥‥! いやだっ! サンタさんなんて来ないで良いよ!」
「サンタを怖がっとるん? 変な子やねぇ。なしたん?」
 トントンとドアを叩き、優しく声をかけて聞く天王寺。少しの間。そして、柚葉の小さな声が返った。
「だって‥‥ボク、悪い子だから‥‥サンタさん、怒ってる‥‥」
 聞いて、天王寺は小さく溜め息をついた。
 なるほど、何か悪戯か何かして、それを気にしているのだろうと‥‥それは勘違いであるのだが、本当の理由に気付くはずもない。
 天王寺は、柚葉に優しく言い聞かせた。
「柚葉が悪い子なわけないやろ? サンタさんかて、ちゃんとプレゼントくれるわ」
「でも‥‥」
「柚葉にプレゼントくれへんサンタなんか、サンタやないて。うちが保証したるわ」
 安請け合いであったが、まあプレゼントをあげるサンタが居るのは確かなのだから問題はないだろう。そのサンタとは、他でもない天王寺の事なのだが。
 プレゼントをちゃんともらえれば、柚葉の変な思い込みも解消されるだろうし。
 そんな考えからの天王寺の言葉に、やや有ってドアの向こうから柚葉の声が返った。
「本当? サンタさんじゃないの?」
「ああそうや。本当のサンタさんは、柚葉にもプレゼントくれはるて」
「そうなんだ‥‥」
 柚葉の声が、少し元気になったようだった。これなら安心だなと、天王寺は安堵の息を付く。
「なら、早ぅ来ぃや。皆も待っとるんやから」
「‥‥うん」
 電気を消した暗い部屋の中、布団にくるまって震えながら、ドアに背を預けていた柚葉。
 彼女は、天王寺の言葉に元気を取り戻し、身を包んでいた布団を振り払うと、向き直って背にしていたドアの鍵に手をかけた。
 サンタは‥‥サンタじゃない。本当のサンタさんじゃない。
 クリスマス‥‥サンタの本領を発揮する時。だから怖かった。あのサンタが、今度こそ自分を殺してしまいそうで‥‥
 でも、サンタが本当のサンタじゃないなら‥‥きっと、大丈夫。
 柚葉は部屋のドアを鍵を開け、ドアノブを捻り、廊下へと飛び出す‥‥
「綾ちゃん、ボク、パーティに行く!」
 笑顔で言う柚葉‥‥しかし、廊下に天王寺の姿はない。しんと冷え切った空気に満ちてた廊下は、影一つ音一つない。
「‥‥綾ちゃん?」
 さっきまで確かにいたのに‥‥急に心の中に広がる不安。キューッと、お腹の中が冷えていくような感じ。
「‥‥‥‥来た」
 廊下を軋ます足音が聞こえた。
 廊下の果て、曲がり角からそれは姿を現す。
 血に濡れたかのように赤い服。赤い帽子。背負った白い袋。顔に張り付いたホッケーマスク。
 無表情なマスクの向こうから、確かに柚葉を見据える、冷たい‥‥それでいて狂的な熱情を感じずに入られない視線。
 柚葉は全身が震え出すのを感じた。恐怖が身を包み込んでいく。恐怖に竦んで動けない‥‥
 サンタは、柚葉を目指して歩き出す。
「泣ぐ子はぁ‥‥悪ぃ子は‥‥いねがぁ」
 サンタの声のくぐもった‥‥喜びに歪む声が聞こえる。
「ゆ・ず・は‥‥おめぇはぁ‥‥泣ぎ虫でぇ、悪ぃ子だなぁ‥‥‥‥はははぁ‥‥」
「あ‥‥ああ‥‥やだ‥‥‥‥」
 柚葉は恐怖に身を縛られたまま、ゆっくりと歩み寄ってくるサンタを、恐怖に涙の浮かぶ瞳で見つめている事しかできなかった。

 クリスマスパーティ会場‥‥とは言え、場所はあやかし荘であるわけだから、綾の部屋の中でのことである。
 パーティのための場所を開けるために、家具の類の全てが運び出されてはいたが、それほど広いわけではない。
 それでも、招待された者達を全員、料理とケーキが満載されたテーブルの周りに座らせて置くことは出来ていた。
 しかし、主催者の綾は柚葉を呼びに行ったままで帰ってきていない。
 パーティが始まるまでの一時、同席者との歓談を楽しんでいたセレスティ・カーニンガムは、天王寺綾と彼女が呼びに言った柚葉がなかなか戻らない事が、ふと気にかかった。
「‥‥遅いですね」
「‥‥え? あ、はい、遅いよね!」
 セレスティの誰に言ったわけでもない呟き。
 それに、側にいてセレスティの事をぼーっと見蕩れていた李・如神が、自分に問われたのだと勘違いし、慌てて答える。
「‥‥?」
 返事があったことに少し驚いて李を見たセレスティに、李は自分が早とちりをしたことに気付き、あたふたと頭を下げた。
「‥‥‥‥あ‥‥ごめんなさい」
「いえ、謝る事なんて何もありませんよ。私の顔に何かついてましたか?」
「う、ううん! 何も‥‥」
 綺麗だから見惚れてただけ‥‥等という言葉を繋げることは出来ず、ちょっと困ったように視線を逸らす李。
 セレスティは少し首を傾げた後、李を追求することはせずに、部屋のドアを見て改めて先の言葉を口にする。
「何にしても遅いですね。それに‥‥」
 見えているわけではないのだ。しかし、感じはする。ドアの向こう、漂う闇の濃さを‥‥。
 セレスティは椅子から立ち上がり、ステッキを頼りに、ドアを目指して歩き出した。
「少し、探してきます」

 柚葉の前、サンタは手に持った袋の中に手を突っ込んだ。
 無造作に引き出されたのは、血錆の浮いた大斧。サンタは大斧を振り上げる。柚葉を両断する為に。
「いや‥‥いやだぁ‥‥」
 恐怖に震えて、身を丸く縮ませる柚葉。無論、そんな事で大斧を防げるはずもない。だが‥‥それ以外に何をする事も出来なかった。
 サンタの手の大斧は、ついに最も高い位置まで上げられる。そして、何の躊躇もなく、柚葉の小さな身体に振り下ろされる‥‥
 が、その時、銃声が聞こえて、サンタの身体が後ろから押されたように仰け反った。ために、大斧は柚葉を大きく外して下ろされ、床に重い音を立てて突き刺さる。
「何をしているんだ‥‥」
 聖・武威は、武器のラウズブラスターを手にしながらサンタに向かって聞いた。
 とは言え、答えなどは期待していない。どう見ても殺そうとしているのは明らかだし、それを説明されても聞く耳は持たないだろう。
 サンタは答えることなく、床に刺さった大斧を引き抜くと、振り返って聖と向き合った。
「殺人サンタか‥‥面白い」
 サンタの格好‥‥サンタクロースを悪夢の産物として歪めたようなその格好を見て、聖は呟く。そして、ラウズブラスターを構え、撃った。
 放たれた数発をまともに浴び、サンタの身体が揺らぐ。しかし、サンタは何ら気にも止めずに歩き出した。
 先程、背後から撃ち込んだのに加え、今撃ったものが全て命中しているにもかかわらず、何らダメージを受けていない。
 その事実の前に聖は、サンタがラウズブラスターの通常射撃では倒せない相手と悟る。
「これなら‥‥どうだ」
 言って聖は、ブラスターに炉座と鯨座のカードをスラッシュ、炉の炎と鯨の超重量の効果を自らに付与する。
 そして聖はサンタめがけて跳躍。炎を纏って空中を舞う巨大な車輪のごとくなりながら、サンタに空中回転蹴りを仕掛けた。
 炎と超重量が、サンタの無防備な身体に叩き込まれる。まるで、腐敗した土の詰まった袋を蹴ったような感触。ぐしゃりとサンタの身体に足がめり込む。
 が‥‥超重量に叩き潰されながら瞬時に燃え尽きても良いだけの威力の、その一撃を受けてなお、サンタは上体を揺るがしただけで、平然とそこに立っていた。
「な‥‥‥‥」
 効果がない‥‥その事への驚きが、聖の次の動きに迷いを生じさせる。
 その迷いの隙に、蹴り終えて動きの止まった聖の身体を、サンタはその手に掴まえた。
 逃れようと身を捩るも、握り潰さんばかりの力が入った手から逃れる事はかなわず、聖はそのまま廊下の壁に叩き付けられる。
「ぐぁっ!?」
 壁はあっけなくひび割れて凹み、そのひび割れの中心で聖は血を吐きながら苦痛に息をもらした。各所で骨が砕けたか‥‥身体から力が抜ける聖。
 サンタは聖から手を放し、もう一方の手に持っていた大斧を今度は両手で握る。
「く‥‥くたばれぇぇっっ!!」
 このままではやられる‥‥聖は最後の力を振り絞り、手に持ったラウズブラスターを突き出し、先につけられた銃剣をサンタの胸を抉るように突き刺した。
 直後、銃爪を引いて、零距離射撃を敢行する。
 バスバスと鈍い音を立てて、サンタの背中が弾けた。しかし、サンタはいっこうに堪えた様子もなく、手に持った大斧をゆっくりと振り上げる。
「来るな‥‥来るな‥‥うわぁぁぁぁ!!」
 下ろされる大斧が、絶叫する聖の恐怖に満ちた表情を浮かべる顔に叩き込まれる。
 吹き上がる血飛沫‥‥廊下は瞬時に赤に染まった。
 サンタは、床に刺さっていた大斧を抜く。
 後に残されたのは縦割りされた大きな二つの肉片。血煙を上げながら、暖かな中身で床を奇怪なオブジェの様に彩っている。
 サンタは、最早それに興味を無くしたようで、ゆっくりと柚葉の方を向いた。
 しかし、既にそこに柚葉の姿はない。見渡したサンタは、廊下の曲がり角に消える柚葉の尻尾を見た‥‥

「あれは‥‥何なんですか? 生きている人間とは感じませんでした」
 聖が殺されている隙に柚葉を立たせ、逃がしたのはセレスティだった。残念だが、殺された聖を救う事は出来なかったが‥‥
 しかし、セレスティは疑問に思う。
 あそこにいた存在‥‥血の臭いのただ中に居た者。その存在は、視力に頼らぬセレスティには、生きた人間とは感じられなかった。
「‥‥」
 柚葉は、ゆっくりと首を横に振る。それから、セレスティの目の事を思い出して、恐怖に震える声を絞り出した。
「サンタさん‥‥」
「サンタ‥‥サンタクロース?」
 セレスティは首を傾げる。
 サンタクロース。少なくともあんな血臭にまみれた存在ではないはずだ。
 疑問‥‥しかし、そんな事を考えていられたのは僅かな時間のことでしかなかった。
 足跡が響く。一歩一歩、ゆっくりとだが歩み寄ってくる足音が。
 セレスティは知る、後を追って廊下を歩いてくるのはあのサンタに他ならない。歩きではあるものの、その足はセレスティよりも速い。
 追いつかれるのは時間の問題。そう察したセレスティは、足を止めてサンタと向き直った。
 そして、サンタに対して力を行使する。
 しかし、直後にセレスティの表情は、驚きと戸惑いに曇った。
「血が‥‥流れていない?」
 サンタの血の流れを止めた‥‥しかし、サンタは何ら影響を受けた様子はない。セレスティも、サンタの中で血が流れていると感じはしなかった。
「‥‥逃げなさい」
 セレスティはそう言って柚葉の身体を押した。
 自分の足では、逃げられない。そう悟って。
「でも‥‥」
「良いですから早く。皆が居る部屋に行って、助けを呼んできて下さい」
 躊躇する柚葉を突き飛ばすように押して、セレスティはその場に足を止めた。
 柚葉は、一瞬だけ振り返った後に、走り去っていく。素直に、助けを呼びに言ったのだろう。
 しかし、セレスティは、その助けが間に合わないだろう事を悟っていた。
 背後に迫った気配。直後、セレスティは髪を掴まられて引き倒される。
 廊下に叩き付けられたセレスティの喉に、サンタは足を踏み下ろした。
 首を砕きはしない。しかし、気道を押し潰して、息は止める。
 窒息を逃れるため、反射的に首を押さえるサンタの足を掴むセレスティ。だが、サンタの足を退かせるはずもない。
 セレスティを覗き込むサンタの手には、鉄杭とハンマーが握られていた。

「みんな、逃げてぇ!!」
 パーティ会場に飛び込んできて、素早く部屋のドアを閉めた柚葉‥‥一瞬、皆の顔は呆気にとられたような感じになる。
 それはそうだろう。このクリスマスの良き日に、「逃げて」である。不釣り合いなこと甚だしい。
 しかし、柚葉の恐怖と緊張に彩られた表情と、何よりその頬に僅かに散った赤い飛沫が、皆に全てを教える。すなわち‥‥危機の存在を。
「どうしたの、柚葉ちゃん?」
 不思議そうに小首を傾げて聞く、李・如神に、柚葉は震えながら言った。
「サンタさんが来る‥‥みんな、殺されちゃう!」
 涙をこぼしながらの真剣な叫び。そこに嘘はない。しかし、笑う者がいた。
「はは‥‥殺人サンタだって? だから、どうしたって言うんだよ。返り討ちにしてやればいいじゃないか」
 敵ならば倒せば良い。自信に溢れてそんな事を言う瀬川・蓮に、柚葉は鋭く言い返す。
「ダメ! 絶対に勝てない!」
「殺人サンタ‥‥今まで誰もあいつに敵わなかった‥‥?」
 軽く笑って瀬川は、柚葉をドアの前から押しやってどかすと、ドアノブを握って続ける。
「‥‥ふん、いいよ。僕も覚悟決めて、相手してあげる。でも、僕はそんなに簡単には殺されてあげないんだからね‥‥」
 と‥‥瀬川が前に立つドアの向こう、ゴトン‥‥と、音がした。直後、ドアを打ち砕いて大斧が振り下ろされる。
 血飛沫。
 後ろに飛び下がった瀬川の腕‥‥いや、腕の元有った場所から盛大に血が噴き出す。
「が‥‥ああっ!? 腕‥‥腕が‥‥」
 ドアノブを握っていたが故に逃げ遅れた腕は、ドアの前に転がってた。
 そして‥‥最早、斧に砕かれてドアの意味を無くしたドアがゆっくりと開き、そこに立つ者の姿を露わにする。
 サンタクロース。ホッケーマスクを被り、服を血で赤く染めた殺人鬼。その手に握られた大斧は、瀬川の鮮血に濡れていた。
 サンタは無言のまま、ドアをくぐって部屋の中に踏み込む。そして、すぐ側に倒れていた瀬川を見下ろした。
 血の吹き出る腕を押さえて、何もできないままサンタを見上げる瀬川。
「や‥‥止め‥‥止めろ。止めろよ‥‥嫌だ。嫌だぁ! 嫌だぁああっ!」
 知らず涙を流し、恐怖に強張る足を動かして後ずさり、必死に逃れようとする瀬川。その前で、無造作に大斧は振り上げられ、何の躊躇も無く振り下ろされる。
 横薙ぎに走った大斧の刃は、瀬川の首のあった場所を通過した。
 二つに別れて転がる瀬川の身体。
 サンタは倒れた瀬川の身体を蹴り除ける。
 床に広がった血溜まりの中で、蹴り飛ばされた瀬川の身体が激しい飛沫を散らした。
「‥‥あれ‥‥そんな‥‥あの人‥‥夢では? なかったの?」
 メイド服姿でパーティの給仕をしてた内藤・祐子が、恐怖に震えながらサンタを見遣る。
 微かに残る記憶‥‥夏の悪夢。
 逃げたい‥‥しかし、サンタはこの部屋唯一の出入り口に立っており、出る事は出来ない。
「やあっ!」
 とっさに内藤は、その膂力をもって攻撃に出た。サンタを退かさないと、この部屋にいる誰も逃れる事無く殺されてしまう。そんな恐怖に駆られての行動。
 それに、攻撃を行おうにも、パーティ会場に武器など持ち込んではいない為、素手でやるしかない。
 真正直に腕を突き出しただけだったが、サンタの胸を叩いて僅かによろめかせる事には成功した。そして、続けた2撃目の手刀が、サンタの手首を叩いて手にした大斧を落とさせる。
 もう一撃‥‥
 サンタの身体は、ドアの前から動いている。もう一撃叩き込んで、その動きを止める事が出来れば‥‥
 そんな事を考えながら、内藤は続けてメイド服のスカートを跳ね上げて蹴りを放つ。
 しかし、次の瞬間、内藤の足はサンタに受け止められていた。
「あ‥‥」
 直後、内藤の身体は宙に持ち上げられ、床に叩きつけられた。
 それきり、動かなくなる内藤。サンタは、トドメをさそうというのか、床に落ちた大斧に手を伸ばす。が‥‥その時、
「!」
 サンタの眼前に飛び出した久良木・アゲハの足が、床を擦るように振られ、サンタの足を刈る。血の上に置かれた足は容易く滑り、サンタはその姿勢を大きく崩した。
 サンタは、大きな音を立ててその場に倒れる。
「今です! 逃げて下さい!」
 声を上げながら久良木は、退魔の力を込めた足をサンタの膝に落とす。枯れ木の砕ける様な音を立てて、サンタの足はあらぬ方向に曲がった。
 この部屋の唯一の出口は解放された。
 その隙に、この部屋の中に居た者達は次々にサンタを跳び越えて外へと出て行く。
 そして最後に、久良木もまたサンタの上を踏み越えて部屋の外へと駆け出る‥‥が、その身体は出口にいたる直前で止まった。
 久良木の腕を握るのは、サンタの腕‥‥砕けた筈の膝を立て、ゆっくりと立ち上がったサンタは、久良木の腕を掴んで自らの元へと引き寄せた。
 久良木の腕は握りつぶされんばかりの力で握られ、相応の苦痛が与えられて居るだろう。しかし、久良木は気にした様子もなく、引き寄せられた勢いを利用して、そのまま拳をサンタの胸に打ち込んだ。
 僅かに身じろぎするも、サンタには効いた様子がない。そんなサンタの様子に、久良木は思う。
「痛みがない‥‥私と同じ」
 家に伝わる武術の為に感情と痛覚を消した状態の久良木。同じく‥‥いや、おそらくは元々、サンタには感情も痛覚もないのだろう。
 サンタは自分の胸に突き込まれた久良木の腕の肩の辺りを空いていた手で掴んだ。
 直後、サンタは驚異的な力で、久良木
の肩を引く。肉の引きちぎれる音。そして、新たにほとばしった鮮血が部屋を更に濡らす。
「‥‥‥‥!」
 肩のあった場所から血を溢れさせながら、久良木は崩れた姿勢を立て直す。痛みを消してある為に、苦痛は感じない。しかし、溢れる血は、確実に久良木の力を奪っていく。
 久良木は残された手を振って、サンタの手を振り払い、鋭く足を振ってサンタの頭に蹴りを叩き込んだ。
 だが、その一撃はサンタの頭に当たっても何らダメージを与えることなく、そこに止まってしまう。サンタは久良木の肩と腕だった肉片を放し、久良木の足を捕まえた。
 そして、久良木の身体を勢いよく振り上げる。
 直後、床に叩きつけられた久良木の身体が、瀬川と自らの流した血溜まりの中で飛沫を散らした。何度も、何度も‥‥振り上げられては叩き付けられる久良木の身体は、最早染める所がないほどに赤く血に染まり、全身で骨が折れて手足に至ってはあらぬ場所で折れ曲がった。
 それでも足掻くのを止めない久良木を、サンタは床に叩き付けるのを止めて、足を持ったまま高く手を掲げて宙吊りにする。
 そして‥‥無造作に足を振った。久良木の横腹を襲った蹴りは、腹の中程までめり込んだように見え‥‥直後に、久良木は蹴られた勢いで壁に飛び、叩き付けられた。
 今までになく、その身体が軋む。その反動で、久良木の中に今まで消していたものが甦った。
「い‥‥が‥‥ああああああいっ」
 すなわち。苦痛と。恐怖の感情。
 血溜まりの中で苦痛に蠢きながら、目の下を恐怖の涙で洗いつつ、久良木は絶望を宿した目でサンタを見上げる。
 サンタは、久良木の反応にさほど興味を示した様子はなかった。しかし、見逃す気はないようで、足を久良木に向ける。
「い‥‥や‥‥ぁあ‥‥死‥‥死にたく‥‥」
 震える唇から吐き出す言葉が形になる前に、サンタは足を振り上げ、下ろした。
「ぐぅ!? ぎゃ‥‥ごぉ‥‥」
 その足は久良木の喉に叩き込まれ、喉を潰す。喉から血を溢れさせ、久良木はのたうった。
 それでもまだ生きている久良木にサンタは背を向け、倒れていた内藤を担ぐと、部屋の外へと歩き出す。
 後に残された久良木‥‥しかし、もはや動く事も出来ない彼女は、流れ出す血が彼女の命を維持するに足りなくなるまで、苦痛の中にただ取り残された。

 廊下に逃げ出した‥‥までは良かったが、その後は逃げる内に皆、バラバラになってしまっていた。
 何故、そうなったのかはわからない。
 一緒にいた方が良い筈なのだが、いつの間にか皆とはぐれていたのだ。
 李・如神も、一人であやかし荘の暗い廊下を逃げていた。本来、住人達が普通に居るはずのあやかし荘。しかし、何故か人の気配も、妖異の気配もない。
 あるのはただ一つ‥‥
 ギシリと、廊下の軋む音。それに気付いた李は、暗い廊下を慌てて走り出した。
「やだやだッ! あっち行ってよぉ〜助けてぇ〜〜」
 言いながら後ろも見ずに術を放つが、何の効果も現す事もない。ただ、重い足音は、ゆっくり、確実に追ってくる。
「た‥‥助けて!」
 助けを求める‥‥誰に? 会場であったセレスティ‥‥名も知らぬ彼の姿を思い出す。
 と‥‥逃げる李の足が何かに躓き、李は廊下に身を投げ出すように倒れた。
 しかしその身体は、冷たく弾力のある物の上に倒れ、廊下の固い感触を味わわずにすむ。
「あ‥‥」
 李の躓いた物‥‥それは、セレスティの腕。
 倒れ込んだのはセレスティの身体の上。
 セレスティは、まるで昆虫の標本のように、腕を大きく広げた格好で二の腕の中程と広げた手の平に鉄杭を打たれ、床に留められている。それは腕だけではなく足も同様で、脹ら脛に杭が打たれていた。
 そして‥‥苦悶に歪むセレスティの顔の下、喉に打ち込まれた杭が息を止めている。
「あ‥‥し‥‥しんじゃう‥‥」
 李は、慌ててセレスティの身体に刺さる杭に手をやり、引き抜こうとした。しかし、固く床に食い込んだ杭は抜けるはずもない。
 それに、セレスティはもう死んでいた。
 それでも‥‥混乱の中で李は、杭を引き抜こうと無駄な努力を続ける。背後に迫る危機も忘れて。
 床を砕く重い音。そして、身体に走る、冷たい灼熱感。
「足‥‥」
 李の足下に突き立つのは大斧。そして、大斧の側には、李の左足が転がっていた。
 李の左太股から先は無く、溢れ出す血が廊下を赤く染めていく‥‥
「いやぁ! 足! 足ぃ!?」
 痛みと、目の前に転がる自分の部品に狂乱し、それでも背後からの攻撃者に対して向き直ろうと必死で身体を動かす李。
 サンタは、そんな李をとりあえず捨て置いて、先に落ちていた李の足を拾い上げた。そしてそれを、背負った袋の口をゆるめ、中に放り込む。
 何かが回転するモーター音。そして、水気のある物を砕くかのような音。
 それは僅かな時間で止む。
「ひっ!? いや‥‥」
 サンタは続いて、李の身体を掴み上げた。多量の出血で思うように動けない李は、抵抗することも出来ないまま、ゆっくりと袋の中に入れられる。
「いやあああああああああっぎゃああああっ」
 袋の中を覗き見た李は、悲鳴を上げて身を捩る。しかし、李の身体は袋の中に呑まれていく。
 再びモーター音が高く鳴り響き、その音に負けず李の苦痛の叫びが響きわたった。
「ひっ‥‥ぎぃっ‥‥あああ‥‥あ‥‥‥‥」
 袋の口の中から飛び散る血の飛沫に全身を赤く染め上げられた李は、袋の中に徐々に呑み込まれていく。
 逃れようと、必死で袋から出ようと宙を掻く手は、李の身体が半ばまで袋に入った所で力尽きたように動きを止めた。
 やがて、李の身体はズルズルと袋の中に入っていき‥‥全て飲まれて消える。モーター音は、そのすぐ後に止まった。
 サンタは、一仕事終えたとでも言うように、袋を背負いなおし、元来た道を戻ろうとする‥‥が、その時、サンタの立つ、廊下の横の壁がいきなりはじけ飛んだ。
 外から壁に貼られていたらしい符の残骸が、屋内に流れ込む外の冷気に煽られて、壁の断面ではためく。
 廊下の穴から見える庭先。其処に立つのは火宮・翔子。彼女は、怒りの眼差しをサンタに向けながら、静かに口を開いた。
「折角、今年のクリスマスは大勢で過ごそうとしてパーティに来たのに‥‥何て事をしでかしてくれたのかしら」
 もう少し早く会場に来ていたら‥‥サンタの襲撃の前に。皆が逃げ出す前に。そうしたら、自分が皆を守れたのに。
 そう考える火宮。だが、自分は少し遅れた。取り返しのつかない程に。だから‥‥
「皆を殺した貴方を許すつもりは無いわ‥‥殺してあげる。こっちへ来なさい!」
 その呼び声に答えて、サンタは火宮の待つ庭へと足を下ろす。と‥‥段差に足を置いたその不安定な一瞬を突き、火宮は小剣をもって攻撃を仕掛けた。
 一瞬で間合いを詰め、サンタの動きの鈍い身体に、続けざまに小剣を突き立て、切り裂く。
 しかし、その攻撃に返るのは、ただ墓土を突いたかのような空虚な感覚のみ。
 実際、サンタは全く堪えておらず、無造作に火宮を掴もうと手を伸ばした。
 一瞬早く、その手を逃れて後ろへと跳んだ火宮は、体勢を立て直しながらサンタを睨む。
「さすが、そう簡単に倒せる相手じゃないってわけね‥‥でも、いくら不死身だとしても、炎で燃やし尽くせば流石にどうにもならない筈」
 言いながら、火宮はポケットから無数の符をを取り出した。その全てに朱色の呪が書き記されている。
 炎の符‥‥そもそも、この庭にサンタを呼んだのも、あやかし荘を燃やさない配慮。最初から、全て火宮の仕込んだ事だったのだ。
 サンタはそんな事は一切気にせず、庭に下りて火宮の元へ向かって歩き出した。
「燃え尽きなさい!」
 火宮の手から放たれる符が、吹雪のように宙を舞い飛び、サンタの身体に張り付く。直後、符の一枚一枚が赤い炎を吐いて燃え上がる。
 更に、火宮の髪が赤く染まり、目が赤く光を灯してサンタを見据えた。その緋の目が持つ炎の力が、更なる炎を呼んで、符との複合効果もあって白い炎でサンタを包み込む。
 油が染みた布に火を触れさせたかのように、サンタは簡単に燃え上がった。
 瞬間、火宮の口元に笑みが浮かぶ。自分の勝利を確信して。
 しかし、その笑みは瞬く間にかき消えた。
 サンタは炎に身を包んだまま火宮に歩み寄ってくる。鋼鉄すらも溶かすような灼熱の中にあって、その赤い服も、その顔を覆うホッケーマスクも、いささかも形を崩してはいない。
「なんて‥‥化け物なの」
 他の攻撃手段を探して、新たな符を探す火宮。
 しかし、次の符を探すよりも早くサンタは、火宮の元へと歩みを進めていた。
 炎に包まれたままの手が、火宮の首を掴み、その身体を引き寄せる。
「あつ‥‥くぅ‥‥!」
 火宮はとっさに、サンタの身体から自分の身体へ炎が延焼しないように術を張った。
 そんな火宮の顔の前で、サンタは人差し指と中指を伸ばして他の指は握り込んだ形‥‥Vサインのような形に手を握る。
「な‥‥」
 火宮の背に走る、本能的な恐怖。視界の中に迫ってくる二本の指。人さし指と中指が、火宮の両目に触れる。そして、そのまま‥‥
「や!? いぎゃあああああっ! ぎっ!? ああああっ!」
 両の目を襲う激痛に上がる濁った悲鳴。
 苦痛に術の制御を失った火宮の身体は、サンタが身に纏う炎に炙られて焼け始める。
 体を炎に炙られる苦痛に火宮の身体は大きく暴れ、喉からは声にならない悲鳴が溢れ続けた。
 しかし、火宮を掴むサンタの手は、決して火宮を放そうとはしない。やがて、炎は火宮に完全に燃え移り、火宮を炎の柱と変えた。
 その時には既に火宮は悲鳴を上げる事も、動く事もなかった‥‥

「ここは‥‥」
 内藤・祐子が目覚めたのは、どうやらあやかし荘の共同炊事場の様だった。
「痛い‥‥?」
 二の腕と足首辺りに走る痛み。
 見れば今の自分は、テーブルの上、下着だけを身につけた姿で、両手両足を有刺鉄線で縛られ大の字に貼り付けにされている。また、身体にもゆるめに有刺鉄線が巻かれており、鋭いトゲが肌に触れるか触れないかの所に並んでいた。
「何‥‥何なの?」
 思わず漏れる疑問の声。しかし、答える者は居ない。むろん、傍らで内藤の目覚めを待っていたらしいサンタも答える事はない。
 答えの代わりにサンタが袋から取り出したのは、一本のチューブ。それは長くしなやかで、一方はサンタの手に持たれていたが、もう一方の先は袋の中に納められたままだった。
「やめて! 何す‥‥むぐぅ!? げぉ!?」
 それをサンタは、内藤の口の中にねじ込み、片手で押さえ込む。
 チューブに喉を突かれ、反射的に異物を吐き出そうと反応する内藤の身体。しかし、身を捩れば、身体に巻かれた有刺鉄線が内藤の肌を切り裂き、その肌に赤い線を刻み込む。
 全身を朱に染めて藻掻く内藤。彼女にサンタは、力任せにチューブをねじ込んでいった。
 強烈な吐き気と、内を傷つけられた事による喉の痛みに、内藤はボロボロと涙を流す。が、サンタは気にもせずに淡々と作業を続け、次には手を袋に入れて何かを作動させる。直後、モーター音が鳴り響くと同時にチューブの中を何かが走った。ドロリとした液状のそれは、内藤の喉の奥に無理矢理流し込まれていく。
 それが何なのかはわからない。わからないが‥‥胃の中に直接流し込まれるそれは、凄い勢いで内藤の胃袋を膨らませ始めた。
 たちまち、内藤は過食時の苦痛に襲われる。
「!‥‥!!‥‥‥‥!‥‥」
 口を塞がれて悲鳴を上げることもかなわず、内藤はただ苦痛に身を捩って暴れる。胃を膨らまされる苦痛は重苦しく、時経つ毎に強くなっていく。が‥‥
「?」
 胃を内から広げられる苦痛が引いた‥‥内藤の心を、疑問と安堵の気持ちが走る。しかし、それは一瞬の事でしかない。
 次の瞬間、胸でパチリと小さな音が鳴る。直後、今までとは比較にならない苦痛が内藤を襲った。
 胃は風船のような物で、有る程度以上まで膨らむと破裂する。
 胃から溢れた物はそのまま胸郭に満ちて、肋骨を押し広げるように広げていく。
 その苦痛は今までの比ではなく、内藤は身体を暴れさせ、有刺鉄線に身を刻まれた。
 最早、内藤の身体に傷の付いていないところはない。しかし内藤は、悲鳴を上げることも出来ず、泣き叫ぶこともできないまま、ただただ苦痛にもがき苦しみ、有刺鉄線で自分の身体を傷つける以外に出来ることはなかった。
 やがて、流し込まれる物は肺を押し潰し、心臓を圧迫し、胸が限界まで膨らんだ後は、横隔膜を押し破って腹部に流れ込み、腹を膨らませる。
 暫しの時が過ぎた後、そこには妊婦のように腹を膨らませた内藤の死体が転がっていた。
 サンタは、その死体を残し、この部屋を出ていく。
 残された内藤の死体の表情は、苦痛と恐怖とに狂ったのか、涙と鮮血に汚れてはいたが、笑顔を浮かべているようにも見えた。

 柚葉は一人で逃げていた。
 まっすぐに、玄関に向かって。
 辿り着く、灯りのついていない暗い玄関。其処を出れば逃げられる‥‥
 しかし、ガラス戸の向こう、外の灯りに浮かび上がる人影に柚葉は足を止めた。直後、開けられるガラス戸。慌てて、元来た道を逃げ戻ろうとする柚葉。その背に、声がかけられた。
「柚葉ちゃん?」
「おいおい、出迎えも無しか? おまけに暗いし」
 振り返った柚葉が見たのは、遅れてきたらしい綾和泉・汐耶と不動・修羅の姿。
 今、何が起こっているのかを知らない、平和な二人の様子に柚葉は、思わず安堵してその場にへたり込んだ‥‥と、
 ギシリ‥‥床が軋む。
 慌てて立ち上がった柚葉。その、直前まで居たた所に、廊下の闇の中から血脂に曇った大斧が振り下ろされた。
「ひっ‥‥」
 恐怖に足がすくむ柚葉‥‥だが、幸いにも綾和泉と不動の反応は早かった。
「こっちだ!」
 駆け寄り、不動が柚葉を引っ張って抱き上げる。同時に、駆け寄った綾和泉が、サンタに対して封印を試みる。が‥‥
 大斧が振られた。綾和泉を狙ったその一撃は、鋭く太股の上辺りを切り裂く。
 飛び散る赤い血‥‥膝を崩しかけた綾和泉は、とっさに足の傷を封印して血と痛みを止め、急いでその場を飛び退いた。直後に、振り下ろされた大斧が空を切る。
 それを背に、綾和泉は走って逃げだし、並んで柚葉を担いだ不動も走る。二人は玄関を抜け、あやかし荘の外へと駆けだしていった。
 かなりの距離を逃げ‥‥3人はあやかし荘を脱する。辺りは普通の市街地なのだが、何故かどの民家にも明かりは灯っていない。
 ただ、街灯だけが辺りを照らしている。
「変わったパーティ‥‥って訳じゃなさそうだな。何者なんだ?」
 有る程度逃げ、安全と思われる場所まで来てから、不動は柚葉を下ろして聞いた。
「あれは‥‥サンタさん」
 柚葉は、恐怖に震えながら答える。説明は多少長く続いたが、全容は伝えられた。
「つまり、あの猟奇サンタ野郎は不死身の殺人鬼で、倒しても復活する無敵キャラってか」
 得心がいったように頷きつつ、不動は言う。その声の明るさは、柚葉を気遣ってのものかもしれない。
「そう言われちゃ、かえって引き下がれないな。殺せなきゃ封印するとか、異世界に跳ばすとか、改心させるとかやりようがあるだろ。まあ、見てな。72の大悪魔を使役したソロモン王を降霊して、俺がそのサンタを封印してやるぜ」
 そう言って印を結び、呪文を口にする。
「オン カカカ ビーサンマエイ ソヴァカ‥‥」
 続く呪文の詠唱。上手くいっていないのか、不動の顔に焦りと疲労の色が浮かぶ。と‥‥
「何だ‥‥」
 不動が不意に呟く。そして、突然震えだした右の腕を見つめた。
「何が‥‥俺の中に入った‥‥‥‥」
 震える腕を、逆の手で押さえる。しかし、腕の震えは収まらず、見た目にも激しく揺れる。と‥‥
「うが‥‥ぎゃあああああああっ!?」
 不動の右腕が鮮血と肉片を撒き散らしながら内から裂けた。
 裂けた腕の傷からは、不動のそれの倍はありそうな太い腕が覗いている。赤い、衣装に、包まれた腕が‥‥
「に‥‥逃げ‥‥‥‥ぐがぁっ!?」
 言いかける不動。しかし、その言葉は突然起こった左腕の破裂によって止められる。
 左腕の傷‥‥そこから覗くのも腕。赤い衣装に包まれた腕。
 不動の身体から生えた腕は、勝手に動いて不動の上顎と下顎に手をかける。そして、上下に引っ張った。
「ご‥‥‥‥っ‥‥!」
 悲鳴を上げる事も出来ないままに、不動は顔を苦痛に歪ませた。その苦痛の顔で‥‥口が限界以上に大きく開かれ、唇の端が裂ける。
 その時、柚葉は、不動の口の奥から視線を感じた。口の奥に見えたのは‥‥白いホッケーマスク。
 次の瞬間、顎を引きちぎり、腕は不動の顔を上下に裂いた。
 不動の頭の中から現れたのはサンタの頭。サンタは、まるで衣服を千切り捨てるかのように、不動の肉体を引き裂いてその身を露わにしていく。鮮血、肉片がまるで脱ぎ捨てた服のように、サンタの足下に溜まる‥‥
「柚葉ちゃん!」
 綾和泉は、ハッと我に返って柚葉の手を握り、走り出した。逃げなければならない‥‥
 しかし次の瞬間、綾和泉の右足が縫いつけられたかのように止まる。
 熱い痛み。見下ろした綾和泉が見たのは、自分の右足を貫き、アスファルトに突き立つ細長い白い物‥‥
 それが折れ裂けた不動の骨片だと気付いたその時、綾和泉はゆっくりと姿勢を崩しながら倒れた。
「行って‥‥」
 言いながら、綾和泉は柚葉の背を押す。もう、逃げられないと悟って。
「行きなさい!」
 振り返り駆けた柚葉が、綾和泉の怒声に背を押されて走り去っていく。その背を見送る綾和泉の傍らに、サンタは立った。
 サンタは、その手の白い袋の口を、綾和泉に向ける。と‥‥その中から白い粉が大量に溢れ出て、綾和泉を頭から包み込んだ。
「きゃ‥‥ごふっ!? ぎ! ごほっ‥‥あ‥‥あぎ‥‥」
 悲鳴は形にはならなかった。
 粉を吸い込んだ鼻から、口から、猛烈にわき上がる熱さ。目も猛烈に熱い‥‥いや、激痛と呼ぶべきか? 体中の粘膜が、燃え上がる様な熱さに犯され、激痛を伝えていた。
 意図無く流れる涙が、顔の上で粉に反応して蒸発する。生石灰‥‥綾和泉を包んでいるのは、水と激烈な反応をする生石灰だった。
 サンタは、綾和泉の頭から初めて、最後に足までたっぷりと生石灰をかける。骨片に貫かれて足に負った傷から溢れていた血が生石灰と反応し、足を焼いた。
 のたうつ綾和泉‥‥僅かに時を置いて、苦痛故に封印が解けたのか、先ほど封印した足の傷からも血が溢れ出し、新たに生石灰と反応して湯気を立てる。
「ぎ‥‥が‥‥‥‥」
 涙や血だけではなく、苦痛に吹き出る汗も生石灰を反応させ、今や綾和泉は全身からもうもうと湯気を発していた。
 高熱で蒸し焼きにされる苦痛‥‥綾和泉はその苦痛に蝕まれながら、それでも逃れようとしてか、自らの足を止める骨片に手を伸ばす。
 しかし、その手の上にサンタは足を落とし、踏みにじった。伸ばした手が生石灰に白く染まったアスファルトの上でこねられ、すり下ろされたかの様に削られて幾つもの肉片へと変わる。
 その傷からも溢れ出す血が、更に生石灰を反応させ、鮮血の赤と生石灰の白にまみれて綾和泉は路上で身を暴れさせる。
 その動きが止まるまで眺め‥‥サンタはようやく綾和泉から目を離した。見遣るのは‥‥柚葉の逃げた道。

 泣きながら路上を逃げる柚葉。
 その足が止まる。
 暗い道の向こう、街灯の下に立つ、赤い衣装の男‥‥サンタクロース。
 恐怖に足を止めた柚葉の前で、ギターケースを背負い、大斧を持ったサンタは高らかに声を上げた。
「メリークリスマース!! ほぉーっほぉーっ!」
 楽しげな中にも不安な響きの残る恐ろしげな声。その声を聞き‥‥柚葉は走った。そのサンタの元へ。
「CASLLさんだぁ!」
 サンタに飛びつく柚葉。サンタの扮装をしたCASLL・TOは、柚葉の身体を受け止めた。
「大丈夫でしたか? 他の皆さんは‥‥」
「‥‥‥‥みんな‥‥みんなは‥‥」
 問われ、首を横に振る柚葉の目に涙が浮かぶ。
 そんな柚葉の頭を撫で、CASLLは静かに口を開いた。
「良いですか。聞いて下さい。殺人鬼ものにはセオリーがあります。倒せるのは主人公だけです。そして‥‥どうやら、私は主人公じゃありません」
 CASLLは、『殺人鬼を倒せるとしたら』という前提条件は付けなかった。
 主人公も最後に殺されて終わりなどと言うストーリーも、珍しくなく存在するのだ。
 しかし、それを言っても仕方のない事だろう。
「殺人鬼は、主人公だけは殺せない。柚葉さん‥‥貴方ですよ。貴方だけなんです」
 強面の表情を髭の奥に隠し、目だけは何とか優しげに微笑むと、CASLLは言った。
「柚葉さんは‥‥恐らく、サンタに勝てます」
 そして、CASLLは背負ったギターケースを下ろし、無言でケースを開く。ギターケースの中にあったのは、一台のチェーンソー。
 驚いた様子で見返す柚葉に、CASLLは真面目に言った。
「お守りです。では、私はこれで」
 CASLLは、大斧を手に立ち上がり、歩いていく。サンタの居る方向へと。
「待って! ダメ!」
「殺人鬼が死ぬ時は、殺すべき相手を全て殺した時。主人公以外の全員が死んだ時‥‥」
 止める柚葉に、そう言葉を返しながら、CASLLは暗い道の果てに消えていく。
 柚葉は見送り‥‥チェーンソーを見下ろした。
 リボンがかけられ、クリスマスカードの添えられたチェーンソー。本物の贈り物。
「本物の‥‥サンタさん」
 呟く。それは、何処かで誰かの言った言葉。
「サンタさんは‥‥」
「ゆぅ‥‥ずぅ‥‥はぁ‥‥」
 闇の奥、赤い服のサンタが立った。その顔には、ホッケーマスク‥‥
 ただ、そのホッケーマスクは、真新しい傷に左目の上辺りを欠いており、広がった左目の穴からサンタの濁った目を見る事が出来た。
「ほっほぅ‥‥プレゼントだよ」
 そう言ってサンタは、柚葉に歩み寄りながら袋の中から取りだした箱を投げる。
 柚葉の前に投げ出された、一抱えくらいの大きさの箱‥‥リボンのかけられたその箱は、中から染み出す血で濡れだしていた。
 それでも‥‥柚葉は、何か導かれるようにゆっくりと箱に手をやり、リボンをほどく。
 開けた箱の中に、柚葉はCASLLの顔を見た。血に汚れ、恐怖と苦痛に歪んだ表情‥‥
 柚葉は涙をこらえながら強く唇を噛み締め、箱の蓋を閉じると、箱をぎゅっと抱きしめた。それが愛おしい、大切な物で有るかのように。
 箱に滲み出した血で、服が赤く汚れた。
 そんな柚葉に、ゆっくりとサンタは歩み寄る。終わりの時を告げようと‥‥
「し‥‥ね‥‥」
「CASLLさんはどうだった? その傷‥‥CASLLさんのだよね?」
 言いながら柚葉が睨むのは、サンタのマスクに刻まれた新しい傷。その問いに、初めてサンタは戸惑いの様子を見せ、足を止める。
 次の瞬間、柚葉はCASLLの首を抱いて立ち上がり、サンタに向けて言い放った。
「あんたなんか、サンタさんじゃない!」
 柚葉の叫びに、サンタは思わず後ずさる。どれほどの意味があるのか‥‥柚葉の恐怖以外の感情は、サンタにとって恐れるべきものであるようだった。
「あんたは‥‥本物のサンタじゃない!」
 柚葉は、落ちていたチェーンソーを拾い、CASLLを真似てエンジンをかける。
 高鳴るエンジン音。そして、柚葉はその高速回転する刃を、サンタに叩きつけた。
「あんたなんか‥‥怖くないんだから!」
 言いながら、柚葉はサンタをチェーンソーで切り続ける。サンタは、それを望んでいたかのように、全身で攻撃を受け止めた。
「みんなを‥‥殺した‥‥お前を‥‥殺すんだあああああああっ!!」
 幾度も‥‥幾度も斬りつけ、深く切り傷を刻み、最後に柚葉は、チェーンソーをサンタの胸に深く突き立てる。
 突き立てたチェーンソーのチェーンがサンタの朽ちた肉に絡まり、サンタの体内で千切れて暴れた。盛大に飛び散る腐肉と、腐った血。
 だが、今までになかった事が起きる‥‥サンタの中から赤い鮮血が落ちた。

「これは夢。夢に住まうは一人‥‥」
 サンタの呟き。それは、今までの濁った声ではなく、少女のような澄んだ響き。
「見ていたのも‥‥殺されたのも‥‥そして、殺したのもまた‥‥‥‥」
 言葉を発しながらサンタは、柚葉の斬った傷から腐れ落ちるかのように、ドロドロと原型を無くして崩れていく。
 サンタの中から、小麦色の肌が覗いた。
 溶けていくサンタの中からその姿を現す少女の腕、足、身体‥‥金色の髪。嘲笑にかたどられた小さな唇。そして、喜悦に輝く無邪気な幼い瞳‥‥
「あた‥‥し‥‥」
 胸に斜めに突き立ったチェーンソーを愛おしげに抱いた柚葉は、目の前で怯える柚葉に答える。
「そう。ボクだよ。みんなを殺したのもボク。サンタを殺したのもボク。ボクを殺したのもボク。あはは、この勝負‥‥ボクの勝ちだね」
 そう言った無邪気な笑顔に、最後に溶け残ったホッケーマスクが被さる。
「CASLLさんの言うとおり。殺人鬼が死ぬ時は、殺すべき相手を全て殺した時。主人公以外の全員が死んだ時‥‥」
 不意に‥‥柚葉の視界が揺らいだ。
 何処とも知れぬ場所。暗い中、赤い血が足下を濡らす。
 視界が狭い‥‥何かを被っている。
 顔に触れた柚葉の指が触ったのは、無機質なプラスチックのお面‥‥
 声が聞こえる。
「もう、残っているのはボクだけだよ‥‥」
 途端に襲い来た言い様のない恐怖に、柚葉は悲鳴を上げた‥‥‥‥

●終わらない恐怖へと
「あれ、柚葉。どないしたん、そのお面」
 それを最初に見た天王寺・綾は首を傾げた。
 クリスマスパーティの会場。
 入口に立つ柚葉の顔には、汚れたホッケーマスクが張り付いていた。左目の上を欠き、広がった左目の穴から柚葉の悪戯っぽい瞳が覗いている。
 その背には白い袋‥‥所々赤茶けたシミに汚れた白い袋が背負われている。その袋から、赤いリボンの巻き付いたチェーンソーがはみ出して見えた。
 柚葉は、パーティ会場に集まった皆を見渡して、とても楽しそうに言う。
「メリークリスマス! さあ、今夜はいっぱい楽しもうね☆」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3974/火宮・翔子/23歳/女性/ハンター兼フリーター
2592/不動・修羅/17歳/男性/神聖都学園高等部2年生 降霊師
1790/瀬川・蓮/13歳/男性/ストリートキッド(デビルサモナー)
1883/セレスティ・カーニンガム/725歳/男性/財閥総帥・占い師・水霊使い
1120/李・如神/13歳/男性/中学生&呪禁官
1449/綾和泉・汐耶/23歳/女性/都立図書館司書
4464/聖・武威/24歳/男性/レーサー/よろず屋
3806/久良木・アゲハ/16歳/女性/高校生
3453/CASLL・TO/36歳/男性/悪役俳優
3670/内藤・祐子/22歳/女性/迷子の預言者