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聖なる夜の物語：『オウガストのカーネリアン』
＜１＞
太陽系惑星・地球。北緯35度、東経139度に、東京という街がある。
2004年12月。冬にはしては暖かい日だった。財閥総帥セレスティ・カーニンガムは、世田谷の高級レストランでクリスマス・ディナーの後、リラックスした気分で恋人とパブ『ドラゴン・ハウス』に顔を出した。
片や、どこの惑星とも知れぬ異次元の空間。『ソーン』の聖都エルザード。ベルファ通りの『黒山羊亭』では、今夜もその日暮らしの傭兵や冒険者が呑んだくれていた。ソーンには他の世界から飛ばされて来た者も多く、雑多な慣習や祭りが入り込む。今夜の店の騒ぎも、地球のクリスマスというイベントだ。
隻眼の女傭兵ジル・ハウも相棒と大ジョッキを酌み交わしていた。
喫茶店とコンビニの間の細い階段。地下へ潜る穴蔵のパブでは、義理で出席したパーティーに疲れた人々が、やっと命の一杯を手にして寛いでいる。常連の貧乏作家・葵八月の姿もあった。彼は例によってここのテーブルで呑みながら執筆中で、ノートＰＣの他にも手帳や資料本、メモなどが散らばっている。
「メリー・クリスマス。こんな夜に仕事かい？」
セレスティが、左手の杖で体を支えながら、右手でシャンパン・グラスを掲げた。葵は不機嫌そうに「まあね。某三流ミステリー作家のゴーストさ」と自分の安ウイスキーのグラスを持って、総帥のグラスとカチリと合わせた。
「犯人が現場に残したアイテム。斬新なのにしろと言われたんだけど。どうしようかと思って。このメモの中から、セレスティが選んでくれよ」
視力の弱いセレスティには、メモの文字は読めない。ランダムに選んでくれそうだ。
「これでどうです？」
セレスティが選んだのは、『折れたキャンドル』『気の抜けたシャンパン』『昨日のケーキ』だった。
「うわーっ、この遺留品で、犯人をでっち上げろってかー！」
葵は頭を抱えた。
黒山羊亭では、詩人のオウガストが、隅のテーブルで９枚のカードを整列させた。酒の回った客達が、グラスを片手に集まって来た。
「お客様にはこの中から３枚引いていただきます。そこに書かれた言葉を使って、私が夢を紡いで、それを体験して楽しんでいただこうと思います」
カードに書かれた９つの言葉は、『折れたキャンドル』『気の抜けたシャンパン』『昨日のケーキ』『プレゼント』『煙突』『サンタ』『雪』『ヒイラギ』『靴下』。裏面に雪の結晶模様が描かれた美麗なカードだった。
「銀貨１０枚で、別の世界へ。そちらのカップル、いかがでしょうか？」
オウガストが声をかけたのは、ジルの隣にいた、黒髪の青年と金髪の少女だった。だが、ジルは照れながら、「そうかい？あたし達もやってみるかな〜！」と相棒の男に目配せすると、さっとカードをめくった。『昨日のケーキ』『プレゼント』『雪』だった。
「おーい、おまえも！」と、ジルが相棒を振り返ると、想いびとは、他の友人と談笑しながら離れて行くところだ。
「おーい！・・・。」
店が騒がしいと言っても、心の通じ合う者なら、呼んだら聞こえそうなものだ。だが、友人と話す、奴の笑顔はあまりに楽しそうだった。
セレスティは、紫煙に咳き込む恋人の為に、コンビニへ喉飴を買いに出た。隣なのでコートも羽織らず、そのまま出て来た。片手にボトルを握ったままだ。
星型の１０個入りとハート型１０個入り。味も効能も同じだという。
「どちらが可愛いですか？」
真顔で尋ねられた店員は、力一杯「両方とも！」と答え、みごとに二つとも売りつけた。
そして、コンビニを出たら・・・＜雪＞だった。
『そんなはずは』
水を司るセレスティ。今夜の大気は雨や雪に変わるものでは無いと、確信していたのだが。
もっと驚いたことに、酒場へ降りる階段は無くなっていた。コンビニへと振り返ると、そこは違う店になっている。触れると店舗は木造で、ガラス瓶の煌きやキャンディの香りを感じる。どうも量り売りのキャンディ屋のようだ。
『私は・・・別の世界へ迷い込んだのか？』
黒山羊亭の隅の椅子で。ジルは一人舟を漕ぐ。光沢ある布に乗ったカーネリアンの球体には、雪がちらつくどこかの通りが映し出されていた。
＜２＞
『こんな雪の中で売り子とは、気の毒に』
セレスティは、可憐な娘が、出店で凍えながらケーキを売っているのだと思った。マッチ売りの少女のように。
「ケーキはどうだ、クリスマス・ケーキ！」
深夜、雪が降りしきる。娘は、チョコレート色のワンピースに・・・白のフリルエプロンだろうか。セレスティの弱い視力では、雪の中では余計に視界が効かない。
寒かろうに、コートも着ていないように見える。しかし娘は毅然と背を伸ばして声を張り上げる。
「他の店より３割安いぞ！」
銀の髪にも雪が降り積もっていた。右目に黒い影があるのは眼帯だろうか。隻眼の娘らしい。
「ええい、買えったら買え！」
「なんで安いんだ？どうせ＜昨日のケーキ＞なんだろう？」
クリスマスのせいか、この時間でも人は切れない。冷やかし客が、意地悪そうに鋭い野次を飛ばす。
遠くで、０時を告げる鐘が鳴っていた。イブが終わり、サンタが子供達の枕元に訪れる頃だ。
「いや、断固違うぞ！」と娘が強く答える。それはきっと、もう『おとといのケーキ』になったからだろう。
白のタキシードの肩に雪が降り積もる。雪の道は普通の靴では歩きにくい。セレスティは杖で深く雪を刺しながら、用心深くケーキの出店に近づいて行った。
ケーキの箱が積み上げられたテーブル。その前に立って、初めて、この娘のシルエットが自分より大きいことに気づく。
「へい、らっしゃい！」
ここは異世界のようだが。東京では、ケーキ屋はあまり手を叩いて『へい、らっしゃい』とは言わない。可憐な娘も、『へい、らっしゃい』は言わない。
「身なりのいい旦那、ケーキ買わないか？あたしは、これを全部売らないと家に帰れないのさ」
可憐では無さそうだが、元気のいい娘のようだ。セレスティは、おとなしい娘より、活き活きとした娘に好感を持ち易いタチかもしれない。
「いいでしょう」
セレスティは手に持ったボトルを雪の中に立てると、タキシードの内ポケットから札入れを取り出した。当然こういう店ではカードは使えない。だが現金も少しは持ち歩いていた。箱は１０個位あるのだろうか。１個１万円としても十万円。セレスティの札入れには１万円札しか入っていないので、特に指で確かめることも無く十枚数えて売り子へと差し出した。
「全部買いましょう。これで足りますか？」
「なんだよ、この紙！あたしをからかってんのか〜」
そこでセレスティは初めて気づく、ここでは日本の紙幣は使えない。
「・・・。」
愕然とするセレスティに、娘がボトルを拾って肩を叩きながら手渡す。
「どっか他の世界から飛ばされて来たかのか？時々いるんだ、ここには。
おまえ、足も悪いし、目も不自由なんだな。今夜はとりあえず親方んとこに泊めて貰えるよう、頼んでやるよ。その代り、それ、少しくれないか？酒だろう？」
セレスティは「全部いいですよ」とボトルを差し出した。瓶を握る手には力が入らなかった。私はこの世界に飛ばされてしまったのか？ずっとここで暮らすのか？恋人ともう会えないのか？私は今、一文無しなのか？
娘は、ラッパ飲みで、既に＜気の抜けたシャンパン＞をゴクゴクと美味そうに飲み干した。
「やっぱ、酒が入らないと仕事も気合が入らないよな。よっしゃ〜、行くぞ！
おまえも手伝えよ。ほら」
「えっ。わ、私ですか？」
「そうだよ。売り終わらないと帰れないと言ったろ」
「ええと。あの・・・。ケーキ・・・いかがで・・しょ・・うか」
恥ずかしくて、つい声の語尾が小さくなる。娘が振り返ってこちらを見る気配がした。いい大人のくせに、こんなこともできないのかと呆れているのかもしれない。仕方ない、こういうのは苦手なのだ。
「おらっ、男だろ。腹から声出せっ！『ケーキ、いかがか！』」
男でも無い先輩に見本を示されてしまった。もしかしたら、暫くこの娘の親方のところで世話になるのかもしれない。ケーキ売りくらい、できないと。
ぐっと杖を強く握り、腹に力を入れた。
「・・・ケーキ。・・・いかがですか〜」
「おお、できたじゃないか！」
娘が褒めてくれた。こんな些細な事が嬉しくて、セレスティは苦笑した。
今までフードを目深に被って足早に過ぎていた人々が、セレスティも加わったケーキの出店に歩を緩めるようになった。パーティ帰りの若い娘達だろうか、彼を見てクスクス耳打ちしている。買おうかどうしようか。そんな声が聞こえる。
「クリスマス・ケーキ。今買ったら美青年が手渡すぜ〜」
先輩販売員が冗談のような提案をする。確かにセレスティは、元の世界では、人を魅了できる『能力』としての美を持っていた。だがここでそれが効くかどうかはわからない。
「あ、ルディアも買おうかな。今夜はまだ、ケーキ２つしか食べてないし！」
明るい声の小柄な娘がケーキを買ってくれた。しかし、３つ目のケーキとは。腹を壊さないといいが。
「まいど〜。
ほら、おまえ、にっこり笑って手渡せ！握手くらいしてやれ！」
『ええっ、あ、握手？』
言われてセレスティは慌てて手を差し出す。
「あたしも買って行こうかしら」とハスキーボイスな黒髪らしい女(女だと思うのだが)も立ち止まった。この女(たぶん女)とも握手か？
そしてケーキは次々に売れた。少しはセレスティも役に立ったようだ。
セレスティには、鏡に映る自分の顔はよく見えない。自分の美貌(らしい)で人が動くのを見て、不思議な気持ちというより、もっと醒めた、寒い気持ちになることが多かった。
「おまえのお陰だよ〜。親方にもよく宣伝してやる。きっと置いてくれるぜ」
娘がセレスティの肩をどん！と叩いた。彼女は、セレスティが美しいからと言って、態度が変わらない。それが、接していて嬉しかった。
ケーキを全部売り尽くし、テーブルを片付けていた時のことだった。
「ちょい待ちィ、ケーキ屋」
数人の柄の悪そうな男どもが出店を取り囲んだ。だらしない立ち姿から、チンピラだろうと知れた。声をかけた男は、匂いの強い葉巻をふかしている。セレスティ同様、白の上下に、赤いスカーフかマフラーを首からかけていた。
「わい等の楽しいクリスマス・パーティーに、よくも水を差しおったな。＜折れたキャンドル＞なんぞを入れくさって。縁起悪いやろ。こんな不良品、返品や！」
手下の一人が、「ほれ、返品！」と箱をテーブル放り投げた。乱暴で暴力的な音がした。
「そんな風に扱ったら、そりゃあキャンドルも折れるだろう。
ケーキ自体が腐ってない限り、返品には応じないね」
娘は揺るぎもしない。男たちの脅しに屈することなく言い放った。
「ネエチャン、痛い目ぇ見んと、わからんのか」
男たちの手元が光った。剣を抜いたらしい。構えるシルエットから察すると、小振りの剣と思われた。
「５人、か。・・・旦那は下がってな」
「いえ。レディだけを闘わせるわけにはいきませんから」
セレスティは杖を構える。だがそれは防御に過ぎない。彼は、振り落ちる雪や大気中のH2Oに呼びかけていた。
娘は、雪の上に置いたシャンパン・ボトルを握った。最初に飛び掛かって来た男の腹に瓶を一発叩き込み、膝を折らせた。二人目は頭を殴る。ボトルの底が割れ、キラキラと破片が飛び散った。
セレスティは、空に踊る粉雪の一部を移動させた。粉雪は宙を舞いながら一カ所に集い始める。水霊使いは、それらを何十本もの矢の形に整えると、一斉に奴らに向かって放った。
矢尻は丸くした。クリスマス・イブだ。いくら相手が暴力的でも、大怪我はさせたくないかった。だが、氷の矢の勢いは強く、皮膚を掠れば出血もするだろう。命中すれば青痣くらいはできる威力がある。
「いたっ！」「いてて！」
チンピラ達は、これは敵わぬと逃げ出した。
「すごいな。旦那は魔法使いか？」
セレスティは「いえ、水霊使いです」とだけ答える。
「・・・おまえ・・・少し体が透けているぞ？自分じゃ見えないだろうが」
「え？」
実は今、セレスティの耳に鐘の音が聞こえていた。『ドラゴン・ハウス』の近所に教会がある。そこの１２時の鐘のようだ。
「・・・キミには鐘が聞こえますか？」
「馬鹿言っちゃいけない。おまえと会う少し前に、０時の鐘が鳴ったばかりだ。次は朝の６時だよ」
「私は・・・元の世界に帰るのかもしれません。お世話になりました」
セレスティの体は、どんどん実体が薄れているのだろう。娘が息を飲むその様子で知れた。
娘が、別れを悲しんでくれているのが伝わる。一時間くらいの友人だったが、彼女と居るのは楽しかった。
娘が、指で鼻の頭をこすった。
「こっちこそ。一緒に売ってくれて助かった」
「ええと。ハートと星と。どちらがいいですか？」
「は？」
ポケットに可愛い(ハズの)喉飴が二袋入っていた。恋人は欲張りでは無い。この娘に、最後に何か贈りたかった。
「どちらでもいいかな。両方可愛いそうですから」
袋の上から触った感じは、星型だったようだ。ガサゴソと賑やかな音を立てて、ポケットからビニールの袋を引っ張り出す。鐘は今７つ目だ。急いだ方がいいかもしれない。
「メリー・クリスマス」
「え、あ、あたしに＜プレゼント＞かい？うわっ、あ、ありがとうよ。どうしよう、あたしも何か・・・。
さっきの奴らが持って来たケーキ！よかったら食ってくれよ。あ、なるべく早く食べた方がいいぞ。おまえ、腹は丈夫か？」
娘は箱をセレスティに押しつけた。セレスティは微笑み、頷いた。『ありがとう』と言ったが、聞こえたかどうかわからなかった。
教会の鐘が１２個鳴り終わった。
セレスティはコンビニの前にいた。階段はきちんと下に続いている。雪も降ってなどいない。
あっちの世界で抱えていたはずのケーキの箱は無い。ポケットには、キャンディも二袋きちんとあった。
生きる力に満ちた、強くて逞しい娘だった。
『残念です。異世界のケーキ。食べてみたかったのですが』
黒山羊亭の椅子で目覚めたジルは、はっと辺りを見渡す。
「あれえ？雪、降って無い」
周りの客達がどっと笑った。ジルが見ていた夢は、オウガウトのカーネリアンに映し出されていた。みんなも、映画を見るようにジルの夢を鑑賞していたのだ。
手にしていた飴の袋も無い。
「おい、おまえ、あたしのキャンディを取っただろ！」
隣に居た冒険者の襟首を掴む。男は髭ごと首を横に振る。
「・・・夢、か」
人垣の後ろで、頭一つ出た長身の相棒が、ジルの為の新しいジョッキを掲げて待っていた。ジルは椅子を立ち、現実に戻る。
木の扉の向こうでは、恋人が待っている。セレスティも現実に戻り、重いアーチハンドルを握るとドアを押し開けた。
＜ ＥＮＤ ＞
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【ゲーム ／ 整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
東京怪談／1883／セレスティ・カーニンガム／男性／725／財閥総帥・占い師・水霊使い
聖獣界ソーン／2361／ジル・ハウ／女性／22／傭兵
ＮＰＣ
オウガスト(聖獣界ソーン)
葵 八月(東京怪談)
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。ライターの福娘紅子です。
もしかしたらお友達とご一緒を希望されたのかもしれませんが、
私の募集人数が少ない為、違うゲームＰＣさんとのお話になりました。
楽しんでいただけると嬉しいのですが。
詩人のオウガストは、セレスティさんが物語に介入して来たので、『あの青年は何だったのだろう？』と思っているでしょうね。
原因は、八月とオウガストは何かとても近い存在で、セレスティさんが、『あっち』でやってた遊びに関与した言葉を引いたのがきっかけで、ワープしてしまった・・・みたいな感じでしょうか。
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