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<クリスマス・聖なる夜の物語2004>


すれちがい 〜西からの待ち人〜




題名:ごめんなさい
本文:悠宇くんへ。少しだけ遅れます。


 ――頭上で垂れ込めている灰色の雲から、今にも雪がちらつきそうだ。
 悠宇が慌てて開いた携帯には、そう表示されていた。見れば待ち合わせ時間からは15分過ぎている。
あいつが遅れるなんて珍しいなと思いながら、悠宇は考え考え、メールを打った。
 どちらかというとメールを打つのは苦手だ。言葉を選ぶ、という作業が手間だし、電話で用件をすっきり話してもらう方が早くて済む、そう思う。

 だけど相手があいつなら――日和なら別だ。言葉を選び迷う一瞬一瞬が、とても大切に思える。




題名:分かった
本文:もう俺は先に着いた。じゃあ待ってるな。
遅れるのは全然構わないから、車に気をつけろよ。




 バイブだったのを着メロに変えようかな、と一瞬だけ迷って、結局そのボタンは押さないまま携帯をコートのポケットに押し込む。
 今日はクリスマス・イブ。悠宇が立っている大きなクリスマスツリーの元にまで、浮かれたクリスマスのメロディが流れてくる。
 ……携帯じゃなく街の音に耳をすませるのも、たまにはいいかな。
 我ながら『らしくない』とは思ったものの、そんな気分だったのだ。

 今日の待ち合わせ場所であるこのクリスマスツリー前は、イブの1日だけ点灯されるという大々的な宣伝のせいか、まだ点灯には間がある時間だというのにこの天気の中でさえ既に結構な人だかりが出来ていた。
 わざわざ輸入されたのだという見上げるほどの本物の大きなモミの木には、ガラス製のベルや天使の像が吊り下げられている。
 見上げる人々の視線の先できらめく、オーナメントのクリスタルの輝き。
 そしててっぺんには、つつましく鎮座する一つ星。
 日暮れが近い、薄暗くなりつつある今でさえ、このツリーは人目を引いていた。これに輝きが灯れば、さぞやきれいだろう。
 ――日和に早く見せてやりたいな。
 ふと、そんな考えが素直に浮かび、悠宇は素直に驚いた。

 
 今までだったら、クリスマスとは『友人たちと面白おかしく騒ぎまくる日』だったし、わざわざ人ごみに出かけてツリー鑑賞なんて『くだらねぇ』の一言で済ませただろう。
 ――そっか、こういうのは、相手がいてこそなんだな。
 ただこうしている間にも、「いつ来てくれるんだろ」とか「あわてて転んだりしなきゃいいんだけどな」などと、想いが夜空へと飛んでいく。
 これが人を想うということなのか、と白い息を吐きながら思い、そして悠宇は赤くなった。
「うっわ、俺何言ってんだ。カッコ悪ィ……」




『初瀬日和ってコは、お前の彼女なのか?』
 以前、知人にそう聞かれたことがある。
無神経そうに、ニヤニヤとした笑顔を浮かべた彼にムッとしつつ、悠宇は答えた。
『彼女じゃねぇよ』
そして鼻白むそいつに、悠宇は言ってやった。
『そんな一言で、あいつのことを説明できるか』

 初瀬日和は、悠宇の高校の同級生で、彼女で、――悠宇の一番大切な人だ。
 一番大切な人。
 その言葉が悠宇の中ではしっくり来る気がする。何よりも、誰よりも。そう自分よりもだ。
そんなこと口に出したら彼女は怒るだろうから言わないけれど。
 でも怒る彼女もかわいいんだよなあ、などと思ってから悠宇は我に返った。
 耳まで赤くなっているのを自覚し、慌てて考えを打ち消す。
「やべぇ、俺ってかなり重症かも……」

 自分とは違い、彼女は思慮深くて、いつだって慎重で、もの静かで……だけどその指から紡ぎだされるチェロの音は、彼女が決してそれだけの人ではないことを雄弁に物語っている。
 彼女はとてもとても情熱家なのだ。内に秘めた炎は、とても熱い。
 ――そのことに気づいているのが自分だけ、いや、もしかしたら彼女自身でさえ気づいていないかもしれないことに、ふと悠宇は優越感にも似た静かな悦びを覚える。
 いや、このまま誰にも知られたくない、自分だけの秘密にしておきたい、そう思えてしまうこれは……もしかしたら独占欲に近いのかも知れなかった。
 日和のチェロの音はとても好きだ。素人同然の自分には難しいことは分からないが、彼女の音が優れていることは誰よりも知っている。
彼女の音は誰とも違う。いつだって優しくて、時に哀しくて。
聞いているとまるで包み込まれるような感じがするなんて、他の音では感じたことがない……。

 ポケットの携帯の揺れに、悠宇が驚きのあまり飛び上がったのはその時だった。




題名:あともう少し
本文:悠宇くんへ。もうちょっとでそちらの最寄駅につくところです。
急いでいきます。遅れて本当にごめんなさい




 物思いがあらぬ方向へ行きそうになっていた自分に気がつき、悠宇はこっそり赤くなる。
慌てて返信を打つ。誰も見ていないはずなのに、その間中も恥ずかしくてたまらなかった。




題名:RE:
本文:大丈夫だから、ゆっくり来いよ




 読み返すこともなく返信して、すぐにポケットに携帯をねじ込んだ。
それでもまだ沸騰している頭を慌てて振ると、よっぽど様子が可笑しかったのか周囲のカップルたちが悠宇を見てくすくす笑う。
 それにますます、悠宇は赤くなった。恥ずかしさでとっさにムッとした表情を作る。
 ――おかしい。今日おかしいぞ、俺。そんなに浮かれてるのか?
 と、また一組カップルが彼の前を通り過ぎていく。
「ねぇ見てみて。あのテディベアかわいい〜!」

 ふと足元に目をやれば、そこには一抱えほどもある大きなテディベアのぬいぐるみ。
 ――少し前、街中を歩いていた時にショーウィンドウで見かけたこれ。
突然立ち止まってしまった日和に尋ねてみれば、「なんでもない」となんの説明にもなっていないセリフを返され……そして悠宇はといえば、釘付けになった日和自身に見とれていたのだった。
「可愛いね」と言いながら、何度も何度も振り返りつつその場を後にした彼女を見て、「よし、クリスマスプレゼントはあれにしよう」と決意したのを、今日のことのように覚えている。


――なんだ、注目集めてたのはこいつか。
 悠宇が抱え上げると、また周囲からきゃらきゃらと笑い声が上がった。そんな反応が恥ずかしくて今まで地面においていたのだが、……ああもう、構うか!
 悠宇はクマの腰を抱く腕に力を込めた。
そんな悠宇の決死の覚悟に反応したのか、胸に入れていた銀のピルケースがコトコトと鳴る。
「おい白露。静かにしてろ」
 コトコト、コトコト。
彼の言葉も通じないのか、ピルケースに閉じ込めたイズナは小さな反乱を繰り返す。
「おいお前、今日だけはぜっっっったい出さないからな! 日和との時間を邪魔されてたまるか!」
 コトコトコト、コトコト。
「あ、コラ! 勝手に出ようとするな! 主人の言うこと聞けよ!」
 

 と、その時。
 コートの中の携帯が三度震えた。
「日和か?!」
慌てて画面を開いてみれば、そこには見慣れないアドレス。




題名:
本文:送信先、間違えてるわよ。
日和ちゃんと一緒の時はちゃんと落ち着いて、ね?
それから、もう少したったら空を見上げて御覧なさい。
サンタクロースからのクリスマスプレゼントが届くはずだから。




 送信先、間違えてるわよ。
その文に悠宇は慌てて履歴画面を開き……そこに表示された結果に、思わず座り込みそうになってしまった。
「送り先間違えた……!」
きっと日和はいくら待っても届かない返事に不安になっていたに違いない。
悪いことをした、とまず日和のことを思ってから、悠宇は間違えた先のアドレスをもう一度見る。
「ってあれ、この人誰だっけ……?」

 悠宇が首を傾げたその時、人ごみの隙間に見慣れた色がちらりと見えた。
 ――ああ、あれは日和がいつもつけているマフラーの色。
そんなに変わった色でもないのに、悠宇にはそれだけははっきりと分かる。


「日和!」
名を呼びながら走り寄ると、彼女はぱっと顔を上げ、そして安堵したように笑った。
白い息が大きく吐き出され、気がつけば既に暮れていた空気へゆっくりと溶けていく。
「よかった、あんまり遅いから何かあったのかと思って」
まあ、返事しなかった俺も悪いんだけどな、と心のうちで付け足す悠宇。
 と、日和がふとうつむいた。
「ん? どうした、日和?」
 
 と、日和は無言のまま悠宇に抱きついた。驚きのあまり、悠宇はテディベアを地面に落としてしまう。
 戸惑いつつもしっかりと受け止め、彼女の優しく背中を撫でてやると、日和が腕の中で笑ったような気配がした。
「ばかだなあ、遅刻したことそんなに気にするなよ」
「……違うわ」
 わざとからかうように悠宇が言うと、日和はちょっとだけ怒ったような、それでいて照れたような顔で悠宇を見上げた。
 ――そうそう、こういう顔も好きなんだよなあ。



 と。
 辺りからわぁ、と歓声があがった。
 ちゃっかり日和を腕の中に閉じ込めたまま、悠宇が日和と共に振り返った先で見たのは……大きくきらびやかな、クリスマスツリー。
「よかった、間に合ったみたいだな」
 点灯の瞬間が見たくて、ここでわざわざ待ち合わせしたんだしな、と悠宇。
「……もちろん、そうだけど」
「ん?」
「でもね悠宇くん。私、どこで待ち合わせしてたとしても……悠宇くんと一緒にいられたら、それで嬉しいわ」



 ゆっくりと降りだした白い雪は、だが悠宇たちの身を冷たくすくませることはなかった。
 悠宇からのプレゼントに、日和は大きく目を見開いて『覚えていてくれたの?』とはにかんで笑った――その本当に嬉しそうな笑顔に、悠宇は今日のこの日はずっと忘れないだろうな、と思っていた。






 生きとし生ける、全ての愛する子供たちに。
 メリークリスマス。






★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【3525 / 羽角悠宇 / はすみ・ゆう / 男 / 16歳 / 高校生】
【3524 / 初瀬日和 / はつせ・ひより / 女 / 16歳 / 高校生】

(受注順)


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、つなみりょうです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

大変お待たせいたしました!(毎度毎度、この言葉から始まってスイマセン)
季節外れのクリスマス、お届けにあがりました〜、喜んでいただければ嬉しいです。
あとですね、今回のこのシナリオ自体は独立していて他のお話と全くつながりは無いのですが、
同時に納品しました他のクリスマス作品と、本編に関係の無いところで少しだけ関連があったりします。
(具体的に言うと、正体不明のメールは誰から来たのか……という点ですね)
もし興味がありましたら、併せて読んでいただければ嬉しいです。


今回は日和さんとのペアノベルになります。悠宇さんサイドのお話は……
少しばかりコメディタッチにさせていただきました。せっかくのクリスマスですので、楽しくって心が温かくて、なによりそんな気持ちにさせてくれる大切な人を待っている……そんな情景が伝われればいいな、なんて。

ぜひ日和さんの方と併せてお読みくださいね。もしかしたら、あまりの雰囲気の違いに驚かれるかもしれませんが、そこもまたこの作品の狙ったところですので(笑)



細々とではありますが、今年もまたこつこつ書いていくつもりですので、
機会がありましたらぜひまたいらしてくださいませ。
その際はまた、大歓迎させていただきます。


それでは、季節外れではありますが。
「メリークリスマス!」雪の祝福がお二人にありますように。
つなみりょうでした。