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<クリスマス・聖なる夜の物語2004>


すれちがい 〜見つめる、西の彼方を〜




題名:ごめんなさい
本文:悠宇くんへ。少しだけ遅れます。



――灰色の雲から白いものが降る前に、たどり着けるかな。

 小さくため息をついて、日和はパチンと携帯を閉じた。
見上げた空は灰色に垂れ込めている。日暮れも近く、立ち並ぶ街灯は既に温かい光を灯していた。
 かすかに水の匂いのする空気。近づいているのが雨ならいいけれど、と日和は足元のローファーを見やった。
 もし雪になったらこの靴では濡れてしまうだろう。それにPコートを着込んでいるとはいえ、その下は高校の制服のまま。寒さも身に染みると思われた。
 パステルカラーのマフラーに軽く顔をうずめるようにして、日和が軽く目を伏せた時、ようやく信号が青に変わる。
そっけない音で流れ出す『とおりゃんせ』を合図にして、日和は再び駆け出した。
 間をすり抜けるのに失敗して迷惑そうな顔を向けたサラリーマンに小さく頭を下げながら、それでも歩調は緩めない。




●送受信完了
受信メールはありません




 階段を駆け上がり、閉じる寸前の電車に日和は飛び込んだ。
一旦かすかに開いてからがっちりと閉まる扉。
間髪入れず動き出す電車の揺れを、もたれた扉から感じ、日和はようやくホッとした。
 息が弾んで落ち着かない胸。一生懸命空気を吸おうとして、その苦しさに日和はちょっとだけ咳き込んだ。
 ――こんなに走ったの、どれくらいぶりだろう。
 自分はあまり体が丈夫な方ではない。運動はもちろん苦手な方だ。
少しでも無理をしようとすれば、いつだってこのようになってしまう。
 ――分かってる。でももうちょっと、元気に過ごせればいいのにな。
 ちょっぴり落ち込みそうになり、慌てて顔を上げた拍子に、こちらを見ているサラリーマンと目が合った。
気恥ずかしさに、日和は窓の外の流れる風景を追っている振りをする。
 ポケットの中の携帯は、未だ彼からの着信を知らせない。
 
 
 
 彼は自分とは違い、うらやましいほど、いつだって元気な人だ。
 
 悠宇は自分とは違い、外交的で、言動のひとつひとつが眩しくて……日和には目の離せない存在だった。
惹き付けられる、というのだろうか。気がつけばその一挙一足を、常に目で追っている自分がいた。

『俺、考えるより先に体が動いちゃうからダメなんだよなあ』
 あれは昨日。
 ちょっとした騒動を起こして教師にひどく怒られた後、反省しきりの表情で悠宇はそう呟いた。
分かってるんだけどさ。そう負け惜しみのように付け足した後、心配そうに傍についている日和に気がついたのか、悠宇は慌てて笑ったのだった。
『ま、でもいいか。日和のこと以外に考えてることなんて、俺にはないもんな』
 ――あの時。
 日和は隠し持っていた小さな包みを目ざとく他の男子に見つけられ、からかわれていたところを悠宇に庇われたのだ。
悠宇は取り返した包みの中身を聞くことなく、また言おうともしない日和に問うこともしなかった。
 信じられているのだ、と胸が熱くなったのを覚えている。
 自分はこんなにも、大切に想われている。 
 
 ――悠宇くん、早く会いたい。
 日和は再び携帯を取り出した。
 窓の外の風景はのろのろと過ぎていき、気持ちばかりがはやっていく。




題名:あともう少し
本文:悠宇くんへ。もうちょっとでそちらの最寄駅につくところです。
急いでいきます。遅れて本当にごめんなさい。




「ここ、どこかしら……」
 駅の改札を出た途端、日和は見慣れない風景に立ちすくんだ。
途切れなく吐き出される人の波が、日和を避けて別れていく。日和の意識野の外をキーキーとかすめていく、甲高く耳障りな構内アナウンス。
 見回し、案内を探そうとしたが見つからない。駅員は夕方のラッシュに追われ誰も忙しそうだ。
 一瞬だけ、胸元のポケットから銀のピルケースを取り出そうかと迷う。だが意を決しその手を下ろすと、日和は思う方に歩き出した。待ち合わせ場所は駅からさほど離れていないと聞いていたし、きっとすぐ見つかるに違いない。
 ――あまり頼ってばかりではいられない。悠宇くんを見習わなきゃ。せめて、悠宇くんに呆れられないぐらいに。
私だって、大丈夫。頑張らなくちゃ。




●送受信完了
受信メールはありません




「え? そこなら反対方向だ。アンタ、全然違う方来ちゃったんだねぇ。
ダメダメ、一旦駅に戻った方が早いよ」
 まくし立てるように中年の女性は言うと、日和の返事も聞かず彼女は行ってしまった。
残された日和は、言われた内容と未だ視界に残る迫力とに呆然とする。
 ……そっか、私、間違っちゃったんだ。
じわじわと染みるように、理解してく言葉の意味。
 ふう、と重くため息をついてから、日和はとぼとぼと来た道を駅に向かって引き返し始めた。
すがるような思いで携帯を開くが、やはりメールの受信はない。
 そのまま電話帳を開き、一番上に登録してある電話番号を押そうかと思ったが、その前に画面の時刻表示が目に入ってしまい日和は気持ちが挫けてしまう。

 ……もう、こんなに待ち合わせから遅れちゃってる……。
 走る気力はすでに切れてしまっていた。重い足を引きずるように、日和は元来た道を辿っていく。
 胸のピルケースがコト、と揺れた。その音に少しだけ日和は笑う。
「大丈夫、もうちょっとだけ頑張ってみるから」
そう呟いた途端涙がにじみそうになって、日和は慌てて首を振る。

 ――会いたい、会いたいよ悠宇くん……。
日和は想い、ふとカバンの中にある包みのことを思い出す。
 なぜか急に、カバンが重くなった気がした。
 


 これは彼へのプレゼントだった。
彼を想って日和が数日前から用意していた手作り品で……こっそり、お揃いの自分のものを用意もした。
ここ最近ずっと持ち歩いていたせいで、昨日あんなことにもなってしまったのだけれど。

 準備していた昨日までは、この品を手に取るたびに胸が弾んだ。
早くあげたいな、喜んでくれるかな、手作りだよって言ったらどんな顔するのかな……考えるだけで、あんなにあんなに、胸が温かくなったのに。
 ――なんだか、今とても苦しい。
 喜んでくれなかったらどうしよう。……ううん、きっとそうだわ。やっぱり、他のものにすればよかった。
 ぐるぐると回る気持ちが苦しくて、そして悲しくて、日和はまた泣きそうになる。


 吹き抜けたビルのすきま風が、長い日和の髪をあおって乱していった。
日もいつの間にか暮れていて、寒さも増してきた。
どこからか聞こえてくるクリスマスソングは、なぜか寂しさばかりを募らせるようだ。
 とぼとぼと歩きながら、日和は顔をうつむかせ足元ばかり見ていた。


 ――悠宇くん。悠宇くん……。


「日和!」
幻かと思えてしまうほど、焦がれていたその声ははっきりと聞こえた。
 ぱっと顔を上げた日和の前に、彼は手を振りながら駆け寄ってくる。
「よかった、あんまり遅いから何かあったのかと思って」
悠宇は、日和の前に立つとにっこりと笑った。……今も、眩しいぐらいに明るいその笑顔。
胸が詰まって何も言えないでいる日和に、ん? と悠宇は笑顔のまま首を傾げてみせる。
「どうした、日和?」

その声に、日和の中で張り詰めていた何かがはじけた気がした。

 何も言わずただしがみつくように抱きついてきた日和に、一瞬悠宇は戸惑った様子を見せつつもしっかりと受け止める。
「ばかだなあ、遅刻したことそんなに気にするなよ」
 からかうような、それでいて気遣うような声に、日和はただ首を振ることしか出来ない。
 ――悠宇くん、あったかいな。
 撫でられた手の感触に、日和はふとそう思った。

 
 その熱に、包み込まれるような温かさに。
 固まっていた冷たい気持ちが、ゆっくり溶けて消えていく。
 あれだけ不安をあおるばかりだったクリスマスソングが、今は自分たちを励ますかのように楽しげに聞こえる。
 ――そうなのね。
 日和は心のうちで、こっそりと呟いた。
 ――大事な人と一緒にいられれるだけで、不安も喜びになっちゃうんだ……。



 と。
 辺りからわぁ、と歓声があがった。
 我に返った日和が、赤い顔をしつつ慌てて身を離そうとして――だけど悠宇は腕の力を緩めなかったので結局そのまま――そして日和が見たのは……大きくきらびやかな、クリスマスツリー。
 夕闇に包まれ始めた辺りの中、温かな明かりの灯ったそれは、静かに、だけどきらびやかにこの時を彩っている。
「よかった、間に合ったみたいだな」
 点灯の瞬間が見たくて、ここでわざわざ待ち合わせしたんだしな、と悠宇。
「……もちろん、そうだけど」
「ん?」
「でもね悠宇くん。私、どこで待ち合わせしてたとしても……悠宇くんと一緒にいられたら、それで嬉しいわ」



 ゆっくりと降りだした白い雪は、だがもう日和の身を冷たくすくませることはなかった。
「これ、クリスマスプレゼント」
そう意を決し、小さな包みに包まれた、シルバーのペンダントヘッドを日和がおずおずと差し出すと、悠宇は『似合うか?』と照れたように笑い――だがその本当に嬉しそうな笑顔に、日和は今日のこの日はずっと忘れないだろうな、と思っていた。

「……なあ、日和」
「ん?」
「もしかして、これお前の分も作ってたりするのか?」
「……どうして分かったの?」
「やっぱりな。へへ、お前のことならなんでもお見通し! ……なんてな。
ホントは、そうだったら嬉しいなーって思って、言ってみただけ。
でもマジなのか? それすっげー嬉しいな。
なあ、今度つけてきてくれよ、俺のとお揃いってことで、一緒につけようぜ」






 生きとし生ける、全ての愛する子供たちに。
 メリークリスマス。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【3525 / 羽角悠宇 / はすみ・ゆう / 男 / 16歳 / 高校生】
【3524 / 初瀬日和 / はつせ・ひより / 女 / 16歳 / 高校生】

(受注順)


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、つなみりょうです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

大変お待たせいたしました!(毎度毎度、この言葉から始まってスイマセン)
季節外れのクリスマス、お届けにあがりました〜、喜んでいただければ嬉しいです。
あとですね、今回のこのシナリオ自体は独立していて他のお話と全くつながりは無いのですが、
同時に納品しました他のクリスマス作品と、本編に関係の無いところで少しだけ関連があったりします。
(具体的に言うと、なぜ悠宇さんの返事がなかったのか、という点ですね)
もし興味がありましたら、併せて読んでいただければ嬉しいです。


今回は悠宇さんとのペアノベルになります。日和さんサイドのお話は……
えーと、日和さんの気持ちとか心情とか……なにより、日和さんはどうして悠宇さんのことを想っているのか、悠宇さんのどんなところが好きなのか、とか(笑)
そんなところを私自身の解釈で書いたつもりです。
イメージがずれていなければいいのですが。

また、ぜひ悠宇さんの方と併せてお読みくださいね。



細々とではありますが、今年もまたこつこつ書いていくつもりですので、
機会がありましたらぜひまたいらしてくださいませ。
その際はまた、大歓迎させていただきます。


それでは、季節外れではありますが。
「メリークリスマス!」雪の祝福がお二人にありますように。
つなみりょうでした。