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<クリスマス・聖なる夜の物語2004>


すれちがい 〜エデンの東へと〜




――頭上で垂れ込めている灰色の雲から、今にも雪がちらつきそうだ。




「あんた、もりさきほくと?」

突然そう言われ、啓斗は驚いて振り向いた。
 ここは草間興信所が入っているビルの屋上。……とはいえ、全く関係の無い人間があまり頻繁に立ち入る場所でもない。一言で言えば、ここに来る人間で守崎啓斗の知り合いでない人間はほとんどいないのだ。
 が、足元の方から見上げてくるその少年は――啓斗の腰にすら届かない身長ゆえ、啓斗の認識だとどうしても見えてしまう――残念ながらさっぱり啓斗の記憶に無かった。
 冷たい風が啓斗の髪をかき乱す。この寒い時期にここでの待ち合わせは間違いだったかな、と独り言ちつつ、啓斗は静かにその少年を見下ろした。
「違う」
「嘘言うな。お前、もりさきほくとだろ!」
 はなから決めてかかってくるその言葉に、啓斗はやや疲れを感じる。
「だから違う。俺は守崎啓斗」
ええ〜! と彼はさもがっかりしたかのように大声を上げた。
「お前、もりさきほくとじゃないのか?」
「それは双子の弟だ」
「なんだよ、だったらさっさとそう言えよ!」
「…………」
 反論する気力も沸かず、啓斗は無言のまま少年に背中を向け、再び下界へと視線をやった。

 街中はクリスマス・イブという特別な日に浮かれているように見えた。
 日も暮れつつある夕暮れ時、きらめき始めたネオンがちかちかと街を彩っている。
 風に乗って聞こえてくるのは、調子ハズレのクリスマスソング。流行には興味がないため啓斗には曲名が分からないが、それはテレビで女性歌手が歌っていた曲に似ているような気がした。
 ――あの時。『この曲嫌いじゃないな』と言ったら、北斗がそれは驚いた表情をしたんだった。
俺にだって別に、好きな曲ぐらいある……。

「なあおい! 聞いてるのか!」
物思いを甲高い声で遮られ、再び啓斗は振り返った。
 見れば少年が腰に手を当て、さも憤慨だと言わんばかりの態度で啓斗を睨んでいた。
「お前、まだいたのか」
「いちゃ悪いかよ! なあ、もりさきほくとはどこにいるかしらないか?」
「北斗なら直にここへ来る。待ち合わせしてるからな」
 ……ああそういえば、あいつはまだ来ないのか? 
気がついて腕時計を見やれば、すでに待ち合わせから15分以上も立っている。
 遅すぎる。あいつ、晩飯ヌキにしてやろうか。
啓斗がそう物騒なことを考えていると、少年が突然啓斗の顔面に向かって指をさした。
「お前、愛想悪いな! そんなんじゃ友達いないだろ!」

 自分で自覚していることがらでも他人に指摘されると、一際腹が立つ。
そのことを今、啓斗はしみじみと実感した。





「いってーな! 殴ることないだろ!」
「殴ったわけじゃない。教育的指導だ」
「むずかしいこと言って、俺をごまかそうったってそうはいかないからな」
「……どういう発想なんだ、それは」
 フェンスにもたれつつ啓斗がその場に腰を下ろすと、少年はその横にちょこちょこと寄ってきて、すとん、と腰を下ろした。
 どうしたんだ? と尋ねると、もりさきほくとを待ってるんだよ、と返される。
「ここにすぐ来るんだろ?」
「あいつのことだから『すぐ』とは限らないが……。いや、そうではなくて。
北斗に何の用があるんだ?」
「……お前、分からないのか?」
と、彼はすっとんきょうな大声を上げた。啓斗が分かっていないのがよほど意外だったらしい。
啓斗が黙ったままでいると、彼はすっくとたちあがりくるりと一回転して見せた。
「な?」
「……な、と言われても」
「だーかーらー、この格好見ても分かんねぇのかよ!」

 少年が着ているのは真っ赤なつなぎの服だった。端は白く縁取られていて、まるで……。
「……サンタ帽かぶれば完璧だな」
「だろ? だから分かった? 俺はサンタなの」
なにが『だろ?』なのか分からないが、その得意げな口調に啓斗は吊られて笑ってしまった。
生意気でタメ口ではあるが……気がついてみるとその少年、まるで弟と話しているかのように気安い。

 ――珍しい。
 啓斗はふと、そう思った。
 自分は他人と話が合うことはあまりないのに。そう、弟以外は。



「……最近は、話しても分からないことばかりだけどな」
「ん?」
「こっちの話だ。……いや」
一旦は会話を終わらせようとした啓斗だったが、なぜか口はその意に反して言葉を紡ぎ続ける。
「俺がよく話するのはもっぱら弟のやつなんだけど、そういえばあいつの行動には分からないことが多い。
いくら会話を交わしても、行動が理解できない」
「ふーん?」
「あいつは毎晩遊び歩く。それだけならまだしも……俺には、毎晩のように術を失敗するあいつの思考が理解できない。火遁がそんなに苦手ならやらなければいいのに」
「なに? 毎晩失敗してんの? それ、そんなに難しいこと?」
「俺たちにとっては基本中の基本の術だ」
「じゃー、わざとなんじゃないの?」
 あっさりと言われ、啓斗は目を丸くした。
「……わざと? なぜ」
「俺だって、わざとイタズラしたりするぜ。あ、俺にもアニキがいるんだけどさ」
 自慢のアニキなんだぜ、と彼は照れくさそうに笑う。
「時々構って欲しくて、わざと水こぼしたりとかするんだ。
するとさ、アニキのヤツが俺を怒るわけ。……なんとなく、そういうの嬉しいんだ」
「……そうなのか? でも俺なんかに怒られて嬉しいわけが……」



 ――戸惑いのうちに反論しようとして、啓斗の脳裏をふとよぎる光景。
 
七面鳥がテーブルにあった気がするから、あの日もたぶんクリスマスだったのだろうか。
カチカチ、と無情に時を刻んでいく時計の音。
気まずい沈黙の中、幼い啓斗は北斗と共にいた。
テーブルの上には、3人分のクリスマスディナーが並んでいた。啓斗と北斗――そして父の分。

 気まずさにうつむいた啓斗の横で、北斗は一言、『いただきます』と呟くと、ただひたすら黙々と食べ始めた。自分の分、父の分、そして箸の進まない啓斗の分にまで、北斗は箸をのばし続けた……。


 翌日、当然の如く腹を下してその世話に追われたとしても、その日がきっかけで北斗の食欲がエスカレートしていったとしても――啓斗が、何度帰ってこない父の分の食事を作ってしまう度に、北斗は無言のままたいらげてくれた。
 責めることも、不満を漏らすこともなく……ただ何も言わずにいてくれた優しさを、啓斗は今でも感謝している。
「なんだよ、ちゃんと説明しろよ!」
 知りたがり屋らしい少年がそうせがむ。
一瞬迷ってから、啓斗は言った。
「いや……俺は随分好かれてたんだな、と思って」
唐突なその言葉に少年は目を丸くし、そしてにかっと笑った。
「お前」
「ん?」
「やっぱり、笑ってた方がいいな!」


 ふと。
 その笑顔が弟のものと重なった気がして、啓斗は驚く。
 北斗にそう言われた気がして……そのことになぜか、とても安堵している自分がいた。
「……ごめんな。俺のせいでいつもお前にばかりしわ寄せが行ってるのにな……」
 知らず呟いていた言葉は、ここにはいない人への言葉。
少年の頭を優しくなでると、彼は猫のようにくすぐった気に目を細めた。



 その時。
 天上からふわり舞い降りてくるものがあった。同じタイミングで頭上を見上げた二人は、また計った様に共にすっくと立ち上がる。
「降り出したな。……あいつ、いつになったら来るんだ」
ぼそり呟く啓斗。と、少年が啓斗を見た。
「んじゃ、もう俺行く」
「北斗を待ってなくていいのか?」
「んー……まあ、いいや。だってさ」
と、彼はそこで意味ありげににやりと笑う。
「あんたがもりさきほくとにプレゼント用意してるんなら、俺の出番ないし」
「俺の出番、って……」
「だから言ったろ、俺はサンタクロースなの。じゃな!」

 彼がそう言った瞬間。
 突風が啓斗に吹き付けた。みぞれ交じりのそれに啓斗は思わず目を閉じ……開けた次の瞬間には、少年の姿はどこにも見えなくなっていた。




「なんで、俺がプレゼント用意してるってこと知ってるんだ……?」
そのことも言ったっけ? そう首を傾げつつ、啓斗はポケットからあるものを探り出す。
 取り出したのは、一膳の黒い塗り箸。
 ――その食欲を改めろ、と言いながらこんなものを用意してるんだから、結局俺もまだまだ甘いってことだよな……。
 いろいろ苦労も、そして心配もかけてるんだろうけど。
 せめて自分のプレゼントで、自分の食事をおいしく食べてくれれば、と思う。
 
「それにしても遅いな……」
何度目か分からないため息をつきつつ、啓斗は空を見上げる。
 ――あいつがここに来たら、まず『罰で、夕食ぬきだからな』と言ってやろう。

 それから……それから、『だからどこかに食いに行くぞ』と行ったら、あいつどんな顔するだろうな。




 身を切るような冷たい風に乗り、踊るように雪が舞っている。
 日の暮れた夜を白く彩るかのように、雪は静かに降り続いていく。
そんな、天からのささいなプレゼントに、空を見上げる人たちも多いだろう。――そう、今日はクリスマス。1年に1度くらいは、そんな日があってもいい。


 生きとし生ける、全ての愛する子供たちに。
 メリークリスマス。





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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【0568 / 守崎北斗 / もりさき・ほくと / 男 / 17歳 / 高校生(忍)】
【0554 / 守崎啓斗 / もりさき・けいと / 男 / 17歳 / 高校生(忍)】

(受注順)


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、つなみりょうです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

大変お待たせいたしました!(毎度毎度、この言葉から始まってスイマセン)
季節外れのクリスマス、お届けにあがりました〜、喜んでいただければ嬉しいです。
あとですね、今回のこのシナリオ自体は独立していて他のお話と全くつながりは無いのですが、
同時に納品しました他のクリスマス作品と、本編に関係の無いところで少しだけ関連があったりします。
(具体的に言うと小さなサンタクロースさんの正体とか、ですね)
もし興味がありましたら、併せて読んでいただければ嬉しいです。



啓斗さん、お久しぶりです! またいらしていただけて本当に嬉しいです。
今回はいかがでしたでしょうか。前回と同様、気に入ってくださったら嬉しいです。
プレイングに書かれた弟さんへの優しさにちょっとほろりとしました。弟さんの時もそうだったのですが、思い合う気持ちが溢れてて素敵なご兄弟ですよね。
ライターとしては、その関係をうまく表現したい、なによりそう思ったんですが……。

というか、そういえば「まちあわせ」がテーマだったのに結局お会いしていただけなくてすいません(笑)
なんだかシチュノベになっちゃいましたね……




細々とではありますが、今年もまたこつこつ書いていくつもりですので、
機会がありましたらぜひまたいらしてくださいませ。
その際はまた、大歓迎させていただきます。


それでは、季節外れではありますが。
「メリークリスマス!」雪の祝福がお二人にありますように。
つなみりょうでした。