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<東京怪談・PCゲームノベル>


dogs@home1


 ――プロローグ
 
 風に流れる白い雲が、ちぎれていく。
 本日は木枯らしが吹いている。国道沿いに立ち尽くした一人の男が、眠たそうな顔をして親指を立てていた。
 どうやら……ヒッチハイクをしているらしい。
 いくらお人よしの多い日本とはいえ、お世辞でもいい身なりとは言えないこの男を拾う車がいるのだろうか。
 格好は上から下まで薄汚い印象を拭えなかったし、長身で手足は長いが持て余している感がある。その上頭はぐしゃぐしゃの癖っ毛で、眠たそうな顔つきをしているが目つきは悪い。足元には煙草の吸殻が散乱しており、彼の口許には煙草がくわえられていた。
 深町・加門がヒッチハイクをしている……のである。
 
 彼がどうやってここまで来たかというと、賞金のかかっているアタッシュケースを持った男を追いかけて、人様の車にしがみついてやってきた。その額なんと百三十六万円。中には宝石が入っているとも、薬が入っているとも、死体が入っているとも言われているアタッシュケースである。
 そして彼はこの千葉くんだりの国道沿いにて、ヒッチハイクをしなくてはならなくなったのだ。
 当然のように携帯電話は車と格闘している際に落とした。
 困った。
 彼は今、猛烈に困っている最中なのである。
 
 ――エピソード
 
 結局夜通し歩いて東京まで帰って来た加門は、なんの収穫もなしで帰るのは気が引けたので、その足で換金所の情報を求めることにした。都内に入れば、タクシーも捕まる。
 換金所は昼時の銀行ほどにごたついていた。電光掲示板に映し出される文字、始終ひっきりなしに賞金首情報を流すケーブルテレビ。電光掲示板が一番早い情報の筈だ。だが、例のアタッシュケースが換金された様子はなさそうだった。
 いくつか三十万前後の賞金首の顔と名前をざっと覚え、それ以上の情報を買うために番号札を引いた。
 今のご時世、ここ捕獲部の換金所も……禁煙だった。
 室内の奥に設置されたガラスで囲われた喫煙所へ、加門は入った。
 そこには誰もいなかった。
 ソファーというよりベンチと言った方が似合うような、硬い感触の椅子に腰かけて、加門は煙草を取り出した。一本口にくわえ、ポケットから百円ライターを出して火をつけると、真っ直ぐ喫煙所を目指してくる男と目が合った。
 加門は瞬きをして、煙草の煙に目を細めた。
 男はカツカツと革靴を鳴らして喫煙所の中へ入り、少し乱暴に椅子に座った。それから急ぐような仕草で、コートのポケットからマルボロを取り出す。彼は一本を取り出してから、あちこちのポケットを探った。
 加門は黄色い百円ライターを差し出して、火をつけてみせた。
「どうぞ」
 くわえ煙草のまま低い声で言うと、その男はこちらを窺うように鋭い視線を投げたあと、少しだけ会釈をした。
「どうも」
 彼はそう言って口にくわえた煙草を火に近付け、白い煙を立ち昇らせた。
 男はハイネックのセーターに茶色いコートを着ていた。マフラーもつけている。彼は足を組んで、じいと換金所の様子を観察しているようだった。賞金稼ぎだろうか? と加門は考える。こんな場所にいるのは賞金稼ぎしかいないが、賞金稼ぎという連中は他の同業者には無関心なことが多い。だから、換金所は情報を得るか金をもらうかどちらかの場所だ。
 つまり、こんな風に換金所を見据えているこの男は、同業者ではないのかもしれない。
 そこまで考えたが、特に口に出す内容でもない。加門は黙って煙草を吸っていた。
 やがて加門の番号が電光掲示板に表示される。加門はおもむろに立ち上がった。喫煙所を出てから男を振り返ると、その男は加門の背を見つめていた。


 草間・武彦は『凶暴で凶悪な賞金稼ぎにひどい目に遭わされた、見つけ出して訴えてやりたい』との依頼を受けていた。これはどちらかというと、弁護士事務所の仕事である。その旨を伝えたところ、依頼人は悔しそうに言った。
「顔を見てないんです、声は聞いたような気がするんですが、何しろすぐに昏倒させられて」
 そうは言うものの、依頼人の関わった事件がわかれば、どの賞金稼ぎがその事件に関係したのかはすぐにわかるだろう。簡単な仕事だ。賞金稼ぎという人種自体、ヘドが出るほど嫌いな草間だったが、そう難しくはない依頼にゴーサインを出すことにした。
 しかし……、捕獲部がお役所だということを草間は失念していた。
 役所仕事というのは、守秘義務が必須である。
 私立探偵が、立命館大学の事件について知りたい。関わった捕獲部の枝葉である賞金稼ぎの名前を知りたいと申し出たところで、教えてくれる筈はなかった。つまり、草間は無駄足を踏んだのである。
 しかし……ここ東京一の換金所に、その賞金稼ぎはいる筈なのだ。たぶん。
 さっきのやる気のなさそうな男も賞金稼ぎらしい。
 一本煙草を吸い終えるともう火がないので、喫煙所にいる意味がなくなる。
 あの体で賞金稼ぎなどという荒っぽい仕事が勤まるのだろうか、草間は着古したトレンチコートを引っ掛けたハンガーみたいな男のことを思い返した。
 それから、吸い口寸前まで吸った煙草を灰皿へ放り投げ換金所を出た。
 
 
 知りたい情報が全て手に入らないので、そう申し出たら「番号を引いて待ってください」と事務的な口調で加門は言い渡された。ここで食い下がったところで何の得もないことを知っていた加門は、大人しく番号札を引いてまた喫煙所へ引き返した。
 そこにはもう男の姿はなかった。
 煙草に火をつけて、三本吸えば順番が回ってくるだろうかと当たりをつける。
 東京一の大きさを誇る換金所は、一見すると銀行のようだが、群がる連中は銀行強盗のような顔をしていた。特に興味がなかったので、加門は上を向いて煙草を嗜んでいた。
「深町さん」
 キイと音がして喫煙所のドアが開く。
 聞いたことのある声と自分の名前に、加門はぼんやりとドアの方向を見た。
 そこにはシュライン・エマが立っていた。赤いトレンチコートを着ている。中の白いセーターがあたたかそうだった。
「どうしたんだ、お前」
 加門は場所に不似合いなシュラインに、開口一番そう言った。
「ちょっとね。それにしても……景気の悪い顔してるわね」
 シュラインは加門の隣に腰かけながら言った。
「ああ、不景気まっさかりだ」
 短く答えながら、加門は煙を吐いた。
「じゃあね、ちょっと私探し者してるから」
 シュラインは白い片手をかざし、加門に挨拶をしてから喫煙所から出て行った。
 
 
 そのあと、彼女と入れ替わるように男がやってきた。男は片手にライターを持っている。
 加門は、合点した。どうやら彼は、ライターがなく煙草が吸えなかったため近くのコンビニにでも行ってきたのだろう。
 男は加門を見て驚いたような顔をした。
 加門はそれに目を止めて、だが相手が何も言わなかったので、黙って煙草の煙に視線を戻した。
 男は加門に一メートルほど間を取って椅子に座り、マルボロを取り出して一本つけた。男も黄色い百円ライターを使っていた。
 加門が三本目の煙草を吸い終わろうとしているというのに、電光掲示板は加門のナンバーを呼ばない。
「あんた、賞金稼ぎか」
 男が言った。
 加門は煙草を片手に持って、じっと眼鏡の男を見た。彼は特に何を考えて発言したわけではないようだった。ただ、男の口が滑ったように感じた。
「見えないか?」
 加門は少し笑ってそう答えた。男もかすかに笑う。そのとき、電光掲示板が更新され、加門のナンバーが映し出された。
 加門は男にそれ以上何も言わず、煙草を灰皿へ押し付けて立ち上がった。喫煙所を出てからも、今度はもう振り返らなかった。
 だが彼は、一体何の目的でここにいるのだろう?
 
 
 三十万円の首三人分の情報を手に入れた加門は、また喫煙所に戻りそれらを読んでいた。
 紙の端に振られているのは発行番号で、十八、二十六、十二とそれぞれ書いてある。その情報はそれだけの人数に配られているということだ。若干望み薄である。
 腹もすいてきたことだし、ここは一つ、一人ぐらい捕まえて馴染みの店で一杯といきたい。
 だがこの情報だけでは、捕獲は無理だ。如月・麗子の情報網を使うのが一番手っ取り早いが、なにせ使用料が高い。三十万から十万が税金で取られ、残りの二十万の六十パーセントは持っていくのだから、まったくお話にならない。
 だがどの賞金首も加門の記憶にある顔ではなかった。
 加門が一人うなっていると、喫煙所のドアが開いた。
「やっぱりまだいた。どう? 上がり調子?」
 シュラインが笑顔で聞いてくる。加門は目だけあげて、片手を振ってみせた。
「これ、食べて」
 彼女は隣に座って銀色の塊を加門に差し出した。加門はそれを受け取って、きょとんと答えた。
「いいのか?」
 おそらくそれは握り飯だろう。
「だって深町さん、あなた外見ボロボロよ」
 くすくすと笑いながら言われ、加門は自分の格好を改めて見直した。言われてみれば、アタッシュケースを追いきれいとは言えない車に引っ付いていた上、振り落とされ道路に転落。千葉から徒歩で東京入り……と汚い理由は山ほどあった。
「サンキュー」
 加門はありがたく握り飯を頂戴した。
 
 
 草間・武彦は立命館大学での聞きこみの結果、背の高いコートを着た男が犯人……いや、加害者であろうことを掴んでいた。そしてまた、例の喫煙所に座っていた。背の高いコートを着た男などたくさんいるではないか。喫煙所で煙草をつけながら、賞金稼ぎ連中を眺めつつ、草間は溜め息をついた。
 眺めていているだけでは仕方がない。
 草間は煙草をもみ消して、口の堅い賞金稼ぎ連中を相手に聞き込みを開始した。
 
 
 アタッシュケースの賞金はまだかけられたままだった。
 加門は一度それを諦め、ザコ連中の捕獲に精を出していた。換金を終えて、一服つけていると、驚いたことにまたシュライン・エマが喫煙所に入ってきた。
「よお。お前、俺のストーカーでもやってんのか」
 三度目の偶然に加門が笑いながら言うと、シュラインはそうねえと遠い目をした。
「似たようなものかもね。賞金稼ぎが、今扱ってる事件に関わってるの」
「そりゃ物騒だな」
 自分のことは棚に上げて加門が煙草をくわえる。
「それより、この間見てた情報の、池田・律郎の潜伏場所がね」
 この間握り飯を差し入れてくれた際、加門が情報を洩らしていたのだ。池田・律郎のありかをシュラインは明確に加門に告げた。加門は注意深くそれに耳を傾けている。
「今度なんかおごるぜ」
「いいわよ、別に」
 シュラインが立ち上がったので、加門も一緒に立った。
 ドアノブに手をかけながら、シュラインが加門に聞いた。
「ねえ、なんであなたはそんなにこの仕事にこだわってるの?」
「こだわってなんかねえさ」
 加門がすぐに答える。二人で喫煙室を後にし、加門は頭をかきながら言った。
「崖っぷちの煽り風って受けたことあるか?」
 シュラインは頭を横に振る。加門はへらりと笑ってから、ポケットに手を突っ込んだ。
「それが好きな性分でね」
 加門が片手で、逆サイドから入ってきた男を指差した。
「シュライン、あれ、お前んとこのだろ」
 シュラインが目を上げて、手を叩く。
「あ、ようやくいたわ」
 シュラインは驚いたような顔で加門を見た。
「よくわかったわね」
 加門は眉をあげて、得意気に口許を曲げた。
 
 
 ――エピローグ
 
 草間は一人の賞金稼ぎの男を連れていた。どうやら、彼が極悪非道で乱暴な賞金稼ぎを知っているらしい。
 シュラインは加門と別れて草間と合流した。
 その途端、その男が叫んだ。
「あれだよ! さっきの、深緑色のトレンチコートの天然パーマ!」
 草間とシュラインがそちらへ目を投げたとき、もう深町・加門はそこにはいなかった。
 草間が眉を寄せてつぶやく。
「まさか、あのやる気のなさそうな男が、か?」
 シュラインは草間が加門を知っていたのに驚いた。
「知ってるの?」
「喫煙所で、何度か……だがあいつは、いかにも弱そうだぞ」
 世間の認識では、加門はいつもそちら側に割り振られる。やる気のない顔だとか、細身にしか見えない体格だとか、濁った瞳などがその原因だろう。
 シュラインはこめかみをトントン片手で叩きながら困ったように笑った。
「根はいい人なんだけどねえ」
 彼女の弁護のおかげで、加門を告訴することはなくなり、加門も池田・律郎捕獲とアタッシュケース奪還に無事精を出せることになった。
 外は今にも雨が……いや雪が降りそうな、冷たい風が吹いている。


 ――end
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【NPC/草間・武彦(くさま・たけひこ)/男性/30/私立探偵】
【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          ■
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dogs@home にご参加ありがとうございます。
喫煙所で入れ違い……ということで、こういった形になりました。
お気に召せば幸いです。

文ふやか