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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

 肩を何度か揺さぶられ、神宮路馨麗は目を開けた。最初、自分がどこにいるのかわからなかったのだけれど濃い潮の香に海だと気づいた。
「おい、生きてるか?」
馨麗を覗き込んでいたのは、海上を小舟で漂流していた馨麗を見つけた男だった。
 白の小袖に赤い袴姿の馨麗は、船員にしてみれば異国人である。助けてはみたものの得体は知れず、どう扱っていいのかわからないと困惑しているようだった。
「あんた、言葉は?」
「はい、喋れるですよ」
男の言葉は馨麗に聞こえていた。だから、自分の言葉も通じるだろうと返事をしてみたのだが、なぜか馨麗の喋ることは男に通じなかった。声にはなるのだが、男には不思議な音にしか届かないようだった。
「あんた、よその子なんだな」
どうするべきかと、男は腕を組んでしまう。言葉の通じない少女を、船に乗せてはおけないと言わんばかりの表情だった。だが、漂流していた馨麗を再び海へ置き去りにするわけにもいかない。
「仕方ない、港まで乗せていってやるか」
自分の乗っていた船に連絡をとる方法はあるのかいと訊ねられる。男は言葉が通じないと言いつつなんとなく意味くらいは伝わるだろうという感覚で喋っているようだった。
「連絡・・・・・・お知らせのことですね。えーっと」
船の甲板の上に正座すると、馨麗は懐から一枚の薄い依代を取り出し、符呪を唱える。するとそれは、男の目には小さな紙切れにしか見えなかったものが、たちまち一羽の鳥となって空高く羽ばたいていった。
「お・・・・・・驚いたなあ。あんた、異国の見世物師かなにかか?」
「きょーりは神宮路家次期巫女長です」
馨麗にしては珍しく、真面目な返事をしたのだが当然男には通じなかった。

 やがて、男は見慣れない格好をしたこの少女がしきりに「きょーり」と使うのを聞いてどうやらこれが名前らしい、と見当をつけた。
「きょーり、あんた、船は初めてか」
馨麗も仕草でならば通じるらしいと気づいて、頷いてみせる。
「はい、きょーりは海を見るのも初めてなのです。とても大きくて、青いのですね」
隠れ里ではとにかく次期巫女長に必要な教育しか受けてこなかったため、馨麗は甚だしく世間知らずであった。この広い海が自分の国を、そして世界中を包んでいると知ったらどんな顔をするだろう。
「これはなんですか?あれはなんですか?」
見るもの全てが物珍しい。馨麗はあちこちを指さして男に尋ねる。それに対して男は
「それは樽だよ。中には水や食料が入ってるんだ」
「あそこからぶらさがっているのは夜に使うランプ。見たことないのかい?」
一つ一つ丁寧に説明してくれた。そのうち、本格的に船を案内してくれる気になったらしく、甲板の上を船尾に向かって歩いていく。
「きょーり、あのガラス玉がなにかわかるかい?船で漁をするとき、網がどこに沈んだかを教える浮きで・・・・・・」
しかし馨麗の反応はない。
「きょーり?」
振り返ると、馨麗が消えてしまっていた。
 さっき馨麗が式神を呼び出すところを見ていた男は、また魔法でも使ったのかと考えたが、違うことはすぐに判明した。なぜなら、甲板から船内へ降りていくための扉が開けっ放しになっていたからだ。
「しまった」
男は慌てて後を追った。

 昼間でも薄暗い船内は足元がほとんど見えず、特に廊下の端を歩いている馨麗は他の船員たちから見つかりにくかった。代わりに、気をつけて歩いていないと乱暴な船員の足に蹴飛ばされかねなかった。
「みなさんもっとお行儀よくするです」
眉間に皺を寄せて、馨麗は船の壁に体をすり寄せる。馨麗の生まれたところでは、足音を立てるだけで叱られたものだ。
 廊下を奥まで進むと、一つの扉に行き当たった。そっと開いて中をのぞきこむと、数人の男が頭を寄せ合って、なにか話し合っている。困ったことでも起きたのだろうか、と馨麗は心配する。
「みなさんが困ってるのならきょーりはお手伝いするです」
助けてもらった恩は返さなければという、一歩間違えれば迷惑とも取れる馨麗の責任感。まずは話の内容をもっと詳しく聞くために、馨麗は部屋の中へ入り込んだ。
 一方、馨麗を探す男はといえば。
「ここに女の子来なかったか?赤いスカートをはいた小さな子だ」
「は?見てないけど・・・・・・」
「この船に女は乗ってないだろ、夢でも見たんじゃないのか」
下っ端たちの船室から食堂、調理場と馨麗を訊ね回っていた。しかしそこにいた船乗りたちは皆首を横に振り、中には気のせいだと言う者もあった。
「前の港を出て随分になるからな。そりゃ女の幻だって見るはずだ」
「幻じゃないんだって」
第一見るにしても、もう少し現実的な幻が浮かんでくるべきだ。異国の服を着た、言葉も通じない少女の幻なんて見るわけがない。
「とにかく、女の子を見たら教えてくれよ」
調理場を出て、さらに倉庫まで探したけれど馨麗は見つからず男はため息をついた。
 あと、残っている場所といえば一番奥の船長室しかない。だがあんなところにいるはずはない、もう一度甲板へ戻ってみようと男が踵を返したそのとき。
「誰だ、てめえは!!」
船長室の中から、船長のすさまじい怒鳴り声が響いた。それは船体を震わせ、甲板を出てマストの先にまで届くほどだった。

「ここでなにしてやがる!」
船内にいた船乗りたちは、一体なんの騒ぎだと顔を見合わせつつ廊下へ出てきて船長室をうかがう。中の誰かが、ネズミが出たんだと言った。この船の船長は大きな図体に似合わず、動物の類が大嫌いなのである。
「そうだ、どうせネズミだ」
「心配することはない」
朝まで働いていた船員たちはまだ眠り足りないという顔で船室へ引っ込んでしまう。そんな中、男だけが正しい原因に思い当たった。
 船長と二名の副長、そして航海士の四人は、これからの航海予定について相談していた。海上を行き交う商船の航路と積荷のリストを見比べながら、どの船を襲えば儲けられるかと意見を衝き合わせていたところなのである。
「明後日、西へ進む船には南洋の珍しい果物が積まれているそうですよ」
副長の案はなかなか魅力的だったが、船長は首を縦に振らない。そこで航海士が
「違う路を狙ってはどうですか?たとえば・・・・・・」
と、海図の上の一本の航路を指そうとした。だが、海図の上になにか邪魔なものが乗っていて読めなかった。
「なんだ、こりゃ」
赤い色の置物かなにかと思い、持ち上げようとしたらその邪魔なものは突然口をきいた。
「さっきからなんのお話をされているのですか?」
馨麗が、海図の上に正座していた。
 今まで地図を見たことのない馨麗は、机の上に乗っているそれを敷布だと思い込んでいた。男たちの話を聞くにあたって床の上に座ることはためらわれ、机に載っている布の上ならまだ清潔だろうと考えてしまったのである。
「誰だ、てめえは!」
見知らぬ少女が突然現れて海図の上に座っているのだから、船長が船の揺れるほど怒鳴っても無理のない話だった。

 船長の分厚い手が馨麗を捕まえようと伸びる、だが一瞬早く馨麗が首を竦めたためにそれは空を切る。さらに副長が飛びかかってきたが、これも間一髪机から飛び降りて逃れた。
「そいつを捕まえろ!」
動きにくそうな着物のわりにはすばしっこい馨麗、椅子の下へもぐったりさらに人と人との間をうまくすり抜けるようにして誰の手にも止まらない。
「鬼ごっこの、鬼でも決めてたのでしょうか?」
男たちはなんだか怒っているようなのだが、馨麗には理由がわからない。鬼ごっことでも考えなければ説明がつかなかった。
「おい、そっちから回り込め!」
副長と航海士が二手から馨麗に迫る。部屋の角に追い詰められる馨麗、さすがに逃げ道を失いどうするべきかと左右を見回した。式神、蒼皇を呼び出そうか迷った。
「あの」
だがいきなり蒼皇を呼び出すのは危険なので、一応断っておこうとしたら
「きょーり!」
タイミングよく馨麗を助けた男が船長室の扉を開けた。その扉に、運悪く側に立っていた副長が思い切り頭をぶつける。
「ここでなにしてるんだ」
「鬼ごっこです、捕まってはいけないのです」
そう言うや否や馨麗は扉を開けた男の脇をすり抜けて廊下へ抜ける。そのまま走って、階段を上り、甲板まで出て行くと、頭の上で甲高い鳥の鳴き声が聞こえた。
「緋皇」
右の手を差し上げると、鳥の式神が舞い降りてくる。そしてさらに高いところから、アトラス編集部の桂の声がした。
「そろそろ、本の終わる時間ですよ」
「わかりました」
最後に馨麗は後ろを振り返る。甲板に出てきた男へ向かってにこりと笑って、そして消えた。
「楽しかったです」
こうして馨麗の物語は終わった。

■体験レポート 神宮路馨麗
 きょーりは海行ったことなかったので、すごく楽しかったです。でも、船乗りさんたちはみんなお仕事お休みで鬼ごっこばかりでした。
 でも、船乗りさんたちと喋れなかったのは残念でした。お話ができたら、もっと楽しいなって思ったんですけど・・・・・・。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

4575/ 神宮路馨麗/女性/6歳/神宮路家時期頭領

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
今回、馨麗さまに関しては船の乗員と言葉が通じない設定に
させていただいたのですが、そうすることでとんちんかんな
感じが増したのではないかと思います。
本当は
「鳥を連れた少女が現れた船は不幸に見舞われる」
などの伝説をつけたかったのですが文字数の関係で
できませんでした・・・・・・。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。