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<クリスマス・聖なる夜の物語2004>


□■□■ Fantastic Fantasia -夢幻想夜曲- ■□■□



――小人達が組み立てた
――広場の全てを異世界に
――小人達が組み立てた
――僕らの町を異世界に

「おいでませお嬢様、いらっしゃいお坊ちゃま。
 旦那も貴婦人も皆おいで下さいな、いくらでも見てって下さいな。
 勿論見ているだけじゃなく、楽しんでくれりゃ最高さ。遊んでくれりゃ最高さ。

 俺達ジプシー、ボヘミアン。流浪している民なのさ。
 町にひっそり現れて、ひっそりこっそり遊園地。
 こんな見事な遊園地、絶対他では見られない。

 床下を駆け抜けるのを許してくれるのが料金。
 ちょっとつまみ食いを許してくれるのが駄賃。
 なんてったってこんなに小さい俺らだからね、
 そうでもしなきゃ暮らして行けない。

 夢を見てくれるのが料金。
 遊んでくれるのが駄賃。
 なんてったって幻想の住人だからね。
 そうでもしなきゃ消えちまう。

 さあさあ小人の遊園地、
 この町で開くのは今夜だけ。
 さあさあ楽しい遊園地、
 聖なる夜を遊んで過ごして。

 ここは楽しい移動遊園地。
 小さいけれどあなどれない。
 なんてったって遊園地。
 木馬も踊って誘ってる。

 ――――welcome to the "Fantastic Fantasia"!!」

■□■□■

「お、お兄さんシュラインさん、あれ! あれ、なんですか!?」

 頬を上気させて広場を指差す零につられて、シュライン・エマと草間は視線を向ける。
 クリスマスの夜。パーティも終わって、身内だけでもう一度ちょっとだけ楽しもうかと、コンビニに買出しに出た矢先の事だった。
 大きな噴水がある事ぐらいしか特徴の無い広場――と言うか、ちょっとした公園。その中に、淡いオレンジの光が満ちていた。柔らかいランプの灯火がふわふわと揺れている、そして笛や太鼓の音が響いてくる。どれもどこかささやかで、優しい音。その中で、子供のように小さな人々が、ちたぱたと動き回っている。

 見上げれば、観覧車。
 見渡せば、回転木馬。
 振り向けば、コーヒーカップ。

「まあ……移動遊園地? 珍しいわね、こんなところに。全然気が付かなかった、お昼も買出しで通ったはずなのに」
「いや、突っ込みどころがもう一つあるんじゃないのか、シュライン」
「え? 何かあるかしら、武彦さん」
「……あれ、どう見ても人間じゃないだろう」

 まあ、そんなのは東京ですから。
 この異界都市に住んでいて、小人ぐらいじゃ驚きません。

 ぱたぱた駆けて行く零の後をゆっくりと歩きながら、シュラインは広場を見回す。ちたぱた歩き回る小人達は、大人の腰ほどまでの背丈しかない。以前翻訳した英国童話に出て来たノームを思い出しながら、シュラインは身体を屈ませた。ご丁寧に、公園の入り口には小さなチケット売り場らしきものが設けられている。
 公園のフェンスに指を引っ掛けながら目を輝かせて中を見ている零を、草間が半ば呆れ混じりに眺めていた。だがそこには、優しい微笑も見え隠れしている。何だかんだ言って、あの男も保護者気分を楽しんでいるのだろう。もちろん、自分も。

「こんにちは、小人さん。今は開園中なのかしら?」
「はいはい勿論、お姉さま。遊んで行って下さいな、楽しい楽しい遊園地。カーニバルだってやっている、パレードだって始まるよ。聖夜聖夜と言うけれど、ホントはただ楽しみたいだけの夜。どうぞどうぞ、覗いて行ってくださいな。どうぞどうぞ、楽しんで行って下さいな。お三人様でよいのかな? そこの兄さん、入るのかい?」
「……まあ、この場で待っているのも暇だろうしな。一応保護者だし」
「はいはいそれではお三人、ご案内を致しましょう。これを忘れず差し出して。みんなで楽しい遊園地!」
「え、っと、入園料は――」
「そんなの楽しんでくれれば良いだけさ、おいでおいでお嬢さん、お姉さん、お兄さん!」

 歌うように小人が声を張り上げる。渡された三つの小袋の中を覗いてみれば、そこには色とりどりのキャンディが入っていた。草間と零に一袋ずつ渡して、一歩、踏み出す。
 そこは淡い淡い御伽の世界。

「お、お兄さんシュラインさん、あれって何ですか!?」
「コーヒーカップだ。ぐるぐる回るんだよ」
「あれは、あれは!?」
「海賊船ね、よく組み立てたわね……」
「ねえねえ、あれはっ!?」

 遊園地に慣れていないのか、零は声を張り上げて質問ばかりを繰り返す。その様子が何だか小さな子供のようで、シュラインは吹き出してしまった。いつもなら小さく頬ぐらい膨らますだろうに、今日はそんなもの気にも留めない。淡いランプの明かりに照らされて、ただひたすらに、キョロキョロと辺りを見回している。足元を通る小さな楽隊に驚き、しゃがみ込んで眺めれば、たちまちに彼女の周りを小人が囲む。小さな楽器が奏でるのはジングルベル、零は、本当に小さな子供のようにはしゃぐ。

 彼女が小さな子供だと言うのなら、その保護者の自分達は何だろう? ちらり、シュラインは傍らの草間を見上げてみる。流石に場にそぐわないと思ったのか、煙草は咥えていなかった。手に持っているのはキーホルダー型の携帯用灰皿である、喫煙者のマナーを守るのは良いことだ。辺りを見回し、細く細く聞こえたのは溜息――嘆息。くす、と笑みを漏らせば、訝しげな視線を向けられる。

「何だ、笑って」
「だって……ふふ。武彦さんも、ドキドキしているんですもの。年甲斐ないわよ、こんなところで」
「良いだろうが、珍しいもんは珍しい。零だってあんなにはしゃいでるんだからな」
「零ちゃんは慣れてないもの、良いんじゃないかしら?」
「俺だって慣れてないさ」
「まあ、――こういうところに出掛けた事は無いわね」

 遊園地でデートなんて、十代の若い子じゃあるまいし、そうそうするものでもない。いや、それ以前に誘ったところで行きたがらないだろう、この偽ハードボイルド探偵さんは。くすくす、シュラインは笑いを収めない。零は小人に引っ張られてパレードに向かっている。腰を屈めてぱたぱた走る姿が可愛らしい。
 特別可笑しいわけでもないはずなのに笑いが込み上げるのは、場に満ちている空気や音が優しいから。そしてその優しさが浸透してきて、楽しさになっていくから。だから名探偵だって心を躍らす、勿論、自分だって。
 楽しんであげるのがお代だというのなら、めいっぱいに楽しんであげなければ。
 そんなものは、遊ぶための建前なのかもしれないけれど。

「ね、私達も遊びましょうよ武彦さん。本当、こんな機会なんて滅多にないんだから」
「いい年して遊園地ってのもなぁ……」
「あーら、楽しそうにしてるくせに。たまには童心に返ったってバチは当たらないのよ? まあ、突然『わーい遊園地だー、ポップコーン買って、アイス買ってー!!』なんて言い出したら……流石に突っ込むけれど」
「いや、しないから。むしろ人の声を模写してやるな」
「ちなみに突っ込む際は便所スリッパとハリセンのどっちがお好み?」
「どっちも御免だ」
「私のオススメは金ダライなんだけれど、黒板消しって言うのも捨て難い……」
「話を聞け!!」

 …………。
 くふっ、と二人は笑い出す。

「行きましょ?」
「ああ」

 賭けのように手を差し出せば、当たり前のように取られる。握られた手は熱を持って熱い。外気に対抗して身体が発熱している所為なのか、それとも、照れているのか。心音を聞きながらシュラインはクスクスと笑みを漏らす、舞台の上に乗せられた零が小人達に遊ばれて笑っている声が聞こえた。

 あちこちで沢山の音が聞こえる。小さな足音、小さな楽隊。パレードにはお姫様や王子様の仮装をした小人達の姿も見える。同じように誘われたのか、人間の姿もあった。彼らもみな、楽しんでいるのか――心からの笑みを零している。おどけた小人が笑いを誘い、楽しさの結晶が、溢れていくような。それは御伽の世界のようなのに、今ここに現実として存在している。夢のように、現実が。
 コーヒーカップはソーサーを離れて空中を回る。観覧車は傾いて水平になっていた。海賊船は公園の上をゆらゆらと航海中、回転木馬は、広場を闊歩していた。何かがずれている遊園地なのに、それすらも笑いを誘い出して楽しませる。

「ね、これって生きてるのかしら、回転木馬さん」
「さてな――体温は無い、ようだが」
「ふふ、よろしくね?」

 首を撫でれば冷たく固い感触が指先に伝わる、だがそれはふるりと震えて鼻先を擦り付けて来た。さて、メリーゴーランド経験はあるが乗馬経験はない――クスクス、シュラインが笑うと、木馬は膝を折り曲げる。タイトスカートであることを考慮してくれたのだろう、彼女はその背中に横座りになった。だが木馬は立とうとせず、ジッと草間を見上げている。
 乗るつもりが無く眺めているだけだった草間は、一瞬ポケッとした顔を見せた。シュラインは何だか可笑しくて、止まらない笑みをまた零す。

「ね、武彦さんにも乗れって言ってるみたいよ?」
「……流石の俺も乗馬経験は無いぞ、ホームズじゃないんだから」
「大丈夫、きっとこの子がリードしてくれるわ」
「ほらほら兄さんさっさと乗って、お代はちゃんと持ってるかい? キャンディ一粒頂くよ、それじゃあ行ってらっしゃい見てらっしゃい!」
「ッぅを!?」

 ぺいっと小人に膝を蹴られ、草間が木馬に尻餅を付く。機を見計らったように立ち上がったそれが、ふわりと空気を蹴った。振動を与えないように地面すれすれを飛行する木馬は、公園内を一周する。それは激しく大規模な、メリーゴーランド。
 狭い鞍の上、後ろに乗っている草間が落ちないように馬のたてがみを掴めば、自然二人の距離は狭まる。このぐらいの距離は今までにも経験しているが、それはそういう気分の時だからであって、こういう場面にはあまり慣れていなくて。おまけにここは二人っきりだというわけでもなく、小人も人間も沢山いる――わけで。
 なんとなく頬を赤らめて無口になれば、元々無口な草間は常よりも押し黙っている。心音に耳を澄まそうとしても、自分の内部の音ばかりが耳に付いた。血流の速さ、心音の速さ、耳を聾して、何も聞こえなくなりそうな錯覚。触れている体温が篭って広がっていく感覚。十二月の外気に冷やされていたはずの革のジャケットは、もう、熱い。火傷でもするかもしれない。

 零が腕を振っているのが見えて、ぎこちなく笑って手を振り返す。草間は微動だにしない。
 見上げれば、それは幻かもしれないけれど。
 夜を照らす淡いオレンジのランプの悪戯かもしれないけれど。
 困ったように口元を引き結んで、僅かに頬を染めている、表情が。
 見えた気がして――シュラインは、笑い出す。
 草間が何か言い掛け、だが結局そっぽを向く。
 小人達が、そんな彼らを見守っている。
 ぱたぱたぱたぱた、足音が響く。
 心音よりも小さな足音が、辺り一面で響いている。

「……おかしいわね」
「なんだ?」
「うん。随分遊んで、そのたびにキャンディを支払ってるはずなんだけれど……全然減っている気配が無いの。むしろ、増えてる?」
「ふん? 気のせいじゃないのか?」
「まあ、武彦さんは口が寂しくて片っ端から食べてるからそう感じないかもしれないけれど」
「ハッカ好きなんだよ」
「へぇ、かーわいい」
「バカにしてないかお前」
「ううん? たまにはこういうのも良いなあって」
「ったく、何が――」
「……下り坂、来るわね」
「……夜だと、中々怖さ倍増だな」
「……手、繋いで良い?」
「……爪、立てるなよ」

 頂点に達した車両が、一気に落ちていく。
 ジェットコースターのレーンは上昇分しかない。頂点に達したら最後、空気の中を滑っていく。夜の闇の中、レーンが無い所為で次にどんな動きをするのか判らない。否、むしろ車両を引っ張っていくブリキのトナカイの気分任せになっているような気がしないでもない。
 とんだサンタクロース気分だ。スリルのために先頭近くを選んだのは、実は激しい冒険だったのかもしれない。沢山の悲鳴が聞こえる、だが、心地悪いものではない。風圧に眼を閉じると、繋いだ手がこわばっているのが判った。この人は案外こういうのに弱いのか? いや、自分も強くは無いのだけれど。そう思うと、次のアトラクションも絞られてくる――トナカイが鈴を鳴らす、シュラインは目を開けた。
 下界では、お祭り騒ぎ。
 天空では、絶叫が。
 ゆったりとした飛行、思わず息を吐く。草間の顔はぷるぷると強張っていた。心臓は16ビート、まるでウサギのような速さ。浮いていた冷汗が夜気に晒され少し身体が冷える感覚があって、小さく身震いをする。やがて車両は――むしろソリは、停車場に戻っていく。

 硬く握っていた手を離すと、少しだけ寂しくて。
 だけで直後に被せられたジャケットは、暖かくて。

「……風邪引くわよ?」
「そこまでヤワじゃない」
「さて、と――そろそろ時間も時間だしね。観覧車に乗って、おしまいにしましょっか?」
「そうだな、零はどうする?」
「んー、楽しそうだし、……それに」
「それに?」
「もう少しデート気分を味わいたいかも」

 くすくす、漏らされた笑いに、草間はそっぽを向いて真白な溜息を零す。

 観覧車乗り場までの道は、ゆったりと歩いた。遊具を囲む柵は小さくて蹴飛ばせてしまいそうだが、どこも乱暴にされた気配はない。楽しい場所として機能していれば、柵なんて、ただの目印にしかならないのだろう。
 手摺りを見れば細かい細工が施されてある、壁画のように。妖精の絵。オベロン、ティターニア、ロビンにパック。『真夏の夜の夢』の面々だ。タイトルはどうも季節を真逆にしているが、もしかしたらこの小人達は南半球から来たのかもしれない。考えて、シュラインはやっぱり笑みを漏らす。

「小人達が組み立てた、広場の全てを異世界に。小人達が組み立てた、僕らの町を異世界に……」
「まあ、確かに異世界だな、これは」
「知ってる場所のはずなのに、まるで知らない場所みたいね」
「本当に」

 ゴンドラに乗れば、ふわりとそれは浮かび上がる。
 ゆったりとした動きで、天に近付く。
 星空が、迫っていた。
 手が届くほど近くに。

 戯れに伸ばした手に、星が、落ちる。

「――――え?」

 冷たい星。
 それは雪の粒。
 ふわふわと降り注ぐ。
 ホワイトクリスマスを、滑り落ちる。

「ね、武彦さん」
「ん?」
「メリークリスマス」
「……メリークリスマス」

 なんとなく重なる影が、空に浮かぶ。
 両腕を広げて雪を見上げていた零は、くすりと笑った。

「はいはい、お帰りの際はキャンディの袋を返してくださいな。沢山沢山増やしてくれてありがとう、素敵なお代をありがとう。素敵な心はいつでも甘い。俺達は甘いものが大好きさ。その内に屋根裏を騒がすかもしれないけれど、許してくれるとありがたい。ケーキの欠片でもくれたら嬉しいよ。ありがとう、ありがとう。またいつか会おう、お嬢さんお姉さんお兄さん」

■□■□■

「、っと」

 焼き上がった生地を溶かしたバターの中に一気に沈める。ここでバターをケチッてはいけない、風味を出すためにはボゥル一杯分でも足りないぐらいなのだから。ぽこぽこと浮かんでくる泡の加減を見て、穴あきおたまで掬い上げる。網棚に置いて少し冷まし、粉砂糖を茶漉しで掛ける。
 並んだケーキが三つ。余ったバターで身内分を作って、やっとおしまい。
 額の汗を拭うシュラインを見て、草間が首を傾げた。

「……何やってんだ、そんなに作って」
「ん? 武彦さんも食べる、シュトーレンっていうケーキなの。結構日持ちするからね、興信所のお茶請け用と、身内用と」
「それにしたって多すぎだろうが」
「良いのよ。屋根裏に置いておけば、明日の朝には無くなってるわ」

 ちたぱたっ。
 天井で音がする。

「ね?」

 切り分けられたケーキを摘まんだ草間が、小さく苦笑を漏らした。



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

0086 / シュライン・エマ / 二十六歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 こんにちは、こちらでもクリスマスのご依頼頂きありがとうございました、ライターの哉色です。じつは興信所で作るケーキの候補にシュトーレンもあったので、偶然にほんのりと驚いていたりでございます(笑) プレイングに沿いまして、草間氏も参加という形になりました。零ちゃんはおまけで? 他のお話と矛盾しないように、パーティ後ということで。クリスマス後というのも微妙な納品なのですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。それでは失礼致しますっ。