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<東京怪談ノベル(シングル)>


『The sunrise on New year's Day』


 バイトが終了した。
 大晦日の夜、お年玉だと笑いながら雇い主から渡された200円ぐらいの鏡餅のキーホルダーをズボンのポケットに突っ込みながら、俺、藍原和馬は店から外に出た。
 ほんの少し欠けた月とオリオン座が深海かのように深い藍色をした夜空を占領している。
 ガンガンに暖房が効いた部屋にしばらく居たせいですっかりと火照った素肌に夜気が持つ冷たさは心地良かった。
 肺を満たす夜の空気が、どこか静謐で厳粛な……まるでどこかの神社仏閣にいるかのような感じを覚えさせるのは果たして今夜が大晦日である事と関係あるのであろうか?
 外灯の下で見た腕時計の針は23時59分から、00時00分を指した。
 その瞬間に数秒前までの昨日が去年となって、
 数秒前までは来年だった今日が、今年となる。
 季節の移り変わりは街の装いや木々の葉、そして自分の身につける衣服によって感じられるが、
 しかし12月31日から1月1日に切り替わる…今年が去年になるこの瞬間だけはどうにもしっくりとこなかった。
 その感覚のズレのような物に戸惑うと言うか。
 だけどほんのわずか数日で自分は体内にある時計のズレをきっちりと合わせて、それに何の疑問も持たずに生きていくのだ。
 多分、妙に去年となってしまった数分前の今日という名の昨日を懐かしみ、時と時との移り変わりに戸惑うのは、過ぎ去ってしまった時間に感傷的になってるだけ。
 自分が何を成したか?
 ――それを明確に見られないままに、時が移行してしまったから。
 ひょっとしたら俺が呪術によって永き時を生き長らえる、時間から切り離された存在であるから、余計に感傷的になってしまっているのかもしれない。
 サヨウナラも言わずに行ってしまった昨日。それはもうどんなに嘆いても戻ってくる事は無いのに。
 取り留めの無い考えは、心を縛り、引きずり込む。深き深淵の闇へ。
「参ったな」
 そう言えば体内時計のズレを直すのに最良なのは日の光を浴びる事だ、と前に教えてもらった事があったのを思い出す。
 初日の出の光を浴びれば、俺の中にある体内時計の時間のズレも直るかもしれない。
「年甲斐も無くガキに混じって日の出族になるのも悪くは無いかもね」
 と、言いながら富士山とかを目指すようなマネはさすがにしない。
 車のダッシュボードの上に鏡餅のキーホルダーを乗せて、俺はキーをさして、ブレーキとクラッチを踏み込んで、エンジンをかける。
 夜闇にたゆたう沈黙を引き裂いたのは俺の車のエンジン音だ。
 ギア―をチェンジさせて、クラッチからアクセルに右足をタップダンスを踊るように移動させて踏み込んで、車を発進させる。
 闇を切り裂く車のヘッドライト。
 その先に照り出される場所に車を走らせる。
 場所の当てはあった……



「藍原さん、もうバイト、あがりですか? だったらもしもよかったらドライブに連れて行ってもらえませんか? ちょっと見たい風景があるんです」
 それは前のバイト先での事。
 彼女は同じバイト場で働いていた短大生の女性で、笑顔がとても素敵な女性だった。その笑みに俺もよく救われたものだった。
 だけどそう言った彼女の顔に浮かぶ表情が無理をしているのはだからこそ丸わかりで、とても心が痛くって、
「ああ、いいよ。じゃあ、その場所までナビしてくれる?」
「はい」
 そしてこれまで彼女の笑みに救われていたからこそ、俺は彼女を彼女が望む場所に連れて行ってあげたいと想った。
 彼女が行きたいと行っていた場所はバイト先から車で数時間の場所にある高台だった。
 そこから望めるのは街と海。
 時刻は夜で、
 夜闇の中に浮かび上がる街の光と、
 海岸線に浮かぶ船の明かりは散りばめられた宝石の輝きのようで、
 見ていて心が和んだ。
 思わず指が触れそうに想えるその光に手を伸ばすと、隣で彼女も同じ事をやっていて、俺と彼女は顔を見合わせて笑いあった。
 そこは彼女と彼女の彼氏との思い出の場所なんだそうだ。
 二人ともこの場所が大好きで、よく来ていて、だけど二人は別れてしまって。
「嫌いにはなりたくなかったんです。彼の事を」
 彼女は目の端に涙を溜めながら言った。
「嫌いになってあたしたちは別れた訳じゃないから。だからここに来たかったんです。ここにはたくさんの想い出があるから。ここからの眺めがすごく好きだったから」
「そうか」
 そしてそのまま俺と彼女は車の中からずっとその高台から見える風景を眺め続けた。彼と彼女の物語を聞きながら、喋りながら。



 高台へと到着した。
 車のエンジンを切って、ハンドルに前のめりにもたれながらフロントガラスの向こうの風景を見つめる。
 あの日そうしたように。
 世界は白み始めて、朝日が昇り始める。
 車外へと出て、朝の澄んだ清浄な空気を胸に吸い込みながら、俺は自分の中にあった焦燥のような物が拭われていくのを感じる。
 一年の始まりの日の朝の光に体内時計が調節されていくのと、
 それと思い出したから……
 ――ああ、これまでも何度もこうやって日の出を見てきたな、って。
 そう、この日の出を見るのは何度目だろうか?
 時から切り離された俺は永き時を生き長らえてきた。だから日の出だってもう何度も見つめ続けてきた。
 数すらもわからなくなるぐらいに。
 時には荒れ果てた大地で、乾いた埃臭い空気の中で見つめたし、
 時には波に揺れる船の上で、潮風に吹かれながらすぐそこにあるような日の出を見た。
 ひとつを思い出せば、次々と見つめ続けてきた日の出の風景が思い出されて――
「俺が変わらずにいるように、おまえも変わらないんだな」
 太陽はいつもそこにある。
 何度も見つめ続けてきた日の出の輝きは変わらず、
 人々を照らし続ける。
 今年も、来年も、ずっと。
 未来という名の今日を。
 だったら俺も、今日を生きよう。
 日の出が、太陽が輝いた、照らした今日が、確かな過去として俺の中にあるように、
 俺もその日を生きれば、それが過去となり、確かな歩いてきた道を作るから。
 そんな物想いにふける俺の意識を外側に向けさせた携帯電話の着信音。
 折りたたまれた携帯電話を開いて、着信したメールを呼び出せば、画面に表示されたのは、


 A Happy New Year!


 の文字。
 俺は無意識に溢れ出す感情を唇の片端だけを吊り上げるという行為で表現すると、日の出を背に歩き出した。


 ― fin ―


 ++ライターより++


 こんにちは、藍原和馬さま。
 はじめまして。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。



 プレイングでは嬉しいお言葉をいただけてありがとうございます。^^
 少しでもそのお気持ちにお応えしたくって、がんばらせていただきました。
 お寄せくださったプレイングがとてもクールでカッコ良かったので、その雰囲気を壊さずにちゃんと出せるようにと想いながら書いたのですが、PLさまがプレイングに込めた想いを壊していないと良いのですが。
 和馬さんの心の姿勢は本当にカッコ良くって、僕もこうありたいなーと想いました。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にご依頼ありがとうございました。
 失礼させていただきます。