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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


五円託


 新年、というだけで心躍る気持ちは仕方がない。
 何しろ、今まで使っていた西暦だって一つ数が増えるし、カレンダーだって新しいものをびりりと破らなければならない。
 お正月ともなれば、更に心は跳ね上がる。色とりどりのおせち料理に、真っ白なお餅の入ったお雑煮。外に出れば羽根突きをしたり、独楽を回したり、凧をあげたりして。家の中でもかるたをしたり、福笑いをしたり、すごろくをしたり。テレビをつければ、お正月特番をひっきりなしにやっている。
「……すごいのー」
 ほう、と妙に感心しながら藤井・蘭(ふじい らん)は言った。大きな銀の目をきらきらを輝かせ、テレビを一心に見ている。
「あれだけ、にゃんじろーがないからいやだって言ってたのにな」
 蘭の持ち主はそう言って蘭を撫で、苦笑した。蘭は緑の髪をくしゃりとなでられ、えへへーと笑いながらテレビを指差す。
「凄い人なのー」
 テレビに映し出されているのは、神社に向かう参拝客の姿であった。持ち主はこっくりと頷き、それから時計を見た。
「蘭は今から、その凄い人のところに行くんだぞ」
「ほえ?」
 いまいち分かっていない蘭に苦笑しつつ、持ち主は続ける。
「今から、初詣に行くんだろう?」
「はい、なのー」
 蘭は元気良く答えてから、あっと気付く。テレビでやっている参拝を、自分がするのだという事を。
「どうしよう。僕、迷子になるのー」
「大丈夫だよ。一人じゃないし……何かあれば、電話すればいいから」
「んー……分かったのー」
 蘭は心配そうに、だがこっくりと頷いた。持ち主は微笑み、蘭に赤いマフラーを巻いてやる。蘭はそれにあったかそうに顔をうずめた。
「そうだ、蘭。あれはちゃんとリュックに入れたんだよな?」
「ママさんから貰ったものー?それならちゃんと入れたのー!」
 確認をする持ち主に、蘭は胸を張って答えた。えっへん、という声が聞こえてくるかのようだ。それを聞き、持ち主はこっくりと頷いてから再び時計を見た。そろそろ出かけなければ、待ち合わせ時間に間に合わなくなる。
「じゃあ、気をつけていくんだぞ」
「分かったのー!」
 持ち主の言葉に、再び蘭は元気良く返事をした。そして、初詣を一緒にする相手である、藤井・雄一郎(ふじい ゆういちろう)との待ち合わせ場所へと向かうのだった。


 雄一郎は待っていた。目印である銅像は、以前にも待ち合わせに使った事のあるものと同じだ。
(前と同じ銅像なんだから……大丈夫だよな)
 雄一郎は茶色の髪をがしがしと掻きつつ、翠の目で小さな姿を探した。
(大丈夫だ、前だって元気にやって来たじゃないか)
 雄一郎はそう思い、自分に言い聞かせる。大丈夫なのだと、何度も何度も。
(そうだ、俺は蘭を信じているぞ!)
 ぐぐぐ、と雄一郎は拳を握る。本当は駆け出して蘭の姿を探し出したいのだが、それをぐっと堪えてただただひたすらに待ち続ける。
「それにしても、遅いな」
 ぽつり、と雄一郎は呟く。約束の時間は、今から約10分後だというのに。雄一郎は「もし蘭が早目にきて、俺がいなくて、泣いてしまったら可哀想だ!」という理由から、妻が止めるのも聞かずに2時間前からこの銅像の前で待っているのだ。尤も、待っている間中蘭と一緒に初詣に行くシチュエーションを考えていたり、その後何処に行こうかと店を頭の中でピックアップしていたり、そういえば娘達は相変わらず可愛いんだろうなぁだとか考えていたりしていたので、時間はあっという間に過ぎていってはいったのだが。ここにきて、ようやく「自分は長い時間待っている」という事実に気付いたらしい。
「……もしや何か事故にでも遭ったのか?」
 雄一郎は、はっとしながら呟く。ピーポーピーポーと鳴り響くサイレン。うわーんうわーんと泣き叫ぶ蘭。おろおろしている通行人たち。駆けつけて「蘭!」としきりに叫ぶ娘の姿。それらが瞬時に頭の中に浮かんでくる。
「……パパさん」
 蘭の声がする。泣きながら俺の名を呼んでいるのだ、と思うと涙が出てきそうになる。
「パパさーん」
 俺を呼んでいる、助けを呼んでいるのだ。雄一郎はぐっと涙を堪え、ここら辺で一番近い病院は何処だったかを思い浮かべ始める。
「パパさんってば!」
 ぐい、と袖を引っ張られ、漸く雄一郎は現実世界に帰ってきた。はっとして見ると、蘭が大きな目でじっと雄一郎を見上げていた。雄一郎はぱあっと顔を明るくし、蘭を抱き上げる。
「蘭、あけましておめでとう!」
「おめでとーなの、パパさん」
「無事に来れて本当に良かったな!うんうん、無事で何より」
 妙に感動している雄一郎に、蘭は軽く首をかしげながらも「はい、なの」と答えた。
「じゃあ、初詣にレッツゴーだ!」
「れっつ、ごー!なの」
 二人は声をそろえ、神社へと向かうのだった。


 神社は参拝客で賑わっていた。一人一人が小銭を握り締め、願い事を胸に賽銭箱へと放つ。蘭と雄一郎もその人ごみを掻き分け、手を繋ぎながら神社の境内へと突入した。そしていよいよ詣でる時、雄一郎は財布を取り出した。
「ほら、蘭。これを賽銭箱に投げ入れるんだぞ」
 雄一郎はそう言い、蘭に五円玉を渡す。
「何で五円なの?」
「それはな、良いご縁がありますようにっていうおまじないだからだ」
「だじゃれみたいなのー」
「……そうとも言うな」
 鋭くやんわりと突っ込んできた蘭に、雄一郎は苦笑しつつ返す。そして二人は賽銭箱に向かって五円を投げ入れた。雄一郎はパンパンと手を叩いて合わせ、願い事をする。それに倣って、蘭もぱちぱちと手を叩いて合わせた。しばらくして蘭は目をぱっちりと開けて雄一郎の方を見たが、まだ雄一郎は一心不乱に何かを願っていた。耳を澄ますと、ぶつぶつと何かを呟いているようだ。
「……パパさん?」
 またか、といったニュアンスを含みながら蘭は問い掛ける。が、雄一郎はまだお祈りをしている。神主も困ったようにじっと雄一郎を見ている。
「パパさんってば!」
 蘭は何度も呼びながらぐいぐいと袖を引っ張った。そこで漸く雄一郎は目を覚ます。
「……流石に老人ホームはきっついな」
 ぽつり、と雄一郎が去り際に呟いたが、蘭は気にしないことにした。気にしない方がいいような気がして、ならなかったから。
「そうだ、蘭。せっかくだから体を暖めて帰るか」
「暖める?」
「そう。その名も……お汁粉天国!」
「おしるこ?」
「そう、お汁粉!」
 雄一郎の言葉に、蘭の顔がぱあと綻んだ。雄一郎は明るくなった蘭の顔に、何度も頷いてからお汁粉の店に向かった。再び、手を繋いで。
「お汁粉はあったまるぞー。甘いし」
「僕、おしるこ好きなのー」
 そうこう話しながら歩いて5分もしないうちに、その店についた。昔の情緒が溢れてきそうな、どこかしら懐かしい雰囲気を持っていた。暖簾をくぐり、雄一郎は「お汁粉を二つね」と注文する。
「それにしても、蘭は随分頼もしくなったなぁ」
 出されたお茶を飲みながら、しみじみと雄一郎は微笑みながら言う。
「本当?」
 蘭は熱いお茶をふうふうと冷ましながらそう言うと、雄一郎は大きく頷く。
「本当だとも!……ああ、こうしてどんどん大人になっていくんだよなぁ」
 雄一郎はどこか遠くを見るように目を細める。
「思えば、娘達もどんどん大きくなっていったよ。ほら、うちの娘達は可愛いだろう?気付けばどんどんと大人になっていってな。……いや、それが悪いという事ではなく寧ろいい事なんだ。でも、見守っている方としてはどんどん変わっていく娘達を見ているというのはどうにも……」
 雄一郎は話しながらだんだん目を遠くし、言葉もどんどん小さな声になっていった。蘭は雄一郎が妄想モードに入っていった事に気付き、ぷう、と頬を膨らませた。本日三度目なのである。仏の顔も三度までというけれど、蘭の限界は二回までである。三度目は流石に許されないと思われて仕方がない。
「そうなの」
 蘭は呟き、クマのリュックから何かを取り出した。それは雄一郎の妻から、つまり持ち主の母親から持たされたお手製のハリセンであった。それを渡される時、にっこりと笑って言われたものだ。「妄想し始めたら、これでやっちゃいなさい」と。今こそ、それを実行する時である。「むしろ、いつでもやっていいのよ」とも言われていたのだし。
 蘭はこっくりと頷き、力を込めてハリセンを振りかざす。……ぱしーん!すばらしいことに、クリティカルヒットである!叩かれた雄一郎は、一瞬呆気に取られながら蘭を見つめてきた。蘭はハリセンを握り締めたまま、再びぷう、と頬を膨らませる。
「パパさんは、いっつもそうなのー!」
「……ははは、すまんすまん」
 帰ってきた現実に、雄一郎は謝った。
「もう、めっなの。駄目なの!」
「うんうん、気をつけるよ」
 叩かれた場所を摩りながら雄一郎はそう言った。そうこうしていると、お汁粉が湯気を携えてテーブルに運ばれてきた。置かれた途端、ふわりと小豆の甘い匂いが漂う。
「おいしそうなのー」
「美味しいとも!熱いから気をつけるんだぞ」
「はい、なの」
 二人は手を合わせて「いただきます」を言い、揃って食べ始めた。暖かな液体が体の中に入っていき、内側から暖めていく。
「おいしいのー」
 蘭はそう言い、にっこりと笑った。雄一郎もつられて笑い、二人して顔を合わせて笑い合った。あふあふと熱いのを冷ましながら。
(幸せだな)
 雄一郎はしみじみと思う。目の前でお汁粉を食べる蘭も感じているだろう。おそらく帰り道は、雄一郎と蘭は互いに微笑み、話しながら手を繋いでいることだろう。口から出る息は白く、外の空気は頬を冷たくなでているのだろう。だが、体の内側はほんわりと温まっているはずだ。お汁粉の効果も勿論の事、体の内側には温かさが蓄えられているから。
「パパさん、おいしいのー」
 蘭は再びそう言い、幸せそうに微笑んだ。雄一郎も「そうだな」といい、同じように幸せそうに微笑んだ。
 迎えた新たな年が、温かく幸せな始まりを迎えられた良きご縁を、心から感じながら。

<良きご縁を五円に託し・了>