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草間さんの真剣お見合いクリスマス
「相変わらずむさくるしいとこで仕事してるのね〜。引っ越す気とかないの?」
暖冬とは言え、世の中はカレンダー通りにきっちり動いている。時は師走。今年もあと半月を残すのみとなった。商売をやっているところはどこも必死になるこの時期でも、草間興信所はいつものように閑古鳥が鳴き叫んでいる。
だが、別に草間 武彦も草間 零も事務所でする仕事がないわけではない。妹は兄に向かって、暇になるとは年末恒例の大掃除をしようと口がすっぱくなるほど言っていた。盆暮れ正月の決まりごとに関してやたらとやかましいのは零の習性といっても過言ではない。だが武彦は『客が来るかもしれない』と理由をつけ、それに一切手をつけなかった。適当にごまかされた彼女は隣でしかめっ面をしてみせる。
しかし唐突に玄関をノックする音が彼女の表情をほころばせた。ほれ見たことかと言わんばかりのしたり顔をする武彦は喜び勇んで玄関に駆け寄り、ドアノブをひねって勢いよく扉を開く。ところがそこに立っていたのは客ではなく、ただの中学生の女の子だった。しかもよく見れば、おてんばに輪をかけたアグレッシブオカルト少女の瀬名 雫ではないか。一銭にもならない客を招き入れてしまい、武彦は肩をガックリと落とす。一方の雫は挨拶も適当に済ませてさっさとソファーに座り、興信所内の乱雑さを見てその感想をいい散らかしていた。挙句の果てには、零から意味ありげな生暖かい視線で背後を突かれる始末。やることなすこと裏目裏目になってしまう武彦は半ばヤケクソになっていた。彼は仕方なく雫の向かいに座り、暇つぶしに彼女の相手をすることにした。零はそんな兄の姿を見るとそそくさとお茶の準備をし始める。
雫は部屋の文句ばかり言ってるのかと思うと、いきなり話題を変えた。
「草間さんは……今、三十路よね?」
「若いのに難しい言葉を知ってるんだな。だが、使い方を間違えるなよ。」
武彦の嫌味も雫には通じない。
「いや〜、見えないっ! ハードボイルドやってると、やっぱり年齢が若くなるのかしら?」
「……おい、何を企んでる。先に言っておくがな、お前に提供してやるようなオカルトなネタはないからな。」
「誰もそんなことお願いしてないじゃな〜い。やだっ、まさか草間さんってあたしのこと信用してないの!」
『してるわけないだろう』と呆れた顔で手と首を振る武彦。しかし雫は食い下がる。
「ということはぁ、どうせクリスマスは暇なんでしょ?」
「うちにクリスマスなんてものはない。ケーキも予約してないからな。クリスマスは年末イブと考えることにしてる。まぁ、これは零の考え方だがな。」
「よかった〜、予定ないんだ〜! もし偶然にも仕事とかが入ってたらどうしようかと思ってたのよ!」
「お前、人の話をちゃんと聞いてたか?」
どうやら自分は部屋に貧乏神を引き入れたらしい……武彦の中でその考えが確信へと変わるのはあっという間だった。嬉しそうに雫がポケットから差し出したプリントには、彼らの想像を絶するようなムチャクチャなことが書かれていた。武彦の顔は青くなったかと思えば、すぐに赤くなる。
「なんだこれは……『草間探偵とお見合いクリスマスパーティー』だと! いったい誰が俺に許可も得ずそんなことを企画した!」
「あたしあたし。」
「お前、なんでそんなつまらないことをしてくれるんだ! それにお見合いってなんだ?!」
「でも、もうあたしのネットで最新情報として流しちゃった♪」
「『流しちゃった♪』じゃない! それになんだこれは、なんで零もいることをこっそり強調してるんだ!」
「本当に草間さん狙いの女性だらけになったらかわいそうだな〜と思って。零ちゃんも結構お話好きみたいだし、実はここに出入りしてる人の中にもファンがいるんじゃないの?」
「そういうのを余計な気遣いというんだ! 俺はこんなパーティーなんかしないぞ! もういい、お前帰れ!」
子ども相手にムキになる武彦といい大人を使って遊んでいる雫。そんなふたりの大戦争をまとめたのはふたりにお茶を持ってきた零だった。
「兄さん、お世話になってる方たちとするのなら別にいいと思いません?」
「ほらぁ〜! 零ちゃんもああ言ってるんだから、お兄さん!」
「お前ら……好き勝手言いやがって。もういい、勝手にしろ。パーティーでも大掃除でも勝手にしろ! 誰がこんなとこのそんなことに首を突っ込むと思ってるんだ、まったく。」
「案外、真に受けて着飾った美女が来たりして。」
「ぎくっ……ぷいっ。」
横を向いてすねる武彦とは対照的に、前向きにパーティーの飾り付けなどを考え始める女性陣。これはもうやるしかなさそうだ。しかしいったい誰がこんな企画に参加するのだろうか……武彦はそんな奴の顔がちょっとだけ見たくなってきた。
武彦がそんな物好きが来るのを楽しみにしているうちに、あっという間にクリスマスを迎えた。情報は誰かに伝わっているのだろうか……まぁ、誰も来なかった時は興信所の慰労会にでも切り替えればいい。そんな軽い気持ちで妹の手伝いをする武彦。そんなのほほんとした彼とは対照的に、鏡の前で必死に髪を整える女性がいた。彼女はいわば武彦の身内であるシュライン・エマだ。指の爪も丁寧に切られており、すでに普段よりもオシャレ度がアップしている。いつもは興信所の事務員として働く彼女だが、今日はちょっと意味合いが違う。不意に自分が鏡に向かっている理由を思い出し、勢いよく肩を落とすのだった。
「雫ちゃんったら……知らぬこととはいえあんまりだわ。うーーー。」
シュラインは一ヶ月前、まさかこんなことになると思ってもみなかったので普通にクリスマスを過ごす準備をしていた。武彦にはキルトの膝掛け、零にはカーディガン。それらは煌びやかな包み紙で着飾って、彼女の事務机の中で息を潜めていた。プレゼントを渡すことはいつでもできるが、やはりクリスマスに渡したいというのが女心。しかしその日に限ってこんなにつまらない理由で武彦も零もいないというのでは、寂しいことこの上ない。彼女はそういう建前で、雫のセッティングしたお見合いパーティーに参加することを決めたのだ。もちろん本心は隠したままである。
準備は着々と進められていた。すでにクリスマス気分の雫は、かわいい三角帽子をかぶって鼻歌混じりに『散らからないクラッカー』などのパーティーグッズを机の上に並べている。部屋の中もいよいよクリスマスっぽくなってきた。しかし会場がセッティングされればされるほど、シュラインの気は重くなる。彼女は金銀に輝く飾りをカーテンレールにつけながら、武彦の何を聞こうかを考えていた。だいたい興信所の内情や収入、昨日のおかずまで知っているというのに、何を今さら改まって聞くことがあるのだろう……彼女の悩みは深くなる一方だ。シュラインは暖房の温度を調整しにエアコンに近づいたその時、予定時間よりもちょっぴり早く興信所の扉を開いた。
「お邪魔します〜。今日はこちらで……」
「メリークリスマスっ! よーこそ、三十路男のお見合いパーティーへ! どーぞどーぞ、奥へいらっしゃーいっ!」
威勢よく出迎えた雫のハイテンションについていけなかったのか、その女性はせっかく両手で持ってきた美しい花束をそのまま垂直落下させた。心なしか顔色も背後の景色も青くなったように見える……彼女は明らかに血の気が引いていた。
「ウソ……きょ、今日って、お、お、お見合い、なんですかっ……?!」
「だって、ネットにそう書いてあったでしょ?」
「ううっ。そ、そんなことは弟からまったく聞かされてな……」
あり得ないくらいおろおろし始める彼女を見て、さすがの雫も焦った。その様子を遠くで見ていた武彦がふたりの間に割って入る。そして女性の顔を確認すると、いつもと変わらぬごく普通の対応をし始めた。どうやら知り合いらしい。
「ああ、十里楠 真癒圭じゃないか。そんな顔するってことはなんだ、今回も弟にハメられたってところか?」
「そ、そうみたいですね……でも、え、ぇえっと草間さんには弟共々いつもお世話になっておりますし、わたしも確かに三十路ではあるんですが……」
「まっ、まさか本気のお客様?!」
はっと顔を上げるシュライン。しかし真癒圭はこの後、信じられない言葉を口にする。
「草間さんもご存知の通り、わたしは極度の……極度の男性恐怖症なんです。お願いです、今日も半径1.5メートルの中に入ってこないで下さいっ。お願いですからっ……!」
「目にうっすら涙を浮かべて懇願するなっ! お前のことはちゃんとわかってるよ。」
「え? 男性……恐怖症なの、真癒圭さん?」
この企画で絶対に来るはずのないキャラクターの女性に向かって、シュラインは本気で聞き直した。真癒圭の宣言したテリトリーに入った瞬間、彼女はパッと後ろに飛び退くが表情はまったく変わらない。それを見てシュラインは自分が女であることを思い出した。シュラインは少し顔を赤らめながら、ゆっくりと真癒圭の肩に手を置く。
「ほ、ホントなのね。それは……大変ね。」
「すっ、すみません。ですから今日は隅の方でこっそりお料理のお給仕でもしますね。そっちの方がお邪魔になりませんし……あ、そういえば弟に会費を持たされたんですけど、どうしましょうか?」
「会費なんていいのよ。ただ先にあなたの話が聞けてよかったわ。後のことは私たちに任せて。ちょうど台所は扉を隔てた向こうにあるのよ。部屋からかなり距離があるし、そっちにいた方がいろいろと都合いいかもね。じゃあ真癒圭さんも手伝ってくれる?」
「ええ、お気遣いありがとうございます。そこでこっそりお礼代わりにお見合いパーティーのレポートでも書かせて頂きますね。」
真癒圭は本業を活かした恩返しを約束すると、約一名を除いて大喜びする。
「ああ、そうだったな。真癒圭の本業は文章ライターだったな。」
「だったらそれ、うちのホームページにアップするからちょうだい!」
「楽しいパーティーの様子を書いて下さるなんて、素晴らしいですね兄さん。」
個々の反応を聞いた後、約一名が遠慮がちに口を開いた。
「そ、そんな無理しなくってもいいのよー。形に残るのもあれだし、その、あの……むぐぐ。あははっ。」
「……シュラインさん、なーんかいつもの調子じゃないわね。何かあったの?」
『あんたのせいよ、あんたの! あんたがそんなことさえ考えなきゃ、私がこんなに苦しむことはないのよっ!!』
苦悶の表情でなんとか心の声を押えこみ、薄っぺらい笑いでその場を取り繕うシュライン。すでにマイペースの真癒圭や雫のせいで自分のペースは乱れっぱなしである。パーティー開始前からこの調子で、果たして身が持つのか。何もかもが心配になりつつあるシュラインであった。
セッティングも終わったので、少し早めではあるが乾杯だけ先に済ませた。真癒圭と武彦は向き合ってはいるものの、その間にテーブルを挟んでいるのでかなり距離がある。とてもお見合いとは思えない状況を見て、シュラインはほっと一安心。だが、厄介事はクリスマスプレゼントとばかりにどんどん興信所へやってくる。今度は勢いよく入口の扉が開いたかと思うと、まず真癒圭がジュースの注がれたコップを持ったまま後ずさりして台所へと逃げていった。中に入ってきたのは男性だ。彼は真癒圭の存在に気づかないまま、草間たちにこの日だけの挨拶をする。
「メリークリスマス〜!」
「メリークリスマス〜♪ やっと話のわかりそうな人が来たねー、って男じゃない。」
「雫、お前が『男も来ていい』って宣伝したんだろう。よぉ、風宮。うちの金でメシを食いに来たのか?」
「正解です。それが目的ですからね。ところで下にいた怖くて奇妙なお兄さんたちもパーティーのお客さんなんですか?」
突然、風宮 駿が謎の言葉を発した。怖くて奇妙なお兄さんたち……あまりに表現が微妙すぎて心当たりがない。全員がはてと首を傾げた時、再び扉が開かれた。真癒圭は再び警戒のために後ろに下がる。
姿を見せたのはサングラスをした強面の男だ。しかし、彼はなぜか紋付袴で正装している。その滑稽さはまるでクリスマスを西洋の祭りと勘違いした江戸時代の侍のようだ。シュラインは思わず湿った視線を主催者に飛ばすが、相手は慌てて「仮装パーティーなどと触れた覚えはない」と釈明する。しかしその男、いや男たちは大マジメ。風宮が言った通り、複数の男がパーティーの中に入ってくるではないか!
「ね。言った通りでしょ?」
「バカ! のんびりジュース注いでる場合じゃないわよっ!」
「これって、や、ヤクザの出入り? そっ、それともお礼参り?」
ひとり台所の扉を閉めてわずかな隙間から様子と距離を伺う真癒圭。部屋の中にいた人間も皆、彼女と同じように警戒の色を強めていた。その時、ヤクザに導かれるようにして一番場にそぐわない姿をした女性が中に静々と入ってくる。彼女は文金高島田を着こなしてはいるものの、地毛であろうウェーブがかった赤髪をカツラでごまかすことをしていないから、そのギャップが激しいことといったらない。警戒はあっという間に解けたが、全員があっけに取られて何も言えない状況になってしまった。そんな中、武彦が苦心して声を出す。
「ジュジュよ。ジュジュ・ミュージーさんよ。お前、出はアメリカだろ。この中で一番クリスマスに理解があるんじゃないのか?」
「ヘイヘイ、草間サン。そこは言わない約束デス!」
「あ、怪しいっ……見るからに聞くからにっていうか、もうすべてが怪しいっ! もういろんな意味で『メリークリスマス!』って感じ!!」
「雫ちゃん。ここでヤケクソになったら負けだと思うよ……」
風宮のフォローもまったくフォローになっていない。それほどのインパクトが今のジュジュにはあった。その様子を事細かに書く真癒圭。その眼差しは真剣そのもの。どうやら彼女は本気でレポートを書くつもりらしい。そんな真癒圭の気迫が伝わったのか、どうしていいかわからない武彦の目にその姿が止まった。
「真癒圭、無理にネタを作る必要はないぞ。この出来事を面白いと思うかどうかはここにいる人間次第だからな。無理にレポートを仕上げる必要はないと俺は思うんだが……」
「わたしは十分に面白いと思いますよ〜。どうぞ、わたしに気にせず続けて下さい〜。」
「デ、お見合いダカラ、チャ〜ンとミーとユーの入籍届を用意したヨ〜!」
「あれ……ジュジュさん。もうこれ全部書いてあるじゃないですか。草間さんと自分の名……」
「えーーーっ! ウソでしょ、武彦さんっ? いつ書いたのよ?!」
「シュライン、驚くのは俺が先だ! なんだと……ジュジュ、ちょっとそれよこせっ!」
渡そうが渡すまいが結果は同じ。すでに草間の印がバッチリ捺印してある。しかも署名に関しては、草間が驚くほど自分の筆跡にそっくり。このまま出したら役所は簡単に受理してしまうだろう。そしてさらに真癒圭から意外な事実が報告された。
「草間さ〜ん、外に空き缶をいっぱい引いた黒塗りの高級車が待機してますよ〜。その方、本気なんじゃないでしょうか〜? カキカキ。」
「そんなこと解説しなくてもわかってる! こいつはいつもそうなんだ!」
「本気っと……メモメモ。」
「そこまで書くなっ!」
「ダイジョウブよ。既成事実もバッチリできてるネ!」
ジュジュがそう言ってばら撒いたのは何枚かの写真だった。雫がそれを見ようとするが、先に内容を確認した風宮が慌てて取り上げる。
「あーあーあーあーっ! ダメダメダメダメダメっ!」
「あーーーっ、なんであたしはダメなのよっ!」
「逆なの! 君だからダメなの! 子どもには刺激が強すぎるから!」
「た、武彦さん。これ……」
シュラインは全身の血の気が引いた。そこには武彦とジュジュがいちゃいちゃしているシーンが写っていたのだ。だが、意外にも彼女は冷静。同じく武彦も冷静。慌てているのは風宮だけ。騒いでいるのは雫だけ。零にいたってはどこがどう問題なのかよくわかっていないようだ。武彦とシュラインは苦笑しながら写真を指差して話し出した。
「ジュジュよ、これまたわかりやすい合成写真だな……これのどこをどうツッコんだらいいのか俺にはわからん。」
「あんたねぇ、子どもでももうちょっとマトモなウソつくわよ……」
「みんなソンナ顔しないデス! これは持参金の一部ネ!」
「うわ、分厚い封筒だ……ちょっと失礼。うわっ、全部一万円札だ!」
「うっそ! 草間さん、あたしに2枚ちょうだいっ!」
武彦たちを無視して風宮と雫は大いに盛り上がっていた。シュラインは無意識にそれを取り上げ、中の枚数を真剣に数え始める。台所では一緒になって真癒圭もシュラインの手の動きと一緒に首を上下させていた。しかし、当の本人はまったく金に興味を示さない。それどころかジュジュの熱い視線から目を背け、ぷいと入口の扉の向こうを見ていた。すると、いいタイミングである男が勇ましく入口から駆けこんでくる。彼は四角い箱を小脇に挟み、ジュジュの隣に立って元気よく挨拶する。
「おーっ、ドウドウ。俺、ドウドウ。遅くなって悪かったな! 真・聖堂騎士団第17師団筆頭のフォルケン・ラハーニム・ハイデン、ここに見参……ってなんか俺ってもしかして場違い??」
「う〜〜〜ん、そうでもないよーな気がしないでもない。」
「なんだか微妙な判定だが、まぁいいだろう。ありがとう、そこの少女。ところで今日はお見合いパーティーじゃなかったのか。これじゃあ、まるで事後じゃあないかぁ?」
「フォルケン、なかなかいいツッコミだ。」
「う、ウウーーーン……」
いい感じに水を差したフォルケンに向かって最大級の賛辞を送る武彦。すでにジュジュの押せ押せムードはそこにはなかった。だがこのままおめおめと帰るわけにはいかない。ジュジュは様子見がてら、このパーティーに参加することにした。取り巻きのヤクザを部屋から出し、とりあえず草間の隣に陣取る。シュラインは客が多くなったのを見ると、台所に向かって歩き出した。そしておもむろに扉を開くと、そこにはペンを片手に持って熱心に今までの出来事をまとめている真癒圭の姿があった。彼女は一瞬ビクッとして持っているものを落としそうになったが、相手がシュラインだとわかるとほっと溜め息をつく。
「お疲れ様です、いろいろと。」
「お疲れ様よ、いろいろと。真癒圭さん、ちょっとだけ料理の手伝いしてくれない?」
「いいですよ。ちょっと肩がこってきたところでしたし……」
気になるセリフを連発する真癒圭を見ながら、シュラインは冷蔵庫から材料を取り出しながらも話を続ける。
「やっぱり……今日の出来事はレポートにするの?」
「遠くから拝見してましたけど、とっても楽しそうですよ。きっと文章にしても楽しいかと〜。」
「そ、そうね。きっと当事者以外は楽しいでしょうね……うう。」
「どうかなさいました?」
「い、いえ、別に。ところで真癒圭さんはどうなの。好きな人とは言わないけど、憧れの男性とかって……いないの?」
「えっ、そんな、別に……いるも何も……その……えっと……」
シュラインは話題の転換も兼ねて興味本位の質問したのだが、真癒圭は端から見て面白いほどおろおろし始めた。こんな反応をされてはシュラインが困ってしまう。気を取りなおして、シュラインはいい方向に話を持っていこうと努力した。
「何もそんなことで気に病むことはないわよ。彼氏とか彼女がいるから勝ちって訳でもないしね。いたらいたでね、苦労することもあるし……」
「そうなんですか〜?」
「見てたらわかるでしょ。」
あまりにももっともな答えに真癒圭は小刻みに何度も頷く。その時、ふと思ったことを口にした。
「シュラインさんって、もしかして草間さんのこ」
「改めてこのタイミングで言われると、正直とんでもなく恥ずかしいわ……」
あまりにも恥ずかしいことを言われ、仕方なくシュラインは彼女の言葉を遮った。今度は大きく何度も頷き始める真癒圭。もしこれを口にしたのが彼女でなかったら、今ごろどうなっていただろうか。想像もつかない。その後はふたりで楽しく雑談しながら、せっせと料理を作り始めたのだった。
パーティーの席では武彦がフォルケンに遅れた理由を聞いていた。シュラインと同じく、彼も自分の都合でその場の流れを変えたかったのかもしれない。
「ああ、俺は先に『真・聖堂騎士団』のミサとパーティーに参加してたからな。それで遅れたんだ。」
「お前はクリスマスらしいことちゃんとしてて、本っ当に羨ましいな。俺も見習いたいよ。」
「おっと忘れるところだった。これ、お裾分けって訳じゃないけどプレゼント。大人気ギャグアニメ『アメリモムーチョ』の限定DVD-BOX! 定価で12万円もするんだぜ〜。ジャパニーズはみんなアニメが好きなんだろ? まー、もちろん俺もアニメは大好きさっ! さっそく見よう見よう!」
傍目に見るとスベったかのような雰囲気で武彦は『失敗したかな?』と心配したが、ここには運よく現役中学生が混じっていた。雫はフォルケンの話題に対してごく自然に反応する。
「よく買えたわね〜。それ、なかなか手に入らないって話なのに……あたしそういえば第6話あたりを見逃してるんだっけ。そのくらいになったら呼んでくれるぅ?」
「アニメって……絵が動くマンガでしょ、兄さん?」
「久しぶりにちゃんとしたアニメの言葉の定義を聞いたような気がする。零、それであってるぞ。」
「そのアニメを頂けるのなら、うちに来る小さな子のために大事に置いておきましょうね。」
「おっ、建設的な意見じゃないか。こいつに明るい未来があると俺も嬉しいぞー!」
勝手にテレビを触ってDVDをセットするフォルケンは満面の笑みを浮かべる。彼は今まさにアニメ大放映会を開催しようと奮闘中。そこにいた全員の興味がアニメに移ろうとしていたその時、シュラインがサラダを大きな皿に盛りつけたものを運んできた。真癒圭には男子禁制テリトリーがあるため、彼女が料理を運ぶ形になったのだ。アニメに夢中な周囲に気遣ってか、何も言わずに小皿に料理を適当に盛りつけるシュラインを風宮は真剣な眼差しで見つめていた。どうやらまた彼の悪い癖が出てきたらしい。そして風宮は本能の赴くまますっくと立ち、いつものように愛の言葉をつぶやくのだった。
「シュラインさん……素敵だ。」
「え、急にどうしたの? あら、もしかして暖房が強すぎるのかしら……」
そう勘違いされても仕方がない。だが風宮は彼女の心配などお構いなしに続ける。空いていた手を握り締められ、どうにも身動きが取れないシュラインは誰に見せるわけでなく困った顔をした。周囲もいきなりの展開に戸惑っている。唯一、ジュジュだけは「イエス!」と言いながらガッツポーズをしていたが……
「強すぎるくらいがちょうどいいんです。俺と……俺と結婚してくださボファッ!」
突然、誰かが風宮の肩に手をかけ、ものすごい力で押えつけた! その瞬間、風宮の手はシュラインから離れる。彼は無理やりソファーに貼りつけられると、相手は風宮の首に素早く腕を回し少しずつ力を入れていく……いきなり彼を襲った男はドスの聞いた声を耳元で響かせた。
「おっとっと、スマンな〜。そいつは今回のお見合いにはリストアップされてないんだ〜。お前、ちゃんとネット見たのか?」
「うがが……えっ、ウソ! お、俺は居候先の女子高生から聞いただけでそんなことは全然知らな、ななっ……」
「今の説明、ちゃんと聞いたな?」
「うぐぐ、ぎぎまじだ……ぢゃんどぎぎまじだ!」
「よーし、それでよし。いい子だ。まぁ妹に手を出す場合もお兄さんのいうことをちゃんと聞いてからにするんだな。」
そこまで言うとパッと手を離す武彦。柄にないキャラをしたせいか、彼は少し恥らって顔を赤く染める。それはシュラインも同じことだった。まさかここで武彦が助けてくれるとは思ってもいなかったからだ。ふと、ふたりが視線を合わせるとなんともいえない雰囲気が周囲に漂う。もちろん真癒圭はその様子をしっかりウォッチングしていた。面白くないのは理不尽な理由で怒られた風宮ではなく、実はジュジュの方。しかしそこは女である。彼女はこの雰囲気をぶち壊そうと動き出したのだ!
「草間サン! ミーのこと、見捨てないでヨ〜〜〜! プリーズ、プリーズ!!」
「あっ、お前! 勝手に抱きつくなっ!!」
「1号サンがチャンといるなら、ミーは2号サンでいいヨ〜〜〜! ちょっとブルーだけどネ……ウェェェーーーン!」
「泣くなっ! だいたい何が1号に2号だ。俺はシュラインと零で手一杯なんだよっ!」
ヨヨヨと追いすがるジュジュ。それを引っぺがす武彦。また大騒ぎに発展してポカーンとしているシュライン。どうしていいのかわからない零と雫。アニメに見入っているフォルケンと極端に落ちこんでいる風宮、そして料理とメモを同時にこなす真癒圭。このパーティーはもう収拾がつかなくなってしまっていた。
しかしアニメが進み、料理もどんどん運ばれてくると徐々にではあるが場は落ちつきを取り戻した。草間に厳重注意された風宮もフォルケンと一緒に気持ちいいくらい元気よく食べる。フォルケンは「人の6倍は食うからな」と高らかに宣言するではないか。そうなると台所に立つシュラインと真癒圭は大忙しになった。料理を作り過ぎてちょうどいいくらいと判断して、ふたりはせわしなく動く。完成した料理の運び役はシュラインに代わって零が引き受けた。
「シュラインさんも真癒圭さんも、あんまり無理しないで下さいね〜。」
「大丈夫です。わたしにしてみれば、料理を持っていく方が苦痛ですから〜。」
「え、笑顔で言わないでっ……お願いだから。」
「でもよかったですね、シュラインさん。素敵なクリスマスプレゼントがもらえて。」
「ドキッ……」
さすがのシュラインも真癒圭の鋭いツッコミに反応してしまった。意味がよくわからない零は唇に人差し指を当てて、きょとんとした顔で天井を見つめている。彼女がその言葉の意味を知るにはまだ早いだろうか……?
その頃の雫はというと、見逃した回を見てからはずーっとフォルケンの隣でテレビに夢中。お互いにわいわいアニメのことを話しながら楽しい時間を過ごしていた。ジュジュはフォークを使って武彦に料理を食べさせたり自分が食べたり……彼も大人の態度でそれに付き合っていたが、実はこれは『割り切ったお付き合い』だった。
「先に言っとくがな、俺はあの車には乗らんぞ。今日は零に後片付けを命じられてるからな。」
「オーノーっ! そんなのダメ! 下の連中にやらせるネ!!」
「それがダメなんだっての! だから今は言うことを聞いてやってるんじゃないか!」
「オーーーゥ、ミーも草間サンのこと考えてるデスよ?」
「ノンノン、それ以上言うならサービス終わるアルよ?」
「……草間サン、喋り方ヘンネ〜。ホワイ?」
あんまりお見合いらしくはないかもしれないが、パーティーとしては立派に成立している。これでいいのだと武彦は心の底から思った。クリスマスの夜はまだまだ賑やかに続きそうな気配である。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ /女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3629/十里楠・真癒圭 /女性/30歳/文章ライター兼家事手伝い
0585/ジュジュ・ミュージー /女性/21歳/デーモン使いの何でも屋
2980/風宮・駿 /男性/23歳/記憶喪失中の正義の味方?
1800/フォルケン・ハイデン /男性/25歳/真・聖堂騎士団第17師団筆頭
(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)
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■ ライター通信 ■
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いつもありがとうございます、市川 智彦です。クリスマスの雰囲気が漂ってきますか?
今回は「聖なる夜の物語」という題に反して、とんでもないシナリオになりました(笑)。
こんな賑やかでドタバタなクリスマスがあってもいいですよね? ね、皆さん?
フォルケンさんはお久しぶりです。このっ、みんなより先にクリスマス満喫してる贅沢者っ!
個人的には「12万円持ってるんだ」とか「仕事してるんだ〜」とか考えてました(笑)。
その辺を言及しなかったのは、もちろんネタです。皆さんにもその辺を楽しんでほしいんで!
今回は本当にありがとうございました。クリスマス気分を満喫していただけたら幸いです!
また別の依頼やシチュノベなどでお会いしましょう! 次回もよろしくお願いします!
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