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複数鬼
「亮君、頑張る気ない?」
全てはその一言から始まった。
街を騒がせていた一人の「鬼」――人肉を喰らい、血を啜る、今この地に人と共存する「鬼」としては優等生だ、とは言っても、共存すべく出した法令により、それは制限されている。というのに、それを行う所謂「悪鬼」が逃げ回っているという。
この街の警察だって馬鹿じゃない。が、その鬼はただの鬼ではなく、幾度となく警察や鬼退治屋と対峙しているに関わらず、全て逃げ切っているということだった。いや、結果的に逃げ切られていたというべきだろうか。
警察も、退治屋も一旦はその鬼を捕まえるのだ――が、いざ対峙、捕獲してみるとソレは四散するのだ。そう、肝心の本体は逃げてしまっている、そういう結果に終わっていた。
手をこまねいている間にもその鬼は被害者を出しているらしく、連日テレビやニュースはそれを報じていた。
それで、この言葉を発した人物である、亮が入り浸っている駄菓子屋の女店主も、鬼退治屋の一人で、こうやって亮に話をもちかけることが多いのだ。亮は一応吸血鬼ではあるが、普通の高校生なのだが――。
「で、募集して集まったのは何人いるわけ?」
駄菓子屋の店先で、店主に亮は言った。
「二人だ」
と、店内から男が二人出てきた。
一人は銀髪をゆらし、覗く青い瞳が印象的だった。が、変わっているのはそこだけで、姿は警察に制服だった。
「よろしく、俺は草薙秋水」
と右手を差し出した。
「よろしく。俺は工藤亮」
と亮も右手を差し出し握手をする。すると草薙の隣にいた男も
「よろしく、工藤。俺は瀬戸口春香」
と挨拶をした。銀髪に、スーツ姿が決まっている。サングラスをかけていて顔の一部はわからないが――きっと美丈夫なのだろう。
「よろしく」
「俺は一応警察だ」
と、瀬戸口はスーツの内ポケットから手帳を――警察手帳を取り出した。
「このままでは警察の面目が立たないんでね。こうやって代表してきたのさ」
「瀬戸口さんは、一応こっちに何とかしろって言ってきた警察の人が送ってきた人だから」
と、駄菓子屋の店主が説明を付け加える。
「確かに、逃げられっぱなしだもんな」
そう言って亮が笑うと「そうだね」と瀬戸口も微笑んだ。
「あ、俺も警察」
草薙も手をあげてそう言う。
「そこの瀬戸口って奴とは違って個人的にやってきた。ほら、このまんまじゃ面目がたたねぇだろ?」
「警察ばっかり集まったのかー」
「大丈夫、腕は確かだから」
と、店主は笑って
「他に警察の部隊も動いているから、奴が現れたら情報が入るわ。そしたら行って頂戴。警察の部隊と一緒に動くか動かないかはおまかせ。とにかく奴を倒せばいいだけ。生死は問わないと言っているから手加減しないでOK」
「だけど」
そこで瀬戸口が口をはさむ。
「奴は分身するけど、どうやって本体を叩く?」
「分身を倒したら四散するという話は聞いているかしら?」
「ああ」
「鬼に詳しい人に聞いたら、分身する鬼――通称『複数鬼』は、分身が殺されたり、一定時間が経つと四散する。そして四散した後に本体に戻ることが多いらしいの。四散したソレはしばらくは散ったままだけど、一定時間経つとまた一つになって、本体の元に戻るんだって。分身したとしても、本体から出たものだから」
「戻るってわけか」
草薙が頷いてそう言った。
「すぐに戻らないのはバレねぇためってわけか。でも、そいつもその『複数鬼』だっつー可能性は?百パーで戻るとは限らないだろ?」
「そうね、そうだけど…」
「やるしかないんじゃないのかな?」
と亮がつぶやいた時にプルルルル、と電話のベルが鳴った。
――来たな、と誰もが思った。
++
告げられた場所は神聖都学園。既に一人犠牲者が出ているらしく、避難を開始しているという。また、学園は警察によって包囲されているという。
亮、瀬戸口、草薙の三人は共に神聖都学園に駆けた――。
学園の外は人だかりでいっぱいで、まず学園の周りを――主に門を中心に警察が包囲、そして学生が避難を続けていた。
「あの包囲に意味あんのか?」
ぽつり、と草薙がつぶやいた。確かに、いくら包囲されていたとしても、『鬼』の能力があればいともたやすく跳んで逃げることが出来るだろう。警察に出来ることは――『逃げたというのを確認することだけ』だ。
「中にいるのは間違いないんだろう?」
と瀬戸口が亮に確認をする。
「うん。警察からの連絡では学園内にて犠牲者を一人出して、学園内を逃走中。で、今警察がここにいるってことは、さ…」
「まだいるってことだな。よーし、いっちょ行こうぜ。節分にはちと早いが、鬼さんぶっ倒してやるさ」
ふ…と草薙の姿が消えたと思ったら、一瞬のうちに塀の上にいた。
「あいつらに話を通しているうちに逃げられちまったら元も子もねぇ。とっとと行こうぜ」
その台詞に亮と瀬戸口は頷いた。
草薙を先頭に、瀬戸口、亮と続いて駆けていく。敷地内は広い――手当たり次第探すしかなさそうで、とりあえず手近の小学校の方から回ることにして向かっている矢先のことだった。
「いたぞ!」
という声。
三人は声の方へ向かって駆けた。声は、前方の――体育館の裏からだ。
行くと、警察が一本の木を囲っていた。木に葉はなく、枝に冬芽を覗かせていた。その木の枝に、一人の人間が――否、白い髪を怪しくゆらし、それには真っ赤な鮮血がこびりついていて、さらに同じ色の瞳を光らせた…鬼。鬼が唇から血を滴らせて包囲する警察を見下ろしていたのだ。
「あれが、複数鬼……」
亮が呟く。
「行こうぜ。――一番いいのは分身される前にケリをつけることじゃねぇか?」
「うん」
草薙に促され、亮と瀬戸口が続く。すると、『複数鬼』彼らに気づき――
「…警察のナリしてるが、お前ら、退治屋だな――」
と、低い声で言った。開いた口の中にある牙にはべっとりと血糊がこびりついている。
「ようやく、本気出してきたってことかぁ?!」
言うなり――複数鬼は前方に跳んだ。包囲している警察など全くの無意味。細い木の枝を蹴ったとは思えないぐらい、跳んだ――。そして、彼ら三人の前方に着地する。
「無駄だよ、無駄。俺は逃げ切ってみせる。逃げるさ。――まだまだ、喰い足りねぇからなぁ!」
そう言って――また跳んだ。それは三つの方向に跳んだ。北へ、東へ、西へ。
「どれか一つは本体だ!俺はあいつを追う」
そう言って瀬戸口は東へ逃げた複数鬼の分身を追っていった。
「じゃあ、俺はあいつだな」
と、北の方向を向いて草薙が言った。
「うん、まかせた」
工藤も、頷いた。
++
瀬戸口は駆けた。複数鬼の背中はちゃんと視界に入っている。心配なのはあいつに追いつけるかどうかだ。いくら自分に『普通』とは違う能力があるとはいえ、身体能力は普通と変わらないのだから。だが、今目の前を走るあいつは素早く、木の上も軽々と跳んでいく。このままじゃ逃げられる――対峙した方がいい、そう思って隠して持っていたベレッタを取り出した。サイレンサー付きのこの銃ならば、気づかれずに狙撃できるだろう。問題は相手が素早く動いていることだが――自分にとってそれは問題ではない。
駆けながらそれを構え、トリガーに指をかけた。そして、複数鬼の足を狙って発砲する。心臓や頭を狙っておとなしく死ぬとは思えなかったからだ。とりあえず、動きを止める――それを考えた。
音を立てずに銃口から飛び出た弾丸は、複数鬼の右足首を捕らえた。ぷしゅう、と血が飛び散り、木の上を跳んでいた複数鬼は崩れ、そして落ちた。背戸口はそこに向かって走る。
木の下で複数鬼はうめきながら血の流れる右足首を押さえていた。
「てめぇ…この警察ふぜいが!今までこの俺を捕まえられなかったくせになぁ!」
血糊のべっとりとつく牙を覗かせながら複数鬼は叫んだ。
「確かにね。全く、メンツの方が大事らしいから、今ここに俺がいるのさ」
「は…?」
そう、警察というのは真っ赤な嘘だ。彼をここに派遣させたのは間違いなく警察だが、彼自身は警察でもなんでもない。普段は物書きをしながら、その影でこうやって――
「異能者は、狩るらせてもらう」
そう言って、彼は右手で銃を構えながら、左手でサングラスを外した。赤い瞳が覗き、鬼の姿を捉える。
「さて、君は本物かい?」
「ぐ……」
複数鬼は何かに抵抗しているかのように、歯を食いしばった。
「…おとなしくしたがった方がいい――特に、君が分身の方であるのならね」
赤い瞳が強く鬼を見つめた、すると、へたり…と力なく自らの右足首を抑えていた手が力なく地に付いた。
「よし。さあ、君は本物かい?」
本物だとありがたい――と彼は思った。
『鬼を退治してほしい』と依頼を受けたのはほんの数日前。警察からだった。
依然として捕まらない鬼に世論は警察に冷たかった。それで警察は彼に依頼したのだ。鬼を退治してほしい、と。このままでは警察としての面目が立たない――と。
別に、彼は警察の汚名を返上したいわけではなかったが、人に害をなす異能者は狩る――その思いが彼を動かした。
「さて、もう一度聞こう。君は本物かい?」
その問いに、ようやく鬼の口が開いた。
「――ちがう」
その言葉を発したと同時に、その鬼は崩れた。さぁぁぁ…と散ったのだ。
「…残念」
ため息一つ、そう呟いて彼はベレッタをしまった。
「さて、四散した分身は本体に戻るという話だけれど……」
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四散した鬼は白い霞のようだった。十分ほどたってから、その四散した霞は移動しだした。それは四散したままだったが、やがて四散した場所から離れると一つになり、一気に移動を開始した。瀬戸口はそれを追う。追った先に、アレが到達した先に本体が――。
ソレは一気に上っていき、校舎の屋上に飛んでいった。
あそこか――そう上を見ながら思っていると、もう一つ飛んでいった。道の向こうを見ると亮が。
「瀬戸口さん」
「どうやら上にいるようだよ」
「――はい」
「もしかしたら草薙さんがいるのかな」
「…かもしれない」
残っているのは彼一人だ。だが、あれから結構経っている。だとしたら、苦戦しているのか?
校舎の中に入り、階段をを駆け上り屋上に到達すると、そこには血に染まった白い髪を風に揺らせる一人の鬼と――ついさっきまで人であったものが倒れていた。いや、散らばっているというのが正しいのだろうか。残っているのは肉片と血痕と、幾らかの骨――『喰らったな』とすぐに直感した。
いるのは鬼だけ。あの草薙という男はどこに――まさか…そう思った矢先に、ばん、とドアを開く音がした。
「草薙さん」
「…あんたたちのも偽者だったか」
「草薙さんのも?」
「ああ、あれが本体だ。間違いねぇ」
三人の視線が集中する。が、鬼は不敵な笑みを浮かべながら
「まだまだ、捕まるわけにはいかない。まだまだ――喰いたりねぇんだからな」
と呟くなり、しゃがみこみ、飛ぼうとした――が、
「そうはいかねぇ!」
と、草薙は自らの指先を切り、その血で地面に文字を書いた。
「奥の手だったけどなぁ!」
指先が書いた言葉は――止まれ。すると文字通り鬼は、止まった。
何故、――何故、体が動かないのかと歯を食いしばる鬼だったが、
「おい、今のうちだ!やっちまえ!」
と、草薙が叫ぶと――
「まかせてもらおう」
と、瀬戸口はベレッタを抜いた。照準を鬼の頭に合わせて――撃った。
「うわあああああああああ!」
自分の目の前に向かってくる弾丸。こんなもの、いつもの自分なら逃げられる。だというのに、体が動かない。逃げられるのに、まだまだ喰いたりないのに。殺し足りないのに。動け、動け、体、動け――目の前に確実に迫る『死』から、鬼は逃げ出すことは出来なかった。
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「死体の一部を頂いていってもいいかい?報告をしないといけないからね」
そう言って、瀬戸口は破壊された頭部から血でべっとりと濡れた頭髪を一房抜いた。
「倒した、と言っても信じやしないだろう?証拠も無く事実だけじゃ、ね。まぁ、尤もこれを公表するわけにはいかないだろうがね」
そう言いながら瀬戸口は懐からビニールの袋を取り出して、鬼の白い髪を入れた。
「さて、ちょっと早めの節分も終わったことだし、何か食べにいかねぇか?報酬も入ることだしさ」
草薙がそう言って笑った。
「言っておくが、豆じゃねぇぞ」
節分には早いんだからな、と笑って言う。
「とりあえず、警察に報告して、駄菓子屋に戻ろう。おいしい料理作って待っててくれてるよ」
亮がそう言って、屋上から下を眺めた。
「それに多分、節分まで鬼退治はまだ何件もあると思うし、豆は早いかな」
「…ちげぇねぇ」
この街では年中節分みたいなものだしさ、そう言って亮は笑った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/】
【3968/瀬戸口・春香(瀬戸口春香)/男/19/】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして。皇緋色です。まだまだライター初心者ですので、至らない部分もあったと思いますが、楽しんでいただけたでしょうか?
『鬼』と『人』が共存する世界、という異界なのですこういうオチになりました。
多分、これからも異端の『鬼』とのバトルをメインに依頼をかけていくと思いますので、機会がありましたらまた当異界を訪れてくださったら幸いです。
++瀬戸口春香様
うまくプレイングを反映できているでしょうか。バトルと銘打ってはいましたが、うまくバトってるといいんですけれども。一方的なバトルになってしまいましたが楽しんでいただけてたら幸いです。
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