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<東京怪談・PCゲームノベル>


『Blue Butterfly』〜第一夜、蕪木家〜


 ☆プレイヤー選択

  →羽角 悠宇

 ☆モード
  →学者モード ON  →Heard Normal Easy
   戦闘モード OFF
  →牧師モード ON  →Heard Normal Easy


□■□■□■ 【Start】 ■□■□■□

 □ scene T
 
 降り立ったそこは淡く青い世界。
 月がぬらぬらと村を青く染め上げ、青く光る蝶々がヒラリヒラリと舞い遊ぶ。
 その村の入り口には小さな地蔵が三つばかり鎮座して、村に入り来るものを待ち望む。
 羽角 悠宇はすっとその入り口に近づいた。
 地蔵が僅かばかり動いたかと思うと、笑い出す。
 静まる世界に木霊する、地蔵の笑いは甲高く、震える月が涙する・・。
 『ようこそ、ようこそ、望月村へ。』
 『青一色に染め上げられた、光と影の世界へようこそ。』
 『歓迎いたす、この静まりきった望月村へようこそ。』
 カタリカタリと揺れ動く、地蔵の顔が微笑んで、月の光を反射する。
 『青一色で、光と影。光も青く、影も青い。』
 『ぬらぬらぬらぬら揺れる月さえほの青い。』
 『飛び舞う蝶々も、青い麟粉を撒き散らし。』
 『世界全体が青の中に落ち込みなさる。』
 『ぬらぬらぬらぬら』
 『ひらひらひらひら』
 悠宇は、あまりに甲高い地蔵の声に耳を塞いだ。
 背後から冬弥が悠宇の頭をぽんと叩く。
 「おい、俺だ。知ってるよな?いいから早くこの村に入れろや。」
 『冬弥がいるとは知らなんで。』
 『お主に任せば話は早い。』
 『この村意外と危険な村で。』
 『これに着替えなんど、大変で。』
 『入って直ぐにあの世へ旅立つ。』
 「・・つまり、服を着替えないと入って直ぐに死ぬって事か・・?」
 『そうさそうさ、飲み込み早い。』
 『お坊ちゃんは、理解力が良い良い。』
 『ところで主の、名前は何だ?』
 「俺の名前は羽角悠宇。」
 『そうかそうか、悠宇、悠宇。』
 『さぁさ、これにお着替えなされ。』
 『あっちの茂みでお着替えなされ。』
 地蔵はそう言うと、ガタリガタリと動き出した。その下からは、真っ白な浴衣が見えた。
 男物・・。
 浴衣の生地が白く、帯まで白い。
 それが月明かりに照らされて、ぬらりぬらりと青く染まる。
 「これ・・真っ白な・・。」
 「死に装束みてぇじゃねぇか・・。」
 『それがここの客人たる者の正装で。』
 『それに着替えなんと、直ぐに消える。』
 『あの世の世界へこんにちは。』
 悠宇は、仕方なく茂みに隠れるようにして着替えた。
 真っ白な浴衣を着て、真っ白な帯で締める。
 脱いだ洋服を持っていたバッグの中に仕舞う。
 『それを持ったままは入れぬは入れぬ。』
 『主のバッグは預かりおる。』
 『麗夜のところに届けておく。』
 ・・また、即死なのかも知れない。
 悠宇はそう思うと、バッグを素直に地蔵に渡した。
 『代わりに主にはこれを授ける。』
 地蔵はそう言うと、またガタゴトと動いた。その下には、ロイヤルブルーに輝く十字架があった。
 悠宇はそれを受け取ると、手に持った。。
 銀色に光る鎖の先端についている、ロイヤルブルーの十字架。
 悠宇はそれを首から提げた。
 ひやりとした感触が、一瞬だけ首筋を撫ぜる。
 『主にはこれも授ける。蕪木の中はいっぱい鍵だらけ。』
 また別の地蔵がガタゴトと動く。その下には、リオブルーの鍵があった。
 『蕪木の中、その色と同じ硝子細工のあるドアは、それで開く開く中に入れる。』
 「・・ありがとう。」
 悠宇は礼を言うと、鍵を懐に仕舞った。
 「それじゃぁ、俺はここで待ってるから、行って来いよ。何かあったら直ぐに呼べよ?」
 「あぁ、わかった。」
 冬弥の声に頷くと、村の入り口へと歩を進めた。
 『ヌラリヌラリと輝く月と。』
 『ヒラリヒラリと舞う蝶々。』
 『ようこそようこそ望月村。』
 背後で、地蔵が言った。
 しかし振り向きはしなかった・・・。


 ■ scene U

 青の花畑。
 しかしそれは全て蝶々だった。ユラユラ揺れるは蝶々の花。
 輝く麟粉撒き散らし、舞い揺れるは青の蝶々。
 しばらく歩くと、先に見えるは大きな屋敷。白い壁に、月明かりが反射して青く揺れるは白の扉。
 悠宇はその扉をすっと内側に押した。
 ゆっくりと開くそこには大きな玄関が構えている。
 『ようこそいらっしゃいまして。』
 声をかけてきたのは美しい女の人。
 漆黒の髪を後で束ね、微笑む姿は透けている。
 けれども彼女からは何の気も感じられない。
 そう、ただそこにいるのが役目の女性・・。
 『わたくしの名は浮夜(うきよ)と申します。お客人様方。本日はどのようなご用件で?』
 悠宇は、持っていたリオブルーの鍵を浮夜の前にすっと出した。
 浮夜はそれを見ると、全て心得たかのように微笑んだ。
 玄関には三つの扉がある。
 右の扉、真ん中の扉、左の扉・・。
 浮夜は真ん中の扉を指差すと、懐から小さな鍵を取り出した。
 それは夜のように暗く、それでいて淡い水色に光っていた。
 『どうぞ、これを持って行って下さいまし。きっと何かのお役に立つことでしょう。』
 悠宇は短く礼を言うと、右の扉に歩んだ。
 鍵穴の上には、持っている鍵と同じ硝子細工がはめ込まれている。ゆっくりと鍵穴にすべりこませる・・。

    カチャリ

 小さな音と共に、錠の外れる音がする。
 ノブを回し、すっと内側に押す・・。
 『行ってらっしゃいまし。』
 浮夜の言葉を背後に聞きながら、悠宇はドアをパタリと閉めた。


 開いた先は、長い廊下。
 廊下の左右には5つの扉。
 右側5つにに左も5つ。左右対称にならぶドアドアドア・・。
 「なんだ・・これは・・・。」
 悠宇は、すっと来た扉を振り返った。
 ・・そこに扉は無かった。跡形も・・。
 「・・タダでは帰れないって事か・・?・・・とりあえず、何処かの部屋に入ろう。」
 悠宇はそう言うと、リオブルーの鍵を取り出した。
 一つ一つの扉を見ていく・・。
 よくよく見ると、扉には番号がついている。
 右の手前から1,2,3,4,5。左の手前から6,7,8,9,10。
 悠宇はとりあえず1の扉から調べた。

 1の扉にはリオブルーの硝子細工がはめ込まれている。
 2の扉は扉が破壊されてしまっている。・・コレでは開かない。
 3の扉にはリオブルーの硝子細工がはめ込まれている。
 4の扉には“双子聖母の涙のレリーフ”が飾られている。
 5の扉には“青い鳥のレリーフ”が飾られている。
 6の扉には“青薔薇のレリーフ”が飾られている。
 7の扉にはドアノブが無い。
 8の扉には“露草のレリーフ”が飾られている。
 9の扉には“双子聖母の涙のレリーフ”が飾られている。
 10の扉にはドアノブが無い。

 「リオブルーの鍵では入れるのは1か3か。どっちから行こうか・・・。」
 悠宇は少しばかり考えた後で、1の扉に鍵を差し込んだ。
 カチャリと錠の外れる音がして、扉が自動的に内側に開く・・。


 開いたそこは畳と障子の間。
 月明かりが障子越しに部屋の中を染め上げる。
 まるで水中・・。
 ふっと、悠宇の目に赤いものが飛び込んできた。
 点々と、畳につく赤い点・・。
 血だ・・。
 「これは・・!!」
 悠宇は、その後を追って行った。
 点々と続く赤は目に痛く、長い廊下にポツリと続く・・。
 追った先は廊下の終着点だった。
 壁にかけられている掛け軸に、血で書かれるは『同じ年』の文字・・。
 その下で蹲る少女。悠宇と同じ真っ白な浴衣・・それが深紅に染まっている。
 悠宇はそっと、呼吸と脈を取った。・・事切れている。
 よく見ると、心臓の辺りが赤黒く染まっている。
 小さな少女・・年の頃は7つか8つ。
 その掌から、チリリと1つ鈴が零れ落ちた。
 悠宇はそれを拾い上げると、1回だけチリリとならした。
 すると背後で・・

 “ニャー・・”

 と猫が鳴いた。
 悠宇は驚いて振り返った。そこにはプルーの猫。
 瞳だけが黄色く輝いている。
 ・・どっから入ってきたのか・・?
 障子はピタリと閉まり、どこにも隙間は無い。入ってきた扉もきちんと閉まっている。
 猫がもう一声鳴いた。
 その首にも、同じ鈴がついている。
 猫は鈴を鳴らすように首を振った。
 すると、悠宇の背後で何かが落下する音がした。
 咄嗟にそちらに振り返る。・・掛け軸だ。
 掛け軸が落ちている。掛け軸のかかっていたところには小さな棚があった。
 一輪挿しの花瓶には白い可憐な花が咲いている。その隣には・・鍵。
 悠宇は猫の方を振り返った。
 しかし、そこに猫はいなかった・・。
 しばらく部屋の中を探してみたが、どこにも猫の姿は無かった。
 悠宇は気を取り直して棚にある鍵をとった。
 鍵には“青い鳥”が描かれている・・。

 『青い鳥の鍵』を入手。

 「青い鳥の鍵・・か。」
 悠宇はそれを袖に入れようとした・・その時、挿してあった花がボトリと落ちた。
 花は少女の上に落ち、白い花弁を赤く染め上げる・・。
 残った茎を見てみる。そこは・・カッターか何かで切ったかのような切り口だった・・。
 「これは・・・。」
 『貴方、だぁれ・・・?』
 切り口をマジマジと見つめている悠宇の耳に、幼い少女の声が聞こえてきた。
 悠宇は咄嗟に声のした方を振り返った。
 真っ白な着物を着た、青白い少女・・・その瞳は酷く怯えている。
 悠宇は畳の上に横たわること切れた少女を見つめた。同じ顔・・・胸に下げたロイヤルブルーの十字架が熱を発する。
 『貴方も、私を殺すの?また、胸を一突きするの・・・?いやよ・・いや・・もう死にたくない・・!!いやっ・・イヤー!!!!!』
 少女は絶叫すると、その場にしゃがみ込んだ。
 両手で頭を抱え、小さくなる。
 “イヤ”“助けて”“お願い”“殺さないで”“怖い”
 うわ言のように繰り返される言葉は、段々と涙を含んでいく。
 カタカタと震える肩は痛ましい。
 悠宇は思わず伸びそうになる手をぎゅっと握ると・・引っ込めた。
 少女の向かい側にしゃがみ込み、そっと優しい微笑を浮かべた。
 「俺は、そんな事しないよ。」
 『嘘よ!父様だって・・そう言って私をココに連れ出したの!父様は“あられ”は“贄”じゃないって言ってたのに!!』
 少女はそう言うと、悠宇の瞳をキッと睨んだ。
 頬に涙の筋がついている。あふれ出る涙は、強い光を発する瞳とは違い、淡い色をしていた。
 『あられは・・・父様に殺されたの!貴方にそれが分る!?あられは・・・あられは・・・!!!』
 下唇を噛む。真一文字に結ばれた唇が僅かに震えている。
 「あられって言うんだ、名前。」
 悠宇は、そっとそれだけを言った。
 瞳を逸らさずに真正面から傷ついた瞳を捉えて。
 『・・・そう・・。貴方は・・・?』
 「俺は羽角悠宇。」
 『悠宇・・?変わった名前ね。』
 あられの瞳が穏やかに緩む。
 別段変わった名前でもないのだが・・・どちらかと言うと、あられの方が変わっている。
 『ねぇ悠宇。悠宇は外の者なのね。』
 「外の者って?」
 『三木家じゃない人の事よ。村の外から来た人の事を、ここではそう言って区別するの。』
 「三木家って?」
 『蕪木、立木、楠木の事よ。私は蕪木家の分家。・・・だから“贄”だったの・・。』
 あられはそう言うと、目の前で横たわる身体を見つめた。
 事切れた、少女の身体。真紅に染まる胸元が、痛いほどに真実を突きつける。
 『贄と魂は、三木家のため・・・。そして、蝶は村の富のため・・。』
 窓の外、揺れる青の色彩の向こうにヒラリと一羽の蝶々が舞い踊る。
 青の麟粉を撒き散らしながら、ヒラリユラリと踊るは小さな花蝶。
 『真紅の富よ、村のため。贄の血は地面に溶け込み、魂の血は空に溶け込む。蝶の血は村の繁栄と引き換えに月と蝶を濡らす・・・。』
 あられはそう言うと、少しだけ微笑んだ。
 切なさと諦めと・・僅かの希望を含んだ笑みだった。
 『私も、父様と母様と一緒に・・もっともっと生きたかったな。色んな事をしたかったな。』
 「・・そうか・・。」
 『春になるとね、ここらには花が咲き乱れるのよ。夏は、森の奥から吹く風が涼しいの。秋は紅葉が綺麗だし、冬は木漏れ日が暖かいの。』
 あられの長い髪が、フワリと揺れた。
 いつの間にか開いていた窓から1匹の蝶が舞い泳いでくる。
 風に乗って、フラリヒラリと、無重力の中を・・・。
 『もっと・・生きたかったな。』
 あられはそう言うと、立ち上がった。
 しっかりと悠宇の瞳を見て、微笑む。
 『ねぇ、来世って言うものが存在するとしたら・・私、もっといっぱい生きれるかな?』
 「絶対・・生きれるさ。」
 『今度は贄なんかじゃなく、普通の女の子として毎日を過ごすの。蝶々みたいに・・・。』
 「あぁ・・。」
 『ねぇ・・この村から逃げて。儀式は三夜目に行われる。贄の血が揃ったら、今度は魂を狩る番・・・。儀式はドンドン美しく、妖艶になり・・最後には絶望的なまでの美が訪れる・・・。』
 あられがそっと目を伏せる。
 その身体が白く光り輝く・・・。
 『赤の富に染まる前に・・・逃げて・・。』
 悠宇は何かを言おうとしたが、それをあられが手で制す。
 つと白く細い右手を差し出すとくいと頭を傾けた。
 躊躇せずに、そのか細い手を取る。
 最初で・・・最後の握手。
 『ありがとう、私の話を聞いてくれて・・・。真っ直ぐに、瞳を見てくれて・・・。ありがとう、悠宇・・。』
 穏やかな笑みを最後に、あられがその姿を消した。
 残ったのは窓から入ってきた青の蝶々と、あられの亡骸・・そして、自分。
 もしも、あられの言う来世が自分の生きている世界だったとしたならば・・もう一度会ってみたいとさえ思った。
 今度はこんな形ではなく、ちゃんとした友人として・・ずっと語り合える、友達として・・・。

 悠宇はしばらく部屋の中を飛び回る蝶々を見つめた。そして・・あられに手を合わせると、畳の部屋を後にした。


 青い鳥の鍵を持って、悠宇は5の部屋の前に立った。
 その姿を“青い鳥レリーフ”が静かに見つめる。
 悠宇はそっと鍵穴に鍵を差し込んだ・・錠の落ちる音と共に、扉がすっと開いた。
 入った中は小さな書斎部屋のようだった。
 木で出来た机がぽつんと置いてある。
 悠宇は引き出しに手をかけた・・。
 ・・開かない。
 どうやら鍵がかかっているようだ。
 小さな鍵穴は、今もっているリオブルーの鍵でも、青い鳥の鍵でも開きそうにない。
 ・・そうだ。
 悠宇はふと思い出すと、懐を漁った。
 浮夜から貰った“小さな夜の鍵”・・。鍵穴は丁度あのくらいだ。
 悠宇は鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んだ。
 鍵穴は難なく鍵を飲み込むと、錠が落ちた。
 悠宇は引き出しをスライドさせた・・。
 中に入っていたのは表紙に空の挿絵がある手帳。それと小さなメモ、そして鍵だった。
 鍵には“露草”が描かれている・・。

 『露草の鍵』を入手。

 今度は手帳を手に取った。
 薄い手帳はどうやら日記のようだった。一日一日が、丁寧に記されている。 
 と、途中でプツリと文章が途切れた。
 代わりに赤いペンで殴り書きがしてあった。

 “我が子の命、富へと変えん。一つ幼子、あられよ”

 子供の命を富へと変える・・?もしかして、これが・・・。
 一つ幼子、あられ・・。
 これはもしかして・・・あの子の父親のもの・・?
 悠宇は少し考えた後で、手帳のその部分だけをちぎって懐に入れた。
 『空の手帳のメモ』を入手。
 悠宇は、最後に残った小さなメモを手に取った。

 “生み出すは望月の“赤” 真紅の富よ・・。”

 望月の赤・・?真紅の富・・?
 さきほどあられが言っていた赤とはこのことなのか・・?
 ・・よく分からない。
 けれど・・何故だか重要な文章な気がする。 
 悠宇はそれも懐に納めた。
 『Fのメモ』を入手。
 他にはもう何も無い。
 悠宇はもう一度だけ部屋の中を見渡すと、背を向けた・・。


 悠宇は露草の鍵を持って8の部屋の前に来ていた。
 扉にかかる“露草のレリーフ”を確認した後で、鍵穴に差し込む。
 錠の落ちる音がして、ドアが自動でスライドする。
 開いた先は小さな庭園だった。 
 小さな池に、小さな花壇。それから盆栽を置いてある小さな棚。
 池の脇にある獅子脅しがカツリ、カツリと音を立てる。
 部屋中に湿った水の匂いが充満している。
 悠宇はつと、池に近寄った。
 池の水は清らかで、底が見える・・。
 「なっ・・!!」
 悠宇は思わず声を上げた。
 ユラリユラリ、水面に浮かぶは白い影。
 真っ白な着物を着た男の子が一人、池の底で眠っている。
 水面に影が揺れる・・ユラリ、ユラリ・・。
 悠宇は思わず池から離れた。
 少し離れれば、底は見えなくなる。
 と、足元に何か文字の様なものが見えた。しゃがみこんで確認する・・。

 『の道を』

 ・・何の事だかさっぱり分からない・・。
 少し躊躇した後で、悠宇は池の中に手を入れた・・冷たい。
 凍っていないのが不思議なくらいに・・。悠宇は池の底で揺れる白い着物を引き上げた。
 冷たすぎる身体が痛ましい。軽い身体を、そっと砂利の上に寝かせる。
 悠宇は男の子の顔を見た。
 あどけない表情・・歳は10か11だろうか・・?青い唇が、ある一つの考えにたどり着く。
 水死ではなく、凍死だ・・。しかも、池の中で・・・。
 でも、何故・・?
 ふと、あの鈴の音が一つ鳴った。
 チリリと、一つ・・。
 振り返る先には、あの猫がいた。青い蝶々を銜えた猫・・。
 その隣には、いつの間にか真っ白な着物が置かれていた。着物に、月が反射して青く青く染め上げる・・。
 つまり、これを男の子の上にかぶせろと言うことなのだろうか・・?
 悠宇は猫の方に歩み寄った。
 猫はするりとその横を抜けると、男の子の上に蝶々を乗せた。
 蝶々は動かない。
 悠宇は白い着物を拾うと、パラリと広げた。
 真っ白な着物が目に痛い・・。悠宇はそれを蝶々を乗せた男の子の上にかぶせた。
 どうやら蝶々は死んでしまっているらしい。ピクリとも動く気配は見られない。
 猫が庭の奥の方へ駆けて行った。首の鈴がチリリチリリと音を上げる。
 そして、悠宇のほうを振り返ると一度だけ鳴いた。
 サヨナラの挨拶なのだろうか?
 悠宇は思わずわずかに手を振った。
 もう一度声を上げると、猫はその向こうへと駆け出して行った。
 『寒いよ・・。ねぇ、冷たいよ、暗いよ、寂しいよ・・。』
 背後から声が聞こえてきた。まだ高い感じのする少年の声・・。
 悠宇は振り返った。あられの時と同じ、池の底で事切れていた男の子がボンヤリと濁った瞳を悠宇に向けている。
 『お兄さんはどうして生きているの?贄じゃないの・・?・・そうか、魂なんだね。だから・・。』
 少年はそう言うと、虚ろな瞳のまま弱弱しく微笑んだ。
 『それじゃぁ、僕と同じだね・・。僕は薺(なずな)お兄さんは・・?』
 「羽角 悠宇・・。」
 『そうか、悠宇お兄さん。お兄さんはどうしてココに来たの?この・・朝の来ない赤の富が支配する村に・・。』
 「夢で、呼ばれたんだ。」
 『呼ばれた・・!?一体誰が・・?この村からは誰も出られな・・あぁ、胡だ。胡なら、もしかしたらこの村から出られる・・。』
 「胡?それは一体・・。」
 『三木家の胡だよ。この村の赤の富の最高“蝶”・・ねぇ、この村には何で朝が来ないのか知ってる?』
 「いや・・知らない。何でだ・・?」
 『朝って、赤いんでしょう?明るいんでしょう?・・この村は明るい時は富の時だけで良いんだよ。だから・・この村はいつも青の夜しか来ないんだ。』
 少年はそう言うと、うっとりとした表情で空を眺めた。
 青い月がぬらぬらと地上を照らし染める。
 恍惚な笑みを浮かべる瞳は、なおも虚ろだ。何も見えてはいないかのように、鈍い光を発してる。
 「薺、お前・・。」
 『僕は贄だったんだ。だから殺されたんだ。村の富のためだもの・・悔いは無いよ。』
 「薺・・?」
 『贄は9人必要なんだ。村の中で選ばれたたった9人の人間しかなれないんだ。凄い事なんだよ!』
 「・・薺っ・・!」
 『だから、僕は・・・。』
 薺の言葉が途切れる。下を向き、こみ上げてくる感情を必死に押し殺そうとする。
 笑顔が歪み、その瞳から月の光に照らされて青く輝く涙が零れる。
 「薺、村のために犠牲になる事が・・良いことだとは限らないだろう?」
 『でも、僕は・・!』
 「ここには俺と薺の2人きりだ。・・なんでも、話せるだろう?聞いているのは俺だけだ。」
 悠宇はそう言うと、薺の隣に腰掛けた。
 目の前には事切れた薺の身体。隣には、意思だけになっても村の事を思い続ける薺。
 『・・・死にたく・・・なかった・・・。もっと、ちゃんと・・生きて・・いたかっ・・。』
 ハラリハラリと畳を塗らすは青の色彩。
 頬につく一筋の線すらも・・青の色彩・・・。
 「辛かったな・・・。」
 悠宇はそう言うと、薺の頭を優しく撫ぜた。
 薺が僅かにビクリと震えた。・・しかし、直ぐに体を預ける。
 華奢な身体は冷たく、不思議な感触が手から脳へと伝わる。
 「辛かったな。」
 もう一度繰り返す。
 『生きたかった・・・。』
 生への渇望は、失われない限りは分らない。
 死への渇望は、生きている者にしか沸かない。
 両者の間に流れる大河は、決して埋まることは無い。
 『悠宇お兄さん・・・。生きて・・・。僕は叶わなかったけど・・生きて・・・。』
 薺がゆっくりと、悠宇の元から離れた。
 そして・・笑顔のまま、掻き消えた。
 カツリと、獅子脅しだけが乾いた音を上げた。


 □ scene V

 悠宇は再びあの廊下に引き返すと、3の部屋の前で歩を止めた。
 扉にはリオブルーの硝子細工がはめ込まれている。リオブルーの鍵を取り出し、そっと鍵穴に差込・・錠を落とす。

 自動で開いた先は、小さな小部屋だった。
 雛壇の上に人形が飾られている・・。
 4段の一番上には白い着物を着た美しい女の子のお人形が3対すまして座っている。
 2段目には3人の少女の人形が飾られている。一番左のお人形だけ、赤いインクで染め上げられて後に倒れている・・。
 3段目には3人の女性の人形が飾られている。これも、一番左のお人形だけ、赤インクで染め上げられて倒れている。
 一番下の段には3人の男の子の人形が飾られている。3体のうち真ん中の1対以外は赤インクで染め上げられて倒れている。
 「・・なんだ・・・?」
 悠宇はそう呟くと、雛壇の前に置かれている鏡台に近づいた。
 豪華な縁の大きな鏡台は雛壇を写しており、その前に立っている悠宇も仲良くフレームの中に収める。
 鏡台の引き出しにも、鍵がかかっている。鍵穴は、小さい。
 悠宇は小さな夜の鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで錠を落とした。
 中には鍵が1つだけ入っていた。
 それを手に取る・・鍵には“青い薔薇”が描かれている。

 『青薔薇の鍵』を入手。

 悠宇は引き出しをしまうと、鏡を覗き込んだ。
 雛壇の上に座る12体の人形のうち5体が赤インクで染め上げられて・・。
 「え・・?」
 悠宇はじっと鏡を見つめた。
 確かさっきは4体だったはずだ・・。2体染まっているのは一番下の段だけで・・。
 しかし、いつの間にか2段目の真ん中の人形が赤く染まって立っていた。
 悠宇は振り向いた。

 『コトリ・・』

 音を立てて後に倒れた人形は、確かにさっきまで他の人形と同じく立っていたものだった。
 「ひとりでに・・赤く染まって倒れた・・?ばかな・・。」
 呟く悠宇の顔を、まだ立っている7体の人形がじっと見つめる・・。


 悠宇は人形のある部屋を出ると、6の部屋の前で止まった。
 青い薔薇のレリーフの飾られてある扉に、青薔薇の鍵を差込み・・錠を落とす。
 扉が自動で開いた先・・そこは何故か水浸しになっていた。
 水浸しの畳の上に、写真がばら撒かれている・・。
 「なんだ・・。」
 悠宇は扉の直ぐ近くにあった一枚を手に取った。
 写っているのは白い着物の女の子・・。
 「この子・・。」
 白い着物、長く伸びた漆黒の髪、着物と同じくらいに白い肌、愁いを帯びた琥珀の瞳・・。
 「夢の子か・・?」
 到底別人だとは思えなかった。
 今にもその真っ赤な唇からあの凛と通った声が聞こえてきそうだった・・。

 『Blue Butterfly』と・・。

 「これは・・。」
 悠宇はその中に浮かぶ一枚の紙を拾い上げた。
 少女の写真を懐にしまう。
 『少女の写真』を入手。
 四角く折りたたまれた紙を、開く・・。
 手帳か何かから引きちぎったような紙に、繊細な文字が並んでいる。

  一つ男子は氷となり
  二つ男子は火となり
  三つ男子は形となる

 またもや、謎の文面・・。
 「なんだ・・これは・・・。。」
 悠宇は小さく呟くとそれを懐にしまった。
 『Cのメモ』を入手。
 「あれは・・。」
 悠宇は水浸しの中にあるものを見つけた。
 写真の中に沈むそれを拾い上げる・・。
 双子聖母が泣いている場面が描かれた鍵・・。
 
 『双子聖母の涙の鍵』を入手。

 「これで4か9に入れるって事か・・。」
 悠宇は小さく呟くと、水浸しの部屋を後にした・・。


 歩を止めたのは9の部屋の前。
 双子聖母のレリーフがそっと悠宇を見下ろしている・・。
 悠宇は双子聖母の涙の鍵を鍵穴に差し込むと、錠を・・。
 「あれ・・?」
 悠宇は首をひねった。
 確かに、鍵はすっと中に入るし・・回る。けれども錠が落ちる気配は無い。
 数回カチャリカチャリとやってみるものの、鍵は回らない。
 「4から入れって事か・・?」
 悠宇はクルリと身体をひねると、4の部屋に鍵を差し込んだ。
 錠は何の抵抗も無く落ち、扉が自動でスライドする・・。

 中は西欧風の小さな小部屋だった。
 それまでの日本風の畳ではなく、木の床だ。アンティークチェアーが中央に置かれ、その上に白い着物を着た人が座っている。
 「あれは・・・?写真の・・?」
 ・・確かに、後姿は似ていた。長い黒髪も、袖から見える白い肌も・・。
 「すみません・・。」
 悠宇は小さく呼びかけた。・・反応は無い。
 もしかしたら・・そう思い、ツカツカと少女の人のほうに歩み寄るとその肩を叩いた。
 「すみま・・。」
 グラリ。朱所の人が傾いてアンティークチェアーから床に投げ出された。
 長い髪の毛が、バサリと床に広がる・・。
 「なっ・・。」
 悠宇は咄嗟に人形の肩を掴んでひっくり返した。
 綺麗な硝子の瞳・・人形だ。それも、あの写真の少女そっくりの・・。
 人形の手から、何かが落ちた。白い紙だ。
 それを拾い上げて、広げる・・。

  一つ木は子を
  二つ木は華を
  三つ木は胡を

 「・・これも何か関係があるのか・・?」
 呟きながら立ち上がった悠宇の懐から、小さな鈴が落ちた。
 一番最初に会ったあられが持っていた鈴だ・・。
 鈴は床に落ちると、チリリと可憐な音を上げた。
 すると、部屋のあちらこちらから無数の蝶が舞い上がった。
 壁からも、椅子からも、人形からも、天井からも、床からも・・!!
 無数の蝶々が舞い上がり、扉へと一直線に突進していく・・。
 いつの間にか扉が開き、向こう側・・9の扉も大きく開かれている。
 「なんなんだ・・これは・・。」
 ヒラリヒラリと舞い踊る蝶々・・・その数は、百か千か・・。
 それが一瞬のうちに向かいの部屋に吸い込まれ、いなくなった。扉がパタリと閉じる・・。
 部屋には何もかもがなくなっていた。
 人形も、椅子も・・。
 「嘘だろ、全部蝶々で出来てたとでも言う気かよ・・・。」
 悠宇が信じられないと言うように、何もかもが無くなった部屋を見つめて言う。
 しばらく何もなくなった部屋を見つめた後で、悠宇は落ちた鈴を拾った。
 それを・・鳴らさないようにそっと、懐に入れる・・。
 今度この鈴が鳴ってしまったら・・自分達も蝶になってあの部屋に飛んでいってしまいそうだったから・・。
 

 ■ scene W

 
 かぐわしい、香の香りと黄色い灯り。
 それに映し出されるは青の蝶々。
 そして・・白い着物を着た妖艶なる少女・・。
 「・・夢に出てきた・・。」
 蝶々を人差し指に乗せながら少女が振り向いた。黄色い灯りに照らされて、ゾッとするほど幻想的な表情。
 「これはこれは、お客人。いかがなされた?」
 可憐な声とは裏腹に、口調は力強かった。その瞳には、色が宿ってない。
 「俺の夢に出てきた子か・・・?」
 「・・夢?私はここから出られない。この蝶の檻の中、儀式の日までは囚われの身。外に出ようものならば、すぐに蝶が飛び捕らえる。」
 つまり、この少女はあの夢の中の少女ではないと言うことだろうか?
 「それじゃぁ、夢の中に出てきた少女は・・。」
 「三木家の富・・。胡ならばあるやも知れぬ。外に助けを呼んで、なんとかと思っていたやも知れぬ。」
 富・・?胡・・?何のことだろうか・・?
 「それで・・Blue Butterflyとは何だ・・?」
 少女はニッコリと笑って右手を顔の前に掲げた。
 その指先には、一匹の青い蝶々は止まっていた。
 「Blue Butterfly・・青の蝶々・・。」
 少女は、ゆっくりと指先から蝶々を飛ばせた。
 「Blue Butterfly・・。ここを訪れた外の者が残して言った名前・・。儀式の、最初の犠牲者・・。」
 少女は、悲しそうに俯く。その仕草の全てが可憐で幻想的で・・人形のように艶かしかった。
 「青から赤へ移る時。蝶々が飛び舞い空を染め上げる。当主達は染まった剣を舞い回し、富と権力の喝采を浴びる・・。」
 少女はそう言うと、スっと立ち上がった。
 床に置いてある扇子を拾い上げると、舞い始めた。
 「胡は舞い華も舞い、子も舞い踊る。富と権力を確かなものにするために、遥か古より現に継がれる伝統の儀式。それは最も神聖で清らかで、死の神が光臨する儀式・・。」
 なんて幻想的な舞いなのだろうか。神秘的で妖艶で・・香の香りと合わさって眩暈がするほどに美しい・・。
 「贄の魂9つ。犠牲の魂18つ。そして蝶の魂3つ・・。」
 少女は、パチリと扇子を閉じた。
 はっと、現実に引き戻された気がして思わず少女の顔をマジマジと見つめる・・。
 「この儀式は確実に行われる。贄の魂はすでに5つになった・・。帰りあそばせ、客人方。時の止まったこの村に、古よりの伝統を捨てる機会は皆無。故に・・この村にもう来てはならぬ。例えそれが胡の導きであっても・・。」
 少女はそう言うと、二つ三つ手を叩いた。
 「あられと薺・・この屋敷で亡くなっていた2人・・あれは・・?」
 「贄の子らよ。その身体も、既に蝶の城へ運ばれた。」
 背後の扉が開いた。そこには、浮夜が三つ指をついて座っていた。
 「お客人を御送りせよ。お帰りあそばれる。」
 「かしこまりました。」
 浮夜はすっと立ち上がると、手招きをした。
 「・・名前、なんて言うんだ・・?」
 悠宇は最後にそれだけが聞きたかった。
 「蝶子。蕪木、蝶子・・。」
 蝶・・・。
 扉が閉まる。そして・・その扉は消えた・・。


 □ last scene

 悠宇は冬弥の待つ村の入り口のところまで来ていた。
 富、胡、贄、犠牲、儀式・・そしてBlue Butterfly。
 何一つ分かることは無かった。唯一つ分かった事、それはこの村が幻想的なまでに艶かしく甘美な村だと言う事。
 そして、しっとりとした恐怖・・禁断の儀式が今もなお行われていると言う事・・。
 蝶子の顔が蘇る。瞳には色が宿っていなかった。けれども生きている・・。
 『悠宇や悠宇、どうだったか。』
 『望月村はどうじゃったか。』
 『その顔だと、まだまだなーんもわかっとらんの。』
 『この村は不思議が多い。』
 『そして全ては儀式へ繋がる。』
 『富と権力を手にすべく、三木家が行う大きな儀式。』
 『夢はあと二夜で終わる。』
 『夢はどんどん怖くなる。』
 『そしてどんどん妖艶になる。』
 『儀式まで、夢に飲まれる事なかれ。』
 『さぁさ、今日は起きなされ。』
 『青の色彩だけを抱いたまま、起きなされ。』
 地蔵達の声が、急に遠くなる。
 「じゃぁ、またな。」
 冬弥の声を聞いたが最後、悠宇の意識は呑まれていった。

 地蔵達が言ったとおり、青の色彩だけを胸に抱きながら・・・。

  〈第一夜、終〉



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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  3525/羽角 悠宇/男性/16歳/高校生


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 ■         ライター通信          ■
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 この度は『Blue Butterfly〜第一夜、蕪木〜』にご参加いただきありがとう御座いました!
 ライターの宮瀬です。
 ゲームノベルと言う事で、ゲーム風にしてみました。・・そのまんまですが・・。
 青と赤、そして黒と白。その4つの色を基準に望月村は作られています。
 第一夜と言う事で、儀式の取っ掛かりの部分なのですが・・謎が多い限りです。
 今回は第一夜、基本が牧師モードと学者モードと言うことで、あられと薺とのからみがありましたが・・如何でしたでしょうか?
 今回集められましたアイテム(メモや鈴など。鍵以外のアイテム)はそのまま次の夜にも引き継がれます。
 もし宜しければ、第二夜、第三夜もご参加ください。

 それでは、またお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。