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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


Red Moon −黎明の雫−

【1.書き込み】

投稿者:Red Moon

 親愛なるSIZUKUへ

 君が毎日のようにこの掲示板に目を通し、いろいろな事件を解決してきたのを知っている。
 そこで近々夜空に赤い月が綺麗に輝くだろう。
 その日、僕は佐原美術館にある『黎明の雫』を君の変わりに僕のそばに置こう。
 本当は君をそばに置きたいけれど、僕はまだ君の前に姿を現すわけには行かないから、君の変わりに『黎明の雫』に僕の思いを馳せる事にする。

 でも―――…

 いつか、赤い月の夜に君の心さえも盗んでみせるから。
 それまで、待っていておくれ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「何コレ…」
 あまりに臭くキザな文章に瀬名・雫は頬杖をついてため息を漏らす。
「新手の怪盗か何かだったりして」
 佐原美術館の『黎明の雫』といえば、CDジャケットほどの大きさの綺麗な夜明けの雫が硝子粉で描かれたちょっと特殊な絵画である。
 この投稿者はそれを盗もうとしているらしい。
 ただ自分が引き合いに出されたのか、最終的に狙われているのは自分なのかは分からないが、雫は小説によくあるような高校生探偵と怪盗を思い浮かべて瞳が光る。
 うっすらと口元を吊り上げると、ある種の面白みを感じて後ろを振り返った。
「ねぇ、誰かこの彼、捕まえてくれない?」

【2.佐原美術館】

 赤い月の日に、など、そんな不確定な期日を指定する怪盗が居てたまるかと思いつつ、とりあえず御守殿・黒酒は例の佐原美術館の建物を仰ぐ。
 調査のためとはいえ、さすが私立の美術館。入館料も高いときたもんだ。これをネタに雫とデートしようとか思っているのに、逃がしてしまったら完全に自分にとって損失となる。
 そんな事を思いつつ入館料を払い中へ入るが、どこの美術館も同じようなものだ。大きな絵画は壁にかけ、立体的なものや小さなものは通路の中央のガラスケースの中に入っている。
 パンフレットを片手に館内をぶらぶらと適当に歩く。
 目的は『黎明の雫』のみ。
 案内図通りに先へ進むと、ちょうど一般展示順路の中央まで来た辺りに『黎明の雫』は飾ってあった。
 CDジャケットサイズの小さな絵画は、通路の中央にあるガラスケースにソロで収まり、それなりに価値のあるものらしいと分かる。
 確かに、筆と絵の具でコレくらいのものを書くなんて短時間で出来るだろうが、いかんせんこれは硝子粉で作られた絵画。
 日本で言うところの七宝焼きに似ているものだ。
 焼けば溶けて今の風味はすっかりなくなってしまう火事は天敵の絵画。
(こんなものがどうして欲しいのかなぁ)
 正直黒酒にはこの絵画が盗むほどの価値があるようには思えない。
だが、現に「盗む」と予告があったのだから、あの犯人にとっては価値のある代物なのだろう。
 やはり通常の盗人よりは怪盗に近いと実感させられる。
 どうせ、赤い月なんて不覚的なもの直ぐには出ないだろうと、夜にまた忍び込み使役しているデーモン『ピンキー・ファージ』 を使って仕掛けをイロイロしてやろうと、黒酒は振り返った。
「あっ…ごめんなさい…」
 振り返った拍子に自分の胸の辺りに衝突を感じる。
「こちらこそ、ごめん」
 頭一個分低い場所から雫と同じくらいの年齢の少女は黒酒に頭を下げると、黒酒をすり抜け今背を向けたばかりの『黎明の雫』のガラスケースへと歩いていった。

【3.赤い月】

 夜。生憎と今日は赤い月の日ではなく、普通の金色の月が空で輝いていた。
 『ピンキー・ファージ』の力で佐原美術館に同化させた壁から抜き出ると、辺りを見回す。美術館から1km四方に同化させたデーモンの力で、黒酒の姿は防犯カメラには映らずに済むだろう。とりあえずはこれで侵入者があれば直ぐに分かる。
 黒酒は足音さえ気にせずに『黎明の雫』に近づくと、もう一度中を覗き込む。
 さっそくデーモンにガラスケースの中から『黎明の雫』を取り出させ、物質の融合を利用して偽者を用意する。それを元の位置に戻して罠は完了だ。
 後は建物に同化した『ピンキー・ファージ』が奴が中に入った時に、いろいろと仕掛けを用意する事だろう。
 黒酒は美術館から外へ出ると、とりあえずの帰路に着く。
 昼間と同じように振り返って美術館を仰ぐ。
「……!!?」
 金色だった月が、徐々に赤く染まっていく。そして、遠目に美術館の上に見える異物。

「予告どおり『黎明の雫』は頂いていくよ!」

 本当ならこの距離で聞こえるはずの無い声が、黒酒の耳に大きく響く。
 奴だ。
月光を背に美術館の上で立ち上がった怪盗が、なぜだか笑ったように見え、
「ックック…覚悟しろよ〜」
 黒酒は口元を吊り上げると、今出てきたばかりの美術館へと舞い戻る。仕掛けは完璧だ。
「いっくよ〜ん『ピンキー・ファージ』!」
 起動スイッチは、ガラスケースの中の偽者の『黎明の雫』を奴が手にした時。
 本物はこの手にある。
 だが、1km四方に同化させたはずの『ピンキー・ファージ』が何も反応しなかった。
 なぜだ。
「ケースの周りに落とし穴だ!」
 とりあえず今は、目の前に現れた奴の確保。
 理由は後々考えれば良い。
 先にたどり着かれていた場合に、その穴に落とそうと、デーモンに命じる。
 最短距離で『黎明の雫』に向かう。
「あのさ、君。僕がこの程度が見抜けないほど、鑑定眼がないとでも思ってるのかい?」
 ぽっかりと陸の孤島のように残るガラスケースの上から、不遜な声が黒酒に降りかかる。
「このやろ…行け!」
 ぎりっと歯をかみ締めガラスケースを見据えると、奴が立っているガラスケースからスライム状の『ピンキー・ファージ』が奴に伸びる。
「っと」
 ガラスケースからふわりと飛び上がると、奴は黒酒に向けてあからさまな笑顔を浮かべた。
「面白いね。君の力かい?」
 床に足をつけた瞬間に床と奴をくっつけてしまおうとタイミングを計る。
 トンっと軽やかな靴音を響かせ、
「捕まえたぁ!」
「!!」
 床から伸びたスライム状の『ピンキー・ファージ』が奴を締め上げる。
 黒酒はにやりと口元を吊り上げ、一歩一歩奴へと近づく。
「さぁて、雫ちゃ〜んが、キミに会いたがってるし、一緒に来てもらおうかなぁ」
「それは困るね。僕はまだ雫には会えない」
 スライムに拘束されていようとも、その不遜さは変わらない。
「じゃ、そろそろお暇させてもらうよ」
「何?」
 スライムが床にどっととろけ、そこに残る一着の服。
「奴は!?外か!」
 デーモンが感じた反応に、黒酒は窓に駆け寄って外を見下ろす。
「予告だし来てみたけど、その『黎明の雫』が元からフェイクだったって可能性は考えないんだね」
 奴は手を振ると小さな爆発音を響かせ飛び上がる。
「怪盗は空から逃げるが、常套だよね!!」
 今の声は、どこかで聞き覚えがある。

 そう、あれは昼間ぶつかった少女の声と同じだった。

【4.ネットカフェ】

「どういう事だぁ?」
 雫が常駐しているネットカフェで新聞を広げ、眉を寄せる。
 隅々まで見回してみても『黎明の雫』盗難の記事は無い。それどころか佐原美術館の名前さえも出ていない。
「でもさ、結局逃がしちゃったわけでしょ?」
 いつものネットカフェで、パソコンから振り返り身も蓋も無い言葉を掛ける雫。
「………」
 正直、目的は『黎明の雫』を守る事ではなく、あの怪盗を捕まえる事だったわけだから、当初の目的は果たせていない事になる。
「でもさ、盗まれなかったんなら、別にそれはそれでいいじゃない?」
「よくない!」
 狭い店内で叫んでせいで、黒酒は一気に客や店員の鋭い視線を一点に受けて身を小さくする。
 捕まえられなかったと言う事実は、実際敗北なのだ。
 黒酒はむしゃくしゃしながら握りつぶした佐原美術館のパンフレットを投げ捨てようとして雫に奪い取られる。
「もぉ、これだって重要なアイテムなんだから、ぐちゃぐちゃにしてどうするのよ」
 雫はため息混じりに黒酒が潰したパンフレットを広げて顔色が変わる。
「……ない…」
「何が?」
「パンフレットに名前が!」
 雫の叫びに黒酒はパンフレットを覗き込むと、
「あっれ?」
 ここに合ったはずの名前がない。
 携帯を取り出し美術館に電話をして何度も念入りに確かめる。
 果てには職員の人が困ったように呆れ果てていた。

 『黎明の雫』は確かに盗まれていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

投稿者:Red Moon

 親愛なるSIZUKUへ

 昨晩は面白い趣向をありがとう。
 これでまた一歩僕が知る世界の中で、君が唯一の『雫』になるためのステップを進めたよ。
 君が唯一の『雫』になった時、出会おう。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0596 / 御守殿・黒酒 (ごしゅでん・くろき) / 男性 / 18歳 / デーモン使いの何でも屋(探査と暗殺)】


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■         ライター通信          ■
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 Red Moonにご参加いただきありがとうございました。ライターの紺碧です。同時に黒酒様にはGrand-guignolの方へのご参加もありがとうございました。このRed Moonは多人数を想定していましたが、黒酒様のみのご発注だったのでなんとかがんばって立ち回って頂きました。正直申しますと、この話しは多人数よりソロの方が書きやすかったです。多勢に無勢よりは1対1の方が人数描写が少なくて済む自分の力量さ加減かもしれませんが(苦笑)
 それでは、また黒酒様に出会える事を祈りつつ……