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<東京怪談・PCゲームノベル>


遊園地へ行きましょう


「カナコ。カナコはいるかしら?」
 
 まだ冬が色濃くある季節の、とある昼下がり。
ウラ・フレンツヒェンはそう言いつつ、通い慣れた三上事務所の中に立ち入った。
事務所の中には見慣れた二つの顔があり、ウラはその内の一つに笑みを向ける。
「カナコ、遊びにきたわ! ほら、今日は手土産だってあるのよ」
 満面に笑みを浮かべつつ、ウラは携えてきたケーキの箱を持ち上げてみせた。
「これはこれは、ウラさん! それは最近出来た洋菓子店の箱ではないですか! マドレーヌが絶品だと聞きますが、なかなか購入できないといいますね」
 三上が動く前に、中田が顔を輝かせてウラの傍に歩み寄る。
ウラはフフンと鼻先で笑ってみせると、胸をそらして自慢気に言葉を返す。
「そのマドレーヌを買ってきたのよ。それもチョコ味とプレーン味、どっちも買ってきたんだから」
 黒い目に得意そうな笑みをのせて、中田を見やる。
「さあ、さっさとお茶を淹れておいでなさい、ヘヤー!」
「そ、それがですね、ウラさん」
 ウラの言葉を片手で制し、中田は残念そうにため息を一つ。
「あたし、今から仕事に行かなくてはいけないんですよ。ちょうどさきほど依頼が入りましてね」
 時間がないと言いつつも、中田は急須に手を伸ばす。
茶葉を替えてポットの再沸騰ボタンを押し、それから改めて、大袈裟なため息をもう一つ。
「依頼が入ったの? ここもなんだかんだで忙しいトコね。で、どんな内容なの?」
 中田のため息など気にもとめず、ウラはデスクに腰掛けたままでいる三上の顔に目を向けた。
三上はその視線に気がつくと、頬づえを解いて首を傾げる。
「遊園地にの、霊が出るらしいんじゃよ」
「遊園地ですって!?」
 三上が述べた言葉に食い付くように、ウラが身を乗り出す。
「それじゃあヘヤーは今から遊園地に行くのね? どこ、どこの遊園地なの?」
 問いかけつつ、頬が緩む。
遊園地なんて、ここしばらく行っていない。大好きな場所の一つなのに!
「いえ、都心から少し離れた場所にある、小さな遊園地なんですよ。以前から霊が出るという噂はあったらしいんですが、今回はそれをどうにかしてくれ、との依頼でしてね」
 横から手を伸ばした中田が、三上に代わって返事を返す。
デスクの上には熱々の湯気をたてた湯呑が乗せられ、ウラはその湯気の行方をしばし眺めてから、ふむと小さく頷いた。
「どうにかしなくちゃいけないのなら、それをこなす人が必要よね。ヘヤー一人で行っても役不足だわ。あたしが行ってあげる」
 ニヤリとした笑みを口の端に浮かべ、ウラは中田に目を向けた。
「それじゃあ、あたしとウラさんとで行くんですね」
 自分の湯呑を口に運びつつ、中田が首を振る。
「誰がおまえと行くのよ、ヘヤー。あたしはカナコと一緒に行くのよ。事務所の人間が必要なら、カナコだっていいはずだわ。一緒に行きましょー、カナコ!」
 明るい笑みを満面にたたえ、ウラはそう述べて三上を見つめた。
三上はしばし驚いたような顔をしていたが、すぐに頬を緩めて頷いた。
「善は急げよ。すぐ出ましょう!」
 

 遊園地は特に目立った見所もなく、際立った客寄せもない、小規模なものだった。
しかしそんな事などおかまいなしにゲートをくぐるウラの足は、嬉々とした気持ちを隠すことなく現している。
弾むように歩いて、時折後ろの三上を確かめる。
「どの乗り物から始めようかしら。ジェットコースター? オバケ屋敷? ああ、でも! でもまずは甘い物巡りよね。園内で売ってるお菓子は食べ尽くしてやるわ!」
 歌うようにそう告げて、同意を求めるように三上を見やった。
三上はウラの言葉に頷きながらも、ゲートに置かれてあった園内の地図を広げ、アトラクションの場所などを確認している。
「霊が出るというのは、向こうにあるじぇっとこーすたーだとの事じゃ」
 地図を確かめてから左の方角を指差して顔をあげ、自分を見ているウラの顔を見つめて笑みを返す。
「ふうん、」
 三上が示した方に目をやれば、確かにジェットコースターが確認出来る。
「それじゃ、行く途中でお菓子を買って、食べながら向かえばいいのよ」
 華やいだ笑みを浮かべるウラに、三上は小さく頷いてみせた。

 とは言ったものの、全体的に見て小規模な遊園地だ。
霊が出るという噂は多少の客寄せにはなっているようだが、それでもやはり、客の姿は多くない。近隣に住んでいるのだろうと思われる親子連れやを中心にした客層か。出店も少ない。
しかし、そんな事などおかまいなしに、ウラはクレープの屋台を目指して走る。
そしてクリームたっぷりのクレープを四つほど注文し、出来あがってきた内の二つを三上に差し出す。
「まずは軽くね。仕事前だし」
 
 さほど広くはない園内だから、ジェットコースターまではほどなく到着した。
すでに食べ終えていたクレープの変わりにチュロスを握り、ウラは目の前のジェットコースターに目を向ける。
「……全然たいしたことのない乗り物ね」
 チュロスを頬張りつつそう告げて、迷うことなく係員の横を過ぎていく。
三上はその後ろをついて歩きながら、所在なさげに周りを見やる。
「わ、わしはこのような場所に来るのは初めてでな。じぇっとこーすたーも、てれびで見た事があるだけなのじゃ」
「そう! それならちょうどいいわ。ここは初めに試すにはちょうどいいトコだわ。さあ、さっそく乗りましょう!」
 おどおどと周りを見やる三上の手を引き、ウラはそう告げて微笑した。
「そ、そうか。こう、てれびでやるものを見ると、とんでもない高さからゴーっと落ちたりするじゃろ。恐ろしくての」
 ウラの言葉に安堵の息をこぼす三上の頬が緩む。
「見たとこ、あたし達以外に客もいないようだし、幽霊とやらと対面するにはうってつけだわ。あたし、幽霊と縁がなかったのよ。対面したら、どう脅かしてやろうかしら」
 クヒッと笑うウラの手を握り、三上もつられて小さく笑う。
「霊が出てくる条件が、いくつかあるらしいのじゃ。まず、じぇっとこーすたーの前の列から数えて二番目の席に座り、」
 係員が二人を席に連れていく。
一番前の席を勧められたが、三上はそれを断わって、前列から二番目の席に腰を落ちつかせた。
「そうして一周した後に、一番前の席に、霊が出るとの事じゃ」
「つまり、この席に、霊が座るっていうわけね」
 安全のためのバーを引きおろしながら、ウラは空いている前の席で両手をぶらぶらさせる。
三上が頷くと、ウラは再びクヒヒと笑い、言葉を告げた。
「幽霊も一緒に叫べばいいのよ! そうすればイヤなことだって忘れられるんだから。キヒヒヒヒッ」

 間もなくコースターは動き出し、レールの音をかたかたと鳴らしながら、ゆっくりと坂をのぼりだした。
「こここここれは」
 三上の額に汗が滲む。
対し、ウラの顔は弾む心をそのまま現したような表情が浮かぶ。
「ここから一気に下るのよ! 叫ぶわよ、カナコ! いるならおまえも叫ぶがいいわ、幽霊!」
 キャアアアアアアァァァ!
一気に下り始めたジェットコースターが鳴らすレールの音が、ウラと三上の悲喜こもごもな声によってかき消された。

 数分後。
嬉々としたウラと、ぐったりとした三上を乗せたジェットコースターが、スタートした位置に滑りこみ、止まった。
「なかなか面白かったわ! やっぱりジェットコースターはぐるんぐるんと回らないとね!」
 うきうきと声を弾ませてウラが笑う。
三上を見やれば、三上は疲弊しきった顔でぐったりと座りこみ、呆然と上を眺めている。
「ぐるんぐるん、と、な」
 蚊の鳴くような声でそう呟いた時、ウラが楽しそうな声を張り上げた。
「カナコ、カナコ! こいつね、こいつが幽霊なのね!」
 三上がようやく首を動かして前の席を見やると、そこには、動き出した時には確かにいなかったはずの、中年男の姿があった。

 くたびれたスーツに身を包んだその男は、年の頃は四十代といったところだろうか。
おどおどとした目をウラに向け、動くことなくじっと席に座っている。
「……思ってた幽霊像と、なんだかちょっと違うのね」
 感心したように述べるウラの言葉に、ようやく調子を取り戻した三上が答えた。
「霊だからといって、全てが悪霊だというわけではないのじゃ」
 男が、今度は三上を見やる。
「わ、私は、何も悪さはしておりません」
 くぐもった声でそう告げて、男は怯えたような目をまばたきさせた。
 
  元々この遊園地のそばで暮らしていた男にとって、この場所は思い出深い場所だった。
子供の頃にはただの空き地であった場所は、それはそれで楽しい記憶がつまった場だった。
やがて遊園地が出来てからは、バイト先として忙しく働き、ほのかな恋や、あるいは友情を紡ぐ場にもなった。

「それが私、たまたま事故に遭っちゃいまして」

 赤信号であったのを、うっかり勘違いして渡ってしまった。
仕事で疲れていたにしろ、あれは今思い出しても、うっかりすぎだったと思う。
男はそう続けてがっくりと肩をおろし、睫毛を持ち上げながら呟いた。
「死ぬ間際、ここを思い出しましてね。……このジェットコースターを担当してたんですが、リニューアルしたらしくて。……乗ってみたくなったんですよねぇ」
 かすかに頬を緩ませてそう告げる男は、どこか嬉しそうに目を細めてウラと三上を順にを見やる。
「……出来れば、ここに留まりたいんですが、……無理ですかねぇ?」
「なによ、成仏は望まないというの?」
 ジェットコースターを降りて男の脇に立ち、腰に両手を据えて男を見やるウラに、男は小さく頷いた。
「いつかは成仏するのかもしれませんが、……今はここにいたいんです」
 男の言葉を聞き、ウラはふと思案した後に、何事か思いついたように手をたたく。
「オバケ屋敷に行けばいいんじゃないかしら?」
 しかし男はあっさりと首を横に振り、ウラは頬を膨らませた。
「……ここに愛着があるのじゃな」
 三上が静かにそう問うと、男はゆっくりと頷いた。
「それなら、いっそこの遊園地に就職したらいいんだわ」
 思いつきをあっさり否定された事が面白くないのか、ウラはそっぽを向いたままでそう述べた。
「……就職?」
 三上と男が同時に返す。
「そうよ。案外流行るかもしれないわ。記念に心霊写真とかもいいし。幽霊が出る遊園地なんて、大々的に宣伝したら、結構な客寄せになるんじゃないのかしら」
 首を傾げて笑うウラの言葉に、男と三上が同時に微笑む。
「それは良案じゃ、ウラ! 双方の望みを叶えられる、またとない思いつきじゃ。さすがはウラじゃのう!」
 三上が手放しに誉めるので、ウラは少し照れたように笑って首をすくめた。
「あたりまえだわ! クヒヒッ」

 それから後、ウラと三上は連れ立って遊園地の責任者と話し合い、事は解決を見出した。


「なるほど、なるほど。それは良かったですねェ」
 三上事務所に戻った二人を迎えた中田は、のんきそうに笑って湯呑を二つデスクに乗せた。
「責任者も、それは良い案であると満足してくれたしの。今回はウラの思いつきが功を成したというところじゃ」
 湯呑を手にとってすすりながら、三上は、近くにあったケーキの箱に手を伸べる。
中を確かめてみる。どうやら中田は手をつけずに待っていたらしい。
「まどれーぬとやらを一つ食してみるかのう」
 プレーンタイプのマドレーヌを手にとって、口に運ぶ。
しっとりとした口当たりと、甘すぎない上品な味が口に広がった。
「どう? カナコ。美味しいでしょう?」
 三上が満足そうな笑みをするのを見て、ウラは嬉しそうに目を細ませた。
「これは美味い! 遊園地で食したくれーぷやちゅろすも美味かったが、これはまた、違った美味さじゃの!」
 三上の言葉に、ウラは自分もマドレーヌをかじりながら微笑む。
「今度は仕事じゃなく、ゆっくりと行きましょう、カナコ。今度は大きな遊園地を案内してあげるわ!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3427 / ウラ・フレンツヒェン / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】



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■         ライター通信          ■
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いつもお世話様です。ご発注いただきまして、まことにありがとうございました!

今回は全体的にまったりとしたノベルになったかと思います。
いつも中田の方がよく動く三上事務所ですので、三上が動くノベルというのは
なんだか新鮮な気持ちでした(笑
あまり動きのないNPCなのですが、会話等、ウラ様との親しい雰囲気を
少しでも色濃く出せていれば、と思います。
このノベルが少しでもお気に召していただければ、幸いです。