コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


遊園地へ行きましょう


 通りかかったデパートの地下に新しく入った洋菓子店の箱を手土産に、マリオン・バーガンディは、とあるビルの一室のドアをノックした。
ドアには『三上事務所』という名称が印字された看板がぶら下がり、揺れている。
お世辞にも流行っているという印象を覚えない事務所だが、実はそれなりに絶え間なく依頼は転がりこんできているらしい。
 ノックして間もなくドアは開けられ、少し小太りの中年男が顔を覗かせた。
「いらっしゃいま……あれ、これはこれは、マリオンさん!」
「こんにちは、中田さん。今日は馴染みの骨董屋の帰りに、近くを通りかかったものですから、遊びに寄らせていただきました。……これ、お土産です」
 マリオンは微笑を浮かべて小首を傾げ、携えてきた洋菓子の箱を中田の前に差し伸べた。
「ウハッ、これは名高い洋菓子店の! いやぁ、あたし、ここのケーキ食べてみたかったんですよぉ。いや、これはありがたい!」
 中田はうはうは笑いつつ箱を受け取り、うきうきと浮ついた足取りで、事務所の奥へと姿を消した。
 中田に続いて事務所の中へと足を踏み入れ、きょろきょろと周りを見やる。
――――そういえば、直接こうして事務所に立ち入ったのは、初めてだったかもしれない。
思い立ち、マリオンはふと背筋を伸ばして微笑した。
目をやれば、そこにはデスクに腰掛けたままの三上可南子の姿があった。
「改めて、ご挨拶を。マリオン・バーガンディと申します。以後、お見知りおきください」
 恭しく頭をさげる。すると三上がカタリと立ちあがって、その動きを制して告げた。
「こちらこそよろしくの。……見ての通り、むさくるしいばかりの場所じゃから、楽にしてくれればよいのじゃ」
 ゆるりと微笑みを浮かべる三上に、マリオンも微笑を返して小さく頷く。
その場の和やかな空気を読み取ることなく、
「お茶がはいりましたよォ!」
 事務所の奥から、中田が盆を持って駆け足で寄ってきた。

「そういえば、今日はお仕事ないんですか?」
 皿に取り分けられたケーキにフォークをつきたてながら、マリオンは不意に顔を持ち上げて訊ねた。
「はぁ……あ、そういえば、仕事に行かなくてはいけなかったんでした」
 早くも二つ目のケーキに口をつけていた中田が、慌てて最後の一口を頬張る。
いそいそと用意を始めた中田を見やるマリオンの目が輝き、
「お仕事に向かうんですね? 私もご一緒していいですか?」
 声が弾む。
「へ? ええ、まあ、それは願ってもないことなのですが」
 ジャンパーを羽織った中田が、マリオンの顔を見つめて首を動かした。
「遊園地に霊が居座っておる、との事なのじゃ。行ってくれるか」
 三上が横から口を挟む。
――遊園地! 
思い、さらに心が弾む。
しかしその気持ちは表情には出さず、相変わらず穏やかな微笑のままに、ちらりと中田の頭髪に目を向けた。
「もちろんです。ちょうど時間を余していたところですし」
 頬を緩め、首を傾げてみせた。


 都心をわずかに離れた場所に、その遊園地は所在していた。
特に目立つようなアトラクションがあるわけでもなく、人目を引くようなものがあるわけでもなさそうだ。お世辞にも流行っているとは言い難いその様相に、しかし、マリオンはついと両目を細めてみせる。
瞬きするたびに揺れる金色の輝きは、華美であるはずの色彩ながら、しっとりと上質な光沢を放ち、艶然としている。
猫を彷彿とさせる輝きをひらひらと動かし、遊園地の端々まで目を向ける。
目にとまるアトラクションといえば、ありがちなものばかり。
「それで、どこに霊がでるんです?」
 園内をくまなく一望した後に、マリオンはふと振り向いて、園内の地図を確認している中田を見やった。
中田は「ハァ」と唸りつつ、右手を持ち上げて指差した。
「あちらに見えるジェットコースターに出るとの事ですよ」
 視線を動かす。
確かに、途切れ途切れに絶叫が聞こえた。

 小規模な遊園地だから、ジェットコースターまではほどなく辿りついた。
間近で見てみれば、やはり、規模としては大したことのないものだ。
「日頃から見かけられるものなんですか? 今は陽も高くある時間ですが……夜に出直したりとかいう必要は?」
 マリオンが問うと、中田はいやいやと手を振って答える。
「それが、時間に関わらず、ある条件をこなせば、姿を見せるとの事なのですよ」
「条件?」
「ええ。ええと、一番前の席から数えて二列目に座り、その上で一番前の席に乗員がいない場合、一周して戻った頃には、いつのまにか姿を見せている、らしいんですよ」
 メモ帳を確認しつつそう述べる中田に、マリオンは小さく頷いて、周りを確かめた。
周りにはマリオンと中田以外に待機している客もなく、係員は退屈そうに欠伸をしている。
「なるほど……それでしたら、今乗れば、その条件を達成できるかもしれませんね」
「はァ、そのようで」
 他人事のように答える中田に、マリオンは満面の笑みを見せた。
「そうとなれば、こうしている暇はありません。急ぎましょう、中田さん!」
 どこかあどけなさを感じさせる笑みを浮かべてそう告げる。
中田は驚愕したような顔をしていたが、やがて事態を把握したのか、大きくかぶりを振って口を開けた。
「あ、あ、あたしはここでマリオンさんをお待ちしてますよ。あたしが行ってもお手伝いできるわけでもありませんし」
 しかしマリオンはすでに歩きだし、係員の横をすり抜けていた。
「急ぎましょうー!」
 中田の心など知る事もなく――いや、気付かない振りをしているだけだが――、マリオンは弾むような足取りで歩いていく。
その背中を見守って、中田は青ざめた顔でため息を吐き、自分も足を進める。
心もとない足取りで、係員の横をすり抜けて。

 やはり思った通り、客は二人以外にはいなかった。
係員は二人を一番前の席に案内しようとしたが、マリオンが丁重に断りをいれ、予定していた通りの席につくことができた。
すなわち、前から二列目の席だ。
噂を聞きつけた客が同様の事をする事もあるのか、係員は特にこだわる様子も見せず、決められたアナウンスを流してスイッチを押す。

「ジェットコースターなんて久々です。大好きなんですよ」
 安全のためのバーに手をつくこともなく、そう告げるマリオンの顔には、気のせいか、いつもよりも華やかな笑みが浮かんでいた。
対して中田はといえば、もうすっかり青ざめた顔で俯いている。
その手はマリオン同様にバーを掴んではいなかったが、代わりに頭髪を押さえこんでいた。
 発車を告げるベルが響き、ジェットコースターはじりじりと静かに動き出す。
スタートしてすぐに、レールは上り坂となり、その上をコースターが静かにのぼっていく。
「こうやって、急激に落ちるのがイイんですよ!」
 嬉々とした顔のマリオンと、
「イイイィィヒィィ」
 すでに声にならない声を張り上げている中田だったが、おかまいなしに、コースターは勢いよく流れ出した。
 風が頬をかすめていく。
マリオンはしばし嬉々とした声で笑っていたが、ふと視線だけを横に向けてみた。
中田はすっかりうずくまり、丸くなって、低い唸り声をあげている。
その手はやはり頭髪を押さえこんではいるが――――。
 予測していたこととはいえ、マリオンの顔には、ジェットコースターよりもよほど楽しいものを見つけたような、そんな笑顔が浮かんでいた。
やがてレールがスタート地点へとコースターを滑りこませるまで、マリオンは中田の頭髪に目を奪われていた。
 
 カタカタとレールが鳴り止んだ頃、中田が不意に声をあげる。
「ま、マリオンさんッ!」
 マリオンはジェットコースターが動きを止めてからも、しばし、中田に――正しくは、中田の頭髪に――目を釘付けにしていたが、
「マリオンさん!」
 二度目の呼び掛けでようやくふと目を動かして、中田の指が示すものを確かめた。
自分達が座っている席のすぐ前、すなわちコースターの一番前の列に、いつのまにか男が一人、座っている。
俯いた姿勢で座っている男の背中をまじまじと見やり、マリオンはいつも通りの笑みを浮かべた。
それからゆっくりと席を降りて男の横に立ち、首を傾げて会釈をした。
「あなたが、ここに出るという、霊ですか?」
 ゆっくりとした口調でそう問いて、男の返事を待つ。
男はマリオンの声に肩を震わせて、ゆっくりと顔を動かした。
見れば、それは四十代ほどの中年男性で、くたびれたスーツと、少し欠けた眼鏡をつけている。
「ええ、確かに、報告を受けていた通りの見目ですねェ」
 ズレた頭髪を元の位置に戻し終えた中田が、いそいそとマリオンの横に立った。
「わ、私は、誰の事も脅していませんし、悪さなどもしていません」
 中田の言葉に刺激されたのか、男が突然口を開ける。
「た、ただここにこうしているだけです……ッ」

 元々この遊園地のそばで暮らしていた男にとって、この場所は思い出深い場所だった。
子供の頃にはただの空き地であった場所は、それはそれで楽しい記憶がつまった場だった。
やがて遊園地が出来てからは、バイト先として忙しく働き、ほのかな恋や、あるいは友情を紡ぐ場にもなった。

「それが私、たまたま事故に遭っちゃいまして」

 赤信号であったのを、うっかり勘違いして渡ってしまった。
仕事で疲れていたにしろ、あれは今思い出しても、うっかりすぎだったと思う。
男はそう続けてがっくりと肩をおろし、睫毛を持ち上げながら呟いた。
「死ぬ間際、ここを思い出しましてね。……このジェットコースターを担当してたんですが、リニューアルしたらしくて。……乗ってみたくなったんですよねぇ」
 かすかに頬を緩ませてそう告げる男は、どこか嬉しそうに目を細めてマリオンと中田を順にを見やる。
「はァ、なるほど」
 男の言い分をメモ帳に書き記していた中田が、曖昧な相槌をうって返事をした。
「――でも、あなたがこうして姿を見せるというだけで、この遊園地は甚大な迷惑をこうむっているというのも、事実なんですよ」
 マリオンが静かに言い放つ。
男は浮かべていた笑みをわずかに曇らせ、睫毛を伏せた。
「……わかって、います」
 物寂しそうなその表情に、マリオンは、ふと首を傾げ、ポケットを探った。
 三上事務所に立ち寄る前、足を運んだ骨董屋で購入してきた小箱が、指先をかすめる。
「ジェットコースターは、もう満喫されましたか?」
 やわらかな声音でそう訊ねると、男は目をあげてマリオンを見つめ、ゆっくりと、確かに頷いた。
「――良かった。本当なら私があなたを成仏させてあげられればいいのでしょうが、あいにくと私はそういった能力を持ち合わせていないので、」
 ポケットから小箱を取り出す。
見事な彫り模様がなされた小箱は、店主がいわく、中世の呪い師が善霊をおさめ、占術などを行うために用いていたもの、らしい。
「それは?」
 中田が物珍しそうに、しげしげと箱に見入る。
「先ほど購入してきた小箱です。この中に、あなたを招き入れます」
「あ、あたしを?」
 中田が素っ頓狂な声を出す。
マリオンは困ったような笑みを浮かべて中田を見やり、小さく首を振った。
「善霊をおさめておくための小箱だそうです。それが事実であるかどうかは別としても、私には、彼をこの中におさめておくことが可能です」
 男がゆっくりと立ちあがる。
マリオンはその男の姿を見据え、ゆったりと目を細めた。
「中田さんが働いている事務所に行けば、あなたを成仏させる事が出来る方とも出会えるでしょう」
 小箱の蓋を開ける。
男が、やはり少し物寂しそうに、笑った。


「なるほど、して、これが件の小箱というわけじゃな」
 湯呑を口に運びつつ、三上が頷いた。
「しかし高価そうな小箱じゃの。箱だけでも返却した方がいいのかのう?」
「いいえ、これは、私から中田さんへのプレゼントという事で」
 三上の言葉を軽く流し、マリオンは華やかに笑った。
中田はといえば、マリオンの手土産であるケーキにフォークをつきたてていた所で、マリオンのその言葉に驚いたようにひどくむせこんだ。
「あ、あたしへのプレゼントですか?」
 急いで緑茶をすすり、喉につっかえたケーキを押し流す。
「ええ。今日は、良いものを、見せてもらいましたし」
 意味ありげに口の端を持ち上げて、中田の頭髪に目を向ける。

 ジェットコースターの動きに合わせ、ありえない動きをしていた頭髪を思い出す。

「良いものですか? ……さて、なんでしょう?」
 自分が抱えている大いなる謎をマリオンが知ったなどとは夢にも思わず、中田は眉根を寄せて首を傾げた。
「――――いいえ、なんでもありません」
 含み笑いを浮かべつつ、マリオンは湯呑に手を伸ばした。 


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【4164 / マリオン・バーガンディ / 男性 / 275歳 / 元キュレーター・研究者・研究所所長】



□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

いつもお世話様でございます。
この度はご発注、ありがとうございました!

マリオン氏は品を無くさずに、こっそりと悪戯をしかけるような方ではないかと、妄想しています。
なので、今回は中田の謎(笑)をついに目撃してしまったわけですが、いたずらにそれをひけらかすわけではなく、
でも今後、何かの拍子に、じわじわといじめ……もとい、からかって遊んでいくのではないかな、と。
――勝手な妄想ですけれども(笑)。

小箱をどのように入手して、という指定がありませんでしたので、ノベル中ではこのような
設定にしてみましたが、いかがでしたでしょうか。

少しでもお気に召していただければ、幸いです。
口調・一人称などに問題なありましたら、遠慮なくお申し付けください。
今回はありがとうございました。