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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

 いつでもどこでも、及川瑞帆は船乗りたちから追い払われていた。瑞帆が飛び込んだこの時代にカメラは珍しく、しかし珍しいからと人が寄ってくるわけでもなかった。撮影されると魂を抜かれるとまではいかないけれど皆、瑞帆にカメラを向けられるとぎこちなく固まってしまうのだ。
「お前がいると仕事にならねえ」
船長室から撮影を始めたものの、フィルムを半分も使わないまま甲板まで上ってきてしまった。せっかく船乗りの生活を記録するため船に乗り込んだというのに、これでは自分の仕事もはかどらない。
 この船は海賊の持ち船としてはかなり大きかった。マストは三本立ち、中で働くクルーの顔も覚えきれないほどである。見張り台のある、一番高いマストを見上げるような形で二三度シャッターを切り、さらにレンズを覗いたまま船の上をぐるりと見渡してみる。
「おお、可愛い子ちゃんもおるやん」
レンズの先には仕事の合間におしゃべりを楽しんでいる女性クルーたち。瑞帆の鼻の下が数センチ、伸びる。
 最初、港では数隻の船から誘われた。瑞帆がカメラだけでなく料理人としても有能であることから重宝がられた。そんな中からなぜこの船を選んだかというと言わずもがな、女性クルーが多かったからである。女性がいなければ、瑞帆は乗船拒否を起こしただろう。
 カメラを向けられていることに気づいた一人が、嫌がるように眉をしかめた。隣にいた、金髪のクルーもレンズの届かないところまで移動する。
「そない逃げんといてや」
口元にだらしない笑みを貼りつけたまま、瑞帆が被写体を追いかける。だが、レンズを覗いたまま船の上を移動するのは危険だ。案の定不意の揺れに足を取られる。
「あぶない」
危うくしりもちをつきかけた瑞帆の体を支えたのは、この船では珍しい東洋風の顔立ちをした女性クルーだった。腰のところまである長い黒髪が瑞帆の頬を撫で、その瞬間かすかな香水が匂った。
「大丈夫?」
外国のお嬢さんでも大和撫子言うんやろうか、などという言葉が瑞帆の頭を過ぎっていった。

 日頃ナンパに失敗ばかりしている瑞帆も水が変われば運も変わるのか、とんとん拍子で女性と親しく言葉を交わすようになった。自分はひょっとすると、少し生まれてくるのが遅かったかもしれないと思うほどだった。中世の時代に生まれてくれば、ひょっとすると異性に大人気だったのかもしれない。
「どこかでゆっくり話でもせえへんか?」
と、誘ってみれば
「いいわよ」
笑顔で食堂へ行こうと促される。その眼差しも、微笑みも、これが本の中の世界とは思えないほどである。唯一現実感のないのは、地についていない足くらいだった。
 甲板から階段で船内へ降りて、狭い廊下を奥に進むと広い食堂がある。船乗りの仕事はニ交代制なので、いつの時間に行っても誰かが食事をしている。二十四時間フライパンは火の上だった。
「なんにしよか。なに食べる?」
「そうね、甘いプティングなんかどうかしら」
最高、としかめ面で笑って瑞帆はカウンタの奥へプティング二つ、と大声を上げた。二人の座っているテーブルの横で食器を片付けている男がなにか言いたそうな素振りを見せたが、瑞帆は気づかないふりをした。今日はうるさいくらいに声を張り上げて、彼女と二人でいる姿を多くの人間に見せつけてやりたい気持ちなのだ。
「この間港を出たばかりやから、食材はまだ新鮮やろな」
「あら、あなた料理に詳しいの?」
「まあまあやな」
謙遜してみせたものの、料理に通じていると聞いた途端彼女の目が輝いた。これは、なんとしてでも料理の腕を見せて男を一段上げるべきだろう。
 ほどなくしてプラム入りのプティングが運ばれてきた。瑞帆は上機嫌のまま、彼女と喋りながら頂点から崩し、一さじすくって口の中へ運んだ。

「・・・・・・」
見る見るうちに、瑞帆の表情が渋くなる。なにか混ざっているのだろうか、と心配した彼女が自分のプティングを崩してみるが、おかしな物は入っていない。
「どうしたの?」
「・・・・・・なんや、この味!」
女性は気づいていないようだが、瑞帆に言わせれば「クソまずい」料理だった。こんなもの彼女に食べさせるわけにはいかない、自分の作った最高のプティングを食べてもらえば、彼女の心はますます傾くに違いない。瞬時にそれだけの算段が働き、瑞帆は席を立った。
「厨房借りるで」
両腕につけたアクセサリを外しながら、有無を言わさぬ勢いを背負って働くコックを押しのける。厨房内をざっと見渡し、感覚で食材の場所を見つけ出すと卵に小麦粉・レーズン・シナモン・ナツメグとプティングに必要な材料をかき集める。
「泥みたいな味のプティングばっかり食っとるから、舌が慣れて同じ味しか作れんのや。少し俺の特別製食って勉強せえ」
ぶつぶつと文句を呟くながらも手は素早く動いている。フルーツのピールを細かく刻み、卵と小麦粉とその他を混ぜ合わせる。鼻で大まかな味の見当をつけ、舌を使い香辛料を足しながら細かく整えていく。
「蒸し器はどこや?」
銀色の器に材料を流し込み、一つずつテーブルに底を打ちつけて、表面を平らにする。湯気を上げる四角い蒸し器の中に九つの容器を等間隔に並べて蓋をする。厨房の壁にかかった時計の長針が真上を指す頃には、蒸しあがるはずだった。
「待っとってや、すぐほんまにおいしいプティング食べさせたるからな」
瑞帆特製のプティングを食べれば、彼女の心はぐっと傾くはずだった。

 完成したプラムプティングは、我ながら会心の出来だった。船の厨房は火力が一定ではないのでうまく蒸せるか不安だったのだが、フォークで切り分けると最奥の部分までふるふると揺れている。
「食ってみ」
「ええ」
瑞帆に促されるまま、彼女はスプーンを手にとってプティングを口へ運んだ。うまいやろう、と瑞帆の顔が決めている。彼女はなにも答えなかったけれど、顔を見るだけで反応は知れた。
「さっきのクズとは比べもんにならんやろ?全く、この船のコックは料理知らんにもほどがあるわ」
「そうね」
スプーンを持った彼女の手が、かすかに震えているのに瑞帆は全く気づかなかった。また、その声がさっきより幾分低くなっていることにもまた無頓着だった。
「ここのコック長弾き出して、俺がコック長になるんはどないやろ?そしたらきみに毎日最高の食事させたるで」
それは無理ね、と彼女は答えた。
「なんで?」
首を傾げ、彼女の顔を覗き込む瑞帆。と、ようやく彼女の表情が鋭く尖っているのに気づいた。
「だって、私がこの船のコック長だもの。あなたがコック長になれば弾き出されちゃう」
彼女の声を聞いた途端、その鋭い先端に胸を貫かれたような心地がした。つまり、今まで瑞帆が罵っていた料理は全て彼女の味付けによるものだったのである。それを散々にけなしたということは。
「私、本当はもっと大きなものを料理するほうが得意なのよね・・・・・・たとえば、人間とか」
低い呟きと共に、刃の長い包丁が瑞帆に突きつけられる。コック長という肩書きを聞いてからだと、その冗談は笑えなかった。だが、彼女にしても笑えない話だろう。いくら瑞帆が知らないといっても自分の料理をこてんぱんにけなされたのだから。
 彼女を穏やかに説得するべきか、それとも逃げるほうが先決か。
「・・・・・・どないせえっちゅうねん・・・・・・」
こうして瑞帆の恋は終わった。

■体験レポート 及川瑞帆

 船の揺れるところまで本物みたいでおもろかったわ。途中、ちょっと船酔いになりかけたんやけど、ここまではほんまもんやなくてもええと思うで。
 ただ・・・・・・まあ、口は災いの元っちゅうか、なんちゅうかなあ。みんながどんな仕事しとるんかくらいは教えといてもらいたかったわ。おかげで痛い目見たわ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3068/ 及川瑞帆/男性/25歳/カメラマン兼料理人

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
本来、物語の結びは
「こうして○○の物語は終わった」
で統一していたのですが、瑞帆さまの場合は物語というより
恋が終わったほうが正しいなあと思い、変更してみました。
女の子大好きなのにヘタレな男の人は大好きなので、
書いていてとても楽しかったです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。