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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


今年のお味見


 ――プロローグ
 
 蛍光灯の埃取りを草間探偵に任せて、シュライン・エマは冷蔵庫の霜取りにせいを出している。二十五日……クリスマスが過ぎる頃までは、平年通りの刺すような寒さがなく、なんとなく年末の大掃除もやり過ごしてしまいそうになっていた。
 だがそういうわけにもいかない。気合を入れてクイックルワイパーや掃除機の中の代え袋、カビトリハイターと七十キロ仕様のゴミ袋を買い込んで、退路を断った。一重には松前漬けと栗きんとん、昆布巻きに黒豆田作り、数の子を。二重にはなますにタイの塩焼き、アスパラの牛肉焼き。三重に煮しめを積めることにする。あとは切り餅に鏡餅を買って、まだ高い野菜を少し買いだめ……。
 ……割りと白菜が安かったので、二つ購入することに。そんなことをしていたら、ショッピングカートは上下二つとも満杯になってしまった。
 シュラインは、正月前の買い物で行列を成している列に並びながら、静かに考えた。
 どうやって、持って帰ろうかしら……と。
 
 
 ――エピソード
 
 零が冷蔵庫の隣にしゃがみ込みながらクスクス笑う。
「去年はちゃんと車で行ったんでしたよねえ」
 結局、四袋に及んだ大荷物をさばき切れなかったシュラインは、大掃除前に無理をしてぎっくり腰なんていう不甲斐ない結果を避けるため、大人しく興信所に電話をかけた。興信所のソファーで伸びている草間は電話に出ず、シュラインに言われて掃除に燃えていた零が出た。
 考えてみれば車も乗ってきていない草間に迎えに来てもらうよりは、ほとんどの重さを感じることさえない零に来てもらった方が、物事が円滑に進むと気付いたシュラインは、長くなっている草間は無視をして、零に迎えを頼んだ。
 二人で興信所へ帰り、手付かずになっていた様々な掃除を開始する。
「武彦さん、あなたは特別に自分の机だけでいいわよ」
 ソファーで新聞を顔に載せていた草間は、バサリと新聞を避けて起き上がり、不服そうな顔でソファーに座った。それから欠伸を一つ。吸い口寸前まで吸われた煙草が山になっている灰皿に手を伸ばして、シケモクを手に取る。ライターで火をつけようとガラステーブルに手を這わせたところで、シュラインに百円ライターを取り上げられた。
「聞こえた?」
 草間は無気力な顔でシュラインを見上げ、どこかの悪ガキが母親に怒鳴られているのを見ているような、そんな顔でライターを求めた。つまり、自分は無関係と言いたいらしい。
「さっさと机片付けなさい」
 雷が今まさに目の前に落ちようとしていることにようやく気が付いた草間は、シケモクを口にくわえたまま慌てて立ち上がった。
 力の入らない両足を棚の端にぶつけ、草間は片足でピョンピョン跳ねる。
「いってぇ」
 シュラインはまったくと腕組をして、草間が机まで辿り着くのを眺めていた。
 草間は机を途方に暮れたように机を見つめている。
「エマ、なんかでっかいゴミ袋くれ」
「なんでもかんでも捨てないでよ、書類もあるんだろうし」
 あまりの汚さに手をつけなくなって約半年。さすがに缶ビールはシュラインがこまめに回収していたが、なぜか溜まる方が早かった。現在の草間の机の上には、カップラーメンのカスがうず高く積まれ、缶ビールの空き缶がずらりと並び、その横には仕事とはまったく関係ない北方謙三著作のハードボイルド小説が埃を被った状態で高く高くそびえ立っている。そしてその本の上には、エッグチョコのおまけである戦闘機の小さな模型が置いてあった。いくつかパーツがぶっ飛んでいるようだ。
「あと、不燃ごみは分けてね」
 草間は手始めに、動かしただけで灰が落ちそうな灰皿を手に取った。
「……! 絶対そのまま動かないで」
 危機を感じたシュラインは叫び、大慌てでゴミ袋を持って机へ急行する。
 ざばっと中を空けた草間は、機嫌よくカップラーメンの容器を手に取って中へ入れようとした。
「ダメ、それは不燃ゴミ。中洗うの」
 シュラインが強い口調で言うと、草間はシケモクをくわえたままつぶやいた。
「めんどくさいなあ」
 シュラインは無言で不燃ゴミ用のゴミ袋を草間に突きつけた。
 
 
 そんな風にはじまった掃除だったが、案外と順調に進んでいる。
 毎年シュラインに逆らいなんとか掃除を避けようと画策する草間なのだが、何年も経つと無理に気が付いたらしい。彼にも人並みの学習能力があるのだ。
 学習能力があるなら……。シュラインは考える。
 学習能力があるなら、せめて食べた物や飲んだ物のカスはこまめに捨ててもらいたいものだ。
 草間はある意味遊び心満載の自分の机の上を片付けて、本は自室の本棚へ引き上げ、カップラーメンの容器は台所でスポンジを片手にやっつけ、缶ビールもすすいで袋の中へ入った。必要書類を処理する能力が著しく欠けている草間は、たまに裏に走り書きなどがされているそれらの書類を黙ってシュラインの机の上に置いた。
 事務所、トイレ掃除、お風呂掃除、台所掃除、零と二人でそれらを片付けたシュラインは、今冷蔵庫の霜取りをしているところだ。
 意外とこの霜取りは力がいる。
 事務所を覗くと、草間が蛍光灯の間をハンドクイックルで拭いていた。高い所の仕事は草間に残してあったのだ。
 ふと視線に気が付いて、彼はパイプ椅子から降りてシュラインとそれを見守る零の隣へやってきた。
「零、お前飛べるんだから、蛍光灯やら高い棚の上やら拭いてなさい」
 そういえばそうだった。
「ちょっと、どいてみぃ」
 草間はシュラインに手を振った。犬を追いやるような仕草に、少し眉根を寄せてからシュラインは立ち上がる。草間はシュラインと同じように冷蔵庫の前に屈みこみ、シュラインの持っているキリを渡すように片手を差し出した。
「やってくれるの?」
「力仕事は男の出番だろ」
 草間がシュラインを少し見てニヤリと笑う。シュラインはおかしくなってつい笑い出す。
「壊さないでね、年代物だから」
 二人ともクスリ、クスリと笑みを洩らした。シュラインは事務所の零を見やって言う。
「零ちゃん、お掃除できたらお台所きてね。今年はどのおせちを覚えられるかしら」
「はい! 私は、今年は鶏年なので、鶏料理を覚えたいです」
 元気に答えた零の声に、草間とシュラインは目を合わせる。それから、白くなりかけている草間探偵所の居候を見つめた。彼女も鶏……であった。
「あぶないわ武彦さん、来年は戌よ」
 シュラインが警告を発する。ノラ犬惨死事件! などという新聞の見出しが浮かびかけていた。
 草間は気の毒そうに鶏を眺めながら
「その前にあいつがあぶない……」
 もっともなことをつぶやいた。
 鶏を使う料理……がおせちには少ない。シュラインも鶏は胸肉を少ししか買っていない。去年はたしかなますの作り方を零に教えた筈だ。
「鶏となると、煮しめねぇ……」
 などと口の中で独りごちながら、シュラインは二個も買った白菜の外の葉を剥きはじめた。
 草間がキリを片手にシュラインを見上げる。
「お前、おせち作るんじゃなかったのか」
「え? これは今日のお夕飯。お腹へったでしょう、お鍋にしましょう」
 スーパーの袋の中からタラの切り身を出して、草間に見せる。
 草間は少ししかつめらしい顔でうなずいてみせた。
 
 
 ――エピローグ
 
「あとは、かつお節を取り出して、薄口醤油を適宜、十五分中火で煮詰めれば完成よ」
 零は目をぱちくりさせてから、こくりと大きくうなずいた。
 シンクにはお鍋の名残が置いてある。これからさっくり洗って、明日の朝用に雑炊を作らなくてはならない。
「わかりました。これで終わりですか?」
「ええ、最後にまた味見をして、おしまいね」
「はい。じゃあ、私洗ものしちゃいます」
 零はセーターの袖をめくった。シュラインは目を瞬かせる。
「ありがとう」
「洗いものって好きなんです。キュッキュッキュって鳴るのが好きなんです」
 彼女はへへへと笑って蛇口をひねった。
 洗い桶にためて節水よ、と心の中でつぶやいたがシュラインは口にしなかった。事務所の方から呑気な声がする。
「おい、おい」
 そう言いながら声は近付いてきて、隣の台所に話しかけるような大声で言った。
「寒いと思ったら、雪が降ってきたぜ」
 シュラインと零は草間に連れられて事務所の窓まで行き、すぐに溶けてなくなりそうな粉雪がしんしんと降るのを見た。
「すっかり、今年も暮れたわね」
 草間を振り返って言う。草間は煙草をくわえながら、遠くを見るように言った。
「暮れた、なぁ」
 今年は色々とあった。来年もきっと、色々とあるだろう。
 初詣のお賽銭を少し弾むから、神様来年は私達にとって幸せな年でありますように。シュラインは元旦まで降り続ける雪を見ながら、そんなことを祈った。


 ――end
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0509/草間・武彦(くさま・たけひこ)/男性/30/私立探偵】

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■         ライター通信          ■
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今年のお味見 お送りしました。
お気に召せば幸いです。

文ふやか