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■とじこめられた武彦■
草間武彦は、闘っていた。
何よりも、己の怒りや恨みと闘っていた。
何故なら理由は簡単、武彦の目の前のソファには、ゆったりと零の淹れたお茶を飲んでいる生涯の天敵、生野・英治郎(しょうの・えいじろう)がいるからである。
「で」
落ち着かせるため深呼吸をしながら武彦は、切り出した。今日は「正式な依頼」だというから、玄関から中へと通したのだ。
「お前の依頼ってのは?」
すると英治郎は、ふと遠い目をした。
「私はかつて、サボテンが嫌いでした」
「───は?」
「嫌いな理由はただ一つ、トゲトゲがあって、可愛いと思っても触れないからです。そこで! 私は考えました。トゲトゲがなければサボテンではない、けれど一日に一度ホッペにすりすり出来れば私は満たされるのです。─── 一日に一度だけ、サボテンのトゲトゲが消える新薬を発明しました。なのに」
不審な顔をする武彦をよそに喋り続けていた英治郎だが、ううっと、そこでハンカチを取り出して目を抑えた。
「私の可愛いドナルド・生野ちゃんは、その新薬を嫌がって、一度かけただけなのに家出してしまったのです! これが耐えられずにいられますか、ええ、オイ」
「待て、苦しい。英治郎、落ち着け。要するに───」
ぐいっと感極まったあまり、テーブルをこえた向こう側の武彦の胸元を掴んでしまった英治郎だが、ふっと我に返って、またソファに座る。
「要するに……そのフザケタ名前の『ペット』───サボテンを探し出せってんだな?」
半眼になって確認すると、英治郎は「そうです!」とむせび泣いた。
「きっと今頃どこかのペット屋さんにでも売り飛ばされて───」
「それはない。それはないから、落ち着け」
そして武彦は、その生野英治郎が新しく飼い始めたというペット───ドナルド・生野という名のサボテンの特徴を聞いた。ここで引いたら、何をされるか分かったものじゃない。
「ええと……。
1.『ドナルド』の名前にしか反応しない。
2.日光を浴び続ければ新薬の副作用により、どんどん大きくなっていってしまう。
3.新薬の最も恐ろしい副作用として、『自分を捕らえようとする者』と見做せば無機物であろうがなんであろうが『写真』に変化させてしまう───」
お前な、と英治郎をじろりと見やる。
「もうちっとマシな副作用の新薬作ってから使え! それと名前も変えろ!」
「嫌です! ───ドナルド好きな武彦に合わせてつけてあげた名前です、譲れません」
それからしのごのと二人はやりあっていたが、「いつも通り」武彦のほうが疲れただけで終わった。
「じゃ、頼みましたよ武彦。報酬はひとり1つ。無茶なものでない限り、用意します」
と、英治郎は草間興信所を去って行った。
「ペットでサボテン探しなんつったって、大好物でつるのが一番簡単なんだけどなぁ」
ぶらぶらと、英治郎に聞いておいた、その「大好物」を持って、とりあえず園芸店を訪ね歩いている武彦である。園芸店の中を歩きながら、小さく「ドナルドー」と気のない声で呼んでいるのが、また空しい。
と、その時。
殺気のようなものを感じて、武彦は退いた。
掌大の大きさの丸型サボテンが、武彦にじりじりと近付いている。狙いは手に持った、大好物の「きれいな砂」と「上等のミネラルウォーター」であろう。
武彦はそれを、少し離れた場所に置き、犬か猫にでもするように、舌を鳴らした。
「チッチッチッ、おいでおいで」
サボテンは迷っていたようだったが、そろそろと鉢ごと音もなく近寄ってきた。ビニール袋から毀れた「きれいな砂」を、まるで尻尾のように、後ろの部分に生えている部分を振っている。喜んでいるのか……。武彦は一瞬頭痛がしたが、この機を逃してはならない。サッと、持っていたもう一つの布製の虫取り網をかぶせようとした。
サボテンドナルドが、こちらを向く。
「!」
くらくらっと頭が揺れた、と思った瞬間。
武彦は、天井を見ていた。
「あれ?」
起き上がろうとしても、起き上がれない。
そう、武彦はポラロイド写真のように、「生きた写真」として、写真の中に閉じ込められてしまったのだ。
「零っ、八雲園芸店にすぐ来てくれ! 写真にされたっ!」
携帯電話を取り出し、写真の中で使ってみると、それは普通に使用出来るようだ。
やがて零がやって来て武彦を確保した時には、既にサボテン、ドナルドの姿はなかった。
■英治郎の問題点は■
いや、そんなものはたくさんあるのだが。
実際、英治郎の問題点などキリがないだろう、と、興信所にやってきて自分を笑っている羽角・悠宇(はすみ・ゆう)や、「草間さん、写真の中まで器用なんですね」と素直にビックリしているらしい初瀬・日和(はつせ・ひより)や、のんびり紅茶を飲んでいるセレスティ・カーニンガム、それに、親友同士だったらしく楽しく歓談しあっている山口・さな(やまぐち・−)に瀬川・蓮(せがわ・れん)をテーブルの上に本を積み上げそれを背もたれ(?)にした写真の中からため息をつきつつ、武彦は思っていた。
「写真の分際で何ため息ついてんの、草間」
さなが気付いて、こちらを向く。目が異様にキラキラと輝いているのは、何か企んでいるのだろう。後ろで、恐らく共犯になり得そうな蓮が小悪魔的微笑をしている。
「写真にされたからため息が出るんですよ」
昔の学校の先輩であるさなには敬語の武彦である。
「そういえば、さっきまでいたシュラインさんとシオンさん、どこにいったんですか?」
日和が、こちらも零から、まだ笑いがこみ上げている悠宇と共に紅茶を貰いながら尋ねる。
「あの二人なら、英治郎に問題がある、言いたいことがあるって、さっき出てったぞ」
武彦はそれで、ため息をついているのである。
◇
シュライン・エマとシオン・レ・ハイは、英治郎が住処にしている狗皇(いのう)神社の入り口すぐ真ん前まで来ていた。
「こんなところに生野さん、住んでるんですね」
それでも、この前人知れずシュラインが雑草取りをしたため、少しはマシになっている境内の辺りを見つめつつ、シオンが言った。
「生野さん、いるんでしょう? 今回あなたの依頼に協力することになったのだけど、一言言いに来たの。ドナルドちゃんに関係することよ」
シュラインのその「ドナルド」の言葉に反応したのだろう、すぐさま賽銭箱の向こうの障子ががらりと開き、浴衣姿の英治郎が出てきた。どうやら寝起きで、寝る時は浴衣と決めているようだ。しっかりと何故か眼鏡はかけていたが。
「ドナルドちゃんについて何か分かったんですか!?」
この血色のよさを見ると眠れない程ではないのだろうが、表情は必死である。そんな英治郎に、シュラインはまず、と、今回の英治郎の問題点を挙げた。
「今回のこれは生野さん、あなたが悪いと思うわ。名前を呼んで反応するって事は、ちゃんと懐いてたと思うの。だからこそ、棘のあるままの自分を受け入れて欲しかったんじゃない?」
ズキュン、と英治郎の胸に図星の文字が刺さる。
「飼い主のエゴだけはするまいと気をつけてはいたんですが……ううっ……」
珍しく沈み込み、しゃがみこんで障子にぷすぷすと指で穴を空けていく。自己嫌悪の時のクセのようだ。
「英治郎さん、一緒に後で謝りましょう!」
シオンが、元気付けるようにぐっと拳を握り締める。
「私も兎さんを飼っているので英治郎さんの気持ちが分かるかもしれません。兎ちゃんが家出したらとても悲しくて心配です……想像したら涙が出そうになります……今回お手伝いしようと思ったのは、それがあったからです」
英治郎の指が、止まる。
シュラインも少し口調を和らげた。
「触っても痛くない棘に一時的にする薬なら、ドナルドちゃんも受け入れてくれるかもしれないし、ね? 薬の改良をすればいいと思うわ。あと───植物と話すメガホンとかないかしら?」
英治郎は、気を取り直したように、ちょっと微笑んだ。
◇
「へえ、それでこれが半径1キロ以内のサボテンだけを呼び寄せる笛っていう……なんだっけ?」
さなが興味深そうにサボテン型の笛を見ていると、蓮がそれを手にとって同じく興味津々といった風にあちこちの方向から見つめる。
「『サボ呼笛(こてき)』だよ、さなちゃん。でもシュラインさんもシオンさんも、よく、その生野さんて人からこんなの貸してもらえたね」
英治郎のことは、さなや武彦、零から聞かされていた蓮からその言葉を聴いて、
「出来れば兎さんを呼び寄せるようなものとかあればお願いしたかったんですが───迷子になった時とか便利そうですし。でも、今回うまくいった時の報酬は決めてあるんです」
と、シオン。
「俺も決めてある」
と、こちらは何故かにやにやしながら写真の武彦を見つめている悠宇である。
「羽角、お前何考えてる……」
「んー、別に」
と言いつつも、今もいつも通り持ってきていたカメラで武彦をパシャパシャと撮っている。
「ボクも話し合いが出来るといいと思ってたんだ、無理矢理連れて帰るのは無理っぽいしね。ドナルド君はその薬の何が嫌だったのか、はっきりさせたいと思ってたけど、シュラインさんがしてくれたね。これでドナルド君の不満を解決してあげられれば円満解決するんじゃないかな」
と、蓮は予想を立ててみる。
「とりあえず、これが草間さんに聞いた、ドナルド君の姿形と移動速度などです」
と、紅茶を飲みつつ武彦から色々聞き出していたセレスティが、書き留めたメモをひらりとテーブルの真ん中に置く。
「草間さんを回収された地点から現在どの範囲辺りまで移動しているのか推測して、通りそうなところ、生野さんの家もですね、その場所の道路に水溜まりを作っておいて、通ったら反応して閉じこめて捕獲するというのはどうでしょう? 姿が見えればその対象を写真に変化させるようなので、そこに居なければ大丈夫ではないかと」
上手く行けば、あてにならないですが生野さんに連絡を取って、ドナルド君と意思疎通を(?)していただいて、元に戻して頂けたらと、と彼が言うのを聞いて、シュラインはメモを見ながら口を開く。
「ドナルドちゃんに会った際にも捕まえるというより交渉を持ちかけて、生野さんと歩み寄れるラインのお話をして、帰ってきてもらえるよう頼んでみようかと思うの」
「……『自分を捕らえようとするもの』に反応して写真に閉じこめるのかぁ。ドナルドくんを捕まえる行動が『偶然』のものなら写真にはされないと思ったんだけどな」
でも、それは聞いてみる限りだと「偶然」ではなく、セレスティの言う通り「姿が見える『敵』と見做した対象を写真に変化させる」ものだと分かり、自分の能力は使えないかもなあと呟く、さな。
「対策を考えてくれるのは嬉しいんだがな」
と、写真の中から、ふるふると震えながら武彦。
「さな先輩と瀬川にラクガキされたのをどうにかしてくれ! こっちじゃ空中にまではみ出したマジックが目障りで仕方がない!」
「ご安心下さい」
すちゃっとその武彦を写真ごと、こちらも武彦の写真を見て落書きしたい衝動を必死に抑えながらも可愛い柄の写真立てに立ててあげるシオン。
「こうして額(?)に入れてしまえば、落書きされても恐るるに足らず、です」
「真顔で何てことしてくれてんだシオンーっ!」
花柄の写真立てが気に入らない武彦が吼えるが、シュラインにひょいと抱えられた。
「首からさげられるようにして、武彦さんも一緒に探しましょ。確かに写真のままでどこかに吹き飛ばされちゃうより、このほうがいいもの」
人間、愛する者の言うことは他者と同じ言葉より何倍も効果があるものである。武彦も例外ではなく、それ以上何も言えずに額に「肉」とラクガキされた顔で「勝手にしろ」と、そっぽを向いた。
「おっ、草間さんが照れてる」
悠宇が面白がって、また一枚写真を撮る。その隣にいて今までおとなしく紅茶を飲み、セレスティが書いたメモを頭に入れていた日和が、ティーカップを置いた。
「それに生野さんのペットさんの名前がドナルドちゃん……そんなところまで草間さんとお揃い……生野さんと草間さんて、本当に仲良しさんなんですね」
ひとつ天然ボケなことを、彼女もいつも通り言っておき、武彦が口を開く前に続ける。
「ドナルドちゃんも一人で外へ出て、どんなにか心細いことでしょう、早く保護してあげないと……。案外そこら辺にこっそりいるのかも」
とてとてとキッチンに行ってみたり、風呂場を覗いてみたりして、「ドナルドちゃん、いい子だから出てきてねー、コワくないし美味しいお水もあるから」と、内心棘なしのサボテンならつるつるしていて可愛いかもとか思っている日和である。
誰もが突っ込みたかったが、ここはやはり最近突っ込み役が定着してきた悠宇が、「いや日和……普通サボテンは一人で出歩かないし、犬や猫みたいに呼んで素直に出てくる保証はないぞ?」と、言ってみる。
その様子を、微笑ましく「日和さんも段々面白くなってきてますね」と「面白い人材」が増えていくのを内心楽しんでいる、この面子では恐らく一番一筋縄ではいかないセレスティが見ている。
「でも、日和さんの言う通り早めに探してあげたほうがいいかもしれませんね。食用サボテンとか、食べることのできるサボテンとかありますし」
と、真剣にシオン。
「写真に収まってる草間さん撮り続けても面白みに欠けるからな……早めに探すか」
同意する、こちらはどこかズレている悠宇。日和のズレ具合が本格的に移ってきたのかもしれない。
「全員で行動すると危なくない? 敵と見做された瞬間、全員が一緒の写真に収められちゃったらどうしようもないしね」
蓮が言い、もっともだと皆頷く。
「まずさ、ぼくはセレスティさんの案やってみたいな。ちょっとねー、気になることがあるんだよね」
ついでさなが言う。親友の蓮にも言っていないことらしく、ソファの隣で蓮が目をぱちくりさせて彼を見たが、さなは、にっこりと笑っただけだ。
「で、天気も良いしお花屋さんとかマーケットとか肥料等売ってそうなところをめぐって、大きな動くサボテンの情報聞き込みつつ足取り追いたいわね」
武彦の写真立てを首から提げられるようにしていたシュラインが、窓のカーテンをすっかり開けて、燦々と照る太陽を眩しそうに見上げながら提案する。
「大好物がありそうな場所も探してみたいです、ミネラルウォーターが置いてあるお店とか……お腹がすいてもドナルドさんを食べないよう頑張ります! 大きくなっていたら探しやすいかもですね───公園の砂場に綺麗な砂をひいてもらいドナルドさん誘き寄せを試みてみたいです」
内心、ドナルドと遊んで仲良くなりたいと思っている、今回も実に人畜無害な純真美中年、シオンである。
「それでは、最初は皆さんでバラバラに、行きたい場所があれば行き、試みてみたいことをしてみましょうか。息の合う方同士はご一緒にということで」
セレスティがまとめる。
結果。
半径1キロ以内のサボテンを全て引き寄せるという「サボ呼笛」を持っているシュラインと、あまり身体があまり強くないセレスティ、そして土壇場での強運を持ったさな、その親友の蓮がA班。
B班は、ドナルド可愛い連盟(?)を組みそうな日和とシオン、そして、日和がいつ写真にされてもすぐに保護出来るようにと傍にいたいとの悠宇のたっての希望で、この三人になった。
連絡は各自携帯等で、と言い合い、二班は興信所を出て、道を分かれて行った。
■ドナルド・生野保護A班■
シュラインとセレスティ、さなと蓮は、まず、花屋やマーケットなど、肥料等を売っている場所を見て歩いた。
「サボ呼笛」は、最後の手段として使う予定なので、今はシュラインのポケットにしまわれている。
無論、ドナルドの嗜好を考えて、良質の肥料を置いている店だけだ。
「こんなにいい天気だと、外を歩き回っているならそこそこ大きくなっていそうですね、ドナルドさん」
杖をつきつつ、のほほんとそんなことを呟いてみる、セレスティ。
その後ろでは、シュラインがつい野菜のコーナーに行って「そういえばキャベツとトマト、切れてたのよね」と呟いている。
「石鹸も切れてたな。あと台所の洗剤だろ、書類をまとめるファイルも足りなかった」
写真の中で、こちらも順応性が高い武彦が補足する。
一方お菓子のコーナーでは、さなと蓮が、「ドナルドならどのお菓子を選ぶか」の論議で熱くなっていた。
「やっぱりチョコは森○だよ〜さなちゃん」
「甘い甘い、最近ではホラ、チョコだけじゃないクッキーつきとかのほうを多く出してるこっちのメーカーのが売れ行きいいんだって」
あと一ヶ月ほどでバレンタインというので、早い店ではそれ用のチョコが売り出されている。
シュラインはそれも見てみたかったが、本命の武彦が目の前(?)にいるので、わざと通り過ぎた。
「ん、シュラインは今年は誰にもチョコやらないのか?」
チョット気になってしまう武彦である。それを苦笑で誤魔化しておいて、次々に事務所に足りなかったものを買い物かごに入れていく。
「バレンタインか〜、さなちゃん、誰か相手いるの?」
その後ろから、こちらも目をつけた蓮。ゆっくりやってくるセレスティに手を振って「ここだよ」と合図しておいてから、「どうかなあ……今のトコ、心当たりないけど……」と、真剣に悩む、さな。
そのセレスティが、ふと、何かに気付いたように振り向いた。
チョコを手に取っていた蓮もさな同様それに気付き、チョコを元の場所に置いて、
「どうしたの?」
と、用心深く近寄っていく。
「今、確かに───黒い影が」
セレスティの言葉を合図にしたように、あちこちから悲鳴が上がり始めた。
会計のところにいたシュラインが、ちょうどお金を払い終えて急いで袋に品物を詰め込み、迷惑にならないよう外の駐車場まで出て、「サボ呼笛」をポケットから出し、思い切り吹いた。
ぴ〜……ひょろろぃっ
笛というからもう少しパキッとした音だと当然思っていたのだが、あまりに間の抜けた音だったので、シュラインは腰が抜けそうになった。
普通は一般人には聴こえない周波の音と聞いていたのだが、これも英治郎の悪戯だろうか。
思っている暇もなく、ずぞぞぞ、と四方から様々な種類のサボテンが物凄い勢いで集まってきた。
当然、セレスティや蓮、さなが追いつく頃には、同じく中から出てきた「子供大に大きくなったドナルド」も吸い寄せられるようにシュラインの元へ行く。
「危ないシュライン、サボテン達の棘が刺さるぞ!」
武彦が写真の中から叫んだが、その恐れは回避された。
何故か20人は軽く越えた人間達も集まっており、シュラインを囲むように擦り寄ってきたので、彼らがサボテン達の棘の餌食となった。
「なぁるほど。その生野さんて人の性格からして、『そういう』要素も含めて作った笛だったんだぁ」
蓮が、くすくすと笑う。さなが、分からないという風に見ると、隣でセレスティが少し肩をすくめながら説明した。
「『サボっている人間も呼ぶ笛』───だから敢えて人間にも聴こえる周波なのでしょうね」
そして、明らかに、その男達に不可抗力とはいえくっつかれてしまって迷惑がっているシュラインを見る。
「暑苦しそうですね」
こんな時でも楽しむ性格の彼だと分かってはいたので、写真の中から男達に「どけ」だの「シュラインに触るな」だの叫ぶしかない武彦の声を聞きながら、恨めしそうにシュラインは笑った。
「ええ、悪寒で汗が出るくらい」
まず、セレスティはドナルド意外のサボテンや人間達を離すべく、駐車場に取り付けられてあった清掃用ホースの蛇口をひねり、出てきた水で追い払った。
すぐさま、シュラインと蓮、さな、そしてセレスティ自身も物陰に隠れる。きょろきょろとしている子供大にまで成長したドナルドめがけて、水を操り捕獲しようとした。
すると、なんと。
ドナルドが素早く振り返った瞬間、その水が消え失せた。
「うっそ〜……」
「水まで写真にしちゃったわ……」
「敵と見做したら人間だけじゃないんだね」
「これは───ここにいたら危険かもしれません。すぐに離れましょう」
さなとシュライン、蓮の呆然とした感想の後、セレスティは判断する。ドナルドがこっちに向かってくるのだ。どうやら、「自分を捕獲しようとする視線」にも敏感のようだ。ある程度の「捕獲の意思」は敵意と見做すのだろう。
4人が物陰から走り出すと、ドナルドが襲ってきた。
「ややこしい相手ですね」
写真化されていく水をそれでも次々に盾にして、セレスティ。その後ろからシュラインが呼びかける。
「ドナルドちゃん! 生野さんは決してあなたを嫌ってはいないの。ひいてはあなたを可愛いからの行動だったのよ、確かに方向性は間違っていたからこんなことになってしまったけれど、生野さんはあなたを待っているわ!」
なにやら犯人の説得のようになってしまったが、写真にされまいと必死なので仕方があるまい。
「あ……すみません」
セレスティがふと言ったかと思うと、ぽん、という音と共に写真となった。その中から紅茶を取り出し、のんびりと微笑んだ。
「水切れです」
「!」
盾がなくなったシュラインと蓮、さなにドナルドが襲いかかっていく。
「さなちゃん、気になることって、『水も写真化されるんじゃないか』ってコトだったんだ」
こちらも無理に抵抗せずシュラインと共に写真化されながら、蓮。さなだけは土壇場の強運のためだろう、逃れられた。そのまま一気に駆け出した。全速力で走りつつ、携帯を取り出す。互いに番号交換をしてはいたが、まず親友の蓮のところへかけた。
「さなだけど、まだそこら辺にドナルドがいる気配、あるっ?」
『また、マーケットの中に入って行っちゃったけど、捕獲しようとした一般の人も何人か、写真化されてるみたい。えっとね、近くにいるからシュラインさんとセレスティさんの声が聞こえるんだけど……そのままB班に合流して、現状と分かってることとか報告してから、風に遠くまで飛ばされないうちに戻ってきて回収してって』
「分かったって伝えて! 蓮ちゃんは大丈夫?」
『うん。とりあえず何やっても無駄っぽいから、ジュース飲んでるよ、今』
そして一言二言話してから携帯を切った後、さなは、B班が向かって行った方向に足を向けてダッシュした。
───残されたシュラインとセレスティは、こうなっては仕方がないと諦めつつ、
「それにしても、シュラインさんの首に提げられていた武彦さんの写真まで、更に写真化されるとは思いませんでしたね」
と、改めてセレスティは楽しげに言って、こくりともう一口、写真の中で出した紅茶を美味しそうに飲むのだった。
■英治郎の新しい別荘■
さなのポケットには蓮、悠宇のポケットにはセレスティ、日和のポケットにはシュラインが収められると、シオンは早速ドナルドを発見した。子供大と聞いていたのだが、今はどう見ても大人よりも大きい。
「こんなに成長した彼をどうやって保護しろと……」
呟きも、もっともである。
その時、セレスティがふと、ポケットからもう一つ提案を出した。
「すみません。やってみたいことがあるんですが、よろしいでしょうか。多分『成功』しても、そんなには被害は広がらないと思うんですが」
そんなにはとは、どうにも曖昧な言い方である。
経験上、いやでもこういう場合に疑い深くなっている武彦が、「本当に少しの被害なんだろうな、俺はこれ以上写真化されるのは嫌だぞ」と言う。
「必要なのは、悠宇さんのこ覚悟なのですが───」
と、ゆったりとした口調のセレスティに、悠宇は「俺?」と聞き返す。
どうやら、さな達が戻ってくるまでの間、セレスティはシュラインや蓮には話していたらしく、二人からは許可が下りているようだ。
「危ないことですか?」
心配そうに、日和。
「危険なことではないですよ」
セレスティがやんわりと答えると、悠宇は決意した。ここまでドナルドが大きくなったのなら、案のある者に従う他なかろう。このままでは全員が、いや、街中が被害に遭ってしまう。それは誰もが望むことではないだろう。
「悠宇さん、気をつけてくださいね」
セレスティの言う提案とはどんなものか知らないが、ハラハラしながら、シオンが激励を送る。
「分かった」
悠宇の一言で、セレスティはひとつ、息を深く吸い込んで、次の瞬間、今まで出したことのないような、彼にしてはよほどの大声で、
「ドナルドさん!!」
と、呼んだ。
まさか───セレスティの「もうひとつの案」とは、「写真の中からドナルドを呼んでみること」だったのか。
ずんずんと、地響きを立てて近寄ってきたドナルドは、更に、
「あなたを捕まえにきました!!」
と明らかな挑発をもって楽しそうに叫ぶセレスティ(悠宇のポケット)を敵と見做したようだった。
瞬間、誰もが目を疑った。
悠宇が写真となり、そのポケットから、彼が写真となる寸前に気紛れな風で外に逃れたセレスティの写真の中に、しっかりと。
ドナルド・生野は、セレスティの「写真の中の意思」と「策略」によって、無事に捕獲されたのであった。
◇
写真化されたシュラインの首から提げられていた、これまた写真化されたままの武彦は、携帯を取り出し、いつの間に調べていたのか英治郎に連絡を取り、彼を呼び寄せたのはいいが───。
ドナルド・生野により写真化された人間があまりに多いため、「身内」である武彦達が「後回し」にされたのはいいのだ。
だが、写真一枚一枚にお湯をかけるのが「写真化されたものを元に戻す」ことが分かったため、実に時間がかかり、武彦達の「写真化」がお湯によって解かれたその時には。
「ねえ、やっぱり根付いちゃってるわよ、武彦さん。ほら、ここ見て」
シュラインが、シオンと共に謝ったり親睦を深めたりしている英治郎を傍目に、指差す。
「───見なかったことにしてくれ」
「そうは言っても……移動してもらわない? ここに根付かれると、絶対に興信所(ここ)、つぶされちゃうわ」
「そうだねぇ、見たところ根付いてるのはこの部分だけみたいだし、言うなら今のうちだと思うなぁ」
と、同じ意見の蓮は、ついでにスーパーで買ってきたプラモを作るさなにつきあっている。
こういう時のさなは真剣そのもので、皆の意見が耳に入っているかどうか。
「でも、一件落着してよかったですね」
ドナルドちゃんも可愛いし、と、微笑んで日和。
「いや……可愛いか?」
今度ばかりも突っ込まずにいられない、悠宇。それでも写真を撮ってしまう哀しい習慣である。
「ここまで大きくなられては、我々が押し潰されるのも時間の問題ですし、外に出ようにも出られませんし───生野さん、お願いできますか?」
セレスティの写真化を解いたその瞬間、こちらも「元に戻った」ドナルドは、興信所の屋根を突き破って余りあるほどに成長してしまっていた。
「そうですねえ、これじゃゴハンも作ってもらえない」
という英治郎に、「誰があなたに作りますか」と突っ込みを入れたくなるシュラインは、ぐっと堪える。
「修理も大変です」
と、修理代を頭の中に浮かべる、暗算の得意なシオンが、その多額なお金を想像してくらりと倒れかかる。
「あ、それはもちろん私持ちで。それと、無事に保護してくださいましたから、後日皆さんにご希望の報酬のものをお届けしますので、楽しみにしててくださいね♪」
そして英治郎は、ドナルドと一晩かけて話し合い、和解し、共に「ペット兼移動型小型別荘」として改築し家のない者や事情があって家に帰れない者達のために、ドナルドの承諾をもちろん取り、彼の内部をある程度人が快適に住めるよう改築し貸し出しを始めることとなった。
ドナルドが一部根付いてしまった部分は、ドナルド自身が頑張ったおかげでなんとか抜けたが、彼が去った後の興信所たるや惨憺たるものだった。
「つか」
悠宇が、お湯をかけられて皆とサボテンドナルドに押し挙げられていた格好のままだったため、くしゃみをしながら手を挙げた。
「このままだと風邪絶対引くからさ───興信所の風呂場まで破壊されてるし、皆で銭湯でも行かない?」
武彦が、頷いて賛成する。
「そうだな……幸い、明日英治郎が修理屋をよこす前までの生活費は充分なくらい渡されたし」
「でーきーたぁ〜っ!」
最新プラモが出来上がり、ドナルドがいなくなったのも気付かなかったさなが、元気よく声を上げる。その隣で、オレンジジュースを飲んでいた蓮が、
「おめでとう、さなちゃん。今からみんなで銭湯だって。楽しそうだねぇ」
と、にっこり微笑む。
「移動型別荘って……生野さん、これで二つ目じゃないのかしら」
と、一晩彼らが語り合っていた間、皆でドナルドの「上」で寝ていたため、身体が痛くてしょうがないシュラインがぽそりと呟く。
「でも、お二人とも仲直りが出来て嬉しいです」
と、自分のことのように喜んでいるシオン。昨夜は高級弁当を英治郎が人数分取り寄せてくれたため、久々に美味しい食事にありつけ、今もまだ感慨深くマイお箸を握り締めている。
「着替えの服の分のお金もありますし、お言葉に甘えちゃいましょう」
と日和も言ったが、ふと、
「……可愛かったのにな……ドナルドちゃん……」
と呟いたのが全員に聴こえ、一瞬場を静まり返らせた天然娘なのだった。
後日、いつものように悠宇が撮った写真が公開されたが。
中でも、一番の人気を競う写真の一つに、「写真の中から撮った写真」があった。
明らかに他のものとは違い、転んでもただでは起きない草間興信所のカメラマンと異名を取った悠宇であった。
《完》
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2640/山口・さな (やまぐち・さな)/男性/32歳/ベーシストSana
3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α
1790/瀬川・蓮 (せがわ・れん)/男性/13歳/ストリートキッド(デビルサモナー)
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。去年の7月20日まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv また、HPもOMC用のものがリンクされましたので、ご参照くださればと思います(大したものはありませんが;)。
さて今回ですが、生野氏による草間武彦受難シリーズ、第8弾です。今回はこれまでとは違い、「生野英治郎からの依頼」というOPでしたが、ご参加人数と比較しても随分スムーズに書き進められました。本当に感謝していますv 今度はこのサボテンに住む人達の話───なんていうものもネタになるのかなとか思うと、結構楽しい作者です(笑)。
今回は、「ライターより」にありましたとおり、新春記念としまして皆様ご希望のアイテムが加えられているはずですので、其々お暇な時にご確認お願いします♪
なお、今回はA班とB班とに一部個別にしてありますので、是非お暇なときにでも、そちらもご覧下さればと思います。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 今回、「連れて回りたい」とのご希望がかなえてさしあげられなくて、わたしも残念です;日和さんの手は、たとえ砂が対象でも汚したくないなと思いましたので、悠宇さんにかばって頂きました。今回、ご希望のものはアクセサリとのことでしたので、月と天使をあしらった可愛い純銀のブレスレットにしてみましたが、物語とあわせまして如何でしたでしょうか。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有難うございますv 今回はセレスティさんをポケットに入れてさしあげた悠宇さんですが、そのために写真化されましたが、これは作者の陰謀です(笑)。というのも、プレイングにありました「写真の中から写真を撮ってみる」というのがわたしもやってみたいな、と思いましたもので……結果、大好評となったわけですが、報酬として受け取った最新型一眼レフカメラとあわせまして、如何でしたでしょうか。
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有難うございますv 今回も楽しみ役(?)として、また、「参謀」として動いて頂きました(笑)。「写真の中からドナルドを呼ぶ」というのは名案だなと思いまして、写真の中での効果(大抵のものは写真の中で思い通りにいく)というものとあわせて使わせて頂きました。ご希望のアイテムは生野氏のまともな発明があればそれを一つということでしたので、ここはひとつ実用的に、「一定期間を置くと入れたものが消える」効果のある、とある不思議な樹で出来た「樹レッダー」にしてみましたが、物語とあわせまして如何でしたでしょうか。
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 今回ももっともなご指摘を生野氏に頂きましたので、実際にシオンさんもご同行願いまして生野氏にお説教して頂きました(笑)。毎回どこか興信所を破壊していく彼ですが、今回は一番の被害だったかと……そんなシュラインさんには、「ある程度のものが修復される手拭いのようなマフラー」、「元通りマフラー」をプレゼントです。草間氏は治せませんが、せめて興信所だけでもと、今後のためにと思いましたが、物語とあわせまして、如何でしたでしょうか。
■山口・さな様:二度目のご参加、有難うございますv 今回もやはり元気一直線で動いて頂きまして、「土壇場での幸運」の能力を使わせて頂きました。プラモを作っている時のさなさんを書いている時は、「こんなさなさんの場面をもう少し書いてみたいな」と思ったものです(笑)。何か面白い生野氏の発明品をとのことでしたので、設定に書いてあったご趣味にあわせまして、「いつでもどこでも新しい物語が読める真っ白な本」、「スーパーブック」をプレゼントです(笑)。物語とあわせまして、如何でしたでしょうか。
■シオン・レ・ハイ様:いつもご参加、有り難うございますv 今回「ドナルドさんと仲良く」というのと、遊ぶ場面を考えていたにもかかわらず、書くに至れずに残念です;でも最後の辺りは生野氏と共に少し語り合っていたのですが、その部分を詳しく書けずにすみません;高級弁当のお味はまた格別のものだったかと思いますが、そんなシオンさんご希望のもの、同じもので二種類のどちらかと書いてありましたので、あえて後者の「まげがはえる薬(副作用付)」を(笑)。命名「殿様マゲ灰(ハイ)」と申しまして、これを頭にかけると例の殿様みたいなまげが生えてきますが、副作用としてくしゃみを一度するごとに灰がまげから飛んで行き、近くの樹に桜の花を咲かせるというものです。物語とあわせまして、如何でしたでしょうか。
■瀬川・蓮様:お久し振りです、ご参加有り難うございますv 今回は、さなさんとご親友同士とのことでしたので、結構絡めてみました。あんな感じでよろしかったでしょうかとちょっと不安ではありますが、書いているわたしはとても楽しかったです(笑)。なんというか、書いているうちにもう少し親友風景というか連携プレイも書いてみたいなと思いました。報酬はお任せということでしたので、「中身がなんだか分からないほうが〜」との言葉を取り入れまして、「ビックリプレゼント箱」にしました。その名の通り、生野氏が作った数少ない「まともな発明品」の一つでして、「何が出てくるか分からない、手を入れると一日に三回だけ小物に限り出てくる」というものですが、物語とあわせまして如何でしでしょうか。
「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は主に「夢」というか、ひとときの「和み」(もっと望むならば今回は笑いも)を草間武彦氏に提供して頂きまして、皆様にも彼にもとても感謝しております(笑)。前回「七草粥の日は土曜日」と書いてしまったわたしですが、その後に「金曜日だった……」と気付き、自分のお馬鹿具合を知った次第です(笑)。今回はサボテンに興信所が大破壊されてしまいましたが、生野氏のバックによりすぐさま元通りになったはずです。銭湯での出来事も書きたかったのですが、皆様のご想像にお任せしますv
次回は今現在抱えているノベルの進行と季節上、節分ネタができましたらそちらを、そして浮かばなかったらやはりバレンタインネタかな、と思います。
なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>
それでは☆
2005/01/12 Makito Touko
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