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<東京怪談ノベル(シングル)>


『あちこちどーちゅーき 〜天使の笑顔〜』


「……ぁ」
「…………」
「あなた……誰?」
小さく澄んだ声が、静かな森に木霊した。

     ●

富士の樹海。
物見遊山にと立ち寄ったこの場所で、桐苑・敦己(きりその・あつき)は小さな天使に出会った。
優しく純粋で、けなげな少女。
家族の愛に飢えた、悲しく孤独な少女。
感情豊かで、涙もろい少女。
もう、二度と会うことのない少女。
それは、時間にしてみればほんの数十分のこと。
しかし、その短い時間の中で出会った少女のことを、決して忘れまいと敦己は固く心に誓った。

     ●

「まさか……本当にあるとは思いませんでしたよ」
多少の動揺と感嘆を言葉に含み、敦己は呟いた。
「ぁ、あるなんて言い方はひどいな!」
非難の声は、敦己の視線の向くやや上方から。
「え?……あぁ、すみません。居る≠ェ正しかったですね」
謝りつつ、敦己は視線を声のする方へと向けた。
視界に入るのは宙に浮く少女の姿。半透明で朧気な光を纏った幽霊だ。
そしてその下。先程まで敦己が見ていた場所には、幽霊と瓜二つの少女の姿。
すなわち、少女の遺体がそこにはあった。
「樹海=死体なんていう嫌な図式が、もののみごとに当てはまってしまいましたか」
「ふふっ、噂を頼りに来てみたら、ホントに出られなくなっちゃった」
敦己の沈んだ声に対し、当の幽霊少女はいともあっけらかんと言ってのける。
「それにしても、どうして君のような幼い少女がこんな所にまで来たのですか?」
その質問はもっともだ。
少女の容姿を見る限り、歳はおそらく10歳前後。
まだまだ遊びたい盛りの子供なのだ。
「あーっ、今幼いって言った!もう、私はそんなに子供じゃないよ!」
などといっているが、頬を膨らませたその表情はやはり子供特有の可愛らしさがある。
「それに、私には篠原・鈴子(しのはら・すずこ)っていう名前があるの。君じゃなくて名前で呼んでよ」
「えっと、じゃあ鈴子さん…でいいのかな?鈴子さんはどうしてこんな所に?……って、まだ俺が名乗ってませんでしたね。俺の名前は桐苑・敦己っていいます。好きに呼んでくれてかまいませんよ」
「ふふっ、よろしくね、敦己」
嬉しそうに笑う鈴子は、幽霊であることを忘れさせてしまうほどに魅力的だった。
「あのね、敦己だから言うんだよ。誰にも言わないでね」
「口は堅いですよ」
「うん。あのね、私のパパとママが離婚しちゃうんだって。だから家出したの」
「家出……ですか」
いきなりの重い内容に戸惑いながらも、敦己は真剣に鈴子の言葉に耳を傾ける。
「うん。私がいなくなればきっとパパもママも私を探してくれるでしょ?そしたら、私を探している間はきっと喧嘩しないと思うから」
子供じみた発想。
しかし、子供だからこそ現実が見えないのも無理はない。
おそらく、少女の両親は今頃、お互いがお互いを責め合っているのだろう。
確かにしばらくは離婚することはないだろうが、心が通じ合うことはもう無い。
その現実が、鈴子には見えていない。
「あははっ、何も死ぬことはなかったんだけどね」
努めて明るく振舞う鈴子に、何と声を掛けていいのかが分からない。
「でも、これできっと、離婚なんかしなくなるよね?パパとママ、また仲良しになるよね?」
鈴子自身、不安があるのだろう。次第に涙声が混じり、その表情は僅かに歪む。
何も出来ない自分がもどかしい。
目の前の今にも泣き出してしまいそうな少女を慰めることも出来ない。
だからせめて、笑顔で成仏させてあげたいと思った。
「…………一つ、嘘をついてもいいかな?」
つい、口をついて出た言葉。
涙を目に溜めた鈴子がこちらを見る。
「鈴子さんの両親は、今も鈴子さんのことを探しているよ。仲直りもした。だから、もう何も悩むことはないんだよ」
嘘。
すべて嘘だ。
鈴子の両親がどこにいるのかも、何をしているのかも、敦己が知るわけが無いのだから。
だけど、今は言葉を紡ぐ事しか出来ない。
この心優しい少女に、ほんの少しでも希望を与えてあげたいから。
一分一秒でも長く、笑顔を見せていてほしいから。
だから俺は嘘をつく。
この純粋な少女に嘘をつく。
「鈴子さん。君の願いが二人に届いたんだよ」
「………ホント?」
「えぇ」
「ホントに?」
「……本当ですよ」
繰り返される確認の問い。その切実さに、敦己の目から涙がこぼれた。
「そっか。仲直りしたんだ」
俯き、こらえるように呟く鈴子。
「そっか。あははぁ、よかった〜。……よかったよぉ、ホント」
一生懸命に耐えていた鈴子の目からも、ついに涙が零れ落ちた。
ポタリ、ポタリと、その涙は地面へと落ち、染みをつくることなく消えてゆく。
「…ひぅ……ぁ…うぁ……ひぐ、ぅ……」
次第に涙は量を増し、やがて鈴子は声を殺して泣き出した。
「ひっ……ひぅぅ…ぅぐ………うぁ…ぅぅ………」

「えと、その、ごめんね。……ありがと」
ひとしきり泣いた鈴子は、照れくさそうにそう言った。
「どういたしまして」
笑顔でそう返すと、鈴子も笑顔を見せてくれた。
きっともう、涙は流さないのだろう。
そして。
─────そして。
「……じゃ、いくね」
「えぇ」
「あはは、もう何も言葉が出てこないよ」
「次は………。次に生まれてくるときは、きっと幸せになれますよ」
「うん。ふふっ、そうだといいな」
笑う。
二人で笑い合う。
それが最後。
「じゃ、ホントのホント。もういくね」
「えぇ……さよなら」
「ふふっ、バイバイ」
声と同時、朧気な鈴子の姿が消えてゆく。
まるで、空気に溶け込むかのように。
ゆっくり、ゆっくり、天使の笑顔を浮かべたまま────。


《 End 》



==============後書き?==============

初めまして、ライターの月夜(つくよ)といいます。
今回は、発注申請ありがとう御座いました。
ライターとしての初仕事なので、結構緊張してしまいましたが、やはりやってみると面白いものですね。
さて、おそらく気付かれることはないと思いますが、
作中にて、敦己の心の中では激しい葛藤が飛び交っていました。
『嘘をつく』ことを先に宣言したのは、その最たるところですね。
それと、嘘と知っていながら、「ホント?」と何度も確認をしたのは、鈴子なりの葛藤があったのでしょう。
それらがどんな葛藤であったのかは、是非ご自分で考え、自分なりの解釈をしてみて下さい。
きっと、より作品を楽しめると思いますよ。
それでは、この辺で失礼します。
改めて、ありがとう御座いました。