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<PCシナリオノベル(シングル)>


現神(うつつがみ)

■同郷の声 ――月見里豪

 いつまで、という明確な期限はなかった。
 かならず、という鮮明な確約もなかった。
 けど、そりゃ行かないわけにはいかんわな。同郷の誼――否、それはまるで同胞のようで。

                +

「なぁ…カナ。今じゃないとあかんのかぁ? 俺、店に来てくれた女の子と明日約束があるんやけど……」
「いけん! 言うたじゃろ? あの時の約束は無効になったわけじゃないんよ。それに、あーーーーんなにタンマリ、うちの隠しとった駄菓子を食うたのは誰? 豪の他に誰かおったかねぇ?」
 俺は慌てて、カナの口を押さえた。ここは電車の中。瀬戸内海を西へと向かう快速電車。青い座席の対面に座った女が、俺の腕を払いのけて耳を塞ぎたくなる大きな声で叫ぼうとしている。
「わっ! 分かったって……敵わんなぁ、カナには」
「分かっとるならよろしい! で、これ食う?」
 訝しむような視線を翻し、カナは満面の笑みを浮かべた。今、開けたばかりのスナック菓子を勧めてくる。俺は、このカナと同郷というだけで友人になった訳ではない。けれど、やはり長い大阪暮らしで失われた地元の訛りは、なんだか耳触りがよくて落ち付いた。

 樹多木要。俺はカナと呼んでいる。短い黒髪。耳に赤いピアス。ガーネットだろうか? 誕生月が1月だから誕生石をつけているのかもしれない。プレゼントしてくれる男がいるという話は聞いたことがないから、きっと自分で買ったに違いない。

 ――淋しいヤツ。
   俺が買ってやってもええんやけど、ま、そりゃ恋人の役目やからなぁ……。

 知り合ってから、そう時間は経過していない。けど、互いの気楽さからすぐに友人になった。で、今何をしているのか――弱みを握られたというには大げさだが、たまたま遊びに行ったカナの部屋にあった菓子を食べてしまったのだ。その菓子はカナが大事に取っておいた地域限定商品らしい。謝る代わりに手伝いを仰せつかり、俺は広島に向かう電車の中にいるのだった。
 カナの仕事は怪談専門の小説家で、名前がろくに乗らないようなゴーストライターもしている。さすがに文章に関わるだけあって、ごく小型のノートパソコンは手放せないらしく、今も電車の中で聞こえてくる隣の席の雑談を打ち込んでいた。
「で、いつ頃着くんや? もうすぐ乗り換えやろ?」
「ああ…うん」
「どうかしたんか? ……さっきまでの勢いがないで」
 目的地の話になった途端、うるさいくらい喋っていたカナの言葉が途切れた。小さく吐き出すような声で「んにゃ、なんもないよ」と返事があるだけ。
 トンネルに入った。ガラス窓に俺の紫に染めた髪が、蛍光灯の光で白く浮き上がって見える。六本木のナイトクラブ「侍国(しこく)」のNo.1ホスト――という自負があるわけじゃないが、女の心を読めないほど鈍い男でもないはずだ。俺は顎に手を当てて、自分自身と向き合った。
「ほな、こうしょうか」
「何が? こうしょうかぁ、なんね?」
 カナはパソコンの画面から顔を上げた。俺の言っている意味が分からなかったからだろうか、さっきより目がちゃんと俺を見ている。
「俺は目的地に着くまで、何も聞かんし、何も考えん。カナが喋りたいなぁと思った時でええから――って、話しとうなくてもいいで。俺、知らんままでもちゃーんと協力してやるし」
 歯列をわざと見せて、強引な笑顔を振りまいてみせる。いくら、カナが性別を感じさせない友人だからといって、男どもと同じに扱うわけにはいかない。無論、男がこんな態度を取ったら、拳骨のひとつでも飛ぶだろうけど。
「へへへ、相変わらずお気楽じゃね。分かったよ。うちが喋りたい時に教えちゃる!」
「おっ! 元気になったやんか。カナはこうでないとなぁ」
 電車が甲高いブレーキ音を立てて止まった。乗り換え駅に到着したようだ。俺は、ホームに下りながらカナのことを考えていた。

 ――何をしようってんだ? コイツ……。
   俺にも関係あるってか? わかんねぇ、俺菓子の一件以外になんかやったっけか?
   それにしても、なーんか見覚えあるなぁ、ここら辺。

 呟きは胸の内だけ。カナに先導されて、俺は日に数本しかない路線バスに乗りこんだ。客は俺とカナのふたりだけ。恋の逃避行に見えなくもない。けど、そう言うにはあまりにも色気のない状況ではあった。


□開くのは扉か?

 目的地はカナの通っていた中学だった。すでに廃校となり、古びた木造校舎が山奥にそのまま残されていた。周辺の山は緑に埋もれ、穏やかで暖かな風が吹いているのに、一歩校舎の中に足を踏み入れるとそこは別次元だった。
「なんや、変な空気やないか……。ほんまに、ここに用があるんか?」
「うん、そう。豪が一緒にきてくれたから、ちょっと安心じゃわ」
「……ってことは、なんか怖かったのか?」
「ま、ね。玄関にいてもしょうがないから、もっと奥に入ってみよう。多分、あっちだったと思うんじゃけど」
 カナは苦笑して、俺の腕を引っ張って埃まみれの廊下を歩き始めた。

 ――俺、ここ知ってるきーするなぁ…なんでや?

 バスに揺られている時にも思った。錯覚か既視感か、それとも現実に俺はこの場所を知っているのかもしれない。実家のある尾道からは若干離れているが、半日もあれば移動できる距離。忘れているだけで、この中学を訪れたことがあるのだろう。
 カナの背を追って廊下の角を曲がった。その瞬間、俺の脳裏にひとつの画像が現われた。

『長い長い渡り廊下。その先にプレハプみたいな金属壁の建物』

 俺は思わずカナに声を掛けた。
「この先には化学棟があるんやないんか? …あ〜もしかして、やけど」
「…え? 今、なんて言った? そうじゃけど……豪はここに来たことがあるん?」
「分からん。ただ、見覚えがある気するんや」
 不思議そうな顔をしたカナ。その時、カナの持っていた紙が風で飛ばされた。行方を目で追うと、誰もいない校庭に舞っていた。まだ遠くには行ってない。
 声も掛けず、俺は反射的にその白い軌跡を追いかけた。多分、必要だから持っていたものだ。悪戯に俺を翻弄して、紙をようやく掴んで振り向く。
「おお〜い! 捕まえたでぇ……あれ?」
 視界の中からカナの姿が消えていた。破天荒で自由気ままな女だけど、人の親切を無げにするようなヤツじゃないはずだ。首を捻った。
「カナ? ……おーい。どうかしたんか?」
 声をかけながら、渡り廊下へと戻る。何か気になることがあって、先に化学棟に入ったのだろうか?
 俺は紙を左ポケットに突っ込んだ。開け放たれていたドアから、中を覗く。

 ――なんでぇ、いるんやないか…。
   あれ、なん…。

 カナは教室の真ん中でうずくまっていた。丸まった背中が小刻みに震えている。俺は慌てて駆け寄った。
「おい、カナ! 要! 大丈夫か!?」
「ご、豪……胸、胸が熱――」
「えっ? 胸って、カナ心臓が悪かったんか?」
「ちが……も、文様…うち、胸に文様がいつの頃からかあって…それ、時々熱くて今も――――」
 言葉が途切れる。カナの体が激しく揺れた。
「どないしたんやっ!! ……ち、違う、カナだけやないっ! なんやこれ!?」
 カナが発する振動が教室全体に共鳴していた。わずかに残された机も倒れた教卓も、壁が、天井が上下に揺さぶられていく。足元がすくわれる感覚。俺は反射的に床を見た。
「く、崩れる!? ヤバっ…」
 叫ぶ間も、逃げるタイミングも失った。

 落下。
 暗闇。
 埋没。

 様々な単語が脳裏をかけ巡る。チカチカと光る埃の瞬き。差し込んだ太陽が俺の視界から消えていった。浮遊感は一瞬、激しい音を立てて床全体が崩れ落ちた。

                   +



 どれぐらい経っただろうか?
 見上げれば天井が遠く視界に入った。天井が崩れずに無事だったのは、幸いだったのかもしれない。痛む肩や腰を擦りながら、体を起こす。
「いてて。もう…真っ暗やんか。ここに地下室があったとはね……。それにしても、えらいめぇにあったなぁ
 時計を見るとガラスが割れて止まってしまっていた。溜息が零れた。
「あない月が昇ったら、もう間に合わへん。女の子との約束破ったことあらへんのに」
 カナに悪態をつこうとして、俺は大切なことを失念していたことに気づいた。
「そういや、カナは? ――カナ!!」
 叫んだ。闇にこだます俺の声。反響して、消え去る。新月のように暗闇の中に消えた友人の姿。至るところに柱や梁が散乱し、僅かに零れてくる光では反応がない限り発見できそうにもない。もしかしたら――想像したくもない恐ろしい光景が、脳裏に浮かんでは俺を苦しめた。
「いや、アイツがそんな簡単にくたばるわけないんや!」
 俺は足を瓦礫にぶつけながら、大して広くない地下室を探してまわった。よく見ると床全体が落下したのかと思ったら、3分の1くらいは残っている。そこに長い鉄骨が引っかかって、上手くバランスを取ってあるけば上に上がれそうな気配だった。
「とにかく、カナを見つけなあかん」
 つい、言葉にしてしまうのは現実感を失いそうになるからだ。それにカナは声が出せないだけで、俺の声は届いているかもしれない。
 幅の広い壁を押しのけた。倒れた勢いで、降り積もった土埃が舞い上がる。俺は激しく咳き込んだ。

 ―――― ウゥ。

「ゴホッ…ゴハッ……? 今、のは空耳か?」
 咳の雑音の合間に、明らかに自分が発したのとは違う音。耳を澄ましたが、何も聞こえてこない。咳が反響していただけか?
 首を傾げ、喉に残った埃を追い出す咳払いをした。その途端!

 ―――― グウゥゥ。

 腹の音のはずがない。さっきまで何もなかった背後に気配。咄嗟に振り向いた。が、間に合わなかった。両肩を強打する何か。
「ウワッ! なんなんだ!?」
 勢いに押されて、俺は瓦礫の山に背中から倒れ込んだ。両肩を鋭い何かが貫く。見上げたそこにあったのは舌舐めずりする赤い口。白く光る牙。毛むくじゃらの顔は長く、明らかに犬のそれとは別物。
「うそやろ!! 狼かっ!? なんで、なんでこんなとこにいる…ん……ぐっ――」
 喉元に近い肩を狼の足が押さえつけている。息苦しさに意識が切れそうになった。倒れた拍子に伸ばした腕。そのすぐ傍に長いレンガがあるのに気づいた。狼の顔に唾を吹いて、その一瞬にそれを掴んだ。
 足を払い除け、頭部を殴打しようと腕を振り上げた。

 月光が差し込んだ。狼の耳に赤い石。ガーネットの放つ神秘的な深い色。

「なっ!? ピアス!! ま、まさかコイツ、カナなのか?」
 確かに見覚えのあるデザイン。おしゃれとは無縁のカナ唯一の装飾品。小さく慎ましく光って、カナに似合っていた。そのガーネットのピアスが、狼の両耳にあった。
「カナ! おい! カナ!! いるんなら返事しろっ! この狼がおまえのはずないやないか!!」
 叫んだが声は戻らない。あるのは低い唸り声と獣の匂い。俺は何が起こっているのか分からなくなった。今、分かることはここにいてはいけないことだけ。狼は俺を襲うだろう。そうすれば、俺はきっと狼を傷つける。
「もし……もしも…、コイツがカナだったら傷つけられるわけないだろうがっ!!」
 俺の声に一瞬、狼が下がった。その隙に床に引っかかった梁に飛び乗った。ぐらつくのを諸共せず、俺は駆け上がった。
 振り向くと、狼は闇へと姿を消す瞬間だった。上がってこられないはずはない。だとしたら――――。

 ――何かここにヒントがあるはずや。
    だから、カナはここに来た。
    原因は必ずある。調べな……。

 狼はあの場所を離れられないのだ。でなければ、何かを守っているに違いない。そう確信できるほどに、狼の姿は跡形もなく闇へと消え去った。

                   +

「クソッ! ヒントなんて、どこにあるんや……。こんなことなら、強引にでもカナに口割らせときゃよかった」
 そんなこと出来ないのを知っていても、唸りたくなる。出会ったばかりの頃、1度だけ言っていたことを今更思い出した。

『うちな、時々記憶がないんよ……。夢遊病かねぇ?』

 冗談混じりでカナは言っていた。俺だって真剣に聞いたわけじゃない。その時、わずかにカナの手が胸にあてがわれていた画像だけがズームアップされて俺を苦しめた。舌打ちを繰り返しても物事は好転しない。分かっていてもやり切れない歯痒さ。夜になったから変貌したのではないなら、例えこの闇が明け朝になったとしても、カナは元に戻らない可能性の方が強い。
 校舎中を探して廻ったが、それらしいものは発見できなかった。俺は長い廊下の壁にもたれて座り込んだ。
「ん……? 座りにくい?」
 左ポケットが膨らんでいる。カナが狼になる直前、風に飛ばした紙だった。俺は無造作にそれを広げた。別に期待を持っていたわけでもない。通常行動のひとつ。けど。
「これ!! ここの地図やないか!?」
 走り書きした地図の上に印がある。カナの少し丸い文字が書かれている。

 【文様があるのに気づいた最初の場所。魔術部? 豪とは初めて会ったんじゃないって、言わない方がいい?】

 俺は予想外の文字に目を見張った。
「俺の名前? ……初めて会ったんじゃないって!?」
 思考と記憶を巡らせる。確かにここにきた時、知っている気がした。それは現実だったんだ。俺はその紙を握り締めた。ヒントはここにある。狼と化したカナがいるのとは別の場所。二階の一番端。
 走った。舞い上がる埃も、踏み抜きそうな床板も蹴散らして一気に階段を駆け上がった。
「ハッハァッ…こ、これか……」
 息を整えるのも忘れ、印の部屋へ踏み入った。その壁にあった本棚。日誌らしきものが数冊、埃にまみれた状態で放置されていた。俺は月明かりとライターの炎で、辛うじて浮かび上がる文字を読んだ。それはカナが所属していた魔術部の日誌だった。名前の記述にカナの名がある。

 11月29日-------------------
  学校裏の社が荒らされていた。
  随分前に、何かを封印した場所だと先生が言っていた。
  壊されていたのは扉だけ。きっと遊びにきた小学生が壊したんだろう。
  この間逃げた子かもしれない。

 11月30日-------------------
  先生は放っておいていいと言ったけど、社のことが気になって学校にきた。
  誰かいた。名前を聞いたら、ゴウと名乗った。
  私の後をついてくるので仕方なく一緒に行った。
  社にあったのは本だった。「フミシロの理」って書いてある。ゴウが取ってくれた。
  変な文字ばかり書かれている。ゴウが「読めば」というので読んでみることにした。
  ゴウは私を置いて学校からいなくなっていた。
  多分、親が迎えにきたか、帰る時間なんだろう。
  魔術部の部長としては、やっぱり読んでみなくちゃ。何を封印してるのかな?
  先生は「神様」だと言ったけど、そんなの嘘。神様が閉じ込められるわけないじゃない。
       -------------------

 この後、カナはひとりで本を読んだに違いない。俺は自分がここを訪れただけじゃなく、カナに出会っていたことに驚いていた。あんまりにも他の記憶が鮮明だからだろうか? すっぽりと抜け落ちてしまっていた。
 なのに、カナはたった一度、それも短い時間しか一緒に行動しなかった俺のことを覚えていてくれた。ここは中学だ。部長をしていると書いてあるから、カナは3年生くらい。だとすれば、8年も俺の顔を忘れていなかったことになる。
「ちぇ…妹でさえ、面差しが変わって相手にしてくれなくなった、ってのに――」
 理由は最後の言葉で分かる。
 たった一文字。
 日誌の最後に書かれたささやかな文字。

『また会えるといいな』

 それは俺に対する気持ちだろう。ずっとこの流れる時の中で変わらなかったモノ。思春期の変化し続ける心と体をもろともせずに、カナは俺に笑ってくれた。
 俺は日誌を握り締めた。カナを助けたかった。自分の気持ちは取りあえず置いとく。こんなにも長く想ってくれていたカナに対して、俺はまだ答えを持っていないから。友人の枠を出ることのなかったカナ。だから、今はまだ――。
「だったら、カナがいる場所に本があるんやっ! 絶対そうに決まっとる」
 確信。狼が封印されていたモノとは考えにくい。ならば、カナが手に取った本を守るための霊体か何かだ。俺は、日誌を引っつかんで続きを貪るように読んだ。カナの物じゃない文字で、数日後に本に関する記載があった。

 12月4日-------------------
  先生が古い文字を読んで、現神というモノが封印されてるらしいと言った。
  部長が学校を休んでいるから、取りあえずここに書いておく。

   【カタコロ ノ ユキシロ フミフマエテ ツカワシ マイラセ】

  どういう意味だろう?
  先生も分からないって。逆さに読むと何か起こるらしい。
  じゃあ普通に読んだらどうなるのかな? ま、部長に聞こう。
  最近、様子がおかしいけどこれくらい大丈夫かな?
      -------------------

 日誌はここで終わっていた。初めて手にした本をいきなり逆さまから読むことは、まず考えられない。
「つーことは、逆さに読めってことかっ!!」
 俺はそのページだけを破り取りポケットへ捻じ込んだ。カナが書いた文字は読まなかったことにした方がいい。月はかなり昇っている。朝までにはすべてを終わらせたい。狼と夜のデートだなんて、洒落にもならない。人の方がいいに決まっているんだから。


■闇と月光の時

 呪法を知らない俺じゃない。ホストの方が楽しくて、陰陽の力を用いる必要がなかったら使わなかっただけだ。実際、日常生活に絶対的に必要なものでもないし。
 俺は実体を持たず、カナに寄生した狼の霊と対峙する術を持っている。それが今は嬉しい。厄介だと思っていた力も、誰かの為なら遠慮なく使えるってもの。解呪する言葉が手に入ったのだから、恐れることも逃げ出すこともない。いつも通りに、カナに向かって声を掛けるだけだ。
「カナ!! 来いや、俺は本を奪おうとしとるんや! 早くせんと、持って逃げるで」
 叫びに呼応して、闇にふたつの目が光った。ゆっくりと月光の下に現れてくる狼。

 ――出てきたな。カナを傷つけんと、狼を封印するには一発で決めな……。

「俺はただの遊び人とちゃうでぇーー!!」
 ポケットの中の紙切れを握り締め、俺は地下室へと飛び下りた。狼が後方へ飛ぶ。金に光る目がこちらを凝視している。赤い口が裂けた。
 言葉を思い出す。
 焼きつけた解呪の言葉。
 闇色の獣と対峙し、睨み合う。一瞬も、視線を外すことはできない。
「負けへんで! カナを元に戻すんや!!」
 威嚇する。いや、煽られているのはコッチか。じりじりと間合いが詰まっていく。
 月が陰った。
 視界から狼の姿が消えた。俺は気配を追った。
「くそっ! 天井かぁっ!?」
 落下してくる肢体。再び現われた月の光に輝く毛並み。
 狼の鋭い牙が俺の左腕の内側に食らいついてくる。血が吹き出す。服を着ていても関係ない。容赦なく、牙が皮膚を貫いた。
「……ぐぅ、イテェ。これでいいんや、おまえ、離すなよ!!」
 俺は噛みつかれた腕に残った唯一動く手の平で、狼の首を掴んだ。間近で見る毛むくじゃらの耳に、ピアスが光っていた。体を支えていた右腕を掲げ上げた。
「セライマシ ワカツ テエ マフミフロシキ ユノロコタカ !」
 ポケットの中の呪文。
 逆さに読んでも意味はない。けど、効果はあった。
 光が集束していく。
 どこから発せられた光だろう。
 眩しくて目を閉じた――――――。


「――う…豪…豪ってば! 何寝とん? 起きてや」
「…ん、んん。しんどいんや、寝かしといて――!! カナっ!?」
「大丈夫? うちと一緒に落下したんじゃろ? ごめん、こんなとこに連れてきたばっかりに」
 俺は慌てて飛び起きた。横にカナが座っている。影になって表情はよく見えない。
「っていうか、おま…覚えてないわけ?」
「はぁ? だ・か・ら、床が崩れたんじゃろ? さっきから、そう言ってるじゃないね」
「いや、そうじゃなく……。ま、ええか。覚えとらんなら。俺なら大丈夫や、ここ血が出てるだけやから」
 カナが慌てた様子で俺の腕を取った。
「イテェ!! にぎ、握ってる! 傷んとこ握ってるって!!」
「何、この血っ!! みせんさいや」
 俺は強引にしがみつくカナを振り払った。
 カナは知らない。俺がカナの気持ちを知ってしまったことを。勝手に戸惑う。まだ知らない振りをしているのがいいに決まっているから。これから先、カナは何があったのか聞こうとするだろう。それに、自分が何故この校舎を訪れたのか、俺に言ってくる日がくるだろう。
 その時まで。
「豪ぅ、逃げるなぁ……手当てさせろぉ〜〜!!」
「うわっ! バカっ! 覆い被さるなぁーーーー!!」
 どこまで白を切れるか、俺の腕に掛かっている。

 でも、なかなかに難しそうなのだ。


□END□
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 大変遅れてしまい申し訳ありませんでした。ライターの杜野天音です。
 微妙な恋愛テイストにするのに苦労しました。ラストはこんな感じですが、如何でしょうか?
 それにしても大阪弁って難しいです。河内弁になってしまいそうで……。何がなにやら。要の広島弁の方は完璧なんですけど。最初の掛け合いが楽しくて、後半の豪さんの1人舞台は展開が難しく思えました。陰陽師という設定がほとんど生かせてませんね……すみません。
 カナとの恋愛が進むのか、それとも友人のままなのかは今後を楽しみにしておきますね♪
 では、こんなに遅筆な私に発注下さりありがとうございました。これからも精進し続けます!