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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 10 featuring セレスティ・カーニンガム〜Track 06 Revenge

 冬本番。
 そんな便りが届いて来た――つまり雪が降って来た――のは十二月も終わる頃だったか。年が明けて少しして、暦の上では取り敢えずそろそろ一番寒い時期になりますね、と真咲誠名から耳にした。友人の画廊経営者。元々はIO2捜査官で、『月の運行に深く関る天使の名』をコードネームに持っていただけあってか――色々と暦法関係の言い回しはふとした折にぽろっと出てくる。特別な事でも何でもなく自然に出るような感じ。『寒』、と言う言葉はあまり耳にした事が無い。日本の言い方。以前ちらりと問うた時には、いや日本人なら普通に出ますって、と返されたが――そろそろ日本に滞在している期間が短くも無い自分であっても、他の相手からは聞いた事の無いような古めかしい言い回しが彼の口から出る事は比較的よくある。今回のこれもそうだった。…少し後に別の相手からも聞いたので、これに限っては偶然だったのかもしれないが。
 セレスティ・カーニンガムは自分の屋敷、その一室に居る。つい先日、真咲誠名を屋敷に招きたい旨伝え、今現在こうして実現している。今回セレスティが考えていたのは夏の出来事、この誠名に誘われて夜祭に行った時の事。暑い中で色々と大変だったが同時に色々と楽しめた。今回はそれを踏まえた上で…と特に決めていた訳では無いが何となくお互いその時の事を意識した上で、の事だったりする。いや――夏に比べたら立場は逆とは言えないまでも少しはましですから、と、誘う際にセレスティは口にも出していたので、誠名も元々承知の上だったかもしれない。んじゃ今回は何が良いでしょうかねぇと誠名は電話口で暫し考え、結果、何やらセレスティの屋敷に持参する、と言う話に収まった。その時には何を持参するか言っていない。
 で。
 何にしたらいいか迷ったんですよねぇ、と来訪した誠名の掌の上に、ちょん、と乗っていたのは弁当箱レベルの大きさの四角い箱。よくよく見れば赤っぽい無地の紙で出来た箱である。…それも、紙は和紙、と何やら上製物のよう。
「それは?」
「小倉百人一首の歌留多です」
「小倉百人一首?」
「総帥様、滞在そろそろ長いたァ言っても、日本文化にゃやっぱりあんまり馴染みないでしょ?」
 んで、夏の時は金魚すくいで白熱したんで、冬場もやっぱ…また何か黒服の皆さんも巻き込むよーな形で出来そうな事の方が楽しいかなぁと思いまして。寒いから屋内で――日本っぽいテーブルゲームで皆さん巻き込めそうな物が何か無いかなあ、と探した結果目に付いた物です。
「小倉百人一首ってのは平安末期に京都嵯峨の小倉の地で歌人・藤原定家が選んだって通説になってる百首の和歌ですね。で、これはその歌を利用してゲームにしたものですか。歌留多取りってのは、読み上げられた読み札に合う取り札を取っていくゲームです。で、取り札を取った枚数が多い人が勝ち」
 一応正月行事でもやったりするんですが。少し時期ズレてますけど、ま、勘弁して下さい。
 にやりと笑いつつ、誠名はぱかりと箱を開けテーブルへと置いた。中身の札を抜き出し、広げる。セレスティは興味深げにその中の一枚を取った。…絵札。『たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば いま帰り来む』…中納言行平。
「手書き…ですか?」
 描かれている絵に、手触りがある。直に見えるよう顔に近付けて目を凝らせば、平安時代の貴族と思しき姿の絵。触れれば薄らとだが絵の具の盛り上がりがある。和彩か。文字は毛筆、日本語の旧字体だろう。…但し、達筆過ぎて読めない程の事ではない。見えさえすればセレスティでも読める程度の、それでいて風情ある手だ。札自体も丁寧に仕上げてある。字や絵は古風だが、札自体はあまり古くない。
「ええ。字は俺で絵は御言の」
 あっさりと答える誠名にセレスティは少々驚く。持参した当人手製らしい、と言うのもさる事ながら――絵は御言、の方の科白に特に驚いた。誠名ならば絵を取り扱う職業なのだから自身も多少心得ていたとしても全然不思議は無いが、その義弟である御言の方には絵と関係しそうな要素はあまり無い…と思っていた。
「…逆ではなく?」
「え? …ああ、御言って絵は案外得意で――と言いますか当人基本的に描く気無いけど描かせると結構様になる絵が出来るんですよ。特にこの手の挿絵タイプのちょっとした和彩に限っては格好付きます」
 なのでこの百人一首歌留多はちょっと遊んでみた結果で。…今日みたいな場合、持ち込めば話のネタにもなりそうですしね、と誠名は悪戯っぽく笑う。その顔を見て、セレスティは改めてその絵札に指先で触れた。
「…随分絵心があるんですね」
「絵心って言うか見た絵をそのまま模写できるような感じですね。まぁ…元の職業柄古い文献見る機会は多かったんで、その辺結構覚えてるのは知ってましたから。御言の場合絵心と言うより職人芸に近いと思います。やー、あいつ結構手先は器用ですから。コレ、あいつの店が休みの日に無理矢理とっつかまえて描かせたんですけどね」
 へらっと笑って口に出す誠名。
 その科白に、ん? とセレスティが停止。
「…百人、と言う事は――百枚ですよね?」
「ええ」
 …と、なると、これらを描いたと言うその時、休日丸一日…もしくはそれ以上は確実に潰れたのではなかろうか。
 やっつけ仕事では有り得ないだろうなかなか微細に描いてある中納言行平の絵を、ちら、と見下ろし、セレスティはそのまま誠名の顔へと視線を流す。…誠名はどうやら笑っている。何やら、人が悪そうな思い出し笑い。
「…お気の毒です」
 御言君が。
 そう言いつつセレスティは苦笑。
「まま、そう仰らず。…ああちなみに今総帥様が持ってるその札の下の句ね、飼い猫が居なくなった時に紙に書いて戸口に貼っておくと帰ってくるって言われてたりするんですよ」
「まつとし聞かばいま帰り来む、ですか」
「そう。それが下の句の部分です。この百人一首歌留多の場合、字だけ書いてある下の句の方が取り札で、今総帥様が持ってます絵札の方が読み札です」
 言いながら誠名はバラまいた中から一枚の字札を探し出し、ひょいと取り上げる。立った今言った下の句の字札。すべて平仮名で書かれている。
「…それ読んだらコレを取れば良い訳で」
「となると、歌を覚えないと難しそうですね?」
「まぁ、覚えてなくても出来ますが覚えていた方がやりやすいですね」
「では…まずは一通り見せて頂いても構いませんか?」



 で。
 一通り…と言うには熱心過ぎるくらいにセレスティは札を一枚一枚確認している。見た目と言うより手触り重視か。また、ついでにその部屋にはいつの間にやら数名の黒服が呼び出されており、彼らにもまた「札に書かれている歌を覚えなさい」とセレスティから妙な命令が出されていた。…命じられた途端、客人である誠名の方に黒服の視線がびしっと集まる。またこの人か、そんな感じ。よくよく見れば部屋に集められたのは夏の夜祭でボディーガードに居た人々が多いよう。セレスティも狙っていたのだろうか。
 暫し後、そろそろやってみましょうか、とセレスティから声が掛かる。え、と引く黒服数名。そうですね、と頷く順応の早い者も居る。…どちらにしろ主人からの命令である以上逃げ場がない事は同じなのだが。
 んじゃ俺が読みますね、と誠名が絵札を取り、適当に切って混ぜ始める。セレスティと黒服は他の字札を適当に広げ始めた。「ちらし」の形。但し、セレスティは何やら数枚選んで自分の近くに置いている。
 それらを確認してから、では、と畏まって誠名は絵札を読み始めた。『花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに』…小野小町。
 歌を全部読み上げてから皆が探す中、セレスティはあれではないですか、と自分の反対側に当たる隅にある札を真っ先に指差した。近くにいた黒服が小さく声を上げ感嘆する。『わかみよにふる』。大当たり。
 今のは日本で美人の代名詞で知られる六歌仙のひとり、小野小町の歌ですね〜、などと誠名から注釈が入り、絵札も見せられる。反射的に絵札を覗き込む面子が多かったのは気のせいか。
 では次、と誠名が手許の絵札を見、読み始める。『瀬を――』。
「はい」
 その時点で当然のように字札に指を伸ばし、流れるような仕草でセレスティは即座に取り上げる。まだ全部どころか上の句も読み終わっていない札。頭の一文字の時点でセレスティの指は動いていた。『せ』。『瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ』…崇徳院。
「さっすが♪」
 あっさりと札を取ったセレスティに誠名は絵札をぴらりと見せつつ感嘆の声を上げる。この札は一字決まりの札。頭の一文字で下の句がわかるので、その筋の競技では真っ先に狙われる札。但し、このセレスティは一字決まりも何も、この百人一首でのその手の定石、戦略は当然知らない筈である。そんな彼がほんのちょっと事前に歌を確認しただけの時点でそれに気付くとは。
「ひょっとして一字決まりとかもう覚えました? あ、一字決まりってのは初めに読んだ一字でもう下の句がわかる歌の事なんですが」
「そんな札は七枚ありましたよね?」
 一字決まりって言うんですか。…そうした方が取り易いかなと思ってひとまず手の届き易いところに置いておいたんですけども。と、セレスティはあっさり。
「そういやさっきの小野小町の歌も随分早い時点で探し始めてましたよね?」
「ええ。『花の』の時点で『わかみよにふる』とわかりましたから。…今の歌で一字決まり…と言う事は、小野小町の歌は三字決まり、になりますか?」
「その通り。…さすが、筋が良いですね」
「有難う御座います。…ところでこの歌人、崇徳院って…有名な日本の大怨霊と同じ名に思えるんですが…?」
「あ、同一人物です。業界じゃ総帥の仰る『そっち』で恐れられてるトコありますが、実は和歌を好まれたとかでなかなかに優れた歌残してるんですよね。選者もこの歌を非常に高く評価してたとか」
「そうなんですか」
 誠名の説明に興味深げに頷くセレスティ。…何処の国でも貴族には華やかな面と闇の面があるか。
「調べると結構胡散臭い歌人も多いんで面白いんですよコレ。居たか居ないのかわからない人が居たり、意外な人の歌があったり。元々がこの時代の和歌の粋を集めたものな訳ですからね」
 んじゃ次行きますか、と誠名が読む。『このたびは ぬさもとりあへず 手向山 もみぢの錦 神のまにまに』…菅家。あ、コレ今で言う天神様が作った歌ですね。菅原道真。菅家ってのは敬称で。そんな説明を聞きながら札を探す面々。ややあって、あ、ありました、と取り上げる黒服のひとり。おおと感嘆の声。今度はセレスティも見付けられなかったらしい。

 と、そんな調子で何度か続け――取り終えた結果。
 勝者、段突でセレスティ・カーニンガム。
 枚数を数えるどころか既に札が重ねられた見た目の厚さでわかる勝ち方。ちなみにセレスティが指摘した札は遠くにあって手が届かなかったものでもセレスティのものとカウントしてある。…何故なら他の黒服は近くにあろうと全然気付かなかったから。
「ほんの数分で随分やられちゃいましたね」
 今日初めて百人一首に出会った人とは思えない。
「何となく慣れてきました。次は誠名君も取る方に回りませんか?」
「って今の時点で俺が入るのは色々と難しいと思いますが?」
 ただでさえ歌は全首頭に入ってますし、この札自体手製ですから始めっから俺が有利なのは確実ですし、百人一首歌留多って本気でやると格闘技ですし。ほら取る時にはこんな風にべしっと払い手使いますから、と、札を一枚テーブル上に置き、言葉通りにぱしっと札を掌で払い飛ばして見せる。…叩かれた字札が飛んだ。
「それはちょっと私には難しいかもしれませんねぇ」
 誠名のやり方を見つつ、ふむと考え込むセレスティ。
「能力を使えば対抗できそうな気はしますが」
 水に手の代わりをしてもらえれば。
「濡らさないで出来ますかね?」
「やろうと思えば可能です」
「んじゃやってみますか?」
「お手柔らかに頼みますよ」
「いやー、総帥様飲み込み早いからこっちもうかうかしてられなくなりそうな気がしますって」
 言いながらも何処となく楽しそうな誠名の声。…じゃあ特に日本語得意な人、読んでもらえます? と、誠名に当然のように絵札を渡され、困ったように仲間内で相談を始める黒服。宜しくお願いしますねとセレスティからも声を掛けられ、暫くして改めて黒服のひとりに絵札が託された。そして字札が広げられた頃、他の黒服がセレスティの元に水の入ったコップを持って来る。それを確認し、誠名も腕まくり。
「では」
「行きますか」
 それが合図になり、ややたどたどしいながらも絵札の歌が読み始められる。ほんの数文字読んだ時点で煌く誠名の目、素知らぬ顔で宙に浮かぶセレスティの手許の水。気付いたのはほぼ同時。まだわからない黒服たちはどうやら萱の外。セレスティと誠名の一騎打ち。

 果たして、どちらが取るか――?

【了】

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

■NPC
 ■真咲・誠名/遊び相手(え)
 ■真咲・御言/名前だけゲスト

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。このたびは発注有難う御座いました…。と言いますか、ここのところ(と言うか十二月に)色々と連発で発注を頂いていた事に少々どぎまぎしております(慌)深海です(礼)
 今回の発注文内ではわざわざの御挨拶も有難う御座いました。こちらこそ昨年はお世話になりました。…色々と不義理極まりない奴ですが(汗)宜しければ今年もお付き合い下さいませ。…って今更新年の挨拶と言うのもどうかと言う感じですが(遠)。…寒中お見舞い申し上げます(苦)。じき節分ですね(…)

 内容の方ですが…Track06のリベンジ的な発注でしたが…夏に対して冬となると…思いつく物がスキーの類やらスケートやら雪合戦やらアウトドア系ばかり、と無闇にPC様には合わない物ばかり出て来てしまい(汗)。悩んだ結果…何故か百人一首の歌留多取りになりました。それもまた微妙に合わない気もしたりしなかったりしますが…(汗)。ともあれ、歌留多取りと言えば一応正月行事のひとつ。…さくっと時期が外れてますが(苦)
 ちなみに勝敗は…御想像にお任せします(え)

 如何だったでしょうか?
 少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。10とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝